はみ出す子もいます。固まっている子もいます。すべての子どもには個人差がありますから、親や担任が、書いてあるとおりの姿じゃないからと言って、動揺したり、落ち込んだり、あせったりしてはいけませんよ。そうなると、指示・命令が増えてしまいます。どうか、ゆったりと関わってあげましょう。そうすると、子どもの内なる力が、じわじわと芽生え、やがては花を開き、実をつける時が、きっと来ますから。


ところが、親や担任が動揺したり、落ち込んだり、あせって過保護になったり、また、逆に、めんどくさがったりして放任していると、子どもの自尊感情が下がっていきます(どうせ自分はダメや…と投げやりになります)。


その子は、なぜ自分の気持ち(言葉・行動)ばかりアピールするのでしょう


子どもが親に話を聞いてほしい時、スマホでLINEやオンラインゲームをしながら生返事をしている親子の姿を思い浮かべましょう。それは、子どもは今、聞いてほしいのに、親は子どもの目を見ないで、適当に返事をしている姿です。本当は自分の気持ちを親にじっくりと聞いてもらったあとに、親から言葉を返してもらいたいのです。親子の会話がしたいのです。でも、親がそうしてくれないので、子どもの心は全く満たされません。それが日々、積み重なってくると、子どもは仕方がないから、代わりに学校・園で、「先生、聞いて聞いて」の連発になってしまうことになります。周囲の子どもたちのことなんか、お構いなしという状態です。


その子は、なぜ自分の気持ち(言葉・行動)をぜんぜん出せないのでしょう


親が熱心に、指示や注意ばかりを、子どもに言い続けている親子の姿を思い浮かべましょう。それは、親から、常に評価(よい子・ダメな子)をされているというプレッシャーを感じている子どもは、「よい子ストレス」が受けまくっている姿です。そうなると、心もがんじがらめになってしまいます。それが日々、積み重なってくると、子どもは「間違ってはいけない」という思いにしばられて、自由な自己表現ができなくなります。先生や友だちに声をかけてもらっても、心の身動きがとれなくなってしまっている状態です。


学校・園で、自分を出したがる子と、自分を出せない子の、共通点


どちらの子どもにも共通する点があります。それは、「親子で、お互いの言葉に耳を傾け合うという本当の意味での会話・対話ができていない」ということです。その場合の親は、わざとではなく、無意識で、それぞれ両極端な子育てをしてしまっているケースがほとんどです。たいてい、親自身が子どもの頃、そういう子育てをされてきたと言えるでしょう。私も、そうかもしれません。


それでは、親はどうすればいいのでしょうか


それでも、わが子の姿を見て、アレッと思ったら、まずは、自分が信頼できる人(学校・園の先生、子育て支援センター、保健センターなどなど)に相談することが、わが子の、すこやかな成長のために大切です。保育園・幼稚園・学校で、自分を出したがる子も、自分を出せない子も、「親が変われば、子も変わる」というのは確かです。そして、子育ては、気づいた時が、スタートなのですから、あせらずに、もらったアドバイスの中で、自分にできそうなことから始めてみましょう。オススメを3つばかり・・・。


子どもにお手伝いを頼んで、「ありがとう」「助かったよ」と言うこと。子どもと、目と目を合わせて、笑顔で話を聞いてあげたり、話したりすること。お手伝いで、親にほめられ、親の役に立ち、親に必要とされる体験をしてほしいから。


子どもと、何か(食事づくり・食事の片づけ・おやつづくり・掃除・散歩など)をいっしょにしながら、世間話もしつつ、さり気なく「あなたが私の子どもであることがうれしいよ」というメッセージを伝えること。


泣かされたり、意地悪されてきた時は、「あなたはね、友だちからバカにされるような子どもじゃないよ。あなたはね、決してダメな子じゃないからね。私の自慢の子だよ」と、抱きしめてやること。


いかがでしょうか。どうか、わが子を、今まで以上に、頼りにしてやってください。


「たった一つの約束①みんな笑顔でいるために」


2012年8月22日(水)朝日新聞31面に「いま子どもたちは」シリーズで「たった一つの約束①みんな笑顔でいるために」という記事が載っていたので、紹介させてください。


『大阪市立南住吉大空小学校では、休み時間になると校長室の白い引き戸の前に子どもが列をつくる。「自分がされていやなことは、人にしない、言わない」という約束を破ったら、自己申告に来る決まりなのだ。


「校長先生」と勢い込んで走っていく子もいれば、もじもじと下を向いて服をいじっている子も。でも、木村泰子校長の返事はいつも同じ。「どうしましたか?」もともと体育の先生。いつも背筋がピッと伸びている。


2年生のTは坊主頭できかん気。でも今日は涙を浮かべている。「休み時間に、Fさんのほっぺを思い切り殴りました。謝ろうとしたんだけど、『もうええ、校長先生に言ってくる』って言われた」


木村校長が淡々と聞く。「誰が悪いの?Fさん?」「自分です」「約束を守れへんかったら、どうするの?」「校長先生のところへ行く」「Tは自分から来ましたか?」「いいえ。Fさんに言われてきました」「じゃあ、巻き戻し」。くるくると指を回した。


校長室には叱られに来るのではない。間違ったところからやり直すために来るのだ。Tは一度校長室を出て、再び入ってきた。「殴る前にどうしたらよかった?」「・・・・・がまんする」「がまんできひんから、殴ったんやろ?」「・・・・・いやなことはいやって言います」


結論が出たところで木村校長は念を押す。「どんなことがあっても、人は殴ったらあかん。相手が死ぬ時あんねんで」。Tはギュッと目をつぶって頭を下げると「失礼しましたっ」と出て行った。納得した証しだ。納得していない時、子どもたちは黙って出て行くという。


子ども同士が解決の糸口をつかむときもある。AがIの足を踏んだと言って1年生の2人が入ってきた。Iはべそべそ泣いている。「体育の時間に足踏まれたのがいややった」


ふーん。木村校長は一瞬困った顔をする。「Aは?」「私は、自分がIの足を踏んだことを知らんかってん」。言い訳やうそではなさそうだ。


「じゃあ、I、言ってあげて。痛くていややったって。その場で『痛いねん』ってすぐ言ったら、Aに怒ってる時間が少しですんだね」

はい、どうぞ。

校長がパンと手をたたくと、Aは「足踏んでごめんね」。Iは「怒っててごめんね」。手をつないで出て行った。約束は、気持ちを言うのが上手でない子の通訳の役割も果たす。


233人の小さな学校の小さな約束は、木村校長が考えた。

学校の標語は「夢」「希望」など大きな理想を掲げがちだ。それに比べて、大空小の約束は「自分がされていやなことを人にしない」。なんだか後ろ向きだ。「でも、すべての子がいやな思いをせず、居場所を見つけられるようにするには、この約束が一番だと思ったの」(中略)


約束は、子どもたちの隠れた傷もあぶり出す。友だちを殴る子は、誰かに殴られている。暴言を吐く子は、暴言に囲まれて生活している。開き直りの向こうに傷ついている姿が見える。


「大空小の約束は何のためにありますか?」

月曜の全校集会で、木村校長は子どもたちに問いかけた。次々と手が挙がる。「自分のため」「命を守るため」「人に優しくするため」「いやなことを言う自分を直すため」


めっちゃ簡単な約束。でもなかなか守れない。大人も子どもも悩みながら、約束と毎日向き合っている。みんな笑顔で、今日も学校に来るために。(後半略)』


以上です。日々、子ども同士のトラブルに対処しながら苦慮されている先生方に共通する悩みに応えるヒントにつながるかも知れない、ひとすじの糸口を見せてもらえたような気がしますが、いかがでしょうか。


「たった一つの約束③秘密の言葉は『大丈夫?』」


2012年8月24日(金)16面に「いま子どもたちは」シリーズの、「たった一つの約束③秘密の言葉は『大丈夫?』」という記事が載っていたので紹介させてください。


『(前半略)大空小では「障害児」という言葉を使わない。子どもは、相手を「自分と違う」と理解することから友だちになると考えているからだ。障害のあるなしで分ければ、理解じゃなくて我慢になる。我慢から友だち関係は始まらない。


木村校長はとぼけた。「それはわからないなあ。でも、一つ秘密を教えたろ。」。額を寄せ、小さな声で続けた。「KとSの日本語は少し違う。理解できなくて一番困っているのはSや」。さらに小さな声になった。「Sにも一つだけ通じる言葉がある。『大丈夫?』。しばらくはそれ以外は言うたらあかん」Kは大きくうなずいた。』


以上です。その後も連載は続きましたが、印象的だったのは
いじめられているかどうかを決められるのは、いじめられている人だけ!遊びであろうと、なかろうと、いじめている側にも、指導に入る先生方にも、いじめの有無を判断する権利はない
というような意味合いの言葉でした。それを言葉として、メッセージとして、全校の子どもたちに伝え続けておられる木村校長先生には、敬意を表したいと思います。それは、全学年・全学級で取り組むのが「特別支援教育」である、というベースの上に「人権教育」を位置づけておられる本気度を感じたからでもあります。


そして、最後は問いかけます「どうしたいの?」


「大丈夫?」と、子どもの思いに寄り添い、事情や気持ちをあれこれ聞いてあげて、子どもが私の思いを先生はわかってくれたと感じた(心が落ち着いた)ところで、問いかける言葉はひとつです。                                                       「どうしたいの?」(自己決定を促す言葉)


このひと言があることで、子ども自身が考え、気づき、次のスモールステップ(自立への第1歩)へ踏み出せるのではないでしょうか。どうするのかを、教師が決めてあげるのは、お節介になってしまうのです。子どもが、どうしたいのかを決めて、行動に移す子どもの不安を支えてあげるのが親切です。


「困った子」がいたら、それは「困っている子」なのです


困った行動をするということは、その子自身が困っているのです。教師は直球ではなく【多彩な変化球】で対応しましょう。


気になる子どもに直球しか投げてこなかった教師に対して、もっと多彩な変化球があることを、とてもわかりやすく解説してくださっている本です。子どもと教師がかみ合わず、結果として、荒れる子どもの心へ「火に油を注ぐ」こととなってしまう生徒指導から、発想の転換をはかるチャンスが数多く書いてある本だとも言えます。


「行動障害と非行のことがわかる本」小栗正幸・監修(講談社)

1,「困った行動には意味がある」では、「困った行動をするのは困っている子ども」、とあります。

2,「行為障害の背景にあるもの」では、具体的な場面が載っています。

4,「適切な支援の進め方」では、具体的な支援の仕方がいろいろ載っています。


さすがは、少年鑑別所長や医療少年院長などで、少年たちと真正面から向き合ってこられただけあって、めちゃくちゃ説得力があります。生徒指導主任、いじめ対応教員、クラス担任の先生方、本書を直接読まれることをオススメします。私は、図書館へ返却した後、購入して手元に置き、ずいぶん活用させてもらいました。


「どうしたの?」から「どうしたい?」までの過程を大事に


子どもが困った行動をするのは、その子自身が困っているサインだと受けとめたいですね。そのサインは1つでも、その裏側にはいろんな思いが詰まっているはずです。寝不足、空腹感、疲れ、孤独感、イライラ、不満、怒り、後悔、自責、不安、投げやり、自暴自棄、迷い、救難信号などです。だからこそ、「どうしたの?」から入ります。


その子のつぶやきを教師がくり返して言ってあげると、その続きをぽつんぽつんとつぶやいてくれるようになります。その際、その子の課題を探ろうとしないことです(分析や評価はしません。助言もお説教も…です)。あくまでも、その子を丸ごと受けとめようとする感覚で、心を込めて聴いてあげます。


そうすると、その子の中では、教師に自分の思いを受けとめてもらえて、もやもやしていた心が何となく落ち着いてきます。思いを言葉にするうちに、気持ちが整理されてきて、ある瞬間、その子の表情に微妙な変化がフッと現れます。それは、その子が自ら何かに気づくと言うか、その子自身の中に眠っていたであろう何らかの気持ちが湧いてきた証しだと思います。


その時にこそ、「どうしたい?」と問いかけます(したいとおりにさせるわけではありませんが)。その問いかけが、その子なりの新たな1歩を踏み出すきっかけ(分岐点)になるのではないでしょうか。そういう子どもと教師の具体的なやりとりが、その子のトゲトゲした心を洗い流し、その子が次の1歩を踏み出そうとする勇気とパワーの源泉になるような気がしています。その子が「聴いてもらえてよかった」と思ってくれたのなら、その子にとっての「はじめの1歩」になったと言えます。事情にもよりますが、そこまでで約30分かかるかも…。最後は、その子に自己決定を促したいのですが、1人で実行するのが不安でためらっているようなら「先生に一緒にしてほしいこと(行ってほしい所)あるか?」と問いかけてみてもいいかなと思いますが、いかがでしょうか。


くり返しになりますが、その子の抱える問題部分だけを取り出すのではなく、その子の気持ち丸ごとの現状を認めてあげようとすることです。そうやって、自分の思いを聞き手の教師に温かく(手渡すような言葉がけで)受けとめてもらえたと実感できた子どもは、不安だったのが安心感になり「今、思ったんやけど・・」と自分で悩みの核心部分に気づき始めます。そうした教師との温かい関係性が築かれる中で、子どもは確実に勇気づけられます。こういった支援をおろそかにしない教師こそ、子どもにとって「存在感」のある教師なのでしょう。この「存在感」が、教師の話を聴く子どもを育てる土台になります。

どの学級にも個別支援を要する子が複数いるので、特別支援教育とは全学年・全学級で進める教育だと心がけておられる担任が多いと思います。まず、個別支援を認め合える(できる・できないで仲間を見ない寛容さのある)学級の仲間に育てることが、どの子の自尊感情も低くならない(自分をダメな子だと思わないこと)の分岐点ですので、温かさのあるお手本を教室で見せることが大事でしょう。この記事も、そういう意味をこめています。


関連ページ
授業が成立する土台=担任の聴き方・話し方→「教師の存在感」UPでGO!
https://sg2takaboo.exblog.jp/24898535/


「サイレント・ベビー~小1プロブレム」【家庭での小1プロブレム対策】[「学力」の経済学](中室牧子・著)が解き明かす2つの柱【子どもを勇気づける親の言葉】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898163/


子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す【子どもの心に届く担任の言葉①~⑤】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/



by takaboo-54p125 | 2017-01-03 05:40 | 保育・教育

明日から来週から、子ども1人ひとりの声に耳を傾け、顔を見て語りかけるうちに、下記の所見139例文のようなキラリと輝く姿を、子ども1人ひとりが少しずつでも見せてくれるのではないかなあと、私自身の数多くの失敗からも、つくづく思います。もし、先生方の一助になれば幸いです(5年生の所見より抜粋…具体的な所見は先生方ご自身しか書けませんので、抽象的な所見のみですが)。

どの学級にも個別支援を要する子は必ず複数いるので、「特別支援教育」とは「全学年・全学級で進める教育」だと心がけておられる担任が多いと思います。まず、個別支援を認め合える(できる・できないで級友を見ない「寛容さ」のある)学級の仲間に育てることが、どの子も「自尊感情」が低くならない(自分をダメな子だと思わない)「分岐点」になりますので、担任が日々「温かさのあるお手本」を子どもたちに見せることが大事になるでしょう。この記事もその延長線上にあります…という意味で書いております。

【2016年12月追加 本記事の一番下にある関連ページの中で、[「学力」の経済学](中室牧子・著)が指摘されている以下の留意点◎を、下記の139例文がクリアしているかどうかは、実際に所見を書かれる先生方でご判断願います。
子どもの意欲は、ほめ方によって上下します。「その子の能力(頭いいね、高得点・順位等)」をほめても意欲は持続せず、「苦労したこと、がんばった姿、工夫したところ」をほめると、意欲が持続します(意欲の持続は、子どもが勇気づけられるからでしょう)。


親子がもらってうれしい所見「そのひと言」(139例文)


☆学習面で、もらってうれしい所見「そのひと言」64例文
学習している中身に興味を持って、楽しみながら取り組んでいました。
学習の中身そのものを、目を輝かせながら楽しんでいました。
どの学習でも自然体で、のびやかに取り組んでいました。
学習への集中力が、じわじわとアップしてきました。
学習に集中することの持続力が、だんだんついてきました。


毎日くり返して学習する習慣が、日に日に身についてきました。
取りかかりが早くなり、学習の能率もだんだん上がってきました。
どの学習でも、やる気まんまん(やる気いっぱい)で取り組んでいました。
学習への意欲を、態度にも表してくれるようになりました。
がんばるぞというやる気を見せてくれることが、とても多くなりました。


基本となる漢字や計算を取り組む姿勢に、根気強さがついてきました。
漢字や計算をていねいに練習しているので、きちんと身につく量が増えてきました。
学習に取り組む姿勢が一段と前向きになり、高学年らしいやる気の芽生えを感じました。
学習中の表情にも、生き生きとした自信とゆとりが出てきました。
自分が学んだことを、友だちにもわかりやすく教えてあげていました。


友だちと力を合わせて取り組む学習を、一所懸命(一生懸命)することができました。
友だちと励まし合いながら学習する姿が、数多く見られました。
ていねいに仕上げようとする姿勢が早とちりをへらして、成果を出せるようになりました。
最後まで話をしっかり聞いているので、取りこぼしがありません。
とてもきめ細かい学習ぶりで、学んだことがよく身についています。


学習全般に安定感があり、そのバランスのよさには、目を見はるものがあります。
習ったことをよく理解し、てきぱきとこなしていく力があります。
熱心に取り組んだことは、必ずよい結果につながっていました。
特に○○をよくがんばり、どの単元もムラなく、自分のものにすることができました。
理解力と吸収力には目を見はるものがあり、ゆとりを持って学習に向かっていました。


ばつぐんの吸収力で、実力(持てる力)を充分に発揮していました。
柔軟性のある、しなやかな学ぶ力を持っています。
ポイントをパッとつかみ取る力が、ぐんぐんと伸びてきました。
難しい問題もあれこれ考え、自分で筋道立てて解いていく力は、なかなかのものです。
読書量が多く、語いが豊かで、さっと読み取る力もなかなかのものです。


読み取る力が豊かなので、学んだことをより深く理解しています。
いつも新鮮(フレッシュ)な気持ちで、学習に向かっていました。
やるぞと決めたら最後まで精一杯やりとげる、がんばり屋さんです。
ふだんから、地道にこつこつと努力しています。
きめ細かく確実に仕上げようと、心がけていました。


ていねいにじっくりとやれば、力を出すことができます。
学習の取りかかりも能率もよいので、ていねいさが加われば、さらに成果が出るでしょう。
ねばり強く取り組むぞという気持ちでやれば、よい結果がどんどん出せる子です。
あせらず落ち着いてやれば、必ず力を発揮していました。
この学習はがんばるぞという態度を、おもてに出してくれるようになりました。


どの学習でも決して手をぬかず、全力投球していました。
こつこつと真面目に取り組んだことが、徐々によい結果につながるようになってきました。
学んだことを確実に吸収し、がっちりと自分のものにしていました。
やるべきことは着実に自分のものにしていました。
学習への向かい方が一歩一歩確実で、ていねいに仕上げていました。


見通しを持って取り組んでいたので、自分の発想を生かす学習ぶりでした。
人の話をじっくりと聞いて、積極的(主体的・自主的)に発言していました。
言いっぱなしではなく、深めていく討論のできる子です。
手をあげて発表する中身も、一段と充実してきました。
みんなの前で、自分の考えをしっかりと言えるようになってきました。


友だちの発言に関わらせて、柔軟(発展的)な発言をしていました。
学習の山場では、目のつけどころのよい(的を得た)発言をしていました。
この調子で、がんばってほしいと思います。
あせらず、落ち着いて取り組んだら、大丈夫です。
やればできるんだという自信を、いつも持ってほしいと思います。


これからの活躍(がんばり)が、楽しみです。
欲が出てきたら、きっと伸びます。
このまま積み上げていけば、さらに伸びるでしょう。
あとは、うっかりミスだけ気をつけましょう。
学習の能率がよいので、早合点にだけ気をつけましょう。


努力して○○ができるようになったのは、すばらしいことです。
毎日コツコツとつみ上げてきた地道な努力には、大きな拍手を贈りたいと思います。
これからも油断せずに、今のまま取り組んでいけばよいでしょう。
理解力がしっかりしているので、柔軟性が加われば一段と伸びるでしょう。


☆生活面で、もらってうれしい所見「そのひと言」75例文
友だちにやさしい心づかいを見せてくれることが、いっぱいありました。
人のためにも力をつくす姿には、学級のみんなからも大きな支持を得ていました。
さっぱりしていて、さわやかな雰囲気を周りに広めてくれました。
学級をじわぁっと温かな、ぬくもりのある空気にしてくれます。
正直で誠実なくらしぶりには、学級のみんなも見習っていました。


かげ日なたのない生活ぶりは、みんなのよいお手本になりました。
友だちのめんどう見がよく、みんなから好かれていました。
小さい子のめんどう見もよく、思いやりのある心をいっぱい見せてくれました。
学級のみんなの、頼りになるお兄さん的(お姉さん的)存在でした。
下級生にとって、やさしいお姉さん的(お兄さん的)存在でした。


人への思いやりのある言動は、みんなにもよい影響を与えていました。
人の気持ちをくんで行動することで、みんなのチームワークを高めてくれました。
チームワークを大事にし、みんなで成しとげようと、力をつくしてくれました。
持ち前の行動力を発揮して、みんなを引っ張ってくれました。
見ていても気持ちいいくらい、ほがらかで、さっぱりしています。


ひかえめながら、しっかりとした考えを持って行動していました。
人の強い意見に流されず、自分でしっかり考えて行動していました。
自立へのステップをふみながら、自信のある生活ぶりでした。
ここぞという時には、自分の考えをはっきりと主張していました。
周囲の出来事にも目を向けて、共感したり批判したりできる力がついてきました。


生活全般に、気力の充実と、精神的なたくましさが増してきました。
生活全般に、てきぱきと活動し、活力のみなぎっていた○学期でした。
心身共に、ひと回り(一段と)たくましくなりました。
毎日、朝からはりきって、生き生きと(テンポのよい)学校生活を送っていました。
学級のみんながつられてあいさつするほど、気持ちのよいあいさつをしてくれます。


どんな時も、あわてず、落ち着いて行動していました。
礼儀正しく節度ある生活ぶりに加えて、積極性も出てきました。
生活ぶりにも、落ち着きと安定感が出てきました。
持ち味のやさしさに、たくましさが加わってきました。
真剣にする時と、茶目っ気を見せる時のけじめがつけられます。


物おじしない堂々とした生活ぶりに加え、楽しい雰囲気をみんなに広めてくれました。
みんなの先頭に立って活動したり、推進役として活躍する場面が多い○学期でした。
言うべきことははっきり言えて、自分のこともしっかりとふり返れます。
言うべきことははっきり言いつつ、相手のことも大切にすることができます。
人に言われなくても、さっと判断して、的確な行動ができます。


男女の分けへだてなく、誰にでも親切にしていました。
誰に対しても、心あたたかい態度で接していました。
誰でもあたたかく受け入れてあげ、仲よくしていました。
困っている友だちがいたら、どんどん声をかけてあげる姿の多い○学期でした。
迷わず決断して行動した時は、目を見はるような力を発揮してくれます。


面倒なことでも労をいとわず(力を惜しまず)、最後までやりきっていました。
さぼらず、手をぬかず、一生懸命(一所懸命)がんばって仕事をしていました。
何事にも心をこめて、誠実に取り組んでいました。
子どもらしいよさを、いっぱい持っている子です。
自分で考え、工夫して、楽しみを見つけられる子です。


しなやかな感受性と、やわらかな心を持っている子です。
友だちとの関わりの中で、自分の心を耕していける子です。
友だちと大いに笑い、大いに楽しみ、伸び伸びと生活していました。
自分のありのままの気持ち(思い)を、素直に出せていました。
休み時間は、汗びっしょりになるまで元気いっぱい遊べました。


休み時間は、おだやかに楽しく、友だちと過ごしていました。
肩ひじを張らず、おおらかな気持ちで、友だちとつき合っていました。
我を張らず、うまくゆずり合いながら、友だちと楽しく過ごしていました。
周りの友だちの心を、なごませてくれる大切な存在でした。
友だちをさりげなくさそってあげる、やさしい心くばりを見せてくれました。


友だちにも心を配れる言動が、みんな遊びの中でも、よい影響を与えてくれました。
いつもにこやかな笑顔を見せてくれることが多く、いろんなお話をしてくれます。
目が合うと、顔全体に広がる笑顔を見せてくれ、こちらまで元気をもらいました。
だんだんと自分の言いたいことを、はっきりと伝えられるようになってきました。
友だちの輪が広がってきて、自信のある生活ぶりでした。


交友範囲が広がってきて、体を思う存分動かす遊びを楽しむようになりました。
多くの友だちと、元気いっぱい活発に遊べていました。
友だちとの関わり方に、しなやかさ(やわらかさ)が出てきました。
体を思う存分動かして遊ぶ姿が、多く見られました。
表情豊かに、いろんな話を、どんどんしてくれるようになりました。


いざという時の、とっさの判断力には、目を見はるものがあります。
まっすぐな心で、見ていて、とても気持ちのよい生活ぶりでした。
安心して見ていられる(任せられる)ほどで、感心しました。
○○くんなら、きっとすばらしい○年生になれると思います。
○○さんなら、きっとステキな○年生になれるでしょう。


調子に乗りすぎたら、さっと自分をふり返れるので立派です。
気づき、考え、実行することを、率先してやってくれました。
あわてず、あせらず、ゆとりを持って生活していました。
みんなに新しい提案をしたり、核心をついた意見を出したりしてくれました。
身も心も、かろやかに(リズミカルに)生活していました。○学期も期待しています。


以上、ある学級(5年生)の1年間の所見から、こんなひと言をもらいたいかも…という言葉を勝手ながら拾いあげてみました。いずれも抽象的な言葉ですが、こんなふうに子どもと関係が築けたらいいな、という意味です。「子どもとの関係づくり」のための視点にしていただければ幸いです。一文一文を読んで、教室にいるどの子の顔が浮かんでくるか?という自問にも使えますが、まずは、親も子も学級担任の所見の「そのひと言」で救われたり、「そのひと言」が親子の対話のきっかけ(出発点)になったりする所見にしたいものです。ただ、たんに並べただけで、分類できてないので、読みにくい点はご容赦ください。そうしながら、ふと思い出した詩があります…道灌山学園創始者・高橋系吾さん作の「そのひと言」だと伺いました。まさに所見の哲学ですね。


 『そのひと言で励まされ
  そのひと言で夢を持ち
  そのひと言で腹が立ち
  そのひと言でがっかりし
  そのひと言で泣かされる
 
  ほんのわずかなひと言が
  不思議に大きな力持つ

  ほんのちょっとのひと言で』


【所見が思いうかばない時は・・・】

所見の話から、脱線してしまいました。肝心の所見の話に戻ります。

私自身も小学校で学級担任をしていた時は、クラス30~40人全員の所見がスラスラと書けたわけではありません。なかなか所見が思い浮かばない子も少なからずいました。そういう時は、その子にお手伝いを頼んだり、掃除の時間、一緒に机を運んだりして、その子と1対1で関わる(喜びを共有する)ことを意識的に増やしました。そうすると、所見にぜひ書いてあげたいことも浮かんできたのを覚えています。


私の場合、所見が浮かばない子=印象がうすい子=私の関わりが少なかった子→その子と関わりを増やそう、という流れをつくりました。その子が給食当番の時も、意図的にほめる(努力・苦労・工夫をほめる)場面をつくることで、所見にも書けます。給食を食べる時も、順番に各班で担任も食べながら、その子にも声をかける中で、所見につながることが見つかります。たまには、その子と昼休み(たとえ5~10分でも)一緒に遊んでみると、所見のネタがけっこう見つかりますよ。とっておきは、掃除(声をかけて一緒に机を運ぶこと)でしょうか。

関連ページ
「たった一つの約束①みんな笑顔でいるために」から学ぶ
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子どもと向き合う4月の教室「子どもの不安を安心に変える働きかけ」
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子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/





日記帳の表紙・裏側にはるイラスト(日記のヒント)
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by takaboo-54p125 | 2017-01-02 07:07 | 保育・教育