以前と比べて気になるのは、「子どもたちの声がうるさい」と、保育園や市役所(設置管理者)に苦情を言う人が存在するという現実を、テレビや新聞で見聞きするようになったことです。先に保育園・幼稚園があった周囲(田園)に、後から出来た新興住宅街でも、少なからずあると聞きます。そういう苦情を言う人にも、必ず「子ども時代」はあったはずです。自分の子どもの頃(やんちゃ・おてんば等々)は棚に上げて、今の子どもたち(幼児)のにぎやかな声を「騒音」だと訴えるのは、如何なものでしょうか。子どもたちの声がにぎやかなのは、その地域が活気のある証拠だと思うのですが、それを「うるさい=騒音」とは・・ちょっとびっくりしました。


しかも、民事訴訟までおきているようです。訴訟に至る個々のやむを得ない経緯はあるのでしょうが、慰謝料を保育園に求めるとは・・う~ん。新聞で、少子高齢化で「寛容度」が下がった、と書いてあるのを読んだこともあります。でも、本来は、高齢者から子どもまで共存・共生している所が地域社会であるはずなのですが・・民事で争わなければならないほど譲り合えない世の中になってしまったのでしょうか。


とりわけ、電車の中で、赤ちゃんが泣き始めたら、お母さん自身も周囲から険しい視線を感じることが少なくないのが、情けないけど今の日本の姿らしいです。誰だって、自分も赤ちゃんの頃はオギャーオギャーと泣いて育ってきたはずなのに、それを思い出せない人がいるようです。どうやら、赤ちゃんが泣くのは、人類なら万国共通だということも忘れてしまった人がいるようです。排他的な人は少数でしょうが、困りましたねぇ。ずいぶん前の天声人語に、こんな短い話が載っていました。


満員電車で、赤ん坊が泣き出した。険しい視線が母親に集まる。と、年配の女性が母親に話しかけた。「眠いのかしらねえ」。母親は「うるさくてごめんなさい」と謝る。女性は続けた。「何を言ってるの。一番大変なのは、あなたじゃない。お母さんが一番つらいのよね」


(ずっと前の【天声人語】「短い話をいくつか」に載っていました・・その5つのエピソードのひとつです)


もしも、自分の住んでいる地域で、子どもの声が聞こえなかったら、逆に「大丈夫かな」と心配になります。すなわち、子どもの声の全く消えた地域って、地域社会そのものが消滅する危機の1歩手前だと危惧するのですが・・。若い世代がつながっていってくれなかったら、年金はもちろん、介護・福祉・医療・ライフラインなど、日本の社会形態そのもの(もちろん自分の生活も)が維持できなくなることが、はたして視野に入っているのでしょうか。待機児童が多いので保育園を増やすのは結構なことだと賛成しながら、自宅の近くには、保育園をつくらせたくない・・と、総論賛成・各論反対の主張をする人が少なからずいることを知り、なんか、さびしくなりました。保育園や幼稚園から聞こえる子どもの声は、その地域のタカラモノだと思うからです。地域に気を遣って配慮する園側の苦心を、時代の流れだと安易に片付けたくないですねぇ。

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by takaboo-54p125 | 2014-11-22 05:14 | 社会全般