荒木茂さんのHP「音読・朗読・表現読みの学校」で、「森へ」星野道夫・作(光村図書6年国語)を解説しておられました。全文ではありませんが、星野道夫さんの「森へ」は何かしら、心ひかれるものがあります。HPに載っていた部分だけですが、ぜひ紹介させてください。


『【冒頭の第一段落】
 朝の海は、深いきりに包まれ、静まりかえっていました。聞こえるのは、カヤックのオールが、水を切る音だけです。
 少し、風が出てきました。白い太陽が、ぼうっと現れては、消えてゆきます。ゆっくりと、きりが動いているのです。
 オールを止めると、カヤックは、鏡のような水面をしばらくすべり、ミルク色の世界の中で、やがて動かなくなりました。きりの切れ間から、辺りを取りまく山や森が、ぼんやり見えています。
 たくさんの島々の間を通り、いつの間にか深い入り江のおくまで来ていたのです。
 ここは、南アラスカからカナダにかけて広がる、原生林の世界です。


【冒頭の第二段落】
 じっとしていると、カヤックをこいでいるとき気づかなかった音が、少しずつ聞こえてきました。
 ピロロロロ──。ハクトウワシの、小鳥のようなさえずりです。が、辺りの森を見わたしても、姿が見えません。
 ポチャン──と、1ぴきのサケが、海面から三十センチほど飛び上がりました。谷間から、川の音かたきの音か、かすかな水の音がわたってきま
す。
 きりは、絶えず形を変えながら、森の木々の間を、生きもののように伝っています。
 水面を流れるきりは、ぼくの顔や体を、しっとりとぬらしました。そのときです、不思議な声がきりの中から聞こえてきたのは。
 シューッ、シューッ、シューッ──。ぼくは体をかたくして、だんだん近づいてくるその音を待ちました。とつ然、きりの中からすうっと巨大な黒いかげが現れ、目の前を潮をふきながら通り過ぎていったのです。ザトウクジラ──。広い海原にいるはずのクジラが、どうしてこんな所にいるのだろう。
 やがて、クジラは尾びれを高く上げ、ゆっくりときりの中に消えてゆきました。』


以上、荒木茂さんのHPに載っていた本文の一部でした。そのHPを直接読まれることをオススメしますが、私も読ませていただいて、星野道夫さんの「森へ」は、大自然の情景をより豊かに、より広く深く、イメージできる、格調の高い文章だと思いました。

関連ページ
教材【弁当の日】【雪とパイナップル】【アハメドくんのいのちのリレー】「人のあったかさの連鎖」「~にもかかわらず」【いのちをいただく】【おばあさんの手紙】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898442/


by takaboo-54p125 | 2013-09-28 05:11 | 教材

宮崎駿監督のアニメに、私がカルチャーショックを受けたのは、1978年(昭和53年)4月~10月にNHKで放送された「未来少年コナン」でした。当時、大学浪人で予備校に通っていた私を支えてくれた作品だと言えます。


その後、宮崎駿監督の映画化されたアニメは総て、レンタルビデオを借りたり、テレビ放映されたのを録画したり、特に手元に置いておきたいのは購入したりして、くり返し視聴しました。何度観ても、飽きないというか、感動してしまうからでした。宮崎アニメは、私にとって、何か壁にぶつかり、ふっと思った時に、ビデオやDVDで何度も観る・・そんな作品群だったのです。


もちろん、原案・脚本・場面設定・原画・美術設定・画面構成などを担当された「パンダコパンダ(東宝)」の2作品も観ました。余談になりますが、とても驚いたのは、お若い頃には「わんわん忠臣蔵(わくわくしました)」の動画や、「長靴をはいた猫(あこがれました)」の原画を担当されたり、テレビアニメでは、「ムーミン」第23話の原画、「アルプスの少女ハイジ」全話の画面構成・画面構成、「フランダースの犬」第15話の原画、「母をたずねて三千里」全話の場面設定・レイアウト、「赤毛のアン」の場面設定・画面構成なども担当されていたことです。こうして、アニメーターとしての腕を磨いていかれたのでしょう。


その宮崎駿監督が「風立ちぬ」の試写会(6月)で、


「自分が作った作品を観て、泣いたのは初めてです」


みたいな発言をされた時は、えっ、なんでかな?ぐらいに思っていました。


そうしたら、「風立ちぬ」公開中の2013年(平成25年)9月6日、宮崎駿監督ご自身が記者会見で、長編アニメーション監督の引退を表明されました。


私は、宮崎駿監督の最後の長編アニメ「風立ちぬ」だけは、映画館で観たいと思いました。それで、私は初めて宮崎アニメを映画館へ観に行きました。


ストーリーから監督の伝えたいことを感じながら(勝手に解釈するだけですが)、忘れたくない情景描写に目をこらしながら、登場人物の声や飛行機の音なんとボイスパーカッション)に耳をすましながら、「風立ちぬ」を観ました。


すると、かつて観た「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「紅の豚」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」「崖の上のポニョ」のさまざまな場面が、時々浮かんできました。


それは、風そのものであったり、美しい自然風景であったり、登場人物の眠る姿、食べる姿、働く姿などの、精一杯生きる人々の姿であったりしました。初めて映画館で観た「風たちぬ」は、宮崎アニメをずっと家のテレビ画面で視聴し続けてきた私にとって、そんな走馬燈のような映画でもありました。


テレビの宮崎駿監督特集では、アニメ作品のどのタイトルにも「の」が必ず入っていることが指摘されていました。ところが、「風立ちぬ」には、「の」が入っていません。そこにも宮崎駿監督の思いが込められているのでしょうか。この作品は、ものづくりの専門家として「美しい飛行機をつくりたい」と純粋に思う主人公の願いどおりには、なかなかいかない、切ない物語であるとも、私は思いました。そんな主人公が設計を成し遂げた飛行機の戦闘シーンがないことからも、地球環境を含めて、平和な世界を願う監督のお人柄を感じました。


さて、宮崎駿監督は記者会見で、数々のアニメ映画製作を通じて、子どもたちに伝えたかったことを、端的に表現されていました。


この世は生きるに値する


どのアニメ作品でも、登場人物たちの、眠って、食べて、働いて、喜怒哀楽と共に懸命に生きる姿が、生き生きと表現されていました。たしかに、宮崎監督は、子どもたちには「この世は生きるに値する」ことを伝えたかったのでしょう。


それは、同時に、私たち大人に対し、全作品を通じて、


子どもたちが『この世は生きるに値する』と心底から思える・・


そんな世の中にしていますか?(身近にできることはないですか?)、


そんな社会になっていますか?(自分にできることを探しませんか?)、


そんな地球だと言えるでしょうか?(地球の悲鳴が聞こえますか?)


と、いろんな角度から問いかけておられるような気がしてなりません。地球的規模で考えて、地域の身近なところで、自分ができることをやっていくことが、「生きるに値するこの世」の実現に近づく道なのかな・・たとえ小さな1歩でも。


おおざっぱなくくり方をして申し訳ないのですが、ナウシカやラピュタでは科学の進歩=自然破壊の矛盾とどう向き合うかを、トトロでは自然の中でたくましく生きることのすばらしさを、魔女宅や紅の豚では真っ直ぐな生き方の値打ちを、もののけ姫では自然との共生の大切さを、千と千尋では生きる勇気を、ハウルやポニョでは子どもも若者も高齢者も溌剌と生きることの尊さを、教えてもらったようにも思います。


宮崎駿監督、生きる力がわいてくる、数々の珠玉のアニメーション作品を、世に送り出してくださって、有り難うございました。

関連ページ
元気の力「絆の形」【こんな日本人も】ハイチ・ベラルーシ・イスラエル・パレスチナ・中東・リトアニア・極東・ミャンマー,鳥取・京都・岩手・福岡・福井・大阪・島根【こんな日本・中国・韓国の人も】東京・大阪
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by takaboo-54p125 | 2013-09-14 05:10 | 社会全般

8月下旬におじゃましました鳥取市立高草中学校のHP

http://www.torikyo.ed.jp/takakusa-j/

→「学校ニュース」→「3年生:3学年のニュース」に、3年学年通信「ゆいまーる」が載っていました。


その中で、平成25年8月27日発行:第3学年通信:NO,28に、「なるほど!これぞ連動」と思う記事があったので紹介させてください。


『全校集会より


夏休みが終わり、学校が始まりました。昨日は全校集会で校長先生より、「聴く」についてお話があり


ました。「聞く」は、音を耳から聞き取るのに対して、「聴く」は同じ「キク」でもただ単に音を感じ取る


のではなく、もっと深い意味があることを文字の形を通して分かりやすく説明していただきました。


耳でキク。(耳偏【漢字の左部分】の部分)


プラス(+)目(罒)と心でキク。(漢字の左側の部分)


「プラス思考」でキク。


網でものを一網打尽するように話されたことを聞き漏らすことのないようにキク。部首(罒)は【あみめ】


と言い、糸を編んで作った網(あみ)を意味する。


「一を聞いて十を知る」ということわざがあるように物事の一端を聞いただけで全体を理解できるように、


聞いたことよりさまざまなことを深く考えていけるようにキク。+(プラス)は十(10)とも読める。


目を皿のようにして見ながらキク。お皿のように目を大きく見開き、注意深くよく見ながら聞く。部首(罒)


は部首(皿)に良く似ている。


心で考えながらキク。一番大切なことはこの漢字を締めくくっている心。考え方が一番大切であること


姿勢を正して(まっすぐにして)キク。姿勢が傾いていれば、いくらいい話でも、自分の中に入っていか


ない。(プラス)+は基準のマークになる。全校集会の写真は傾いているペットボトルに水を注いでも、


ペットボトルの中には水がうまく入らなく、ほとんどこぼれてしまう実験。


上の‥最初の二つは、私(学年主任の先生でしょうか)も以前に小さい頃、教えてもらい知っていましたが、


漢字「聴」の他の解釈は初めて知りました。


一つの漢字にこれほど多くのことが読み取れるとは驚きました。


昨日の全校集会で校長先生のお話を聴いている君達の姿勢はまさしく「聞く」ではなく「聴く」であったと思います。


この「聴く」を実践した時の気持ちをずっと持ち続けたいものです。


「聴く事」は、学習の基本中の基本です。


授業では先生のお話や友達の発表を耳だけで聞くだけでなく、耳と一緒に目を使い、心で感じながら姿勢をまっすぐにしてプラス


思考で「聴く」・・。』


以上です。校長先生による「聴く」という漢字の多様な解釈にも、びっくりしました。


それにもまして、全校集会の校長先生のお話(「聴く」について)を、学年通信でも再現しているところが、見事な連携!だと思いました。なぜなら、校長先生が話された「聴く」ことの8つの解釈を、生徒たちは、学年通信で何度も読み返すことができるからです。先生方の組織力(聴き合い、伝え合う力)は、さり気ない、こういう形にも表れるんやなと、感じ入りました。

関連ページ

「協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑤『教師の話し方・聴き方:ことばが届く、つながりが生まれる』(石井順治氏の基本「ケア」の心)

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898388/



by takaboo-54p125 | 2013-09-07 05:14 | 保育・教育