修学旅行の「お小遣い0円」提案をした6年教師集団
4クラスの子どもたちの反応は・・・ちょっと早いのですが


5月下旬実施予定の修学旅行でしたので、春休みに検討してチャレンジしてみました。
各担任が各クラスで朝の会、一斉に発表しました。
「先生たちは修学旅行を学習の場と考え、修学旅行のお小遣いは0円にしたいと思う」
「えーっ」「そんなん」「おかしいわぁ」
子どもたちからは、ブーイングの嵐です。そこで、各担任は言いました。
「きみらの気持ちはわかった。修学旅行実行委員会の子らがみんなの意見をまとめてや」
「まとめたら、小遣い持って行ってもええんか」
「先生らが納得できる理由を出してくれたらちゃんと考える。時間は3日間あげるさかい」
子どもたちの目つきが真剣になりました。
実は、修学旅行実行委員会の子どもたちは、どのクラスも、お小遣いを率先してオーバーしそうなメンバーがそろっていたのです。先生たちは「チャンスだ」と思いました。
修学旅行実行委員会の子どもたちが・・・ 
さっそく修学旅行実行委員の子らは、朝の自習など先生たちのいない時間をねらって、クラス全員で相談を始めました。修学旅行には小遣いが必要な理由についてです。そして、3日後、いよいよ第○回修学旅行実行委員会です。
「一生の思い出になるものを買いたい」
「修学旅行やで、家族にお土産を買いたいし、おばあちゃんにも絶対買ってきてあげたい」
「お姉ちゃんの時は、お土産を買ってきてくれはった」
「弟にお土産を買うてやりたいし、弟も楽しみにしてる」
なかなかよい意見を持ち寄ってくれました。先生は言いました。
「きみらの気持ちは充分わかった。家族思いで、やさしいやん。でもな、違反する子は?」
修学旅行実行委員の子らは、口をそろえて言いました。
「先生、ぼくらが自分のクラスで違反はせえへんぞって言うで、信じてえなぁ」                         
「よっしゃ、きみらを信じるでぇ。任せたで」
修学旅行実行委員の子らは自分のクラスで演説をしました。
「ぼくらも守るさかい、みんなも全員が決めた金額を守って修学旅行に行こうな」                   
金額についても、同様の手順で、子どもと先生で合意して決めました。当然、前年の金額を参考にして、翌年の子らのことも考えて決めました。結果としては前年どおりでした。
そして、修学旅行当日です。修学旅行実行委員の子らは胸を張って言いきりました。                                                 
「ぼくらが小遣いを守ってるんやで、全員守ってるで、先生、心配いらんで」
子どもらの目は、決してウソをついてない、きれいな目をしていました。

そして、どの実行委員の子の顔も、ちょっぴり、誇らしげでした。

関連ページ
「たった一つの約束①みんな笑顔でいるために」(大阪市立南住吉大空小学校の取り組みに学ぶ)https://sg2takaboo.exblog.jp/24898453/

子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/



by takaboo-54p125 | 2013-01-27 05:01 | 保育・教育

その子は、なぜ自分の気持ち(言葉・行動)ばかりアピールするのでしょう?


子どもが親に話を聞いてほしい時、携帯メールをしながら生返事をしている親子の姿を思い浮かべましょう。それは、子どもは今、聞いてほしいのに、親は子どもの目を見ないで、適当に返事をしている姿です。本当は自分の気持ちを親にじっくりと聞いてもらったあとに、親から言葉を返してもらいたいのです。親子の会話がしたいのです。でも、親がそうしてくれないので、子どもの心は全く満たされません。それが日々、積み重なってくると、子どもは仕方がないから、代わりに学校・園で、「先生、聞いて聞いて」の連発になってしまうことになります。周囲の子どもたちのことなんか、お構いなしという状態です。


その子は、なぜ自分の気持ち(言葉・行動)をぜんぜん出せないのでしょう?


親が熱心に、指示や注意ばかりを、子どもに言い続けている親子の姿を思い浮かべましょう。それは、親から、常に評価(よい子・ダメな子)をされているというプレッシャーを感じている子どもは、「よい子ストレス」が受けまくっている姿です。そうなると、心もがんじがらめになってしまいます。それが日々、積み重なってくると、子どもは「間違ってはいけない」という思いにしばられて、自由な自己表現ができなくなります。先生や友だちに声をかけてもらっても、心の身動きがとれなくなってしまっている状態です。


学校・園で、自分を出したがる子と、自分を出せない子の、共通点


どちらの子どもにも共通する点があります。それは、親子で、お互いの言葉に耳を傾け合うという本当の意味での会話・対話ができていないということです。その場合の親は、わざとではなく、無意識で、それぞれ両極端な子育てをしてしまっているケースがほとんどです。たいてい、親自身が子どもの頃、そういう子育てをされてきたと言えるでしょう。私も、そうかもしれません。


それでは、親はどうすればいいか


それでも、わが子の姿を見て、アレッと思ったら、まずは、自分が信頼できる人(学校・園の先生、子育て支援センター、保健センターなどなど)に相談することが、わが子の、すこやかな成長のために大切です。保育園・幼稚園・学校で、自分を出したがる子も、自分を出せない子も、「親が変われば、子も変わる」というのは確かです。そして、子育ては、気づいた時が、スタートなのですから、あせらずに、もらったアドバイスの中で、自分にできそうなことから始めてみましょう。オススメを3つばかり・・・。


子どもにお手伝いを頼んで、「ありがとう」「助かったよ」と言うこと。子どもと、目と目を合わせて、笑顔で話を聞いてあげたり、話したりすること。お手伝いで、親にほめられ、親の役に立ち、親に必要とされる体験をしてほしいから。


子どもと、何か(食事づくり・食事の片づけ・おやつづくり・掃除・散歩など)をいっしょにしながら、世間話もしつつ、さり気なく「あなたが私の子どもであることがうれしいよ」というメッセージを伝えること。


泣かされたり、意地悪されてきた時は、「あなたはね、友だちからバカにされるような子どもじゃないよ。あなたはね、決してダメな子じゃないからね。私の自慢の子だよ」と、抱きしめてやること。


いかがでしょうか。どうか、わが子を、今まで以上に、頼りにしてやってください。それは、わが子が心身ともに自立するためなのです。


【関連記事の紹介】


「子どもを勇気づける魔法のほめ言葉集」が特別付録でついていました(得心したアドラー博士のほめ言葉38例文:しからずにすむ5原則)


by takaboo-54p125 | 2013-01-26 05:21 | 育児・子育て

昨日2013年1月5日、近江神宮にある近江勧学館で競技かるた日本一を決める「名人位・クイーン位決定戦」があったと、ニュースで言っていました。それに先立ち、2012年12月31日の中日新聞に、次のような記事が載っていました。


『競技かるたを題材とした人気漫画「ちはやふる」を大津市の観光振興に役立てようと、キャンペーン実行委員会が発足してから10
カ月余り。作中に登場する近江神宮で新春1月5日、小倉百人一首の競技かるた日本一を競う「名人位・クイーン位決定戦」が開かれるのを前に、漫画を生かした「かるたの聖地・大津」の浸透度と、今後の展望を探った。(中略)


7月には、近江神宮で開かれた「全国高校小倉百人一首かるた選手権大会」に合わせ、市内の京阪石山坂本線で、車体や内装を漫画のキャラクターや百人一首の和歌で飾ったラッピング電車を運行した。大会に出場した高校生は過去最高の800人を数え、競技かるた人気の高まりを感じさせた。近江神宮では昨年ごろから遠方の漫画ファンが目立つようになり…(後略)


 <ちはやふる> 競技かるたに熱中する女子高生を主人公にした漫画で、作者は末次由紀さん。青春の情熱や葛藤を描いた「文化系スポーツ漫画」と評される作風が人気を呼んでいる。講談社の女性向け雑誌「BE・LOVE」で2007年から連載を始め、2009年にマンガ大賞を受賞。2011年には日本テレビ系列でアニメ化された。作中には、全国高校かるた選手権大会の舞台となる近江神宮など、大津市内に実在する場所が多く登場する。』


記事の抜粋は以上です。


後日、たまたま京阪石坂線(紫式部「源氏物語」ゆかりの石山寺~「三井の晩鐘」の三井寺~「ちはやふる」の近江神宮前~「比叡山ケーブル」のある坂本という路線)に乗りました。そうしたら、話には聞いていたラッピング電車が来ました。二両編成でのんびり走りますが、車体はもちろん、内装も、例えば、つり革1つひとつにも、百人一首の和歌が書いてありました。以下の写真は、その時に京阪石山駅で撮った車両です。なお、京阪膳所駅(JR膳所駅そば)から7つ目が近江神宮前駅です。4つ目は三井寺(「るろうに剣心」ロケ地のひとつ)です。


在原業平の「ちはやぶる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くゝる」とは『古今和歌集』『小倉百人一首』撰歌の「ちはやぶる」からマンガの題名をつけられたのでしょうか。この単行本の売り上げは650万部と書いてありました。2012年7月から「ちはやふる」のラッピング電車が京阪電鉄の石山坂本線で運行されるなど、近江神宮が「ちはやふる」ファンの聖地になっているのは確かなのでしょう。


『小倉百人一首』第1首目の歌「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」を詠んだ天智天皇ゆかりの近江神宮では、1950年代から毎年冬に「名人位・クイーン位決定戦」や「全国歌かるた大会」がが行われています。1979年から毎年夏に「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」も行われています。団体戦で最多12回優勝を誇る富士高校をはじめ、長泉高校、大井川高校、静岡雙葉高校、浜松北高校など静岡県勢は5校で24回の優勝校を出しています。ここ最近は、東京の暁星高校が5連覇中です(追加:2016年は暁星高校・9連覇、2017年は福島県立安積黎明高校・初優勝)。2012年の個人戦には800人近く出場し、前年より200人近くも増えたのは驚きです。1993年からは「全日本かるた大学選手権大会」も行われ、2012年団体戦では、5連覇中の立命館大学にかわり京都大学が優勝しました。「ちはやふる」が、競技かるた人口の拡大にも貢献していると言われているのも、これまた確かでしょう(ちなみに、第2首目は天智天皇の子である持統天皇の歌「春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣干すてふ 天の香具山」、第3首目は柿本人麻呂の歌「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」、第4首目は山部赤人の歌「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士のたかねに 雪は降りつつ」、第5首目は猿丸大夫の歌「奥山に 紅葉ふみ分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」だそうです)。


話は変わりますが、在原業平は、紀貫之が「近き世にその名聞こえたる」と書いた「六歌仙」の一人です。


滋賀県高島市(旧マキノ町)には、福井県との県境に、在原という集落があります。就職したての頃に、私はバイクに乗って一度だけ在原を訪れました(テレビで在原が紹介されて、即、単独ツーリングで訪れました)。


少し山の中に入ると、在原業平の墓と言われている小さいお墓があるそうです。そういうこともあり、在原の集落には、在原業平が住んでいたことがあったのではないかと言われています。


観光地化されていない在原では、かやぶき屋根の家々が集落の人々の自宅でもあります。実際に住んでおられる茅葺き屋根の民家が点在しているのが、在原の魅力だと言えます。そのことは、アマチュア・カメラマン(地元の方と出会ったら挨拶をするなどマナーを心得ている人)のみなさんのほうが、よくご存じのことと思います。


話があちこちしますが、滋賀県湖東地方では、紅葉と言えば、永源寺と湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)が有名です。ところが、アマチュア・カメラマンのみなさんは、東近江市平尾町の山の中腹にある「東光寺」に行かれるようです。たまたま、次男と東光寺へ行ったら、カメラの三脚があちらこちらに林立していて、撮影のじゃまをしないように散策したのを覚えています。話がそれてしまったので、戻します。


ところで、百人一首と言えば、以前に紹介した長浜市立下草野小学校の、校長先生と子どもたちの、ほのぼのとした交流の姿を思い出します。明日から3学期の滋賀県では、下草野小学校をはじめ、ほとんどの小学校で百人一首大会が行われることでしょう。わが子が通っていた中学校でも、百人一首大会をしてはりました。その数年後、目の前で見た小学生たちの見事な腕前には脱帽でした。


by takaboo-54p125 | 2013-01-06 21:04 | 文化・スポーツ

緊急事態!群れてやりたい放題(担任の指導が入らない)


もう限界を超えました。一刻の猶予もありません。いじめ多発警報も発令状態です。大規模校以外は、短期間に他学年・全校に影響が出てくるので、中規模校の小学校を想定してみます。即、対策会議を開きます。ここまでは、すべての学校がします。組織力のある学校は、ここからが違います。関われる教師すべて(管理職、教務主任、教務助任生徒指導、少人数加配教員、養護教諭など)総動員です。(他学年の担任まで加わった例もあり)


やりたい放題集団の子一人ひとりの個別(虐待など家庭の状況も含む)の課題と、その集団の中の力学関係の構図(やりたい放題集団と言っても、ガラスの人間関係です)を正確に把握します。その上で、教師とその子らとの相性も考慮して、どの教師がどの子に関わるかという担当を決めます。その子と信頼関係を構築して指導を入れていく担当です。例えば、A君にはB教頭、C君にはD教務主任、E君にはF教務助任、G君にはH少人数加配、Iさん(女子)にはJ養護教諭という感じです。J養護教諭は保健室を離れられないので、手紙の交換をJさんと続けます。K校長は、L担任がギリギリの所で踏ん張っている教室で、学級全体の支援をします。A君には保護者との連携(手をつなぐ)も必要なので、B教頭が家庭訪問もします。関わる教師は、もとの信頼関係を築くために、教科ごとで分担して入ります。当然、他学級・他学年の、通常の出授業・入り授業はすべて一時停止します。毎日、情報交換しながら、集団指導体制をとるわけです。どの教師も、子どもにスモールステップを与えて、やりきらせて、ほめることもします。


ここで、組織力のある学校と、組織力のない学校の差がはっきりと出ます。それは、通常の出授業・入り授業の一時停止に対する他学年の教師の反応です。組織力のある学校では、大変な時は、全教職員が少しずつ融通し合うことが通例になっているので、どの担任も空き時間がなくなることは、自分のできる協力の形だと受けとめます。全教職員も、その学級の子らのよい所を見かけたら、メモを担任の机上に置きます。


ところが、組織力のない学校では、入り授業の一時停止によって、自分の空き時間がなくなることに対して、他の学年の主任から注文がつきます。誰か代わりに入り授業をしてほしいと言うのです。学校が緊急事態なのに、自己中心的な主張を、当然の権利のごとく要求してこられます。そういう学年に限って、たいてい教師集団はバラバラでした。それは、全校集団下校の時に、いつも全校の足を引っ張るという形で、よーくわかります。中学校では、どの教師も空き時間の方が大変だということを、同じ教師なのに、小学校の教師は知らないのでしょうか。組織力というのは、校長、教頭、教務、加配、各学年主任などの結束力で決まります。

関連記事
子どもと向き合う1月の教室(学校の組織力の見分け方)
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898444/


by takaboo-54p125 | 2013-01-04 05:00 | 保育・教育