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心療内科医の明橋大二ドクターは、その著書「翼ひろげる子」(1万年堂出版)の中で、子どもの心身の症状について次のように解説しておられます。抜粋ですが、紹介させてください。


『「わがままだったから、不登校になるのではない。マイペースにできず、ひたすら人に合わせようとして、無理を続けるからだ」


「子どもにいろんな症状が起きる原因は、1つしかない、それは、周囲とのパイプ詰まりです。この人が悪い、あの人が悪い、ではなく、お互いの間のパイプ詰まりが問題なのです。人は相互に気持ちの交流や理解というものが行ったり来たりしていますが、つらい状況を周りの人に伝えられず、その気持ちが通じていなかったからです」


「学校から帰って、イヤだったことを親に話ができないまま、次の日になってしまうと、子どもはすぐ忘れてしまいます。だけど、モヤモヤした気持ちは残るんですね。なんでモヤモヤしているかは忘れるけれど、モヤモヤした気持ちは残っている。ところが次の日もまたイヤな出来事が起こる。それもまた親に話せない。そうするうちに、どんどんイヤな気持ちがたまってくる。


大人であれば1週間前のことや2週間前のことを覚えていて、どんなことがあったと言えるんですけど、子どもはその日に解消しないと、すぐ忘れてしまいます。ですから、子どもの話を聞いてやるなら、その日のうちか、せめて次の日です。そういう意味で、親が家にいるというのは、子どもにとっては、すごく大事なことなんです」


「母子分離ができない、というのは、甘え足りないことを、子どもが一生けんめい取り戻そうとしている状態です。それが結果として、お母さんを振り回す状態になるのですが、ある意味では、自分の思いをお母さんに伝えまくっている状態です。はた目にはギャーギャー騒ぎますから大変ですけれども、子どもの状態としては、自分の思いを一番伝えたい人に伝えることができているわけです」


「カッとしてすぐキレる、というのは、可能性として、家で厳しい叱責や体罰を受け続けている場合があります。家ではじっと耐えている。そういうストレスが学校に行った時に、友だちに向かって出る。怒りを向けたいのは、本当は家族なんですが、そちらには向けられずに友だちに向けている。だから、直接一番伝えたい人には伝えられていない。ただし、発達障害の場合もあります」


「スッと教室からいなくなる、というのは、どこかで先生に見ていてほしいんですね。そして追いかけてほしい。自分がいなくなったことに先生に気づいてほしい。先生が来てくれることで、自分はこのクラスに必要な人間であることを確認したい。自分はいらない人間じゃないんだと感じたい。そういう行動です。これは学校で先生に向かって出ていますけれども、本当に気づいてほしいのは先生ではなくて、親です。家では気づいてもらえない。そういう気持ちを学校で出してくる。自分の思いを親に直接伝えられていないことが考えられます」


「いつも無表情で笑顔がない、というのは、子どもと周囲との間のパイプが、最も詰まっています。家でも、学校でも、どこでも全くメッセージが伝えられていない。完璧に黙らせさせられている。そうなると事態はとても深刻です」


子どもと周囲との間にパイプづまりが起こる理由


なぜパイプ詰まりが起こるのか(1)
まず、大人との接点がない場合。一緒にいる時間がない。一緒にいても、無視、無関心、放任、ネグレクト(育児放棄)の場合は、当然、パイプは詰まります。親には、子どもが何を考えているのか、何をしているのか、さえ分かりません。子どもにも、大人の気持ちが全く分かりません。


次は、関わりはあるが、暴力的、否定的な関わりの場合。身体的虐待、言葉による否定、体罰など厳しすぎるしつけ、などです。このようなことをされた子どもは、とても傷つくので、心を閉ざしてしまいます。体が痛いだけでなく、とてもみじめな気持ちになります。「ダメ」「バカ」と存在を否定され、子どもの自己評価は一気に下がってしまいます」


なぜパイプ詰まりが起こるのか(2)
パイプが詰まりそうになった時、その詰まりを押しのけて、流れを通そうとする力があります。それが、親の愛情であり、子どもの側の甘えです。親の愛情が子どもに伝わるためには、子どもの側にも甘えが必要です。甘えとは、相手の愛情を求める心です。甘えるのが下手な子、ガマンしている子には、親の愛情がうまく伝わりません。10才以下の子どもが、あまり甘えてこない時は、どこかでガマンしているんじゃないかと、と考えて、接する時間を増やしたり、スキンシップを増やしたりしてみてはどうかと思います」


なぜパイプ詰まりが起こるのか(3)
心の鎧(傷つかないように自分を守って生きるため)を着ている大人は、子どもの甘えをはねつけてしまう。親の側が、愛情の表し方を上手にできない、あるいは、甘えを上手にキャッチできない、ということがあります」


なぜパイプ詰まりが起こるのか(4)
「発達障害、人とうまく関わることができない、自分の気持ちを表現することが苦手、1つの物事に強くこだわったりする、感覚が過敏でちょっとした物音に強烈に反応する、などです」


子どもの身体症状に応じた5段階の対処法(入り口)


第1段階(パイプが完全に詰まっている時)
無表情、サイレント・ベビー、喜怒哀楽がない、冷たい感じ、甘えない子。何を考えているのか分からない感じ。手がかからない、聞き分けのいい子。自分の気持ちを全く話さない。反抗しない。だだをこねない。口答えしない。


「体罰や厳しい叱責をやめ、スキンシップや、接する時間を増やして、表情が出てくるのを待ちます」


第2段階(パイプがかろうじて通じた時)
カッとキレる。万引き。夜驚(夜中に急に起き出して騒いでも、朝には全く覚えていない)。抜毛症。登校しぶり。母子分離不安。不登校。リストカット。家庭内暴力。頭痛、腹痛、脱毛症、摂食障害、過呼吸。


「子どもがつらさからサインを出してきたのだととらえる。間違っても、理由も聞かずに、ただ叱ったり、突き放したりして、このような症状を無理やり押さえ込んではいけない。こういう行動や症状の背景にある、子どもの気持ちを周りのみんなで考えていくことが大切です」


第3段階(パイプがかなり通じてきた時)
子どもから甘えと怒りが噴出してきます。今までガマンしてきた期間が長いほど、その程度はひどいです。甘えとは、親からくっついて離れない、べたべたしてくる、今まで1人で寝ていたのに、親の布団に入ってくる。赤ちゃん言葉を使う。            


怒りとは、親を叩く、「お母さんのせいだ」と攻撃してくる。物に当たる。この2つが目まぐるしく交代し、気分の波が激しく、親は振り回されます。


「この時が、一番親はしんどいですが、実は治療的には、ここまで来れば、もうそんなに心配はない。あとは、子どもの力が、周囲を変えていくのを見守るだけ、といった感じになってきます。この時期を私(明橋)は「ぐつぐつ煮込み期間」と言っています。激しくホットなバトルが続いていますが、このバトルに、とにかくつき合っていくことで、親の愛情が、子どもの心にしっかりしみていくのです。


また、一般的に、子どものターゲットは、母→父と移動していきます。まず、お母さん相手に、甘えたり怒ったりします。これを、「お母さんステージ」と言います。それをクリアすると、次は「お父さんステージ」に移ります。また、第2、第3段階が、家庭でなく、学校で最初に出てくる場合もあります。学校での様子を家庭に伝えて、症状をいったん家庭に返していくことが必要です」


第4段階(パイプがほとんど通じてきた時)
あまり、感情の起伏は激しくなくなり、そのかわりに、何でも話をするようになってきます。最近の話から、次第に過去の話。昔、こんなことあったよ、と。今まで言えなかったつらいことを話してくるのもこの時期です。また、この時期になると、第2段階の行動や身体の症状もかなり軽くなってきます。


また、わがままを言うターゲットは、この頃には、母、父を終了し、友だちに向かっています。これを「友だちステージ」と言います。「友だちに対して、わがままを言ったり振り回したりします。ところが、友だちは、親のようにはつき合ってくれません。そこで、傷ついた子どもは、今までのお母さん、お父さんステージをきちんと通過してきている場合には、親に助けを求めてきます。そこで、フォローされて、また友だちに向かう。また拒否されて、家に泣きつく。それをくり返しながら、友だち関係を学んでいきます」


第5段階(パイプが完全に開通した時)
親は、子どもを安心して見られるようになり、子どもも、心配な症状は全く出さなくなります。 お互いに信頼関係でつながれています。必要な時には、話をしますが、それも必要な時だけです。これで思春期、青年期に入ると、親とほとんど話をしなくなり、友だちや、部活、異性とのつき合いに没頭するようになり、自立していきます。でも、心配な時には、家に戻って、相談事を持ちかけてきます。


「自立しようという意欲の元になるのは、安心感です。安心感は、どこから培われるか、というと、甘えです。ですから、甘えない人が自立するのではなくて、甘えた人が自立するのです。 実際、自立につまずく人を見ていると、幼少期に、十分な甘えを体験できなかった子どもが多いです。手のかからない子だった、聞き分けのよい子だった、だだをこねたり、すねたりしなかった、という表現は、甘えが不足する状態を表しています」』


明橋ドクターの著書「翼ひろげる子」(1万年堂出版)の抜粋は以上です。あくまでも目安ですから、この段階どおりにいくとは限りません。イジメの場合は、「いじめた者一人ひとりによる、心からの謝罪が出発点」とも書いてありました。これは、学校の初期対応(心からの謝罪にたどりつけるため)が大事になります。人間ですから、山あり谷ありです。Q&Aもズラリと書いてあるので、直接お読みくださることを、おすすめします。


明橋ドクターの著書「子育てハッピーアドバイス」(1万年堂出版)シリーズも、読みやすくて、おすすめです。買ったのは私が3冊、末っ子が1冊ですが、今、その4冊が家族の誰の本棚にあるかはわかりません(私の手元にはないからです)。


【不登校:親だからこそ、出来ること】


朝日新聞2011年11月23日(水)33面に「不登校:親に出来ること」という記事がのっていました。


「子どもが学校に行かなくなったとき、家庭で親は何ができるのでしょう?文部科学省の統計によると、不登校の小中学生は全国で約12万人。不登校気味の子どもも少なくありません。解決の糸口を探りました。」と書いてありました。


笑顔取り戻す】という項には、「学校に居場所がないから家にいるのに、なぜ家にも居場所がないの」「ここにいていいんだよ、と受けとめて」「子どもの気持ちを聞いて認めてあげてほしい」などが書いてありました。


生活の見直し】という項には、「見守っていれば行くようになるだろう、と思うのは間違い」「生活、関係、学校の3つへの働きかけが大切」「家族のバランスを変えること」「家庭内の食事の場所や入浴の順番を変えるなど、固定された家族の生活パターンを見直すことで、改善につながることもある」などが書いてありました。


そして、【家庭でできる登校の準備】として書いてあったのは、以下のことです。                                               
生活の支援
①「これならできる」と思えることをやってみて、自己肯定感につなげる。                             
②学校のことを考えないようにするために、集中できる時間帯をつくる。                            
③先を見通す力をつけるために、料理など段取り力が身につくことをする。                            
関係の支援
①(いっしょに)ゲームやカードなどで遊ぶ。
②知人に遊びに来てもらうなど、第三者を家庭内に入れる。                                                       
③外出の機会をつくり、大勢の人がいる場に行ったり、外の人と話したりする。
登校刺激
目につく場所に学校のプリントを張るなど、少しずつ学校への関心を高め、登校を促す時期を決める。」
のっていたのは、以上です。


明橋大二ドクターの言葉「周囲とのパイプづまり」と通ずるところも感じました。一番困っている本人を袋小路に追いつめないようにすることと、周囲(家族)が堂々巡りに陥らないことには、気をつけたいですね。


この子のため、と思っていると親も子もしんどくなります。この子と共に、という姿勢で、新聞にのっていた『生活の支援』『関係の支援』から、やれそうなことをするうちに、堂々巡りの中にも「小さな風穴」(本人が出てみようかなと自ら思えるトンネルの出口)があることに気づけるのではないでしょうか。


関連ページ


教育相談「始めの4歩」で決まります【 保護者と信頼関係を築く初期対応】【相談を受ける時の原則】【いじめ防止八策】【引き継ぎの鉄則】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898108/



by takaboo-54p125 | 2011-05-31 06:11 | 保育・教育

黙って出勤して、黙って退勤する人のことが話題になるようになりました。


以前と比べて、会社でも、工場でも、役所でも、職場に、出勤した時にも黙ったままいつの間にか来て、退勤する時にも黙ったままいつの間にか帰って行く若者が目立つようになってきたと、40代、50代の人たちからグチを聞くようになりました。出退勤入力をしながら言えばいいだけなんですけどね。じゃあ、学校はどうかと思い、聞いてみました。なんとびっくり、規模の大きい学校ほど、そういう傾向はあるようです。風のように、すうっと去って行くのは、いかにも味気ないですよね。


子どもたちに教える立場の人が、これではちょっと困ります。コミュニケーション力「伝え合う力」が重視される職場ですから、なおさらです。朝、職員室に入った時に、「おはようございます」を言えない人が、あいさつすることの大切さを子どもたちに教えられるはずがありません。そういう先生の建前のお説教なんか、子どもたちに一発で見抜かれてしまいます。同じ職場の仲間なのですから、自分の方から先にあいさつできる先生でありたいものです。


「おはよう」は人間関係をつなぐ大事な「始めの1歩」だと思います。帰りは、同僚より先に帰るなら、「お先に失礼します」とひと言だけ言えばいいのです。先に帰る同僚から声をかけられたら、「お疲れ様でした」と応えたらいいのです。これだけで、職場の潤滑油になるのですけどねぇ。それだけのことでも、気をつかわないと言えない段階にいるのなら、条件反射的に言えるようになるまでは、人生の修行だと思って実行しましょう。きっと、あいさつって気持ちよくできるものなんだなあ、と実感できるようになりますよ。


ついでですから、出張に行く時も、「クラスのこと、よろしくお願いします」と言う担任は多い(それでも全員ではありません)のですが、出張の翌朝、「昨日は、クラスのこと、お世話になり、ありがとうございました」と言う担任は、さらに、その半数ぐらいでしたね。もちろん、それを言ってもらうために、自習を見に行っているのではありません。子どもたちのために行っているのです。でも、これって気持ちですよね。担任不在の翌朝、そういうあいさつがすると、必ずよいことがあります。子どもの固有名詞も出てきて、ほめる材料を先生方からもらえることが多々あるからです。お礼を言うことで、昨日のクラスのよかった点を、言ってもらえるのです。お礼のひと言も、決して損はしません。さっそく朝の会で、子どもらに昨日のことをほめてあげられるじゃないですか。


by takaboo-54p125 | 2011-05-30 05:01 | 社会全般

どの学級担任も毎日心がけること


◎子どもに担任の指示が入る(信頼関係をつくる)ための言葉のキャッチボールに、工夫「直球」か「変化球」か、「速い球」か「ゆるい球」か)をします。
声の大きさも、小さいめの方が効果的です。
考えさせたいところでは、意識的に間(ま)をとります。


◎話を聞く子どもに育てたいなら、子どもが聞いてほしい時、担任にしゃべりかけてきたら、ノートの丸つけの手を止めて「言いに来てくれてありがとね」が基本です。                                    
目と目を合わせるのが大事です。


◎とりわけ1~3年の子どもの話を聴いてあげる時は、ひざをついて、目線を子どもと同じ高さにします。
4~6年も同じですけど。


子どもらが授業に集中できるため意識すること


◎クラスの子どもたちが授業に集中できない原因を子どもに求めると、悪循環になります。
「だんどり」と柔軟な「とっさの対応」を教師間で日々、情報交換して共有します。


◎子どもの気持ちを受けとめるだけではダメで、スモールステップを与えて、お手伝いや掃除などを一緒にやって、「ありがとな」「たすかったで」とほめることの積み上げを日 々積み重ねます。


◎作業(朝自習も含めて)の課題が早くできた子が、次に何をしたらいいかの指示を、明確に板書しておくことも大切です。
どの子も黒板を見れば、わかるからです。
例えば、①②できた人は③か④。
出張の時の自習計画を見たら、担任がそういう配慮をふだんからしているかどうかが、 教務部にはバレバレです。


学年教師集団(学年部)で意図的に取り組むこと


◎朝の会、休み時間、給食準備、掃除の時間などに、学年の教師が自分のクラスへ行く時ちょこっと他の教室をのぞいて、声かけ(ほめること)をし合います。                                                                                         
学年の子どもたちを、学年の教師みんなで育てるためです。


◎もちろん出張・年休で、担任が不在のクラスの自習も補教に入る教務部まかせにせず、自分の教室へ行く時、ちょこっとだけ担任不在の教室をのぞいて、具体的にほめます。それをメモして担任の机上に置いておきます。
それで翌日、出勤してきた担任が再度クラスの子どもたちをほめることができます。                                                      
それが、学年部のチームワークにもなっていくのです。


◎学年集会等で学年主任が語っている時の、他の担任の位置とリアクションが、学年の教師集団に対する、子どもたちの信頼感のバロメーターになります。もちろん、しゃべる役は、事前に学年の担任全員で役割分担し、学年主任1人で全部しゃべらないのが原則です。
若い先生にも、どこかで学年全員の前に立ち、しゃべるチャンスをつくります。                                                 
子どもたちにとって、担任の先生が学年集会等で前に立ってしゃべるのは、誇らしい姿だからです。


【明日から、週明けからできる「信頼関係づくり」】


あちこちのページで紹介した具体策「クラスを何とかしたい」(じゃあ明日から、週明けから、いったい何から始めたらいいのか)を、


イジメをなくす教室の雰囲気づくり【安心感あふれる教室に変える手立て①②③④】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898386/


イジメが起きないクラスの空気づくり(しなやかな担任の役割4月~3月)

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898387/


に集めて、まとめてみました。よかったら、ご覧ください。


by takaboo-54p125 | 2011-05-29 05:08 | 保育・教育

「ピッカピカの1年生」の子どもがいるお母さんたちへ



もうそろそろ「子育て本」もいらなくなってきたかも知れません。
そもそも「子育て本」でカラフルな写真つきのものは、いくら内容がよくても、おすすめできません。
その写真のイメージがママの頭に残るからです。
その結果ママは、イメージどおりにいかない現実にあせってしまうからです。                                     
ですから、私的に許容範囲の「子育て本」は、せいぜいイラスト入りまでです。



年末の大掃除で、出てきたのが1冊の「子育て本」でした。
2005年発行の本ですから、仕事の参考のために買った本です。                                       
「恋するように子育てしよう
—ちょっぴりややこしい子とあなたがしあわせになるために—」

河原ノリエ・著(中央法規出版)でした。
どれどれと、ページを開いてみました。



4月  なりたいママに なってみる!
5月  あなたは 担任の先生がすきですか?
6月  たいせつなのは、あなたのココロ
7月  子どものころの夢は なんでしたか?
8月  まちにまった なつやすみ
9月  ピンチを チャンスにする魔法!
10月 孤独なココロを 抱きしめる!
11月 鋭いアンテナが チカラになる!
12月 子どもは 傷ついたボクサー!
1月  ひと は うまれかわれる!
2月  ココロの ぷちリセット術 を見つける!
3月  セラヴィ の気持ちで進もう!



以上、小学校1年生のママが心配性の人なら、                                                          毎月、お守り代わりになるような、ゆるやかな「子育て本」の目次?の紹介でした。                                                                               
というのは、あくまでも私の個人的な感想です。
私の話を鵜呑みにして、自分の目で確かめないで信じてはいけません。                                                                                             すぐ1400円出して買うよりも、図書館で聞くのがおすすめです。                                                               気に入って手元に置きたいと思えば、それから、本屋さんで買えばいいし、なければ注文すればいいと思います。
図書館にない時、気になるママさんは図書館の人に、
「この本、図書館に置いてください」
と頼むと、県立図書館にないか、ネットワークで調べてくださいますよ。                                   
「セラヴィ」というのは、                                                          「それが人生さ」「人生、こんなもんさ」「これもまた人生さ」                                                    などの意味があるそうです。
心配性なママ向きの、ゆるゆる共感アドバイスの、安心できる本だと言えるでしょう。




by takaboo-54p125 | 2011-05-28 05:11 | 育児・子育て

「モンスター・ペアレンツ」の次は、「ヘリコプター・ペアレンツ」ですか。ネーミングが上手ですね。コピーライター顔負けです。でも、親と学校・園は、子どものためには手を結ぶのがどれほど大事かということを思うと、「モンスター・・・・・」という呼び方を、学校・園の先生方は安易に使わない方がいいです。その理由は先入観言葉と言うか、親と先生の溝を深める差別的な言葉だからです。私は使いたくありません。


では、「ヘリコプター・ペアレンツ」とは、どんな親なのでしょう。ヤフー辞書には次のような説明がしてありました。


『略称は「ヘリペア」。アメリカで生まれたことばで、大学進学で実家を離れた子と頻繁に連絡を取り合い、我が子に不利益が生じれば大学へ乗り込んでクレームをつけ、就職試験にも付き添うなど、子離れできていない、過保護、過干渉の親をさす。


まるでヘリコプターに乗って上空を旋回しながらいつも子供を見守り、何かあると急降下して子供を救おうとするような様子から、この名がついた。日本におけるモンスター親と似ているが、モンスター親はおもに幼稚園や小学校などの初等教育の場に多い。


これまでアメリカでは大学生にもなれば家を出て自活し、学費もアルバイトをして自分で払うのが一般的だったが、ベビーブーム世代の親は我が子との関係が濃密で、子が大人になってもその関係を変えることができず、大学生活や就職活動にまで口をはさんでしまうようだ。』


以上です。グー・ニュースには次のような説明がしてありました。


『「いってらっしゃい。今日は忘れ物ない?ハンカチとティッシュと携帯電話とランチ代、そうね、あとこれ後期の履修登録票。午前締め切りの論文もやっておいたから、単位は大丈夫よ。あら、今日はバイトなの?じゃあしょうがないわねえ、お母さん大学行って届けてくるわ。ついでに就職活動の説明会も行ってくるから」


何かおかしいようだけれど、これ、いつもの朝の風景。お母さんはお子さんの代理で、連日大忙し。なのに、肝心のお子さんときたら、バイト・遊びに夢中で学業はほったらかし。決して安くない学費、ああ、一体誰のために払っているんだろう・・・。


モンスターペアレント、という言葉が少し前に話題になりましたが、今回は過保護な親、ヘリコプターペアレントのお話。ヘリコプターが頭上を旋回するようかのように、子どもの世話をあれこれ焼きたがる親をさす言葉で、アメリカで社会問題化しているのだとか。それも、いい加減自立して良い年頃の子を持つ親のこと。


この問題、冒頭にある通り、どうやらアメリカに限った話ではなさそうです。何か問題が起こっても、横からすぐに助け舟。お小遣いが底をついた、卒業単位が取れない、就職できないかもしれない・・・そんなときのドラえもんならぬ、お母さん。未来の道具はなくとも、あらゆる手段で危機を回避。僕の人生、前途洋々、頼りになるお母さんが旋回している限り。


そんなお子さんも、やがては就職し、自立しなければならないときを迎えるはず。そうなったらもう、全てが自己責任。職場でのトラブルにまで、お母さんが助け舟を出すわけには行きませんから。とは言ってもなお、手を出したくなる親心。
 「今日も遅刻なの?しようのない子ね、車で送っていくから」
 「すみません、うちの子熱がありまして・・・」
甘いですよ。お子さんが会社で「シュガー社員」なんて呼ばれないように、今のうちから脱ヘリコプターペアレント生活、始めましょう。』


以上です。産経ニュースには、さらに詳しく、次のような説明とコメントが載っていました。


『米国で「ヘリコプター・ペアレント」と呼ばれる過保護な親たちが、社会問題化している。もう大人にならなければいけない年頃の大学生の子供に、頭上を旋回するヘリコプターのように寄り添い、トラブルが起きたら“介入”してくる親のことだが、実はこうした保護者は日本でも珍しくない。モンスターペアレントを超える「ヘリコプター・ペアレント」の“出現”に、専門家は「大学生が自分で考え、決断する力が衰えるなど、悪影響が出ている」と警鐘を鳴らしている。


「ヘリコプター・ペアレント」という言葉は1990年、米国人医師のフォスター・クライン氏が、教育書「愛情とロジックのペアレンティング−子供に責任を教える」の中で使ったのが最初といわれる。


教育問題に詳しい大阪大学大学院の小野田正利教授によると、米国では、子供の大学の講義の内容に抗議させる親のケースなど、さまざまな問題行動が報告されているという。


「日本では、ヘリコプター・ペアレントという視点で行われた統計や調査は見あたらないが、日本の大学にも“出現”している」小野田教授はこう指摘する。


講義を休んだ子供に代わって、大学生のふりをして補講を行うようファクスで依頼する保護者。第2外国語で選択するべき言語を子供に代わって問い合わせる母親。いずれも、日本の大学で確認された実例だ。風邪をひいた学生に教員になるための教育実習を休ませると、保護者が大学に「子供の将来をつぶす気か」と電話してくるケースもあるという。


小野田教授は「はっきりとはいえないが、ヘリコプター・ペアレントの子供は親への依存心が強くなり、自分で判断することをあまりしなくなる」と、その弊害を分析する。


実際に、大学生の親に対する依存心の高さを示す調査結果も出ている。ベネッセ教育研究開発センターが約4000人を対象に実施した平成20年10月の「大学生の学習・生活実態調査」では、「困ったことがあると、保護者が助けてくれる」と思っている大学生は、全体の42%に上った。


厳しい“受験戦争”を勝ち抜き難関大学に入学した学生の親たちに、息子や娘の大学生活への思い入れは、顕著にみてとれる。


最近の有名大学の入学式では、保護者の出席者数が多すぎて、会場に収容できず入場制限するケースが続発している。都内の難関有名私立大では、保護者席を学生の3・5倍分用意したり、式を2日間にわたって実施して対応したりしたケースもある。父親が手にしたビデオカメラで子供を撮影し、さながら小学校の運動会のようなシーンもよくみられる。東京大では平成20年度の入学式で、祝辞に立った建築家で特別栄誉教授の安藤忠雄さんが「自立した個人をつくるため親は子供を切り、子は親から離れてほしい」と双方に自立を促す一幕もあった。


ただ、こうした親たちの行動は、子供にしっかりと勉強してほしいという切実な思いの表れでもある。多額の授業料や仕送りなどの生活費を負担しているのも、多くの場合は親。一括(ひとくく)りに「過保護」と決めつけるわけにはいかない。小野田教授は「子供を大切にしたいという親の気持ちは悪くない。しかし、学ぶのは学生。保護者はアドバイスをするだけというシンプルな考えに立ち返る必要がある」と訴える。』


以上です。親が成人するわが子にしてやれる役割を勘違いしたくないものです。「ヘリコプター・・・・・」とは、子育てではなく、お世話をしてきた結果の姿です。幼児の頃から、ずっとお世話だけしていると、こうなるのでしょうか。わが子を一生、お世話できるはずがありません。  だって、順番から言って、先にお迎えが来るのは、親なのですから。というとこは、お世話だけしている親は、わが子に対して無責任な関わりをしていることになるとも、言えるでしょう。


日本理化学工業・会長さんの言葉「4つの幸せ」


日本理化学工業と言えば、チョークを作っている工場で、知的障害者を積極的に雇用している会社だということは、以前、テレビで見た記憶はありました。
今日、養護学校高等部の進路説明会で、最初に校長先生のあいさつがありました。
校長先生は、知的障害者雇用を導入された日本理化学工業の大山泰弘会長の著書を持っておられました。
そして、次のような話をしてくださいました。
「大山泰弘さんは、ある時、禅寺の住職に質問をして、人の幸せは物やお金ではないことを教えられたそうです。
大山さんは、その教えを、会社の敷地内に立てた「働く幸せの像」に刻まれました。                                         
『導師は 人間の究極の幸せは、
 人に愛されること、
 人にほめられること、
 人の役に立つこと、
 人から必要とされること、

 の四つと言われました。
 働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのだ。
 私は、その愛までも得られると思う。   大山泰弘』


これがクラスなら、
 担任に愛されること、
 担任にほめられること、
 担任の役に立つこと、
 担任から必要とされること、

が、子どもたちの幸せです。これが、担任+友だちなら、チョー幸せです。                                                           
どうか、クラスの子1人ひとりを頼りにし、スモールステップを与え、ほめてやってください。


これが家庭なら、
 親に愛されること、
 親にほめられること、
 親の役に立つこと、
 親から必要とされること、

が、わが子の幸せです。これが、親+家族なら、チョー幸せです。                                                            
どうか、わが子を頼りにして、家事を一緒にして、ほめてやってください。炊事・洗濯・掃除などが、子どもの自立・段取り力・感謝の心を育てます。それは、親自身がヘリコプター・ペアレンツになることを防ぎます。



「木久蔵流:がんばらない子育て」(教育評論社)より


『林家木久扇師匠の「キラッと子育て」見~つけた!』 その1


『大事なことはからだで覚えてほしいんだ‥息子が小さいとき、僕はしょっちょうお腹をなでてあげました。なんでそうしたかって?思い込みなんでしょうけど、お腹をなでてやると腸がよく動いて、気持ちよくて子どもも安心するだろうし、そういうことで心がつながるんじゃないかと思ってたんですね。水ぼうそうにかかったときも、いつものようにナデナデしてもっと痛がらせちゃったりして、そのときは「悪いことをしたなあ」と思いましたけど。さわってあげること。ふれてあげること。ちょっと肩をたたいたり、腕にふれたり‥そういうことで親から伝わるものがあるし、それを体で覚えてくれるだろうと考えたんです。                                     これは、息子が中学生くらいになっても続けていました。とくに子どもから大人への過渡期っていうのは、情緒不安定になりがちです。そんなときにも、親の手でからだにふれられることで安心して、ふっと落ち着けたらいいなと思っていました。‥』


以上です。木久扇師匠は、わが子の頭もお腹も「なでなで」しながら子育てをしたのですね。


「木久蔵流:がんばらない子育て」(教育評論社)より


『林家木久扇師匠の「キラッと子育て」見~つけた!』 その2


『悩んでいるお母さん、子どもの観察日記をつけてみたら?最近は、育児ノイローゼになるお母さんが増えているそうです。僕はそういう方にお会いしたことがないので、正直いってよくわからないんですが、ひとつ思うのは、もしかして、子どもを自分のモノ的に思っているところはありませんか? ていうことです。思ったように育ってくれないからと落ち込んだりイライラしたり、子どもとの生活に楽しみが見つからないっていうのは、その子をひとりの人間として見ることを忘れているせいじゃないかと思うんですね。                                                         子どもは人形でもオモチャでもないんですから、自分の思い通りにならなくたって当たり前です。子どもには命があります。1日1日、成長していきます。僕自身がそうでしたが、ひとつの命として好奇心を持って見つめると、こんなに面白い存在はないと思います。                                                        昨日できなかったことが、今日はできるようになってたりする。どんなときに、どう反応するか、昨日と比べて違うところは?いっそ文章の好きな人なら観察記録をつくったり、絵の好きな人なら克明にスケッチしたりすると、すごく楽しめると思います。僕は観察を通り越して、一緒になって遊んじゃうほうでしたけど。しかも、子どもにびっくりさせられるより、自分で子どもをびっくりさせて、その反応を楽しんでましたけど。唯一気をつけたのは、子どもには「怒らないようにしよう」ってことでした。‥子どもとのつきあい方で悩んだら、たぶんそれは、自分の生き方を考えてみるチャンスをもらったってことなんじゃないでしょうか。』


以上です。育児ブログを楽しむことも、木久扇師匠の「お墨付き」と言えます。ただし、赤ちゃんのきげんのよい顔を覚えてください。つまり、赤ちゃんの表情を見ることは、さぼらないでください。(その理由は2011年4月4日頃のブログ記事にのせます)


ところで、林家木久扇師匠が子育てをしていた時に、わが子を見るまなざしは、以下の文章に書かれている「共感カメラ的な目線」ではないだろうかと思い、紹介します。


昨年12月18日ブログ記事で


「家庭のなかのカウンセリング・マインド親と子の『共育学』」(小田豊著:北大路書房)にふれました。小田先生の次の文章に、木久扇師匠の子育て目線がぴったり合わさってきました。


親には子どもを見る5つの目がある・・


‥子どもがそこにいると、人は、5つの見方をするそうです。ちょっとたとえ話をしてみましょう。そこに、子どもがひとり、絵を描いているとします。時間は、そうですね。お昼少し前としましょう。そこをひとりの大人が通りかかります。この人は、「ああ、絵を描いているんだな」と思った—行動主義的な見方をしているわけです。2人めの人はどうか。子どもが絵を描いているのをチラッとのぞきこんで、「ウン、上手だな」とか「ヘタクソだな」と見た—これは能力主義です。3人めの人は、通りかかったとき、ふと立ちどまって、「ン、今11時40分だ。なのに、この子はこんなところで絵を描いてていいんだろうか」—道徳的な人。道徳主義ですね。4番めの人は、通りすぎて、「フンフン、なるほど、この子は絵を描いているんだな。この子の絵には、なにか訴えるものがある」—これが了解主義。最後の見方が共感主義です。絵を描いている子のそばを通りすぎて、ふと立ちどまり、「やあ、熱心に描いているなあ、この子、絵を描くのがほんとうに好きなんだなあ」と思う。つまり、描いている子の気持ちに共感してしまう。これが共感主義的な見方なのです。


行動主義というのは、客観的な見方です。能力主義は、常にものごとを測定したがります。 とにかく測ってみる。この子はよくできるのか、できないのかと。測定的見方ともいえるでしょう。道徳主義の人—この人は、その姿勢の正しさはとてもいいことなのだけれども、どうしても、子どもを批判的に見てしまいます。了解主義の人は、子どもをただやみくもに解釈しようとする傾向があります。共感主義というのは、どんなときにも、子どもをありのまま肯定的にとらえようという見方です。「ウン、ウン」と肯定してやる。でも、これがむずかしいのです。あるがままに見て受け入れることから一歩先へ踏みこむわけですから。子どもをそのまま肯定する、その子が生きていることを肯定することは、なかなか容易ではないのです。


「共感カメラ目線」を持とう


子どもはいろんな行動をします。そのなかのひとつの行動をとっても、それに対して大人の側からは5つの見方があることがわかってきました。客観的に見る人、測定的に見る人、批判的に見る人、解釈的に見る人、そして共感的に見る人と、たしかにこの5つのどれもが、子どもの成長を見守るものとして大切です。けれど、さきの4つの見方は多いのに、子どものどんな行動に対しても、「とにかく肯定し、そこに共感してみる」という見方は、極端に少ない。少ないけれど、実はこの共感的理解こそが—絵を描いている子を見て、「ほんとうに絵を描くのが好きなんだなあ」と見ることこそが、子ども理解にとっては特に重要な見方と言えるのです。


なぜなら、客観も測定も批判も解釈も、子どもを理解するのに大切なことはたしかですが、 4つともさきに2章でふれた「見える教育」(知識的な側面)につながってしまっているのです。共感だけが、少しちがう「見えない教育」(感動するこころを育てること)と連動しています。共感的理解とは、子どものためにというのでなく、「子どもとともに」という考え方です。この子のために、私は一生懸命働いている、この子のために何かをしてやっている、この子のために努力をしているという考え方では、子どもに共感はできません。なによりも、子どもたちも大人に共感できはしないのです。』


以上です。さて、親や先生は、わが子を、自分のクラスの子を、どの目で見ているのでしょうね。私も、わが身をふり返ってみたいと思います。子どものために、ということは、子どものお世話をすることに直結してしまいます。それでは、子どものこころは育ちません。子どもは、おひなさま・おだいりさまではありません。子どもの声なき声に耳をすます大人に対してしか、子どもは耳を傾けません。自分のこころ(気持ち)を受けとめてくれた大人にだけ、子どもはこころを開きます。目の前の子どもの言動を「共感カメラ目線」で受けとめ、子どもと共に(同じ歩調で)歩み始めた時、子どもも親・先生も、共に育ち始めるのです。これこそが、「お世話」ではなくて、「子育て」であり、「教育」と言うよりは「共育」なんだよ、と小田先生は言いたいのではないでしょうか。


育児ママたちが共感する詩


口コミやネットで広がり、絵本にもなった、育児ママたちが共感する詩「Today」の日本語訳詩「今日」を、紹介させてください。


 今日       伊藤比呂美:訳     


今日、わたしはお皿を洗わなかった


ベッドはぐちゃぐちゃ


浸(つ)けといたおむつは


だんだんくさくなってきた


きのうこぼした食べかすが


床の上からわたしを見ている


窓ガラスはよごれすぎてアートみたい


雨が降るまでこのままだと思う


人に見られたらなんて言われるか


ひどいねえとか、だらしないとか


今日一日、何をしていたの?とか


わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた


わたしは、この子が泣きやむまで、ずっと抱っこしていた


わたしは、この子とかくれんぼした


わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った


わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった


わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた


ほんとにいったい一日何をしていたのかな


たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと


でもこう考えれば、いいんじゃない?


今日一日、わたしは


澄(す)んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために


すごく大切なことをしていたんだって


そしてもし、そっちのほうがほんとなら、


わたしはちゃーんとやったわけだ


育児・子育て真っ最中のママさんたちは、この最後の1行「わたしはちゃーんとやったわけだ」まで読み終えた時、「これって、私のこと言ってくれてる」と感じた方がとても多かったのでしょうね。育児ストレスや孤独感を感じたり、お姑さんやご近所さんの目に厳しい視線を感じたり、中には、ママ友さんや保健センター:スタッフさんの何気ない言葉から、過剰にトゲトゲしたものを感じてしまうママさんほど、この詩に出会えてよかったと思われたのではないでしょうか。ということで、詩とは、読む人それぞれが読み味わうものですので、私の解釈は余計なお世話でした。


関連ページ


「パパママ育児⑦」【スマホを乳幼児にさわらせるのは○か×か】「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」6例【やり抜く力と自制心を育てる】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898597/



by takaboo-54p125 | 2011-05-26 05:17 | 育児・子育て

明日の用意:小学1年生


入学して間もない1年生が、明日の時間割をしていました。
そして、突然
「図工の教科書が1つしかない」
と泣き出してしまいました。
その泣き声でお母さんが来ました。
お母さんが時間割を見ました。
「国語、算数、図工、図工」
と書いてありました。
図工が2時間あるのに、教科書は1冊しかありません。
これは、入学したての1年生にとっては、大事件だったのです。


忘れ物(大物):小学5年生


朝です。子どもたちがどんどん登校してきました。
「先生、おはよう」
「Hくん、おはよう。あれっ、カバンは?」
「エッ?」
背中にあるはずのランリュックがありません。
「Hくん、どこかに置き忘れたの?」
「先生、あの~、家に忘れてきました」


「…」
忘れ物としては、25年に1人の大物でした。


忘れ者?(超大物):小学6年生


4月8日、新学期です。
新6年生の教室、Mくん1人だけがいません。
そう言えば、昨日(春休み4月7日)の前日準備にもいませんでした。                                           
担任は家に電話をかけました。
「もしもし、Mくん?からだの具合、わるいの?」
「先生、元気やで。なんかあったん?」
「Mくん、今日から1学期やで」
「えーっ、先生、去年の始業式は4月9日やったで~」


「…」(しまった。昨日の前日準備の後、電話しておけばよかった)                                                             
たしかに去年の4月8日は日曜日でした。
Mくん、バツグンの記憶力です。
と言うか、25年間にたった1人しか出会わなかった超大物です。

関連ページ
元気印のユーモアはクラス全員の潤滑油になる笑いを(非常識な「受け」ねらいは信用をなくします)
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898222/


by takaboo-54p125 | 2011-05-24 05:03 | 保育・教育

「5ヶ月から6ヶ月まで」その2
「育児の百科」松田道雄・著(岩波書店)より抜粋


『5ヶ月を過ぎると、もう授乳のたびに、そのあとで乳を吐くという赤ちゃんはいなくなる。   暑い日で、ジュースを飲んだあと、たくさんミルクを飲んだような「のみすぎ」で吐くことは、まれにある。


一番多いのは、胸の中にゼロゼロとたんのたまる赤ちゃんが、夜ねるころにせきをして、その前に飲んだミルクを吐いてしまうことである。 病気でない証拠に、吐いたあとも、いたって元気だ。


だが、今まで元気だった赤ちゃんが、急にどこか痛そうに泣いて、2~3分どうしても泣きやまず、どうしたことかと思っているうちに、もとのようになり、また数分してからひどく泣きだし、ミルクでもやればおさまるかと思ってミルクを与えると、ガボッと全部吐いてしまうような「吐乳」があったら、腸重積(181番の腸重積239ページ参照)を考えねばならぬ。 何をおいても、レントゲンの検査のできる外科へつれて行かねばならぬ。 早ければ手術をしないでなおる。


離乳では、何をどんなふうにして調理するかという献立表を覚えるよりも、赤ちゃんの現実を見きわめることが先である。 スプーンのけいこというだけの時代なら、赤ちゃんを抱っこしていてもできるが、おかゆをだんだん食べさせようという時は、まず赤ちゃんがおすわりしてくれないと困る。 ふとんで少し支えにしてやれば、10分か20分はすわっていられるというのでないと、スプーンでパンがゆや、おかゆを、おちついて与えられない。


さらに、赤ちゃんにミルク以外のものを食べる気がないとだめだ。 スプーンで口の中に入れてやっても、多少とも形のあるものは、舌で押し出してしまうようでは、時期尚早である。   赤ちゃんが、おかゆをのせたスプーンに手をのばしてほしがるようになったなら、離乳を進めても、きっとうまくいく。


5ヶ月になったからとか、体重が6kgになったとかいう外部的条件が、離乳を成功させるのではない。  本人が腰をすえて進んで食べるという主体性が、離乳を成功させるのである。   本人の主体性を無視しては、どんな上手な調理法も離乳を成功させない。 赤ちゃんが、おかゆやパンがゆやフレークがゆをよろこんで食べるからといって、やたらに量をふやすのは感心しない。  10日間で体重をはかって300g以上も増えていたら、食べすぎである。


赤ちゃんによっては、おかゆとかパンがゆといった、べたべたしたものがきらいな子もいる。こういう子は、衛生ボーロとか、ふっくら焼いたおかきみたいなものを好むので、よくわかる。おかゆのきらいな子は、きらいなものをけんかして食べさせるより、白身魚とかの動物性タンパクを与えるだけにしておいて、歯が上下そろったら(それでかむというわけではないが)一足とびに、ごはんをやってさしつかえない。


いずれにしても、離乳は精神修養ではないから、きらいなものを無理に食べさせる必要はない。


腸重積という200人か300人に1人ぐらい起こる病気をのぞけば、5ヶ月から6ヶ月までも、まだびっくりするような病気は、ふつうやらない。


この前の月に書いたような待合室でもらう病気は、医者に日参していると、かかるおそれはある。 ただ、5ヶ月をすぎると、はしかにはかかる。 (206番の6ヶ月までの赤ちゃんのはしか278ページ参照)  もっとも、5ヶ月のはしかというのは、母親からもらってできた免疫抗体がまだすっかり消えていないので、たいへん軽い。


前月に書いた中耳炎、外耳炎、「ぜんそく性気管支炎」は、この月齢でもある。


このごろは突発生発疹にかかる月齢が早くなって5ヶ月の子にも見られる。  初めて熱が出たら、まずそれを考える。 (226番の突発生発疹305ページ参照)


足のしっかりしてきた赤ちゃんでは、ベッドからツイラクしたり、縁側から落ちたりすることがある。


5ヶ月から6ヶ月までの赤ちゃんで、いちばん多い発熱は、3種混合ワクチン(これは第1期の2回目、3回目の時に多い)の後である。 混合ワクチンでは、注射してから6~24時間のあいだに出てくるから、原因が予防接種にあることは容易に気がつく。  (手当は150番の予防接種198ページ参照)


夏に赤ちゃんをおんぶしたり、抱っこしたりして、長い道を歩いたあと、高い熱が出ることがある。 母親の体温と、高い気温とで、サンドイッチになっておこった熱射病である。 (手当ては615番の熱射病786ページ参照)


5ヶ月から6ヶ月までは、よく離乳期などと言われる。  だが、栄養は人生の一部である。  離乳食だけのために生きるような離乳期などという呼び方は感心しない。


それよりも、外の世界をよく認識し、からだを動かすことが上手になったこの時期は  「鍛錬開始期」とでも言いたいくらいだ。  あぶなくない場所で赤ちゃんを腹ばいにさせたり、横向きにねかせたり、オモチャをとりにこさせたりして、本人の積極的な意欲でからだを動かすけいこをさせたい。  そういう意欲のない、おっとりした子では乳児体操も必要だろう。


特に、寒さに向かう季節では、厚着のくせをつけないように注意する。』


このシリーズは、これで、おしまいです。 でも、松田ドクターの本では、生後6ヶ月以降もまだまだ続きます。  今までどおり満1才までは、1ヶ月ごとです。  1才から2才までは、半年ごとです。 2才から6才までは1年ごとです。  もっと詳しく知りたい方、6ヶ月以降も知りたい方は、図書館に問い合わせてみましょう。  たいていの図書館には、あります。  私は買って、手元に置いてあります。


松田ドクターが書いておられないことを少々‥。


赤ちゃんがお母さんと全く目と目を合わせてくれない時、目を合わせても、ぜんぜんニコッとしない、笑顔がまったくない時、おなかもへってないのに、オムツもかえてあげたのに、全く泣きやまない時、抱っこしてあげてるのに、よけいはげしく泣く時、お母さんは、心配ですよね。


そういう場合、次のHPを紹介したいです。


『子ども発達支援ホームいわしろ』

http://iwasiro.server-shared.com/


静岡県磐田市の「子ども発達支援ホームいわしろ」が、わかりやすい育児のポイントを公開しておられます。

関連ページ


「愛着形成」①親子ではぐくむ絆づくり

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898093/

「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育ての

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898092/




by takaboo-54p125 | 2011-05-23 05:16 | 育児・子育て

「5ヶ月から6ヶ月まで」その1
「育児の百科」松田道雄・著(岩波書店)より抜粋


『前月にくらべると赤ちゃんは、からだの各部分を動かすことがさらに上手になる。 力も強くなる。 自分の周囲に対する関心も積極的になる。 したがって、「何でもみてやろう、何でもさわってやろう」ということになる。


どちらかの耳の後ろで本人に見せないようにガラガラをならすと、その側に顔を向ける(聞こえるからだ)。


抱っこをしてやれば、鼻をつかみにくる。オモチャを目の前に持っていくと、手を伸ばしてくる。  手でつかんだものは、ふり動かすか、口に持っていくかする。


足のふんばりも強くなる。 かけてあるふとんをけとばすことが多くなる。 足を自由にしてやると、バタンバタンと上下させ、ふとんをたたくようにする。  ひざの上に抱きあげると、少しの間つっぱって立てる。 ピョンピョンと跳ぶようにもする。  気に入らないことがあると、そっくり返って泣く子もある。


早い子だと、夏の軽装期では、ねがえりができる。


だが、どの赤ちゃんも5ヶ月になったら、この程度のことができるというのではない。 おっとりした赤ちゃんだと、まだ、4ヶ月から5ヶ月のところに書いた状態である。  ひざの上に抱きあげた時、足をピョンピョンしない赤ちゃんは、案外いるものだ。 たいていの赤ちゃんは、支えてやれば、おすわりができる。 10分か15分は、支えないでもすわれる赤ちゃんもいる。   すわっていて、背中をえびのように丸くして、足の指を吸う子も出てくる。


周囲を認識する能力も、いちだんと進む。  母親の顔がわかる。 母親の顔を見れば笑うが、よその男の人の顔をを見ると泣き出すというようなこともおこってくる。 今までそばにいた母親がいなくなると、泣き出す赤ちゃんもある。 「イナイイナイバー」をすると、うれしそうにする。  ベッドからオモチャが下に落ちると、それを目でさがす。


だが、どの子も外界を同じように感じるのではない。 予防接種をするとよくわかることだが、注射してもちっとも泣かない赤ちゃん、注射してしばらくは泣かない赤ちゃん、注射の針がささった瞬間に泣き出す赤ちゃん、などいろいろである。それは、持って生まれた性分で、しつけによるものではない。


活動的である赤ちゃんは、睡眠の時間が短いし、おっとりした赤ちゃんは、昼間もよく眠るし、夜も早く寝る。 だが、赤ちゃんが外の世界に対して積極的にはたらきかけようとすることがさかんになるにしたがって、前月にくらべて昼間の睡眠の時間は減ってくる。  午前に1~2時間、午後に2~3時間眠るという型が多い。  昼間に運動がさかんになるので、つかれて夜の眠りも深くなる。 深夜に目のさめることも2度だった子は1度になり、1度だった子は、さめずに朝まで寝る。


もっとも、昼間にいろいろなものを見て、おどろいたり、こわがったりすることもふえるので、夜にそういうものの夢を見るのだろう、突然に大きい声をあげて、おびえたようにして泣き出すことがある。 今まで一度も痛い目にあったことのない赤ちゃんが、予防接種をしてひどく泣いて以来、夜に急に泣き出すことがあるので、そういう想像をするわけだ。


夜に急におびえて泣き出した赤ちゃんが、いつまでも泣きやまずに、親たちをなやませる「夜泣き」(203番の夜泣き275ページ参照)は、5ヶ月に始まることが、一番多い。 人間の認識では、よろこびと、おそれが、貨幣の両面のように背中合わせになっていることは、その最初からの宿命というべきなのだろう。


排泄も、大便は、1日1~2回という赤ちゃんが多い。 だが、母乳栄養だと4~5回は必ずある赤ちゃんもめずらしくない。  逆に、2日ごとに浣腸しないとどうしても出ない便秘型の赤ちゃんも少なくない。  便秘型の赤ちゃんが離乳食を食べ始めてから、毎日便が出るようになることは、むしろ少ない。  まだ、繊維の多い野菜とか肉とかいうものを与えられないことにもよる。  だが、果実やヨーグルトをたくさん食べさせると、楽に出るようになる例はある。


この時期によくある大便の異変は、前月あたりから離乳食を与えて、かなり進んだ赤ちゃんに起こる下痢である。 今まで、かなり濃いおもゆを食べていた赤ちゃん、かゆを食べられるようになっていた赤ちゃんで、何かの原因(たとえば、食べ過ぎ、かぜ)で大便がやわらかくなった時、おどろいて一切の離乳食を中止して、母乳だけか、またはミルクだけに逆もどりさせると、どうしても便がかたまらなくなってしまう。 赤ちゃんの栄養に明るくない内科医のよくやることだが、最初下痢便があったと聞くと、とにかく母乳かミルクだけにすれば安全だろうと思って、離乳食は一切いけないと命令する。  そうなると、便は4日たっても5日たってもかたまらない。


赤ちゃんはミルクだけでは足りないので、空腹を訴えて泣き、母親が食事をしていると、ほしそうに手をのばす。  こういう離乳がある程度すすんだ子をミルクや母乳に逆もどりさせたためにおこる下痢は、また元の離乳食にもどらないと、とまらない。
(201番の消化不良272ページ参照)


おしっこの回数がわりに少なく、出る時刻が決まっていて、性格もすなおな赤ちゃんだと、暖かい季節には、抱きかかえて便器にかけると、うまくおしっこをしてくれることが多くなる。   だが、それはオムツを節約できるというだけのことで、しつけの上での意味はない。 寒い季節におしっこの回数の多い赤ちゃんに、そんなことをしても、早くおしっこをしてくれるようにはならない。 夜間のオムツをとりかえるかどうかは、前月のところを読んでもらいたい。』


以上です。


さて、松田ドクターが書いておられないことを少々・・。


赤ちゃんがお母さんと全く目と目を合わせてくれない時、目を合わせても、ぜんぜんニコッとしない、笑顔がまったくない時、おなかもへってないのに、オムツもかえてあげたのに、全く泣きやまない時、抱っこしてあげてるのに、よけいはげしく泣く時、お母さんは、心配ですよね。そういう場合、次のHPを紹介したいです。


『子ども発達支援ホームいわしろ』

http://iwasiro.server-shared.com/


静岡県磐田市の「子ども発達支援ホームいわしろ」が、わかりやすい育児のポイントを公開しておられます。

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赤ちゃんを観る小児科スーパードクターの眼力「5ヶ月から6ヶ月まで」その2(ラストです)

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by takaboo-54p125 | 2011-05-22 05:15 | 育児・子育て

「4ヶ月から5ヶ月まで」その2
「育児の百科」松田道雄・著(岩波書店)より抜粋


『この月齢になると、夜11時にねると、朝5時か6時まで、ひとねむりに眠って、途中でおしっこもせず、目もさめないような赤ちゃんもあらわれる。 だが、たいていは夜中に1度おしっこで目がさめる。 その時、ミルクを飲ませるかどうかだが、もしミルクを飲まないでも、少し抱いていれば眠れるのなら、そうしたほうが母親は楽である。 だが、母乳のよく出る母親の場合、寒い季節であれば、むしろ母親の乳をふくませたほうが赤ちゃんは安心して早く寝つく。


ミルクで育っている赤ちゃんでも、ミルクをやったほうが簡単に寝る場合は、「夜間時乳」をやってさしつかえない。 もちろんジュースでも、ごくうすいカルピスでもいい。


また、夜中におしっこをするが、オムツをかえると目がさめてしまって、いつまでもむずがって泣く赤ちゃんなら、おしりがただれないかぎり、そのまま眠らせているのもやむをえない。


欧米の多くの家庭では、赤ちゃんが4ヶ月になると、両親とは別の部屋にねかせる。 団地の洋風アパートに住むようになっても、あいかわらず親と子とは川の字になって寝るのが、日本人の風習である。 同じ部屋に寝ていて、赤ちゃんが、オムツがぬれたので泣くのを、知らん顔しているのはむずかしい。


赤ちゃんを寝かせる部屋と別のところに夫婦が寝る欧米では、母親の乳を早くはなし、オムツも夜寝る時とりかえたきり、朝までかえない。 湿度が高くないので、向こうでは、このやり方でも故障は起こらぬが、湿度の高い日本では、多くの赤ちゃんは、オムツをぬれたままにしておくと、おしりがただれる。


4ヶ月から5ヶ月の間に、赤ちゃんの運動は、ますますさかんになる。 ほとんどすべての赤ちゃんは、首がしっかりすわるようになり、音のするほうに頭を向ける。


手の動きもかなり自由になる。  口に手をもって行って吸うことが多くなる。 赤ちゃんによっては、両手を前であわせることができる。 5ヶ月に近くなると、進んで物をつかもうとする動作もあらわれてくる。


腹ばいにさせると、両手で支えるようにし、かなり長いあいだ頭を持ち上げていられる。 ガラガラのようなものを持たせると、やたらにふり動かす。 自分の顔にぶつけて泣き出すこともある。


おすわりをさせると、まだ1人ではすわれないが、腰のところを支えてやると、どうにかおすわりができる。  早い子では5ヶ月になると、2~3分すわれる。 無理にけいこをさせる必要はない。


赤ちゃんは、目がさめている時は、なかなかじっとしていないで、ねがえりをしたがる。 しかし、まだ完全にねがえりをうつことは無理である。


夏で赤ちゃんが軽装で、ふとんのしわのよりぐあいがちょうどいいと、偶然にねがえりのできることもある。


ひざの上に抱きあげると、足をそろえて、ピョンピョン、とぶようにすることが、だんだんさかんになる。


ここに書いたような手足の運動をあまりやらない赤ちゃんはおとなしい子で、寝かせすぎということにもなりかねない。 目がさめている時、なるべく抱いて外を見せる。


しかし、同じ月に生まれた隣の赤ちゃんがおすわりをするのに、うちの子はまだできないといって気にやむことはない。  むやみにからだを動かしたい子もあるし、静かなのが好きな子もある。  そういう個性のちがいが、運動機能の差となってあらわれているにすぎない。  いずれは、同じにすわったり、立ったり、駆けたりするようになるのだから、ここで1~2ヶ月をあらそうのは意味がない。


4ヶ月から5ヶ月のころは、まだ病気らしい病気はしない。  気管支の分泌が多いたちの赤ちゃんは、少しの気温のちがいにも反応して、胸の中でゼロゼロ言わせることがある。 元気がよく、熱もなく、ミルクもふつうに飲んでいれば心配はない。 医者につれて行けば「ぜんそく性気管支炎」(157番のたんがたまる208ページ参照)などと言われるだろう。


そういうことで医者にかかっていると、待合室で病気をもらうこともある。 百日ぜき、水痘などの伝染病を4ヶ月ぐらいでやるというのは、たいてい待合室感染だ。  「はやり目」をもらうこともある。


高い熱(38~39℃)を出すことは、この月齢では、めったにない。 あれば中耳炎が多い。(176番の熱が出た時234ページ参照)  特に、夜に泣いて寝ないというと、その可能性が多い。


外耳炎でも、痛そうに泣くが、この時は、あまり高い熱はなく、耳の入り口を見ると、はれあがって通路をふさぐようになっているし、耳にさわると痛がるからわかる。


夏季だと、夏季熱(177番の夏季熱235ページ参照)で39℃ぐらいの熱が続くことがある。明け方から正午までが高く、午後には下がって平熱になる型が多いのでわかる。


運動が活発になるので、ベッドからのツイラクも、これから月をおって多くなる。                                      
(171番の事故をふせごう228ページ参照)』


以上です。お急ぎの方は、図書館へ行くか、取り寄せましょう。松田ドクターが書いておられないことを少々・・。


赤ちゃんがお母さんと全く目と目を合わせてくれない時、目を合わせても、ぜんぜんニコッとしない、笑顔がまったくない時、おなかもへってないのに、オムツもかえてあげたのに、全く泣きやまない時、抱っこしてあげてるのに、よけいはげしく泣く時、お母さんは、心配ですよね。


そういう場合、次のHPを紹介したいです。


『子ども発達支援ホームいわしろ』

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静岡県磐田市の「子ども発達支援ホームいわしろ」が、わかりやすい育児のポイントを公開しておられます。

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by takaboo-54p125 | 2011-05-21 05:14 | 育児・子育て

「4ヶ月から5ヶ月まで」その1
「育児の百科」松田道雄・著(岩波書店)より抜粋


『わずか1ヶ月であるが、前月にくらべてこの1ヶ月は、赤ちゃんの人間としての成長が急に目立ってくる。 赤ちゃんは、自分を表現することが、はっきりしてくる。 喜怒哀楽を外に表せるようになる。 気に入らないことがあると、大きい声を出して泣く。 逆に楽しいことがあると、笑い声をたてる。 よく泣く子とおとなしい子との差は、ますますはっきりする。


赤ちゃんは、物をただ見ているだけでなく、以前に見たことがあるという記憶を持つようになる。 いちばん身近にいる母親の顔がわかり始める。 母親の顔を見ると、うれしそうにする。 また、母親が赤ちゃんから離れると、泣いたりする子も出てくる。 名をよぶと、そのほうに顔を向けるようになるのもこのころだ。


医者に注射をされてひどく泣いた赤ちゃんは、その次、白衣を着た人間を見ると、はげしく泣く。


しかし、赤ちゃんの1日の生活を決めるものは、まだ睡眠の仕方であることにかわりはない。栄養も運動も、赤ちゃんがどれだけ眠るかで決まってくる。


よく眠る赤ちゃんでは、午前8時に目がさめるが、10時から正午まで眠り、午後2時から3時まで眠り、また5時から7時まで眠って、夜10時に就寝して午前8時まで眠る。 8時、12時、3時、7時、10時にミルクを飲ませ、4時から5時の間で風呂に入れるとなると、自由に使える時間は、昼間に3時間と夜に2時間ぐらいしかない。 このうち午前中は外気にあてると、昼間には、せいぜい1回しか離乳食を与えられない。


1回の離乳食は、母親にいちばん時間のゆとりがあって、赤ちゃんのきげんのいい時刻を選べばいい。 午前10時がいいなどと言って、赤ちゃんの眠っているのをゆり起こして、離乳食を与えるのはおろかである。 睡眠という基本的な生命のリズムを無理に変えるのは不自然である。 不自然をあえてすると、赤ちゃんはきげんがわるい。 まだこの時期では、睡眠の自然のリズムに従っていて、いっこうさしつかえがない。 また、睡眠時間の短い型で、昼間、目がさめている時間が多い赤ちゃんでは、そのさめている時間をいろいろ工夫して、赤ちゃんの人生を楽しくおくらせてやらねばならぬ。


以前は、そういう時間を離乳食を与えることに使ったが、これからは、もっと鍛錬に使うべきだ。 できれば、3時間ぐらい外気にあてたい。


ミルクの飲み方についても、この時分には、たいていの母親は、自分の子の個性を知らされる。 いくら粉乳の缶に書いてある分量のミルクをやろうとしても、いつも20~30ml残す赤ちゃんの母親は、うちの子は、そんなに飲まない子なのだと「あきらめて」いる。


しかし、缶に書いてある分量をいつもきれいに飲んでしまう赤ちゃんの母親の中には、赤ちゃんは太れば太るほどいいと思って、1回に250mlも飲ます人もないではない。 よくないことだ。


この月齢になったら、1日平均して30g以上ふえないように調節したほうがよい。 そういうよく飲む赤ちゃんは離乳食もよく食べてくれる。 離乳食も増やし、離乳食の後にミルクも今までどおり与えたりすると、1日30gの増加では、おさえられない。


母乳が少しぐらい足りなくても、離乳を決してあわてることはない。  この前の月のところに書いたことを、もう1度読み返してもらいたい。
(146番の母乳で育てている場合193ページ参照)


まだこの月も、スプーンのけいこのつもりでいていい。 ミルクをあまり好まなくなった赤ちゃんや、母乳の分泌が減ったため夜泣きをする赤ちゃんでは、離乳をすすめる。 だが、赤ちゃんがスプーンで上手に飲めない時、赤ちゃんが離乳食をいやがる時は、もう1ヶ月待ってから離乳してさしつかえない。


3種混合(百日ぜき・ジフテリア・破傷風)ワクチンだとか、ポリオ生ワクチンだとかをやったあとで、どうも本調子でないという時の離乳は、延ばすべきである。 いつもと同じにミルクを飲み、元気もいいし、よく笑うというなら、もちろん予防接種の翌日でも離乳食をやってもかまわない。


離乳食をやり始めていて、途中で予防接種で中断された時は、また1から始める必要はない。 以前食べていた量の7~8分目から始めればよい。


排泄についても、前月のところをもう一度くり返して読んでもらいたい。 ただ、便秘の赤ちゃんでは、この月になるとスプーンを使うのが上手になるだろうから、ヨーグルトだとか、果実(バナナ・りんご・トマト・みかん)をおろしたり、つぶしたりしたものをやれる。 そうすると、便がいくらか楽に出るようになるだろう。
4ヶ月になってから便秘が始まった赤ちゃんでも、もちろんそのやり方でよい。・・


離乳食を始めると、便の色が少し黒っぽくなったり茶色になったりするが、それは病的ではない。』


以上です。私は買って、手元に置いているので、購入をオススメします。松田ドクターが書いておられないことを少々・・。


赤ちゃんがお母さんと全く目と目を合わせてくれない時、目を合わせても、ぜんぜんニコッとしない、笑顔がまったくない時、おなかもへってないのに、オムツもかえてあげたのに、全く泣きやまない時、抱っこしてあげてるのに、よけいはげしく泣く時、お母さんは、心配ですよね。


そういう場合、次のHPを紹介したいです。


『子ども発達支援ホームいわしろ』

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静岡県磐田市の「子ども発達支援ホームいわしろ」が、わかりやすい育児のポイントを公開しておられます。

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by takaboo-54p125 | 2011-05-20 05:13 | 育児・子育て