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1月25日(火)は、「盛ったデカ目やばいでしょ」というタイトルでした。まず若者言葉で「盛ったデカ目」とは、「実際よりも上手に大きく見せた目」のことだそうです。「やばいでしょ」とは、「かわいいでしょ」という意味だそうです。写真シール機の書き込み機能にも、2007年には自動で目を大きくする機能がつき、最近は、目の大きさを選べるようになっている、と書いてありました。幼い頃から、ママゴトのお化粧セットがあり、小学生でも爪をオシャレにして登校し、高校生になるまでの早い段階からお化粧にも慣れているのが、今どきの子どもたちです。記事の後半を載せます。高校2年生の女子(東京)です。


『‥黒のアイラインを濃く入れ、、アイシャドーを塗っている。とがった針のように黒く上を向いた付けまつげ。瞳が大きく見える茶色のカラーコンタクト。「もっと大きくなりたいから」と二重(ふたえ)をくっきりとさせるアイテープをまぶたに貼っている。もともと二重(ふたえ)で大きな目なのに。今の子は小さい頃から、ファッションやメークに気をつかおうとのメッセージを込めた雑誌や化粧品メーカーの情報戦略の中で育っている‥「年令に関係なくきれいでいなければという『キレイ・イデオロギー』に支配されている時代。そんな大人の価値観をピュアに受けとめ、過剰反応しているのでは」「もっとかわいくなりたい」と(高2女子)は何度もくり返した。 「だって、人生は顔だと思う。男の人とつきあえるかどうかは顔で決まる。中身なんて、いくらでも変えられるじゃないですか?」盛ったデカ目でにっこり笑った。』


男の子をゲーム漬けにしたのも、女の子を『キレイ・イデオロギー』で支配したのも、実は大人なんですよね。この子は、スッピンなしの人生を歩めると思っているのでしょうか?気になったのは、「中身は、お化粧ほど簡単には変えられない」って気づいていないことでした。


1月26日(水)は、「黒髪の少女、いつかは本音を」でした。


『ギャル雑誌の17才のモデル、てんちむさんが、中学生時代の性やリストカットなどの体験を明かした日記本が売れている。昨年12月、宇都宮市であったサイン会。集まったファンを会場の上から見て、気づいた。明るい茶色の髪はてんちむさんぐらいで、ファンの多くは黒髪。まじめそうな外見の女子中高生ばかりだった。その子もそんな1人だった。化粧っ気のない、あどけない顔の中学生。なかよしの母親が買ってきた服を着ていて、「周りからは彼氏もできないと思われてると思う」と笑う。そんな彼女が「私も、誰にも相談できないことがある」と、本への感想を書いた。‥(リストカット)‥話すのは校内の出来事だけ。重い過去など、なかったかのように。友人と撮った写真シールには「一生友達」とか「相方」などと書かれている。でも、「みんな、うわべだけだと思う」と言い切る。てんちむさんの日記を愛読する他の中高生たちも「友達とは適当に話を合わせる」「素の自分とは違うキャラを演じる」と話していた。そう伝えると、彼女は言った。「てんちむも中学時代は誰にも本音を言えなかったっぽいじゃないですか。同じような悩みをどう乗り越えたのか、いい先輩を見つけた」彼女は最近、日記を始めた。いつか過去を笑って話せるように、と。』


重たい現実を背負わざるを得ない子もいました。


1月27日(木)は、「モテるけど 彼女は2次元」でした。高校2年の男子、中学時代は生徒会長で運動部キャプテン。                                        


『同級生の男子は、「イケメンで成績優秀で、誰にでも分け隔てなく接する、みんなの憧れの存在」とたたえる。告白してくる女の子が後を絶たなかったが、「今はそういうこと、考えられない」と断った。「自分は2次元に嫁がいるから。とは言わなかったですけど」2次元とはアニメ、「嫁」は好きなキャラクターのこと。彼はいわゆる「アニメおたく」なのだ。‥中2の夏、兄の影響でアニメを見るようになった。‥「やばい、最高すぎる」と胸が熱くなった。「嫁」の魅力として、真っ先に純粋さを挙げる。「聖なる生き物なんで」、性的な目線で見ることもない。自分は純愛を求めた結果、アニメにたどり着いたのだと、拳を握りしめて力説する。「2次元は裏切りませんし、3次元はドロドロしてますもんね」女の子には面と向かっては言わない、きつい本音が出た。「3次元」は現実世界を指す。3次元で彼女がいたことは、と聞くと「いません」と即答した。恋心を抱いたこともないという。なんで現実の女の子は「ドロドロ」だと思うのだろう。 「よく聞きますよ」と彼が語り出したのは、身近な女子たちのことだった。友だちのことを「親友」と言っていた子が、裏では「あいつウザい」と陰口をたたいていた。そんな姿を見ているうち、引いてしまった、と。アニメの女の子に求めた純粋さは、現実の裏返しだった。高校に入ってからは女子と話すこともしない。同級生は「話せばモテモテなはずなのに、もったいない」確かに期待を裏切られることはあるけど、話をして分かり合えるのも3次元だけでは。そう聞いても彼は揺るがなかった。「嫁は美しいし、一種の芸術みたい。別に話なんかできなくてもいい」』


高2の彼の部屋にある本棚には「嫁」のフィギュアが並んでいるそうです。



関連記事

今どきの子どもたちが「人間関係から自分を守る方法」その3

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898225/




by takaboo-54p125 | 2011-01-31 19:17 | 育児・子育て

絆の力 かたちに」 という生活面の記事が、朝日新聞2011年1月27日(木)25面にのっていました。紹介させてください。


市、ごみ出す「手」見守る「目」
京都府宇治市では、1人暮らしで体が不自由なお年寄りの自宅まで足を運び、ごみを回収する「ふれあい収集」と呼ばれる市のスタッフがいるという記事でした。                                                      
必要なのは、日々の暮らしを支える「手」ということで、2年前から始めたと書いてありました。
ごみが出ていなかったり、声かけに反応がなかったら、緊急連絡先に連絡する安否確認サービスも兼ねているそうです。
記事は、最後に次のように締めくくってありました。


『見えてきたのは、
玄関に出てくるのが精いっぱいという1人暮らしのお年寄りが、こんなにたくさんいるのか
と収集スタッフも驚く現実だった。
‥効率で割り切れぬ仕事だ。
ときに、お礼の手紙も届く。
網の目のように地域を回るごみ収集スタッフが、家族代わりにお年寄りを見守る「目」となる。担当課長は、
やりがいがあります
と言った。』


地域が「自ら」「共に」雪かき
『「おはようございまーす」
1月半ばの日曜日。元気よくあいさつをした中学生4人が、大人がスコップでかき出す雪をソリで運ぶ。杖をついて玄関先に出てきたお年寄りが、                                  
「ありがてぇ、ありがてぇ」
とつぶやく。
奥羽山脈の抱かれた豪雪地帯、岩手県八幡平市の安代地区。                              
10人の除雪隊が1人暮らしの高齢者でボランティアの雪かきを始めた。                            
大雪の今年、軒先まで雪に埋もれていた平屋の家が、15分で姿を現した。‥                             
過疎化に悩む「地方」にこそ、再び絆を育むヒントがある。‥                             
約15年前に地元の社会福祉協議会がつくったのが除雪隊「スノーバスターズ」だ。                                                   
60代以上の住民が中心だが、中学生もクラブ単位で参加する。福祉教育の一環だ。‥
絆は求めて結ぶもの—。‥抱く思いだ。
絆って、当たり前にあるものじゃないんだって気づいた」‥                                
「雪国の冬は大変よねー。」
何げない問いに、お年寄りが思わぬ言葉を返してきたという。                               
バスターズで元気な子どもたちが来るのが楽しみ。                                      3日前からわくわくして、3日余韻を楽しむ。                                         だから1週間はあっという間。                                                   気づいたら春がくる
この日、バスターズがそのまま通り過ぎた家があった。
近所の人が率先して雪かきを済ませてくれたらしい。
15年たって、そんな家が増えてきた・・
私の目標はね、バスターズの解散なんです」』


以上です。                                                                                    どちらも、「公が助ける」「共に助ける」ことから                                             「人の役に立ちたい」                                                          「人の役に立ってよかった」                                                         という1月17日の「こころの絆」が息づいていることを感じました。                                                                       ほんとに頭が下がります。                                                                                      自分も生活とリハビリに追われていますが、脳梗塞の自分の甲斐性でやれそうなことを毎日ではありませんけど、ちょこっと微々たる豆つぶみたいなのを始めました。

関連ページ
元気の力「絆の形」【こんな日本人も】ハイチ・ベラルーシ・イスラエル・パレスチナ・中東・リトアニア・極東・ミャンマー,鳥取・京都・岩手・福岡・福井・大阪・島根【こんな日本・中国・韓国の人も】東京・大阪
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898208/


by takaboo-54p125 | 2011-01-28 05:17 | 社会全般

本に書いてあったのですが、人間の脳波には、リラックスしている時に出るアルファ波、集中して考えたり緊張している時に出るベータ波、脳の機能が低下している時に現れるデルタ波、シータ波があるそうです。それで、たとえば落語を聞いて笑うと、アルファ波とベータ波が増え、デルタ波とシータ波が減ると書いてありました。笑うこと(明るいユーモア)は、人間にとって、家族にとって、教室のみんなにとって、心(頭)のプラス効果があるということを科学的に説明してありました。納得!


自分のミスを自分でフォローした車掌さん


以前、兵庫県の友人から聞いた話です。


大阪駅というのはJRの駅名ですが、阪急電鉄や阪神電鉄、地下鉄は梅田駅と言います。それはいいのですが、阪急電鉄の梅田行き電車に乗っていた車内での出来事です。次のような話です。


『梅田駅のひとつ手前の駅が近づいて来た時、車掌さんが車内アナウンスをしました。


「次は、うめだ~。次は、うめだ~」


車内のお客さんたちはみんな、「車掌さん、間違ってはる。梅田は、その次や」と思ったそうです。そのまま、ひとつ手前の駅に到着しました。車掌さんから、間違い訂正のアナウンスはなかったそうです。車掌さんは、言い間違えたことに気づいてないのでしょうか。次がいよいよ、本当の梅田駅です。電車が出発しました。車掌さんが車内アナウンスをしました。


「次も、うめだ~。次も、うめだ~」


車内のお客さん、その瞬間、一気に大爆笑の渦につつまれたそうです。』


さすがは大阪、ユーモアたっぷりの車掌さんもいるのですねぇ。自分の言い間違いを自分でフォローするって、なかなかできることではありません。その場の乗客のみなさんの様子が浮かんできます。友人はラジオで、その話を聞いたそうです。私も、その電車に乗り合わせたかったなぁと思いました。同時に、自分もそんな気転のきいた「ひと言」が言えたらなぁとも思いました。


中学校で漢字の読み方のテストがありました・・・


この話も大阪で、何かの応募で選ばれた作品だそうです。


『中学生の娘が笑いながら国語のテストを見せてくれました。先生のコメントが最初に目に入りました。赤ペンで「職員室中、笑い転げました。涙を流す者もいました」と。ユニークな娘ですが、いったいなんで?テストの問題は「【憤り】にフリガナを」、正解は【いきどおり】。それを娘は【ふんづまり】と書いているではありませんか。笑いがこみ上げてくると同時に、恥ずかしいやら、みっともないやらで、みんなで大笑い。娘は今、保育士さん。』


このお母さんも、先生も、娘さんのことを決してバカにして笑ったのではありません。こらえきれずに、思わず吹き出して、笑ってしまったのでしょう。【憤】の音読みは、たしかに【憤慨する】の【ふん】なのですから。それを娘さん本人が笑いながら、お母さんにそのテストを見せるというのが、あぁステキな親子関係(家庭)だなぁとつくづく思いました。と書いている私まで、笑いがなかなか止まりません。人のミスを言いふらすのではなく、自分のミスを、「エヘヘ、ドジっちゃった」と笑い飛ばすのが、その場の潤滑油になる、貴重な事例でした。


かつて関西大学で15年間、教鞭をとられた落語家の桂文珍師匠の場合
2010年7月11日(日)
日本笑い学会第十七回総会・研究発表会における記念講演から
会場:大阪府吹田市の関西大学千里山キャンパス


桂文珍師匠「落語的学問のすすめ」(記念講演より)
その1

20数年前、桂文珍師匠は、関西大学の非常勤講師になり、その日のテレビでも取り上げられました。「今日の出来事」というニュース番組で、男性の新人アナウンサーでした。「今日、落語家の桂文珍さんが、関西大学の『非常識講師』になられました」と伝えて、「失礼しました。非常勤の間違いでした」と冷や汗をかきながら訂正したそうです。(エライ!)。関西大学の教授会でも「落語家みたいな者に教壇に立たせるとは非常識だ」と言うエライ先生(人権を大切にする『良識の朝日』と言われる朝日新聞OB)もおられたそうです。そのエライ先生の方が、ちゃんと訂正した新人アナより、人権感覚は「非常識」ですよね。


桂文珍師匠「落語的学問のすすめ」(記念講演より)
その2

桂文珍師匠(関西大学非常勤講師)が電車で立っていて、大学の教え子が座席に座っていて、(失礼じゃないですか)と思った文珍師匠は教え子の学生に声をかけました。
文珍「キミ、キミ!なんで座ってんねん!?」
学生「ボクの席ですから」
(権利を主張するんですよ)と思った文珍師匠、さらにねばりました。
文珍「教えている私が立って、教わっているキミがなんで座ってんねん!?」
学生「いや、教室でもそうです」
さすがは、文珍師匠の教え子、見事な切り返しです。文珍師匠(これは、やられたぁー)


桂文珍師匠「落語的学問のすすめ」(記念講演より)
その3

答案用紙にひまわりの絵だけが書いてありました。桂文珍師匠(関西大学非常勤講師)は腹が立ちました。それで、文珍師匠は教授に相談しました。
文珍「先生、こんなん書いて、留年さそうと思うんですが」
教授「ええっ!留年させるんですか?」
文珍「だって、これひどいじゃないですか!」
教授「留年させたら、来年も面倒を見なあきませんよ。それでもいいんですか?」       
文珍「そんなのいやですよ」
教授「じゃあ、卒業させましょう」
文珍師匠は、この学生がどうして入学できたのかを調べました。推薦入学でした。
文珍(花の大学生や。スイセンで入って、ヒマワリで卒業しよる)。さすが文珍師匠、「スイセンで入学してヒマワリで卒業する花の大学生」とは、おみごと。座布団1枚ですね。でも、文珍師匠の気持ちをあっさり変えた教授先生には、座布団2枚ですよね。(教授にしておくのは、もったいない)。この学生さん、まさか就活に失敗して、もしかして「花屋さん」でアルバイトしていないでしょうね。


桂文珍師匠「落語的学問のすすめ」(記念講演より)
その4

桂文珍師匠(関西大学非常勤講師)のレポートの課題は「自分の体験を、他人が読んでも笑えるように文章力を発揮して書く」でした。女子学生のレポートです。
『運転免許証を取って、お父さんの軽トラックを運転した。ガレージから出そうとすると、お父さんが前に立って、手を振りながら「アカン、アカン、アカン」と言っていた。「ええやん、なんで?」とクルマを出して、しばらく走っていると、赤信号になったので止まった。すると、後ろの黒塗りのセダンから男の人が降りてきて、軽トラックの窓をコンコンとたたいた。見たら、その人は大仏さんみたいなパンチパーマをしていて、「ええーっ!誘拐されたらどうしよう?その時、お母ちゃんは私のよい写真をテレビ局に出してくれるやろか」と思った。窓の上3センチぐらいを開けて「な、何ですか?」と震える声で言うと、そのお兄さんは「おじょうちゃん、クルマの後ろに、犬、つながれてるで」と言った。私は、犬を市中引きずり回しの刑にしていたのです』その学生が卒業してしばらくしてから、文珍師匠の所へ手紙がきました。
「あのとき犬を市中引きずり回しの刑にした私です。因果応報と言うんでしょうか、就職してから私は上司に引きずり回されています」


桂文珍師匠「落語的学問のすすめ」(記念講演より)
その5

桂文珍師匠の自作落語の一場面です。
『老人ホームで健康管理のため、壁に視力検査の紙がはってあって、1人のおじいさんがもう1人のおじいさんに
「その線の所まで後ろに下がって!そのしゃもじで片目を押さえて。ほな、この輪っか、どこが開いてるか言うてみ?」
「手が震えてわからん」
「ほな、こっちの右が開いてる輪っかは、どこが開いてる?」
「右かなぁ」
「ほな、もう少し小さいの行こうか。この上が開いてる輪っかは、どこが開いている?」   「上や」
「今日も、耳は大丈夫や」


文珍師匠は、老人ホームの中にも、視点を変えることによって、知恵が見つかるはずで、そうすれば幸せのユーモアがあふれてきて、老人ホームも活気が出てくるのではないか、ということを伝えたいのではないかと思います。これは、学校や園にとっても、すごいヒントです。


「その場のみんながニッコリできる幸せ感に導く知恵が、「ほんまのユーモア・笑いなんだ」と学校や園でも先生方は意識してほしいですね。先生の発問から「とんでもない発言」が時々飛び出してくるのは、その意識がぬけているからでしょう。あせりからは、ウィットなユーモアは生まれません。あせって「笑い」をとろうとすると、ただの「こび・へつらい」になって、  エスカレートすると先生のブラック・ユーモア「とんでもない発言」で子どもを傷つけてしまうことになります。信用もなくします。程度によっては、信用失墜行為で処分の対象になる場合もあります。


でも、先生はユーモア精神をなくしてはいけません。「笑い」を全部ダメという空気にしてしまうと、いろんな意味で危険です。大事なのは、クラス全員の潤滑油になるユーモア、言いかえれば、先生の人権感覚あふれる豊かな「遊び心(あそびごころ)」なのではないでしょうか。クルマのハンドルにも「あそび」があるから、安心して運転できるのです。


でも、次のようなこともあります。その場では、びっくりして、ただただ、あ然とし、ほっとするだけです。その時は、決して笑ったりしません。ただ、10年、20年、30年後に再会した時に、初めて笑い合えることもあります。


明日の用意:小学1年生


入学して間もない1年生が、明日の時間割をしていました。
そして、突然
「図工の教科書が1つしかない」
と泣き出してしまいました。
その泣き声でお母さんが来ました。
お母さんが時間割を見ました。
「国語、算数、図工、図工」
と書いてありました。
図工が2時間あるのに、教科書は1冊しかありません。
これは、入学したての1年生にとっては、大事件だったのです。


忘れ物(大物):小学5年生


朝です。子どもたちがどんどん登校してきました。
「先生、おはよう」
「Hくん、おはよう。あれっ、カバンは?」
「エッ?」
背中にあるはずのランリュックがありません。
「Hくん、どこかに置き忘れたの?」
「先生、あの~、家に忘れてきました」


「…」
忘れ物としては、25年に1人の大物でした。


忘れ者?(超大物):小学6年生


4月8日、新学期です。
新6年生の教室、Mくん1人だけがいません。
そう言えば、昨日(春休み4月7日)の前日準備にもいませんでした。
担任は家に電話をかけました。
「もしもし、Mくん?からだの具合、わるいの?」
「先生、元気やで。なんかあったん?」
「Mくん、今日から1学期やで」
「えーっ、先生、去年の始業式は4月9日やったで~」


「…」(しまった。昨日の前日準備の後、電話しておけばよかった)                                                                    
たしかに去年の4月8日は日曜日でした。
Mくん、バツグンの記憶力です。
と言うか、25年間にたった1人しか出会わなかった超大物です。


落語「ときそば」を真似したけど、失敗しました


先月のことですが、月末の夕方、三男(中3)が1月の集金袋を出しました。


子「値上がりした」


私「なんでや、3000円やろ」


子「3学期から給食が始まったんや」


なるほど、給食センターができたので、教材費・学級費・給食費で毎月7000円になったのです。中学生になると給食費も4000円を超えるのですね。近隣の中学校では4200~4300円、小学校では3700~3800円が多いようです。新年度から徴収方法は、口座引き落としになるそうです。


千円札を家中あちこちから集めて、手渡しました。(しわくちゃでも千円です)
私「それじゃ、1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、今何時や」(ごく自然に言えました)
子「6時」
私「はい7枚、ちゃんと渡しやぁ」(よっしゃあ、ひかかったぁ。イエーイ)
子「あと1枚は」(ええ、そんなあ)
私「気づいてたん?」
子「お父さんに合わせてあげたんや」(自慢げな顔=生意気な年頃)


私は落語「ときそば」の真似をして、1枚ごまかしたろと思っていましたが、その魂胆を見ぬいた三男は、平然と何食わぬ顔で、


「6時」と言って、私の「ひっかけ」に合わせてくれていたのです。
私としては、ひっかけたつもりが、三男に一枚上手を行かれてしまいました。それでも、そんな三男の姿にチラッとだけですが成長を感じました。(うれしいような、くやしいような・・・複雑な気持ちです)


関連ページ


子どものつぶやきは宝石箱!子どもの日記はタカラモノ!幼児も低学年も高学年も

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by takaboo-54p125 | 2011-01-27 05:38 | 保育・教育

以前、携帯依存の記事をのせました。携帯依存、ゲーム依存、ネット依存など、人間関係への不安まっただ中にいる思春期の子どもたちは、満たされない「こころ」を埋め合わせるのに必死になっているようにも感じます。


ネットでつながろうとする小学生たち


まず、小学生ブロガーについてです。昨年11月28日(日)に「小6読者モデル姫 ブログで同年代魅了」という記事がありました。小学生向け隔月ファッション誌「ニコ☆プチ」(約13万部)という雑誌があるそうです。その読者モデル(読モ)によるファッションショーが東京で開かれた様子が載っていました。会場を埋める300人ほどの客は、ほとんどが小学生の女の子とその親だそうです。素人モデルなので、衣装も私服で、母が見守っていたと書いてありました。 「アメーバ」は大手ブログサイトです。そこでブログを書く小学生のうち、約1万2千人が日々アクセス数を競うとは、驚きです。さらに、アクセス数1位のブログには、多い時で1日10万回近いとは、衝撃です。読者も小学生です。


小6女子の読者モデル姫(神奈川)「勉強は嫌いだけど、友だちと騒ぐのは楽しい」「学校では普通だけど、モデルの時はあこがれられるし‥」


小学生の女の子たちは、こういうブログに日々アクセスしている子も少なくないようです。数万人とつながり続けるため、日々更新を欠かさず、ショーの翌日の数十人ものコメントを読むことを続けることって、きっとたいへんやろうなと思いました。


おっさんブロガーは日に2千アクセス、小6の女の子は日に10万アクセス、桁が違います。


携帯電話(メール)を手放せない中高生たち


別のウェブページのを少しだけ載せます。


『携帯メールも中学生は、多いときは1日300件ほどのメールをケータイでやりとりする。「めっちゃ少ないときでも50件」(中略)受信したらすぐに返信するよう、とても気をつかう。いつも1分以内。食事中でも5分ほどで送る。食事中はもちろん、風呂やトイレでもケータイを手放さない。「だって、メールが来たらすぐに返したいから」逆に、こちらからメールを送って返信がなかなか来ないと、「あー、こーへん。私のこと、嫌いなんや」と思ってしまう。メールが来たら、すぐに返信せずにはいられない「即レス症候群」。相手から無視をした」と思われることを恐れ、片時もケータイを手放せない子どもたちがいる。』


思春期の子が人間関係から自分を守る方法の多様化


朝日新聞で2011年1月19日(水)から「いま子どもたちは よそおう」の連載が、社会面で始まりました。今の子どもたちが多様な方法で自分を守っていることを知りました。


1月19日(水)は「だてマスク」についてでした。昔は「だてメガネ」というのはありましたが、「だてマスク」というのは初耳です。確かに花粉症対策やインフルエンザ予防で、マスクの人がいても不自然じゃない時代です。記事には中高生の声がのっていました。


高1男子(群馬)「先生に怒られている時、マスクをしていると聞き流したり反抗できる。でも外していると、こたえる」                                                                                                高3男子(東京)「高校では1日中マスクをしてる。落ち着くんです。集中できるから勉強もはかどる」 


中2女子(滋賀)「顔がコンプレックスやから。鼻から下を隠せば目の小ささがばれないかな」


高2女子(県名は?)「着けなくても生きていけますよ。ただ、顔を隠せて視線にさらされない安心感があるんですよね」


1月20日(木)は「モデル憧れ 俺も化粧した」でした。


高2男子(埼玉)「今日もメークしてますよ」友人「これくらい普通っしょ」中3の夏ファッション誌を立ち読みしてからだそうです。今は、化粧をしていないと書いてありました。記者が自信ついた?と聞くと「まあ、そうかな」と笑ったとのことです。明るく変わりたいというきっかけとして、メークがあったのでしょうか。


1月21日(金)は「秘密を守る 絆の『2娘1』(ニコイチ)」でした。雑誌「ポップティーン」が2008年から始めた人気の定番特集と書いてありました。


高2女子2人(香川)「明日はなに着る?」「これ、良くない?」「かわいい。私も着たい」「わかり合える子が、1人いればいい」けんかをしても、友だち同士で一番大切なのは「秘密を守れるかどうか」だそうです。同じデザインの服を「おそろ」と言うようです。


1月22日(土)は「姫ロリだから踏み出せた」でした。この記事はイジメで不登校になった中1の時から、同世代の子が集まる場所では、息苦しくなり、しゃがみ込んでしまう深刻な事例でした。「姫系ロリータ」スタイルと書いてありましたが、コスプレイヤー(略してレイヤー)とも、ちょっと違う気がします。この服がなかったら、閉じこもったままだった、とも書いてありましたから。


高3女子(通信制高校サポート校)「好きな服だから何を言われても気にしないし、変えない」この姿になるまでは、家から出るのが怖かったそうです。でも、少し自信がついた、と書いてありました。服には、人を変える力があると思う、とのことです。


1月25日(火)は、「盛ったデカ目やばいでしょ」というタイトルでした。まず若者言葉で「盛ったデカ目」とは、「実際よりも上手に大きく見せた目」のことだそうです。「やばいでしょ」とは、「かわいいでしょ」という意味だそうです。写真シール機の書き込み機能にも、2007年には自動で目を大きくする機能がつき、最近は、目の大きさを選べるようになっている、と書いてありました。幼い頃から、ママゴトのお化粧セットがあり、小学生でも爪をオシャレにして登校し、高校生になるまでの早い段階からお化粧にも慣れているのが、今どきの子どもたちです。


記事の後半を載せます。


高校2年生の女子(東京)です。『‥黒のアイラインを濃く入れ、、アイシャドーを塗っている。とがった針のように黒く上を向いた付けまつげ。瞳が大きく見える茶色のカラーコンタクト。「もっと大きくなりたいから」と二重(ふたえ)をくっきりとさせるアイテープをまぶたに貼っている。もともと二重(ふたえ)で大きな目なのに。今の子は小さい頃から、ファッションやメークに気をつかおうとのメッセージを込めた雑誌や化粧品メーカーの情報戦略の中で育っている‥「年令に関係なくきれいでいなければという【キレイ・イデオロギー】に支配されている時代。そんな大人の価値観をピュアに受けとめ、過剰反応しているのでは」「もっとかわいくなりたい」と(高2女子)は何度もくり返した。「だって、人生は顔だと思う。男の人とつきあえるかどうかは顔で決まる。中身なんて、いくらでも変えられるじゃないですか?」盛ったデカ目でにっこり笑った。』


男の子をゲーム漬けにしたのも、女の子を【キレイ・イデオロギー】で支配したのも、実は大人なんですよね。この子の、気になったところは、「中身は、お化粧ほど簡単には変えられない」って気づいていないことです。


1月26日(水)は、「黒髪の少女、いつかは本音を」でした。


中学生の女子(栃木?)です。『ギャル雑誌の17才のモデル、てんちむさんが、中学生時代の性やリストカットなどの体験を明かした日記本が売れている。昨年12月、宇都宮市であったサイン会。集まったファンを会場の上から見て、気づいた。明るい茶色の髪はてんちむさんぐらいで、ファンの多くは黒髪。まじめそうな外見の女子中高生ばかりだった。その子もそんな1人だった。化粧っ気のない、あどけない顔の中学生。なかよしの母親が買ってきた服を着ていて、「周りからは彼氏もできないと思われてると思う」と笑う。そんな彼女が「私も、誰にも相談できないことがある」と、本への感想を書いた。‥(リストカット)‥話すのは校内の出来事だけ。重い過去など、なかったかのように。友人と撮った写真シールには「一生友達」とか「相方」などと書かれている。でも、「みんな、うわべだけだと思う」と言い切る。てんちむさんの日記を愛読する他の中高生たちも「友達とは適当に話を合わせる」「素の自分とは違うキャラを演じる」と話していた。そう伝えると、彼女は言った。「てんちむも中学時代は誰にも本音を言えなかったっぽいじゃないですか。同じような悩みをどう乗り越えたのか、いい先輩を見つけた」彼女は最近、日記を始めた。いつか過去を笑って話せるように、と。』


重たい現実を背負わざるを得ない子もいました。


1月27日(木)は、「モテるけど 彼女は2次元」でした。


高校2年の男子、中学時代は生徒会長で運動部キャプテン。『同級生の男子は、「イケメンで成績優秀で、誰にでも分け隔てなく接する、みんなの憧れの存在」とたたえる。告白してくる女の子が後を絶たなかったが、「今はそういうこと、考えられない」と断った。「自分は2次元に嫁がいるから。とは言わなかったですけど」2次元とはアニメ、「嫁」は好きなキャラクターのこと。彼はいわゆる「アニメおたく」なのだ。‥中2の夏、兄の影響でアニメを見るようになった。‥「やばい、最高すぎる」と胸が熱くなった。「嫁」の魅力として、真っ先に純粋さを挙げる。  「聖なる生き物なんで」、性的な目線で見ることもない。自分は純愛を求めた結果、アニメにたどり着いたのだと、拳を握りしめて力説する。「2次元は裏切りませんし、3次元はドロドロしてますもんね」女の子には面と向かっては言わない、きつい本音が出た。「3次元」は現実世界を指す。3次元で彼女がいたことは、と聞くと「いません」と即答した。恋心を抱いたこともないという。なんで現実の女の子は「ドロドロ」だと思うのだろう。「よく聞きますよ」と彼が語り出したのは、身近な女子たちのことだった。友だちのことを「親友」と言っていた子が、裏では 「あいつウザい」と陰口をたたいていた。そんな姿を見ているうち、引いてしまった、と。アニメの女の子に求めた純粋さは、現実の裏返しだった。高校に入ってからは女子と話すこともしない。同級生は「話せばモテモテなはずなのに、もったいない」。確かに期待を裏切られることはあるけど、話をして分かり合えるのも3次元だけでは。そう聞いても彼は揺るがなかった。 「嫁は美しいし、一種の芸術みたい。別に話なんかできなくてもいい」』


高2の彼の部屋にある本棚には「嫁」のフィギュアが並んでいるそうです。


1月28日(金)は、「はみ出すって、勇気いるし」でした。


高校3年生男子(千葉)、高2の秋、黒髪の内側だけ緑色に染めていたと書いてありました。『「人と違うことをしたいけど、目立ちたくないんです」本当は全体を緑一色にしたかった。でも、皆に注目されると思うと、美容師に言えなかった。服装も髪形も自由な高校にあって、彼はおしゃれと評判だ。小学校に上がる頃から、買いたい服を自分で選んできた。古着もよく着る。多くが「一点モノ」で、人と重ならないところが気に入ってのことだ。ただし、着こなしはあくまでこぎれいに。試してみたいファッションでも、やや目立ちそうだとブレーキをかける。「だって時代的にも、人と違うことをやる若者っていないじゃないですか。派手なことをしない時代だから」時代、時代とたびたび言う。時代がどうあれ、やってみれば良さそうなものなのに。 「インプットされたのかな」とふり返ったのは、30代の担当男性美容師の言葉だった。「今の若い子はみんな、落ち着いてるよね」1990年代は派手な髪の色が珍しくなかったし、原宿も今より個性的な若者があふれていたのに。そう批評され、確かに周りは似た格好ばかりだ、と受けとめたと言う。「それに、そんな中で目立つ格好をするのは勇気と情熱が必要だし」自分は同級生に「奇抜なことをするキャラ」だと思われていないのに、キャラを変えてまで注目を集め、悪い評価しかなかったら、恥ずかしさだけが残る。友だちとうまくやっていくには、冒険しないで合わせておいた方がいい、と言うのだ。「息苦しいですけどね」苦笑する。「時代」という名の、大人による若者観と、同級生の中のキャラ。この二つの枠をはみ出せないことが、葛藤の背景にはあった。でも、本当は人と違う生き方をしたい。「みんな似たようなスーツのサラリーマンにはなりたくないなあ」とつぶやく。通学の電車で、ぶつかっただけで激高したり空席めがけて走ったりするサラリーマンに日々うんざりしていた。スーツという装いに感じていたのは大人たちの方の「息苦しさ」だった。春、大学生になる。今は誇れるものがないから、「勉強に打ち込んでみたい」髪は丸刈りにするつもりだ。』


1月29日(土)は、「キャラは鎧(よろい) 生き抜くため」でした。


大学生作家が自分の高校時代をふり返っていました。『高校の入学式の日のことは、はっきり覚えています。名簿の名前を見て「この子はきっとクラスのリーダーになるだろうな」と考えたり、容姿や制服の着こなしを見て「こいつは‥」と判断したり。自己紹介のあいさつも、悪い印象を与えないように、無難にこなそうとしましたね。みんな「最初が肝心」と思っていました。僕は、学校では元気で明るいキャラを演じてみました。当時から小説を読むのも書くのも好きでしたが、周りには本好きはいません。だから、そうした面を気づかれないようにしていました。活発に動くキャラの方が、学校生活を過ごすには便利だと考えていたのです。でも、今は逆に本好きな面を武器にしてキャラをつくっています。僕が通う文化構想学部の学生は作家や俳優になりたい子ばかり。読んでない本も「読んでいる」と言わなければ、というふうに、逆の作り方をしないといけないんです。子どもにとって、「素」のままの過ごすことがラクだとは思えません。素を出していったって、それが嫌われてしまったら他にすべがないじゃないですか。キャラをつくっていけば、たとえそれが否定されたとしても、「もう一つある」と思えるからラクなんです。「本当の自分はちがう」と盛んにアピールする子もいました。いつもは明るいけど、けっこう考え込むたちなんだ、って。二層あると思わせたがっていましたね。一方のキャラが傷つけられても、もう一方が残っている。そういう保険をかけていた気がします。学校生活を楽しく過ごせるなら、キャラをつくっても全然かまわないと思います。子どもが自分を装っていることに気づき、親や大人が不本意に思うこともあるでしょう。しかし、ギリギリのバランスで成立しているのが子どもの世界。大人は首を突っ込まずに見守ってほしい、と考えている子が多いはずです。』


なるほど、キャラは、鎧(よろい)なのですか。人間関係を構築する「すべ」を知らない子どもたちは、いつも人間関係に気づかい、自分をよそおうことで、自分のこころとからだを守ろうと必死なんだということが、すごく伝わってきました。シリーズをとおして、草食系男子などという表現のことも、なんとなくですけど少しだけ理解できた部分もあります。保険をかけてつき合うということは‥。保険をかけられないピュアな子は‥。         


以上です。この新聞連載『いま子どもたちは よそおう』に「約240通の感想が寄せられた」 という記事が載っていました。記事に載っていた中高生の声を紹介します。


「姫系ロリータ」について


高3女子(関東)「つらいときにロリータに救いを求めたところが一緒。自分のことだと思って読みました。・・戦闘服です。自分が守られている安心感と、他人との距離を保つための大事な道具。マスクで顔を隠すのも同じだと思います」


寄せられた感想には「よろい」「防弾チョッキ」「完全武装」という表現もあったそうです。


「だてマスク」「デカ目メーク」「双子コーディネート」について


中学時代に経験した高2女子(東京)「自分、私の友だちを見ている感覚になりました。母は不思議がっていましたけど。」中学時代は人に合わせるキャラを意識していたが今は、「意見を言って嫌う友だちなら別にいいや」と思い始めた、と書いてありました。


高2女子(静岡)「今を生きる若者として、仲間ができた気がした。」だてマスクをしている彼氏が本当は大声で笑う人だと知ってから、自分も本当の自分を出せるようになり、「みんな同じように悩んでいるんだ」と安心したそうです。


高3男子(愛知)「自分もキャラを演じる1人ではあるけど」・・「孤立を避けようとして孤独になっていた。今、本当の人間のつきあい方ってこんななんだな、とすごくうれしいんです」最近、友人との間の心の壁が溶けてきたようだ、と書いてありました。


多くはマスクや服で自分を覆って生きる同世代からの反響だった、と書いてありました。


多くの中高生たちは、大人の予想以上に、人とのコミュニケーションを悩んでいるのですね。そんな思春期の若者たちに、私たち大人がしてあげられること。愛知県の高3男子の言葉にヒントがありそうです。その「始めの1歩」は、共感的に接してあげることなのではないでしょうか。


1人ひとりの置かれている状況は、千差万別です。人間関係に対する予防をする子から、不安のどん底から1歩を踏み出す子まで、様々です。それも、私たちには全く考えもつかない方法ばかりです。こうして自分を守りたい子どもたちがいるという現実を、知っておきたいと思いました。いずれも、大人の「常識」から大きくはずれた手段です。頭ごなしの初期対応は御法度だと、再確認しなければいけません。大人から見て「非常識」に思える言動でも、やっぱり、最初のひと言は、「どうしたん?何かあったん?」から入りたいですね。その子の気持ちが、凝縮されている言動かも知れないからです。子どもたちのアレッと思える言動には、必ず、わけがあるはずです。


ココロの絵本シリーズの中にこんな詩がありました


     明日    
                  中学3年生・作        
   階段を上る。
   ドアを開ける。
   制服をハンガーにかける。
   電気を消す。
   布団に入る。
   フウッとため息をつく。


   今日が終わった。
   私は今日何をしたんだろう。
   思い出せない。


   毎日、毎日、何かにおわれている。
   明日は何が起こるのだろう。
   不安でたまらなくなる。
   それでも 朝は来る。


   この気持ちが
   私の心から消えるのはいつだろう。
     【ココロの絵本8『イラつくムカつく』
     日本作文の会・子ども委員会編(大月書店)より】


この詩のような言いしれぬ不安感を抱いている子どもたちは何割ぐらいいるのだろうと、ふと考えてしまいました。受験や就職難、時代の先行きの不透明感だけでなく、不登校、中途退学、いじめ、虐待、若者の引きこもり、不審者や不審電話、親と教師双方による訴訟等、子どもたちの置かれている状況には、心を痛めるものがあります。


そんな今の子どもたちに共通して言えることは、人間関係を豊かに構築していけるコミュニケーションの力の弱さです。その土台は親子関係にありそうですが、それは別のウェブページに載せてあります。人と関わる適度な距離感がつかめなかったり、言葉で自分の思いを伝えられなかったりするために、友だちづき合いそのものに神経をすり減らし、疲れてしまう子が少なくありません。子どもの「人権感覚」を育てるための土台(人と交わる力)自体が揺らいでいることに危機感を感じます。


私たちは、「友だち関係に過剰に気づかう子」「友だちとの軋轢を避けて関わろうとしない子」が増えてきた現状を受けとめることから、保育・教育の出発点にしなければなりません。人と人とのつながりを断ち切ることがないように、子どもたちの不安が、安心と自信に変わるための支援に、ひと工夫もふた工夫も必要です。この教室にいることでその子がホッとでき、まるごと受けとめてもらってその子が安心できるような「心地よさ感覚」が、子どもの内側に満たされていった時、その子の中に埋もれていた体験が温められ、「自尊感情」が高まります。


そして、伝えたい、つながりたい、出来るようになりたい、伸びたいという意欲を自分の中に行き渡らせ、自立への課題に向かって、自ら動き出すのではないでしょうか。どの学校・園でも「人権感覚」と表裏一体の、そんな「心地よさ感覚」が充満する場にしていかなければ、と思わずにはいられません。


その取り組みこそ、「学びの共同体」の実践そのものではないかという思いが、彦根西高校の各クラスの授業を参観して以来、私の心の中では日増しに強く大きくなっています。



「いじめ」を授業の中で考え、気づくためのテキスト教材(小学校・中学校)


『教育フォーラム「いじめ」への取り組み』(明治図書)の紹介
第1巻『教育にとって「いじめ」とは何か』
第2巻『「いじめ」に学校はどう取り組むか』
第3巻『「いじめ」と教師の意識変革の課題』
第4巻『「いじめ」指導のテキスト教材の開発』
坂本昇一聖徳大学教授・編(当時:文部省「いじめ対策緊急会議」主査)


かつて、市内の小中学校生徒指導主任会の研修で、大阪府高槻市の小学校教諭だった園田雅春先生を招いて話をお聞きする機会がありました。その時、園田先生が話された印象的な実践例の載っているのが、第4巻でした。すぐに買って、職場で紹介したのを覚えています。あいまいな記憶ですが、園田先生は、今はたしか大阪教育大学教授で附属小校長をなさっているような気がします。1996年刊行の本ですが、第4巻の小学校「あの3週間」、中学校「何度までなら許されるか」などは、今でも充分に使える教材だと思います。


さて、その 第4巻『「いじめ」指導のテキスト教材の開発』は、今も手元にあります。
目次から、その概要を紹介したいと思います。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの次が「テキスト教材の開発」です。


Ⅳ小学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発


1小学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発
①教師は何をなすべきか ②「いじめ」の授業の分類                                        
③「いじめ」の授業教材例④「いじめ」の授業:新授業案           


2絵本『わたしのいもうと』を滑走路に
①グルグルと循環する「いじめ」②《つられ現象》が正義をつぶす                                                  
③教材と事実を結びつける授業 ④正義の組織化が緊急課題        


3いじめのテキスト「あの3週間」
①はじめに②いじめ指導テキスト「あの3週間」③授業の構想④授業記録


Ⅴ中学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発


1身近な事例をテキストにしての道徳の授業
①帰りの会での出来事
◎授業資料「何度までなら許されるのか」


②クオリティー・サークルによるいじめ問題の解決
◎授業資料「アドバイスをください」


2『私たちは、自分と同じように相手を大切にしながら、自主性をもって生きなければ』
①本テキストA~Cの満たすべき条件とねらい
②テキストA:「人間関係を深めるグループ・エンカウンターの方法」を基にして                                                      
③テキストB:「アメリカの小学校の児童規則(私の願い)」を基にして                                                           
④テキストC:「いじめられている君へ」を基にして


目次ⅣとⅤの紹介は、以上です。本書を直接読まれることをオススメします。


私には小学校「あの3週間」、中学校「何度までなら許されるか」が、授業をイメージしやすい教材だと言えます。もちろん、このような教材も、タイムリーな活用が大切でしょう。


小学校「あの3週間」はおおよそ次のような話でした。
『級友を無視しようと言い始めた「私」が、しばらくたつと、立場が逆になり、3週間、クラスの女子から無視される輪が広がり、母にも先生にも言えず、頭痛など身体症状も出始め、隣のクラスの幼なじみに打ち明けたところ、幼なじみの説得により2人で先生に話した。』
というプリントを、担任が範読した後の主発問。


問い1:このケースをどう思いますか。


問い2:「私」が先生やお母さんに黙っていたのは、なぜでしょう。


問い3:反省しなければいけないのは「私」ですか。誰でしょう。


問い4:あなたなら、この「私」のために何をしてあげられるか、書きましょう。


中学校「何度までなら許されるか」はおおよそ次のような話でした。                                                          
『帰りの会で、先生が進路希望票を配布し、提出期限も説明した。A子さんが質問した。
「先生、この紙は、いつ持って来たらいいのですか」
教室は笑い声につつまれた。ふだんからA子さんは、話を聞き漏らすことが多いからだ。                                                  
男子が口々に言い始めた。
B「こら、何、言うてるねん。ちゃんと説明聞けやぁ」
C「ほんまや。どこに耳つけてるねん」                     
D「寝ぼけてんのかぁ。いっつも、同じ失敗してるやんけ」                                         
E「こんなアホには、つける薬なんか、あらへんでぇ」
教室には、また笑い声が響いた。A子さんは、笑って?ごまかした。』                                         
という問いプリントを、担任が範読した後の主発問。
問い1:B・C・D・Eの4人の発言で、誰の言葉までなら許されると思いますか。


問い2:もし自分がB・C・D・Eの順で言われたら、イヤなのは誰の言葉からですか。                                           
(問い1・問い2で、B・C・D・Eから選んで挙手させ、問い1・問い2で、挙手数の違いと理由に気づかせる。問い1と問い2の挙手数は一致せず、問い1には甘く、問い2にはシビアな結果が出るであろうと予測される)                                                                        
問い3:言われた人の耐える力にも大きな差があることがわかりましたか。あなたなら、A子さんに何と言ってあげたいですか。4人には何と言ってあげたいですか。それぞれ書いてみましょう。


どちらの事例の、お話も、発問も、多少ですけどアレンジして、変えてあります。ただ、いじめをなくすためには、まず、教室(授業)の空気(雰囲気)を変えることが、出発点ではないでしょうか。


関連ページ


子どもの心身の気になる症状は周囲とのパイプづまり(身体症状に応じた5段階の対処法)親にできること

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898278/



by takaboo-54p125 | 2011-01-25 05:32 | 保育・教育

以前、携帯依存の記事をのせました。


今回は小学生ブロガーについてです。


昨年11月28日(日)に「小6読者モデル姫 ブログで同年代魅了」という記事がありました。                                                                                  小学生向け隔月ファッション誌「ニコ☆プチ」(約13万部)という雑誌があるそうです。                                                        その読者モデル(読モ)によるファッションショーが東京で開かれた様子が載っていました。                                                                                                               会場を埋める300人ほどの客は、ほとんどが小学生の女の子とその親だそうです。                                                                                                素人モデルなので、衣装も私服で、母が見守っていたと書いてありました。


「アメーバ」は大手ブログサイトです。                                                        そこでブログを書く小学生のうち、約1万2千人が日々アクセス数を競うとは、驚きです。                                                                                                                                                さらに、アクセス数1位のブログには、多い時で1日10万回近いとは、衝撃です。                                                                                                    読者も小学生です。


小6女子の読者モデル姫(神奈川)                                                                                         「勉強は嫌いだけど、友だちと騒ぐのは楽しい」                                                  「学校では普通だけど、モデルの時はあこがれられるし‥」


小学生の女の子たちは、こういうブログに日々アクセスしている子も少なくないようです。                                                                                             数万人とつながり続けるため、日々更新を欠かさず、ショーの翌日の数十人ものコメントを読むことを続けることって、きっとたいへんやろうなと思いました。                                                                            コメントしてくれた子らの名前をブログにのせなくっちゃと、気もつかうでしょうね。                                                                 名前をのせてもらった子らは、うれしいみたいです。


なんだか心配なのは、1位をキープできなくなった時です。                                                                                       その子の親はそこまで考えているのでしょうか。                                                                                                 私なんか日々更新しているだけですから、気楽なもんです。                                    


おっさんブロガーは1ヶ月で3万アクセス、小6の女の子は日に10万アクセス、桁がぜんぜん違います。以下は関連ページ(記事)です。


関連ページ

子どもが語ってくれない「思春期の本音・不安・ヘルプサイン鎧(よろい)」ガラスの人間関係→自分の守り方
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898220/


by takaboo-54p125 | 2011-01-24 05:10 | 育児・子育て

朝日新聞で1月19日(水)から「いま子どもたちは よそおう」の連載が社会面で始まりました。今の子どもたちが多様な方法で自分を守っていることを知りました。


初日は「だてマスク」についてでした。昔は「だてメガネ」というのはありましたが、「だてマスク」というのは初耳です。確かに花粉症対策やインフルエンザ予防で、マスクの人がいても不自然じゃない時代です。記事には中高生の声がのっていました。


高1男子(群馬)「先生に怒られている時、マスクをしていると聞き流したり反抗できる。でも外していると、こたえる」


高3男子(東京)「高校では1日中マスクをしてる。落ち着くんです。集中できるから勉強もはかどる」


中2女子(滋賀)「顔がコンプレックスやから。鼻から下を隠せば目の小ささがばれないかな」


高2女子(?)「着けなくても生きていけますよ。ただ、顔を隠せて視線にさらされない安心感があるんですよね」


1月20日(木)は「モデル憧れ 俺も化粧した」でした。


高2男子(埼玉)「今日もメークしてますよ」 友人「これくらい普通っしょ」 中3の夏ファッション誌を立ち読みしてからだそうです。今、彼は化粧をしていないと書いてありました。記者が自信ついた?と聞くと「まあ、そうかな」と笑ったとのことです。明るく変わりたいというきっかけとして、メークがあったのでしょうか。


1月21日(金)は「秘密を守る 絆の『2娘1』(ニコイチ)」でした。


雑誌「ポップティーン」が2008年から始めた人気の定番特集と書いてありました。


高2女子2人(香川)「明日はなに着る?」「これ、良くない?」「かわいい。私も着たい」「わかり合える子が、1人いればいい」けんかをしても、友だち同士で一番大切なのは「秘密を守れるかどうか」だそうです。同じデザインの服を「おそろ」と言うようです。


1月22日(土)は「姫ロリだから踏み出せた」でした。


この記事はイジメで不登校になった中1の時から、同世代の子が集まる場所では、息苦しくなり、しゃがみ込んでしまう深刻な事例でした。「姫系ロリータ」スタイルと書いてありましたが、コスプレイヤー(略してレイヤー)とも、ちょっと違う気がします。この服がなかったら、閉じこもったままだった、とも書いてありました。


高3女子(通信制高校サポート校)「好きな服だから何を言われても気にしないし、変えない」この姿になるまでは、家から出るのが怖かったそうです。でも、少し自信がついた、と書いてありました。服には、人を変える力があると思う、とのことです。                 


以上です。この連載は追っかけてみます。


1人ひとりの置かれている状況は、千差万別です。人間関係に対する予防をする子から、不安のどん底から1歩を踏み出す子まで、様々です。それも、私たちには全く考えもつかない方法ばかりです。こうして自分を守りたい子どもたちがいるという現実を、知っておきたいと思いました。いずれも、大人の「常識」から大きくはずれた手段です。頭ごなしの初期対応は御法度だと、再確認しなければいけません。大人から見て「非常識」に思える言動でも、やっぱり、最初のひと言は、「どうしたん?何かあったん?」から入りたいですね。その子の気持ちが、凝縮されている言動かも知れないからです。子どもたちのアレッと思える言動には、必ず、わけがあるからです。

関連記事

今どきの子どもたちが「人間関係から自分を守る方法」その2

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898224/

                                       


by takaboo-54p125 | 2011-01-23 05:47 | 育児・子育て

今朝の朝日新聞1月20日(木)2面の「ひと」で、次のような記事が載っていました。紹介します。子どもたちにも話してあげてほしいなと思いました。


ハイチで仮設住宅の建設を引っ張る大野拓也さん(37)


ミスター・シェルター。1年前の大地震で推定23万人が犠牲になったハイチで、こう呼ばれている。仮設住宅を建てるエキスパートだ。


発生後、電話が次々にかかってきた。「ハリケーンに耐える屋根の工法は」「熱帯で木材の耐久性は」


その時は、インド洋大津波の被災地スリランカにいた。災害や紛争で住居を失った人々を支える国際移住機関の職員として、5年間で2万戸の仮設を建てた経験が、似た気候のハイチでも求められた。


ほどなくして現地入り。数千のテントがひしめく広場は生ゴミが散乱し、異臭が漂っていた。


まず、設計図を引く。地元業者が簡単に建てられるように現地の工法を採用。耐久性と費用のバランスから、壁は厚さ6ミリの合板、屋根は0,4ミリのトタンと決めた。


工事を始めると、子どもたちが集まってきた。柱が立つと笑顔に変わり、屋根ができると中に入りたがる。いま3千戸に1万5千人が暮らす。‥住民は喜んでくれた。


建築学の博士号をもつ。大阪大3回生の冬に阪神大震災に遭い、住居の大切さを痛感した。2005年に大学院を修了し、就職までの3ヶ月契約でスリランカへ。だが、仮設にうれし泣きし、踊って喜ぶ人々に出会い、正規の職員になった。


復興2年目に入ったハイチでは、まだ数十万人がテントで生活する。年末年始を大阪で過ごし、とんぼ返りした。』


以上です。よけいなコントは書きません。ぜひ、子どもたちに話してあげてください。こんな日本人がいるということを。


by takaboo-54p125 | 2011-01-20 20:34 | 国際社会における日本

若者言葉の低年齢化にも、その対応を論議しなければならなくなりました。


まず、「死ね」とか「殺す」という言葉は、昔は不良と呼ばれた若者たちが「相手をおどす・こわがらせる」ために、わざと使いました。ところが、今の子どもたちが、この言葉を発する出発点は、任天堂のゲームボーイやソニーのプレイステーションなど、いわゆる「対戦型ゲーム」をしている時の小学生時代の会話にあります。友だちと並んで座り、ゲームをしながら「死んだ?」「うん、殺した」という会話が、日常的に交わされています。そうすると、1人でゲームをしている時も、「死ね」「殺す」という独り言が自然と出てくるのでしょう。まるで、スポーツ観戦している時に「打て」「倒せ」と言うのと似た感覚だと言えます。私たち大人が持つ言葉の意味よりも、ずいぶん軽い感覚で使っていると思われます。でも、言われた子の受けるダメージは決して軽くないはずです。そのことをふまえて、耳に入った時に見過ごさないことは大切ですが、どう語りかける(聴きとって解きほぐす)かの論議が必要でしょう。


さて、「うざい」「きしょい」「きもい」などは、ゲームからではなく、若者言葉として生まれた新語です。平成以降の言葉ですから、私も最初は意味がわかりませんでした。                                            
インターネットの「日本語俗語辞典」によれば、「うざい」「きしょい」「きもい」は次のような説明がしてありました。                              


「『うざい』
うざいとは『うざったい』の略で、「うっとうしい」「わずらわしい」「うるさい」「面倒くさい」「気持ち悪い」「じゃま」といった意味を持つ。うざいは1980年代のツッパリブームから関東圏を中心に使われるようになり、1990年代には不良以外にも使われ、全国的に普及する。うざいが更に簡略化された『うざ』や、うざいの語感が荒くなった『うぜー(うぜえ)』という言い方もある。‥


『きしょい』
きしょいとは『気色悪い』の略で、見た目に気色悪い場合に使われることが多い。きしょいは関西を中心に会話の中で生まれた言葉で平成に入ってから普及。きしょいは『きしょー』という感嘆詞として使われることが多く、関西では『きっしょい』ともいう。また、気色悪いけどカワイイという意味を持つ『きしょかわいい』という言葉もある。                                    
類義語に『きもい』があるが、これは気持ち悪いからきている言葉で、きしょいよりも意味合いは弱い。きもいの語意を強める場合は言葉の前に『超』をつけ『ちょーきもい』となるが、きしょいの場合、関西が中心だったこともあり『超』ではなく『めっちゃ(めっさ)』をつけ『めっちゃきしょい』となる。


『きもい』
きもいとは『気持ち悪い』の略で、生理的に気持ち悪いというより、見た目が気持ち悪い場合に使われることが多い。きもいは1970年代後期には既に存在した言葉だが、若者を中心に会話の中での使用頻度が増したのは1990年代後期に入ってからである。きもいはカタカナのキモい、キモイといった表記も使われる。また、きもいの前に語意を強くする『超(ちょー)』をつけ、『超きもい』という形で使われることも多い。類義語に『きしょい』があるが、これは気色悪いからきている言葉で、きもいよりも強い意味合いがある。」


以上です。


気になるのは、これらの言葉がだんだん低年齢化していることです。親や先生のいない所、子どもどうしの会話の中で、これらの言葉は確実に浸透しています。微妙な意味の違いを理解していなくても、小学生たちは使いこなしていると思われます。以前の「アホ」「バカ」以上に、言われた子を深く傷つける「陰湿でエグい言葉」が低年齢化していると、受けとめなければならないのではないでしょうか。そして、それを言われないために、大人が思っている以上に気をつかって学校生活を送っている子どもたちのストレスを、なんとかして解放してあげたいものです。


あるスクール・カウンセラーの方によれば、
『「うざい」「きしょい」「きもい」と言って、子どもがコンタクトを取ってきた時に、「何言ってるんだ!」と怒っても、言った子に大人の真意は伝わりません。むしろ、「うざいって?」「きしょいって?」「きもいって?」と聞いて、その中身を解きほぐしてあげることが大事な関わり方の入り口になるでしょう』                                  
とのことです。


子どもが平然と言っているのか、怒りで興奮して言っているのかという状況によっても対応は変わってくると思います。親同士で、先生同士で、大人同士で、子どもたちの日常会話に侵入している『ウザ・キモ・キショ』対策について、もう論議(情報交換も含めて)されましたか。「アホ・ボケ・カス」対策ほど単純には対応できませんし、『キャラ化』問題対策よりも、「いじめ対策」としての優先順位は『ウザ・キモ・キショ』対策のほうが先です。


あすなろ幼稚園の坂本園長先生にも、Eメールでコメントをもらいました。                         
『どんな子が、どんな場で、どんな時に、どんな言い方をしたのか…その前後の状況によりますよね。
でも、「うざい・きもい・きしょい」の次は、どんな言葉を子どもたちは、続けて口にするのでしょうね…?                               
目くじらをたてても子どもの心には伝わらないので、その子のどんな気持ちを相手に伝えたいのか?について、こちらがつかむことが「始めの1歩」です。
つかめないようなら、そりぁ、なんとかかんとか、その子に入っていくでしょうね。ニコニコしながら「どうした?」って…。
その子に対して前々から、教師(親)としてぶつかることで、関係をつくる必要があるという場合は、そのチャンス。「どうしたんや?その言い方は?」とぶつかってみることでしょうね。』

以上です。

関連ページ
イジメ【ウザ・キモ・キショ対策】+全国体力調査【心と体の原動力になる遊び】【暑さ対策・落雷対策】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898130/


by takaboo-54p125 | 2011-01-17 05:00 | 保育・教育

国語(小)・学活(中)の学習指導案(小2~中1)1時間扱い


テーマ:日記・作文の中の「いいヤツと、わるいヤツ」


ねらい:五感を働かせて書く楽しさを体験することで、自分の思いをクラス担任に書くことで伝える力の向上をはかるとともに、書きたくなる意欲を高める。


本時の展開
時間   学習の流れ  教師の支援(言葉がけ)   


5分:(導入を聞く)作業の前に、×と ○のちがいを板書をして 説明しておく。


補足・ポイント


×自分がしたこと(手足)


○見たこと(目)
○聞いたこと(耳)
○さわった感じ(肌)
○におい(鼻)
○味(舌)      以上は五感です
○話したこと(口)
○思ったこと(心)
○考えたこと(頭)


時間   学習の流れ  


10分:2つの日記の中のⅠ文1文を、「したこと」「五感を働かせたこと」に分ける(ワークシートを個人で:したことには×、五感を働かせたことには○をつける)


教師の支援(言葉がけ)
・作業は、1行ずつ、教師が音読しながら、全員でワークシートをする。


時間   学習の流れ     


15分:五感を働かせることを意識して、短い作文を書く。題材「箱の中身」


教師の支援(言葉がけ)


・担任が用意した箱を開けながら、子どもが集中できるようにパフォーマンスをする。担任の1動作ずつ(1文ずつ)、各自が感じたままに書かせていく。


補足・ポイント
・板書の○の文を示しながら書いてみようと促す。担任のセリフや表情・動作に注目。                                                 
・箱を開ける作業を1コマずつ子どもに書かせること。(手伝ってもらってもよい)


・箱の中身は、小2の6月なら「ザリガニ」のように、子どもの思いもよらない物、しかも、ワクワクする物を考えてください。箱の中に一回り小さな箱を入れ、さらに小さい箱を入れ、丸めた新聞紙でガードしたり、工夫すれば、箱をゆすると音もして、子どもたちも箱の中身を予想するのが楽しくなります。すると、五感を働かせたよい文を書くイメージが学べるのです。


時間   学習の流れ


10分:書いた作文を、できる範囲で交流する。


教師の支援(言葉がけ)


・発表したくなるように、そそのかすが、あんまり無理はしない。
(挙手した子だけでよい)   


補足・ポイント


・発表する子の1文1文を板書の○×と、照らし合わせる。                       (○の文が多くなるはず。×もあってよいことを伝える)

5分:イラスト(導入時の補足ポイントの表)を配り、日記や生活の記録に貼らせる。

e0360778_16264110.jpg

本時で使うワークシート(小2~中1) 今回のは漢字が中1用です。


日記・作文の中の「いいヤツ○と、わるいヤツ×」  
×自分がしたこと(手足)
○見たこと(目)
○聞いたこと(耳)
○さわった感じ(肌)  
○におい(鼻)
○味(舌)      ここまでが五感
○話したこと(口)
○思ったこと(心)
○考えたこと(頭)


いっしょに下校したA君とB君の日記を比べよう。
一行ずつ( )に○と×をつけてみよう。(担任が1行ずつ読みながら)


「今日」              A男
( )今日、家に帰ってカップめんを食べた。
( )そして、PSPをした。
( )そして、Wiiをした。
( )そして、B君にメールをした。
( )自転車でコンビニへ行った。
( )B君と遊んだ。



「クレーン車」           B男
( )「ウィーン」という音、A君が「何やろ」と聞いた。
( )ぼくは「クレーン車や」と言った。
( )クレーン車はビルの上まで、鉄板を持ち上げていた。
( )あんな高い所まで上げられるんかなと思った。
( )人間なら、何人ぐらい、ぶら下がれるのかな。
( )A君と二人で、クレーン車のまねをしながら帰った。

関連ページ
教材【日記の授業:指導案】【万引き・おもらし・お手伝い】【聞かせたい5話】【詩・冬の夜道:指導案・発問】【中学・職場体験授業:指導案】【発声練習:朝の会】【ごんぎつね:発問】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898472/





by takaboo-54p125 | 2011-01-16 05:02 | 教材

1月15日と言えば、昔から小正月と呼ばれ、家々でも小豆がゆをいただく日でした。昔なら大人になる元服の儀式(初めて髪を結う)があった日になります。そんなことで、成人の日(祝日)になり、成人式も行われるようになったのでしょう。


今、成人の日(祝日)は、ハッピーマンデー制度で、1月の第2月曜になりました。現実には、参加しやすいように、土日に成人式を行う市区町村も少なくないようです。こうして、本人と家族以外には、いったい何日が成人式なのか、わかりにくくなりました。つまり、ご近所で、


「明日は成人式やね。おめでとう」「今日は成人式やな。おめでとう」


という声をかけることが、減っていくようで残念です。地域で新成人にお祝いのひと言をかける習慣が、日本からなくなりそうな気がします。                    


9月15日の敬老の日(祝日)も、ハッピーマンデー制度で、9月の第3月曜になりました。この日も同様で、関係者以外には、なんとなくわかりにくくなりました。年に1回、長寿をお祝いする日なのに、です。人生の先輩のみなさんに感謝することを忘れないための日なのに、です。高齢化社会なのに、その主人公のためじゃない理由で日を変更したのは、ヘンです。やっぱりこの制度は、人に優しい制度だとは、とうてい思えません。


成人の日と敬老の日は、この制度にあてはめるべきではありませんでした。どちらも、お祝いする祝日、感謝する祝日だからです。制度にあてはめた海の日や体育の日とは、意味合いが全く違う祝日だからです。要は土日月の3連休を増やすことで、経済効果が上がるのでは、という1点ねらいですよね。3連休で旅行に連れて行ってもらえる子どもは、いったい何%ぐらいなのでしょうねぇ。3連休が増えるほど、学校は連休明けの日が一番たいへんになるということを、エライ人は全く知らないのでしょうね、たぶん。エラーイ人はお金持ちだから、庶民の気持ちなんか、わからないのでしょうね、きっと。


世界にあまり類を見ない日本の誇れる祝日が、「成人の日」と「敬老の日」だと聞きます。地域のみんなが新成人にも高齢者にも温かい声かけをする日本だと、世界に胸を張れる日でありたいと心から願います。                                                                             


by takaboo-54p125 | 2011-01-15 05:15 | くらし