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この詩は、私が小学校高学年の頃(S45~46年)に小学校で習った詩です。たしか教科書にのっていた記憶があります。今でも暗唱できます。そして、私が最初に担任したクラスでも音読・読解(1時間扱い)の授業もしました。味わい深い冬の詩です。家族の絆を確かめる詩でもあります。大晦日にふさわしいかどうかはともかく、津村信夫さんの「冬の夜道」しみじみ味わってみてください。


 冬の夜道                  津村信夫


冬の夜道を 一人の男が帰ってゆく


はげしい仕事をする人だ


その疲れきった足どりが そっくり それを表している


月夜であった


小砂利をふんで やがて 一軒の家の前に 立ちどまった


それから ゆっくり格子戸を開けた


「お帰りなさい」


土間に灯がもれて 女の人の声がした


すると それに続いて


どこか 部屋のすみから


一つの小さな声が言った


また一つ


また一つ別の小さな声がさけんだ


「お帰りなさい」


                                                                                                   冬の夜道は 月が出て ずいぶんと明るかった


それにもまして


ゆきずりの私の心には


明るい一本のろうそくが 燃えていた


関連ページ
詩「教室で子どもたちと音読したい詩」小学生と読みたい109編&中学生と読みたい19編
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898593/



by takaboo-54p125 | 2010-12-31 05:31 | 子どもと詩

昨日、5才の甥っ子家族が大阪から帰省してきました。甥っ子を喜ばせたくて、


「明日の30日はもちつきをするでな」と言うと、


「ペッタンペッタンやるの?」と聞かれました。


「いやぁ、うすと、きねは、小屋にあるんやけど、オッちゃん、もう馬力ないで、かんにんな」と言うと、甥っ子は


「ペッタンペッタンは幼稚園でやったから、ええで」と言ってくれました。昭和の頃は、田舎ではどの家からも「ペッタンペッタン」というもちつきの音が聞こえてくるのが年末の風物詩でした。今は保育園(息子たちが通っていた園)や幼稚園(甥っ子の通う園)で「ペッタンペッタン」ともちつきをするのが12月の風物詩になったのでしょうか。気を取り直して、


「もちつきの機械でグルグルーッとやるでぇ」と言うと、ワクワクしてくれ、ホッとしました。でも、年に1回ですから、水はどれだけ入れるだの、このゴムはどこにつけるだの、てんやわんやの大騒ぎでした。もちつき機がついてしまえば、昔ながらの鏡餅(神棚やら、仏壇やら、お地蔵さんやら、あれやこれや)を作りました。甥っ子も、息子たちのお手並みを見ながら、小さな鏡餅を丸めていました。5才にしては上出来でした。そして、昼ご飯は、きなこもち、砂糖醤油もち、大根おろしもち、海苔巻きもちでした。


甥っ子の通う大阪の幼稚園さん。うすと、きねで、ほんまもんの「もちつき」を体験させてくださって、ありがとうございました。おかげで、「さるかに合戦」のおもしろさを、甥っ子は知ることができます。なかなか田舎でも、ほんまもんができなくなったので、大助かりです。つい、もちつき機が楽ちんなもんで。しかし、ご近所では、それもなしで、スーパーで買われるおうちが増えてきたようです。


中村草田男は「降る雪や 明治は遠く なりにけり」と詠みました。私も真似をして


「もちつきや 昭和は遠く なりにけり」

関連記事
春はあけぼの、夏は夜、岩倉川に無数のホタルが乱舞した日
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898279/


by takaboo-54p125 | 2010-12-30 19:25 | 育児・子育て

室内ゲーム「はなはなはな……」 シナリオ(たくさんの人数でできます)


これから「はなはなはな・・・・・・」のゲームをします。
私が「はなはなはな・・・・・・」と言っている間、
人差し指で鼻をちょんちょん・・・とさわるのを続けます。


そして、私が「・・・」(別の場所)を言った瞬間、
人差し指をその場所にサッと動かしてください。


自分の耳を信じてください。(逆に、自分の目を信じてください、でもOKです)
私の動作に、つられないでください。(逆なら、私の口にだまされないでください)
私の動作に、だまされたらダメですよ。(逆なら、私の口はウソをつきますよ)


ただし、集中力をきたえるゲームなので、目をつぶらず、私を見ていてくださいね。


では、一度やってみましょう。
「はなはなはな・・・・・・耳」(と言いながら、私[リーダー]は口をさわる)                                                          
さあ、耳をさわれましたか?口をさわった人は、私の声に集中しましょう。


「はなはなはな・・・・・・耳・目・口・鼻・頭・おでこ・まゆ毛・ほっぺた・あご・首・かた・おなか・ひじ・親指・手首・おへそ・ひざ・足首・つま先」(いろんな場所を指でさわりながら、いろんな別の場所を言う、のをくり返します)


【解説】
音速(耳で聞く)・・秒速330~340m
光速(目で見る)・・秒速30万km(地球を7周り半、地球は1周40000km)            ※地球1周の40000分の1が1kmだからです。                                                                     
音速は0,1秒で約33~34m進みます。
光速は0,1秒で3万km進みます。


音速は0,01秒で約3,3~3,4m進みます。
光速は0,01秒で3000km進みます。


つまり、光の速さは、音の速さの約88,2~90,9万倍のスピードで進みます。                                                                
ですから、目に届く速さは、耳に届く速さの、およそ90万倍のスピードで到達します。                                                           
それで、耳を信じていても、目に入る速度が圧倒的に速いので、つられてしまうのです。
そんなことを利用したゲームなのかなあ、と私は考えています。(本当かどうかは?です)


関連ページ

子どもが夢中になれる【リズム遊び】(10種類)【絵書き歌】【文字書き歌】【室内ゲーム】(3種類)子どもは【かけ声】が大好き

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by takaboo-54p125 | 2010-12-29 05:03 | お話・リズム遊び・室内ゲーム

室内ゲーム「おーちたおちた」シナリオ (たくさんの人数でできる)


これから「おーちたおちた」をします。立ってください。
私が「おーちたおちた」と言ったら、みんなで「なーにがおちた?」と言って、私が、                               
「くだものや野菜の名前」を言ったら、両手で受け取るまねをしてください。                                           
「カミナリ」と言ったら、おへそを両手でかくすまねをしてください。                                                
「お金や宝石の名前」を言ったら、地面に落ちているのをひろうまねをしてください。                                                
「それ以外のものの名前」を言ったら、何もせず、「気をつけ」をしていてください。


1回、みんなでやってみます。
おーちたおちた。なーにがおちた?りんご→くだものです。両手で受け取っていますか?
おーちたおちた。なーにがおちた?カミナリ→カミナリです。おへそをかくしていますか?
おーちたおちた。なーにがおちた?100円→お金です。ひろうまねをしていますか?                                                 
おーちたおちた。なーにがおちた?ねこ→その他の物です。「気をつけ」をしていますか?


では、本番です。みんなも大きな声で歌ってください。始めます。
おーちたおちた。なーにがおちた?○○→受け取ってますか?
                  →おへそですよ。
                  →ひろってますか?
                  →「気をつけ」ですよ。
(こうして、4種類の「なーにがおちた?」をランダムに、やっていきます。                                                
その他の物の名前を意外な物や、だまされそうな物にするのが、大爆笑のポイントです。)


受け取る時の例
みかん、ぶどう、いちご、レモン、メロン、すいか、もも 
きゅうり、にんじん、トマト、タマネギ、ピーマン、かぼちゃ


おへそをかくす時
カミナリだけです


ひろう時の例
1円玉、10円、1000円、1万円、100万円、1億円、3億円
1ドル、100万ドル、さつたば、ダイヤモンド、しんじゅ、エメラルド


「気をつけ」をする時の例
メロンパン、トマトジュース、レモンウォーター、ポテトチップス、スイカバー、チョコレート、ノート、消しゴム、もも太郎、パチンコ玉、ちりとり、紙くず、ガム、ハムスター、あめ玉、焼き肉、偽札、100円ショップ、ハンバーガー、野菜生活、おむすびころりん


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子どもが夢中になれる【リズム遊び】(10種類)【絵書き歌】【文字書き歌】【室内ゲーム】(3種類)子どもは【かけ声】が大好き

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by takaboo-54p125 | 2010-12-29 05:02 | お話・リズム遊び・室内ゲーム

室内ゲーム「とーんだとんだ」シナリオ (たくさんの人数でできる)


これから「とーんだとんだ」をします。立ってください。
私が「とーんだとんだ」と言ったら、みんなで「なーにがとんだ?」と言って、私が、                                  
「空や宇宙を飛ぶ機械の名前」を言ったら、手をかざして空をながめてください。                             
「虫の名前」を言ったら、両手でパチンとたたいてください。いやな虫でもたたいてね。                                                     
「鳥の名前」を言ったら、両手を鳥の羽のようにパタパタしてください。                                                        
「自分の力で空を飛べない物の名前」を言ったら、何もせず「気をつけ」をしていてください。


1回、みんなでやってみます。
とーんだとんだ。なーにがとんだ?飛行機→空を飛ぶ機械です。手をかざしていますか?
とーんだとんだ。なーにがとんだ?虫の蚊→虫の仲間です。パチンとたたきましたか?
とーんだとんだ。なーにがとんだ?カラス→鳥の仲間です。パタパタしていますか?                                                 
とーんだとんだ。なーにがとんだ?机→自分の力で飛べない物です。「気をつけ」です。


では、本番です。みんなも大きな声で歌ってください。始めます。
とーんだとんだ。なーにがとんだ?○○→手をかざしていますか?
                  →パチンとたたきましたか?
                  →パタパタしていますか?
                  →「気をつけ」ですよ。
(こうして、4種類の「なーにがとんだ?」をランダムに、やっていきます。                                                        
自分の力で飛べない物の名前を、意外な物や、だまされそうな物にするのが、大爆笑のポイントです。)


手をかざす時の例「空や宇宙を飛ぶ機械の名前」
ヘリコプター、スペースシャトル、タケコプター、人工衛星、ロケット、UFO、飛行船、グライダー、ミサイル、ジャンボジェット機、(保幼では何回でも「飛行機」と言おう)


パチンとたたく時の例「虫の仲間」
ハエ、バッタ、セミ、ミツバチ、ゴキブリ、スズメバチ、蚊
(パチンとたたいてほしいのは、「ブーン、チクッ」とする蚊なので、何回でも言おう)                                                   
(バッタやセミはかわいそう、ミツバチやスズメバチは危ない、というのも補足しよう)


パタパタする時の例「鳥の仲間」
スズメ、カラス、ツバメ、トンビ、カモメ、ウグイス、ハヤブサ、ハト、キツツキ、ツル


「気をつけ」をする時の例「自分の力で空を飛べないもの」                                                            
いす、チョーク、黒板消し、ヘビ、ハエたたき、カラス貝、ハチの巣、人工芝、焼き鳥、鳥人間コンテスト、泣き虫、線香花火、ドラえもん、トランポリン、なわとび、ホームラン


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子どもが夢中になれる【リズム遊び】(10種類)【絵書き歌】【文字書き歌】【室内ゲーム】(3種類)子どもは【かけ声】が大好き

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by takaboo-54p125 | 2010-12-29 05:02 | お話・リズム遊び・室内ゲーム

テレビでNFL(USAのプロ・アメリカンフットボール)マイケル・オアー選手の感動の軌跡を知りました。さっそくインターネットで調べてみました。のっていました。


『マイケル・オアー(Michael Oher 1986年5月28日生まれ )はテネシー州メンフィス出身のアメリカンフットボール選手。現在NFLのボルチモア・レイブンズに所属している。ポジションはレフトタックル。


2006年に彼の大学1年次までの生涯がマイケル・ルイスによって『The Blind Side: Evolution of a Game』として出版された。のストーリーしあわせの隠れ場所(原題:The Blind Side[1])として2009年(日本では2010年)に公開された。


経歴
メンフィスの最も貧しい地域で生まれた。父親にはあったことがなく、また母親はクラック・コカイン中毒であったため、引き離されしばしば転校を繰り返した。高校1年次は公立高校に通ったが、高校2年次にブライアクレスト・クリスチャンスクールへの入学が認められた。彼は高校のアメリカンフットボールチームで頭角を現し2003年にはディビジョン2Aの最優秀ラインマンに選ばれると共にテネシー州のオールファーストチームに選ばれた。2004年、リー・アン・テューイ、ショーン・テューイ夫妻の家に引き取られ、暖かな家庭を得ると共に1週間に20時間、家庭教師に学ぶ努力の結果、GPAは0.6から2.52に劇的に上昇させてNCAA1部校に入学できるレベルとなった。


大学進学を決める際に、テネシー大学、ルイジアナ州立大学、アラバマ大学、オーバーン大学、サウスカロライナ大学からも奨学金のオファーを受けたがテューイ夫妻の母校であるミシシッピ大学を選んだ。1年次はライトガードとして起用され1年生を対象としたオールアメリカンに選ばれる活躍を見せた。2年次からレフトタックルにコンバートされた。2年次にはサウスイースタン・カンファレンスのセカンドチームに3年次にはカンファレンスのファーストチームに選ばれた。2008年1月14日にドラフトにアーリーエントリーすることを発表したが2日後にそれを取消し大学に残ることを表明した。4年次にはAP通信が選ぶオールアメリカンのファーストチームに選ばれると共にアウトランド・トロフィーのファイナリストにも残った。


2009年のNFLドラフト1巡目全体23番目にボルチモア・レイブンズに指名された。同年7月30日に5年間1380万ドルの契約をチームと結んだ。当初ライトタックルとして起用されたがレフトタックルのジャレッド・ゲイサーが負傷して戦列を離れたためレフトタックルにコンバートされ第8週に再びライトタックルに戻った。1m93cm、141kgの巨体ながら40ヤードを5.34秒で走るスピードを持っている。同年12月には新人月間MVPに選出された』


以上です。私は、アメリカン・ドリームとしてではなく、別の意味で注目しました。次のような記事もありました。


『マイケル・オアーのもたらした奇跡の映画「しあわせの隠れ場所」                                                   
2009年にNFLボルティモア・レーベンズにドラフト1位(1順目の23位)で入団したマイケル・オアー選手の半生を描いた映画です。マイケルはテネシー州メンフィスのスラム街で13人兄妹の1人として生まれました。父親の顔を知らず、母親は薬物中毒。まともに学校にも通わず、転校を繰り返していました。そんなマイケルは高校2年生の時に特例で私立高校に入学を認められるものの、ある日、家を閉め出されて、とうとうホームレスになってしまいます。雨の降る寒い夜、Tシャツと短パン姿で歩くマイケルは、裕福な白人家庭の主婦と出会います。マイケルを一目見た彼女は、何も聞かずに自分の家に連れて帰り、感謝祭の休日を一緒に過ごします。 


この出会いがマイケルを変えました。一家はマイケルを養子として迎えることを決め、暖かな愛情を注ぎます。そのころから、マイケルは大きな体を武器にフットボール選手としての才能を開花させていくのです。そして奨学金でミシシッピ大学に進学し、大活躍。2009年4月のドラフトで1巡目23位指名でボルチモア・レーベンズに入団が決まりました。裕福な白人一家が黒人の少年を養子に迎えたときの周囲の反応は米国が抱える人種問題を浮き彫りにしており、一方で無償の愛を捧げる母親の強さに多くの人々が感銘を受けています。


また、黒人を養子に迎えたことで、他の家族が、いじめにあっていても、人種差別に対して、くじけないで前向きに向かい合うことにも、この家族の気持ちが、伝わります。「彼が、私を変えた」とありましたが、彼によって、養子を迎えた家族がまた一段と大きく成長した、相乗効果があったのだ思います。』


以上です。マイケル・オアー選手は18才で、引き取られたテューイ家で家族の愛を知りました。マイケル・オアー選手は、引き取られた当時について、テューイ夫人から「マイケル、私はあなたを愛している。あなたは家族の一員なのよ」と言ってもらったことが忘れられない、いつしか私はテューイ家から離れられなくなった、とテレビのインタビューでふり返っています。それは、たとえ血はつながっていなくても親子の愛着形成そのものであり、とりわけテューイ夫人とマイケルの間に、親子の絆づくりがあったにちがいないと、感動してしまいました。

関連ページ
「愛着形成」②その元をじゃまする原因から母も子も守る【2つの提案】+ママの「おなかの中の赤ちゃんパワー」はすごい!
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898179/


by takaboo-54p125 | 2010-12-27 05:34 | 文化・スポーツ

子どもを取り巻く【音環境の激変】                                                 (携帯電話ウォークマン普及)


2010年を起点に過去20年間をふり返ってみましょう。「サイレントベビー」世代と言われた子どもたちも20才になりました。私は平成8年前後あたりから「小1プロブレム」的な1年生の姿を見るようになったような記憶があります。


下記の表には携帯型デジタル音楽 プレイヤー:アメリカ・アップル社のiPod(アイポッド)のことをあまり知らなかったので、書いていません。平成13年以降はiPodがウォークマンより売れていたそうですが、徐々に差が縮まり、とうとう平成22年8月の携帯音楽プレーヤー国内市場は第1週にウォークマンが46.7%を記録し、iPodアイポッドの45.7%を上回って首位に立ったそうです。


とにかく、平成13年以降、どちらかの携帯音楽プレーヤーを身につけていた中高校生たちは、今、ママ世代になっているのは確かなのです。


これから生まれてくる赤ちゃん(胎児)を【音環境の激変:複雑多様化】から守ってあげたいと私は思います。


「お母さんの声」を安心音として赤ちゃんが感じ取れるために必要不可欠なのは、胎児の音環境をシンプルにしてあげることではないかと感じています。


それが【母胎密着音】のシンプル化なのです。先日のくり返しになって、ごめんなさい。


すなわち、「妊婦さんは、携帯電話をマナーモードにするか、在宅なら、テーブルの上などに置いて、着信音・着メロを自分の体に密着させないようにしましょう」というのが1つめの提案です。


そして、「妊婦さんが音楽を聞く時は、ウォークマンやiPodのようなイヤホン・ヘッドホンを使うと体に密着した音が胎内に響くので、たとえばCDプレイヤー、ミニコンポ、ステレオなど、ちがうオーディオ(音響機器)を使いましょう」というのが2つめの提案です。


以上、推論というか推測というか直感にすぎないのですが‥。


1990年(H2年)20才【サイレントベビー】ウォークマン5千万台出荷


1991年(H3年)19才


1992年(H4年)18才(高3)【生活科導入


1993年(H5年)17才(高2)ウォークマン1億台出荷


1994年(H6年)16才(高1)


1995年(H7年)15才(中3)携帯登録台数(デジタル化)


1996年(H8年)14才(中2)携帯1816万台(着メロ)ウォークマン1,5億台出荷


1997年(H9年)13才(中1)携帯2874万台(メッセージサービス)


1998年(H10年)12才(小6)携帯3899万台(インターネット接続)


1999年(H11年)11才(小5)携帯4847万台


2000年(H12年)10才(小4)携帯5818万台(携帯ゲーム)【小1プロブレム】【総合的な学習の時間導入


2001年(H13年)9才(小3)携帯6731万台  ウォークマンNetMD対応


2002年(H14年)8才(小2)携帯7377万台(着うた)


2003年(H15年)7才(小1)携帯8015万台 ウォークマン3億台出荷


2004年(H16年)6才(年長)携帯8543万台(着うたフル) ウォークマンHiMD


2005年(H17年)5才(年中)携帯9017万台【中1ギャップ】 HDD内蔵メモリ型


2006年(H18年)4才(年小)携帯9493万台


2007年(H19年)3才   携帯1億0052万台


2008年(H20年)2才   携帯1億0582万台


2009年(H21年)1才   携帯1億1061万台


2010年(H22年)0才  携帯1億1540万台ウォークマンとiPodが販売台数をせりあう                   


ウォークマンHiMDは【1GB:CD20枚】という、すごい容量です。HDD内蔵メモリ型は【40GB:CD800枚】という、メッチャすごい容量です。

関連ページ
「愛着形成」②その元をじゃまする原因から母も子も守る【2つの提案】+ママの「おなかの中の赤ちゃんパワー」はすごい!
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by takaboo-54p125 | 2010-12-26 05:01 | 育児・子育て

平成4年度(1992年度)に2年生を担任して、12月に国語の教科書(光村図書)の物語文教材「かさこじぞう」で、子どもたちといっしょに音読や読解の学習をしました。その時、「お正月が終わってしまったら、じいさまたちはまた貧乏になるのかな」と心配する子が何人もいたので、文才もないのに、冬休みに続きのお話を書いてみました。そして、3学期にクラスの子どもたちと読んでみました。じいさまとばあさまが幸せに暮らしていけそうなので、子どもたちも安心してくれました。心優しい2年生の子どもたちがいなかったら、生まれなかったお話です。


今回、その「続・かさこじぞう」を推敲・手直ししたのが、この『じぞう川』です。少子高齢化社会に生きる子どもたちと、高齢者のみなさん、とりわけ高齢者世帯のみなさんへの、ささやかなクリスマス・プレゼントです、と言うと、ちょっとカッコつけすぎですよね。



続・かさこじぞう(じぞう川)   タカブー・作


 あれは ゆめだったのか と思うほどに、
ほんとうに フシギで、
ほんとうに ステキな、
大みそかの 夜の できごとでした。
 しんせつで 人のよい じいさまと ばあさまは、
あの 大みそかの 真夜中の 
ありがたい いただきものを、
お正月には 村の人たちにも わけてあげました。
だから、春が やってくるまでには、
いつもの 二人の くらしに もどっていました。
 半年がすぎて 夏に なりました。
その年は 日でりつづきで、町でも 村でも 
水がなくて、みんな こまりはてていました。
 じいさまと ばあさまの うちも、
なんともいえないぐらい まずしかったので、
その日 その日を なんとか かんとか 
くらしていました。
 そんな 二人の家の うら山には、
ずっと前から 大岩がありました。
ところが、あの夜の よく日の、お正月から、
なぜか 大岩に ひとすじの ひびが入って、
わき水が ちょろちょろ 出るようになったのです。
それは それは つめたい わき水でした。
 二人は、あいかわらず どうにか こうにか 
くらしていましたが、
ばあさまが、夏かぜを こじらせて ねこんでいました。
じいさまは まい日 まい日 ばあさまのために
大岩の ところまで えっちら おっちら のぼりました。
そして、水を くむと、ゆっくり ゆっくりと 
山から おりました。
 ばあさまは、その水を だいじそうに のみました。
それでも、夏かぜは しつこくて 
なかなか なおりません。じいさまは、
「はあはあ。」
と いきをする ばあさまの くるしそうな顔を、
じいっと 見つめて 言いました。
「ああ、なんぞ ええ考えは ないかのう。そうじゃ、
町で 水が 売れたら、くすりが 買えるかもしれん。」
 じいさまは、きのうまで まいにち 水をすこしずつ 
ためておいた、おもい 水だるを せおって、
ひしゃくを もちました。
「ばあさま、まっていておくれ。
もうすこしの しんぼうやでな。」
じいさまは 水を売って、そのお金で よいくすりを 
買うため、町へ 行くことに したのです。
ばあさまは、
「じいさま、気をつけてな。」
と、じいさまの からだのほうが しんぱいで 
なりませんでした。じいさまは、
「なんの なんの、だいじょうぶじゃ。」
と、にっこり わらいながら 出かけて 行きました。
 かんかんでりの お日さまに てらされ、
じいさまは あせを ふきふき、
ようやく じぞうさまの ところまで 来ました。
 風もなし、雲のかげ 一つなし、
かさこと 手ぬぐいだけの 六人の じぞうさまは、
ひびわれた 野っぱらに、
ただ じっと 立っているのでした。 
「これは これは、お気のどくなことじゃ。 
あつくて たまらんじゃろう。
じぞうさまが ほこりまみれに なっていなさる。
せめて、水でも かけて さしあげよう。」
 じいさまは、水だるを せなかから おろして、
りょう手で しっかり かかえると、
じぞうさまの そばへ はこぼうと しました。
ところが、どうしたことか、じいさまは
足もとの 小石に つまずいて しまったのです。
たいせつな水は、水だるから こぼれて、
じめんに すいこまれてしまいました。
「ああ、たいへんじゃ。
おら、じぞうさまに もうしわけないこと してしもうた。」
 じいさまは、じぞうさまの ほこりを、
ひとりずつ ていねいに はらいました。
しかし、ばあさまのために、
町まで 売りに 行くはずだった 水は、
もう 一てきも のこっていませんでした。   
 それで、このまま 町へ行っても しかたがないので、                      じぞうさまに りょう手をあわせて、
とぼりとぼり うちへ 帰りました。
「ばあさま、帰ったぞ。それがのう、
くすりは 買えんかったんじゃ。
すまんのう、じつは とちゅうで・・・。」
 ばあさまは、もうしわけなさそうな じいさまの顔を、
じいっと 見つめて 言いました。
「じいさま、それは すまなかったのう。
じいさまが ぶじで 帰ってくれたのが、なによりじゃ。」
 その時です。
ばあさまの ねつが すうっと さがりました。
そして、ばあさまは 
みるみるうちに らくそうな顔になりました。


 その夜のことです。
大岩の わき水は さらさらと ながれ出し、
じいさまと ばあさまの 家の前まで、
いつまでも ながれつづける 
一本の 小川に なりましたと。
今でも「じぞう川」とよばれているそうな・・・・めでたしめでたし                                                      (おしまい)



 詩「20行までゴシゴシゴシ」   タカブー・作


かみの毛あらうぞ ゴシゴシゴシ
お風呂でシャンプー ゴシゴシゴシ


さんぱつ行ったぞ ゴシゴシゴシ
顔・耳・首も ゴシゴシゴシ


においがちがうぞ ゴシゴシゴシ
シャワーでジャジャッと ゴシゴシゴシ


ついでに歯みがき ゴシゴシゴシ
おまけにお風呂も ゴシゴシゴシ


父ちゃんトイレを ゴシゴシゴシ
母ちゃんマイカー ゴシゴシゴシ


じいちゃん入れ歯を ゴシゴシゴシ
ばあちゃんお茶わん ゴシゴシゴシ


兄ちゃん宿題 ゴシゴシゴシ                                       ぼくも「お直し」 ゴシゴシゴシ 


やなこと忘れろ ゴシゴシゴシ                                      頭も心も ゴシゴシゴシ


きれいになったぞ ゴシゴシゴシ
さっぱりすっきり ゴシゴシゴシ


はたちになるまで ゴシゴシゴシ                                    ゴシゴシゴシ五四 二十行


成人の日・敬老の日はお祝いの日・感謝の日なのに!


ハッピーマンデー制度の対象からはずすべきです


1月15日と言えば、昔から小正月と呼ばれ、家々でも小豆がゆをいただく日でした。昔なら大人になる元服の儀式(初めて髪を結う)があった日になります。そんなことで、成人の日(祝日)になり、成人式も行われるようになったのでしょう。


今、成人の日(祝日)は、ハッピーマンデー制度で、1月の第2月曜になりました。現実には、参加しやすいように、土日に成人式を行う市区町村も少なくないようです。こうして、本人と家族以外には、いったい何日が成人式なのか、わかりにくくなりました。つまり、ご近所で、「明日は成人式やね。おめでとう」「今日は成人式やな。おめでとう」という声をかけることが、減っていくようで残念です。地域で新成人にお祝いのひと言をかける習慣が、日本からなくなりそうな気がします。                                  


9月15日の敬老の日(祝日)も、ハッピーマンデー制度で、9月の第3月曜になりました。この日も同様で、関係者以外には、なんとなくわかりにくくなりました。年に1回、長寿をお祝いする日なのに、です。人生の先輩のみなさんに感謝することを忘れないための日なのに、です。高齢化社会なのに、その主人公のためじゃない理由で日を変更したのは、ヘンです。やっぱりこの制度は、人に優しい制度だとは、とうてい思えません。


成人の日と敬老の日は、この制度にあてはめるべきではありませんでした。どちらも、お祝いする祝日、感謝する祝日だからです。制度にあてはめた海の日や体育の日とは、意味合いが全く違う祝日だからです。要は土日月の3連休を増やすことで、経済効果が上がるのでは、という1点ねらいですよね。3連休で旅行に連れて行ってもらえる子どもは、いったい何%ぐらいなのでしょうねぇ。3連休が増えるほど、学校は連休明けの日が一番たいへんになるということを、連泊旅行でお忙しい人は全く知らないのでしょうね、たぶん。エライ人はお金持ちだから、3連休でも旅行へ行けない庶民の気持ちなんか、わからないのでしょうね、きっと。世界にあまり類を見ない日本の誇れる祝日が、成人の日と敬老の日だと聞きます。地域のみんなが新成人にも高齢者にも温かい声かけをするのが日本だと、世界に胸を張れる日でありたいと心から願います。


『地球がもし直径1mの球だったら』


3月11日を前日にして


今までの私たちの常識を覆す未曾有の日から、明日でちょうど1年たちます。今も避難生活を余儀なくされている方々の心労・過労を思うと、私など、ぜいたくは言えません。思うことは、みなさん、それぞれのお立場で、たくさんあることでしょう。2012年10月下旬の朝日新聞「天声人語」の冒頭には、以下の文がありました。


・・作家の椎名誠さんが7月の小紙に寄せていた。椎名さんは


『地球がもし100cmの球だったら』という絵本を紹介しつつ、この惑星の有限性を述べている。直径(地球)1mに縮尺すれば大気の層はわずか1mmしかないのである、と。すべての水はビール大瓶1本分。海水を除いて人が飲める水はスプーン1杯の量しかない—など、目を開かされた例えをふと思い出した。・・」


2011年3月11日の巨大地震・巨大津波の衝撃は、甚大な被害をもたらしました。それに追い打ちをかけるように、局地的豪雨、大型台風、大洪水、記録的猛暑、豪雪など、数々の自然の脅威は、私たちの経験と予知をはるかに超える地球に変貌したのではないか、と痛感させられた1年間でもありました。さらに加えるなら、気温も降水量も、観測史上初があちこちで更新されたという事実は、オゾン層を温室効果ガスが破壊することによる気象変動の始まりかと、受けとめざるを得ないのでしょうか。同時に、安全だと聞かされて大丈夫だとみんなが信じきっていた原発の、絶句してしまうほどの、測り知れないリスクは・・・言葉になりません。


CMでは「エコナビ」とか言ってますが、最も大切なのは使う人の気持ちひとつです。「東北の復興なくして日本の再生はありえない」という言葉を(聞き流さず)かみしめると、節電も、節水も、自分のできることを期間限定ではなく、日本中の誰もが行動に移さなければならない時代が始まったのかも知れません。


とりわけ福島県のみなさんの耐え難いほどの心痛を思うと、原発なしで地球温暖化を防ぐ省エネ・低炭素社会の実現のために、被災地以外の誰もが「少しずつガマンする意識を共有せなあかん時代」のスタートだと、言いかえてもいいのではないでしょうか。国が莫大な借金を増やしながら、私たち国民が快適な暮らしだけを求め続けることの矛盾を指摘する人(つつましく暮らし始めた人)は、私の周囲でも徐々に増えてきました。


原発の怖さに気づくには、あまりにも大きすぎる犠牲でした。他の場合でも、例えば、国の政策で全国の造林公社が杉の植林に走った結果、スギ花粉症が猛威をふるうようになった現実を見ても、人間が開発だけを追求すれば、予測すらできないリスクも背負うことを、私たちは自覚しなければならないのでしょう。


2012年いただいた年賀状の冒頭の挨拶も、例年とはひと味ちがう文言が多かったと感じました。増えたのは「恭賀新年」でした。四字熟語では「迎春吉祥」「笑門来福」「招運来福」が目を引きました。


ひときわ心をひかれたのは、次の3つです。


「笑顔の花咲く一年に」「希望と潤いのある一年に」「安穏平和な一年で」


私自身、あまりたいしたことはできていません。ホットカーペットの下に断熱シートを敷いたり、石油ファンヒーターを石油ストーブに換えて、やかんを置いて湯を沸かしたり、LED照明(数箇所だけ)につけかえたり、夜間は電気ポットのコンセントを抜いたり、エアコンの必要な部屋では設定温度を冬は18℃にしたり・・・ぐらいです。ただ原発依存度の高かった(あえて過去形にしたい)関西に住んでいますので、清水の舞台から飛び降りるつもりで、太陽光パネル(4,41kw)を屋根に乗せました。でも、今度の夏も扇風機をメインにしつつ、エアコンが必要な部屋も夏の目標は29~30℃です。エコライフをしていると言えるまでには、まだまだ千里の道の1歩という段階ですけど、ハッと気づいた時は、自分なりにできることを、微々たることでも日々実行していきたいと、明日を前日にして改めて思いました。


地球がもし直径1mの球だと考えて・・・つつましく暮らす意識を共有するエコライフができたら・・・ちなみに、エコライフという言葉は、小学校:家庭科の教科書にも大事な単元の1つとして載っています。


「釜石小学校校歌」どの学校・園でも歌いたい名曲


2013年3月11日、2年前(2011、3、11)の東日本大震災の津波による死者・行方不明者が1000人を超す釜石市で、2926人の小中学生のうち2921人が津波から逃れました。不利な条件が幾重にも重なったであろう5人が犠牲となったのはまことに無念で、大震災の犠牲になられた総ての方々に対して、心から哀悼の意を表します。そんな未曾有の大混乱の中で、小学校によっては事務職員の方が電話連絡役として、あえて1人職員室に残り殉職されたという尊い犠牲の上に、この釜石市内の小中学生99.8%という生存率が「釜石の奇跡」と言われたことを忘れてはいけません。下校後の子どもたちの多くが、津波避難の3原則に沿って高台に避難した姿を浮かべると、相田みつをさんの詩「その時どう動く」と重なります。そして、釜石市の津波避難の3原則は、私たちも学ばなければ・・と強く思いました。


一つ目は「想定にとらわれるな」。自然の振る舞いに想定内はあり得ない。想定に頼れば、想定外の事態に対応できなくなる。ハザードマップも信じるな。


二つ目は「最善を尽くせ」。どこで、どんな津波が来るか分からない。津波が襲来したら、できることをやるしかない。


三つ目は「率先避難者たれ」。一生懸命逃げる姿が周囲の命も助ける。


この三つは、私たちも胸に刻んでおきたいものです・・・いつまでも。


その釜石市にある、全校児童が1人残らず生き延びた釜石小学校の校歌(生きるための羅針盤みたいな歌)も有名になりました。作詞が井上ひさし、作曲が宇野誠一郎という『ひょっこりひょうたん島』コンビの作品だと知りました。こんなに力強く心を揺さぶられる歌詞の校歌があることに、驚きました。自分の母校じゃないのに、元気が分けてもらえる校歌に、初めて出会いました。もう、題名のない音楽会で聴いておられる方も多いと思いますが、紹介いたします。


釜石小学校・校歌


いきいき生きる いきいき生きる


ひとりで立って まっすぐ生きる


困ったときは 目をあげて


星を目あてに まっすぐ生きる


息あるうちは いきいき生きる



はっきり話す はっきり話す


びくびくせずに はっきり話す


困ったときは あわてずに


人間について よく考える


考えたなら はっきり話す



しっかりつかむ しっかりつかむ


まことの知恵を しっかりつかむ


困ったときは 手を出して


ともだちの手を しっかりつかむ


手と手をつないで しっかり生きる


この校歌を聞きたくて検索したら、次の2つのHPに校歌のBGMが流れていました。子どもたちと歌ってみたい、みんなの歌のようなメロディーでした。さすがは、「ひょっこりひょうたん島」の作曲者です。歌詞メロディーの楽譜ものっていました。釜石小の子どもたちは「人間についーて」と歌っていましたが・・。


http://www.utagoekissa.com/utagoe.php?title=kamaishishougakkoukouka


http://bunbun.boo.jp/okera/kako/kou_ka.htm



アカペラで歌えるように練習中です。同時に、この釜石小学校校歌をピアノで弾く伴奏をCDに録音してもらえないかと、大阪の従妹に頼んだところ、快く引き受けてくれ、CD録音(ピアノ伴奏&歌入りピアノ伴奏)+楽譜(私のリクエストで簡易伴奏)まで書いてくれました。忙しいにもかかわらず、YouTubeを聞いただけで、あっという間に楽譜もCDも仕上げてくれた従妹には感謝の気持ちでいっぱいです。


【2013年12月追加】そうしたら、県外の小学校・特別支援学校・幼稚園・保育園の先生方からブログ左側「メールを送信」で、「ピアノ伴奏用楽譜やCDを送ってほしい」というEメールが来ました。コピーして郵送しました(実費だけ250円ほど切手で頂戴しました)。全国あちこちの学校・園で、子どもたちと歌ってくださっていることでしょう(私自身も学生らと歌い始めました)。


【2015年1月10日追加】本日、楽譜作成フリーソフトMuseScore(ミューズ・スコア:英語表示)で、ピアノ伴奏譜を作成しました。ところが、従妹:手書きの伴奏をそのままパソコン入力する技術のない私(初心者)は、ごく簡単な伴奏を入力しただけです。Eメールをくださった学校の先生に送信した後になって、ようやく歌詞入力もできました。試聴してみたところ、子どもたちと歌うのに、なんとか使えるレベルでしょうか。ピアノが得意な方は自由にアレンジして弾いていただければ、と思います。というわけで、釜石小学校校歌ピアノ伴奏譜のEメール添付送信が可能になりました。簡単な伴奏譜(歌詞あり)でもかまわない方は、Eメール(ブログの左上)をくだされば伴奏譜(Word文書に貼り付け)を無償で添付送信します。ただし、営利目的や匿名や偽名の人は、固くお断りします。


【2012年5月訂正】


以前、記事の最初のほうで紹介した、四分休符が聴き取れなかった歌声は、釜石小学校の子どもたちの歌声と、2番の途中が少々違うことに気づきました(5月22日)。ちがう音源を聴きながら作成してもらったので、申し訳ありません。ピアノ伴奏楽譜にも四分休符を加筆修正しておきました。改めて紹介しますと、釜石小の子どもたちが歌っている「釜石小学校校歌」は、次のYouTubeアドレスで聴くことができました。


http://www.youtube.com/watch?v=-qqCP-6kLzc


「旅立ちの日に」


卒業式歌「旅立ちの日に」は、中学校の先生お二人が教え子たちのために作詞作曲された、すばらしい歌だと思います。

土曜日の朝日新聞には、beという別冊がついています。3月30日の場合、1つは、ページがb1~b12まである冊子で、もう1つは、ページがe1~e8まである冊子でした。そのe1とe2の2ページに「旅立ちの日に」の『歌が生まれた経緯』と『全国の中学校へ広まった経緯』が、詳しくのっていました。せっかくですので、記事の前半の『歌が生まれた経緯』だけでも紹介させてください。

『1988年春、グラウンドのかなたに山並みを望む埼玉県秩父市の市立影森中学校に2人の教員が赴任した。ひとりは、坂本浩美さん。当時26歳。音楽の教諭だ。もうひとりは、小嶋登さん。当時57歳。影森中は3度目の勤務で校長として着任した。「よお、ひろみちゃ~ん」学生の面影を残す小柄な坂本さんは赴任早々、そう生徒に呼びかけられた。3年生か。(中略)

一方、校長の小嶋さんはある信条を持って着任していた。「歌は心を健康にする」だ。前任校で合唱指導に力を入れ、成果を得たのだ。影森中でも「歌声の響く学校」を目標の1つに決めた。「(校舎の)あちこちには『歌声の響く学校にしよう』のスローガンが張られた」(坂本さん)。この小嶋さんの方針は、「音楽教諭」である坂本さんには重荷だった。現実は厳しかった。(中略)

1学期の半ば、合唱部を初めてコンクールに出場させようと考えた。坂本さん自身が中学時代に合唱部で経験した「みんなで1つのものをつくる喜び」を生徒らにも体感させたかった。合唱部員は女子ばかり、わずか16人。部員以外の男子の応援を募り、混声にすることにした。

狙いは運動部を「引退」する3年生。しかし、それは「ひろみちゃ~ん」たちだ。

「勇気がいりました。震えていたのを覚えています。でも私は本気でやりたいんだ、と訴えました」

昼休み、音楽室で待っていると17人の男子がやってきた。まったく期待していなかった顔もいた。「本当に本気か?」と思わず念を押した。「あの瞬間が、歌のルーツかな」。かつて運動部で活躍した3年生の男子が合唱の練習をしていることが知れ渡り、「歌うことって、かっこいい」という空気が校内に生まれた。

坂本さんが影森中に来てもうすぐ3年となる91年2月。放課後の職員室でストーブに手をかざしていた坂本さんは、通りがかった小嶋さんに切り出した。「卒業生に歌を作って贈りたいんですけど、詞を書いていただけませんか?」答えはつれなかった。坂本さんの記憶によると「自分は英語の教員だし、そんなセンスないよ」だった。

ところが、翌朝出勤してみると、坂本さんの机の上に、きちょうめんな文字で書かれた詞がのっていた。「旅立ちの日に」。小嶋さんの字だった。「すごくいい!」。音楽室に駆け込み、ピアノに向かった。「勇気を翼にこめて・・・・・・・」の旋律がまず浮かんだ。15分ほどで全体にメロディーをつけた。

自分で弾き歌った録音テープを教職員に配り、生徒に内緒で練習した。そして、3月中旬の「3年生を送る会」で披露。1番は小嶋さんが独唱した。この時で「旅立ちの日に」は役目を終えたはずだった。(後略)』

3年間、影森中で奮闘した先生方と、それに答えて変容し成長した生徒たちと、坂本先生の熱意を、全部丸ごと受けとめた小嶋校長の思いが詰まっている「旅立ちの日に」・・・その深みのある歌詞には、生徒たちへの小嶋校長の温かさを感じました。全国の中学校で歌い継がれている理由の一端を垣間見た気がします。この歌は、影森中で3年間かけて学校づくりを進めていかれた中で作られた歌だと言ってもいいのではないでしぃうか。

記事の後半には、2004年にフジテレビで「卒業ソング」を特集したディレクター、同曲を混声3部に編曲した先生、同曲の楽譜を載せた専門誌の編集長、中1の時、送る会で「旅立ちの日に」を聴いた影森中OBのバリトン歌手、2011年に亡くなられた小嶋校長の息子さんの話などが載っていました。また、秩父市内の公園には「旅立ちの丘」ができたこと・・・武甲山を背景に「旅立ちの丘」で記念撮影する若者たちの写真も掲載されていました。

私が秩父を訪れたのは、1981~82年頃でした。88年に小嶋校長先生と教員4年目だった坂本先生(私より少しお若い世代の教員)が、その3年後に教え子たちへ贈る歌として作詞作曲された「旅立ちの日に」・・頭が下がります。

今回、このような記事を書いたのは、2013年2月3日に、以下のブログ記事を書いたからです。

卒業式で「旅立ちの日に」を歌い継ぐと、歌の苦手な子も歌えるようになります

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898450/


被災地に移住した作家・柳美里さん&東日本大震災特集を始めて5年目に入った滋賀県立彦根東高校新聞部


どちらも2015年5月の新聞記事ですが、3、11を前にして、改めて紹介させてください。


まず、読売新聞2015年5月9日31面に「彦根東高新聞部 東日本大震災の特集を始めて5年目に入った。・・」という4段の大きな記事が載っていました。記事では、彦根東高新聞部は特集を続けることに迷い悩みながらも「先月末、4回目の震災復興支援特集号を発行した。」と書いてありました。また、「新聞の社説に当たる1面の部説には『無関心と無知は復興の最大の妨げとなる』と主張・・」と、特集を続ける主旨(現地取材で聞き取りをする中で見えてきたこと)も紹介していました。


次に、朝日新聞2015年5月9日2面の「ひと欄」では「原発事故被災地に移住した作家 柳美里さん」を紹介していました。記事には「先月・・福島県南相馬市の借家に運び込んだ。・・売れっ子の芥川賞作家がなぜここに?」とありました。そして、「祖国を捨てた祖父(弾圧を逃れて)、母の語った集落の喪失、帰郷できない原発事故被災者‥‥。在日3世の自分にとって、故郷とは何なのか。『通うのでなく暮らしながら考えたい』。鎌倉の家を売り、退路を断って。」と結んでました。


それぞれの立ち位置は違いますが、作家として、高校新聞部として、今できることを真剣に考えて実行されているという点では、一致するのではないでしょうか。偶然にも同じ日に、偶然にも2つの新聞記事を読んだだけの私にできることなどは、はるかにちっぽけで、お恥ずかしい限りですが、せめて紹介させていただけたら、と思いました。結果として置き去りにされている被災者の方々の現実に無関心・無知であってはならない、被災者の方々のお気持ちを決して忘れてはならないと、柳美里さんと彦根東高校新聞部さんから教えられました。


今、人々の暮らしの基盤を1日も早く何とかしなければならない福島県・宮城県・岩手県などでは、近い将来の人口減少というわが国の課題についても、先行する形で取り組んでおられ、私たちが具体的に学ぶことはとても多いと感じています。


また、以前、当ブログでも紹介した、チェルノブイリ原発事故で医療支援をされていたお医者さん鎌田實さんの、絵本「ほうれんそうは ないています」(ポプラ社)が、第20回絵本賞(主催 全国学校図書館協議会・毎日新聞社)で、読者賞2位に入ったことを、1年後の2016年3月、今頃になって知りました。


関連ページ


教材:国際理解教育[アメリカ・インディアン、エスキモーを大切に][ネイティブ・アメリカン、イヌイットを正しく][日韓交流:尊重し合い認め合うリンダリンダリンダ]福島にとどまる留学生、湖人(うみんど)、KAZUへの手紙、大統領の言葉

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898160/

教材【日記の授業:指導案】【万引き・おもらし・お手伝い】【聞かせたい5話】【詩・冬の夜道:指導案・発問】【中学・職場体験授業:指導案】【発声練習:朝の会】【ごんぎつね:発問】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898472/




by takaboo-54p125 | 2010-12-25 05:21 | 教材

8月17日(火)朝日新聞の27面(滋賀版)に、「昨年度、年間30日以上欠席した児童数は1,000人あたり4,7人(全国平均3,2人)だったと、文部科学省の調査でわかった」と書いてありました。欠席の理由が、「親子関係をめぐる問題」が37,0%(全国平均19,3%)「家庭の生活環境の急激な変化」が17,5%(全国平均10,6%)というのは、気がかりな点です。


滋賀県は首都圏に次いで愛知県や沖縄県と共に、人口増加率が高い県です。分譲マンションや、分譲地の新興住宅がここ10年以上ずっと増え続けています。しかも、ここ数年だけでも、新築の賃貸マンション・アパートがどんどん増えていると感じます。ローンを抱えておられる方も多いと思います。そこへ、突然リーマン・ショックがきました。したがって、「家庭の生活環境の急激な変化」が全国平均を上回っているのも、不自然ではありません。


それよりも、「親子関係をめぐる問題」が37,0%(全国平均19,3%)という結果に驚いています。なぜ滋賀県が多いのか、はっきりとした理由が私には見えてきません。


ただ、昨年度(平成21年度)の小学生は、平成9年度生まれ~平成14年度生まれの子どもたちです。お母さんのおなかの中にいたのは、平成8年度~平成13年度になります。                                                   
その頃の、母子を取り巻く身近な状況を思い出してみると、平成7年に携帯電話がデジタル化され、それ以降、毎年のように次々と、着メロ、メッセージサービス、携帯インターネット接続、着うた、携帯ゲームが普及していった時期と重なります。ただし、これは日本全国の状況です。


もう一つは、平成8年にウォークマンの出荷台数が累計1,5億台を突破し、平成15年には3億台突破、すごい伸びですよね。しかも、平成13年には、NetMD対応型が発売され、平成16年にはHiMD(1GB:CD20枚)、平成17年にはHDD内蔵メモリ(40GB:CD800枚)という画期的な進化をウォークマンは遂げています。これも日本全国の状況です。


お母さんのおなかの中で共鳴している、たくさんの電子音から、赤ちゃんの耳に届く音(母子の絆の元は母の声だけ)を守る方法はないでしょうか?


このような、今の日本の子どもたちを取り巻く音環境の状況が、赤ちゃんに次のような影響を与えていることは果たしてないのでしょうか。


かつては、お母さんの心音と、お母さんの声と、お母さんが台所で野菜を切る包丁のトントントントンという音を聞いて、赤ちゃんはお母さんのおなかの中で育っていました。私は、その中で最も大切なのは、生まれた後もコミュニケーションの必要なお母さんの声だと考えます。


ところが、今の子どもたちがお母さんのおなかの中にいた280日間は、全く違った多種多様な音に囲まれて育つ環境になってしまいました。つまり、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんは、お母さんの耳のイヤホン・ヘッドホンから流れるウォークマン等の音楽や、お母さんが首からぶら下げる携帯の着メロ・着うた・着信音も、共鳴音として聞こえるようになりました。


この環境の激変の中で、まさかとは思いますが、ひょっとすると、お母さんの声を聴き分けにくくなってしまっているのではないかということは、可能性として考えられないでしょうか。このことが、年間30日以上の欠席日数の理由で、一番多かった「親子関係をめぐる問題」の、根っこになっていないことを、願わずにはいられません。


お母さんの声が体内に共鳴して、おなかの中の赤ちゃんに届く時、お母さんの声よりも刺激的な着メロ・着うた・着信音を、お母さんの体内に共鳴させない方法はないでしょうか。


戦後の混乱期は赤ちゃんの栄養不足、粉ミルク不足、オムツ不足など、物の不足する時代でした。ところが、今はその正反対で情報過多で、物のあふれる時代です。


赤ちゃんを取り巻く環境の急激な変化の中、今回、話題にしている「お母さんのおなかの中で280日過ごす間に、赤ちゃんへ届いてほしくない音」が過剰すぎるのではないか、と思ってしまうのは、私の「思い過ごし」「気にし過ぎ」なのでしょうか?


小児科学・小西行郎教授(東京女子医科大学)の文章より


「赤ちゃんパワー 脳科学があかす育ちのしくみ」小西行郎(ゆくお)・吹田恭子・共著(ひとなる書房)の中で、東京女子医科大学の小西行郎教授が興味深いことを書いておられました。小西行郎教授は、留学から帰国後、脳科学・発達行動学の立場から小児科学に新風を吹き込まれた先生で、日本乳児行動発達研究会や日本赤ちゃん学会でも活躍しておられます。お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんの耳について書いておられるところを、紹介します。


『【赤ちゃんの耳には、いっぱい音が届いている】


赤ちゃんの耳の原型ができはじめるのは、ずいぶんと早いことがわかっています。妊娠5~6週目頃には耳らしい穴ができはじめます。‥聴こえはじめは、だいたい妊娠20週頃、ちょうどおなかの中の赤ちゃんの動きを、お母さんが胎動として感じはじめるのと同じ時期です。‥
まず、一番ひんぱんに、それもうんと近くで聞こえてくるのは、お母さんの心臓のドクドクという音や血液が流れる音、食べ物が胃や腸の中を通っていく音などでしょう。                                                                   そして、お母さんの声。なにしろ赤ちゃんは、お母さんのおなかの中にいて、つながっているのですから。そして、お母さんと話している人の声。それはお父さんの声が多いかもしれません。お姉ちゃんやお兄ちゃんたち、いっしょに住んでいる家族の声も聞こえているはずです。
人の声ばかりではなくて、いろんな生活の音もあります。台所で包丁を使うトントントンといった音やお皿がぶつかる音、テレビの音、音楽、電話のベル、車のクラクションなど、お母さんに聞こえる音は赤ちゃんにも全部聞こえています。では、それらの音は、おなかの中の赤ちゃんには、いったいどんなふうに聞こえているのでしょう。


だいぶ前になりますが、国立病院の研究グループが、出産直前の破水した子宮の中に、実際にマイクを入れて確かめてみました。すると、まるでプールにもぐった時のような、くぐもった音が聞こえてきたそうです。赤ちゃんの耳に音が届くまでには、お母さんの体や、羊水という水の層が間にはさまっています。うんと聞きとりにくい、くぐもった音になることは誰でもすぐに想像できますね。毎日聞いている音や声が、おなかの赤ちゃんの発達に果たしてどこまで影響を与えているのか。今のところ、科学的には、どんな形であれ証明されてはいません。
ですが、おなかの赤ちゃんは、くぐもった音ではあるけれどもちゃんと聞いている、家族の声や生活の音を感じていることは知っておきましょう。‥


【ことばを手にいれる道筋は、おなかの中から始まっている】


おなかの中で、赤ちゃんはじーっと耳をすましています。その証拠として、泣いている赤ちゃんに胎内の音を録音して聞かせると静かになったという例や、おなかの中で聞いていたお話と、そうでないお話では、聞いていたお話の方を喜んだという報告があげられています。これらの例からは、赤ちゃんはことばを意味のあるものとしてではなく、自分を包んでくれる安心なサインととらえていることがわかります。生まれたらすぐに自分を世話してくれる人と環境をしっかり認識しておかないと、たいへんなことになりますから。ことばを獲得する道筋は、まず、この音を聞くことからはじまっていると考えていいでしょう。‥』


以上が小西教授の文章です。


さて、ここからが、私の仮説(推論)です。まず、胎児の耳に最も響く母胎に密着した音を、私は「母胎密着音」と呼びたいと思います。


お母さんの心音、お母さんの声などに加えて、お母さんが身につけるようになった物で、お母さんの声が赤ちゃんの耳に届くのをじゃまする電子音です。つまり、携帯電話の着メロ着うた着信音とウォークマンなどのイヤホン・ヘッドホンの音楽を「母胎密着音」だと考えます。


今の子どもの『ハンディキャップ』を考える


 【虐待から母も子も守る育児支援のための提案2つ】


母胎の中で、胎児は母親の声(音)を聞いて育つので、産まれた時に、すでに母子の絆の土台ができています。不安で泣く赤ちゃんは母親の声を聞くと、なんだか、懐かしい声(音)と感じ、安心できるのです。そして、泣いたらあやしてもらって泣きやむ、これが昔の赤ちゃんです。育児で心が育ちました。


今の赤ちゃんは胎児の時に、母親の声より刺激的な密着音(ウォークマン、携帯電話・メールの着信音等)も聞いて育ちます。だから、
「オギャー」と泣き、
「よしよし」と抱っこして、あやしてくれる母親の声が、安心の音に聞こえにくく、極端な場合、雑音に聞こえます。今の赤ちゃんには、母親の声よりメディアの音や、車の振動音の方が、懐かしい音に感じる場合も、少なくありません。


今の赤ちゃんに共通するハンディキャップは、生まれた時に、母子の絆の土台を築きにくいことです。母の声を安心音として感じさせない母胎環境の激変が、赤ちゃんの心の受信アンテナにズレを生じさせたのでしょう。


赤ちゃんが泣きました。オッパイをあげたりオシメを替えても、全く泣きやみません。「よしよし」と抱っこをして、あやすと、泣きやむどころか、背中をそらして抱っこを拒絶するような激しい泣き方をします。そして母親がオロオロしているうちに、赤ちゃんは泣き疲れて眠ってしまい、母親もホッとします。心を育てる育児は一歩も前進しません。


また、泣いていない時に、母親が顔をのぞきこんでも赤ちゃんはニコッともしません。赤ちゃんが泣きやんでくれたり、目と目を合わせて笑ってくれるのが、母親の喜びなのにそれがありません。これでは母親もだんだんイライラしてきます。心が通い合いません。


そのうちに、育児に疲れ、そんなわが子が憎たらしくなってきて、しまいには愛せなくなってしまいます。こうして、親の虐待が始まる可能性が徐々に大きくなっていきます。


別の言い方をすれば、昔の赤ちゃんと母親は心のアナログアンテナで、親子の絆を確かめ合い、深めていく育児ができました。母親の声が赤ちゃんの安心の拠り所でした。人と人とのやりとりは、心のアナログアンテナによる交信(伝え合い)だと言えるからです。


今の赤ちゃんは、母親の声をアナログの安心音としてキャッチできない子もいます。つまり、母親がアナログで赤ちゃんがデジタルでは、心の交流は不可能なのです。母親がいくらあやしても、心のアンテナが違うから伝わりません。その子は、心が不安な状態から抜け出せないまま、体は成長していきます。


そこで、母親が、赤ちゃんのデジタルアンテナに合わせて、育児をデジタル化せざるを得ない方法が、テレビやビデオに子守りをさせたり、夜泣きの赤ちゃんを車でドライブに連れて行くことになります。言わば、育児のデジタル化は、赤ちゃんの不安を安心に変える「人づきあい」の基本が母親から学べず、育児じゃなくて、お世話になるのです。ここに今日の社会問題、乳幼児への親の虐待が急増している主要因があると考えられます。


今の育児に、一番大切なのは、赤ちゃんの心のアンテナをデジタルからアナログに戻してあげる手間を、母親がしてあげるということです。まずは、泣いたらあやしてもらって泣きやむ母子関係を取り戻すのです。赤ちゃんが、母親の「よしよし」と抱っこで安心して、ニコーッと笑顔になる関係を再構築する作業(それこそ地道な何百回何千回のくり返し)に、公的な育児支援の力を注ぐことこそが、積極的な虐待予防ではないでしょうか。


テレビの地デジ化は可能ですが、人間関係は、あくまでも、人と人との会話や、微妙な表情や仕草といった、アナログ的な、昔ながらの育児・子育てによってのみ、つくられていくのです。今の赤ちゃんの育児には、昔の育児にプラスして親子の絆の土台(安心)づくりをしてあげる必要があります。赤ちゃんはアナログ受信アンテナの遺伝子をきっと持っているはずです。それを復活させる手間を惜しいと思わないことです。実際には、しんどくて、大変な手間ですから、とりわけ乳児の育児支援に携わる方の役割が重要です。


もちろん、個人差、取り巻く環境など、さまざまな壁はあります。でも、育児・子育ては、「心育て」であり「親育ち」です。


「よしよし」の声と抱っこは、赤ちゃんが安心感を取り戻せるための「愛メッセージ」です。育児支援も「監視カメラ目線」ではなく、親への「共感カメラ目線」で見てあげたいですね。虐待から、親も子も、守るために。


以上、△か月健診で若いお母さん方の思いに共感しつつ育児支援してほしい概要です。授乳時は、携帯電話もマナーモードにして、お母さんの声が安心の声に聞こえるまで、赤ちゃんに優しく語り続けましょうね・・と


以上、仮説にもならない段階の推論ですので、念のための提案は2つだけです。


【1つめの提案】


妊婦さんは、自宅では携帯を身につけないで、テーブルの上にでも置いておきましょう。身につける必要がある時は、マナーモードにしておきましょう。


お母さんの声が体内に共鳴して、おなかの中の赤ちゃんに届く時、お母さんの声よりも刺激的な着メロ・着うた・着信音を、お母さんの体内に共鳴させない(赤ちゃんがお母さんの声を覚えるじゃまをさせない)ためです。


【2つめの提案】


妊婦さんは、Jポップなどの音楽を聴く時は、イヤホン・ヘッドホンを使わずに、CDラジカセなど(体に密着させない音響機器)で聞きましょう。


これも、お母さんの声が体内に共鳴して、おなかの中の赤ちゃんに届く時、お母さんの声よりも刺激的なイヤホン・ヘッドホンのJポップ・ロック・ラップ・レゲエ・トランスなどの音楽を、お母さんの体内に共鳴させない(赤ちゃんがお母さんの声を覚えるじゃまをさせない)ためです。


この2つの提案は、いずれも、赤ちゃんが「オギャー」と生まれてから、お母さんの声を1番なつかしい安心音と感じるためです。母と子の愛着形成をしやすくするためです。それは「赤ちゃんがいつまでも泣きやまないこと」が引き金になる虐待から、母も子も守るためでもあります。そうすれば、赤ちゃんは、安心音であるお母さんの「よしよし」の声で泣きやみ、お母さんの抱っこを拒否しなくなるのではないか、という私の仮説(あくまでも推論ですが、どなたも提案なさらないから)です。この「母胎密着音をシンプルにする方法」という考えに賛同してくださった方は、ぜひ周りの妊婦さんたちに伝えてあげてください。


関連ページ


「愛着形成」①親子ではぐくむ絆づくり【ママを受け入れられる子になる愛着の感性の育て方】+ママの思いを代弁する詩・0~3才児の育児

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898093/



by takaboo-54p125 | 2010-12-23 06:15 | 育児・子育て

まず、胎児の耳に最も響く母胎に密着した音を、私は「母胎密着音」と呼びたいと思います。お母さんの心音、お母さんの声などに加えて、お母さんが身につけるようになった物で、お母さんの声が赤ちゃんの耳に届くのをじゃまする電子音です。


つまり、携帯電話の着メロ着うた着信音とウォークマンなどのイヤホン・ヘッドホンの音楽を「母胎密着音」だと考えます。


今の子どもの『ハンディキャップ』を考える


【虐待から親も子も守る育児支援のための提案2つ】


 母胎の中で、胎児は母親の声(音)を聞いて育つので、産まれた時に、すでに母子の絆の土台ができています。不安で泣く赤ちゃんは母親の声を聞くと、なんだか、懐かしい声(音)と感じ、安心できるのです。
そして、泣いたらあやしてもらって泣きやむ、これが昔の赤ちゃんです。育児で心が育ちました。


 今の赤ちゃんは胎児の時に、母親の声より刺激的な密着音(ウォークマン、携帯電話・メールの着信音等)も聞いて育ちます。
だから、
「オギャー」と泣き、
「よしよし」と抱っこして、あやしてくれる母親の声が、安心の音に聞こえにくく、極端な場合、雑音に聞こえます。
今の赤ちゃんには、母親の声よりメディアの音や、車の振動音の方が、懐かしい音に感じる場合も、少なくありません。


 今の赤ちゃんに共通するハンディキャップは、生まれた時に、母子の絆の土台を築きにくいことです。
母の声を安心音として感じさせない母胎環境の激変が、赤ちゃんの心の受信アンテナにズレを生じさせたのでしょう。


 赤ちゃんが泣きました。
オッパイをあげたりオシメを替えても、全く泣きやみません。
「よしよし」と抱っこをして、あやすと、泣きやむどころか、背中をそらして抱っこを拒絶するような激しい泣き方をします。
そして母親がオロオロしているうちに、赤ちゃんは泣き疲れて眠ってしまい、母親もホッとします。
心を育てる育児は一歩も前進しません。


 また、泣いていない時に、母親が顔をのぞきこんでも赤ちゃんはニコッともしません。
赤ちゃんが泣きやんでくれたり、目と目を合わせて笑ってくれるのが、母親の喜びなのにそれがありません。
これでは母親もだんだんイライラしてきます。
心が通い合いません。


 そのうちに、育児に疲れ、そんなわが子が憎たらしくなってきて、しまいには愛せなくなってしまいます。
こうして、親の虐待が始まる可能性が徐々に大きくなっていきます。


 別の言い方をすれば、昔の赤ちゃんと母親は心のアナログアンテナで、親子の絆を確かめ合い、深めていく育児ができました。
母親の声が赤ちゃんの安心の拠り所でした。
人と人とのやりとりは、心のアナログアンテナによる交信(伝え合い)だと言えるからです。


 今の赤ちゃんは、母親の声をアナログの安心音としてキャッチできない子もいます。
つまり、母親がアナログで赤ちゃんがデジタルでは、心の交流は不可能なのです。                                   
母親がいくらあやしても、心のアンテナが違うから伝わりません。                                                   
その子は、心が不安な状態から抜け出せないまま、体は成長していきます。


 そこで、母親が、赤ちゃんのデジタルアンテナに合わせて、育児をデジタル化せざるを得ない方法が、テレビやビデオに子守りをさせたり、夜泣きの赤ちゃんを車でドライブに連れて行くことになります。
言わば、育児のデジタル化は、赤ちゃんの不安を安心に変える「人づきあい」の基本が母親から学べず、育児じゃなくて、お世話になるのです。
ここに今日の社会問題、乳幼児への親の虐待が急増している主要因があると考えられます。


 今の育児に、一番大切なのは、赤ちゃんの心のアンテナをデジタルからアナログに戻してあげる手間を、母親がしてあげるということです。
まずは、泣いたらあやしてもらって泣きやむ母子関係を取り戻すのです。


 赤ちゃんが泣いたら「よしよし」と抱っこで安心して、ニコーッと笑顔になる関係を再構築する作業(それこそ地道な何百回何千回のくり返し)に、公的な育児支援の力を注ぐことこそが、積極的な虐待予防ではないでしょうか。


 テレビの地デジ化は可能ですが、人間関係は、あくまでも、人と人との会話や、微妙な表情や仕草といった、アナログ的な、昔ながらの育児・子育てによってのみ、つくられていくのです。
今の赤ちゃんの育児には、昔の育児にプラスして親子の絆の土台(安心)づくりをしてあげる必要があります。
赤ちゃんはアナログ受信アンテナの遺伝子をきっと持っているはずです。                                                   
それを復活させる手間を惜しいと思わないことです。
実際には、しんどくて、大変な手間ですから、とりわけ乳児の育児支援に携わる方の役割が重要です。


 もちろん、個人差、取り巻く環境など、さまざまな壁はあります。                                         
でも、育児・子育ては、「心育て」であり「親育ち」です。


「よしよし」の声と抱っこは、赤ちゃんが安心感を取り戻せるための「愛メッセージ」です。
育児支援も「監視カメラ目線」ではなく、親への「共感カメラ目線」で見てあげたいですね。
虐待から、親も子も、守るために。


 以上、○か月健診で若いお母さん方の思いに共感しつつ育児支援してほしい概要です。
授乳時は、携帯電話もマナーモードにして、お母さんの声が安心の声に聞こえるまで、赤ちゃんに優しく語り続けましょうね・・と


以上、仮説にもならない段階の推論ですので、念のための提案「母胎密着音をシンプルにする方法」は2つだけです。


【1つめの提案】 妊婦さんは、自宅では携帯を身につけないでテーブルの上にでも置いておきましょう。身につけるなら、マナーモードにしておきましょう。


お母さんの声が体内に共鳴して、おなかの中の赤ちゃんに届く時、お母さんの声よりも刺激的な着メロ・着うた・着信音を、お母さんの体内に共鳴させない(赤ちゃんがお母さんの声を覚えるじゃまをさせない)ためです。


【2つめの提案】 妊婦さんは、Jポップなどの音楽を聴く時は、イヤホン・ヘッドホンを使わずに、CDラジカセ(体に密着しない機器)で聞きましょう。


これも、お母さんの声が体内に共鳴して、おなかの中の赤ちゃんに届く時、お母さんの声よりも刺激的なイヤホン・ヘッドホンのJポップ・ロック・ラップ・レゲエ・トランスなどの音楽を、お母さんの体内に共鳴させない(赤ちゃんがお母さんの声を覚えるじゃまをさせない)ためです。


この2つの提案は、いずれも、赤ちゃんがオギャーと生まれてから、お母さんの声を1番なつかしい安心音と感じるためです。母と子の愛着形成をしやすくするためです。それは虐待から母も子も守るためでもあります。そうすれば、赤ちゃんは、安心音であるお母さんの「よしよし」の声で泣きやみ、お母さんの抱っこを拒否しなくなるのではないか、という私の仮説(あくまでも推論ですが、どなたも提案なさらないから)です。この「母胎密着音をシンプルにする方法」という考えに賛同してくださった方は、ぜひ周りの妊婦さんたちに伝えてあげてください。


関連ページ
「愛着形成」②その元をじゃまする原因から母も子も守る【2つの提案】+ママの「おなかの中の赤ちゃんパワー」はすごい!
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898179/


by takaboo-54p125 | 2010-12-23 05:00 | 育児・子育て