「やってみせ、
言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば、人(子ども)は動かぬ」

 この名言は、
たまたま読んだ「現代に生かす海軍名語録」(上村嵐・著)に載っていました。                                                                           
著者の上村さんは、戦時中は海軍、戦後は海上自衛隊に勤務しておられたそうです。
軍隊とは、洋の東西を問わず、上意下達、
「イエス、サー」
の世界だと思っていました。


尊敬する叔父から薦められました。最初は題名を見て、体育会系の暑苦しい本やろなぁ、と思いながら読んでみたのですが、驚きました。                                                                                         
上村さんの上官だった戦艦『長門』の山本五十六(いそろく)長官の教えが、この名言でした。
海軍のような上官命令には絶対服従の世界でも、本気で部下をやる気にさせることに、心を砕いていた長官がいたのです。
その人が山本五十六(いそろく)長官だったのです。
上村さんは著書の中で、山本長官の教えを、次のように解説していました。


『【やってみせ】
これは、「模範を示してやる」ということです。
しかし、指導者にそれだけの実力がなければ、
立派な模範を示すことはできません。
したがって、指導者は常日ごろから、
よく勉強して実力を身につけておく必要があります。
そうでないと、
「やってみせ」という具合にはいかないのです。


【言って】
これは「説明する」ことです。
しかし、説明すると言っても、
相手がわかってくれないと、なんにもなりません。
だから、指導者は、
何事もわかりやすく説明する必要があります。
昔から「人を見て法を説け」という言葉があります。
そのとおりで、
相手によくわかるように説明しなければならないのです。


【聞かせて】
これは「相手に納得させる」ということです。
そのためには、たった1回だけではなく、
指導者がくり返し説得する必要があります。
最近の若い人たちは納得すると実によく働くので、
これは非常に大切なことです。


【させてみて】
これは、「実際に体験させる」ということです。
頭ではわかっていても、
なかなか思うとおりにはいきません。
やはり、頭だけではなく、
自分の手足を使ってやってみることを、
体験させることが大切です。


【ほめてやらねば】
これは、やったことに対して
「善し悪しを評価してやる」ことです。
よくできた場合は、もちろんほめてやればよいし、
失敗した場合は、失敗の理由を説明して、
激励してやることが大切です。
やらせておいて、指導者が何も言ってやらないと、
張り合いがなくなるだけでなく、
やる気も消失させることになります。


【人(子)は動かぬ】
人が本気でやるぞという気持ちになるには、
手本と根気と納得と体験と評価、
つまり、「指導者の愛情」
が含まれていることを忘れてはなりません。』


以上です。
 これって、子育て・育児の基本やん、保育・教育も同じやんと思いました。                                                                                                           
覚えておきましょう。
「やってみせ、
言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば、人(子)は動かぬ」


叔父上、ありがとうございます。山本五十六の語録は他にもありました。


「話し合い 耳を傾け 承認し、任せてやらねば 人は育たず」


「やっている 姿を感謝で 見守って、信頼せねば 人は実らず」

関連ページ
「パパママ育児⑥」お世話だけではヘリコプター・ペアレンツ1歩手間【自立へつながる4つの幸せ】キラッと子育て+親が子を見る【5つの目】+育児ママが共感する詩
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898284/


by takaboo-54p125 | 2010-11-28 05:16 | 育児・子育て

洗濯物の多い子育て世代のみなさんにとって、洗濯物を手際よくベランダに干しても、乾きにくい季節になりましたね。                                                                    天気予報はきめ細かくなったのに、なぜかはずれることが多く、イマイチ信用できません。                                                                                                                                                                                                                                私も、毎日、洗濯物をいかに乾かすかで、空模様(風向き・雲の動き)とにらめっこです。                                                                          翌日になっても乾いていなかったら、それこそハンガーが足りなくなって、ヤバイ状況になります。


それで世の中の家事短テクニックの達人の方々には遠くおよびませんが、それなりに工夫はしています。                                                                                                                   どなたもしておられることで、わざわざ書くほどでもありませんが、時間が10分ほど空いたので、まあ書いてみます。


ジャージなど乾きが早いものと、綿など乾きにくいものを交互に干しています。


長いものと短いものも交互に干して、風を通りやすくしています。


ズボンで厚めの生地のものは、裏返してポケットの内側にも風があたるようにしています。


ごつい生地なら、すそを上にして、ズボンが筒状になるように干すこともあります。


うちは、シンプルな物干しざおですから、ヒモの輪を通して、それにハンガー(乾きにくいもの)をかけると、風でクルクル回って、より速く乾きます。


これは間に合わないという時は、子ども部屋の空気清浄機(真上に空気が出るタイプ)の上に干します。


便利グッズを知らないので、強風でハンガーが1か所に寄らないように、物干しざおの所々に、あり合わせのものでストッパーをつくってます。


ひっかける所がついてる物干しざおやら、お金を出せば便利に洗濯物干しができるグッズもいろいろあると聞いて、へえーっと感心しています。
                                                                                                          便利グッズを買うお金の余裕はありませんが、色物を濃い色から同色系ごとに順番に並べて干していただけで、ご近所から、                                                                                                                         「きれいに干してはるなぁ」                                                                               と、ちょっとだけ感心してもらって、喜んでいます。(単純です)


by takaboo-54p125 | 2010-11-25 12:49 | くらし

先月、かなり大きなイベントで、模擬店のお手伝いをさせてもらいました。みなさん、てきぱきと手際よく自然に役割分担しておられました。初心者は私だけ、できそうなことは「呼び込み」ぐらいかなぁと思い、ほとんどの時間を「呼び込み」に徹することにしました。模擬店は子どもがお客さんに来てくれないと始まらない内容です。全部で3つのコーナーがあり、その1つは昔なつかしい「射的」コーナーでした。「呼び込み」なんかしなくても、繁盛していました。


そして、今月、わが子がお世話になったボランティア・サークルの模擬店(大学祭)へ、「焼き鳥」を買いに行ってきました。わが家の晩ご飯のおかずです。学生さんたち、なかなか上手にやっていて、感心しました。初日でしたので、あとは、「呼び込み」をうまいことやったら完璧やなぁと思いました。


それでは、今回やってみた「射的」の「呼び込み」のコツをお教えします。(素人レベルです)


いくつも模擬店が並んでいますから、子どもたちに、まず注目してもらい、足を止めてもらうことが基本です。そして、迷っている子に「やってみようかな」と思ってもらうことが大切です。あとは、男の子たちが来た時、女の子たちが来た時、親子連れが来た時、店にお客さんがいない時、それぞれに応じた「呼び込み」をしていけばいいわけです。


大事なのは、子どもたちのプライドをくすぐり、「チャレンジしようかな」という気持ちになってもらうこと、グループならリーダー(動物的勘で見ぬく)と目を合わせて声をかけること、そして、残念賞もちゃんと用意してあるのを伝えて、安心感のある雰囲気をつくることでしょうか。何よりも、恥ずかしいという気持ちを捨てて、笑顔で明るく「呼び込み」をする心意気が土台になります。そして、決してウソをつかないことです。模擬店も、信頼が一番だからです。


さて、具体的な「射的」における「呼び込み」の声かけの例をいくつか紹介します。


さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、100円で3発打てるでぇー」(基本です)


コアラのマーチをたおしてやぁー」(足を止めて、目玉商品に注目してもらいます)


チョコボールをたおしてやぁー」(倒しやすい的の商品に注目して、意欲を喚起します)


小学生はどんどん挑戦してるでぇー」(本当です。さらに小学生を呼び込むためです)


中学生もチャレンジしてるでぇー」(本当です。さらに中学生を呼び込むためです)


さっきは男の子がコアラのマーチをたおしたでぇー」(その子は倒れやすい場所のを見事にゲットしました)


さっきは女の子がチョコボールたおしたでぇー」(スーパーガールは2個ゲットしました)


女の子のほうが、メッチャあててるでぇー」(女の子たちが来ました。射的の命中率も男女差のある時代ではありません)


保育園や幼稚園の子もやってるでぇー」(おねだりする子に、親や祖父母が「やってみぃー」と後押ししてくださいました)


野球少年、うでだめししてやぁー」(プライドをくすぐられた少年野球の球児たちもやってくれました。腕もさすがです)


えーっ、チョコボール2個もあてたんかいなぁー、商売あがったりやぁー」(ほめます)


また来てやぁ—、待ってるでぇー」(リピーターになってもらうためです)


おっ、さっきのスーパーボーイ。よう2個もあてたなぁ。チャンピオンやぁー」(覚えているのを本人に伝え、他の子らにも聞かせます)


さっきまで混んでたけど、今、すいてきたし、チャンスやでぇー」(お客さんがいない時です。客のいない店は近寄りにくいからです)


さっきは行列できてたけど、今やったら並ばんと、できるでぇー」(内心あせってますが、笑顔、笑顔)


惜しくも全部はずれても、残念賞のお菓子を選べるで、どんなんか見といてやぁー」(残念賞にもいろいろあると、安心感がアップします)


待ってる間に、どれをねらうか、よう見ときやぁー」(後ろの方のお客さんにも、お目当ての商品をさがしてもらいます)


テントの中のおっちゃんに100円渡して、玉を3発もらったら、前の人の撃ち方を見ててや」(やり方がわかる=やる気が出ます)


玉をもらって5列に並んで、場所があいたら、ようねろうて、うってやぁ—」(順番抜かしを防ぎ、公平感を保つためです)


みんな、上手やなぁ。チョコボール、なくならんうちに、やらな損やでぇー」(とにかく大事なのは、ほめることです。ほめられると、私でもその気になります。ほめられて、うれしくない子はいません。大人も、です)


おしかったなぁー。もうちょいやったなぁー。残念賞をちゃんと選んで、もらってなぁー」(はずれた子にも、惜しかったことを伝え、なぐさめることまでして、初めて「呼び込み」の仕事をやりとげたことになります。残念賞もいろいろ選べるようになっています)


だいたい以上です。あとは応用です。臨機応変です。要は、自分が楽しむことです。そして、お客さんに感謝の気持ちを持つことです。このことは、「たねや」八日市店スタッフの皆さんの上質な接客態度から学んだつもりですが、いざ自分がやってみると、「フーテンの寅さん」には程遠い、笑顔だけが売りの、乗りのよいオッちゃんになってしまいました。


知り合いが「本職みたいやでぇ」と声をかけてきました。彼の出張が多いのは知っていたので、本当は「行った先々で入り浸っているんとちゃうか」と突っ込みたいのをガマンして、「おおきに、大人も子どもも遊び心は大事です。ええとこ見せたってください」と言って、しっかり「射的」をしてもらいました。


コアラのマーチって値が張るし、残念賞のお菓子の種類もいろいろ用意されていて、仕入れを奮発したそうです。それで支出が多くて、収益は少なかったようですが、障害者の就労と余暇を考えるさまざまな活動に活用していかれることと思います。ボランティアと言うよりも、ただのにぎやかしで、あまりお役には立てませんでしたが、ありがとうございました。


ずうっと昔、たこ焼き屋と総菜屋でアルバイトをした経験と、東京銀座の数寄屋橋交差点ソニービル前で東宝映画「ドラえもん・のび太の海底鬼岩城」のチラシ配りのアルバイト(朝10時~夜10時:3週間)をした経験が、30年近くたってから生かせるということもあるんやぁと、しみじみ自己満足しています。と、1人で勝手に思い込んでいるだけです。


by takaboo-54p125 | 2010-11-21 21:58 | 日記・その他

給食「好きな者同士」に違和感を感じませんか?


ズバリ、担任の指導が入りにくくなってくると、子どもたちは「好きな者同士」で机を寄せ合う形の食べ方を要求してきます。                                                                              そして、一部の子どもたちの声に押しきられて、月に1回だったのが週に1回と増やすことを担任がしぶしぶOKしてしまったら、必ずと言ってよいほど、教室の空気は好ましくない雰囲気が助長されていきます。                                                           上学年になるほど、起こりやすい現象とも言えます。                                                                      もし、隣のクラスが週1回をやっていたら、担任はOKせざるを得なくなります。


こうなってからでは、管理職や教務が学年主任に指示を出すのも、時すでに遅し、という状況です。                                                                                                                        そうなる前に、学校に1クラスでも指導が入りにくいクラスがあるなら、少なくても学年部単位以上で、できれば職員会議で、給食の「好きな者同士」という形をとらない方向の論議が必要だと思います。                                                                               自分のクラスさえよかったらよいという発想は、大人の教師なら捨てましょう。                                                                             逆に言えば、大人になりきれていない教師は、その発想を捨てられないでしょう。                                                                                                           ですから、「好きな者同士」をしてもよいのは、一人ぼっちになる子が本校には1人もいないと確信できる時だけだということを、抵抗する先生には問いかけてみてはどうですか。


指導が入りにくくなればなるほど、きっと担任の先生は「好きな者同士」という形をとりたくないはずです。                                                                                                                それを1人で悩んでおられるかも知れないと思ってあげてください。                                                                              クラスが安定しないと、この形は、ポツンと1人になる子が必ず出ます。                                                             かなしい子をつくってしまいます。                                                         それを防ぐのは、担任1人の指導では無理です。                                                                                「全クラス、好きな者同士はしないんだよ」という教師集団の結束が、困っている担任の先生を応援することになると、私は思います。


給食を毎日しあわせな気分で食べる権利は、一部の子だけではなく、クラス全員の子に保障するのが大原則です。                                                                                                                                                                              「どの先生も同じ思いで、同じことを言わはる」ということができるか、できないかなんて、たかが給食でそんなおおげさな、と軽く見ないほうがいいでしょう。                                                                                                                                                  給食は生活班が机を寄せ合って、そこに担任の先生もローテーションで一緒に食べるという形をくずさないことが、すごく大切なクラスもあるからです。                                                                                       そういうクラスが多いはずです。


実際、子どもが「好きな者同士」を要求し始めたら、不満の初期かなと受けとめて、係活動の発想を「すっごく楽しい係活動」に切り替えた取り組みをしたと、複数の小学校の先生からも聞きました。                                                                                                                                                         こういうのを柔軟な学級づくりと言うのでしょうね。


よけいな差し出口ですが、すごく困っているクラスには、給食(準備も含めて)を食べる教師を複数体制にしておられる小学校がほとんどだと聞きましたけど、先生方の小学校ではどうなさっていますか。

関連ページ
子どもと向き合う学級づくり⑩【1月の教室】+【給食:好きな者同士をやめよう】【国語:詩「冬の夜道」指導案】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898149/


by takaboo-54p125 | 2010-11-10 10:04 | 保育・教育

私は佐藤学先生が東京大学教授だから尊敬しているのではなく、佐藤氏の次の5つの言葉に感銘を受けたからです。                                                                                               ですから、佐藤さんの推進する学校づくり・授業改革に賛同・支持します。



『私の教育学が彼ら(教師)の悩みや教室の事実に対して無力であることを痛感させられた』



『私は「すぐれた授業」「すごい授業」ばかりを追い求めていた自分の浅薄さを反省した』



『研究者としての私が追うべき責任は、‥日々、混乱と困惑の中で苦闘している圧倒的多数の教師たちの実践への協力である』



『私自身、恥ずかしいことだが、このことに気づくのに10年近くを費やしてしまった。                                               その間に接した教師は数万人にのぼる。「花」を追い求め、傲慢であった私の関わりに、深くお詫びしたい』



『私は根本において間違っていた。「すごい教師」を探し求めるのではなく、日頃接している1人ひとりの教師の「花」を探り当て、その「種」に学ぶべきだったのである』



それで、改めて佐藤先生がこの夏に講義をされた概略の文章に共感したので、今までに紹介した文章と重複する箇所もありますが、ウェブページ「佐藤学先生の失敗からの再出発」に追加する形で紹介します。                                                                                               関心のある方は、そちらをご覧ください。                                                        佐藤先生の言葉を借りれば、                                                      「日々、混乱と困惑の中で苦闘している圧倒的多数の先生方」                                             へエールを送りたいからです。



滋賀県の小学校でも、中学校でも、高校でも「学びの共同体」を取り入れようとチャレンジする学校が出てきています。                                                          現状をなんとかしたいという先生方の願いからです。



なぜなら、コミュニケーションの苦手な子の増加、子ども同士のガラスの人間関係、小1プロブレム、中1ギャップ、いじめ、不登校、発達障害、親子関係の問題、虐待、携帯依存、ゲーム依存、ネット依存など、子どもたちの課題はどんどん増えてきました。



それらを背負った子どもたちを引き受けることから学校教育は始まるからです。                                     ですから、よりしなやかに受けとめられる新たな学校づくりを、今せざるを得ない状況になっていることは、学校現場でふんばっておられる先生方こそ感じておられるのではないでしょうか。



学校が脱皮しなければならない時期は、しんどい状況の今だと痛感している先生が多いと感じます。                                                                           同時に、日々の教育・対応にめいっぱいで余裕など全くないのが実情でしょう。                                       しかし、このままでは先が見えません。                                                            つぶれる子や、つぶれる先生をこれ以上1人も出さないためにも、今こそ、思い切った学校ぐるみの改革(先生方の負担軽減も含めた改革)にチャレンジしてみましょう。                            それが「学びの共同体」なのだと思います。


by takaboo-54p125 | 2010-11-08 05:55 | 日記・その他