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10月29日は「世界脳卒中デー」だと新聞に書いてありました。                                                     
脳卒中のひとつである脳梗塞を患った(後遺症は現在進行形の)者として、みなさんにアドバイスさせてください。


私は、2年前の10月、朝、起きて、いつもどおりに、台所の換気扇の下でタバコを吸っていたら、急に右半身がしびれ始めました。手も足も耳も脇腹も右は全部です。痛くはないので、あれっ、おかしいなと思って、昼まで布団に入って寝ていました。それでも、治らないし、物がずべて二重に見えるし、うまく歩けないのです。そこで、やっと「やばいぞ」と思い、119番しました。脳梗塞の発症から6時間経過していました。


病院でドクターから、「3時間以内に治療を始めていたら、治る可能性もあった」と聞きました。ですから、私は右半身の感覚マヒとずっとつきあっていかなければならない体になりました。どの程度かと言うと、右半身が正座をして足がしびれた状態と言えばいいでしょうか。


リハビリもがんばったので、右足は引きずりますが歩けます。ただし、走れません。しびれていることには耐えられるようになりました。幸いにも、物が二重に見える症状が2ヶ月後に治ったので、クルマの運転もできるようになりました。字も下手ですが書けます。でも、再発予防で、遠出は減らし、用事は午前中にすませ、午後は無理をせず、夜は外出せずに9~10時には就寝します。もちろんタバコもやめました。


もう一度、整理をすると、私の場合は、何の前触れもなく、次のような症状が出ました。


体の右半身がしびれる。(片手がダラーンとなる人もいるようです)                                         
当然、足ももつれて、歩きにくい。
舌がなめらかに動かないというか、ろれつが回らない。
物が二重に見える。(片目が見えないという人もいるようです)                                             
字を書こうとしても、めちゃくちゃな字しか書けない。


ここで、私が失敗したのは、痛みがないので、すぐ119番しなかったことです。脳梗塞は、3時間以内に治療(私の場合は点滴)を始めるかどうかが、分かれ目だと痛感しています。
みなさんも、ご家族で、上記のような症状が出たら、痛みがなくても、迷わず119番して救急車を呼びましょう。「脳梗塞が治るかどうかは、時間との勝負」とドクターに言われた私の痛恨の反省です。


【2014年1月】ダメで元々・・「その場で駆け足」の真似事を続けていたところ、自分でも信じられないのですが、ほんのちょっぴりですけど、軽く駆け足をすることができるようになりました。箱根駅伝をテレビで観ながら、「その場で駆け足」をする程度です。それで、自宅の周囲でも、ちょこっと走ってみました。おっ、走れるではありませんか。相変わらず、しびれは、ずっとあります。低気圧が近づくと、しびれが増します。でも、そのしびれが苦痛ではなくなりました。リハビリをあきらめないで、気長に続けてきてよかったと実感しております。


by takaboo-54p125 | 2010-10-30 17:26 | 健康

6月です


おうちの方へ(1)


おうちで、わが子が愉快な授業の話をしたら、
「楽しそうやん」
と、いっしょによろこんであげてください。授業の話を、帰宅後に自分からするなんてことは、すごく魅力的な授業だったということです。学年が大きくなるにつれて、そんな話はだんだんしなくなる傾向にあります。


それは、半分はおうちの方が、子どもの持って帰って来るテストの点数にしか関心を示さないからでもあるのです。結果が何点だったかより、先にマルの所をほめてやってください。おうちの方にテストを見せることを、子どもがゆううつなことだと思うか、子どもがうれしいことだと思うか、どちらを思うかは、おうちの方の反応で決まるのです。点数で決まるのではありません。子どもが点数にこだわっていたら、それを子どもにすりこんだのも、おうちの方なのですから。


少なくとも、おうちの方へテストを堂々と見せることに喜びを感じる子どもは、点数に関係なく生き生きとした学校生活を送っています。


おうちの方へ(2)


学校や園から、本人がイライラ・カリカリして・・・・といった連絡があったら、
本人の話もすぐ聞きたいでしょうが、
まず 「お帰り」
って、抱きしめてあげるのを忘れたくないですね。これは、絆を深めるチャンスです。ですから、すぐ問いつめないことが大事です。自分から言ってくれるのを待ちましょう。黙っていたら、「先生から連絡があったで。何に困ったの?」と、しゃべりやすい空気をつくってあげましょう。


大事なのは、よいことも、よくないことも、おうちの方は、自分の気持ちをちゃんと聞いてくれはる、と子どもが安心してしゃべれる雰囲気をつくっておくことです。                                                         


おうちの方へ(3)


おうちでも、子どもは無意識に(時には意識的に)
サイン(学校や園がおもしろくないという態度)を出します。
表情や、言葉、行動が、いつもとちがうはずですよ。


今回の学年教師集団の取り組み(はんごう炊さん)は、その子たちの瞳(意欲=いのち)を輝かせることが、学年全体の子どもたちが安心して学校生活を送れるために、必要不可欠だと判断したからです。その子たちが荒れてしまって、学年全体ががたついてしまってからでは、遅いのです。


今回の保護者のみなさんは、わが子さえよかったら、ではなくて、学級・学年の子どもたちの雰囲気がよくなるために、力を貸してくださりました。助かりました。ありがとうございました。


おうちの方へ(4)


いらついている時には、言いたい時(聞いてほしい時)と、言いたくない時(聞いてほしくない時)があります。見守ってあげつつ、言いたそうにしたら(聞いてほしそうにしたら)、その子の気持ちに共感してあげながら聞いてあげてください。きっと、自分なりのわけがあるはずです。おうちの方に聞いてもらえたら、心底ホッとできるのではないでしょうか。自分の気持ちを、おうちの方に 「わかってもらえたぁ」 と実感できた子は、おうちの方の話にも耳をかたむけてくれると思います。それが、素直な態度じゃなかったとしても、きっと心には届いているはずです。わが子を信じてあげましょう。わが子を大好きでいてあげましょう。


親に好きになってもらえるからこそ、子どもは自分を好きになることができるのです。


親に信じてもらえるからこそ、子どもは自分を信じることができるのです。


そして、人を好きになることができ、人を信じることができるようになるのです。


また、気分転換させてやりたいなと思われたら、何か本人が、その気になれる新しいちょっとした目標(だいそれたことでなくていい)が見つかるといいですね。                                                             
おうちの方がいっしょにさがしてあげてもいいのでは・・・そして、いっしょにしてあげてもいいのでは・・・


おうちの方へ(5)


大人が思いもよらないことで、子どもは不安に思ったり、心配したり、気にしたりしていることもあるんや、と思ってあげてください。大人には、ちょっとしたことでも、このウンチの例のように、子どもには重大なこともあるということです。


おうちの方が 「大丈夫だよ」 と言ってくださるだけで安心しちゃうこともあれば、そうでないことだってあるのです。子どもの気持ちに共感して、どうしたらいいか、いっしょに考えてあげてくださるのがよいでしょう。 そして、できたら、始めの1歩を、いっしょにふみ出してあげてください。


そういう意味でも、年令が1つ(1才)、2つ(2才)、3つ(3才)、4つ(4才)、5つ(5才)、6つ(6才)、7つ(7才)、8つ(8才)、9つ(9才)という「つ」のつく年令の間に、 いっぱい直接体験(例えばごっこ遊び、ままごと遊び、砂場遊び、どろんこ遊び、虫つかみ、ザリガニつかみ、木登り、水遊び、秘密基地遊び、家事のお手伝いなどなど)をさせてあげたいなぁと思います。


7月です


おうちの方へ(1)


通信簿は、おうちの方が「こうあってほしい」という強い願いを持ちすぎないようにしましょう。 それでなくても、子どもにとってはドキドキの瞬間なのです。おうちの方の落胆や叱責は次へ向かおうとする意欲を子どもから奪ってしまいます。まじめな子ほど、親の期待を裏切ったという自信喪失感から、親の顔色をうかがいながら・・という、おどおどした生活になってしまいます。 自暴自棄になった子は 「どうせ自分はダメだ」 という自己否定からぬけ出せなくなります。親が言ってはいけないのは、 「自分の通信簿はもっとよかった」 という言葉だと覚えておきましょう。


通信簿は、わが子のよかったところを、ぜひぜひ見つけるチャンスだと思ってください。見つけられない時は、遠慮せず担任に 「うちの子の、よかったところは、どんなところですか?」 と聞けば、教えてくれるはずです。 そして、よかったところを子どもに伝えて、本気でほめてあげてください。本気でほめてもらえた子どもは 「よーし、がんばるぞ」 という明るく前向きな気持ちがわいてきます。 通信簿はしかられたり、けなされたりする場ではなく、ほめられてうれしいと思える場にしてあげましょう。 ただし、ごほうびに何かを買ってあげるというのは、なし!です。


おうちの方へ(2)


おうちの方が気づかない間に、学用品が破れていたり、なくしていたり、いらない物がカバンに入っていることもあるんですよ。 私(うちの子)も経験ありです。子どもを責めるのではなくて、「どうしてこんなふうになったのか教えてくれる?」 と聞いてあげましょう。 事情を言ってくれて、自分のうっかりなのか、自分でわざとしたのか、友だちにされたのかを言ってくれたら、まず、その子の気持ちに共感してあげるのが、ステキなフォローです。 事情にもよりますが、たとえば 「そうだったの・・くやしかったんやね」 と受けとめます。


そして 「よく言ってくれたね。正直に言ってくれて、うれしいよ」 と、その子が言ってよかったという気持ちにさせてあげてほしいと思います。その積み重ねによって、おうちの人に何でも相談してくれる子に育っていくのです。


おうちの方へ(3)


テストの点数に、いつも親がこだわりすぎると、わが子に、このようなプレッシャーを与えてしまうこともあるのです。


テストをおうちの人にかくす子にするか、よろこんで見せる子にするかは、親の態度にかかっていることを忘れないでください。


「テストで90点とったでー」 と帰宅して、うれしそうに言うわが子に対して、次のAとBのどちらの返事をなさいますか?


A「それで、100点は何人いるの?」


B「すごいやん。どれどれ、見せて見せて」


意欲的な子どもに育てたい場合の正解は、自分が子どもだったら、どっちを言ってもらう方がモチベーションが上がるかを思い浮かべてくださったら、わかると思います。 Aです、というのは大きなまちがいで、Bです。(よい所を素早くさがしながら)  「うちのお母さんはA」と言う子、意外といましたよ。


おうちの方へ(4)


おうちの方が仕事で、なかなか子どもといっしょに過ごす時間がとれない場合は、親子の心と心の交信(やりとり)の方法を、あれこれ工夫して、試してみてはいかがでしょう。


というのは、さきほどの担任が 「困った子や」(本当は本人自身が困っている子なのですが)と思っていた子は、おうちの方が仕事で忙しくて、なかなか授業参観にも来てもらえない子だったのです。参観の日は、朝から落ち着かず、さびしい気持ちをまぎらわすために、目立つ行動をしているのが、よくわかりました。 それで、おうちの方に、そのことをお伝えして、何とか仕事もやりくりしながら、2,3回に1度は授業参観にも来てくださるようになりました。おうちの方が来てくださった授業参観、その子はもちろん、とびっきりの笑顔でした。


おうちの方へ(5)


おうちの方も、あまり難しく考えず直感で、「自分なら、今、こう言ってほしいな」と感じたことを
わが子に、言ってあげるといいのではないでしょうか。


耳の不自由な(当然しゃべるのも不自由な)筆談ホステスとして、東京の銀座のクラブ・ナンバー1になられた斉藤里恵さんは「そのひと言」の達人です。ご本人の著書から、みなさんへのメッセージになりそうな「ひと言」を紹介します。


「『辛い』のは『幸せ』になる途中ですよ」
(辛+—=幸だと、斉藤さんのひらめきです)


「相手の心を想う。『思う』のではなく、
相手の心を『想って』あげてください」


「こちらも心が大切ですよ。
聞くのではなく、心をこめて聴いてください」


「過去と他人は変えられませんよ。
でも未来と自分は変えられます」


「『人』に『言う』で『信じる』。
信じているなら、はっきり言葉に出して伝えてあげて」


「失うことで人は大きくなる」
(失=人+大だと斉藤さんは、漢字を分解しました)


夏休み:子どもの意欲を引き出すのは、お母さんの笑顔!


今日から学校も幼稚園も夏休み、子どもらも家にいます。昼ご飯の用意1つだけでも、お母さん方の仕事は増えて、大忙しの6週間になります。そういう時こそ、笑って、気合いを入れましょう。お母さんの笑顔は、子どもにとって何にも代え難い安心基地になります。 次の話を読むと、1人は大マジメ、もう1人は戸惑っているという2人の様子を、思い浮かべてしまい、私は思わず笑ってしまいました。時間の余裕がある時に、1度読んでみてください。


『あるベテランの芸人さんが1人で新幹線に乗っていました。すると、40~50才ぐらいの紳士から声をかけられました。 「○○師匠、亡くなった妻が、師匠の大ファンだったんです」 師匠もとりあえず返答しました。 「それは、どうも」 紳士が言いました。 「実は今から妻の法事に出かけるところなんです」 紳士は続けて言いました。 「お写真を撮らせてもらってもいいでしょうか」 そう聞かれ、師匠は、妻を亡くした紳士への同情と、妻が大ファンだったというフレーズの心地よさで、あっさりと、「いいですよ」  と答えてしまいました。「ありがとうございます。亡き妻も喜びます」 紳士はカメラを用意すると、カバンの中から大事そうに包みを取り出しました。 「では、こいつ(妻)といっしょに」 と、包みから出してきたのが奥さんの位牌でした。 さすがの師匠も一瞬びっくりしましたが、今さら断れません。 師匠が位牌を受け取り、カメラに向かうと、紳士が言いました。 「ハイ、笑って~」 師匠としても、ここまで来たら、後には引けません。紳士に言われるままに、見ず知らずの女性の位牌を両手で抱きました。 そして、カメラに向かってニッコリと笑いました。 カシャッ。 師匠は、「オレは何をしているんやろう」 と心の中でつぶやいたそうです。』


以上です。いくらファンを大切にする芸人さんでも、見知らぬ人の位牌を持たされて記念撮影というのは、ちょっとねぇ‥。 まあ、そんな師匠の複雑な気持ちも知らず、その紳士は  「おまえ、よかったね」 と位牌に語りかけておられたことでしょう。 それを見ている師匠の表情を思い浮かべてしまいました。


8月です


おうちの方へ(1)


とりわけ、悔しい思いをした子、暴れた子、泣きじゃくった子などには特に。(10月22日ブログの詩)


私のよけいなコメントなんかより、この「だきしめるという会話」という詩を、もう一度わが子の顔を思い浮かべながら読んでみてください。この詩がのっていた新聞を切り抜いて、台所の目につく所に、はっているという方もおられます。


おうちの方へ(2)


この「あなたが大切だ」(10月23日ブログの詩)を (おまえのステキな所は○○だからと言い添えながら)落ち込んでいるわが子に、家で言ってやれるのは、親だけです。それだけで、子どもの心の中でしぼんでいた「元気玉」のパワーが、ジワジワとふくらんでいくのです。


「自分は大事に思われているんだ」と実感させてあげてください。親が言葉で伝えないと、子どもには親の「まごころ」はわからないのが、ふつうなのです。


おうちの方へ(3)


家事でチョー忙しい時、自分がいらついている時、子どもに八つ当たりする前に、読みたい詩ですね。(10月24日ブログの詩)もう一回読んでみて、ひとつひとつの言葉をかみしめてみましょう。


おうちの方へ(4)


10月25日ブログの詩は、自分がどれに当てはまるか、と思いながら読んでみると、ハッとさせられる詩ですね。私も1人の親として、ハッとするところがありました。この詩のタイトルは「アメリカインディアンの教え」です。「ネイティブアメリカンの教え」と言ってはいけない理由があります。 12月上旬には、ブログ記事にのせられるようにしておきます。 しばらくお待ちください。


おうちの方へ(5)


子どもの夏休みもあと2日、おうちの方は、まずは、うろたえず、どっしりと、ニコニコしていてあげてください。 これこそが、子どもの安心の元になりますから。


と言っても、まだ8月30日、 たまっている宿題を自力でかたづけられる子には、ほめてあげるだけでOKです[原稿提出がぎりぎり間に合った、いささか先生[サザエさんの近所に住む作家]みたいに)。


でも、自力ではちょっと、という子には、しかりながら宿題をさせるのはもったいない、「いっしょにやろうね」 と言いながら、ひとつできたら、 「できるやん、すごいすごい」 とほめます。 ひとかたまりが終わったら、 「よくがんばったね」とほめます。 全部終わったら 「やったぁ、うれしい」 と共に喜んであげます。 この流れは、子どもが 「自分はダメな子」 と思わずに、 「2学期もやるぞ」 という意欲につながります。


でも、現実には、たくさんたまった宿題を前にため息をついている子もいるでしょう。だらだらする子もいるでしょう。それでも、どうか、しからないで、つきあってあげてください。 多すぎたら省エネ作戦でやるしかないですけど。 できて当たり前のことでいいから、ちょこっと「ほめほめ」ミニ作戦のつもりで、お願いします。  態度がふてくされている子ほど、実は本人も内心あせっていて、親の助け舟を本当は待っているんですよ。(素直には言えないだけです)


それと、上ぐつのサイズは合っているでしょうか。足が大きくなって 「きつい」 という子もいるかも、です。(夏休み終盤は店でも品薄になります) なんだかんだ書きましたが、一番大事なのは、9月1日(2学期が8月末のところは、その当日)の朝の 「おはよう」「行ってらっしゃい」 (先に親が出るならメモ)で、心と心を伝え合うことではないでしょうか。 親のそんな「ひと言」こそ、子どもが元気の出る源泉(わき水の里)なのですから。


子どもの上靴の洗い方・干し方のポイント(下靴も同じ要領で)


朝日新聞2012年6月2日(土)29面に、【上履きをキレイに「つけ置き洗いでシミ防止」】という記事が載っていたので、抜粋して紹介させてください。


『‥洗い方を間違えると、かえってシミができたり変形したりするそうだ。半世紀にわたり上履きを作っているムーンスター(本社・福岡県)のみなさんに、基本の洗い方を聞いた。
上履きを履いている時間は長い。足の健康のためにも汚れを定着させないためにも、毎週洗おう。同社の基本的な上履きの場合、完全に乾くには最長24時間かかるという。土曜のうちに洗うのがよさそうだ。
主な汚れは汗や皮脂なので、洗濯用の中性洗剤でよい。ただ、                                                      
「洗剤は上履きに直接つけないでください」
とマーケティング課のMさん。洗剤が繊維の間に入り込んですすぎ切れず、黄ばみやシミの原因になるからだ。
おすすめはつけ置きだ。バケツなどに40度以下のぬるま湯か水を入れ、洗剤を表示にある標準の使用量だけ溶かす。上履きを入れ、1時間ほど置いておく。ただし、汚れがしみ込んでいるからといって長時間つけたり、洗剤をたくさん入れたりしないようにする。
次はブラシでゴシゴシ洗う。届きにくい、つま先の内側は古い歯ブラシを使おう。1番汚れる中敷きは特に念入りに。すすぎは、水に入れて洗剤の泡が出てこなくなるまでしっかり。


干し方にもポイントがある。気をつけるのは「水気」と「高温」。生乾きは臭いにつながる。振ったり、丸めた布を靴の中に入れたりして、しっかりと水を切ろう。洗濯機の脱水機能を使うのもよい。
干すときは陰干しで。ゴムの靴底は熱にあてると軟らかくなり、変形することがある。中の水が外に出やすいよう、かかとを下に。
「早く乾かそうと直射日光に当てたりドライヤーを使ったりすると、見た目にはわからなくても底が反ってしまいます」
子どもは変形を気にせず、履き続けるので、気をつけて。‥                                                                                                                   
園児から小学校低学年の児童の足は、平均して年に1cm大きくなるという。商品開発課のSさんは
「各学期の前に、子どもに上履きを履かせて、つま先部分をさわり、きつくなっていないか確認してください」
と勧める。』


以上です。私は、上履きでも、スニーカーでも、洗った後は、直射日光に当てて乾かしていたので、これからは、かかとを下にして、陰干しをしようと思いました。それから、つけ置き1時間、つま先の内側は古い歯ブラシでゴシゴシ、すすぎは、水に入れて洗剤の泡が出てこなくなるまでしっかり、などなど参考になりました。


関連ページ


学級通信:わが子が学校・園へ元気に通えるため③【イチ押し親のひと言9・10月】【子どもをしかるコツ】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898127/



by takaboo-54p125 | 2010-10-25 05:32 | 育児・子育て

保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 8月号 ステップ1

 
この詩を自分にあてはめてみましょう ②



抱きしめるという会話】


子どもの頃に
抱きしめられた記憶は、
ひとのこころの、奥のほうの、
大切な場所にずっと残っていく。


そうして、その記憶は、
優しさや思いやりの大切さを教えてくれたり、
ひとりぼっちじゃないんだって思わせてくれたり、
そこから先は行っちゃいけないよって止めてくれたり、
死んじゃいたいくらい切ないときに支えてくれたりする。


子どもをもっと抱きしめてあげてください。
ちっちゃなこころは、いつも手をのばしています。


「明日のために 今始めよう」(AC公共広告機構)より


とりわけ、悔しい思いをした子、暴れた子、泣きじゃくった子などは特に。



保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 8月号 ステップ2

 
この詩を自分にあてはめてみましょう ③


【あなたが大切だ】


 いのちは 大切だ


 いのちを 大切に


 そんなこと


 何千回何万回 言われるより


 『あなたが 大切だ』


 誰かが そう言ってくれたら


 それだけで 生きていける


「明日のために 今始めよう」 (AC公共広告機構)より


この「あなたが大切だ」を(あなたのステキな所は○○だからと言い添えながら)                                                            
落ち込んでいる子どもに教室で言ってやれるのは、担任だけなのです。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 8月号 ステップ3

 
この詩を自分にあてはめてみましょう ④


【子どもの話を聞く大切さ】
                      ウエイトリー
子どもの話に耳をかたむけよう。


今日、すこし
あなたの子どもが言おうとしていることに耳をかたむけよう。


今日、聞いてあげよう、あなたがどんなに忙しくても。
さもないと、いつか子どもはあなたの話を聞こうとしなくなる。


子どもの悩みや要求を聞いてあげよう。
どんなにささいな勝利の話も、どんなにささやかな行いもほめてあげよう。                                          
おしゃべりをがまんして聞き、いっしょに大笑いしてあげよう。
子どもに何があったのか、何を求めているかを見つけてあげよう。
そして言ってあげよう「愛している」と。毎晩毎晩。
しかったあとは必ず抱きしめてやり、
「大丈夫だ」と言ってやろう。


子どもの悪い点ばかりをあげつらっていると、
そうなってほしくない人間になってしまう。
だが、同じ家族の一員なのが誇らしいと言ってやれば、
子どもは自分を成功者だと思って育つ。


今日、すこし
あなたの子どもが言おうとしていることに耳をかたむけよう。


今日、聞いてあげよう、あなたがどんなに忙しくても。
そうすれば、子どもはあなたの話を聞きにもどって来るだろう。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 8月号 ステップ4

 
この詩を自分にあてはめてみましょう ⑤


【アメリカインディアンの教え】


子どもたちはこうして生き方を学びます。


批判ばかり受けて育った子は 非難ばかりします。


敵意にみちた中で育った子は だれとでも戦います。


ひやかしを受けて育った子は はにかみ屋になります。


ねたみを受けて育った子は いつも悪いことをしているような気持ちになります。


心が寛大な人の中で育った子は がまん強くなります。


はげましを受けて育った子は 自信を持ちます。


ほめられる中で育った子は いつも感謝することを知ります。


公明正大な中で育った子は 正義心を持ちます。


思いやりのある中で育った子は 信じる心を持ちます。


人に認めてもらえる中で育った子は 自分を大事にします。


仲間の愛の中で育った子は 世界に愛を見つけます。


(家庭だけでなく、クラスでも大切にしたいことがずらりと並んでいますね)


この詩のタイトルは「アメリカインディアンの教え」です。「ネイティブアメリカンの教え」と言いかえてほしくない理由があります。ウェブページにのせてあるので、よかったら、ご覧ください。


ACジャパンのテレビCMでも、同様に、印象的なメッセージがありました。金子みすゞの詩だと、初めて知りました。どんな気持ちを伝え合うかによって、空気もぎくしゃくしたり、やわらいだりすることを教えてくれる詩ですね。金子みすゞは、相手に温かい気持ちを伝えて、2人の間の空気をなごませるのは、誰でもできるよって、言っているのでしょうか。


【こだまでしょうか】


「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。


「ばか」っていうと
「ばか」っていう。


「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。


そうして、あとで
さみしくなって、


「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。


こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。


 「金子みすゞ童謡全集」より


やさしく話しかければ、
やさしく相手もこたえてくれる。


           (ACジャパン)


ところで、昨年から時々、テレビで見かけるCMにも、印象的な短いコマーシャル・ソングがあります。あの歌声は、私たちの世代には聞き覚えのある、なつかしい声です。もしかして、歌っているのは、ムッシュかまやつ(かまやつひろし)さんでしょうか。短いシンプルな歌なのですが、なぜか心ひかれる歌で、私は気に入ってます。


【ささえあったら、人になる】


ながいぼうに、みじかいぼう。
ささえあったら、人になる。
ささえることで、人をしり、
ささえられて、人となる。


ながいぼうに、みじかいぼう。
ささえあったら、人になる。
ささえるから、人なんだ。
ささえられるから、人なんだ。


           (ACジャパン)


教室で担任や仲間へ「教えて」と言える子どもに育てることの大切さを、このCMソングを聞いて、改めてかみしめました。自立するということは、社会に出てから、困った時は人に依存しながらも、うまく人間関係をつくり、頼ったり頼られたりして生きていくということなのかなあと、つくづく思います。そのためにも、「助けて」と言いやすい空気・雰囲気をつくらなっくちゃ・・。



保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 8月号 ステップ5


【2学期初日、担任がクラスで子どもたちに聞くのは、どっちの「ひと言」かな?失敗しないでください】


9月1日(8月下旬の学校もありますが)、2学期スタートの日、幼稚園でも、小学校でも、子どもたちに問いかける「ひと言」が、担任の先生によって、大きく2つに分かれます。これは、子ども1人ひとりにとっても、クラスづくりにとっても、先生自身にとっても、2学期の大きな分かれ道になる「ひと言」だと言えます。                                      


まず、何も考えなしというか、自分の言葉が子どもの心を傷つけても気づかない鈍感な先生、子ども1人ひとりの気持ちに、心を全く留めない無神経な先生は、「夏休みの楽しかった思い出を発表してもらいましょう」と、お気楽なことを言います。(怒)


夏休みにおうちの人にどこかへ連れて行ってもらった子は大きな声で発表できます。でも、クラス全員がそうであるとは限らないことを、この先生は、何も考えていません。どこにも連れて行ってもらうことのなかった子にとって、この時間は苦痛であり、発表したくない時間であり、早く終わってほしい時間になります。そんな問いかけをするなら、『何も聞かない方がまし』、ということです。


いろんな家庭の事情があります。おうちの人が忙しかったり、病気だったり、不景気の影響だったり、様々な理由で、どこにも連れて行ってもらえなかった子だって、いるかも知れないと、予測して問いかける言葉を決められるかどうかで、担任の器(度量)が決まります。例えば、赤ちゃん(弟か妹)が生まれた子は、どこにも連れて行ってもらえない場合の方が多いかな、お手伝いをがんばったんやろな、と予測できるかどうか、ということです。


実際に、地蔵盆の準備の時、小学生のお父さん・お母さんたちが、「せめて1回はどこかへ連れて行かな・・、海の安い民宿へ行ったで」「うちは割引付きのプールのある温泉に行ったわ」と言ってはりました。これらは、連れて行けたから言える親の言葉でもあるのです。うちは小学生はいないし、日帰り(しかも半日)のびわ湖でしたから、黙っていました。「うちの子も泊まりがけで行きたかったかなあ?」と思いつつ・・。


クラスの子ども全員がよい夏休みを過ごせたかなと、本気で心を寄せる先生は、
夏休みに、すごくがんばったことを、言ってほしいな」                                                
夏休みに、いっしょうけんめいやったことを、聞かせてほしいな」などと、問いかけます。


どの子も、自分なりにがんばれたことは何かなぁと思い出しながら、友だちの発表を聞きながら、考えることができます。それは、つらいことではありません。苦痛な時間でもありません。先生にほめられる時間、みんなから拍手をもらえる時間、2学期もがんばるぞ、という動機づけの時間になります。このクラスの一員でよかったなということを、どの子も再確認できる時間にもなります。つまり、2学期の学級づくりのスタートを、この時点で、もうすでに始めていることになるわけです。


さあ、担任の先生方、かなしい子をつくらないために、前者には絶対ならないでください。楽しい思い出は、自分の心の中にしまっておけばいいのです。このことに気づいた先生が学校・園に1人でもおられたら、全担任にこの話をしてあげてほしいと思います。結果として、夏休み:自慢大会にしてはいけません。もし、夏休みのことを聞くのなら、ぜひとも、後者の問いかけをクラスの子どもたちにしてあげてください、と。1人ひとりの瞳が輝く2学期にするには、スタートが肝心だと心得ましょう。それは、1人ひとりの子どもを、具体的に大事にできて、イジメが起こりにくい雰囲気の「クラスづくり」「学校・園づくり」のためでもあるのです。


【古今東西の名言を集めてみました】


ウェブページ「子どもと向き合う2月の教室」でも紹介しましたが、近年、82才で亡くなられた数学者の森毅(つよし)さんの著書を何冊も読んでいると、ドキッとさせられる森さんの「ひと言」が、キラッと輝く流れ星のように見つかります。私たちは、スーッと消えていく流れ星のように、サラッと聞き流してはいけないのではないか、と思いました。そんな森さんのひと言ひと言をかみしめて、日々の保育・教育に生かしていきたいものです。それでは、いくつか紹介します。


【数学者:森毅(つよし)さんの名言(18文)】


☆ 「学びは人間関係の中に成立します


☆「ムリやムダを省いて答えを出そうという、効率主義の教育ではだめです


☆「分からんことを楽しむのも、立派な能力です


☆「正しさは伝わりません。楽しさはうつります


☆「学力低下が社会問題になってますが、本当に大事なのは、学力がなくとも 何とかする力をいかに育てるかです


☆「 今の教育で何より必要なのは、どんな不確定な変動にも、ツブシの利く人間を育てることでしょう


☆「違うことはいいことだ。アハハって面白がってればいいのよ


☆「失敗しても、またやり直したらええやんか


☆「最近の人は、予定表に空白があると落ち着かへん「空白脅迫症」みたいなのが多いね。山登りでも、すぐ目的地へ行きたがる。僕は、山の上へ無駄なく行くより、谷の方でデレッとしてるのが好きなんや。そうするとね、シャキシャキしてたのでは見えないものも見える時があるよ


☆「若いうちから、もっとムダせい、言うの。ムダがどれだけ身につくかで、教養が広がるんやからね


☆「即戦力なんて、自分を食いつぶすからね。あんまり即戦力になると、時代が変われば途端についていけなくなるからな。時代の変わり結構早いからね


☆「60パーセントぐらい幸せだったら、相当に幸せだと思うことにすればいいと思うよ


☆「新しいことを始めるには優等生だけではだめ。突拍子もないことを言い出すのは、たいていはスカタンですわ


☆「エエカゲンがおもしろい


☆「まあ、ええやないか


☆「ぼちぼちいこか


☆「元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる


☆「予定通りの人生なんて、そうあるもんやないよ


以上、森毅さんが私たちに遺してくださった、保育教育や生き方に関わる18の名言の紹介でした。私は、ハッとさせられました。「学びの共同体」の実践で大事にされていることと共通することがいくつもありました。私は驚かされる言葉が多くて、思わず、わが身を振りかえさせられました。みなさんは、故・森さんのどの言葉に共感しますか?


【「やってみせ、
言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば、人(子ども)は動かぬ」】


この名言は、
たまたま読んだ「現代に生かす海軍名語録」(上村嵐・著)に載っていました。                                                                            
著者の上村さんは、戦時中は海軍、戦後は海上自衛隊に勤務しておられたそうです。
軍隊とは、洋の東西を問わず、上意下達、
「イエス、サー」
の世界だと思っていました。


私の尊敬する叔父(ある会社の元取締役)から薦められました。最初は題名を見て、体育会系の暑苦しい本やろなぁ、と思いながら読んでみたのですが、驚きました。
上村さんの上官だった戦艦『長門』の山本五十六(いそろく)長官の教えが、この名言でした。
海軍のような上官命令には絶対服従の世界でも、本気で部下をやる気にさせることに、心を砕いていた長官がいたのです。
その人が山本五十六(いそろく)長官だったのです。
上村さんは著書の中で、山本長官の教えを、次のように解説していました。


『【やってみせ】
これは、「模範を示してやる」ということです。
しかし、指導者にそれだけの実力がなければ、
立派な模範を示すことはできません。
したがって、指導者は常日ごろから、
よく勉強して実力を身につけておく必要があります。
そうでないと、
「やってみせ」という具合にはいかないのです。


【言って】
これは「説明する」ことです。
しかし、説明すると言っても、
相手がわかってくれないと、なんにもなりません。
だから、指導者は、
何事もわかりやすく説明する必要があります。
昔から「人を見て法を説け」という言葉があります。
そのとおりで、
相手によくわかるように説明しなければならないのです。


【聞かせて】
これは「相手に納得させる」ということです。
そのためには、たった1回だけではなく、
指導者がくり返し説得する必要があります。
最近の若い人たちは納得すると実によく働くので、
これは非常に大切なことです。


【させてみて】
これは、「実際に体験させる」ということです。
頭ではわかっていても、
なかなか思うとおりにはいきません。
やはり、頭だけではなく、
自分の手足を使ってやってみることを、
体験させることが大切です。


【ほめてやらねば】
これは、やったことに対して
「善し悪しを評価してやる」ことです。
よくできた場合は、もちろんほめてやればよいし、
失敗した場合は、失敗の理由を説明して、
激励してやることが大切です。
やらせておいて、指導者が何も言ってやらないと、
張り合いがなくなるだけでなく、
やる気も消失させることになります。


【人(子)は動かぬ】
人が本気でやるぞという気持ちになるには、
手本と根気と納得と体験と評価、
つまり、「指導者の愛情」
が含まれていることを忘れてはなりません。』


以上です。
 これって、子育て・育児の基本やん、保育・教育も同じやんと思いました。                                                      
覚えておきましょう。
「やってみせ、
言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば、人(子)は動かぬ」


その他、山本五十六の語録がしてのっていました。


「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」


「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


以上です。


【古今東西の名言(15文だけですけど)】


教育の秘訣は、生徒を尊敬するところにある。」エマーソン(アメリカ)


人の希望は、初め漠然として大きく、後、ようやく小さく確実になる習いなり。」
正岡子規


平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、すなわち非凡である。」
ジード(フランス)


真実と誠実なくしては、礼儀は茶番であり、芝居である。」
新渡戸稲造


朝寝は時間の出費である。これほど高価な出費はほかにない。」
カーネギー(アメリカ)


いい報いを受けるために善をするなら、それは善ではなくなってしまう。」
谷崎潤一郎


我々は成功によって学ぶよりも、失敗によってこそ多くの知恵を学ぶ。」
スマイルズ(イギリス)


誰だって、本当にいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。」
宮沢賢治


感謝は支払われるべき義務であるが、何人もそれを期待する権利はない。」
ルソー(フランス)


ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
鴨長明


きつねは我が身をとがめずして、わなを責める。」
ブレイク(イギリス)


弱いのは、決して恥ではない。その弱さに徹しえないのが恥だ。」
島崎藤村


自らを制し得ない者は、自由たり得ず。」
ピタゴラス(ギリシャ)


義務心を持っていない自由は、本当の自由ではない。」
夏目漱石


他人の知識によって物知りにはなれるが、知恵者は自分自身の知恵によってである。」
モンテーニュ(フランス)


さて、若い臨時講師の先生、やるじゃないですか!私たちも見習いたい!という事例の紹介です。


【若い講師の先生の見事な挑戦「ザ・チャレンジ」】


数年前に、玉緒小学校のホームページに、若い講師の先生の、子どもたちとの向き合い方が載っていたので紹介させてください。


『子どもの「今」から出発し、小さな成功を喜ぶ教師でありたい。
4月、新しい学級を受け持ってみると、いろんな子どもの姿が見えてきます。「いい子らやなあ。」と思える場合もあるでしょうが、多くの場合、マイナスの姿の方が目についてしまいます。でも、そのありのままの姿でOKとして、そこから歩みを始める教師でありたいと思います。
(中略)「子どもと一緒に歩き、ちっちゃな成功を喜び合う」という教師の姿勢は子どもとの関係づくり、学級づくりに決定的に重要だと思う事例をもう一つ挙げます。


同じ職場で1年間一緒に仕事をしたある若い講師の先生の話です。その講師の先生は2年生を担任されました。


この学年は1年の時、小1プロブレムという言葉どおりのすざまじい学年でした。(中略)4月5月は大変でした。授業している先生にぶら下がる、黒板に落書きする、机に足を乗せてふんぞりかえっている、そんな子があちこちにいるという状況でした。さすがにベテランの先生で一応はおさまっていったのですが、2年生になってまたはじけてしまいました。


教室の中の雑然とした雰囲気が廊下の外にまで響いているという状況が毎日続き、1学期の終わりには疲れ果て、「もう、2学期からは出てこれないかもしれません」と言われてしまいました。
 ずいぶん心配していたのですが、2学期、その先生は何とか出てきました。そして、2ヶ月ほどした11月頃のある昼休み、ふと外を見たらその先生の学級の子どもたち全員と先生が楽しそうに「だるまさんが転んだ」をやっている姿を見かけました。あれ?1学期と違う、と思いました。そして、しばらくしてその学級のかさこじぞうの研究授業がありました。その授業を見てびっくりしてしまいました。1学期、教科書も開けず友達にちょっかい出しに行っていた子が一生懸命音読しているし、友達の発表なんて聞きもしなかった子どもたちが穏やかに聴き合っているのです。
 その先生に「どんなことをしてきたの?」と尋ねたら、こんなふうに言われました。


「2学期の始め、もういちどゼロからやり直してみよう。そして、どんなにちっぽけでもいいから、子どもたちとできたことを喜び合えることを創ろうと思いました。全員で一つのお話を最後まで斉読できた、たったそれだけのことを喜びました。授業からはみ出ている子には、「あんたと一緒に勉強したいんや」 と自分の気持ちを思い切りその子にぶつけました。そしたらそこから変わってきたんです。」 と。』


以上です。実に見事な発想の転換です。


【「ラ抜き言葉」「レ足す言葉」「サ入れ言葉」】


わが家にプロパンガスを供給してくださっている大丸エナウィン(株)の顧客向け冊子2011年11月1日発行の第83号に、「日本語の揺れと乱れ」に関して、とても興味深い記事がのっていたので、紹介させてください。


「にほんご探偵局:揺れ、乱れ(前略)
『【ラ抜き】【レ足す】【サ入れ】』
あるアニメの主題歌の歌詞に
「タマネギ食べれる」というのがあります。また、
「素直に生きれないの」というJポップスの歌詞もあります。
プロ野球選手はインタビューで「ここまでやって来れたのは、ファンの皆さんの声援のおかげです」と話します。


「食べれる、生きれる、来れる」は【ラ抜き】言葉です。
「~することができる」という可能を表す場合は「食べられる、生きられる、来られる」であるのに【ラ】が抜け落ちたのです。


【ラ抜き】言葉ができたのには理由があります。「食べる」を例にしましょう。
「食べる」を尊敬表現にすると「食べられる」、また受け身表現も同じく「食べられる」です。
つまり「食べる」の可能・尊敬・受け身表現は全く同じ形になります。     
「出る」「着る」といった動詞も同様です。これでは混乱します。
混乱を避けるためにできたのが【ラ抜き】言葉だというのです。        
たしかに「タマネギ食べられる」だと、化け物のようなタマネギに食われてしまうような気もします。                                     
「【ラ抜き】は日本語の『乱れ』というよりも、『揺れ』であり必然だから認めよう」という学者もあります。現在のところ【ラ抜き】は、話し言葉なら許され、書き言葉ではダメといったところ。 


真面目なテレビ番組は、出演者が
「来れる」と話しても、字幕は
「来られる」としています。


『言葉と美意識』
次は【レ足す】言葉です。「書く」という動詞の受け身・尊敬は「書かれる」。
日記に悪口を書かれる(受け身)、先生が字を書かれる(尊敬)となります。
「書く」を可能表現にするには特別な形「書ける」があります。          
このような例は他に「読む」(読める)などがあります。
可能を表す形があるのに「書けれる」「読めれる」と余計な【レ】を足してしまうのが、【レ足す】言葉。何がおかしいなと、言った本人も気づくことが多いためか、あまり広まってはいません。


広まっているのは【サ入れ】言葉です。会合などで司会者が
「次に移らさせていただきます」と言うのをよく耳にします。
この場合は「移らせて」でよいのに、ていねいにと思ってか、余計な【サ】を入れてしまいます。
「帰らさせていただきます」「歌わさせていただきます」
など、多くの人が間違いと気づかずに使っています。


ここでは、【ラ抜き】は『揺れ』、【レ足す】【サ入れ】は『乱れ』としておきます。 
『乱れ』は正し、『揺れ』は立ち止まって検討すべきでしょう。言葉は、揺れ、乱れ、変化します。高名な文学者の作品にも【ラ抜き】【サ入れ】が見られるのですから、言葉の専門家ではない一般人が間違えてもしかたがないかも知れません。            


しかし、自分たちの言葉を大切にしたいと思うなら、言葉に敏感になるべきでしょう。                                                 
「話し言葉でも【ラ抜き】など使わない」というのは立派な個人の美意識。


さあ、揺れ、乱れ、変化する日本語に、当探偵局とともに向き合いましょう。」


以上です。
【ラ抜き】言葉が日本語の『揺れ』、【レ足す】【サ入れ】言葉は日本語の『乱れ』ですか。この頃【ラ抜き】【レ足す】【サ入れ】には違和感を抱いていた私も、そこまで整理して考えたことがなかったので、この文章を読んで、なんだかスッキリした気分です。


日本語の『乱れ』【レ足す】【サ入れ】は、大人が教えてあげなあかんのでしょうね。それに対して、日本語の『揺れ』【ラ抜き】は、金田一春彦氏の見解のように、日本語の『進化』につながるかも知れないと考えたら、見守っていけばいいのでしょうか。自分自身は【ラ抜き】を使わないのですが、「来れる」(可能)には私も違和感を感じなくなっているのも事実です。う~ん、迷うところです。まだ、私には判断がつきかねると言うか、揺らいで^^います。


【学校の緊急メール配信は何人できますか?】


さて、必要不可欠な学校危機管理対応のひとつが、もしできていない学校があったら、夏休みのうちに解決しておかれることを、おすすめします。


それは、メール配信など、スキルを身につけていないとできない仕事は、必ず2人以上の者ができるようにしておくことです。今は、メール配信を全保護者へ、学年の保護者へ、教師だけへ、というふうに、その情報が必要な人たち(配信単位)にだけ配信する学校が大半です。


校務分掌の関係で1人しかできないと、どうなるでしょう。緊急メール配信しなければならない時に、その人がいなければ、慣れていない者では5分、10分、15分と、もたつき、タイム・ロスが生じてしまうからです。そして、全ての緊急メールを、いつも全保護者へ配信している学校は、配信単位について、少々勉強不足と言えます。


同時に、メール配信は、受信するだけで受信料(保護者負担)が生じるのも事実ですから、その情報を伝えなければならない人たちにだけ配信すべきではないでしょうか。例えば、修学旅行情報なら、該当学年の保護者だけでいいのです。スクールバスの運行(遅れ)状況のお知らせも同様(配信単位の活用が必要)です。冬なら、実際に雪の日、わが子が乗っていないバス(複数)の運行(遅れ)状況ばかり、朝からメールが鳴りっぱなし、というのはいかがなものでしょうか。


【リーダーの資質:ねぎらいの「ひと言」】


思い出しついで(季節はずれの話題)ですが、各学校で早く出勤して除雪作業に汗を流した職員に対して、校長先生は、ねぎらいの「ひと言」をかけておられるでしょうか。私の勤務した大規模校では、その「ひと言」のある校長先生と、その「ひと言」のない校長先生がおられました。職員から信頼されていたのは、前者でした。


その「ひと言」のある・なしが、その学校の教職員の組織力があるか、ないかの鏡(分岐点)になると、私は思います。それは、リーダーとしての資質が問われているということでもあります。


関連ページ


子どもと向き合う学級づくり⑥【9月の教室】+【運動会の石ころ】【ほめ方・しかり方10ヶ条】【体罰の境界線と連鎖】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898126/


子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/




by takaboo-54p125 | 2010-10-25 05:31 | 保育・教育

保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 7月号 ステップ1


通信簿を見て思わず涙を流すお母さん・・・
親子の励みになる通信簿を渡すのが担任の役目です


 初任者の担任が個別懇談で保護者に通信簿を渡しました。D君のお母さんです。D君のお母さんは通信簿を開き、無言・・そしてうつ向いて、ハラハラと涙をこぼされました。
「先生、うちの子には、よい所は一つもなかったのでしょうか?」
確かにD君は学習面でも「努力しよう」のつかない教科はありませんでした。生活面でも目立たない子でした。通信簿にも、それがはっきりと出ていて、せめて一つぐらいは・・というお母さんの願いは、かなわなかったのです。
 担任は、お母さんの悲しそうな涙に驚き、とっさにフォローする言葉、D君をほめる言葉を言いましたが、言葉はその場で消えていきます。通信簿はずっと消えません。ずっと残ります。お母さんは早々に帰って行かれました。
 担任は正直に、ありのままを通信簿に表したのです。間違った評価はしていません。しかし、あまりにも配慮することが足りなかったのです。それは、D君もお母さんも、その通信簿を見て、
「なぁ、D男。次はがんばろな」
「うん、お母さん。ぼく、今度はがんばるわぁ」
という親子の会話に結びつく内容が、一つもなかったからです。つまり、来学期への意欲喚起をうながすのが、通信簿の大切な役割だということを担任は忘れていました。テストの点数がよくなかった子だって、たった一つでいいから、よかった所を伝える『親子が元気の出てくる通信簿』でなければ、通信簿をもらう値打ちがないということなのです。
 それ以来、その担任の先生は、所見の言葉に心を込めるようになりました。学習面と生活面の具体的な点を書き、最後に、その子を丸ごと(ざくっと)捉えた言葉を書くようになりました。いつも、親子が元気の出てくるような所見の結びを心がけたのです。
たとえば、
「ていねいにじっくりとやれば、力を出すことができます。」
「ねばり強く取り組むぞという気持ちでやれば、よい結果がどんどん出せる子です。」
「あせらず落ち着いてやれば、きっと力を発揮できます。」
「こつこつと真面目に取り組んだことが、徐々によい結果につながってきました。」
「やればできるんだという自信を、いつも持ってほしいと思います。」


この『親子が元気の出てくる所見・そのひと言』の文例集(学習面64文、生活面75文)は、同じウェブページ(一番下)に掲載してあります。所見に悩む先生の参考になれば、幸いです。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 7月号 ステップ2

 
子どもが突然キレて暴発してしまった時は


入り授業の後、教科書をビリビリ破り始めた子


 理科の入り授業が終わったので、担任が教室へ戻ると、A君(高学年)が理科の教科書をビリビリと破り始めていました。目はすわっていますが、涙もにじんでいます。
「何かイヤなことを言われたんか?A君が教科書を破るなんて、よっぽどや」 
教科書を破っていることを頭ごなしにしかられず、優しく声をかけてもらって、A君は破る手を止め、涙をポロポロとこぼしました。そして、泣きながら理科の先生に言われたことをしゃべりました。A君に非があり、理科の先生に注意されたことがわかりました。その頃、友達関係で過敏な状態になっていたA君には、理科の先生の言葉は、一方的に責められているとしか受けとめられなかったのです。
 担任は、A君には、理科の先生がA君のことを心配して注意してくださったことを話しながら、三分の一ほど破れた教科書を預かりました。理科の先生には、A君の現状を伝えていなかったことをわびて,配慮をお願いしました。翌日の朝、登校して来たA君には、セロテープでベタベタに修理した教科書を手渡すと、A君はにっこりと受け取りました。
「先生、ありがとう。もう破らへん。大事に使うわぁ」


いきなり90点のテスト用紙を破り捨てた子


 算数のテスト返しの時間でした。順番に名前を呼びながらテストを返していきました。すると、B君(高学年)が突然テストをビリビリに破ってしまいました。B君の目は真っ赤です。あっという間の出来事です。B君のテストは90点でした。B君に訳を聞くと、
「お母さんが100点とらな、おこらはるもん」
と大きな声でわめきました。学級のみんなも聞いています。90点以下の子がほとんどです。担任は、わざとみんなの前でB君をしかりました。
「B君が一所懸命がんばったことに値打ちがあるんや。結果が何点でも、また次がんばったらええんや。100点しか認めへんお母さんが間違ってはる。今日の夕方、家へ行って、先生がお母さんをしかったるさかい、もう泣かんとき」
担任もでっかい声で一気に言ってから、クラスのみんなに言いました。                                                                        
「みんなも、親にそんなこと言われたら、先生が親をしかったるさかいな。自分が一所 懸命がんばったテストや。破ったらあかんで。くやしかったら今度がんばったらええ」
すると、B君も落ち着いたのか、破ったテストを拾い集めながら言いました。
「先生、お母さんを家まで、しかりに来んといて。破らへんて約束するさかい」                                                           
後日、お母さんには結果だけでなく努力した過程を認めたってほしいとお願いしました。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 7月号 ステップ3

 
担任が「困った子やな」と思ってたら、ほめる瞬間を見逃します


いつも連絡帳なんかぜったいに書かない子が


 C君(低学年)は、なかなかじっとしていません。面倒な学習の時は走り回ります。教室の外へも逃げます。でも、教師が追いかけてくると、うれしそうな表情で逃げる子でした。テストの時は仕方なさそうに机にべったりダラ~ンと、うつ伏せになります。わからないから、教師につきっきりで世話をやいてほしいのです。昼休みは、友達と外で元気いっぱい遊べる子でした。お母さんが忙しくて、来ることができない参観日は、さびしそうな表情を見せるE君でした。発達検査が必要な子ではないのです。
 クラス全体も落ち着かず、立ち歩く子が数名います。担任の先生には、C君は「困った子」に思えてしまいました。C君と担任との間に細くてもいいから何かつながりが出来てきたらよかったのですが、なかなかきっかけがつかめませんでした。教務部からフリーの教師が交替で応援に入ることも増えてきました。
 ある日のことです。帰りの会です。C君が、なんと連絡帳を書いているではありませんか。応援に入っている教務部の教師はびっくりして、思わずC君のそばへ行き、
「C君、えらいなあ。連絡帳を書いてるやん。先生うれしいわぁ。」
と、頭をなでてあげました。C君、とびっきりの笑顔です。
 応援の教師はすぐに、教卓の所で、別の子の連絡帳に保護者への伝言を書いていた担任に知らせに行きました。てっきり担任の先生もC君をほめてくださると思ったからです。担任の先生はC君のそばへ行きました。そして、声をかけました。
「C君、連絡帳書いてるの、めずらしいわね」
応援の教師はあ然として、絶句してしまいましたが、
「先生、ほめたってください」
とお願いしました。担任の先生は、
「かしこいね。やったら出来るやん」
としか言ってくれませんでした。C君は知らんぷりをしていました。この担任の先生は、細い糸でもいいから、C君の心と自分の心のつながりをたぐり寄せる、絶好のチャンスを逃してしまったのです。応援に入った教師もフォローの仕方を間違えた、C君にすまないことをしたと反省しました。応援に入る教師は、とりわけ気になる「困ってる子」と担任の先生との信頼関係を、再構築するお手伝いをするのが役割だと思うのですが、この担任の先生は「困った子」のお守り役と勘違いされていることが、わかりました。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 7月号 ステップ4


この詩を自分にあてはめてみましょう ①


  そのひと言


『そのひと言で 励まされ


 そのひと言で 夢を持ち


 そのひと言で 腹が立ち


 そのひと言で がっかりし


 そのひと言で 泣かされる


  ほんのわずかなひと言が


  不思議に大きな力を持つ


  ほんのちょっとのひと言で』


学校法人道灌山学園長・髙橋系吾著『よい子に育てる語らい集』                    (全私学新聞運営委員会発行 )より


「そのひと言」で生徒を傷つけ部活に行けなくしたり、不登校の【引き金】を引く教師や不登園のきっかけをつくる保育士にならないことは、最低限の鉄則です。
ぜひ、子どもの意欲・希望・信頼を引き出す「そのひと言」を。


格言1,2,3,4,5


「人間は教えている間に学ぶ」ルソー(フランス)


「よい問いは、答えより重要だ」リチャードソン(イギリス)


「学ぶとは誠実を胸に刻むこと、教えるとは共に希望を語ること」アラゴン(フランス)


「人間は理性の生き物でも、本能の生き物でもなく、習慣の生き物である」デューイ(アメリカ)


昔は、もう少し思い出せたような気がします(この記憶もあやしいです)が、今、パッと浮かぶのは、1,2,3,4‥これでおしまいです。それも、間違えて覚えているかもしれません。


ひとつ思い出しました。


「ユーモアのない1日は、さびしい1日である」島崎藤村(日本)


この格言は、含蓄があります。ユーモアは教室をほっこりさせる潤滑油にもなりますが、「受け」ばかりをねらうと信頼を失うこともあります。新聞で時々のっている「とんでもない発言」が、それです。しかし、マジメ一筋だと、島崎藤村の言うとおりになります。自然体で、自分の失敗談(子どもの頃のドジった話も含めて)をしてあげるのがよいのではないでしょうか。


安心感あふれる教室にするための「ひと言」


子ども1人ひとりの安心感が深まる時間と空間にするため、担任が大事にしたいこと


(1)子ども一人ひとりの、その時その時の気持ちをまず受けとめることから関わることを、基本としましょう。「○○がくやしかったんやね」「○○がつらかったんやね」と担任が代弁してくれ、自分の気持ちをわかってもらえたと感じた時、子どもは担任の語りかけにも耳を傾けるようになります。


(2)子ども一人ひとりの自尊感情を高める関わり方を大切にしましょう。「あなたがこの教室にいてくれてうれしいよ」「きみが今日来てくれたことがうれしいで」をベースにして、日々、子どもが自分は大事な存在だと思ってもらっているんだと感じられるようなメッセージを伝えることを、くり返します。


(3)スモールステップを与えて、ほめることを、授業中も掃除中も、いつも意識的に取り組みましょう。「○を手伝って」「○をしてごらん」「○をたすけて」→やりきらせる(少しでもやろうとしたら)→「よくやったね」「すごいやん」「助かったわぁ」の積み重ねによって、子どもの中に自信と意欲がじわじわと生まれてきます。


(4)子どもたちの瞳が輝くような、活動の導入をひと工夫しましょう。「今日はね、こんなことをやるよ」1人ひとりの目を見ながら、表情豊かに柔らかな口調で、静かに語りかけます。「○○君、教科書とノート開けてね」→「かしこいやん」、「○○さん、こっち見てね」→「うれしいな」、「さあ、書いてごらん」→「すばやいなあ」などと、できて当然のことでも、そう思わずに、ほめ言葉をかけながらです。


(5)自分を大切にするための最小限のルールは、その都度伝えましょう。「ここまではOK」「これ以上はダメ」という、どっしりと、ぶれない姿勢を示します。授業中なら、その子には、「あなたが大好きだから言うよ」、クラスのみんなには(これは必ず)、「○○君一人に言っているんじゃない。きみたち全員に言っているんだよ」と言い添えながら伝えることで、教室の仲間意識(クラスの一体感)を高めます。(自分には関係ないと思わせないこと)  


(6)何故この子はこんな言動をするのだろう、何がこの子をそうさせるのだろうということを語り合い、今のこの子をどう観るのかを教師集団で共有しながら関わりましょう。子どもの課題を、担任一人で抱え込まないことです。もちろん、その子がステキな面を見せてくれたら、「こんなことしてくれたんですよ」「こんなこと言ってくれました」と喜びも分かち合える教師集団でありたいものです。


(7)家庭との連携については、まず、保護者に「うちの子のことを大事に思ってくれてはる」と感じてもらえるような信頼関係をつくりましょう。「○○さんはこんなええとこありますよ」「○○君はメッチャやんちゃやけど、大好きですねん」「○○君はおとなしい子ですけど、今日、こんなことしてくれたんですよ」などという『ひと言』を伝えることなしに、課題や要望だけを伝えても、保護者との心の距離は縮まりません。もちろん、その『ひと言』が本音じゃなければ、保護者の心には響きません。


(8)その子が本来持っている力を出したくなる、人的環境づくりをしましょう。
・朝の出会いを大切に。笑顔ですてきな「おはよう」を。
・子どもと掃除・給食・遊びを共にしながら、気軽な世間話を。
・担任の失敗談・ズッコケ経験話を明るく語ってあげよう。
・子どもと共に野菜や花を育てる活動を、毎日少しずつでいいから楽しもう。
・気になる子にこそ、何かを頼んで、「ありがとう」をその都度言おう。
・帰りの会、日記の返事、連絡帳、電話、退勤時のちょこっと訪宅などで、その日に、自分では気づいてない、その子のキラリと光る姿を、具体的に伝える労力を惜しまない。


水分補給のお願い


今年は熱中症で救急搬送される人が例年より多いそうです。
今、地元の集団登校(小学校)の付き添いをしていて、気になることがあります
それは、子どもたちの水筒のサイズが、意外に小さい子が少なくないことです。
かつて、スポ少でも、学校でも、次のような文書を配布しました。
子どもたちの熱中症予防のため、参考になれば、幸いです。


あるスポーツ少年団の場合


                 平成  年5月  日
保護者のみなさま
             スポーツ少年団育成会会長 


 練習や試合における子どもたちの水分補給について(お願い)


 初夏の候、平素は育成会の活動にご協力いただき、まことにありがとうございます。先日は、練習試合に行って、3試合しました。ジュニアの試合も2試合ありました。途中で子どもたちの水筒がからになり、スポーツドリンクを8リットル、買いに走りました。1試合(試合前の練習も含めて)あたり500ミリリットルほど水分補給している子が多かったです。


5月~10月は、2~3時間の練習中にかく汗の量が、約1,5~2リットルほどになるそうです。脱水やけがを防ぐために、少なくても20~30分に100~200ミリリットルずつ、水分を補給しなければならないと言われています。(いずれも個人差あり)体から水分や電解質が失われると、筋肉に血液が供給されにくくなり、足がつったり、ねんざ、つき指もしやすくなります。


つきましては、下記のとおり、子どもたちにスポーツドリンクやお茶を持たせてください。また、おうちでも、監督のご指導と同じように、水分補給の大切さを子どもたちに話してやってくださいますよう、お願いいたします。


             記


水曜日の練習(2時間)  少なくても1リットル できれば1,5リットル


土曜日の練習(3時間)  少なくても1,5リットル できれば2リットル


練習試合や公式試合(1日)少なくても1,5リットルできれば2リットル


ある小学校の場合


                平成  年7月  日
保護者のみなさま


                      ○○ 小学校
          校 長 ○○
 2学期からの子どもたちの水分補給について(おねがい)


 盛夏の候、平素は、本校の教育全般にかかわり多大なるご支援・ご協力をたまわり、まことにありがとうございます。
夏休みが終わって2学期が始まりますと、運動会に向けて、日に2~3時間練習をする場合もあります。
5月~10月は、2~3時間の練習中にかく汗の量が、約1リットル以上になります。体から水分や電解質が失われると、筋肉に血液が供給されにくくなり、足がつったり、ねんざ、つき指もしやすくなります。熱中症や脱水やけがを防ぐために、少なくても休み時間になるたびに100~200ミリリットルずつ、水分を補給しなければならないと言われています。(いずれも個人差あり)


1学期は、ペットボトルのお茶を冷凍庫でこおらせて持ってきて、こおらせたペットボトルのお茶の氷をくだくために、机やかべをガンガンたたく子がいました。お茶を500ミリリットル持ってきた子は、午前中で全部のんでしまって午後は友だちにわけてもらっている子もいました。
つきましては、下記のとおり、子どもたちにお茶を持たせてください。おうちでも、水分補給の大切さを、子どもたちに話してやってくださるようお願いいたします。


             記


☆水とうのお茶は、できれば1~1,5リットル程度は持たせてください。
(どの子も500ミリリットルのペットボトル1本では、たりません。ただし個人差があるので、お子さんに聞いてあげてください。
友だちにわけてもらうことがないようにしましょう。) 
☆ペットボトルのお茶を冷凍庫でこおらせるのは、おやめください。



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by takaboo-54p125 | 2010-10-21 05:45 | 保育・教育

先日、若竹学園「千里幼稚園」からハガキが届きました。


「おじいちゃん、おばあちゃん、運動会を見に来てね」という甥っ子の名前でしたから、幼稚園が祖父母も招待しようという取り組みをなさっているということです。昨年も届きましたが、ばあちゃんの都合が合いませんでした。今年はOKなので、じいちゃんの代わりに、ばあちゃんの道先案内人を兼ねて、行くことになりました。


7時すぎに出発しました。なんせ大阪府吹田市ですから、JRも含めて片道2時間半かかります。千里幼稚園の前まで来たのですが、園庭はシーンとしています。あれっ、ちがう園に来てしまったのかなと思った瞬間、となりの小学校から歓声が聞こえてきました。ひょっとしてと思い、行ってみると、運動会!やっていました。参観者の多いこと、3世代で参観という方々もけっこうおられました。なるほど、これだけ多くの参観者に囲まれた運動会です。幼稚園の園庭では、入りきれないという園長先生や主任の先生の判断なのでしょう。


残念ながら、ちょうど徒競走が終わったところでした。大小さまざまな脚立があっちにもこっちにもあるのは何だろうと思いました。なるほど、わが子の写真やビデオ撮影のために、お父さん方が持って来られた脚立だとわかりました。それにしても、1m以上の高い脚立もたくさんありました。さすがは大阪、運動会の応援・撮影も「高層化?」していますねぇ。


なんとか、甥っ子の出るバルーン表現は見ることができました。3つのバルーンを3クラスの子どもたちが持って、さなざまな動きのバリエーションが豊富で、感心しました。びっくりしたのは、バルーンの中から、別のバルーンが出現したことです。みごとな演出、やりますねぇ。先生のマイクでの指示が、子どもたちが「具体的にイメージしやすい言葉」でした。それを聞いた子どもたちがイメージをふくらませ、心から楽しんでバルーンを使った表現をしている様子が、見ている私たちにもストレートに伝わってきました。


親子玉入れも、1回目は子どもたちだけでやって、親はわが子の後ろにしゃがんでいました。親がわが子の姿を目の前で見られるってナイスアイデアですね。2回目は、円の外側から親が玉を投げます。子どもたちは円の内側で玉を拾って、親に渡しに行きます。親子のチームワークが、「ほほえましい」玉入れでした。親の位置と子どもの位置が別々なので、保護者席からも、子どもの動きがよく見えました。子どもは玉を投げることも親に手渡すことも経験できて、参加する親のことも、参観している親や祖父母のことも配慮した、ステキな玉入れでした。


全体指示のマイクを持っておられる主任の先生が、短い言葉で、「絶妙の間」をとりながら、歯切れよく言ってくださっていたのも、見事でした。それに、先生方の意思統一もはかられていて、「てきぱき」した先生方の動きが気持ちよかったです。入退場門にシャッターチャンスをねらって集まる保護者に対して、役員さんが「笑顔」でうまくさばいていたのも、拍手でした。そういった進行への先生方・役員さんのご努力(事前のだんどり)のおかげで、お昼ご飯が11時頃から始まりました。保護者のみなさんのマナーも、とてもよかったです。甥っ子が年中ですので、年中さんのことだけ感想を書きました。


お弁当を食べ終わった頃、甥っ子の担任の先生が、家族で食事をしている役員さんの所に何か連絡をしに来られました。忙しいはずなのに、周りに寄ってきた子どもたちへの関わり方が柔軟で「オッ!」と思いました。子ども1人ひとりへの「まなざし」が柔らかいのです。子どもたちが寄ってくるはずです。そしたら、甥っ子が「先生」と呼びました。先生はそれにサッと反応して甥っ子の所に来てくださいました。甥っ子と言葉を交わす先生の笑顔が自然体で、とても初任者とは思えませんでした。1年目(新卒6ヶ月)で子どもたちとこれほど「しなやか」につながれる先生もいることを、ぜひ、大学の学生たちにも、伝えたいなあと思いました。


主任の先生の的確で「さわやか」な指示、先生方の「組織力」がある千里幼稚園、忙しくても子どもには「共感カメラ目線」で関わってくださる担任の先生、そして甥っ子の笑顔、おいしいお弁当、弟夫婦たちの心くばり、はるばる滋賀県からJRを乗り継いで来た甲斐がありました。往復5時間かけても孫の運動会を見に行ってやりたいと言った、ばあちゃんにも拍手ですね。帰りの電車でも、ええ担任の先生やねぇ、来年も担任してほしいなぁ^^と言い合っていました。


園選びは、育児・子育てのポイントと重なります


さて、ここからは、2012年9月5日に追加しました。この記事へのアクセスが多いからです。幼稚園・保育園へのお願いと、保護者のみなさんへのお願いを、次のページにまとめてみました。園選び(子育て支援)のポイント=育児のポイントですから、よかったら、参考になさってください。タイトルは以下のとおりです。


幼児の心を育てる【信頼関係づくり】の保育を保育園も幼稚園も進めましょう

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898594/


今、ある地方自治体(市町村)の就学前保育・教育検討委員会の委員をしております。それで、私なりに提案したいと考えていたこと(先進的な取り組みの情報)をまとめたら、上記の2つになったというわけです。どちらも少々欲張りな・・かなり長い文になってしまいました。


幼稚園選びのポイントを簡潔に述べます。何よりも、子どもの五感を使った原体験を大事にする幼稚園と言えばいいでしょうか。それは、いろんな知識や技術を教え込むのではなく、子どもの気づき、発想、想像力、意欲を大切に引き出そうとしてくれる幼稚園と言ってもいいでしょう。以下の4つの「 」は、静岡県浜松市にある学校法人あすなろ幼稚園の基本的な考え方を参考にピックアップさせてもらいました。


想像力を育てる
イメージする力は、想像力に支えられています。その人の想像力の豊かさは、幼児期にどれだけ想像的な世界で遊んだかによるとも言えます。絵本、紙芝居、劇の中には、想像の世界があります。これを具体的な保育活動の中で充実させてほしいものです。


意欲を育てる
子どもが、先生にさせられるのではなく、自らやりたくなって活動をすることが、とても大切です。どちらの保育をするかで、子どもの意欲の育ちが大きく違ってきます。ですから、子どもが何事にも挑戦したくなったり、試してみたくなるように、先生たちが導入で、子どもに生き生きと目を輝かせて語る幼稚園でありたいものです。


自然が知恵を育てる
子どもが、遊び、工夫して考える、そんな機会をより多く、より深く、より広く、与えてくれるのが、自然(砂場遊び・どろんこ遊び・水遊び・草花・生き物・シャボン玉などなど)です。自然と関わって身につけた本物の知恵が、小学校の本物の学力の土台になることは、間違いありません。直接体験で感受性を磨くことで、創造力へとつながる保育を展開してほしいですね。


コミュニケーション能力を育てる
・先生に信じてもらえるからこそ、自分を信じることができます。
・先生に好きになってもらえるから、自分を好きになれるのです。
・自分を好きになり愛せるからこそ、人を信じ愛することもできます。


からだの根っ子を育てる


一方的な指示ばかりの多い先生より、子どもとのやりとりを、ていねいにしながら、子どもの不安を安心にかえ、子どものよさをほめながら、人と共に活動することが好きな子へと育つように、ほんわかと導いてくれる先生であってほしいですよね。「連絡帳書きながら」「壁面飾りつけしながら」生返事をする保育だけは、せんといてください。


以上、園に望むことは、どれも家庭での育児・子育てで大事にしたいことと重なります。すなわち、「携帯メールしながら」子育てや、「ウォークマン聞きながら」子育てをしていたら、10年後、15年後、親は痛い目に合うということです。親と園のめざす子育て観が一致すれば、子どもの子育てを親と園が共に手を結んで進めていけるのではないでしょうか。


派手な形・見た目・出来映えを目指して猛練習するのは、幼児期ではなく、そういう力を伸ばすべき発達段階の小学校高学年以上です。言いかえれば、幼児期においては、教え込んで出来るようにさせる保育ではなく、豊富な原体験の幼児自身の喜びに基づく、豊かにイメージできる力を育てる保育が、小学校での学習の土台(例えば、算数の分数をイメージできる力)になることだけは確かでしょうね。


知識・スキルを教え込む園から入学してくる子と、原体験を通して心を育てる園から入学してくる子では、小4以降(抽象的な学習)の伸び(イメージして思考する力)がずいぶん違うなと、私も小学校教師時代に感じました。すなわち、知識・技能を教え込む園より、五感をいっぱい使うことを大事にしてくれる園のほうが断然よい、これにつきます(=同時に、自分の子育てへのふり返りができます=「子どものためのお世話」を「子どもと共に親も育つ子育てに軌道修正する」ビッグ・チャンス=「今からでも遅くはない!子育ては気づいた時がスタート」でもあると言えるでしょう^^)。


ときどき、年中さんまでは想像力を育むステキな保育をしているのに、年長さんになると出来映え重視の猛練習=教え込む知識・スキルを就学前の「売り」にする園がありますが、失礼ながら、子どもの心身の発達段階をご存じないのかな、と言わざるを得ません。それより日々、子どもと同じ目線の高さで、子どもの思いを聴く(耳を傾ける)ことを大事にしながら、子どもの安心=「わからへん、教えて」「ここ、どうするの」「なあ先生、こうしたらええのちゃう」「先生、ぼくなぁ、ひらめいたで」「先生、私のアイデア聞いて」などを遠慮なく言い合い、聴き合える温かい雰囲気づくりと、子どもの創造的な想像力をはぐくむ就学前保育教育を展開してほしいと、つくづく思いました。

関連記事
「保護者が園を選ぶポイント」について秋田喜代美先生がコメントされた記事を読みました
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898531/


by takaboo-54p125 | 2010-10-17 08:14 | 保育・教育

三男の中体連ブロック予選を見に行って、中学校バレーボール部時代を思い出しました。


中1当時(1972年・S47年)は、ミュンヘン・オリンピックで全日本バレー男子が金メダル、空前のバレー・ブームでした(全日本・深尾選手194cmは彦根工業OB)。TVアニメ・ドキュメント「ミュンヘンへの道」で全日本エース・大古選手が逆立ちで9m行けたのを見て、チームの大半がコートの端まで逆立ちできるようになりました。森田選手が世界で初めてやってみせた「1人時間差攻撃」は、うちの左エースもマスターしてました。私は、ネット・ボールを、フライング・レシーブでトスする練習が好きでした(成功の確率は低く、試合で上手くいったのは数回だけ)。


私らのチームは、新聞に県の優勝候補と書かれて舞い上がり、一発敗退しました。監督は前任校を全国大会へ導いた名将、180cm近い選手が2人、サウスポーも2人、朝練のサーブはマットを置いた所をねらえました。スタメン全員が違うサーブを打ち(私は無回転サーブで)、サービス・エースを競い合いました。高校男子バレーの強豪・近江高1年生(2・3年生が県外遠征中)とは高校用5号球&高校用ネットで、社会人9人制女子の日清紡能登川とは9人対6人で胸を借りました。粟津中とは12セット・マッチもしました。練習中に水を飲むのは、禁止だったような・・・。


第6ブロックのレベルは高く、秋は完成度の高い多賀中(練習試合で私らは1勝のみ)が県1位、春は粘り強い稲枝中(練習試合で互角)が県1位、平均身長175cmの彦根南中、打点の高い彦根東中、試合巧者の愛知中‥ライバル校だらけでした。秋は稲枝中に勝ち多賀中に負けてブロック2位、県では第7ブロックの双葉中・長浜西中と対戦し1勝1敗でした。その第7ブロックも強く、長浜東中の1年下には藤田選手(1983全中・優勝→長浜商工→松下電器・全日本189cm)がいましたが、対戦してません。春は能登川中(県3位、後の近江高のエース185cmのパワー)に負けました。夏は彦根南中に逆転勝ちして、県大会では野洲中に勝ちましたが、竜王中(県3位、後の彦根東高のエース183cmの勢い)に負けてベスト16に終わりました。後年、2012全中で優勝することになる伝統校・皇子山中と対戦する機会はありませんでした。


その競い合った主力たち、うちのエース2人も、多賀中のセンタープレイヤーも、能登川中のエース2人も、稲枝中・竜王中・玉園中・愛知中のエースも、彦根南中の大型セッターも、そろって進学した近江高・彦根東高と湖北の雄:長浜商工が当時の県・男子高校バレー3強でした。そう言えば、監督の前任校の教え子で、近江高時代に全国ベスト6に選ばれた方(社会人)が1度来てくださり、攻守のお手本を見せてもらいました。


ということで、私ら男子バレー部は中学時代、県ベスト8に1度も入れませんでした。練習試合で負けたことのない3校(いつもやってた愛知中、強力エースの玉園中、コンビ・プレーの八幡南中=1995全中・優勝の八幡東中の前身?)は春夏いずれかで県ベスト8に入ってました。私らの1年先輩は夏の県3位、1年後輩も夏の県3位、私らの年は女子バレー部が夏の県3位、私たちは結果の出せない「幻の強豪?」チームだったのです。


それゆえ、中1の時から、筋トレのフルコース(腹筋100回、指立て伏せ100回、高鉄棒ぶら下がり、大腿筋を鍛える電気椅子など)も続けたので足は速くなりました。しかし、中1の郡陸上100m走でなんとか12秒9、中2で陸上競技第6ブロック予選100m走決勝まで残り、中3の人たちに混じって走りましたが12秒5で無念の4位でした。中3の県陸上400mリレーは予選落ちしました(100m走も11秒台には届かず‥)。


中3で近江高バレー部1年の胸を借りた時、ブロックに跳んでも高校用ネットから手のひらと手首しか出なかったので、高校ではサッカー部に入りました。同じ新入部員に聞いたら「11秒3」「11秒5」「11秒8」と、100m11秒台がごろごろいました。でも守山高校と練習試合をした時、松田保監督(1982冬に守山高を滋賀県勢初の全国ベスト4に、1994冬にも守山北高を全国ベスト4に導き、小野や稲本ら黄金世代のU-17日本代表監督)に「きみは球ぎわのショルダーチャージが強いね。うち(守山高)のが全部はね飛ばされていたよ」と、あたりの強さだけほめてもらいました。少し自慢ぽくなりましたが、サッカー歴3年の補欠には、ほめてもらえるテクニックは皆無です。チームの主力には国体候補が4人、インターハイ2次予選は県ベスト4でした。近年は、2005冬・全国優勝した野洲高OBの乾選手(Jリーグ→ドイツ→スペイン)を応援しています。


【ここからは、この記事から7年半後、2018の後日談になります。再び私事で恐縮ですが、2018選抜高校野球TV中継で母校の校歌を聞くことができました。その同じ日の午後に隣の高校(校地間の直線距離約1km、校舎間の直線距離約1,2km、道路を走って約1,7km、車で4~5分)である近江高校の校歌も流れました。約40年前、私たちサッカー部は、隣接する近江高サッカー部と合同練習させてもらったことを思い出し、同じ市にある2校が同じ日の甲子園2回戦で勝利する場面を見られるとは・・なんか感激しました。当時、近江高校も彦根城の外堀と内堀の間にあり、官公庁をはさんで約200mというお隣さんだった記憶があります。同じサッカー部同士で、ちょこっと部室へ行き来してましたから(昼休みだったかも_ _)。今回、彦根市にある近江高・彦根東高の校歌を、選抜甲子園2回戦の同じ日に聞くことができた奇跡・・有り難うございます。しかし、まさか、3回戦も同じ日に2校とも延長10回サヨナラ負けをするとは、夢にも思いませんでした。両校の皆さんには感謝します。


その後、閉会式で応援団賞の最優秀賞に選ばれたとのこと、2009春以来の2回目受賞って史上初でしょうか?対戦した慶応高の応援団が早慶戦みたいに「若き血に燃ゆるもの」で盛り上がっていたので最優秀賞は正直あきらめてました。サヨナラ負けした後、対戦校の校歌演奏の時、花巻東高に敬意を表して手拍子をしていた赤鬼応援団とともに、昨夏の甲子園に引き続き、アルプス席で一緒に応援してくださった河瀬高のブラスバンド部・滋賀学園高のチアリーディング部のみなさん、お互いに県内ではライバル校同士にもかかわらず、本当にありがとうございました。2回目の最優秀賞ですので、3校合同の応援+対戦相手への敬意も忘れない応援+応援マナーが評価されたのかなと、余計に嬉しく感じました。


なお、後から知ったのですが、近江高・彦根東高の野球部は、最後の夏の県大会にベンチ入りできない3年生同士の定期戦「メモリアルゲーム」を、長年にわたり県立彦根球場で年1回(6月かな)続けていて、その審判は彦根工業OBの方もしておられるそうです。】

関連記事
「体罰は連鎖する」のを断ち切るために、学校の組織力のベクトルを180°転換しましょう
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by takaboo-54p125 | 2010-10-16 17:59 | 文化・スポーツ

今まで石井順治先生がリードしてこられた「東海国語教育を学ぶ会」の公開授業研究会には、四日市市や名古屋市の小学校へ行ったことはあります。四日市市の時は、佐藤学先生も来ておられました。当時は、三重大学の助手をしているとおっしゃっていました。また、授業研究で有名な富山市の堀川小学校にも訪問させてもらったことはあります。神戸、能登、奈良も行きました。しかし、ずいぶん以前のことです。いずれも「協同的な学び合い」としての実践が始まる前のことでした。


もちろん「東海国語教育を学ぶ会」は、現在「協同的な学び合い(聴き合う学び)」の推進母体の中核を担っておられますが、私は参加したことがありません。


ですから、人に勧めておきながら、自分は見に行ったこともないのでは話になりません。ということで、家庭の事情で遠出はできませんから、滋賀県内の実践校:公開授業研究会に申し込みをしてみました。県立彦根西高校が11月19日(金)に開催される公開授業研究会です。二男のスクールバスの迎えがありますので、指定授業は見られませんが、1時過ぎからの公開授業だけ参観させていただくことにします。


自分の目と耳で、じかに確かめて来たいと思います。前日の11月18日には、浜松の「あすなろ幼稚園」の保護者研修会に呼んでもらってますので、これは体調をととのえておかなあかんなぁ、ということになりました。


明日は大学の教職支援講座の日です。学生たちの期待を裏切らない90分間にしなくちゃいけません。予習もほどほどにして、今夜は早寝をいたしましょうか。

関連ページ
「協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑥【授業づくりのキーワード】【基礎&ジャンプの課題】【信頼関係を生み出す授業】【指導案】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898328/


by takaboo-54p125 | 2010-10-13 17:28 | 親・保育士・教師の研修・講習

「学校の挑戦」佐藤学・著(小学館)は直接読まれることをオススメしたいので、佐藤学先生の文章を抜粋して紹介します。


 一斉授業から協同的な学びへ
(前略)高いレベルを設定しつつ1人残らず学びの経験を保障するための鍵となるのが、わからない子どもが
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間に問いかける指導の徹底である。この指導が不十分なままで高いレベルに挑戦する協同的な学びを追求すると、一部の子どもだけの学びとなり、わからない子どもは切り捨てられてしまう。逆に、わからない時にいつでも
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間に問いかけることが十分に定着していれば、教師も子どもも安心して高いレベルの学びに挑戦することができる。
ところが、わからない子どもほど、仲間の援助を求めるのではなく、自力で克服しようとするし自分1人の力で苦境を脱しようとする傾向がある。そのために、彼らはいつも孤立し失敗し挫折して落ちこぼれてしまう。最も協同的な学びを必要としている子どもが・・。それだけに、わからない子どもには
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間の援助を求める指導を徹底させる必要があるのである。
すべての子どもが高い学びに挑戦する機会を提供するのが、協同的な学びである。・・そして学びに「背伸びとジャンプ」を求める場面では、少人数のグループ活動にもどすことが必要である。たとえば授業の後半で3分の1ほどの子どもの挙手と発言だけで展開する授業をよく見かけるが、そのような場面でいったん小グループの協同的な学びへともどす必要がある。それだけで、一部の子どもに限定された学びがすべての子どもの学びへと広がるし、多様な疑問や意見の交流によって「背伸びとジャンプ」のある学びへと発展させることができる。一斉授業においては、たとえ授業としては成立していても「背伸びとジャンプ」のある学びは一部の子どもにしか成立していない。・・


協同する学びの意義
1,学び合う関係と教え合う関係
協同的な学びは学び合う関係によって成立する。教え合う関係ではないことが重要である。教え合う関係は一方的な関係である。「お節介」の関係と言ってよい。それに対して、学び合う関係は「さりげない優しさ」の関係である。学び合う関係のコミュニケーションは、
「ねえ、ここどうするの?」
という、わからない子からの問いかけによって成立する。わからない子が問いかけない限り、わかっている子はあえて教えようとはしない。しかし、いったん求められると誠実に応答する。この「さりげない優しさ」によって結ばれた学び合う関係が協同的な学びを豊かに発展させる基礎となる。しかし、一般に教師は教え合う関係と学び合う関係の違いを十分に認識していないし、協同的な学びの中で教え合う関係を求めがちである。作業の途中に
「できた人はできない人に教えてあげて」
と指示する教師は多い。そのような教室では協同的な学びが発展することはない。教師は指示を変えなければならない。
「わからない人はいつまでも1人で考え込まないで隣の人に聞くんだよ」と。グループ活動の中で「先生、先生」と、仲間に問いかける前に教師に質問する子がいる。そういう場面では、その子の質問に直接答えるのではなく、
「隣の人に聞いてごらん」
とグループ内の子どもと子どもをつなぐ働きかけをする必要がある。まずは隣の仲間に相談し、そこで解決できなかったら、教師を呼ぶということを習慣づける必要がある。しかし、多くの教師はグループ作業の中でわからない子が質問すると、すぐに答えてしまい、協同的な学びが発展するのを妨げている。


2,班学習(集団学習)とのちがい
協同的な学びは、かつて教室に広く普及した集団学習でもなければ班学習でもない。協同的な学びが班学習と最も違う点は、班学習が、班のまとまりを重視するのに対して、協同的な学びにおいて学びの主体はあくまでも個人であり、グループ活動の中で決して一体化を求めず、むしろグループ内の個々人の考えや意見の多様性を追求している。学びは同一性からは生まれてこない。学びが成立するのは差異においてである。
したがって、協同的な学びを実現するためには班学習にならないよう留意する必要がある。小グループの協同的な学びの指導において、決してグループ内の考えや意見の一致やまとまりを求めてはいけないし、班学習のように小グループを代表して意見を言わせてはならない。・・考えや意見の多様性を尊重すべきである。


(夏、中学校の模擬授業で、私は班の意見をまとめる指示をしてしまいました。大失敗でした!ごめんなさい)


・・協同的な学びは個々人の多様な学びのすり合わせであり、どの子も対等な立場で参加する必要がある。・・


授業スタイルの転換へ
1,転換への不安
・・1人ひとりの「学び」の実現こそが「授業」において追求されなければならない。それでも協同的な学びの導入を躊躇する教師たちがいる。この躊躇はいくつかの理由によっている。  その1つは、協同的な学びを導入すると、生徒が「おしゃべり」をしてしまうことへの抵抗である。その次に多いのは、進度が遅れてしまうという悩みである。・・


2,おしゃべりの克服
・・教師の言葉が生徒に届いておらず、生徒とは無関係に一方的に教師の言葉だけで授業を進めているケースも多い。・・ただし、たとえ教師が言葉を選んで語りかけ、生徒との間に対話的なコミュニケーションが成立していても、協同的な学びを導入すると生徒がおしゃべりをしてしまう教室もある。それらの教室を観察してみると、課題がやさしすぎるケースがほとんどである。協同的な学びの意義は、1人では到達できないレベルに仲間との協同によってジャンプするところにある。すでに到達しているレベルの課題あるいは1人で取り組んでも容易に到達できる課題を与えても、協同的な学びが活発に展開されるあけがない。・・
確かに、生徒の間に聴き合う関係が生まれ、学び合う関係が生まれていない限り、協同的な学びは期待するほどの成果をもたらさないかもしれない。しかし、逆に言って、協同的な学びを導入することなしに、生徒の聴き合う関係や、学び合う関係は育ちようがないのである。まずは1時間の授業の中に数分でも協同的な学びを導入することが重要である。


3,効率性の保障
・・協同的な学びの導入によって、授業の効率性は損なわれるかもしれないが、学びの効率性は損なわれているだろうか。一斉授業の効率性は、学びの経験を薄っぺらなものにし、授業についていけない生徒たちを切り捨て、学びの発展性を求める生徒の関心をそぎ落として成立している効率性である。ここでも発想の転換が必要だろう。・・専門家としての教師の責任は教室の1人ひとりの学びの実現にある。・・
とは言え、教科書の進度が遅れてしまっては、たとえ1人ひとりの学びが保障されたとしても十分な教育とは言えない。・・方法は2つある。一つは、単元の進行にメリハリをつけることであり、素早く押さえるところとじっくり発展的に学ぶところを効果的に組織することである。もう1つは、協同的な学びを「ジャンプのある学び」として組織することである。・・課題を高いレベルに設定することによって、協同的な学びは基礎的な事項と発展的な事項を総合して学び合う経験を可能にするのである。


成功のポイント
1,指導の要点
・・①グループをどのように組織すべきか、②いつグループ学習を導入すべきか、③いつグループ学習を終えるべきか、④グループ学習の間に教師は何をすべきか、という4つの事柄をあげることができる。


まず、①の「グループをどのように組織すべきか」であるが、グループは男女混合の4人を基本とするのが好ましい。男女混合にするのは協同の思考を活性化するためである。・・4人というグループの単位は、すべての生徒が対等に聴き合い学び合うのに、最適である。5人以上になると誰かが「お客さん」になりがちである。・・生活班と協同的な学びのグループとは分けたほうがよい。(3人グループから始めてもよい。・・学び合いに慣れてきたら4人グループに変更するといいだろう。男子だけ、女子だけのグループは、おしゃべりはできても学び合いは生じにくい。・・くじ引きなどによるランダムな編成で・・一定期間ごとに編成替えを行えばよい。・・小学校の低学年だけは導入すべきではない)


②の「いつグループ学習を導入すべきか」については2つの機会がある。1つは「個人学習の協同化」であり、もう1つは「背伸びとジャンプのための協同的な学び」である。・・前者の「個人学習の協同化」も積極的に活用されるべきである。・・わからない生徒には隣の生徒に
「ねえ、ここどうするの?」
と尋ねるよう指示するとよい。この作業は、低学力の生徒が伸びてゆく最大の条件となる。・・数人の生徒しか挙手せず、多くの生徒が困惑の表情を浮かべている時は、ただちにグループにもどして協同的な学びを組織すべきである。こういう局面はどの授業の中にもある。そのチャンスにグループ学習を導入し、すべての生徒に「背伸びとジャンプ」に挑戦させることができるかどうかが、その授業の成否の鍵となる。ほとんどの授業が後半部分において少数の挙手する生徒に依拠して進められているが、そこでいったんグループにもどせるかどうかが、すべての生徒に「背伸びとジャンプの学び」を保障するうえで決定的に重要なのである。・・


2,いつ終えるのか
 ③の「いつグループ学習を終えるべきか」は②の「いつグループ学習を導入すべきか」と同程度に重要である。・・学びが成立している限りにおいて進めるべきであり、学びが成立しなくなる直前で終えるべきである。・・生徒の様子を見て、学び合いに没頭していれば学びが成立しているし、グループの話し合いが散漫になったりおしゃべりになった時は学びは成立していない。その直前にグループ学習は終えるべきなのである。


3,教師は何をすべきか
・・④グループ学習の中で教師が行わなければならないことは2つある。真っ先にやらなければいけないことは、グループの学び合いに参加できない生徒に対するケアである。・・グループ学習を始めた直後に、教師は生徒が1人残らず学び合いに参加できるよう援助しなければならない。・・教師が行わなければならないのは、参加できない生徒をグループの生徒とつなぐことであって、教師がそれぞれの生徒の質問に答えることではない。
その次に教師がやるべきことは、グループに対するケアである。グループの中には話し合いや学び合いが起こりにくいグループが1つか2つは存在する。それらのグループに対する支援を行い、それぞれのグループにおいて、学び合いが進展すれば、あとは生徒にまかせておいてよいのである。


小学校低学年の協同する学び
1,低学年の子どものつまずき
グループ学習は・・小学校1,2年の段階では導入すべきではない。・・低学年の子どもがどこでつまずいているかを観察すると、2つの場面が浮かび上がる。1つはグループ学習の場面であり、もう1つは個人で行う作業の場面である。・・一見するとグループ学習を成立させているように見えても、つぶさに1人ひとりを見てみると、4人のグループのうち、1人か2人は学びを成立させていないことがわかる。・・
個人作業の場面も同様である。つまずく子どもを観察してみると、つまずく子どもはいたるところでつまずいている。・・低学年で個人作業を入れる時は、教師のていねいで細やかな配慮と支援が必要である。・・


2,低学年における協同
低学年における協同的な学びは、子ども全員と教師が一体になって推進することが望ましい。・・低学年の子どもにとって、まず必要なのは教師との個人的なつながりである。低学年の子どもは教師との安定した個人的なつながりに支えられて初めて、友だちの学びへの関心を持てるようになるし、友だちとのつながりを意識するようになる。教師の側から言うと、教室の1人ひとりと放射線状につながる安定した関係を築いたうえで、子ども1人ひとりが他の子どもとつながる関わりを追求することが可能になる。低学年でも協同的な学びを追求すべきであるが、その協同的な学びは教師と子ども1人ひとりとの放射線状のつながりを基盤として、つまりグループ学習に持ち込まず、クラス全員の子どもたちをつなぐことによって追求すべきなのである。・・必要なことは、友だちの発言をよく聴くことであり、1人ひとりの友だちの多様な意見や考えを1つひとつ理解し、つなぎあわせることである。・・


同僚性を築く校内研修(研究会の討議の改善)
①話し合いの対象を「どう教えるべきだったか」におくのではなく、「子どもがどこで学んでいたのか、どこでつまずいていたのか」の事実におく。・・
②話し合いにおいて、参観者は「授業者への助言」ではなく、その授業を観察して自らが「学んだこと」を述べ、その多様性を交流して学び合う。・・
③話し合いにおいて参加者は最低ひと言は発言すべきであり、声の大きい人や指導的な人に支配されない民主的な討議を実現すべきである。・・』


以上、佐藤学先生の文章を抜粋して紹介しました。本書を直接読まれることをオススメします。グループ学習を採り入れる時の参考になることがちりばめられている、というか詰まっていると感じましたが、いかがでしょうか。これを採り入れ始める小学校、中学校、高校が徐々に増えつつあります。


大津市立真野北小学校の公開授業を参観して


2014年1月16日(木)の5時間目、大津市立真野北小学校の公開授業を参観させてもらうことができました。


私が今まで参観した公開授業は、研究授業ではなく、小中高すべて全クラス授業公開の時間帯でした。


今回は研究授業で、担任の先生とクラスの子どもたちの周りに、真野北小学校の先生方が座っておられました。


同校以外の参加者は、その外側から参観するわけで、これは私にとって平成以降では初めての体験になります。


ですから、子どもたちのそばに座って研究授業を参観しておられる真野北小学校の先生方のご様子は、とても興味深いものでした。


もちろん、担任の先生は表情も口調もおだやかで、子どもたちも落ち着いて学習していました。


しかしながら、今回はあえて、参観しておられる同校の先生方のご様子から学んだことを報告します。


同僚の授業を参観することには、どういう値打ちがあるのかを、再認識することができたからです。



まず、学校ぐるみで「協同的な学び・聴き合う学び」に取り組まれて2年目だと伺いました。


授業が始まると、子どもたちの学習を見守る同校の先生方の温かな眼差しと、子どもたちの発言に耳を傾ける(耳をすます)先生方の姿がありました。


具体的なご様子をいくつか・・。


発言する子どもの顔を見つめながら、うんうんとうなずく先生方がおられました。


そして、他の子どもたちを絶えず見回しながら、その反応(表情の変化・つぶやき)を見逃さない先生方がおられました。


子どもがグループで話し合う場面では、そばにしゃがんで(同じ目線の高さで)、にこにこしながら子どもの発言を聴く先生方がおられました。


とにかく、まるで自分が担任みたいに、心底うれしそうなご様子で参観されている先生方がおられたのです。


同校の先生方は、このクラスの子どもたち1人ひとりのことを実によく知っておられる様子で、「全校の子どもたちを全校の先生方で育てる学校ぐるみの取り組み」とは、こういう懐の深いお姿にも表れるのだなあと感じ入りました。


日々のそういう先生方のお姿があればこそ、子どもたちも不安から解放されて「ぼくがわたしが安心して学べる学校」だと実感できるのではないでしょうか。


その後の研究協議会(子どもがどこで学んだか、自分は何を学んだか等)には、個人的な時間の都合で参加できずに残念でした。



受付でいただいた冊子は、シンプルで読みやすい指導案(やたらと分厚い指導案よりずっとよい=教師の負担軽減のひとつ)の次に、校内研究について、わかりやすく書いてありましたが、その中から2つ紹介させてください。


1つは、「グループ学びと班学習の違い」です。


グループ学び


>△互いの考えを聴き合うことが第一。


>△すべての子どもの考えを聴こうと意識する


>△一人ひとりが自分の考えを聴いてもらう。


>△考えをまとめたり、ある特定の考えに絞ったりしようとしない。


>△互いの考えを聴き合い、すり合わせることにより、一人ひとりが自分の考えに磨きをかけて深めていくことを目的とする。


班学習


>△必ずしも全員の考えを聴かなければととらえるわけではない。


>△雄弁な子どもがことばの大半を独占することもある。


>△班としての考えを見つけ出すことを目的にしていた。


>△班の誰かが班の考えとして発言することがほとんど。


>△考えをまとめようとする。


もう1つは、「教師の意識を変える!」です。


>①多弁を慎む


>◎教師がすぐにしゃべってしまう習性を克服する。


>(例)○子どもが語ったことに対して、他の子どもが反応する前に、その子のことばを繰り返して言ってしまう。


>○子どもの考えを十分きかずに説明してしまう。


>○教師の都合のよい方向に誘導してしまう。


>◎間(ま)が必要。


>②発言優先主義から抜け出す


>◎発言を促す指導がいけないというわけではない。


>◎発言を増やすために聴くのではない。


>◎聴きたい、聴くことがおもしろい、聴いてみんなで考えていきたいという意識を教師が率先してつくり出す。


>(例)○「発表してください」→「聴かせてくれる?」


>「聴く」意識を強くする


>③聴き上手な教師


>◎話しやすい雰囲気=信頼感


>○「先生はどんなことでもちゃんと聴いてくれる」


>○「多少ずれていても、間違っていても、ちゃんと向き合ってくれる」


>○「ことば足らずで話しても、意味づけをしてくれる」


>◎ほめる


>○「~さんの~という考えを聴いて○○さんはこんな疑問を感じたんだね。その疑問いいねえ!」



以上、なるほど!ですよね。


「話を聴ける子どもは、子どもの話を聴ける教師の元で育つ」ということ・・私も耳が痛いですけど、そのとおりです。


「始めたころはたいへんでした」と実践校(草津高や粟津中)の先生方が口をそろえておっしゃるように、ご苦労も多々あることと思います。


今まさに発展途上にある真野北小が、子どもと共に聴き合い学び合う教師集団として、さらに成長していかれることを応援しています。


「協同的な学び合い&聴き合う学び」こそ、今の日本における学校教育の「切り札」的取り組みだからです。


関連ページ


「協同的な学び合い(聴き合う学び)」③【反省的実践型授業研】その源流の1つでもあった滋賀県の種と花+愛知県・三重県

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898105/




by takaboo-54p125 | 2010-10-08 22:00 | 保育・教育

『先生、そんな言い方しないでください』(おーつるりーこ&はっぱ隊ジュニア・著)という本に、目がとまりました。発行はユピキタ・スタジオ、発売はKTC中央出版です。小4年~中学生~高2年の子どもたちの生の声と実体験を集約されたようです。一部、紹介します。本書を直接読まれることをオススメします。


・いつもの授業を大切にして!(授業参観や研究授業と同じレベルの授業は?)


・遅刻した生徒には、まず「何かあったか?」と気づかって!(いきなり頭ごなし?)


・前にいた学校(学年)の成績と比べて、ぼくらをけなさないで!(へこませたいの?)


・一部の生徒にウケるからって、生徒(特定の子)をからかわないで!(泣いてるかも?)


・生徒が用事を引き受けてくれたら「ありがとう」ぐらい言おう!(役に立ってないの?)


・採点ミスを生徒が言ってきたら、気持ちよく対応して!(見るより先に疑いの言葉?)


・「いじめられてる」と訴える生徒には、とにかく話を聞いてあげて!(「後で」なの?)


・部活の試合で負けても、生徒に感情をぶつけないで!(一番くやしいのは、先生なの?)


・生徒の呼び方には、差をつけないで!(嫌われてる?ひいき?誤解の元になるのでは?)


・「おまえのせいで」とは、どんな時でも言わないで!(ぼくってクラスの邪魔者?)


・上級生やこわい先生をダシにして、しからないで!(おどしているの?)


・「この問題は、できて当たり前」と、軽く流さないで!(できて喜べた子の気持ちは?)


・授業に遅れて来たら、まず理由を説明して!(そのひと言がなくて、尊敬できますか?)


・保健室に行きたいという生徒を疑わないで!(体や心がつらいのに、信用できないの?)


・生徒の質問に答えられなかったら、いつ答えるか約束して!(他の話でごまかすの?)


以上、パッと目についた言葉を抜き出してみました。小学校上学年から高校生までと書いてありましたが、上記の15個のお願いのうち、13個は中学生たちからのお願いでした。他山の石として、お互いに、わが身をふり返ってみましょう。そして、ハッと、気づくことができた先生は、教師として成長していけるはずです。子どもたちにとって、安心感と信頼感のある教師としても。中1ギャップに、しなやかに対応していける教師としても。


by takaboo-54p125 | 2010-10-04 13:21 |

保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 10月号ステップ1


担任の仕事は超忙しすぎて、クラスの一人ひとりの
   子どもの心とじっくり向き合う時間がとれない!



 1人1分、40人なら40分で、一人ずつ個別に向き合う時間がとれる方法が一つだけあります。仕事を増やすようで心苦しいのですが、これこそ、全員の子どもとつながれる一番の近道なのです。慣れてきたら、1人30秒、40人20分でできます。
 帰りの会で子どもたちが「ひと言日記」を書く時間を5分間とり、担任が職員室か家でひと言ずつコメント(赤ペン)を書き、翌日の朝の会で返す、このくり返しです。1分間だけですが、どの子どもとも日記を通じて、真剣に向き合えます。時間がないなら、帰りの会を5~10分早く始めたらよいだけです。
 やっておられない先生方は、今からでも、だまされたと思って、試してみてください。
 子どもが思ったことを1行でも書き、担任がそれに返事をひと言だけ書きます。書かない子もOKにして、白紙の日記にもコメントを書きます。担任に余力があれば、学級通信で友だちの日記(本人の了解済みのだけ)と担任のコメントを読み合います。めんどうで地道な取り組みですが、継続すればするほど、全員の子どもとの信頼関係が確実に深まります。
 文を書くのが下手で、日記なんて嫌がる子どもたちが、まずスタートラインです。一見つまらなそうな日記でも、その子の「心」が伝わってくる所に光を当ててやるコメント(短くほめる)をちょこっと書くことから出発します。これは「心」と「心」のキャッチボールです。「心」がないと、お互いにつまらなくて、面倒くさい労役になります。大事なのは「心」だから、よい文を求めず、説教なんか書かず、その子が書いた事実に即して、その子と対等に、その子に共感するコメントを心がけたいものです。まあ、直感です。その子のその日のステキな姿が浮かんだら、しめたものです。
 日記は指導じゃなく、担任がおもしろがり(心を動かすという意味で)、子どもも読んでもらえることをうれしく思う、そんな関係づくりではないでしょうか。短いラブレターなのかも知れません。息の長い取り組みなので、無理はせず、週1回でもいいし、書かない子がいても、コメント(その日、その子の印象に残ったことを短くほめる)だけ書いてあげたら、そのうち子どもも書いてくるだろう、というぐらいの、のんびりした進め方でいいかなと思います。
 日記帳は、国語か作文ノートを裁断機で半分に切った大きさで充分でしょう。                                                    
「うれしかった・楽しかった」「がんばった・はりきった」「びっくりした・感心した」「じっとよく見た・じっとよく聞いた」「うんと考えた・とても困った」「くやしかった・はらがたった」「はずかしかった・つらかった」「かなしかった・さびしかった」というテーマ一覧表を印刷して、表紙の裏に貼らせます。(イラスト入り)何を書くかのヒントです。イチ押しです。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 10月号ステップ2


初期対応のミスが「モンスターペアレント?」を生みます
 
 「モンスターペアレント?」と言われる保護者は、どんな方なのでしょう。地域で孤立している人(ご近所とトラブってる場合もあり)が、少なくありません。また、ご自身が悩んでクリニックに通院されている場合も、時にはあるかも知れません。不満・ストレスが限界量を超えると、瞬間湯沸かし器のようにカーッとしてしまわれます。文句を言ってからむクレーマーとは全然違います。自己中心的な保護者」という先入観を持ってしまうのは早計です。レッテルをはってしまうと、子どもの見方も見誤ってしまいます。


 実は、わが子の子育てで困っているけど、本心を打ち明ける相談相手がいなくて、孤独感の中で、苦しんでおられる人が、その大半なのです。それなのに「モンスター」とは、失礼だと思います。地域で孤立していたり、ご近所で浮いていたり、近所づきあいが全くなかったりしている保護者さんの、人と関わる時の気持ちは「敵か味方か」「○か×か」「白か黒か」という感覚に近い状態で、ガードを固めて接してこられます。
ですから、学校からの電話にはとても過敏です。わが子のよくない話の電話の連続では、「またか」「どうせ」と瞬時に拒否反応してしまうのは、むしろ当たり前の反応です。
当然、強い反撃に出てこられます。こうして、「モンスターペアレント?」が生まれます。
担任に対しても、第一印象で「この保育士・教師は敵か味方か」を判断されるでしょう。
 だからと言って、こわがることはありません。
わが子の味方、わたしの味方と直感で感じてもらえたら、とても担任を頼りにしてくださるケースが多いと思います。グチも軽く受け流さず、親身に聞いてあげましょう。
それは味方が少なく、わが子の悩みを一緒に共有してくれる人が、一人もいないからです。
最初の出会いの言葉は、うんと大事にしたいですね。保護者さんの目をしっかり見て、
「○○君、やんちゃやけど、大好きですねん」
「○○さん、大人しくて目立たないと思っていたら、こんなええとこ、あるんですよ。」
「○○君、こんなこと、言うてくれたんですよ。うれしかったですわぁ」
と本音で言えるような、子どもとの関係づくりがスタートです。そんなスモールステップの積み重ねが、少しずつでいいから出来ていけば、その子は家で担任の悪口は言いません。
「ぼく(わたし)の気持ち、わかってくれはる先生や」と、きっと言うでしょう。
それを聞いたら、校園不信だった保護者さんも、感謝の気持ちを持たれるはずです。四面楚歌の中で暮らしてきて、やっと信用できる担任に出会えたと思ってくださるでしょう。


こんな簡単にはいきませんが、保育士・教師の基本的な姿勢は、こうありたいものです。


ただ、先生方の間で「モンスター・ペアレント?」という言葉だけが1人歩きしていることはありませんか?担任のミスで子どもの心を傷つけた時でも、感情的に抗議される保護者のことを「モンスター・ペアレント?」と同僚にこぼす卑怯(姑息)な発言だけは見逃さない職場であってほしいものです。


ミスしても取り返せる失敗と、信頼を取り返せない失敗(暴言・暴力・手をぬかないはずの所での手ぬきなど)を、管理職やベテランが若手に教えてほしいと感じることが、私の耳にも時々入ってくるんですよ。えーっ、そんな自己チューな担任はいないはずやと、信じたいところなのですが・・・・


とにかく、学校・園の先生方は、安易に「モンスター・ペアレント?」という呼び方を使わないようにする方がよいのではないでしょうか。先入観言葉と言うか、親と先生の溝を深めるだけの差別的な言葉だと強く思います。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 10月号ステップ3

どの話に心をひかれますか?子どもに聞かせたいなぁ。
 ずっと前の朝日新聞【天声人語】に「短い話をいくつか」というのが載っていました。


◎電車に乗っている小学校低学年の男の子とその父親。お年寄りが一人、乗ってきた。
座っていた父親が、すぐに席をゆずった。「お父さんの知っている人?」と男の子。
父親は答えた。「人生の大先輩だよ」


◎彼女は学校でいじめにあっていた。周囲はみな傍観している。ある日、机の中に手紙があった。
「独りだと思わないで。みんな言葉にできないだけだから」。
「ファイト」のメモも。「わかってくれている人がいる」との思いが、彼女を支えた。


◎満員電車で、赤ん坊が泣き出した。険しい視線が母親に集まる。と、年配の女性が母親に話しかけた。「眠いのかしらねえ」。母親は「うるさくてごめんなさい」と謝る。
女性は続けた。
「何を言ってるの。一番大変なのは、あなたじゃない。お母さんが一番つらいのよね」


◎北海道の広い道。おばあさんが渡っているうちに、信号が赤になる。寄りそうようにしていた小学4年くらいの男の子が、片手をあげ、止まってと車に会釈した。
おばあさんが渡り終えた。男の子は野球帽をとり、ペコンとお辞儀をした。


◎カキ、モモ、ビワ、・・・・。歩道沿いに果樹が並び、それぞれの季節、たわわに実る!
土地の持ち主のおじいさんが、学校の行き帰りに子どもたちが自由にとれるよう、
植えたのだ。木々の下の手入れされた花々も、人々を楽しませる。


どの話も、心があったかくなる話ですね。
子どもたちに聞かせたら、どの話に心をひかれてくれるでしょうか。
聞いてみたいですね。


私は、その場の雰囲気を一瞬にして変えた、年配の女性の「ひと言」は、ほんまに見事やなと思いました。赤ん坊の母親に語りかけているんだけど、その母親の気持ちを、さり気なく周りの人たちに聞かせています。教室でも、トラブった子に教師がこんな「ひと言」を言えたら、きっと周りの子の気持ちも、教室の空気も温かくなるでしょうね。


保育士・教師のスモール・ステップ作戦(子どもとの向き合い方)
 らしんばん 10月号ステップ4

ちょっとした気配りができるかどうかで、子どもは↑↓


「保護者」のことを、教室では何と言えばいいのかな?



 クラスの子どもたちの家族構成で、保護者の呼び方は決まってくるでしょう。正確&慎重に確認して新学期を迎えますが、転入もあります。クラス全員の子どもに両親がいれば、
「お父さんお母さんに言っといてやぁ」
でいいですよね。クラス全員の子どもにお母さんがいれば、
「お母さんに言っといてやぁ」
でいいです。
でも、クラスにたった1人でも、お母さんのいない子がいるなら、
「おうちの人に言っといてやぁ」
と言うべきでしょう。お父さんのいない子や、祖父母に育てられている子がいる場合も同様です。
里親さんに育ててもらっている場合も、これが無難な呼び方です。
児童養護施設から校園に通っている子の場合、その施設の職員さんと相談してみましょう。
 以前よりも離婚、再婚、同居などが複雑になってきているので、保護者の呼び方一つのことですが、呼び方の違いにも敏感に反応せざるを得ない子どももいるんだ、と思える担任でありたいものです。ちょっとしたことが、意外に大切なのです。


学年集会では、学年主任だけがしゃべるのかな?


 湖の子&山の子学習、修学旅行(自然教室)などの事前に、学年4クラス150名の大規模校なら、担任4人で学年集会をします。子どもの実行委員に活躍してもらう場面もありますが、先生の出番も4回つくるのが、組織的な先生集団です。
 学年主任1人だけがしゃべっている学年は、学年主任以外の担任のクラスの子どもらは、内心おもしろくないんですよね。ぼくら(わたしら)の担任の先生にも、学年全体の前で堂々としゃべってほしいのです。だって、うちの組の先生のことを、誇らしく思いたいのが、子どもの人情だからです。初任者の先生にも、臨時講師の先生にも、平等に出番をつくる先生集団でいてください。
 規模の小さい学校の、例えば、5,6年の高学年部で、運動会の取り組みをする時も同様で、2人の先生で指導するなら、出番も2回つくります。3人の先生で指導するなら、出番も3回つくります。これは、「どの先生も堂々と全体の前でしゃべらはる」という演出でもあるのですが、先生集団のチームワークを子どもたちに見せるという意味もあるのです。学年主任のワンマンショーでは、よい学年づくりはできません。それと、子どもの前では,年上の先生が年下の先生に敬語でしゃべること、なぜ大事なのか、わかりますか?答えは、子どもたちが聞いているからです。子どもたちは、他の先生方の、自分の担任に対するしゃべり方を真似することを忘れないでください。担任のしゃべり方も真似しますけどね。


プラスアルファ


今の小学校の現状を見ると‥


言葉で思いを言えない子が?先生の話を聞けない子が?立ち歩く子が?


友だちはガラスの人間関係に?授業が成り立ちにくい?えーっ、親も?


【学校ぐるみの様々な工夫あれこれ】


困った先生たちは知恵をしぼって‥


聴く空気感を生み出して、聴き合うつながりを学びの土台にしようとする。先生の声の転換(大声から、静かに柔らかく語りかける話し方へ。ここぞという時には、絶妙の間〔ま〕をとる)


「○○君が言いたいことの続きがうかんだ人、いるかなぁ?」
「○○さんが言いたいのは、たぶん、こういうことやと言える人、いるかなぁ?」


ボソボソ発言・モゴモゴ発言は、つまずき(失敗)として、そのまま流すのではなく、その発言を、みんなの発言をつないでいく貴重な出発点として認めると、


「あ~あ、先に言われちゃった」「せっかく言いたかったのに」というつぶやきが減り、


みんながお互いの発言を聞き合おうとする雰囲気をつくれる。自分の発言を認めてもらうことで、友だちの発言も聞いてあげようという意識がじわじわと育つ。


黙っている子、目立たない子を見つめる温かなまなざしを、先生は持ち続ける。


「ねえ、ここどうするの?」と自然に言い合える教室に育てるための机間支援を大切にする。質問することをバカにするムードを、教室から消し去る。おとなしい子も質問することを徐々に恥ずかしがらなくなる。


「できた人?」「わかった人?」ではなく「困っていることは?」とケアをする先生であり続けようとする。


授業の導入の交流と、ペア(2年~)や4人グループ(3年~)の学びを取り入れる。


「先生、ここどうするの?」に対して、まずは、「隣の友だちに聞いてごらん」とうながし、聞き合い、教え合うことを当たり前の習慣になるので見守る。それでも、わからない時が先生の出番。


以上は全国の学校で今、最も注目されている「学びの共同体」実践校の取り組みの一部を、断片的に拾い上げてみました。


以下は、プラスアルファですが、必ず効果がある取り組みです。


◎「キラッと見つけ」(他のクラスの子の輝く姿を見かけたらメモして担任の机上へ置く。職員みんなでしている学校は、どのクラスも複数の先生からほめられる学校生活が送れるようになる)悪循環から脱出するには絶対必要な実践です。


◎スモールステップをあたえて、ほめること(石の上にも3ヶ月の根比べです。6月まで以下のことをねばり強く続けます)


「A君、こっち向いて」→「うれしいな。向いててね」
「Bさん、教科書出して。○ページ開けて」→「すばやいな。えらいぞ」
「C君、ノートに書くんやで」→「できるやん。かしこいなぁ」


◎『失敗は成功のもと』体験の共有(立ち直りへの支援が自立を促す)


挙手した意欲を「えらいね」と認め、言えなかったことは「緊張するもんなぁ」と支え、「なあ、みんな」と周囲にも共有させ、再度挙手したA君を指名し、ほめて、次につながる意欲を促します。        


◎トラブルはその子とつながるチャンスにします。


「つらかったんやね」「そら、ムカつくわなぁ」「くやしかったんやもんなぁ」と代弁します。その子なりのわけにも共感しつつ、周囲の子にもハッとさせるためです。(自分らの言動がどうだったか気づかせるためです)それは教室に悪者を1人もつくらないためです。


◎「今するべきこと」をわかりやすく、そして時には強い意志で伝えます。


・指示することばは短めに。


・その子の拒否の叫びや行動に先生が動じない。


・断固たる決意で、その子の心にぶつかる感覚で、決してゆずらない。


・そして、少しでも、しようとしたら、ほめる。先生自身も心から喜ぶ。


・その子が本当にしたら、おもいっきりほめて、いっしょに喜びを分かち合う。


【おうちの方に気づいてほしいのは・・】


赤ちゃんは「よしよし」「いい子いい子」と、言葉は幸せに習い始めたはずなのに、小学生になると、「早く」「遅い」「まだ?」「やめなさい」などの、しかる言葉や、管理する言葉でおしまいなの?最後にほめないの?


失敗しても、「いいつまづきだね」とよりそうと、次につながっていくのに、「だめね」と否定するだけ?失敗がそこでとぎれてしまうと、子どもに残るのは「やっぱりボク(わたし)はダメだ」という自信喪失感だけ・・。


子「発表会、疲れた」親「発表会、楽しかったでしょ」と親が答えを言うの?


子「テストがあった」親「できたの?」「がんばった?」あれっ、共感なし?


子「テスト90点とれた」親「100点は何人?」なんで、認めないの?


点数・順位・成績以外を切り捨てる親の子は、90点でもめっちゃキレます。


今、まわりにあるのは知識・情報だらけで、ハウツー・ノウハウはあっても、意欲に結びつく「知恵」はないことに気づいていますか?


生きていくための「知恵」は、自分の中からわき出してくるもの(実感「そっか、わかったー!」とか、体感「できたー、納得!」とか)でしょう。


知恵とは「体ぐるみ」のもの。だから、「つ」のつく年令(九つ=9才)までの原体験(どろんこ遊び、砂場遊び、水遊びなどなど)が大事なのです。


わが子が、例えば大卒・就活の時に「ヘリコプター・ぺアレンツ」になりたいですか?つまり、今(小中学生)、忙しいからと言って、お世話だけして、子どもの心を育てること(お手伝いのスモールステップでほめること)をしておかないと、大人になってもずーっと、お世話をし続けなければならないわが子になってしまうんだ~と、思っておきましょう。


【係活動のイメージを180°チェ~ンジすると、クラスのみんなが生き生きと動き出します】


クラスの状態が「イマイチ」と感じたら、オススメは「係活動チェ~ンジ作戦」です。                                                
今までの係活動を大変身させるのです。
もちろん、日直、給食当番、掃除当番などは、そのままです。ただし、ワン・チャンス、つまり、年に1回だけしかチャレンジできないと思ってください。両刃の剣ですから、それぐらい腹をくくらないと、挑戦できません。


まず、担任が子どもたちに提案します。
・毎日、みんながマジで楽しくなる教室にする係活動にチェンジしよう。
・係は必ず2人以上ですること。(1人でいる子がいたら、さそってあげる)
・係は自分らもやってて楽しいこと。
・クラスのみんなの役に立つか、クラスのみんなも楽しくなること。
・アイデアがなくなったら、朝の会で「◎◎係は解散しました」と宣言すること。                                            
・そして、新しい係を立ち上げること。その場合も朝の会で宣言すること。
・活動期間の長短は問わない。(1日から学期末までOK)
・複数の係に所属してもよいが、両方のメンバーに了解してもらうこと。
・係に後から加入したい子も入れてあげること。(人数制限しない)
・教室の後ろの黒板の係コーナーを必ず活用すること。


以上、10ヶ条のルールで始めました。
初めてでしたので、例を示して、学級活動のうち月2回を、係活動の時間にあてました。あとは、軌道に乗れば、休み時間も係活動が活発になり、係コーナーの場所を増やしてほしいという要望も出てきました。3日で解散して、新係を立ち上げるのを、くり返す子らもいました。再結成も、ありです。子どもの出すアイデアは思いのほか意外な発想でクラスに活気が出ました。当時、6年生でしたので、4年生の2クラスから、どんな係があるのか教えてほしいという依頼があり、6年生の子らは4年生の教室へ出前して、発表しました。


子どもたちがやった係活動


◎119番救急隊(保健係さんです)


◎教室インテリア・コーディネート係(窓をステンドグラスにするなど、教室かざり係です)


◎何でも「よろず」相談所(忘れ物への対処や落とし物さがしに力を貸す係です)                                         
◎ゴミゴミ・バスターズ(教室のゴミを拾いまくる係です)


◎先生お助け宅急便(いろんな教材などを職員室から運んでくれる係です)                               
◎昼休み「遊び人」株式会社(昼休みの遊びを提案してリードしてくれる係です)                              
◎給食イベント興行(給食の時間を楽しくするイベントをしてくれる係です)                                                                  
◎DJ・ミュージック・ステーション(昼休みのBGMを流したり、Jポップ情報の係です)                                                  
◎プロ野球・Jリーグ速報係(試合結果や順位を係コーナーに書く係です)                                     
◎今日のセディ&セーラ発見隊(クラスでよいことをした人を発見して紹介する係です)                                                 
◎クイズ・なぞなぞ制作会社(係コーナーに毎日、今日のクイズを書く係です)                                                      
◎なんでもベストテン発表プロジェクト(インタビューして、ベストテンを発表する係です)


◎イラスト募集委員会(みんなにテーマを示して、イラストを募集して、壁にはる係です)


◎4コマまんが制作室(4コマまんがを書いては、係コーナーにはっていく係です)


◎将棋学習塾(将棋を教えてあげる係です)


もっとたくさんあったのですが、忘れました。「インタビューして、ベストテン」については、誰かを傷つけないか、担任のチェックを通しました。



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子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す

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by takaboo-54p125 | 2010-10-02 06:07 | 保育・教育