10月29日は「世界脳卒中デー」だと新聞に書いてありました。                                                     
脳卒中のひとつである脳梗塞を患った(後遺症は現在進行形の)者として、みなさんにアドバイスさせてください。


私は、2年前の10月、朝、起きて、いつもどおりに、台所の換気扇の下でタバコを吸っていたら、急に右半身がしびれ始めました。手も足も耳も脇腹も右は全部です。痛くはないので、あれっ、おかしいなと思って、昼まで布団に入って寝ていました。それでも、治らないし、物がずべて二重に見えるし、うまく歩けないのです。そこで、やっと「やばいぞ」と思い、119番しました。脳梗塞の発症から6時間経過していました。


病院でドクターから、「3時間以内に治療を始めていたら、治る可能性もあった」と聞きました。ですから、私は右半身の感覚マヒとずっとつきあっていかなければならない体になりました。どの程度かと言うと、右半身が正座をして足がしびれた状態と言えばいいでしょうか。


リハビリもがんばったので、右足は引きずりますが歩けます。ただし、走れません。しびれていることには耐えられるようになりました。幸いにも、物が二重に見える症状が2ヶ月後に治ったので、クルマの運転もできるようになりました。字も下手ですが書けます。でも、再発予防で、遠出は減らし、用事は午前中にすませ、午後は無理をせず、夜は外出せずに9~10時には就寝します。もちろんタバコもやめました。


もう一度、整理をすると、私の場合は、何の前触れもなく、次のような症状が出ました。


体の右半身がしびれる。(片手がダラーンとなる人もいるようです)                                         
当然、足ももつれて、歩きにくい。
舌がなめらかに動かないというか、ろれつが回らない。
物が二重に見える。(片目が見えないという人もいるようです)                                             
字を書こうとしても、めちゃくちゃな字しか書けない。


ここで、私が失敗したのは、痛みがないので、すぐ119番しなかったことです。脳梗塞は、3時間以内に治療(私の場合は点滴)を始めるかどうかが、分かれ目だと痛感しています。
みなさんも、ご家族で、上記のような症状が出たら、痛みがなくても、迷わず119番して救急車を呼びましょう。「脳梗塞が治るかどうかは、時間との勝負」とドクターに言われた私の痛恨の反省です。


【2014年1月】ダメで元々・・「その場で駆け足」の真似事を続けていたところ、自分でも信じられないのですが、ほんのちょっぴりですけど、軽く駆け足をすることができるようになりました。箱根駅伝をテレビで観ながら、「その場で駆け足」をする程度です。それで、自宅の周囲でも、ちょこっと走ってみました。おっ、走れるではありませんか。相変わらず、しびれは、ずっとあります。低気圧が近づくと、しびれが増します。でも、そのしびれが苦痛ではなくなりました。リハビリをあきらめないで、気長に続けてきてよかったと実感しております。


by takaboo-54p125 | 2010-10-30 17:26 | 健康

三男の中体連ブロック予選を見に行って、中学校バレーボール部時代を思い出しました。


中1当時(1972年・S47年)は、ミュンヘン・オリンピックで全日本バレー男子が金メダル、空前のバレー・ブームでした(全日本・深尾選手194cmは彦根工業OB)。TVアニメ・ドキュメント「ミュンヘンへの道」で全日本エース・大古選手が逆立ちで9m行けたのを見て、チームの大半がコートの端まで逆立ちできるようになりました。森田選手が世界で初めてやってみせた「1人時間差攻撃」は、うちの左エースもマスターしてました。私は、ネット・ボールを、フライング・レシーブでトスする練習が好きでした(成功の確率は低く、試合で上手くいったのは数回だけ)。


私らのチームは、新聞に県の優勝候補と書かれて舞い上がり、一発敗退しました。監督は前任校を全国大会へ導いた名将、180cm近い選手が2人、サウスポーも2人、朝練のサーブはマットを置いた所をねらえました。スタメン全員が違うサーブを打ち(私は無回転サーブで)、サービス・エースを競い合いました。高校男子バレーの強豪・近江高1年生(2・3年生が県外遠征中)とは高校用5号球&高校用ネットで、社会人9人制女子の日清紡能登川とは9人対6人で胸を借りました。粟津中とは12セット・マッチもしました。練習中に水を飲むのは、禁止だったような・・・。


第6ブロックのレベルは高く、秋は完成度の高い多賀中(練習試合で私らは1勝のみ)が県1位、春は粘り強い稲枝中(練習試合で互角)が県1位、平均身長175cmの彦根南中、打点の高い彦根東中、試合巧者の愛知中‥ライバル校だらけでした。秋は稲枝中に勝ち多賀中に負けてブロック2位、県では第7ブロックの双葉中・長浜西中と対戦し1勝1敗でした。その第7ブロックも強く、長浜東中の1年下には藤田選手(1983全中・優勝→長浜商工→松下電器・全日本189cm)がいましたが、対戦してません。春は能登川中(県3位、後の近江高のエース185cmのパワー)に負けました。夏は彦根南中に逆転勝ちして、県大会では野洲中に勝ちましたが、竜王中(県3位、後の彦根東高のエース183cmの勢い)に負けてベスト16に終わりました。後年、2012全中で優勝することになる伝統校・皇子山中と対戦する機会はありませんでした。


その競い合った主力たち、うちのエース2人も、多賀中のセンタープレイヤーも、能登川中のエース2人も、稲枝中・竜王中・玉園中・愛知中のエースも、彦根南中の大型セッターも、そろって進学した近江高・彦根東高と湖北の雄:長浜商工が当時の県・男子高校バレー3強でした。そう言えば、監督の前任校の教え子で、近江高時代に全国ベスト6に選ばれた方(社会人)が1度来てくださり、攻守のお手本を見せてもらいました。


ということで、私ら男子バレー部は中学時代、県ベスト8に1度も入れませんでした。練習試合で負けたことのない3校(いつもやってた愛知中、強力エースの玉園中、コンビ・プレーの八幡南中=1995全中・優勝の八幡東中の前身?)は春夏いずれかで県ベスト8に入ってました。私らの1年先輩は夏の県3位、1年後輩も夏の県3位、私らの年は女子バレー部が夏の県3位、私たちは結果の出せない「幻の強豪?」チームだったのです。


それゆえ、中1の時から、筋トレのフルコース(腹筋100回、指立て伏せ100回、高鉄棒ぶら下がり、大腿筋を鍛える電気椅子など)も続けたので足は速くなりました。しかし、中1の郡陸上100m走でなんとか12秒9、中2で陸上競技第6ブロック予選100m走決勝まで残り、中3の人たちに混じって走りましたが12秒5で無念の4位でした。中3の県陸上400mリレーは予選落ちしました(100m走も11秒台には届かず‥)。


中3で近江高バレー部1年の胸を借りた時、ブロックに跳んでも高校用ネットから手のひらと手首しか出なかったので、高校ではサッカー部に入りました。同じ新入部員に聞いたら「11秒3」「11秒5」「11秒8」と、100m11秒台がごろごろいました。でも守山高校と練習試合をした時、松田保監督(1982冬に守山高を滋賀県勢初の全国ベスト4に、1994冬にも守山北高を全国ベスト4に導き、小野や稲本ら黄金世代のU-17日本代表監督)に「きみは球ぎわのショルダーチャージが強いね。うち(守山高)のが全部はね飛ばされていたよ」と、あたりの強さだけほめてもらいました。少し自慢ぽくなりましたが、サッカー歴3年の補欠には、ほめてもらえるテクニックは皆無です。チームの主力には国体候補が4人、インターハイ2次予選は県ベスト4でした。近年は、2005冬・全国優勝した野洲高OBの乾選手(Jリーグ→ドイツ→スペイン)を応援しています。


【ここからは、この記事から7年半後、2018の後日談になります。再び私事で恐縮ですが、2018選抜高校野球TV中継で母校の校歌を聞くことができました。その同じ日の午後に隣の高校(校地間の直線距離約1km、校舎間の直線距離約1,2km、道路を走って約1,7km、車で4~5分)である近江高校の校歌も流れました。約40年前、私たちサッカー部は、隣接する近江高サッカー部と合同練習させてもらったことを思い出し、同じ市にある2校が同じ日の甲子園2回戦で勝利する場面を見られるとは・・なんか感激しました。当時、近江高校も彦根城の外堀と内堀の間にあり、官公庁をはさんで約200mというお隣さんだった記憶があります。同じサッカー部同士で、ちょこっと部室へ行き来してましたから(昼休みだったかも_ _)。今回、彦根市にある近江高・彦根東高の校歌を、選抜甲子園2回戦の同じ日に聞くことができた奇跡・・有り難うございます。しかし、まさか、3回戦も同じ日に2校とも延長10回サヨナラ負けをするとは、夢にも思いませんでした。両校の皆さんには感謝します。


その後、閉会式で応援団賞の最優秀賞に選ばれたとのこと、2009春以来の2回目受賞って史上初でしょうか?対戦した慶応高の応援団が早慶戦みたいに「若き血に燃ゆるもの」で盛り上がっていたので最優秀賞は正直あきらめてました。サヨナラ負けした後、対戦校の校歌演奏の時、花巻東高に敬意を表して手拍子をしていた赤鬼応援団とともに、昨夏の甲子園に引き続き、アルプス席で一緒に応援してくださった河瀬高のブラスバンド部・滋賀学園高のチアリーディング部のみなさん、お互いに県内ではライバル校同士にもかかわらず、本当にありがとうございました。2回目の最優秀賞ですので、3校合同の応援+対戦相手への敬意も忘れない応援+応援マナーが評価されたのかなと、余計に嬉しく感じました。


なお、後から知ったのですが、近江高・彦根東高の野球部は、最後の夏の県大会にベンチ入りできない3年生同士の定期戦「メモリアルゲーム」を、長年にわたり県立彦根球場で年1回(6月かな)続けていて、その審判は彦根工業OBの方もしておられるそうです。】

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by takaboo-54p125 | 2010-10-16 17:59 | 文化・スポーツ

「学校の挑戦」佐藤学・著(小学館)は直接読まれることをオススメしたいので、佐藤学先生の文章を抜粋して紹介します。


 一斉授業から協同的な学びへ
(前略)高いレベルを設定しつつ1人残らず学びの経験を保障するための鍵となるのが、わからない子どもが
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間に問いかける指導の徹底である。この指導が不十分なままで高いレベルに挑戦する協同的な学びを追求すると、一部の子どもだけの学びとなり、わからない子どもは切り捨てられてしまう。逆に、わからない時にいつでも
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間に問いかけることが十分に定着していれば、教師も子どもも安心して高いレベルの学びに挑戦することができる。
ところが、わからない子どもほど、仲間の援助を求めるのではなく、自力で克服しようとするし自分1人の力で苦境を脱しようとする傾向がある。そのために、彼らはいつも孤立し失敗し挫折して落ちこぼれてしまう。最も協同的な学びを必要としている子どもが・・。それだけに、わからない子どもには
「ねえ、ここどうするの?」
と仲間の援助を求める指導を徹底させる必要があるのである。
すべての子どもが高い学びに挑戦する機会を提供するのが、協同的な学びである。・・そして学びに「背伸びとジャンプ」を求める場面では、少人数のグループ活動にもどすことが必要である。たとえば授業の後半で3分の1ほどの子どもの挙手と発言だけで展開する授業をよく見かけるが、そのような場面でいったん小グループの協同的な学びへともどす必要がある。それだけで、一部の子どもに限定された学びがすべての子どもの学びへと広がるし、多様な疑問や意見の交流によって「背伸びとジャンプ」のある学びへと発展させることができる。一斉授業においては、たとえ授業としては成立していても「背伸びとジャンプ」のある学びは一部の子どもにしか成立していない。・・


協同する学びの意義
1,学び合う関係と教え合う関係
協同的な学びは学び合う関係によって成立する。教え合う関係ではないことが重要である。教え合う関係は一方的な関係である。「お節介」の関係と言ってよい。それに対して、学び合う関係は「さりげない優しさ」の関係である。学び合う関係のコミュニケーションは、
「ねえ、ここどうするの?」
という、わからない子からの問いかけによって成立する。わからない子が問いかけない限り、わかっている子はあえて教えようとはしない。しかし、いったん求められると誠実に応答する。この「さりげない優しさ」によって結ばれた学び合う関係が協同的な学びを豊かに発展させる基礎となる。しかし、一般に教師は教え合う関係と学び合う関係の違いを十分に認識していないし、協同的な学びの中で教え合う関係を求めがちである。作業の途中に
「できた人はできない人に教えてあげて」
と指示する教師は多い。そのような教室では協同的な学びが発展することはない。教師は指示を変えなければならない。
「わからない人はいつまでも1人で考え込まないで隣の人に聞くんだよ」と。グループ活動の中で「先生、先生」と、仲間に問いかける前に教師に質問する子がいる。そういう場面では、その子の質問に直接答えるのではなく、
「隣の人に聞いてごらん」
とグループ内の子どもと子どもをつなぐ働きかけをする必要がある。まずは隣の仲間に相談し、そこで解決できなかったら、教師を呼ぶということを習慣づける必要がある。しかし、多くの教師はグループ作業の中でわからない子が質問すると、すぐに答えてしまい、協同的な学びが発展するのを妨げている。


2,班学習(集団学習)とのちがい
協同的な学びは、かつて教室に広く普及した集団学習でもなければ班学習でもない。協同的な学びが班学習と最も違う点は、班学習が、班のまとまりを重視するのに対して、協同的な学びにおいて学びの主体はあくまでも個人であり、グループ活動の中で決して一体化を求めず、むしろグループ内の個々人の考えや意見の多様性を追求している。学びは同一性からは生まれてこない。学びが成立するのは差異においてである。
したがって、協同的な学びを実現するためには班学習にならないよう留意する必要がある。小グループの協同的な学びの指導において、決してグループ内の考えや意見の一致やまとまりを求めてはいけないし、班学習のように小グループを代表して意見を言わせてはならない。・・考えや意見の多様性を尊重すべきである。


(夏、中学校の模擬授業で、私は班の意見をまとめる指示をしてしまいました。大失敗でした!ごめんなさい)


・・協同的な学びは個々人の多様な学びのすり合わせであり、どの子も対等な立場で参加する必要がある。・・


授業スタイルの転換へ
1,転換への不安
・・1人ひとりの「学び」の実現こそが「授業」において追求されなければならない。それでも協同的な学びの導入を躊躇する教師たちがいる。この躊躇はいくつかの理由によっている。  その1つは、協同的な学びを導入すると、生徒が「おしゃべり」をしてしまうことへの抵抗である。その次に多いのは、進度が遅れてしまうという悩みである。・・


2,おしゃべりの克服
・・教師の言葉が生徒に届いておらず、生徒とは無関係に一方的に教師の言葉だけで授業を進めているケースも多い。・・ただし、たとえ教師が言葉を選んで語りかけ、生徒との間に対話的なコミュニケーションが成立していても、協同的な学びを導入すると生徒がおしゃべりをしてしまう教室もある。それらの教室を観察してみると、課題がやさしすぎるケースがほとんどである。協同的な学びの意義は、1人では到達できないレベルに仲間との協同によってジャンプするところにある。すでに到達しているレベルの課題あるいは1人で取り組んでも容易に到達できる課題を与えても、協同的な学びが活発に展開されるあけがない。・・
確かに、生徒の間に聴き合う関係が生まれ、学び合う関係が生まれていない限り、協同的な学びは期待するほどの成果をもたらさないかもしれない。しかし、逆に言って、協同的な学びを導入することなしに、生徒の聴き合う関係や、学び合う関係は育ちようがないのである。まずは1時間の授業の中に数分でも協同的な学びを導入することが重要である。


3,効率性の保障
・・協同的な学びの導入によって、授業の効率性は損なわれるかもしれないが、学びの効率性は損なわれているだろうか。一斉授業の効率性は、学びの経験を薄っぺらなものにし、授業についていけない生徒たちを切り捨て、学びの発展性を求める生徒の関心をそぎ落として成立している効率性である。ここでも発想の転換が必要だろう。・・専門家としての教師の責任は教室の1人ひとりの学びの実現にある。・・
とは言え、教科書の進度が遅れてしまっては、たとえ1人ひとりの学びが保障されたとしても十分な教育とは言えない。・・方法は2つある。一つは、単元の進行にメリハリをつけることであり、素早く押さえるところとじっくり発展的に学ぶところを効果的に組織することである。もう1つは、協同的な学びを「ジャンプのある学び」として組織することである。・・課題を高いレベルに設定することによって、協同的な学びは基礎的な事項と発展的な事項を総合して学び合う経験を可能にするのである。


成功のポイント
1,指導の要点
・・①グループをどのように組織すべきか、②いつグループ学習を導入すべきか、③いつグループ学習を終えるべきか、④グループ学習の間に教師は何をすべきか、という4つの事柄をあげることができる。


まず、①の「グループをどのように組織すべきか」であるが、グループは男女混合の4人を基本とするのが好ましい。男女混合にするのは協同の思考を活性化するためである。・・4人というグループの単位は、すべての生徒が対等に聴き合い学び合うのに、最適である。5人以上になると誰かが「お客さん」になりがちである。・・生活班と協同的な学びのグループとは分けたほうがよい。(3人グループから始めてもよい。・・学び合いに慣れてきたら4人グループに変更するといいだろう。男子だけ、女子だけのグループは、おしゃべりはできても学び合いは生じにくい。・・くじ引きなどによるランダムな編成で・・一定期間ごとに編成替えを行えばよい。・・小学校の低学年だけは導入すべきではない)


②の「いつグループ学習を導入すべきか」については2つの機会がある。1つは「個人学習の協同化」であり、もう1つは「背伸びとジャンプのための協同的な学び」である。・・前者の「個人学習の協同化」も積極的に活用されるべきである。・・わからない生徒には隣の生徒に
「ねえ、ここどうするの?」
と尋ねるよう指示するとよい。この作業は、低学力の生徒が伸びてゆく最大の条件となる。・・数人の生徒しか挙手せず、多くの生徒が困惑の表情を浮かべている時は、ただちにグループにもどして協同的な学びを組織すべきである。こういう局面はどの授業の中にもある。そのチャンスにグループ学習を導入し、すべての生徒に「背伸びとジャンプ」に挑戦させることができるかどうかが、その授業の成否の鍵となる。ほとんどの授業が後半部分において少数の挙手する生徒に依拠して進められているが、そこでいったんグループにもどせるかどうかが、すべての生徒に「背伸びとジャンプの学び」を保障するうえで決定的に重要なのである。・・


2,いつ終えるのか
 ③の「いつグループ学習を終えるべきか」は②の「いつグループ学習を導入すべきか」と同程度に重要である。・・学びが成立している限りにおいて進めるべきであり、学びが成立しなくなる直前で終えるべきである。・・生徒の様子を見て、学び合いに没頭していれば学びが成立しているし、グループの話し合いが散漫になったりおしゃべりになった時は学びは成立していない。その直前にグループ学習は終えるべきなのである。


3,教師は何をすべきか
・・④グループ学習の中で教師が行わなければならないことは2つある。真っ先にやらなければいけないことは、グループの学び合いに参加できない生徒に対するケアである。・・グループ学習を始めた直後に、教師は生徒が1人残らず学び合いに参加できるよう援助しなければならない。・・教師が行わなければならないのは、参加できない生徒をグループの生徒とつなぐことであって、教師がそれぞれの生徒の質問に答えることではない。
その次に教師がやるべきことは、グループに対するケアである。グループの中には話し合いや学び合いが起こりにくいグループが1つか2つは存在する。それらのグループに対する支援を行い、それぞれのグループにおいて、学び合いが進展すれば、あとは生徒にまかせておいてよいのである。


小学校低学年の協同する学び
1,低学年の子どものつまずき
グループ学習は・・小学校1,2年の段階では導入すべきではない。・・低学年の子どもがどこでつまずいているかを観察すると、2つの場面が浮かび上がる。1つはグループ学習の場面であり、もう1つは個人で行う作業の場面である。・・一見するとグループ学習を成立させているように見えても、つぶさに1人ひとりを見てみると、4人のグループのうち、1人か2人は学びを成立させていないことがわかる。・・
個人作業の場面も同様である。つまずく子どもを観察してみると、つまずく子どもはいたるところでつまずいている。・・低学年で個人作業を入れる時は、教師のていねいで細やかな配慮と支援が必要である。・・


2,低学年における協同
低学年における協同的な学びは、子ども全員と教師が一体になって推進することが望ましい。・・低学年の子どもにとって、まず必要なのは教師との個人的なつながりである。低学年の子どもは教師との安定した個人的なつながりに支えられて初めて、友だちの学びへの関心を持てるようになるし、友だちとのつながりを意識するようになる。教師の側から言うと、教室の1人ひとりと放射線状につながる安定した関係を築いたうえで、子ども1人ひとりが他の子どもとつながる関わりを追求することが可能になる。低学年でも協同的な学びを追求すべきであるが、その協同的な学びは教師と子ども1人ひとりとの放射線状のつながりを基盤として、つまりグループ学習に持ち込まず、クラス全員の子どもたちをつなぐことによって追求すべきなのである。・・必要なことは、友だちの発言をよく聴くことであり、1人ひとりの友だちの多様な意見や考えを1つひとつ理解し、つなぎあわせることである。・・


同僚性を築く校内研修(研究会の討議の改善)
①話し合いの対象を「どう教えるべきだったか」におくのではなく、「子どもがどこで学んでいたのか、どこでつまずいていたのか」の事実におく。・・
②話し合いにおいて、参観者は「授業者への助言」ではなく、その授業を観察して自らが「学んだこと」を述べ、その多様性を交流して学び合う。・・
③話し合いにおいて参加者は最低ひと言は発言すべきであり、声の大きい人や指導的な人に支配されない民主的な討議を実現すべきである。・・』


以上、佐藤学先生の文章を抜粋して紹介しました。本書を直接読まれることをオススメします。グループ学習を採り入れる時の参考になることがちりばめられている、というか詰まっていると感じましたが、いかがでしょうか。これを採り入れ始める小学校、中学校、高校が徐々に増えつつあります。


大津市立真野北小学校の公開授業を参観して


2014年1月16日(木)の5時間目、大津市立真野北小学校の公開授業を参観させてもらうことができました。


私が今まで参観した公開授業は、研究授業ではなく、小中高すべて全クラス授業公開の時間帯でした。


今回は研究授業で、担任の先生とクラスの子どもたちの周りに、真野北小学校の先生方が座っておられました。


同校以外の参加者は、その外側から参観するわけで、これは私にとって平成以降では初めての体験になります。


ですから、子どもたちのそばに座って研究授業を参観しておられる真野北小学校の先生方のご様子は、とても興味深いものでした。


もちろん、担任の先生は表情も口調もおだやかで、子どもたちも落ち着いて学習していました。


しかしながら、今回はあえて、参観しておられる同校の先生方のご様子から学んだことを報告します。


同僚の授業を参観することには、どういう値打ちがあるのかを、再認識することができたからです。



まず、学校ぐるみで「協同的な学び・聴き合う学び」に取り組まれて2年目だと伺いました。


授業が始まると、子どもたちの学習を見守る同校の先生方の温かな眼差しと、子どもたちの発言に耳を傾ける(耳をすます)先生方の姿がありました。


具体的なご様子をいくつか・・。


発言する子どもの顔を見つめながら、うんうんとうなずく先生方がおられました。


そして、他の子どもたちを絶えず見回しながら、その反応(表情の変化・つぶやき)を見逃さない先生方がおられました。


子どもがグループで話し合う場面では、そばにしゃがんで(同じ目線の高さで)、にこにこしながら子どもの発言を聴く先生方がおられました。


とにかく、まるで自分が担任みたいに、心底うれしそうなご様子で参観されている先生方がおられたのです。


同校の先生方は、このクラスの子どもたち1人ひとりのことを実によく知っておられる様子で、「全校の子どもたちを全校の先生方で育てる学校ぐるみの取り組み」とは、こういう懐の深いお姿にも表れるのだなあと感じ入りました。


日々のそういう先生方のお姿があればこそ、子どもたちも不安から解放されて「ぼくがわたしが安心して学べる学校」だと実感できるのではないでしょうか。


その後の研究協議会(子どもがどこで学んだか、自分は何を学んだか等)には、個人的な時間の都合で参加できずに残念でした。



受付でいただいた冊子は、シンプルで読みやすい指導案(やたらと分厚い指導案よりずっとよい=教師の負担軽減のひとつ)の次に、校内研究について、わかりやすく書いてありましたが、その中から2つ紹介させてください。


1つは、「グループ学びと班学習の違い」です。


グループ学び


>△互いの考えを聴き合うことが第一。


>△すべての子どもの考えを聴こうと意識する


>△一人ひとりが自分の考えを聴いてもらう。


>△考えをまとめたり、ある特定の考えに絞ったりしようとしない。


>△互いの考えを聴き合い、すり合わせることにより、一人ひとりが自分の考えに磨きをかけて深めていくことを目的とする。


班学習


>△必ずしも全員の考えを聴かなければととらえるわけではない。


>△雄弁な子どもがことばの大半を独占することもある。


>△班としての考えを見つけ出すことを目的にしていた。


>△班の誰かが班の考えとして発言することがほとんど。


>△考えをまとめようとする。


もう1つは、「教師の意識を変える!」です。


>①多弁を慎む


>◎教師がすぐにしゃべってしまう習性を克服する。


>(例)○子どもが語ったことに対して、他の子どもが反応する前に、その子のことばを繰り返して言ってしまう。


>○子どもの考えを十分きかずに説明してしまう。


>○教師の都合のよい方向に誘導してしまう。


>◎間(ま)が必要。


>②発言優先主義から抜け出す


>◎発言を促す指導がいけないというわけではない。


>◎発言を増やすために聴くのではない。


>◎聴きたい、聴くことがおもしろい、聴いてみんなで考えていきたいという意識を教師が率先してつくり出す。


>(例)○「発表してください」→「聴かせてくれる?」


>「聴く」意識を強くする


>③聴き上手な教師


>◎話しやすい雰囲気=信頼感


>○「先生はどんなことでもちゃんと聴いてくれる」


>○「多少ずれていても、間違っていても、ちゃんと向き合ってくれる」


>○「ことば足らずで話しても、意味づけをしてくれる」


>◎ほめる


>○「~さんの~という考えを聴いて○○さんはこんな疑問を感じたんだね。その疑問いいねえ!」



以上、なるほど!ですよね。


「話を聴ける子どもは、子どもの話を聴ける教師の元で育つ」ということ・・私も耳が痛いですけど、そのとおりです。


「始めたころはたいへんでした」と実践校(草津高や粟津中)の先生方が口をそろえておっしゃるように、ご苦労も多々あることと思います。


今まさに発展途上にある真野北小が、子どもと共に聴き合い学び合う教師集団として、さらに成長していかれることを応援しています。


「協同的な学び合い&聴き合う学び」こそ、今の日本における学校教育の「切り札」的取り組みだからです。


関連ページ


「協同的な学び合い(聴き合う学び)」③【反省的実践型授業研】その源流の1つでもあった滋賀県の種と花+愛知県・三重県

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898105/




by takaboo-54p125 | 2010-10-08 22:00 | 保育・教育