2015年12月15日(火)朝日新聞朝刊2面の連載記事「ひと」は、第70回甲子園ボウルで5年ぶりに「アメフト学生日本一になった立命館大の主将」でした。なるほど!と思う、よい記事でしたので、その一部だけですが紹介させてください。


『(前半略)チームを根本から変えた。


服装、あいさつに授業態度、「尊敬、応援される集団になろう」。遅刻やサボりは許さず、朝の授業15分前にキャンパス内の噴水前に集まり、点呼をとった。(中略)


「祖母の教えは「人からされて嫌なことはするな」。だから、部員に厳しく言う前にまず自分を律した。(後半略)』


あいさつを大切にする運動部があることは、私も時々聞きます。しかし、服装や授業態度まで、100名を越える部員(約150名かな)全員の自覚を促すということは、並大抵のことではなかったでしょう。練習開始の15分前の点呼ならわかりますが、朝の授業開始15分前に集合・点呼とは、私は聞いたことがありません。


アメフト部員たちが、授業に遅刻したりサボったりせず、服装や授業態度まで「尊敬・応援してもらえる集団」になるため、文武両道がんばる姿勢になることで、何が変わったのか想像してみましょう。おそらく、どんなハードな練習も一丸となってあきらめず、チームの結束力も一段と高まったことでしょう。同時に、アメリカンフットボールをできること(支援・応援してもらえること)に感謝する心や、何事にもおごり高ぶらない謙虚な態度が、チーム内に浸透していったのではないでしょうか。


まずは、図書館や朝日新聞デジタル版などで、その記事を全文読まれることをオススメします。この2015年の立命館大学アメフト部主将の実践と、2014年に学生日本一になった関西学院大学アメフト部主将の、以下の実践も合わせて、新入生・新入部員を迎えるこの時期だからこそ、さまざまな運動部・文化部の顧問・主将・副主将だけでなく、すべての部員のみなさんにとって、きっと参考になるのでは、と思いました。


こうして、立命館大パンサーズは関学大の関西リーグ6連覇を阻み、甲子園ボウルでは、東日本代表の早大に勝って大学日本一になりました。2016年1月のライスボウルでは、社会人代表のパナソニックと互角に闘い、惜しくも3点差で再逆転負けしました。しかし、逆転してから終盤までリードし、最後はパナソニックにスペシャル・プレーを出させるなど、学生代表も社会人代表に十分対抗できることを証明してくれました。終了間際の判定ミスがなければ、立命館大は5ヤード前進してプレーできたわけで、そのフィールド・ゴールが決まっていたら同点になっていたかも・・なんて文句も一切言わず、最後まで「尊敬、応援される集団」であり続けてくれました。この悔しさをバネに、今後もいっそう精進してくれるものと期待しております。


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関学大アメフト部主将が実践する「日常生活の工夫」には、私たちも学ぶべきことがあります
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by takaboo-54p125 | 2016-03-26 05:14 | 文化・スポーツ

2016年1月17日(日)朝日新聞18面に「強い結束 3冠つかんだ仰星」という記事がありました。そこには、2015高校ラグビーで3冠を達成した東海大仰星高校ラグビー部のY監督の言葉が載っていました。記事全文を読まれることをオススメしますが、記事の概略を紹介させてください。


『希望者は必ず入部させ、部員全てが同じグラウンドで共に練習する(中略)。練習では、先発組とベンチ入りできない部員を決して区分けしない。高校の約100人、付属中の約50人を合わせた約150人が一緒にグラウンドに立ち、同じ練習メニューをこなす(中略)。Y監督は


今の子は携帯電話などを使ったコミュニケーションに親しんでいる。しかしそれだけで、お互いを知った気にならないようにしたい。顔を合わせる環境を大事にしたい」。(後略)。』


Y監督が「顔を合わせる環境を大事にしたい」と思っておられることを、100人を越える部員全員による同じメニューをこなす日々の練習方法、という具体的な「顔を合わせる環境」で実践されているところに、大きな意味があると思いました。


顔を合わせる環境を大事にする」のを具体化することは、部活動だけでなく、保育・教育や、育児・子育て、職場や地域など、現代社会のあらゆる場面で生かさなければと、改めて考えさせられました。Y監督、すばらしいヒントを、ありがとうございます。2月14日頃、関連記事が出せれば、と思います。


【おまけ】先日、2月3日は節分でしたので、例年どおり、豆とイワシを食べました。なお、恵方巻が広まったのは90年代後半ですから、80年代に日本で生まれたホワイトデーや、70年代から定着したバレンタイン・チョコよりも歴史が浅いので、テレビ・ニュースで見るだけにしました。関西には元々、昔から節分に巻き寿司を食べる習慣の地域も大阪などであるようですが。

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by takaboo-54p125 | 2016-02-06 05:15 | 文化・スポーツ

昨年2014年12月14日(日)、甲子園ボウル(アメリカンフットボール全日本大学選手権決勝)で関西学院大学が4連覇を果たしました。アメフトと言えば、試合中、コーチがタブレット端末でデータ分析しながら指示を出すことを、最も早くから採り入れてきたスポーツという印象があります。昨今では、バレーボールの国際試合でも、全日本の監督がタブレットを常時携帯している姿をよく見ます。これも大事です。


そういうIT時代になっている今日(こんにち)、関学大アメフト部主将が実践していた「日常生活における工夫」は、ついつい便利で楽なほうへ流されがちな私たちも、学ぶべきところが多いなあ(4連覇するわけです)、と感心したので紹介させてください。


各大学の運動部はもちろん、各高校の部活内の連絡でもメールやLINEを使っているところが増えてきた中で、関学大アメフト部主将は、部内の連絡にLINEなどをできるだけ使わないで、「部室の掲示板に張り出す」という昔ながらの連絡方法を実践していたとのことです。主将は「こういう積み重ねが大事・・1人ひとりが指示待ちにならずに自ら進んで動ける、そんな自主性のあるアメフト部を目指した」そうです。関学大アメフト部内では、まず部員同士の会話が増えたでしょうね。200人を越える関学大アメフト部を束ねるには、LINEで連絡をしたほうが便利で(楽で)手っ取り早いのは十分承知の上で、あえて意図的に「部室の掲示板に張り出す」ことを選択したのが、主将の言葉から伝わってきます。どんなに練習を積み重ねても、試合では想定外のことが起こるので、その場で瞬時に状況判断して、各自とっさの対応ができるアメフト集団になってほしい、という主将の願いを込めた「部室の掲示板」には考えさせられました。


私たちを取り巻く自然や社会の状況は、ある日、突発的に変わる可能性が、以前より格段に大きくなってきました。だからこそ、デジタル的なコミュニケーション手段(LINE,メール等)の上に安住せず、常日頃から「対話によるコミュニケーション」を身近な人と取り合うことの大切さを、お若い関学大アメフト部主将から教えてもらった気がいたします。主将の言う「想定外の時に、とっさの対応ができる」って、まさに危機管理対応そのものです。その土台として、まずは家族・近所同士で、お互いの顔を見ながらあいさつ・言葉を交わす習慣を面倒と思わずに、私自身が心がけるようにしたいと、つくづく思いました。関学大アメフト部主将さん、ありがとうございます。

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立命館大アメフト部主将は、チームを根本から変えるため、まず自分を律することから始めはりました
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by takaboo-54p125 | 2015-04-18 05:11 | 文化・スポーツ

来年度2015夏は第39回全国高等学校総合文化祭が滋賀県で開催されます。運動部には「高校総体:インターハイ」があるように、文化部には「全国高校総文祭」があるのです。「高校総文」と言えば、湖南農業高校将棋部は、2000年に第24回全国高総文祭の将棋部門・男子団体戦で準優勝したこともある伝統校(全国大会出場20回の強豪校)です。


それでは、湖南農業高校の全国区チャレンジをふり返ってみましょう。


2007毎日放送テレビちちんぷいぷい 高校生「カレー」甲子園 準優勝(優勝は大阪府立八尾北高校。翌年2008年は同じ草津市の私立綾羽高校が優勝


2008全国高校生フラワーデザインコンテスト 奨励賞 審査員特別賞


2010毎日新聞社主催 毎日農業記録賞の高校生部門 優良賞


2010毎日放送テレビちちんぷいぷい 高校生「粉もん」甲子園 準優勝(決勝戦 湖南農業高校vs大阪市立咲くやこの花高校vs大阪府立園芸高校)


2011高校生フラワーアレンジコンテスト 審査員会特別賞


2014第65回日本学校農業クラブ全国大会 農業鑑定競技会 食品科学部門 優秀賞(2年ぶり4回目の優秀賞:2010、2011、2012、2014)


2014第10回『地域の伝承文化に学ぶ』コンテスト学校活動部門 優秀賞


2014第8回日本一おいしいお米コンテスト 高校生部門「みずかがみ優秀金賞


湖南農業高校の実績に記載漏れがあったら、ご容赦ください。



八日市南高校は、カヌー部が国体・インターハイで優勝・準優勝・入賞の常連校です。


それでは、八日市南高校の全国区チャレンジをふり返ってみましょう。


2008第35回全国造園デザインコンクール 国土交通大臣賞・日本造園学会長賞


2009第60回日本学校農業クラブ全国大会 農業鑑定競技会 農業の部 優秀賞


2011第38回全国造園デザインコンクール 文部科学大臣賞


8年ぶり5回目の受賞:1995、1998、2002、2003、2011)


2012第39回全国造園デザインコンクール 日本造園学会長賞


2013第40回全国造園デザインコンクール 国土交通大臣賞


2013全国学校・園庭ビオトープコンクール 日本生態系協会賞


八日市南高校の実績に記載漏れがあったら、ご容赦ください。



長浜農業高校は、かつてボート部が瀬田工業高校と双璧で強かったのを覚えています。


それでは、長浜農業高校の全国区チャレンジをふり返ってみましょう。


2013第64回日本学校農業クラブ全国大会 農業鑑定競技会 食品科学部門 優秀賞


2013第4回全国農業高校お米甲子園 「にこまる」 金賞


(全国で受賞できるのは4校だけ)


2014第5回全国農業高校お米甲子園にこまる最高金賞


(全国で受賞できるのは1校だけ。つまり全国優勝


長浜農業高校の実績に記載漏れがあったら、ご容赦ください。


私がこの記事を書くきっかけは、2014年12月18~19日のテレビニュースや新聞などで、この第5回全国農業高校お米甲子園における、長浜農業高校の生徒が手塩にかけて育てた米の品種「にこまる」の【最高金賞】受賞を、報道されていたことです。そのおかげで、私も「にこまる」は九州で開発された温暖な地方向きの品種だと知りました。今後の地球温暖化対策として、注目度がアップする品種ではないか、という意味でも、長浜農業高校の生徒たちによる「にこまる」の第5回全国農業高校お米甲子園【最高金賞】は、夢と希望を与えてくれる価値ある快挙です。と思っていたら、今度は2014年12月24日の新聞記事で、第8回あなたが選ぶ日本一おいしいお米コンテストにおいて、湖南農業高校の生徒たちが丹精込めて育てた米の品種「みずかがみ」が、高校生部門【優秀金賞】を受賞したニュースが載っていました。「みずかがみ」は県が10年かけて開発した暑さに強くておいしい新品種(2014秋初出荷)です。こうして、お米甲子園とお米コンテストの両方で、合わせて全国10校の受賞校(どちらも1位1校・2位4校)のうち、滋賀県の高校が2校も入ったのでした。


年末の「にこまる」「みずかがみ」ダブル受賞の朗報で、第39回全国高等学校総合文化祭の開催県としても、弾みがついた気がします。2015「びわこ総文」準備に携わる滋賀県の高校生のみなさんも、励みになるのではないでしょうか。日々の準備にはご苦労も多々あるでしょうが、開催県は一生に一度あるかないかと言う、自ら(段取り力・コミュニケーション力)を成長させてくれる絶好の機会だと受けとめ、全国各都道府県代表として来県する高校生たちを、どうぞ温かく迎えてあげてください。結果、共に支え合える仲間と出会い、一生の友を得る場になるかも知れません。



【追加】さっそく、この記事を読んでくださった千葉県の小学校の先生からメールをいただきました。第1回全国高等学校総合文化祭は千葉県で開催され、その1977年当時、オープニング・セレモニーで他校と合同で演奏したことを懐かしく思い出しました、とのことです。お知らせくださいましたこと、ありがとうございます。

関連ページ

「中1ギャップ」教師ができる7か条

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898132/




by takaboo-54p125 | 2015-02-07 05:03 | 文化・スポーツ

2013年4月20日(土)は村の春祭りでした。隣村と一緒にします。神輿は二基です。前日19日(金)の夜は宵宮で、太鼓渡りをしました。その後、社務所で、村の若い衆20数名が祭り歌「伊勢音頭」の練習をしました。私たちOBも一緒に歌います(こういう文化は伝承ですから毎年恒例)。祭り当日は、出身の方々も帰省し、御輿かきに参加してくださり、担ぎ手だけで40~50名は集まります。おかげで、まだ台車もつけずに、なんとか持ちこたえています(最後は隣村の若い衆も手伝ってくれますので、感謝です)。鐘と太鼓のたたき方(息の合わせ方)は、今年の宵宮でも高校生が中学生に教えてくれている姿が見られました。


さて、滋賀県湖東地方の「伊勢音頭」は、本家である三重県のふし回し(歌い方)とは、ずいぶん違います。兵庫県神戸市の御影だんじり祭のふし回しとは、少し似ています(「合いの手①②③は、わりと似ていて、感動です)。近隣の堅井の大宮:春祭りの「伊勢音頭」は、私たちの祭りで歌う「伊勢音頭」とほぼ同じふし回しです。どうやら、府県・地域によって、同じ「伊勢音頭」でも、さまざまなふし回しがあるようです。


滋賀県発祥(昔、滋賀県は近江国とか江州と呼ばれていました。そして、踊り発祥の地の地元には毎年、運動会のフィナーレで踊る伝統を受け継いでいる小学校あり)の「江州音頭」を、大阪府北部地域(北摂)でも毎年、あちこちの市の盆踊りで踊っておられると聞き、うれしくなりました。また、滋賀県で行われる盆踊り「江州音頭」の締めくくりは、なんと「伊勢音頭」の「ソーリャーヤートコセー エーヨーイヤナー アーアレワイサー コレワイサーエ ソーリャー ヨーイトセー」でお開きになりますことにも、不思議なつながりを感じます。


話がそれたので戻します。うちの村の祭歌好きな長老たちでも、ふし回しが1人ひとり微妙に異なるところが、違和感のない個性的なええリズムになっています。以前は、新築の棟上げに「伊勢音頭」は必須だったそうです。そんな、うちの村の若い衆でよく歌われているのは、次の6つでしょうか。


◎サァヨーオオ オーイサーエー


 今日は若い衆のイナ


  ①ヨイヨイ


  みこしーかーき


  ②ソラ、ヨーイセー、トーコセー


  うとてナーエー


 この場のソーレッサイ


 いさむように


  ③ソーリャーヤートコセー、エーヨーイヤナー


    アー、アレワイサー、コレワイサーエ


    ソーリャー、ヨーイトセー


◎サァヨーオオ オーイサーエー


  目出た目出たのイナ    ①


  若松様は           ②


  枝もナーエー


  栄えてソーレッサイ


  葉も繁る            ③


◎サァヨーオオ オーイサーエー


  伊勢は津で持つイナ    ①


  津は伊勢で持つ       ②


  尾張ナーエー


  名古屋はソーレッサイ


  城で持つ           ③


◎サァヨーオオ オーイサーエー


  さした杯はイナ       ①


  なか見てあがれ      ②


  なかはナーエー


 つるかめソーレッサイ


  五葉(ごよう)の松     


◎サァヨーオオ オーイサーエー


  伊勢の豊久野イナ     ①


  銭(ぜに)かけ松は     


  今はナーエー


  枯れてもソーレッサイ


  名は残る          


◎サァヨーオオ オーイサーエー


  高い山からイナ      ①


  谷底見れば         ②


  ウリやナーエー


  ナスビのソーレッサイ


  花ざかり          ③


今年は、警護に専念したので歌えませんでしたが、若い衆たち(新しい団地の方々も)が歌い継いでくれていたので、とてもうれしく思いました。そろそろ、のぼり倒しの時間です。二本のハシゴと、三本のロープを巧みに操りながら、みんなの団結力で、ゆっくりと倒します。それでは、私もOBの1人として、今から手伝いに行ってきます。


せっかくですので紹介させていただきます。神戸市の御影だんじり祭における「伊勢音頭」は、次のYouTubeで聴かせてもらいました。聴きほれてしまう歌いっぷり・・・感服いたしました。


御影だんじり祭 東之町 伊勢音頭

http://www.youtube.com/watch?v=m4CjpFbdmDo



by takaboo-54p125 | 2013-04-21 16:27 | 文化・スポーツ

昨日2013年1月5日、近江神宮にある近江勧学館で競技かるた日本一を決める「名人位・クイーン位決定戦」があったと、ニュースで言っていました。それに先立ち、2012年12月31日の中日新聞に、次のような記事が載っていました。


『競技かるたを題材とした人気漫画「ちはやふる」を大津市の観光振興に役立てようと、キャンペーン実行委員会が発足してから10
カ月余り。作中に登場する近江神宮で新春1月5日、小倉百人一首の競技かるた日本一を競う「名人位・クイーン位決定戦」が開かれるのを前に、漫画を生かした「かるたの聖地・大津」の浸透度と、今後の展望を探った。(中略)


7月には、近江神宮で開かれた「全国高校小倉百人一首かるた選手権大会」に合わせ、市内の京阪石山坂本線で、車体や内装を漫画のキャラクターや百人一首の和歌で飾ったラッピング電車を運行した。大会に出場した高校生は過去最高の800人を数え、競技かるた人気の高まりを感じさせた。近江神宮では昨年ごろから遠方の漫画ファンが目立つようになり・・(後略)


 <ちはやふる> 競技かるたに熱中する女子高生を主人公にした漫画で、作者は末次由紀さん。青春の情熱や葛藤を描いた「文化系スポーツ漫画」と評される作風が人気を呼んでいる。講談社の女性向け雑誌「BELOVE」で2007年から連載を始め、2009年にマンガ大賞を受賞。2011年には日本テレビ系列でアニメ化された。作中には、全国高校かるた選手権大会の舞台となる近江神宮など、大津市内に実在する場所が多く登場する。』


記事の抜粋は以上です。


後日、たまたま京阪石坂線(紫式部「源氏物語」ゆかりの石山寺~「三井の晩鐘」の三井寺~「ちはやふる」の近江神宮前~「比叡山ケーブル」のある坂本という路線)に乗りました。そうしたら、話には聞いていたラッピング電車が来ました。二両編成でのんびり走りますが、車体はもちろん、内装も、例えば、つり革1つひとつにも、百人一首の和歌が書いてありました。以下の写真は、その時に京阪石山駅で撮った車両です。なお、京阪膳所駅(JR膳所駅そば)から7つ目が近江神宮前駅です。4つ目は三井寺(「るろうに剣心」ロケ地のひとつ)です。


在原業平の「ちはやぶる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くゝる」とは『古今和歌集』『小倉百人一首』撰歌の「ちはやぶる」からマンガの題名をつけられたのでしょうか。この単行本の売り上げは650万部と書いてありました。2012年7月から「ちはやふる」のラッピング電車が京阪電鉄の石山坂本線で運行されるなど、近江神宮が「ちはやふる」ファンの聖地になっているのは確かなのでしょう。


『小倉百人一首』第1首目の歌「秋の田の かりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」を詠んだ天智天皇ゆかりの近江神宮では、1950年代から毎年冬に「名人位・クイーン位決定戦」や「全国歌かるた大会」がが行われています。1979年から毎年夏に「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」も行われています。団体戦で最多12回優勝を誇る富士高校をはじめ、長泉高校、大井川高校、静岡雙葉高校、浜松北高校など静岡県勢は5校で24回の優勝校を出しています。ここ最近は、東京の暁星高校が5連覇中です(追加2013年暁星高校6連覇)。2012年の個人戦には800人近く出場し、前年より200人近くも増えたのは驚きです。1993年からは「全日本かるた大学選手権大会」も行われ、2012年団体戦では、昨年まで5連覇した立命館大学にかわり京都大学が優勝しました。「ちはやふる」が、競技かるた人口の拡大にも貢献していると言われているのも、これまた確かでしょう(第2首目は天智天皇の子である持統天皇の歌「春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山」です)。


話は変わりますが、在原業平は、紀貫之が「近き世にその名聞こえたる」と書いた「六歌仙」の一人です。


滋賀県高島市(旧マキノ町)には、福井県との県境に、在原という集落があります。就職したての頃に、私はバイクに乗って一度だけ在原を訪れました(テレビで在原が紹介されて、即、単独ツーリングで訪れました)。


少し山の中に入ると、在原業平の墓と言われている小さいお墓があるそうです。そういうこともあり、在原の集落には、在原業平が住んでいたことがあったのではないかと言われています。


観光地化されていない在原では、かやぶき屋根の家々が集落の人々の自宅でもあります。実際に住んでおられる茅葺き屋根の民家が点在しているのが、在原の魅力だと言えます。そのことは、アマチュア・カメラマン(地元の方と出会ったら挨拶をするなどマナーを心得ている人)のみなさんのほうが、よくご存じのことと思います。


話があちこちしますが、滋賀県湖東地方では、紅葉と言えば、永源寺と湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)が有名です。ところが、アマチュア・カメラマンのみなさんは、東近江市平尾町の山の中腹にある「東光寺」に行かれるようです。たまたま、次男と東光寺へ行ったら、カメラの三脚があちらこちらに林立していて、撮影のじゃまをしないように散策したのを覚えています。話がそれてしまったので、戻します。


ところで、百人一首と言えば、昨年11月24日のブログ記事で紹介した長浜市立下草野小学校の、校長先生と子どもたちの、ほのぼのとした交流の姿を思い出します。明日から3学期の滋賀県では、下草野小学校をはじめ、ほとんどの小学校で百人一首大会が行われることでしょう。息子が通っていた中学校でも、百人一首大会をしてはりました。「ちはやぶる~」


けいおん!」が軽音楽部、「ちはやふる」が競技かるた部、「とめはねっ!・・・」が書道部、というように、マンガ・アニメ・映画・ドラマなどが高校の文化部にスポットライトをあてることで、中学校や高校における文化部の人気が高まるとしたら、ひょっとして、いいかも・・。(さてさて、高校の文化部を主体にしたマンガのひとつ、「とめはね!」について少々・・。文字どおり、書道部の部活物語です。図書館で読んだことがあります。その「とめはね!」では、登場する複数の指導者が、東都文化大学書道科卒ということになっていますが、これは、おそらく・・・大東文化大学文学部書道学科をイメージしているのではないでしょうか)



by takaboo-54p125 | 2013-01-06 19:04 | 文化・スポーツ

先月、たねや八日市店へ久々に行きました。手土産としてバウムクーヘンを買うためです。たいてい女性スタッフが応対してくれるのですが、今回はたまたま若い男性スタッフが応対してくれました。そしたら、お店のスタッフの方(教え子のお母さん)が、「小梶君よ」と教えてくださいました。出会うのは小6(担任じゃないけど理科を担当)以来でしたので、びっくりしてしまいました。目の前にいるたくましい笑顔の好青年は、カヌー(カナディアン・シングル)で日本を代表する小梶孝行選手だったのです。


小梶孝行君が高校でカヌー部に入り、インターハイなどでも活躍し、全日本大学選手権や、国体で優勝したり、日本代表選手に選ばれ、アジア大会で決勝まで残る活躍をしていることは、新聞などで知っていました。


そう言えば、新聞にも「小梶孝行選手(たねや)」と書いてあったのを思い出しました。つまり、大学卒業後、「たねや」に所属してカヌー競技を続けているわけですから、彼がお店にいても、確かに不思議ではありません。「たねや」にも地元出身の看板スポーツ選手が誕生したのですね。


ほんのちょっぴりでも関わった小学生が、アジア大学カヌー選手権で金メダルを獲得したり、世界カヌースプリント選手権にカナディアン・シングル種目の日本代表選手として出場するなど、オリンピックを目指せるほどの青年に成長した姿を目の当たりにして、うれしく思わずにはいられません。


小梶孝行選手が今後も、いっそう活躍されることを、心から応援しています。大規模校時代の八日市南小学校をはじめ、聖徳中学校、八日市南高校、立命館大学を卒業した多くのみなさんにとっても、同窓の誇りであり、また、旧八日市市はもちろん東近江市のみなさん、さらに私たち滋賀県民にとっても、郷土の誇りだと言えるのではないでしょうか。


なお、お袋が「連れて行け」とうるさく言いますので、先日、小梶選手がお店におられることを確かめてから行きました。彼はかっこいいので、お袋もニコニコでした。予定よりもたくさん買っているお袋を眺めながら、これも小梶選手効果なのか、と感心しました。


【2016追加】その後も、たねや八日市店へ行くと、小梶孝行選手が接客してくれる時もあります(うれしい)。H28日本カヌースプリント選手権カナディアン・シングル1000mで、小梶選手は0,49秒差の第2位でした(4年前の日本選手権で3度目の優勝をした時より、タイムを2,97秒も縮めています)。今回の小梶選手のタイムをリオ五輪・同種目・決勝タイムと比べると(競技場や天候は違いますが)、第5位の選手のタイムとは0,06秒差でした(銅メダルの選手のタイムとは0,79秒差)。企業「たねや」の看板を背負う社会人選手になっても、世界のトップ選手と戦えるタイムを出せる小梶選手のたゆまぬ努力(日本選手権は、ここ3年連続第2位)には、敬意を表します(4回目の優勝も十分ねらえるのでは)。そんな筋骨隆々の小梶選手を見て刺激を受けたオッサンの私も、ジムで筋トレを始めました(少しずつですけど)。



by takaboo-54p125 | 2012-03-03 05:14 | 文化・スポーツ

テレビでNFL(USAのプロ・アメリカンフットボール)マイケル・オアー選手の感動の軌跡を知りました。さっそくインターネットで調べてみました。のっていました。


『マイケル・オアー(Michael Oher 1986年5月28日生まれ )はテネシー州メンフィス出身のアメリカンフットボール選手。現在NFLのボルチモア・レイブンズに所属している。ポジションはレフトタックル。


2006年に彼の大学1年次までの生涯がマイケル・ルイスによって『The Blind Side: Evolution of a Game』として出版された。のストーリーしあわせの隠れ場所(原題:The Blind Side[1])として2009年(日本では2010年)に公開された。


経歴
メンフィスの最も貧しい地域で生まれた。父親にはあったことがなく、また母親はクラック・コカイン中毒であったため、引き離されしばしば転校を繰り返した。高校1年次は公立高校に通ったが、高校2年次にブライアクレスト・クリスチャンスクールへの入学が認められた。彼は高校のアメリカンフットボールチームで頭角を現し2003年にはディビジョン2Aの最優秀ラインマンに選ばれると共にテネシー州のオールファーストチームに選ばれた。2004年、リー・アン・テューイ、ショーン・テューイ夫妻の家に引き取られ、暖かな家庭を得ると共に1週間に20時間、家庭教師に学ぶ努力の結果、GPAは0.6から2.52に劇的に上昇させてNCAA1部校に入学できるレベルとなった。


大学進学を決める際に、テネシー大学、ルイジアナ州立大学、アラバマ大学、オーバーン大学、サウスカロライナ大学からも奨学金のオファーを受けたがテューイ夫妻の母校であるミシシッピ大学を選んだ。1年次はライトガードとして起用され1年生を対象としたオールアメリカンに選ばれる活躍を見せた。2年次からレフトタックルにコンバートされた。2年次にはサウスイースタン・カンファレンスのセカンドチームに3年次にはカンファレンスのファーストチームに選ばれた。2008年1月14日にドラフトにアーリーエントリーすることを発表したが2日後にそれを取消し大学に残ることを表明した。4年次にはAP通信が選ぶオールアメリカンのファーストチームに選ばれると共にアウトランド・トロフィーのファイナリストにも残った。


2009年のNFLドラフト1巡目全体23番目にボルチモア・レイブンズに指名された。同年7月30日に5年間1380万ドルの契約をチームと結んだ。当初ライトタックルとして起用されたがレフトタックルのジャレッド・ゲイサーが負傷して戦列を離れたためレフトタックルにコンバートされ第8週に再びライトタックルに戻った。1m93cm、141kgの巨体ながら40ヤードを5.34秒で走るスピードを持っている。同年12月には新人月間MVPに選出された』


以上です。私は、アメリカン・ドリームとしてではなく、別の意味で注目しました。次のような記事もありました。


『マイケル・オアーのもたらした奇跡の映画「しあわせの隠れ場所」                                                   
2009年にNFLボルティモア・レーベンズにドラフト1位(1順目の23位)で入団したマイケル・オアー選手の半生を描いた映画です。マイケルはテネシー州メンフィスのスラム街で13人兄妹の1人として生まれました。父親の顔を知らず、母親は薬物中毒。まともに学校にも通わず、転校を繰り返していました。そんなマイケルは高校2年生の時に特例で私立高校に入学を認められるものの、ある日、家を閉め出されて、とうとうホームレスになってしまいます。雨の降る寒い夜、Tシャツと短パン姿で歩くマイケルは、裕福な白人家庭の主婦と出会います。マイケルを一目見た彼女は、何も聞かずに自分の家に連れて帰り、感謝祭の休日を一緒に過ごします。 


この出会いがマイケルを変えました。一家はマイケルを養子として迎えることを決め、暖かな愛情を注ぎます。そのころから、マイケルは大きな体を武器にフットボール選手としての才能を開花させていくのです。そして奨学金でミシシッピ大学に進学し、大活躍。2009年4月のドラフトで1巡目23位指名でボルチモア・レーベンズに入団が決まりました。裕福な白人一家が黒人の少年を養子に迎えたときの周囲の反応は米国が抱える人種問題を浮き彫りにしており、一方で無償の愛を捧げる母親の強さに多くの人々が感銘を受けています。


また、黒人を養子に迎えたことで、他の家族が、いじめにあっていても、人種差別に対して、くじけないで前向きに向かい合うことにも、この家族の気持ちが、伝わります。「彼が、私を変えた」とありましたが、彼によって、養子を迎えた家族がまた一段と大きく成長した、相乗効果があったのだ思います。』


以上です。マイケル・オアー選手は18才で、引き取られたテューイ家で家族の愛を知りました。マイケル・オアー選手は、引き取られた当時について、テューイ夫人から「マイケル、私はあなたを愛している。あなたは家族の一員なのよ」と言ってもらったことが忘れられない、いつしか私はテューイ家から離れられなくなった、とテレビのインタビューでふり返っています。それは、たとえ血はつながっていなくても親子の愛着形成そのものであり、とりわけテューイ夫人とマイケルの間に、親子の絆づくりがあったにちがいないと、感動してしまいました。

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by takaboo-54p125 | 2010-12-27 05:34 | 文化・スポーツ

三男の中体連ブロック予選を見に行って、中学校バレーボール部時代を思い出しました。


中1当時(1972年・S47年)は、ミュンヘン・オリンピックで全日本バレー男子が金メダル、空前のバレー・ブームでした(全日本・深尾選手194cmは彦根工業OB)。TVアニメ・ドキュメント「ミュンヘンへの道」で全日本エース・大古選手が逆立ちで9m行けたのを見て、チームの大半がコートの端まで逆立ちできるようになりました。森田選手が世界で初めてやってみせた「1人時間差攻撃」は、うちの左エースもマスターしてました。私は、ネット・ボールを、フライング・レシーブでトスする練習が好きでした(成功の確率は低く、試合で上手くいったのは数回だけ)。


私らのチームは、新聞に県の優勝候補と書かれて舞い上がり、一発敗退しました。監督は前任校を全国大会へ導いた名将、180cm近い選手が2人、サウスポーも2人、朝練のサーブはマットを置いた所をねらえました。スタメン全員が違うサーブを打ち(私は無回転サーブで)、サービス・エースを競い合いました。高校男子バレーの強豪・近江高1年生(2・3年生が県外遠征中)とは高校用5号球&高校用ネットで、社会人9人制女子の日清紡能登川とは9人対6人で胸を借りました。粟津中とは12セット・マッチもしました。練習中に水を飲むのは、禁止だったような・・・。


第6ブロックのレベルは高く、秋は完成度の高い多賀中(練習試合で私らは1勝のみ)が県1位、春は粘り強い稲枝中(練習試合で互角)が県1位、平均身長175cmの彦根南中、打点の高い彦根東中、試合巧者の愛知中‥ライバル校だらけでした。秋は稲枝中に勝ち多賀中に負けてブロック2位、県では第7ブロックの双葉中・長浜西中と対戦し1勝1敗でした。その第7ブロックも強く、長浜東中の1年下には藤田選手(1983全中・優勝→長浜商工→松下電器・全日本189cm)がいましたが、対戦してません。春は能登川中(県3位、後の近江高のエース185cmのパワー)に負けました。夏は彦根南中に逆転勝ちして、県大会では野洲中に勝ちましたが、竜王中(県3位、後の彦根東高のエース183cmの勢い)に負けてベスト16に終わりました。後年、2012全中で優勝することになる伝統校・皇子山中と対戦する機会はありませんでした。


その競い合った主力たち、うちのエース2人も、多賀中のセンタープレイヤーも、能登川中のエース2人も、稲枝中・竜王中・玉園中・愛知中のエースも、彦根南中の大型セッターも、そろって進学した近江高・彦根東高と湖北の雄:長浜商工が当時の県・男子高校バレー3強でした。そう言えば、監督の前任校の教え子で、近江高時代に全国ベスト6に選ばれた方(社会人)が1度来てくださり、攻守のお手本を見せてもらいました。


ということで、私ら男子バレー部は中学時代、県ベスト8に1度も入れませんでした。練習試合で負けたことのない3校(いつもやってた愛知中、強力エースの玉園中、コンビ・プレーの八幡南中=1995全中・優勝の八幡東中の前身?)は春夏いずれかで県ベスト8に入ってました。私らの1年先輩は夏の県3位、1年後輩も夏の県3位、私らの年は女子バレー部が夏の県3位、私たちは結果の出せない「幻の強豪?」チームだったのです。


それゆえ、中1の時から、筋トレのフルコース(腹筋100回、指立て伏せ100回、高鉄棒ぶら下がり、大腿筋を鍛える電気椅子など)も続けたので足は速くなりました。しかし、中1の郡陸上100m走でなんとか12秒9、中2で陸上競技第6ブロック予選100m走決勝まで残り、中3の人たちに混じって走りましたが12秒5で無念の4位でした。中3の県陸上400mリレーは予選落ちしました(100m走も11秒台には届かず‥)。


中3で近江高バレー部1年の胸を借りた時、ブロックに跳んでも高校用ネットから手のひらと手首しか出なかったので、高校ではサッカー部に入りました。同じ新入部員に聞いたら「11秒3」「11秒5」「11秒8」と、100m11秒台がごろごろいました。でも守山高校と練習試合をした時、松田保監督(1982冬に守山高を滋賀県勢初の全国ベスト4に、1994冬にも守山北高を全国ベスト4に導き、小野や稲本ら黄金世代のU-17日本代表監督)に「きみは球ぎわのショルダーチャージが強いね。うち(守山高)のが全部はね飛ばされていたよ」と、あたりの強さだけほめてもらいました。少し自慢ぽくなりましたが、サッカー歴3年の補欠には、ほめてもらえるテクニックは皆無です。チームの主力には国体候補が4人、インターハイ2次予選は県ベスト4でした。近年は、2005冬・全国優勝した野洲高OBの乾選手(Jリーグ→ドイツ→スペイン)を応援しています。


【ここからは、この記事から7年半後、2018の後日談になります。再び私事で恐縮ですが、2018選抜高校野球TV中継で母校の校歌を聞くことができました。その同じ日の午後に隣の高校(校地間の直線距離約1km、校舎間の直線距離約1,2km、道路を走って約1,7km、車で4~5分)である近江高校の校歌も流れました。約40年前、私たちサッカー部は、隣接する近江高サッカー部と合同練習させてもらったことを思い出し、同じ市にある2校が同じ日の甲子園2回戦で勝利する場面を見られるとは・・なんか感激しました。当時、近江高校も彦根城の外堀と内堀の間にあり、官公庁をはさんで約200mというお隣さんだった記憶があります。同じサッカー部同士で、ちょこっと部室へ行き来してましたから(昼休みだったかも_ _)。今回、彦根市にある近江高・彦根東高の校歌を、選抜甲子園2回戦の同じ日に聞くことができた奇跡・・有り難うございます。しかし、まさか、3回戦も同じ日に2校とも延長10回サヨナラ負けをするとは、夢にも思いませんでした。両校の皆さんには感謝します。


その後、閉会式で応援団賞の最優秀賞に選ばれたとのこと、2009春以来の2回目受賞って史上初でしょうか?対戦した慶応高の応援団が早慶戦みたいに「若き血に燃ゆるもの」で盛り上がっていたので最優秀賞は正直あきらめてました。サヨナラ負けした後、対戦校の校歌演奏の時、花巻東高に敬意を表して手拍子をしていた赤鬼応援団とともに、昨夏の甲子園に引き続き、アルプス席で一緒に応援してくださった河瀬高のブラスバンド部・滋賀学園高のチアリーディング部のみなさん、お互いに県内ではライバル校同士にもかかわらず、本当にありがとうございました。2回目の最優秀賞ですので、3校合同の応援+対戦相手への敬意も忘れない応援+応援マナーが評価されたのかなと、余計に嬉しく感じました。


なお、後から知ったのですが、近江高・彦根東高の野球部は、最後の夏の県大会にベンチ入りできない3年生同士の定期戦「メモリアルゲーム」を、長年にわたり県立彦根球場で年1回(6月かな)続けていて、その審判は彦根工業OBの方もしておられるそうです。】

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by takaboo-54p125 | 2010-10-16 17:59 | 文化・スポーツ