カテゴリ:親・保育士・教師の研修・講習( 14 )

2014年8月お盆過ぎの1週間は、教員免許状更新講習を受講してきました。5日間で2万5千円(1日5千円)と受講料を安く設定されているのは、有り難いことでした。なお、受講対象の年に「特別支援学校教諭免許(特別支援教育に関する資質向上事業)認定講習」を受講すれば、教員免許状更新講習が免除されるという話も聞きますが、都道府県教委の担当課に教えてもらうことをおススメします。


申込開始日(2014年度は4月21日:年によって変わります。3月になったら大学HPで毎日1回チェックし、前年度の要項を読んで、書類・写真・心の準備もしました)の朝8時半頃、パソコンのEメールで申し込んだところ、約100人目ぐらいだったようです(自分の受講番号からの推測ですが)。おそらく申込開始日の午前0時に申込メールを送信なさった先生方も少なくなかったのではないでしょうか。受講期間(2年間)の2年目(後がない)の人は優先してもらえるとHPに書いてあったので、2年目の私は安心して、それでも、初日の朝に申し込んでよかったなぁと思いました。数日で、あっという間に定員をオーバーしてしまい、締め切りにせざるを得なかったという話も聞きました。それは、免許状更新講習を文科省に申請する大学が少なすぎるからです。この制度の是非はともかく、過去に遡って教員免許を取得した学生数の多い大学は、実施する責務を自覚してほしいものです。県内の各大学の申込開始日が4月何日か要確認です。


5日間、お昼用のサンドイッチと野菜ジュースを途中のコンビニで買って、8時半までには大学駐車場に着くようにしました(9時開始ですし、学生の補講:集中講義と重なる日もあるので)。時間ぎりぎりに着くと、駐車場がどんどん遠くなる可能性が高くなります。あらかじめ申し込んで、JR近江八幡駅からスクールバス(バス会社の大型バスかな)を利用されている先生方もおられました。全部で約500名の受講生で、2部屋に分かれて受講しました。私にはちょうどいい空調温度でしたが、冷気が直接あたる座席(全指定席です)もあるので、冷え性の方は膝掛け・羽織る上着を持参されることをオススメします。各講義180分(途中休憩あり)のラスト30~45分ほどで、筆記試験(レポート形式)があるので、私は鉛筆数本と消しゴムを持参しました。A4サイズ両面を全部埋めたい性格の私は、少々(相当)乱雑な文字になりましたが、本気モード:かなりのハイペースで書き上げました。


前半2日間の必修講習「教育の最新事情」では、戦後の日本国憲法・教育基本法のもとで、学習指導要領がどのような変遷をたどり、それぞれの改訂のポイントや、今回の改訂にはどのような特徴があるのかを、学び直す時間がもらえました。教育政策の今日的動向をわかりやすく説明してくださり、ありがたかったです。また、ストレスマネジメントやカウンセリングマインドについては、内容を学ぶことに加えて、自分自身の気持ちがすごく楽になりました。さらに、さまざまな調査データの数字を示してもらうことで、家庭環境が経済的に恵まれていない子どもにこそ、充実した公教育を保障することの大切さを再認識させられました。貧困率の課題に対応する柔軟さが必要です。


後半3日間の選択講習ですが、1日目の「初等中等教育の実践力養成」では、運動が「からだ」と「こころ」に与える影響、ストレッチの注意点、さまざまなスポーツ外傷・熱中症・過呼吸等への適切な対処法などを教えてもらいました。また、スポーツ心理学の観点から、気づく・感じる・第六感・直感・シンクロニティ・マネジメントスキル・呼吸法・イメージングなどを、その場で体験しながら学ばせてもらいました。2日目の「教育と福祉の統合」では、今年が「知的障がい児の父」と言われた糸賀一雄生誕百周年ということから、糸賀先生の言葉「この子らを世の光に」を手がかりに、法律よりも先に気づいた者が先にやるという、「共生」のパイオニアとしての実践から、虐待についても考えさせられました。3日目の「性教育」では、助産師さんから直接、受精から生命誕生までの実話を聞かせていただき、さらに、思春期・性感染症(クラジミアなど)・今の若者の特徴・ワクチン・摂食障害・うつ・いじめなど、幅広く「生きる」ことについて、気づく場をもらえました。


こうして、中身の濃い5日間の講習全般を通して、私なりに感じたことは、「学力向上」も「体力向上」も、それだけを直接ねらった取り組みでは、子どもが丸ごと(こころもからだもバランスよく)育つのは難しいが、子どもと教師の信頼関係を再構築しようとする「授業づくり&学級づくり」を学校ぐるみで取り組むなら、その結果として「学力向上」も「体力向上」も徐々についてくるだろう、ということでした。この仮説を実証している学校が、全国各地にあるのを、ここ4年間に7校で11回、直に全クラス公開授業を参観して、確かめることもできました。うれしいサプライズは、同じ中学校を一緒に卒業した同窓生と、なんと、3名も出会えたことでした(同期の桜?)。


なお、9月末~10月に大学から履修(修了)証明書が届きますので、各自で免許状更新講習修了確認の手続きの詳細について勤務地(現職教員でない人は現住所)のある都道府県教委に問い合わせ、申請を今年度内(滋賀県の申請期限は1月31日)にしなければなりません。そろそろ届く時期になったので、都道府県教委のホームページで手続きの方法を確認(免許状更新講習修了確認願のダウンロード・プリントアウト)しなくちゃ!と思っていたら、先日、大学から証明書が届きました。まだ日があると思っていると、忘れてしまうかも知れないので、できたら早いめの10月に、遅くても11月には手続きを済ませてしまいましょう。私も、早速、確認願に貼らなければいけない滋賀県収入証紙3300円分を手に入れました。また、婚姻等により、現在の本籍・氏名が、免許状と異なる場合は、戸籍抄本を添付する必要があることもお忘れなく!免許状写しor免許状授与証明書写し免許状を紛失した人は、免許を取得するために通った大学のある都道府県教委に問い合わせて免許状授与証明書を発行してもらう手続きがいります。例えば、東京大学で教員免許を取得した人は、東京都教委です。教委で確認・発行するのに時間がかかるので、紛失に気づいた時に手続きしておくと安心です)も添付しなければなりません(写し=コピー)。


滋賀県の場合、県教委ホームページ>教育総合>組織(各課)別>教職員課>教育職員免許状>更新制各種申請方法・様式>免許状更新講習修了確認願・・ダウンロード様式(記入要領・様式・記入例)から、様式など、各自必要なものをダウンロードします。PDFとWordの両方ありましたが、PDFのほうが早くダウンロードできます。手書きするのがイヤな人はWardをダウンロードするのでしょう。私は、そのパソコン画面を開きながら、電話で、担当の方に詳細を聞きました。こうして、なんとか10月上旬には手続きを完了する予定です。


ちなみに、次年度の講習に向け、今年度の講習実施要項などを参考にしましょう。閲覧することで、次年度の講習に向けて、心の準備(添付書類や顔写真のサイズ等)ができます(期日や内容等、詳細は毎年変わると思います)。なお、万が一、員免許状を紛失した場合は、自分の履歴書に記載した免許状の種類&番号を頼りに、免許を取得するため卒業した大学のある都道府県教委に問い合わせて、早いめに免許状授与証明書を発行してもらう(できたら受講後の秋までには手に入れる)ことをオススメします。もし、免許状の種類&番号が不明の場合は、免許のために卒業した大学名・卒業年度・氏名などを、大学所在地:都道府県教委(教員免許の授与は単位をとった大学のある都道府県教委)の担当者に電話して、助言してもらいましょう。


今は教職についていない人も、今後、教職(臨時講師も含む)につく前には教員免許状更新講習を受講しておく必要があります。そういう可能性が0%でないなら、せっかく取得した免許状ですので、受講しておくほうがよいのではないでしょうか。


【追加】そして12月初旬(10月に手続きしました・・それを忘れた頃)、県教委(勤務地or住居地)から「免許状講習修了確認証明書」が届きました。これは今後10年間大事な証明書ですので、「教員免許状」(←紛失した人は、受講するために発行してもらった免許状授与証明書:この記事の7段落目と10段落目に説明あり)や「履歴書」(←転任する時は辞令の内容を書き加えて転任先へ持参しますが、退職したら学校から各自に返却されるので手元で管理します)などと同じ場所に保管することをオススメします。別々の場所に置いておくと、保管場所を忘れやすくなります(30代・40代の受講者は10年後、また受講する時期に必要な書類もありますし)。以上が概略ですが、免許状or免許状授与証明書の原本は大事に保管し、その写し(コピー)を更新講習修了確認申請に使うのがいいでしょう

関連記事
教員免許状更新講習の受講者だけでなく受講免除対象者も、都道府県教委への手続きが必要なのですね
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by takaboo-54p125 | 2014-10-04 05:11 | 親・保育士・教師の研修・講習

追加分:重度・知的障害児(の保護者)に対する特別児童扶養手当の支給は20才未満です。20才以降における各市町村の公的支援の有無を担当課で確認しておきましょう。私の住む市町村では、在宅の重度知的障害者(の介護者:家族が多いでしょうか)に対する激励金支給要綱があり、手続きの仕方(申請方法)を教えてもらいました。追加分は以上です。


【はじめに】


今の子どもたちも、やがて20才になると、学生であろうとなかろうと、国民年金に加入しなければなりません。そこらは、ちゃんと?日本年金機構:年金事務所から20才前に通知(20才から支払いましょう?)がきます。わが子に障害のある場合は、早くから準備しておくほうが、あわてなくてすみます。


【国民年金:障害基礎年金】と【医師の診断書】


ところで、障害のある子どもたちの場合、20才になったら、「国民年金:障害基礎年金」の年金請求書を市町村役場・役所の年金担当窓口に提出して申請する必要があります。申請書一式は、事前に年金担当窓口でもらっておきます。その時、担当者の方から説明を受けておくほうがいいでしょう。私は、わが子が20才になる3ヶ月前ぐらいに、市町村役場へ申請書一式をもらいに行って、担当者から手続きの流れをあれこれ教えてもらいました。今、思うと、ふだんから連携を密にしている福祉関係機関の、最も信頼できる人に、書くポイントを相談してから書けばよかったような気がします。


障害の程度が「重度」の場合は、申請すれば、「国民年金:障害基礎年金」を受けられるようになるようですが、ここ数年、障害の程度が「中度」の場合は、申請しても、「国民年金:障害基礎年金」を受けられないケースが続出しているようです。本人が一般就労できればいいのですが、共同作業所に通所する人にとっては、「国民年金:障害基礎年金」が受けられないとしたら、大問題です。特別支援学校高等部卒業前に、「国民年金:障害基礎年金」保護者研修会をされる特別支援学校が多いと思いますが、社会保険労務士さん(現状を最も把握している立場)を講師として招いて実施されることをオススメします。


さて、肢体不自由や情緒障害の子どもたちには、おそらく主治医がおられると思います。しかし、知的障害の子どもには、主治医のいないケースも少なくありません。なぜなら、療育手帳に必要な検査・判定・再判定は、子ども家庭相談センター(児童相談所:大津市と彦根市)でしてもらえるからです(未成年まで。成人後の再判定は滋賀県障害者更生相談所:草津市)。わが子も、そうでした。


ところが、「国民年金:障害基礎年金」の年金請求には「医師の診断書」が必須なのです。私は、わが子が高等部卒業前、「国民年金:障害基礎年金」保護者研修会で、その事実を初めて知りました。さすがに、あせりました。


【計画相談】と【医師の意見書】


私はあわてて、わが子が高等部3年生(18才)の1月に、まず、共同作業所へ通所するのに必要な「計画相談」のための「医師の意見書」を、ドクターに書いてもらいました。必要添付書類なので、わが子を初めて精神科へ連れて行ったわけです。わが国の法制度上、精神科のドクターに書いてもらわなければならないことを、知的障害児の保護者のみなさんも、知っておいてください。「計画相談」の面談+「医師の意見書」によって、「障害程度区分」が決定されて、どのタイプの作業所に通所するかが決まります。「福祉サービス受給者証」に、その内容が記されます。療育手帳身体障害者手帳は、また別です。高等部卒業前に、そういう、きわめて大切な「医師の意見書」を書いてもらってから、1年あまり過ぎました。


【20才の誕生日を過ぎたら】


いよいよ「国民年金:障害基礎年金」の年金請求をする時期(20才の誕生日を過ぎた頃)になりました。私は、その誕生日の半月前に、わが子を連れて「国民年金:障害基礎年金」の年金請求用「医師の診断書」を書いてもらうために、同じ精神科へ行きました。診断書が完成するまで3週間ほどかかると言われました。「医師の診断書」の効力は3ヶ月なので、診断書を受け取ってすぐ市町村役場の担当者の方にアポを取り、申請に行きました。審査結果の通知が来るまで、2~3ヶ月と言われました。


申請には、本人名義(20才のわが子)の「通帳」(郵便局でも銀行などでもいい。キャッシュカードを作るかどうかは家族で要相談)も必要です。またA3 サイズ両面の「病歴申立書(国民年金用)」も添付しなければなりません。この「病歴申立書」をより正確に記入するため、私自身の反省を込めて、保護者のみなさんへ、ちょこっとアドバイスさせてください。


【早くから準備しておくとよいこと】


思い出せる範囲でいいので、幼い頃から、大変だった出来事を箇条書きしてみましょう。私ができていなかったことで、みなさんにオススメするのは、何才何ヶ月頃に、こういう大変なことがあった、ということをノート(母子手帳でもよい)にメモして、記録として残しておくと助かると思いました。人間は、誰でも、何年も前のことは忘れるからです。


母子手帳における、年令別の「できる・できない」のチェック項目に印をつけておくのも、いいことです。もし、発達上の遅れがあるならば、「病歴申立書」に何才何ヶ月頃にできなかったかを書けるからです。母子手帳って、メモできるページもあるので便利です。


乳幼児期、就学前、小学部、中学部、高等部、それぞれの頃に大変だったエピソードを、ちょこっとメモしておくだけで、「病歴申立書」を書くのに、すごく役立つと思います。いっぱい書けばいいというものではありませんが、書くスペースはけっこうあります。


医師の診断書」が受給決定の決め手になるので、「医師の意見書」を書いてもらった後も、風邪・腹痛など、同じドクターにわが子を診察してもらう機会がないよりは、あるほうが、より正確な診断書を書いてもらえると思います。ドクターも、1度しか診ていない子の診断書を書くのは、どうしても慎重になる(1度の診察では、いくら専門医でも、その子を詳しく知ることは難しい)からです。


私は、知的障害を病気だという考え方が大嫌いですが、制度上、病歴とか発病とかを記入しなければならないので、イヤでも精神科の受診が必要不可欠だということを思い知らされました。まだ、お子さんの年令が小さいのなら、守山市の滋賀県立小児保健医療センター(成人後は病院に引き継いでくれるはず:「国民年金:障害基礎年金」請求用「医師の診断書」のため)に受診されるのが、いいかもしれません。高等部卒業後、共同作業所へ通所するために必要な「医師の意見書」も詳しく書いてもらえるのではないでしょうか。


【申請した後のこと】


なお、私は、「病歴申立書(国民年金用)」等を、念のためコピーして残してあります。何を書いたかという証拠を残しておかないと、いざという時に困る(忘れる)・・と思ったからです。こうして、おおよそ3ヶ月ほどしますと、日本年金機構から決定通知が送ってきます。厳正な審査によって「障害の等級」が1級または2級と判定された場合、その級に応じた障害基礎年金が支給されることになります。その場合は、「免除申請」(20才から60才まで毎月払い込む国民年金)もすることになるので、市町村役場の担当者に聞いてください。


しかし、3級と判定された場合は、障害基礎年金の支給対象になりません。この差は、「天と地」ほどの違い(対象にならないと、例えば、大学生と同じように毎月、年金積立が必要。65才からの年金支給開始のため)になります。H17年以降、その判定がだんだん厳しくなっていると、聞いております。ですから、「病歴申立書」「医師の診断書」に、本人の知的障害の状況を、より正確に、しかも、ポイントをしぼって詳しく書けてあるかどうかが、きわめて重要であると言えるでしょう。だからこそ、書く時に、助言をしてもらえる専門家のアドバイスがあるか、ないかが、大切なのでしょうね。


【私(保護者として)の反省点】


私自身が提出した後で、1つ反省しているのは、「病歴申立書」の裏面の、できる・できないのチェック項目の判断基準です。親ですから、どうしても、自宅でなら、本人ができる内容は、できる方にチェックしてしまったことでしょうか。将来、親(私)がいなくなった時のことも考慮すべきでした。自宅でなくても(外出先で親が一緒にいない時、宿泊先で親が一緒にいない時、他人様の指示で)、本人ができるかどうかについて、各項目ごとのシビアなチェックが必要だった(私はシビアにチェックできなかった)と、後から反省しています。


また、20才を過ぎて3ヶ月ほどたった頃に、国民年金保険料の収納業務(免除申請案内も含む)を、日本年金機構より委託されている会社(例えば、日立トリプルウィン株式会社)から、本人と話したいという電話があっても驚かずに(私は驚いて、悪徳業者からの不審電話かと疑ってしまいましたが、「障害の等級」決定後の免除申請のお知らせだったかも^^)、一応、話は聞きましょう。参考になさってください。


【「障害程度区分」と「障害の等級」のちがい】


障害程度区分」決定は、福祉サイド(窓口:市町村役場障害者福祉担当→「医師の意見書」提出→福祉関係機関で「計画相談」面談→審査「障害程度区分」決定→共同作業所通所開始→その後、毎年面談による「福祉サービス受給者証」の継続・変更等)という流れです。「障害の等級」決定は、年金サイド(窓口:市町村役場国民年金担当→「病歴申立書」&「医師の診断書」提出・申請→年金事務所・日本年金機構で審査「障害の等級」&審査結果「国民年金:障害基礎年金」決定通知→市町村窓口で「免除申請」→その後、毎年「現況届」&数年に一度「医師の診断書」提出)、という流れです。このように、2つの審査決定は全くの別物(別ルート)です。


くり返しになりますが、特別支援学校高等部卒業前:18才前後に親が福祉関係機関に出向く「計画相談」~「障害程度区分」決定と、20才の誕生日になった頃に親が市町村役場に「国民年金:障害基礎年金」請求手続きをして結果を待つ日本年金機構の「障害の等級」決定、この2つが、「わが子の一生涯を左右する2本の大黒柱」と言える存在です。しかも、地域の福祉関係機関と、日本年金機構という別々のところですから、この2つの間は全く連動していないものと、腹をくくって準備することが大事になります。


蛇足ですが、いずれも案内は来ませんから、親がかなりの時間的余裕を持って、自ら市町村役場などに問い合わせ、出向いて関係資料をもらうことが第1歩になります。保護者のみなさん、早めから上記のを準備しておいて、時期が来たら、あわてず、あせらず、でも、すみやかに、ぬかりなく、落ち着いて、スタート地点に立つことを、どうかお忘れなく!


【追加】責任賠償保険について(わが子の場合)


養護学校小学部へ入学した時に、学校から複数の責任賠償保険を教えていただき、その1つに加入しておりましたが、それは22才で満期になるタイプの保険でした。満期の案内ハガキが来ました。ですから、今は、わが子が通所しております共同作業所から教えていただいた保険「生活サポート総合補償制度」に切り替えました。



なお、障害のあるお子さんが、まだ未成年(18才未満かも)の場合、次のようなことも、わが子が対象になるかどうか、市町村役場福祉課などで確認しましょう。わが家の場合、養護学校小学部入学時に手続きをしたものが多かった(就学前のものもあった)記憶はありますが、なんせ10年以上前ですので、詳細は忘れました。


【障害のある子どもがいる家庭の場合】


特別支援教育就学奨励費


就学援助(準要保護)と生活保護(要保護)の対象でなくても、例えば養護学校・特別支援学校等の場合、特別支援教育就学奨励費については学校から入学時に説明があります。不明な点は、学校の事務室に問い合わせましょう。


特別児童扶養手当


また、特別児童扶養手当については、市町村役場(役所)の福祉の窓口で聞いてみましょう。いずれも、収入に応じて支給されます。こちらから申請しなければ支給されませんので、福祉の窓口では、あれこれ教えてもらうといいでしょう。→本人が成人すると、別の名称の激励金(激励金ですので手当より減額されますけど)、が支給される市町村がわりとあるので、福祉の窓口で聞いて、手続きしましょう。市町村の福祉窓口とは、ずっと良好な関係をキープしていくことをおススメします。


療育手帳


福祉医療費受給券(マル福)


福祉サービス受給者証


特別児童扶養手当の申請の前に、療育手帳の申請・検査・判定・交付が先に必要だったような気もするので、福祉窓口で聞いてください(子どものうちは子ども家庭相談センターで検査がありますが、大人になると指定された都道府県立病院等で検査を受けます。検査のサイクルは、療育手帳に記載されています)。他にも申請しておかないと福祉サービスが受けられない、マル福:福祉医療受給券のこと、福祉サービス受給者証のことなども、窓口で聞きましょう。わが子の場合、療育手帳は、就学前に手続きをした記憶があります。なお、マル福:福祉医療受給券は、お住まいの市町村によって、子どもの対象年齢が異なります。福祉サービス受給者証は、年2回の聞き取り(モニタリング)によって、次の年のサービス内容が変わってきます。本人が成人して以降は、成年後見について家族でしゃべるチャンスがあれば、できる範囲で少しずつ相談を始めることをおススメします。

【おまけ】滋賀県に映画館は、大津・草津・水口・八幡・彦根に6カ所あります。そのうち彦根以外の映画館は、療育手帳を提示すると、本人と付添者が割り引きされます。彦根だけ付添者は割引されません。彦根のシネマも障害者理解を深めてほしいな、と思いました。


関連ページ


特別支援教育:子どもと向き合う教師【担任の気持ちが子どもに通じていく秘訣】を見せてもらいました

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898110/



by takaboo-54p125 | 2014-08-02 05:55 | 親・保育士・教師の研修・講習

湖南市「つどいの広場すくすく」(オープンスペースれがーと)で、H25,9,19にお母さん方からお受けした質問に対し、即答できる力量が私にないので、2ヶ月後のH25,11,25に、回答する場を設定していただきました。われながら、回答がちょっと遅すぎるなあと思いました。m(_ _)m 


①3才児:手洗い・着替えなど、マイペースで急ぐ気がない子には


幼児は、意味を理解して手洗いや着替えをする年令ではありません。手洗いも着替えも、【やりたくなったらする】のです。ここに育児のヒントがあります。子どもがやりたいからする=【ママが喜んでくれるから(ママがほめてくれるから)する】という幼児の特性を、ママが活用しちゃましょう。わが子と同じ視線の高さで、目と目を合わせ、たとえば、


「くつ下、はこうね」


と言ったら、子どもがどう反応するかな、という遊びごころを忘れず、子どもとのやりとりを楽しむつもりで、ていねいにつき合ってみませんか?もし、子どもがしぶったら、


「どうしたの?」


という対話ができます。指示型ママから、笑顔でほめるママに変身するのがポイントです。


②3~4才児:歯みがき「だって‥」「でも‥」「もういい‥」口答えする子には


だだをこねているような反応ですが、ママをひきつけるための子どもなりの懸命な手立てなのでしょう。ママを困らせながら、ママを巻き込んで、甘えている姿があります。それは、【ママとつき合うことが最大の喜びになっている】と言いかえてもいいでしょう。【人づきあいの出発点に立とうとしている】のです。


歯みがきをいやがったら、【密着抱っこ】(ママが


「よしよし、イヤなんだねえ」


と言いながら、互いの胸を密着させて、丸ごと自分を受けとめてくれる満足感に、子どもが包まれるママ最大の武器)をしてあげましょう。それから、


「ママも、いっしょに歯みがきしたいな」


などと、子どもの気持ちに対して、ていねいに相手をすることが、不安やストレスに負けない心の土台を築きます。


③1才前後:離乳食の時、ママの手や足をなめる子には


離乳食を始める頃も含めて、乳幼児の一番発達が早い五感(目、耳、鼻、舌、肌)は、ズバリ、舌です。どんな物(ママも含めて)でも、舌でペロペロなめて確かめます。ですから、ママをなめるのは、ママが大好きなしるしだと受けとめてあげましょう。ママの手をなめながら、離乳食もちょこっとずつ食べてくれたらいいですね。


④1才前後:絵本も新聞も破る子には


指でつまむ、ということができた証拠です。だから、破ることが楽しくてたまらない姿があります。指でつまむのは、指の大切な運動です。のちのちに、細かい作業ができる手先の器用さをはぐくむ行動の1つが、破るということだと受けとめてあげましょう。ですから、破られてもかまわない物を、好きなだけ破らせてあげてください。


⑤3才児:おもちゃのかたづけで、投げつける子には


おもちゃのかたづけをちゃんとできるのは、5才前後(4才半~6才頃まで個人差あり)でしょうか。3才児なら、大きな箱に投げ入れたら、ママが笑顔でほめてあげましょう。


「あれがない、これがない」


と、わが子が言っても、ママはあわてず騒がず、クールに


「ないの?」


と受け流してもいいでしょう


⑥5才児:食事(歩き食べも含めて)が遅い子には


園の昼食では遅くない子の場合は、園の先生にヒントを聞くのがいいでしょう。


家でも園でも遅い子の場合は、食事が喜びになっていないのかも知れません。食べるのがうれしい・楽しいという離乳食だったか、食べさせなくっちゃという離乳食だったか、がキーポイントになります。そこで、朝ご飯も晩ご飯も、できるだけママがいっしょに食べてあげることを、忙しいとは思いますが、毎日チャレンジしてみてはどうでしょうか。大事なのはママと会話しながら食べるのを好きになること、いっしょに食べることに魅力を感じさせることですから、テレビのスイッチを消して食べるのが理想ではあります。


⑦3才児:1才児半の弟妹の真似をして手で食べる(手づかみの)子には


弟妹がママにかまってもらっているのが、うらやましいのでしょう。きょうだい2人とも満足させてあげるには、2人の口の中へスプーンで交互に食べさせてあげることをしても問題なし、大丈夫です。


「あなたも、こんなふうに食べさせてあげたのよ」


とママに言ってもらって、きょうだい一緒に食べさせてもらいます。もう一度かかわってほしいという気持ちが充分満足したら、そのうちに自分でスプーンで食べる姿に戻るだろう、というぐらいに、ゆったりと思ってあげてみてはどうでしょうか。


⑧1才前後:8ヶ月頃に激しかった人見知りがマシになったが、抱っこを求める子には


基本的に、子どもが求めてくる抱っこは、時間の許すかぎり、受け入れてあげましょう。外へ行くよりも、抱っこしながらできる家事をしたり、ママの足にしがみつかせて家事をしたり、ママのエプロンのひもをにぎらせて家事をしたり、あの手この手です。時には、


「ちょっとガマンしてね」


と抱っこを待たせて、ガマンしたのをほめることもしてみます。そのうちに、ママの見えるところにいるだけで安心する姿を見せてくれるようになりします。


「いないいないばあ」


の延長線といったところでしょうか。抱っこで満たされてくると、ママがいるのを確かめて安心すれば、だんだん離れた距離にいられるようになってくるでしょう。人見知り(以前より分かりにくくなった)が出てくるまでは、好きなことを好きなだけさせます。


「ダメよ」


は人見知りが出てからです。(とっても個人差があります)


以上、お忙しいとは思いますし、しんどいとも思いますが、なかなか、思い通りにはいかないのが育児です。人間ですから。


手がかかる・・・乳幼児の間に手がかかるか、大きくなってから手がかかるか、どちらかでしょう。どちらがいいですか?子どもの間のほうがいいですよね。


今、お母さんが笑顔で目と目を合わせて、抱っこしてくれたり、うなずいてくれたり、ゆったりと語ってくれたりする・・そんなお母さんが発する空気・雰囲気は、乳幼児にきっと伝わっています。


子どもですから、態度では、甘えたり、すねたり、泣いたりしながらも、人と人との「おつきあい」の土台を、お母さんのあったかい姿から吸収していくのだろうな、と回答しながら、子どもたちやお母さん方を見て思いました。

関連ページ

「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育てのポイント110】ミニプチステップ

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by takaboo-54p125 | 2013-11-30 05:08 | 親・保育士・教師の研修・講習

2013年8月20日(火)は、鳥取市立高草中学校の校内研修会に呼んでもらいました。朝7時に家を出発・・JRびわこ線で京都まで出ました。京都からは、特急「スーパーはくと」に乗り、大阪・兵庫・岡山を経て、鳥取駅に着きました。


校長先生がじきじきに出迎えてくださいました。鳥取駅から約10分で学校に到着しました。校舎内に足を1歩踏み入れると、学校だよりが置いてあり、来訪者が誰でも手に取ることができるようになっていました。玄関も廊下も、よく手入れされていて、学舎を大切にする生徒たちの学校だということが、ひしひしと伝わってきました。校舎内のあちらこちらには、生徒たちが書いたポスターや、活動の写真や、生徒たちのがんばりが伝わってくる文章などが、さり気なく掲示されていました。これらを見ただけで、生徒たちと先生方の間に、あったかい空気が流れていることを感じました。校長室に入ると、校長先生の著書「100マス作文入門」をいただきました。つまり、校長先生は、100マス作文の提唱者である三谷祐児先生だったのです。


先生方が組織的に連動しながら、授業で学級づくり・学校づくりを推進されている高草中学校ですから、私が準備した資料などは、先生方がとっくに実践されているような雰囲気で、お恥ずかしく、今回は企業秘密^^ということにさせてください。しかも、私の悪い癖が出てしまい、ついつい語ってしまいました。もっと、先生方に問いかける話し方を心がけるべきだったと反省しております。それより、学校だよりに載っていた「ちょっといい話」を紹介させてください。


【ちょっといい話】


大正体育館のトイレがとても悲しい汚れ方をしていたそうです。それを目の当たりにしたバレー部のみんなは、練習を後回しにして先ずトイレ掃除に取り組んだそうです。少し遅れてきた顧問の先生は、練習が進んでいない状況を見て一喝を入れようとしたそうですが、わけを聞いて涙が出そうになるくらい感動したそうです。それからすぐにあった県大会でバレー部は2位という成績をあげました。トイレの神様っているんですよね。


沖縄からの帰りの飛行機は結構揺れて怖くなったとき、目のあったCAさんが口パクで「大丈夫、大丈夫。」と笑顔で言ってくれて安心しました。降りる前に、友だちと二人でそのCAさんにお礼の手紙を書いて渡しました。(3年女子Tさん)


【とってもいい話よき種をまいてくれました】


女子バトミントン会場でのことです。他校の先生がコートを片付けていたら、本校の生徒がさっとやってきて片づけを手伝ったそうです。しかも隣の決勝の試合を気遣い静かに丁寧にやってくれたそうです。その先生は「言われないとできない、言われてもできない人が多い中、高草中生徒の動きに感心しました」と有り難いお手紙をいただきました。また、女子バレー部はトイレのスリッパを丁寧に整頓したそうで、産業体育館の館長さんや清掃員の方にとても感謝されたそうです。ありがとう!


どちらも、なかなかできることではないステキなエピソードです。実は、私のブログを読んでくださった、高草中学校の三谷校長先生からEメールをいただいた時、今回のお誘いをお受けしようと思ったのは、理由があります。それは、H23(2011)年1月のブログに、新聞で紹介されていた鳥取県のみなさんのあったかさを書いたからです。あんなにあったかい県民がいらっしゃる鳥取県を、一度訪れてみたかったというのが、正直なところでした。そのブログとは、次のような内容でした。


【鳥取県琴浦町:新聞の1面が「ぬくもりのある記事」って、うれしいですね(2011年1月12日ブログ)


1月9日(日)朝日新聞1面「大雪ぬくもり国道 動けぬ車 手のひらいっぱいのもてなし」の記事を概略だけ紹介します。(  )は私なりの補足です。


『元日の朝。‥鳥取県琴浦町‥(看板屋さん)大みそかから降り続いた雪は、もう腰の高さまで積もっていた。‥米子市‥89cmの積雪‥トントントン。‥女性が真っ青な顔で立っていた。「すみませんが、トイレを貸してもらえませんか」‥「こらぁ大変だ」‥見たこともない車列に驚いた。仕事場のトイレを、みんなに使ってもらおう。そう決めた。人口1万9千人の琴浦町の人たちにとって、いつもと違うお正月が始まった。‥(大みそか~元日、吹雪の国道9号線)約25kmで車1千台が立ち往生した。‥1m四方ほどの白いベニヤ板に赤いテープで「トイレ→」と書いた看板をつくり、国道脇と自宅前に立てかけた。次々と人がやってきた。赤ちゃんを連れた若い女性は、ミルク用のお湯が欲しいと小さなポットを持ってやってきた。‥毛布を持ち出し、お湯と一緒に手渡した。女性は何度も頭を下げて車に戻った。‥(パン屋さん) 「ありったけの米を炊いてくれ」公民館から大きな釜を2つ借り、自宅にあった1俵半の米を全部炊いた。近所の女性に役場に集まってもらっておにぎりをつくった。‥パンを運ぶトレーで、おにぎりを配り歩いた。「目の前で困ってる人がいたら‥。お互い様じゃけね」日が落ちてからも、首に懐中電灯を下げ、「バナナいりませんか」と声を掛けて歩いた人がいた。神戸から帰省中。16年前、阪神大震災にあった。‥「寒さ、空腹、不安を感じている人がいるのは、あの時と同じ。自分だけぬくぬくとはできへん」(まんじゅう屋さんは、1200個のまんじゅうを配りました)‥車列に向き合い続けた1日。「ああ、そういえば今日はおせちを食べなければならない日だった」‥夜になって思い出した‥』


以上、概略です。(これだけで、教材になります)仕事場のトイレを使ってもらうため、看板を作って、2か所に立てる。赤ちゃんのために、家の毛布を手渡す。公民館の釜で、家の1俵半の米を全部炊く。近所の女性が役場に集まり、おにぎりを握って配る。夜も、首に懐中電灯を下げ、バナナを配る。売り物1200個のまんじゅうを配る。そして、おせちも食べずに、1千台の車列に向き合い続けた1日。すべて、大雪の寒い外での活動です。なかなかできることではありません。ニュースでは、ガソリンも配っておられたと聞きました。自ら判断して自分にできる援助行動をなさる沿道住民のみなさんの姿が、立ち往生した1千台の車の人たちを、どれほど勇気づけたことでしょう。】 


【福岡市立石丸小学校4年2組の取り組みから学んだこと(2011年2月1日ブログ)


1月30日(日)朝日新聞30面に「ボクらも助ける 福岡の小学生が手紙」という記事が載っていました。この年末年始、国道9号線で約1千台が立ち往生し、鳥取県琴浦町周辺のみなさんが手を差し伸べたことは、私たちの記憶にも新しいことです。その記事を読んだ先生が、担任する小学校4年生のクラスの子どもたち32人に紹介した取り組みの記事でした。名前など抜粋しながら紹介させてください。


『‥3学期最初の国語の授業。鳥取県の場所や気候を学びなら記事を読んだ。「すごい」「優しい」と子どもたち。先生は「その気持ちを手紙にしてみましょう」と話しかけた。「考えるだけでなく、行動に移す大切さを知ってほしい」からだ。(こまっている人を助ける人は、すごくかっこいい)(今のごじせい、不きょうや、こようの問題がある中、こんなニュースはいいな)率直な思いがつづられた。先生は「琴浦町の人たちの話を読み、社会とのつながりや、こんな大人になりたいという将来像を意識し始めたようです」と話す。(人との助け合いができる日本にしたいです)と書いた(男子)は「自分がしてもらったらうれしいことをしたい」。(女子)は「困っている人がいたら、何ができるか考えたい」と記者に答えてくれた。もし近所で琴浦町のような事故が起きたらどうする?「お母さんに頼んで、千個は無理だけど100個くらいおにぎりを差し入れたい」「毛布やカイロを配りたい」子どもたちの手紙は記者に託され、琴浦町の住民に届けた。「こんなにかわいいお手紙を‥。こちらが泣いてしまいそうです」(看板工房屋さん)は手紙を手にして、目を赤くした。手紙や電話も十数件届いた。〈他人のことなど知らんふりする最近の世の中‥頭が下がる思いです〉 〈記事を読んで涙が止まりませんでした。・・記事には出てこなかった大勢の琴浦町民の方々がおられたと察します〉(看板工房屋さん)は石丸小4年2組に返事を出した。「困っている人がいたら自然に手を差し伸べられる人に育ってください」との思いを込めて。』


(看板工房屋さん)の書いた手紙も載っていました。その中で「国道に近い人はそれぞれ自分で出来ることで手助けしたようです。だけどみんな、そんな立派なことをしたとは思っていません。 困っている人があれば、手をさしのべるのは、あたり前のことだと思います」そして、手紙の最後はこう結んでありました。「私たちは1人では生きていけません。・・ 助けられたり、助けたりしながら楽しく生きていきましょう


この福岡市立石丸小学校4年2組の取り組みは、国語・社会・道徳なども含めて、地域社会とつながるリアルタイムな「総合」の時間そのものではないでしょうか。担任の先生の言葉にある「こんな大人になりたいという将来像を意識し始めた」貴重な時間になると予測してなかったとしても、担任の先生の感動が、子どもたちの心に響いた結果であることは間違いありません。】


これが、2年前の冬でした。今年の春、鳥取県琴浦町在住の小学校の先生からEメールが来ました。「釜石小学校の楽譜とCDを送ってほしい」という内容で、お送りしました。そこに、今回のお誘いですから、不思議なほどのご縁、コンステレーションを感じたわけです。高草中学校の先生方、そして、研修会に参加してくださった高草中学校区の小学校の先生方に、最もお伝えしたかったのは、次のことでした。児童生徒たちに、「鳥取県には、琴浦町周辺のみなさんが行動で示してくださった、『困っている人を放っておけない温かい心、自分にできる支援をとっさに考える判断力、それを即行動に移せる実行力』、そんな県民性があることを誇りに思ってほしい」、ということです。そのことは、高草中のバレー部やバドミントン部の、大会における行動力にも表れていたと言えます。そんなキラッと輝く姿は、どの児童生徒だって、日常の学校生活の中に、きっと必ずあるはず(誰も気づいていないだけ)です。担任以外の先生方が、その子のためにも、担任のためにも、自分自身のためにも、いっぱい見つけてあげてほしいなと、つくづく思いました。


さて、私は、どこの学校・園でも、先生方がアウトレットモール型(各店のめざすベクトルの方向がバラバラ)の集合体にならないでください、と言い続けてきました。すぐできることから言えば、しんどいことは担任1人で抱えこまないこと、担任1人で何とかしようと思わず学年部の先生方にヘルプを求めること、そのヘルプに先生方みんなで応えてあげる教師集団であることです。困った時、しんどい時こそ支えてくれる同僚(職場の仲間)がいる、そんな学校であり続けてほしいと願います(各自がきわめて多忙ですからこそ、余計にそう思います)。


夜の9時に家へ着きました。空を見上げると満月が出ていました。高草中で「あったかさ」を分けてもらった私の心を映しているような満月でした。高草中学校の先生方、高草中学校区の小学校の先生方、ありがとうございました。

関連記事
全校集会と学年通信を連動させる鳥取市高草中の先生方の聴く意識
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898480/


by takaboo-54p125 | 2013-08-24 05:14 | 親・保育士・教師の研修・講習

2013年2月15日(金)、河合小学校の公開授業研究会に参加しました。実践校の公開授業(全クラス公開)を参観するのは、ここ3年間で8回目ですが、全学年公開授業・研究授業・授業研究協議会・講演までフル参加するのは、今回が初めてでした。地元三重県の伊賀市内外はもちろん、私と同じ滋賀県や、私があいさつ程度の言葉を交わしただけでも富山県、山口県、沖縄県など遠方から、学校等の先生方が参加されていました。雪の降る中、参加しただけの価値は充分にある公開授業研でした。


河合小学校は「聴き合う学び」を校内研に採り入れられて4年目、公開授業研をされて3年目です。これだけでも大変なことです。国語の好きな私は、全学年公開の3時間目、2年生の「スーホの白い馬」、5年生の「わらぐつの中の神様」、6年生の詩「生きる」を15分ずつ参観しました。4時間目の研究授業は、3年生の「モチモチの木」(苦しむじさまの姿を見た豆太が、医者様をよびに行くまでの場面)でした。


各学年を通して印象的だったのは、子どもが先生やみんなに語りかけ、クラスの仲間も聴こうとする姿が、ごく自然になされていたことでした。


「あのなあ~」「うんとなあ~」「たぶんやで~」「~って書いてあるやんかあ」「△△君が言ったんやけど~」「△△君のとつなげて~」「△△ちゃんの疑問に関係あるかわからんけど~」


と語りかける子と、柔らかな表情で、時には「あ~」とうなずきながら聴き合う子どもたちと、指導案どおりではなく子どもの学びを大事にされる先生・・・教室の中に「温かい空気」が流れているのを、肌で感じることができました。


先生方も、普段の授業(よく発言する子ばかり指名しない)を心がけ、挙手してなくても、何か言いたそうな子や、ボソッとつぶやいた子や、表情がフッと変わった子にも指名されていました。中には、口ごもってしまう子がいても、「今、言葉では言えないの?その感じも大事にしようね」と受け入れてあげたり、ハッとさせる発言をする子がいたら、すかさず、みんなに「わかる?」と問い返したり、「どこから、そう思うの?」と本文にいざなったり、常に子どもと子ども、子どもと先生の間で「言葉のキャッチボール」をしながら、子ども同士をつなげる役割をしようとされていました。どの子も安心して学べる授業者のあるべき姿(居方)を見せてもらえました。そんな先生方ですから、教師の発問に対する意見発表会の「ハイハイ発言」は全く見られませんでした。そして、3時間目が終わった時の6年生も、4時間目が終わった時の3年生も、「もう終わるの」「もっとしたい」という反応でした。中には、先生の元へ駆け寄り自分の考えを懸命に伝える子もいました。


こうして、「聴きながら温かく訂正(読み間違い)もしてあげる」など、ほんわかとした安心感が、どの教室でも感じられる河合小学校でした。ですから、支援を要する子どもが、どのクラスでも、どこにいるのか、私にはわかりませんでした。自由読みの時に、先生がそっと寄り添ってあげる姿から、私もやっとわかる・・・それほど、どの子も落ち着いて学習できる空気感に、どの学年の教室も包まれていたと言ってもいいでしょう。


そんな河合小学校も数年前は、話を聞けない子どもたちに、先生方が四苦八苦されていたと聞きました。それが今、落ち着いて聴き合える子どもたちに変容していった理由の一端を垣間見ることができました。私としては、初めて見学する授業研究協議会(校内の先生方による研究協議)でも、それが如実に表れていました。それは実に興味深い光景でした。まるで「子どもを語る会」かと思うほど、子どもたちの固有名詞がポンポンと飛び交い、「△△さんがうれしそうに、ウンウンとうなずいていた」「△△君が『戸を吹っ飛ばして行ったんや』とつぶやいていた」などと、挙手して発言していない子どもの学びの瞬間も交流し合っておられました。同じ授業を参観していたはずの私が見逃し、聞き逃していた事実ばかりで・・脱帽です。


担任が個人技で孤軍奮闘するのではなく、お世話やお節介じゃない「ケアの心」に、学校ぐるみで先生方が心をくだく「同僚性を構築しよう」とされる姿が、随所で見受けられました。先生方同士が、認め合い、尊重し合い、学び合うことで、支え合う教師集団になっておられるなあとも感じました。


冊子「研究の概要」に、「聴き合う学び」の土台(学校ぐるみ)が書いてありました。


綴ることを通して


それぞれの学級では、子どもたちの綴った日記や作文を毎回の学級通信に載せており、一人ひとりの綴りをみんなに広げていくことで仲間づくりの基盤をつくっていきたいと考え取り組みを続けている。綴ることを通して自分の生活を見つめること、また、仲間の綴りにふれ、相手のことを知って、思いを重ね合わせながら互いに理解を深めていくことは、子どもたちの関係を豊かに紡いでいくためにもぜひ大切にしていきたいことである。・・


朝の会や帰りの会に、綴ったものを読み聞かせるという取り組みを行っており、子どもたちはそれを聴くことを大変楽しみにしている。学習場面では聴くことが苦手な子もこの時間はとても楽しみにしている様子で、担任が読み始めると自然に静かになる。友だちの話を聴いてさらに話を聴こうと質問する姿も見られ、そんなやりとりを通してつながり合う場面も見られるようになってきた。また自分からはすすんで思いを出しにくい子も、担任がみんなの前で綴ったものを読んでくれることを喜んでいる。仲間づくり、授業づくりをすすめていく上で、学級の中でそれぞれの気づきや思いにふれ合い、聴き合う機会をつくっていくことは何よりも大事にしていきたいことである。友だちから学び合う仲間に育てていくためにも、この取り組みを基盤としていきたい。』


歌声を重ねて


のびのびと心を解放し自分を表現することや、友だちの声の響きを感じながらみんなで一つのものをつくっていく喜びを味わう機会をつくりたいと考え、「歌う」活動を様々な場面で取り入れている。各学級で朝の会や帰りの会で歌う時間を設定していることもあって、子どもたちの日常生活の中では「歌う」ことが自然なことになりつつある。始業式、終業式、集会、人権集会、卒業式など、様々な行事の中でものびのびと気持ちよく歌う子どもたちの姿が見られた。今年からは学期ごとに全校の歌を決め、集会で歌う取り組みをしている。各学級で歌い込んできていることもあって、全校で歌うときには一つの大きな歌声になっている。』


以上、朝の会と帰りの会で、学級通信の日記を読み聞かせること、クラス全員で歌うことの2つを継続されていることがわかります。これも、実に根気がいる仕事を続けることによって、初めて成り立つ営みです。どちらも、聴き合えるからこそできることでもあり、逆に言えば、この2つがあるからこそ聴き合えるとも言え、まさに河合小学校における、日々の実践の両輪として欠かせないものだと感じました。


「協同的な学び」で、机をコの字型にし、教師が目線を子どもと同じ高さにし、グループ(ペア)学習を取り入れ、基礎の課題とジャンプの課題に取り組んでも、なかなかうまくいかない学校があったならば、そういう目に見える形を取り入れるだけで終わっているのかも知れないと、河合小学校の実践の両輪から、ふと思いました。それは、講師:石井順治先生の言葉にあった「子ども同士が聴きたくなる、考えたくなる、伝えたくなる」ことが「仲間との対話」としてできるようにするために、「聴き合うこと」で「どの子も支えられる関係が生まれる」ということこそ必要不可欠なのでしょう。そのためには、まずは教師自身が子どもの声に耳をすまし、耳を傾け、心を寄せることを出発点にしないと、子どもとの信頼関係は築けないし、聴き合える子どもたちは育たない、という日々の地道な実践の積み重ねが最も大切なんだと、河合小学校の公開授業研から学ぶことができました。大事なのは学びの形ではなく、学びの内実なのですね。石井先生がおっしゃっていた言葉「対話の中で、子どもの気づきを誘うのが、教師の役割なのでしょう」が、心にズシンと響きました。三重県伊賀市立河合小学校の先生方と子どもたち、ありがとうございました。


伊賀市は松尾芭蕉の生誕の地と言われています。


梅が香に追ひもどさるる寒さかな


と芭蕉も詠んだような、雪の降る寒い日でしたが、私の心は河合小学校から、あったかさをもらいました。

関連ページ
子どものつぶやきは宝石箱!子どもの日記はタカラモノ!幼児も低学年も高学年も
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898235/

教材【日記の授業:指導案】【おもらし・お手伝い】【聞かせたい5話】【詩・冬の夜道:指導案・発問】【中学・職場体験授業:指導案】【発声練習:朝の会】【ごんぎつね:発問】
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by takaboo-54p125 | 2013-02-22 05:11 | 親・保育士・教師の研修・講習

先日は、講習を受講された方が、受講後の都道府県教委への手続きを忘れていたので、免許が失効してしまうという、気の毒なケースがあったことを新聞で読みました。法的に救済措置がないので、30代の方は、やむを得ず採用試験に再チャレンジされたそうです。50代の方は臨時講師をなさるそうです。他人事ではありません。とにかく、教員免許状更新講習受講者も、受講免除対象者も、都道府県教委への手続きを忘れないよう、10年ごとに気をつけてくださいね。


実は、教員免許状更新講習の受講免除対象者である、校長、副校長、教頭、主幹教諭、教委の教育長、次長、所長、課長、室長、参事、指導主事、社会教育主事、免許状更新講習の講師(受講該当年度のみ)などにも、都道府県教委への手続きが必要だと、中学校の校長先生に教えてもらいました。不勉強でした。私は、H23年度に教員免許状更新講習の講師をしましたが、受講該当年度のH25,26年度に講習講師をしない場合は、私も受講しなければ‥。


各都道府県教委のHPに手続きの方法が載っていますし、申請に必要な書類もズラリと掲載されています。都道府県ごとに確認してほしいのですが、免許状更新講習受講免除願、教員免許状の写し、免許状更新講習免除対象者であることの証明書、戸籍抄本などが必要な場合が多いようです。


また、立場によって、所属長、法人の長、免許状更新講習開設者などに、証明(署名・捺印)をしてもらわなければいけません。滋賀県の手数料は3,300円で、それも滋賀県収入証紙ですから、なんか高校受験みたいです。高校受験シーズンは、銀行でも県収入証紙は品薄になるので、早めの購入を心がけたいものです。なお、都道府県によって、提出書類の書式も手数料の額も多少ちがう(なんで?)ようです。


さて、手続きのこと、教職員のみなさんはとっくにご承知のことと思いますが、ご不明な点は直接、各都道府県教委に問い合わせるのが、最も確かでしょう。とにかく、大学への講習の申し込みも、講習後の都道府県教委への手続きも、早めにしておくことです。

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教員免許状更新講習(8月1日):必修を受講された先生方の18観点以上の「心意気」に、エールをおくります
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by takaboo-54p125 | 2012-10-13 05:18 | 親・保育士・教師の研修・講習

愛知県小牧市は「協同的な学び(聴き合う学び)」実践校の多い市です。副島孝氏は小・中学校の教師をされ校長になられた後、小牧市教育委員会の教育長を8年以上されて、さらに大学院で学ばれ、今は大学でも教えておられます。そんな副島孝氏のコラムを読む機会がありました。一部ですが、学ぶべきところが多いので紹介させてください。


研究協議会(校内研)について


『教師にとって学びの機会となるような協議会とは、どういうものでしょうか。・・                                                     
まず、子どもが固有名詞で語られるということです。一人ひとりの子どもは・・みな名前を持った子どもなのです。固有名詞で語られるためには、参加する同僚が子どもに注目して授業を見る必要があります。一人ひとりの子どもを見ることで、同僚教師はたくさんのことを学びます。・・
協議会で語られる一人ひとりの子どもたちの姿が、自分には見えてなかった」と多くの教師は語ります。当然のことです。だからこそ、授業者だけでなく参加する同僚にとっても、授業研究は学びの場となるのです。授業をしながらでは見ることのできない、子どもの感じ方、受け取り方、学び方を知るからです。
次に、実際の授業に寄り添って指導の手だてが語られるということです。一人ひとりの子どもの学びの姿が語られるのですから、その時の発問や指示、説明は、教材や資料などを含めて、具体的に語られます。・・
代わりに、難しさを共有しながら、「自分はこういうやり方をしている」と、悩みながらの実践が語られます。実践の語りには、自分のクラスの子どもたちの反応が伴います。頭ごなしな否定の出る余地はありません。だからこそ「この学校では、研究授業をすることが苦痛でない(もちろん大変だけど、とは付け加えられますが)」と、授業者が語るようになります。』


『ベテランの先生は、「この学校は一人ひとりの先生の教材観みたいなものが生かされているので、どんな授業になっても研究協議の後、(前の学校と違って)嫌な思いをしない」と語っていました。「子どもたちの学びの様子を中心に話し合うので、自分自身反省することはいっぱいあるけど、落ち込むことはなくなった」と。・・
若い方の先生は、「授業者に対してこうじゃないかとか、質問だとか、ピンポンのような前の学校の研究協議が嫌だったので、参観者同士が子どもの様子を見て話し合うこの学校のやり方は嬉しかった」と語っていました。』


『研究協議会での先生方の学びという観点から見ると、成功した授業よりも失敗した授業の方が、議論が深まり、参考になることが多いように感じています。・・                                                          
うまく行かなかった授業は議論が活気づきます。どこに問題があったのか、参観者はそれぞれの立場で考えられます。議論の中で納得できる説明があると、なるほどと感じます。また、そういう観点で分析できていなかった自分の甘さや、思考の幅の狭さを反省する機会ともなります。
ある研究会・・何人かの教師が反省を込めて自分の授業での体験を語り始めます。その上で、具体的に個の場面でこういう問いかけをしたら可能だったかもしれないと指摘します。他の教師も同様の、しかも別の自己の経験を基にした提案を行います。・・
そのような感情(研究授業を2度としたくない)を抱かせることなく、しかも問題点はきっちりと指摘する発言が出されていました。・・
考えることは多いのです。そのヒントを教えてくれるのが、うまく行かなかった授業なのです。失敗した授業から学ぶことが多いことを知れば、研究授業で目指さねばならない授業の姿が見えて来るのではないでしょうか。無難な授業より、チャレンジのある授業、むしろどこに問題があり、どこに留意しなければならないかを確認し合える授業です。そんな授業を参観し、話し合えればと願っています。』


若い先生を育てる学校づくりについて


『茨城県石岡市立柿岡中学校の元校長の岩本泰則先生と同じ部屋、同じ分科会で、少しお話ができました。このたび出版された著書を販売されていたので、一冊購入しました。岩本泰則著『「学びの共同体」をめざして—公立中学校での学校改革—』一莖書房です。帰宅後、一気に読了しました。お勧めです。・・                                                                 
『「学びの共同体」をめざして』を読むと、応時中と重なる部分の多いことに気づきます。定年まであと3年の岩本校長が赴任した柿岡中は、生徒が荒れ、築40年で何年か後には新築予定のある校舎は、汚れて乱雑なものでした。その中学校で谷本校長は、4月から慎重さを持ちながらも覚悟を決めて、「学びの共同体としての学校づくり」ビジョンを表明します。職員会議で、始業式入学式で、PTA総会で。                                           
あまり肩肘張らずに表明したという、ビジョン表明はこの程度のものと書かれています。
• 子どもが子どもらしく学び、教師が教師らしく仕事をし、保護者が保護者らしく学校の挑戦に協力する「学びの共同体」としての学校づくりを。                                           
• 「学びの共同体としての学校」とは、子どもたちが学び合う場所としての学校、教師が専門家として学び成長し合う場所としての学校、親や市民が学校の教育活動に参加して互いに学び合う場所としての学校。
• 学びと授業と研修を中核にした学校づくり
この程度のものというには、言葉の背景が深く、覚悟のいるビジョンです。                                   
ここからが、スタートですが、ビジョンの表明で現実が動くものではありません。まして、学び合う授業が簡単に始まる訳もありません。それでも3学期には柿中スタイルの取り組みが見られるようになってきたというから、ものすごいスピードです。共有された危機感のあったことも事実でしょうが、変化を皆が実感できたこと、谷本校長のしたたかで柔軟な戦略も参考になります。
「学校だより」を始めとしたあらゆる機会を活用する職員、生徒、保護者、地域への発信が、前進への、信頼や協力への原動力となります。しかし、2年目の後半に2年生が逆方向に変わり始め、学び合いどころか授業の成立にも危機感を抱くような状況が発生します。歯車が狂うと事態が急速に悪化するという、中学校が構造的に持つ試練の時期です。
ここで再認識されるのが、ケアリングです。教師と生徒のより良い人間関係の構築(対話)=ケアリングです。学び合う授業の中でそれが構築されることが理想ですが、なかなかそうはいきません。いわゆる「生徒指導」ではない、ケアリングが一方で重要というのは、応時中をはじめとする小牧市の中学校でも痛感したことです。2年生の担任や一部の授業の責任にするのではなく、逆に全員で支える対応も同僚性を高める働きをします。・・
1時間の授業も大切ですが、私が授業そのもの以上に授業後の研究協議会を重視するのは、協議会での学びが(もちろん、そこで話し合われる内容や持ち方が問題ですが)、先生方や学校を変えていく力を持つからです。部分的な取り組みだけで、学校を変えることは困難です。トータルで、継続できる学校づくりという視点が重要です。』


『教育実践・ちがさき『響の会』夏季特別セミナーです。この会は角田明先生が会長の歴史の長い会です。・・
最後の締めとして、石井順治先生からお聞きした秋田喜代美先生の言葉、「若い人を見れば学校は分かる。初任者や若い先生が育つ学校は基本的にいい学校である」を紹介しました。後で、角田先生から、「校長を見れば学校が分かるとよく言われるが、校長の言っていることと学校の現実が違うことがよくある。子どもを見れば学校が分かるのと同じように、これからは若い人を見れば学校が分かるという視点で学校を見てみたい」と講評を受けました。・・



以上です。先日の滋賀県立草津高校の公開授業研にスーパーバイザーとして来校しておられました。

関連ページ
「協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑦市内の全小・中学校で取り組む【目的は荒れの解決→学力も向上】【若い先生を育てる学校】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898331/


by takaboo-54p125 | 2012-02-18 06:08 | 親・保育士・教師の研修・講習

2010年秋:滋賀県立彦根西高校の公開授業


2011年秋:滋賀県大津市立志賀中学校の公開授業


2011年秋:愛知県小牧市立米野小学校の公開授業を参観して


「教え合い」から「学び合い」への発想の転換                                                          
一昨年(2010年)、彦根西高校の公開授業研で参観した5クラスの授業から、これは小中学校でも取り入れることができたらいいなあ、と感じたことを、改めて紹介させてください。


☆「わからないこと」を「わからない」と言える教室                                        
まず、聴き合う関係づくりを大事にしようと、どの教師も意識しているのを感じました。つまり、教師自身が生徒の発言(つぶやきも含めて)を切らずに、受けとめて、つなげていこうという姿勢で授業に臨んでいる先生方でした。そして、発言している生徒の顔から視線をはずさない先生たちでした。生徒の発言の時、生徒に背を向けて板書する教師は、いなかったということです。


ですから先生方の表情も生徒を見る視線が険しくなく、温かいまなざしで柔らかかったのが印象的です。これなら、生徒たちも友だちの発言に耳を傾けたくなるでしょうし、生徒自身も安心して発言しやすくなるでしょう。当然、教師たちの声も、しっとりとしていて、聞きやすかったです。何と表現すればいいか・・決して早口ではなく、大声でもなく、自然に生徒へ語りかけて、


「こらっ静かにせい!」と言う【教師の高飛車な怒鳴り声が消えた学校】でした。


佐藤学先生は、『子どもの発言の時、授業者はまず、周りの子どもたちに目を向けて、それから発言している子の目を見て、その視線を決してはずさないようにすると、徐々に聞ける子が増えていく・・』と書いておられます)


それらを毎日積み重ねることで(決して平坦な道のりではなかったはず)


先生、ここどうするの?」「先生、これ、なんて読むの?」と質問することを自然にできる生徒たちと、それを決してバカにしない教室の空気が生まれていました。そんな空気感(雰囲気)を全教職員で育ててきたのでしょう。授業の内容に、生徒たちの気持ちが向かっていることを、肌で感じました。


次は、グループ学習を、うまいこと取り入れておられたことです。高校生でも1グループ4人以下でした。たいていなら個人作業でやらせてしまいがちなプリント・ワークなどの作業を、見た目にはグループ学習のような机の配置で、生徒にさせていました。(小学校低学年だけはペアがよいと聞きます)。これが、佐藤学先生の言われる『個人作業の共同化』ということなのでしょう。グループで机を向かい合わせますが、目的は話し合いではなく、個人作業をしながら、困ったらグループ内で生徒同士が聞き合うことでした。


これ、なんて読むん?」「これ、どういう意味?」「ここどうするん?」と、漢字の読み方、言葉の意味、問題文の解き方などを、同じグループの仲間へ自然体で聞きながら、生徒たちは個人作業を進めていました。関係のないおしゃべりに流されることなく、です。もちろん、彦根西高校では、どの授業者も、机間支援をこまめにしておられました。


☆「個人学習」を「協同化」できる教室


昨年(2011年)、大津市立志賀中学校は、学びの共同体における『協同的な学び』を校内研究に取り入れられて、2年目と伺いました。中学2年生の授業(2クラス)から、どの学校でも取り入れてほしいと感じたことを紹介します。


中2社会(地理)、先生は、黒板の左側の「課題」の所に「瀬戸内工業地域の発展とその後の変化をみよう」と板書されました。導入の課題です。それを、生徒たちはじっと見ています。私語はありません。生徒たちは、資料集をサッと開け、プリントをササッと配り、たいへん集中している空気が伝わってきました。生徒たちが、資料集を見ながら、作業プリントをする前に、先生が言われました。                                         
わからん人は、周りの人に聞こう
そして、机間支援をしながら、生徒みんなに言われました。
わかりにくかったら、周りの人と相談して
( )を埋められてない人は、隣の人に聞きなさいね」                                         
あちらこちらで、隣の生徒に聞く姿が見られました。そして、ほぼ、作業ができたと判断された先生はクラス全体で、プリントの( )を生徒たちに、どんどん聞いていかれました。その際、大きな写真を黒板のまん中に貼って、コンビナートの話もされました。みんな写真を見て、先生の話を聞いています。生徒の集中力がこれだけ持続しているということは、それだけ、ふだんから自分の意見に、先生が耳を傾けてくれていると、生徒たちが実感しているからだろうなと思いました。これは、学びの共同体実践校で、とても大事にされていることと聞きます。逆に、強引に押さえつけて授業をしていたら、これだけ先生の話にも写真にも、生徒たちが長く集中してくれることはないでしょう。


そんな時でした。1人の生徒がおでこに小さなシールらしきものを貼っていたこと(休み時間に貼ったようです)に、他の生徒が気づきました。それで、教室中が、
「見せて」
「こっち向いて」
と、ざわつきました。いわゆる、授業の脱線です。先生は、落ち着いたもので、
ほう、△△君には、こういうキャラもあったんか」                       
と反応して生徒の視線を先生のほうへ向けてから、指を口にあてて、
シーッ
と言って、教室を静かにさせました。
「こらっ」
というひと言は、一度もありませんでした。こういう柔らかな姿勢が、まさに協同的な学びを取り入れる学校における、先生方の姿なのでしょう。お見事!と思いました。「子どもの声に耳を傾ける教師の元でしか、聴ける子どもは育ちません」という石井先生の言葉を思い出しました。


中2国語「枕草子」、冒頭「春はあけぼの」のところの読み方と意味について、プリントを使ってのグループ学習が始まっていました。
先生、これ、なんて読むん?」
先生、これ、どういう意味?」
と聞く生徒に対して、先生は
グループの人に聞いてごらん
と、おだやかに返しておられました。こちらのクラスは、和やいだ柔らかな空気に包まれていました。どのグループも、読み方と意味を、プリントに書き込んでいるのですが、笑顔が多くて楽しそうでした。


各グループでしゃべっているので、1つのグループのそばに張り付きました。そうしないと、1人ひとりの発言が聞き取れないからです。そのグループは男女2人ずつではなく、女子が1人だけで男子の方が多いグループでした。会話に、よ~く耳を傾けていると、おおよそ次のようなやりとりがありました。
「『やうやう』って?」→「ようよう」
「『山ぎわ』って何?」→「山の線かな」
「波線の所は何書くん?」→「(説明)」→「ありがとう」
「『雲の細く』って?」→「雲が細く、ということやろ」
「これって何?」→「(説明)」→「知ってたん」
「えへへ」→「真剣にやれよ」
「『をかし』っておもしろいのか?」→「そうやなあ」
「つきづきしって?」→「につかわしいとか、ふさわしいのとちゃう」
「1か所見せて」→「まちがってるかもわからんで」
と、聞く方も、答える方も、まことに自然体なのです。男女でも遠慮なく聞き合っていました。このグループは、プリントが早く終わったので、各自が暗唱の練習をしていました。朗々と暗唱する子もいれば、たどたどしく暗唱する子もいます。でも、決してバカにしない空気なので、どの子も安心して練習していました。このように安心して学べる空気感を教室に生み出すこと、これも、学びの共同体実践校で大切にしておられることのひとつと聞きます。


学校ぐるみで先生方が同じ方向を向いて取り組むことが、いかに教室の空気を変容させるために重要か、いい勉強をさせてもらいました。生徒の「活動(作業)」には、グループによる「個人学習の協同化」を取り入れることで、「協同」の話し合いのベースが、大津市立志賀中学校では築かれていました。どのクラスも、ギスギスした空気にならないための、先生方のチームワークを感じました。


☆「聴くこと」「つなぐこと」を大事にする教室 


昨年(2011年)、愛知県小牧市立米野小学校は取り組んで6年目と伺いました。学年5クラス・全校児童数900名を越える大規模校です。2,3,4年生(3クラス)の国語の授業から、どの学校でも取り入れられたら・・と感じたことを紹介します。


2年生の「三枚のおふだ」、便所に行くふりをして逃げようとする小僧と、それを阻止しようと、あれこれ講じるヤマンバのやりとりを話し合っているところでした。どの子もいっしょうけんめい説明しようとし、それをみんながいっしょうけんめい聴こうとしていました。先生が、
このヤマンバは親切なの?」
と問いかけた時は、各グループで子どもたちが顔を寄せ合って真剣に相談している空気に教室がつつまれていました。そして、1人の子が、
「小僧にばれてるって、ヤマンバは気づいてない」
と言うと、
「わかった」
と数人がつぶやきました。そして、別の子が、
「◎◎さんの聞いて、わかったんだけど、ヤマンバは油断して・・・」               
と言うと、
「わかった」
と多くの子が口々に反応しました。このように、1人の発言が周囲にひびき、次の子の発言につながっていく、そんな2年生の教室でした。最後の音読は、多くの子が読みたがりましたが、先生に、
誰のを聞きたい?」
と問われると、
「◎◎くんの」
と言える2年生でもありました。


3年生の「三年とうげ」、4人グループで話し合って、先生が、                  
さあ、どんなことを話し合ったのか、聞かせてくれる?」                   
と言われ、挙手(「ハイハイ」と言う子はいない)した子どもを指名されました。全てが聞き取れたわけではありませんが、子どもたちの発言はおおよそ次のようなものでした。
「48ページの△△のところで・・・」
「◎◎さんと同じ所で、意見はちがって・・・」
「◎◎ちゃんのに似ていて・・・」
「△△のところだけど・・・」
「◎◎さんが言ってたんだけど・・・」
友だちの発言を実によく聴いて、それを受けた発言をする3年生でした。


4年生の「ごんぎつね」、音読は役割読み(3人)でした。どの子も読みたそうにしていました。その後の1人読みは、気持ちを込めて、情感たっぷりに読んでいる声が教室に響いていました。先生の問いかけが印象的でした。
みんなに聴いてほしいことある?」
お互いに聴き合うことができているからこそ、言える問いですよね。子どもたちは、     
「『つまらないな』のところで・・・」
「今、◎◎さんが言ったんだけど・・・」
「それ、△△と書いてあるので・・・」
「△ページにもあるんだけど・・・」
と、聴いてほしい意見の羅列ではなく、発言がつながっていました。当然、発言している子の顔を自然な感じで見ている4年生の子どもたちでした。


今回、参観したのは、2,3,4年生の3クラスでしたが、共通していたことがいくつもあります。例えば、どの教室も柔らかでしっとりした空気に包まれ、参観者の私も居心地がよかったこと。また、どの子も学習の中身に気持ちが向いているので、私語がなかったこと。さらに、友だちの発言を聴こうとするので、45分間、集中力が持続していたこと。下学年ほど、子どもって、授業にたいくつしてくると、頭がゆらゆら動き出すものですが、そういう子がいないのでびっくりしました。


「学び合い」「グループ学習」「おしゃべりの克服」
佐藤学先生は、上記のことについて、次のように述べておられます。
『学び合いと、教え合う関係は、全く違います。
「できた人、教えてあげて」これが教え合う関係です。
わからない人、聞くんだよこれが学び合う関係です。
教え合う関係だと、


「なぜ教えてくれないの」という受け身の姿勢をつくります。自分で支援・助言・アドバイスを求める子を育てましょう。よい方法は、写してもいいよと言ってあげることです。心配する先生もいるでしょうが、大丈夫です。わからない時には周囲の子に聞くようになります。これが学び合いの始まりです。』


『男女混合4人グループ。グループ学習は、仲よしグループで組まないようにします。グループ学習は、学びから逃げたい子も参加せざるを得ません。4人だと、うまくつながれ、5人以上だと、お客さんになる子、離れる子が出ます。男子と女子の仲がいい状態をつくれば、いろんな問題を越えて、励まし合ってくれます。よく考えている女子を、ややぬけた男子が上手に支えます。逆に幼稚な男子を、しっかりした女子が支えます。』


『おしゃべりが多い教室は、まず先生がおしゃべりです。教師はどこまで行くかという着地点を考えないことです。目の前の子どもの発言・気持ちに無頓着になるからです。創造的な教師は、始まりを大切にします。どの子も、始まりは取り組んでいるので、そこで、教師が簡潔に課題を出せるかどうかが、授業全体の流れを左右することになります。』


子どもの話を聞ける教師の元で、聞ける子どもが育つ
三重県の元小学校長である石井順治先生は、小学校・中学校現場の実践家としてこう述べておられます。


『子どもの話を聞ける教師のもとでしか、聞ける子どもたちは育ちません。
今、多くの学校で、多くの担任が、これまでの習慣「ハンドサイン」「聞く態度」「声の大きさ」の形式主義をやめるにつれて、子どもたちも、形式主義から脱却してきました』


『教え合う関係は一方的な関係です。「お節介」の関係と言えます。              
それに対して、学び合う関係は「さりげない優しさ」の関係です。                
学び合う関係のコミュニケーションは、
「ねえ、ここどうするの?」
という、わからない子からの問いかけによって成立します。わからない子が問いかけない限り、わかっている子はあえて教えようとはしません。
しかし、いったん求められると誠実に応答します。この「さりげない優しさ」で結ばれた学び合う関係が、協同的な学びの基礎となります。
担任もくり返します。
わからない人はいつまでも1人で考え込まないで隣の人に聞くんだよ」        
と!』


『グループ活動の中で「先生、先生」と、仲間に問いかける前に教師に質問する子がいます。そういう場面では、その子の質問に直接答えるのではなく、                 
隣の人に聞いてごらん
と子ども同士をつなぐ声かけをしましょう。』


『教師が「わかった?」と聞くのはよくありますが、これをしている限り、子どもらは、「わからない」とは言えません。
「できた人?」「わかった人?」という言葉も、早く正しいやり方を理解させたいという教師側の思いから出るものです。そこでは、学びは生まれません。それに対して、
困っていることは?」
という呼びかけ、これこそ、「わからなさ」から出発するための呼びかけです』


わからないこと、困っていることは宝物。それをみんなで考えよう           
と呼びかける教師がいて、初めて、
ここがわからないんやね
こういうふうに考えたんやね

と、「わからなさ」に寄り添って、ともに考えてくれる仲間が育ちます。


そのためには、教師のぶれない態度が、とても大切です。                    
◎◎さんのお話、この教室のみんなで聴かなあかんなぁ」               
◎◎君が言いたいこと、どういうことか、みんなもしっかり受けとめような」      
友だちの話をよく聴くと、いろんなことがわかってくるねぇ」               
先生にもみんなにも、こんなにしっかり聴いてもらうと、うれしいよね
          

などという言葉を、積極的に投げかけることが必要な時もあります。』


『多くの子どもに発言しようという機運がようやくにして生まれてきたなら、それまでの教師のリボイス(子どもの発言のくり返し)を少しずつ控え、
今の考え、もう一度だれか言ってくれる
その考え、どう思う?」
同じように考えた人がいたら、その考えきかせてほしいな」               
ちょっとちがうこと考えた人がいたら、どんな考えか聞かせてほしいな
        

などと、他の子どもの発言を求める対応を増やしてみましょう。』


以上です。ですから、授業中、よくあることですが、うまく発言できない「モゴモゴ発言」や「単語発言」があった時や、挙手したのに緊張して、うまく言えずに黙ってしまう子がいた時も、
◎◎君の言いたいのは、たぶん、こういうことやと言える人、いるかな?」      
◎◎さんの言いたいことの続きがうかんだ人、いるかなぁ?」             

と、子どもの発言(つぶやき・沈黙も含めて)を切り捨てないで、つないであげるといいのではないでしょうか。実践校の先生方が子どもたちに「発表して」と言わずに、
先生に聴かせてほしいな
みんなに聴いてほしいこと、ある?」

と言っていたのも、子どもが発言したくなる、教師の「いざない方」であり、教師の「聴き方」(ワクワクしながら聴きたい気持ち)でもあると言えます。                                        
それは、どの子も「同じです」と言う習慣とは、「さようなら」できる転換点になるのでしょう。


先生はボクの言葉をちゃんと聞いてくれているんや
東京都練馬区立豊玉南小学校の渡辺由美子校長はこう提起しておられます。


『子どもたちが積極的に発言している授業は、一見、活発に見えます。でも、子どもの発言が、相手の発言などお構いなしに、思いつきを言葉にしているだけのものと、授業者や他の子どもの発言を受けとめた上で言葉にしたものとでは、学習の深まり方は全く異なります。また、黙って聞いている子どもたちも、自分の問題として聞いていることもあれば、そうでないこともあります。
ですから、お互いの学び合いの中で、子どもの学力を伸ばすためには、まずは、子どもに「聴き合う力」をつけることが前提になると思ったのです。

まずは教師が子どもの言葉を受けとめる(耳をすます・耳をかたむける)
では、自分を出したがる子と、自分を出せない子に対して、どうすれば「聴き合う力」をつけることができるのでしょう。
まず、1年生の最初の段階から、教師が子どもの言葉を丁寧に受けとめ、認めてあげることが大切です。そうすることで、子どもたちは学校を「安心できる場所」「自分たちの居場所」として感じられるようになります。
「聞いて聞いて」と求めてくる子どもたちは、入学当初、自分の欲求が通らなかった時、全身でふてくされた態度をとります。例えば、授業中、手を挙げたのに指名されないと、机に突っ伏して泣いたり、いすを蹴飛ばしたり……。


けれども、子どもが発言した時に、
そういう考え方があるんや
◎◎君の意見は、今まで他の人が考えつかなかったものやね」 
            

というように教師が子どもの言葉に耳を傾け、存在を認める発言をくり返すうちに、子どもは
「先生は自分の言葉をちゃんと聞いてくれているんや」                    
という充足感を覚えるようになります。やがて授業中に指名されなくても、           
「今日は聞いてもらえなかったけど、今度聞いてもらえればいいや」           
という余裕も生まれてきます。


一方、自分をうまく出せない子どもに対しては、ちょっとした行動に目を留めてほめてあげたり、あえて頼み事(スモールステップ)をして、
ありがとう。◎◎さんのおかげで助かったよ
と言葉をかけたりします。そうして子どもの自信を引き出していくことで、やがて少しずつ自分から表現ができるようになっていくことでしょう。


聞いてもらえることに安心感を持った子どもは、
「先生は私にどんなことを言うだろう」
というように、話すことだけではなく、聞くことに対しても興味がわいてきます。こうして教師と一人ひとりの子どもの間に、「聴き合う」関係ができ上がっていくのです。』


以上です。そうしたやり取り、例えば「発表して」と言わずに、
先生に聴かせてほしいな
みんなに聴いてほしいこと、ある?」

などをくり返していると、子どもたちから、「あ~あ、言われちゃった」「先に言われてしもうた」などと不平を言い、指名してもらえなかったことをくやしがるような発言も、自然と減ってくることでしょう。また、「出来た人?」「わかった人?」と聞くをやめて、「困っていることはない?」と問いかけていくことも同様に、子どもの画期的な変容をうながすことになることでしょう。これらを、幼稚園の先生方にも試みてもらいましたところ、子どもたちの反応が変わったという報告を園長先生からいただきました。


本来の学力向上とは、「荒れをなんとかして、落ち着いた雰囲気の学校にしたい」「全クラスの空気を、授業に向かえるように安定させたい」という願いから始められ、学校ぐるみで継続的に取り組まれた結果だと思います。

関連ページ

子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/




by takaboo-54p125 | 2012-01-28 05:55 | 親・保育士・教師の研修・講習

私は、自分の授業スタイルや、子どもとの向き合い方を、ワンパターンじゃなくて柔軟にしたい、自分の知らない「引き出し」をできる限り増やしたい(融通のきかないのが私の弱点だから)というのが若い頃からずっと思っていたことでした。そのわりに、人間性を磨けていないので、手に入れようと思っていたほどの「引き出し」の数は、今、ありませんが・・・。


まずは、最初の臨時講師の時は年休をとって、三重県へ公開授業研に行きました。臨時講師に、県外への単独(郡市の主任会ではない)出張旅費は出ませんので、自腹を切ってでも行きたかったからです。たしか冬で雪が積もってきたので、国道1号線の鈴鹿峠の手前の土山(甲賀市)で、タイヤチェーンを巻いたのを覚えています。もちろん、公開授業を参観して、こんな授業をできるようになりたいと思いました。


その後、県外研修へは、3年に1度のペースで、行かせてもらえました。どこの郡市の主任会でも同様だったと思います。学校独自で、県外研に教職員を順番に行かせている学校もあります。私が行ったのは、静岡県、愛知県、三重県、富山県、石川県、福井県、京都府、大阪府、奈良県、兵庫県などです。愛知県の公開授業研と、石川県の研究大会は自費参加しました。静岡県は1週間、朝8時から夕方5時までびっしりでした。それ以外は、日帰りか、夕方出発の1泊2日でした。


やっぱり、愛知県のが、こんな授業もできるようになりたい公開授業でした。そして、石川県のが、谷川俊太郎さんの詩の音読や、竹内俊晴さんの「声を届ける」レッスンを受けてよかったと、心底思えました。どちらも、自分の発想にはなかったもので、カルチャー・ショックでした。


つまり、私の場合、自腹を切った自費参加の研修ばかり、強く印象に残りました。それ以降の私の教師生活にとって、極めて大きな影響を受けたと言えます。


そして、久しく行っていませんでしたが、昨年は、静岡県と大阪府の幼稚園に行き、県内の高校の公開授業を参観することができました。そして、どの学校の、どの先生も、取り入れたらいいなあと、心底、思いました。


欲の出た今年は、県内の保育園の保育参観と、県内の中学校と高校の公開授業と、私本来の土俵であった念願の小学校へは、愛知県の小学校の公開授業を参観することができました。こうして、今年は「協同的な学び(聴き合う学び)」の実践校である小学校・中学校(いずれも大規模校)の授業を、参観するチャンスに恵まれました。


小中高の参加者の先生方としゃべっていて共通していると感じたことがありました。それは、授業中の私語をなくしたい、授業を成立させたい、どの子も安心して学べる学級づくりをしたい、いじめなどの問題行動をなくしたい、不登校をなくしたい、多様な発達障害に対応したい、などでした。こういう切実な現状を背負って参加しておられる先生方がほとんどでした。それらの願いに応えてくれる取り組みこそ、学校ぐるみで挑戦することだと強く思いました。


先生方は日々お忙しいことと思いますが、それでも自らの発想の転換になると思って、ぜひとも時間を捻出して、公開授業を観に行かれることを、おすすめします。私は、できるだけ全学年授業公開の学校へ行くことを心がけています。全学年の普段着の授業からは、研究授業とはまた違う多様なことが学べるからです。自分の凝り固まっていた子どもとの向き合い方を、しなやかにするビッグ・チャンスになるのではないでしょうか。


授業が変わり、クラスの子どもたちが変容するのは、まず、教師自身が、子どもへの向き合い方(聴き方・話し方)に、発想の転換をはかること以外にはないということが、そして、それは学校ぐるみでチャレンジすることでしか、たどり着けないことが、ここ2年間、実践校(小・中・高)の授業を参観して、つくづく感じたことです。


関連ページ
「協同的な学び(聴き合う学び)」⑪小学校のチャレンジ【愛知県の小学校】温かい仲間づくり【教室に「ケア」の心を】授業づくり【具体的な「聴き合う学び」とは】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898325/


by takaboo-54p125 | 2011-12-24 05:55 | 親・保育士・教師の研修・講習

2011年(平成23年)11月25日(金)は、愛知県小牧市立米野小学校の公開授業を参観させていただきました。米野小学校は「協同的な学び(聴き合う学び)」の実践校で、取り組んで6年目と伺いました。学年5クラス・全校児童数900名を越える大規模校です。今回は、時間の都合で、3校時(下学年)45分と、4校時(上学年)の最初15分だけの参観になりました。5教科の公開授業のうち、国語(物語文)の教室を観せてもらいました。


3校時、まず、2年生の「三枚のおふだ」の教室に入りました。前時の場面の音読の後、子どもたちのイスと同じ高さのイスに座っている先生が、ゆっくりと静かに、


ギシギシギシ、グツグツグツ・・・ヤマンバ、うれしかったよね


と前時のふり返りを確かめられると、子どもたちは口々に、


うれしかった


と反応しました。そして、すぐ本時の音読です。セリフの読み方ですが、とても心を込めて音読していました。ここまでで5分でした。そして、各自がワークシートに書き込みを始めたので、また、後半を観せてもらうことにして、教室を出ました。


次に、3年生の「三年とうげ」の教室に入りました。それまで、子どもと同じ高さの目線の位置に座っていた先生が立って、机間支援を始められました。子どもたちは、4人グループで話し合い始めたからです。5分もたたないうちに、先生が、                                          「さあ、どんなことを話し合ったのか、聞かせてくれる?」


と言われ、挙手(「ハイハイ」と言う子はいない)した子どもを指名されました。全てが聞き取れたわけではありませんが、子どもたちの発言はおおよそ次のようなものでした。
48ページの△△のところで・・・
◎◎さんと同じ所で、意見はちがって・・・
◎◎ちゃんのに似ていて・・・
△△のところだけど・・・
◎◎さんが言ってたんだけど・・・
この子が途中で言えなくなると、先生がちょこっと助け船を出しました。 


◎◎さん、何て言ってたの?」


そして、先生がようやく言いました。
『しばらく』って、そういう意味なんやね。前の場面とつなげてくれたね」                                                      
その後、「三年とうげ」の話の中に出てくる「言い伝え」と、主人公トリトルが言った言葉についても、先生から、
そこ、みんなで相談してみて
と言われた後の子どもたちは、
言い伝えは、注意をしてるみたい
トリトルの言葉は、注意を、いいことに変えてる
トリトルは、注意を、裏返してる
ちょっとちがって、トリトルのは、注意の、続きっぽいやつ・・・


と、「言い伝え」とトリトルの言葉のちがいを、自分の言葉で話し合っていました。友だちの発言を実によく聴いて、それを受けた発言をする3年生でした。そろそろ、2年生「三枚のおふだ」の教室へ戻ることにしました。


2年生の教室では、「三枚のおふだ」で、便所に行くふりをして逃げようとする小僧と、それを阻止しようと、あれこれ講じるヤマンバのやりとりを話し合っているところでした。どの子もいっしょうけんめい説明しようとし、それをみんながいっしょうけんめい聴こうとしていました。先生が、
このヤマンバは親切なの?」
と問いかけた時は、各グループで子どもたちが顔を寄せ合って真剣に相談している空気に教室がつつまれていました。そして、1人の子が、
小僧にばれてるって、ヤマンバは気づいてない
と言うと、
わかった
と数人がつぶやきました。そして、別の子が、
「◎◎さんの聞いて、わかったんだけど、ヤマンバは油断して・・・」                   と言うと、
わかった
と多くの子が口々に反応しました。このように、1人の発言が周囲にひびき、次の子の発言につながっていく、そんな2年生の教室でした。最後の音読は、多くの子が読みたがりましたが、先生に、
誰のを聞きたい?」
と問われると、
「◎◎くんの
と言える2年生でもありました。


4校時、4年生の「ごんぎつね」の教室に入りました。音読は役割読み(3人)でした。どの子も読みたそうにしていました。その後の1人読みは、気持ちを込めて、情感たっぷりに読んでいる声が教室に響いていました。先生の問いかけが印象的でした。
みんなに聴いてほしいことある?」
お互いに聴き合うことができているからこそ、言える問いですよね。子どもたちは、


『つまらないな』のところで・・・


今、◎◎さんが言ったんだけど・・・


それ、△△と書いてあるので・・・


△ページにもあるんだけど・・・


と、聴いてほしい意見の羅列ではなく、発言がつながっていました。当然、発言している子の顔を自然な感じで見ている子どもたちでした。そんな前向きで意欲的な4年生の教室に、もっといたかったのですが、電車の時間があるので、米野小学校を後にしました。


今回、参観したのは、2,3,4年生の3クラスでしたが、共通していたことがいくつもあります。例えば、どの教室も柔らかでしっとりした空気に包まれ、参観者の私も居心地がよかったこと。どの学年も、子どもたちの表情がステキでした。


また、どの子も学習の中身に気持ちが向いているので、私語がなかったこと。授業中に廊下を歩いている時、各学年、どの教室も落ち着いた雰囲気なのでびっくりしました(学年5クラスの大規模校です)。もちろん、教師が怒鳴って統制する気配は皆無でした。


さらに、友だちの発言を聴こうとするので、45分間、集中力が持続していたこと。下学年ほど、子どもって、授業にたいくつしてくると、頭がゆらゆら動き出すものですが、そういう子がいないので驚きました。新幹線に乗って行った甲斐がありました。小牧市立米野小学校の先生方、ありがとうございました。


そんな学校づくりをされている米野小学校の、先生方が一致して心がけておられることを、まとめてある資料(冊子)がいただけました。大規模校の米野小学校で、どの学年の、どの教室も、落ち着いた授業が、聴き合える授業が、温かい雰囲気の授業が成立している理由は何なのか、垣間見た、その一端にふれてみたいと思います。


余談ですが、ある教室に入った瞬間、子どもたちに韓国からの参観者と間違われました。いつものクセなのですが、深々と一礼してから教室に入って来た人(私)が、顔を上げたら口ヒゲ・あごヒゲを生やしていたので、子どもたちの目には韓流ドラマの礼儀正しい宮廷の人とダブったのでしょうか。その真意はともかく、米野小学校の過去の公開授業研へは、韓国の教育関係者が訪れたことがあるようです。神奈川県の茅ヶ崎市立浜之郷小学校や、静岡県の富士市立岳陽中学校が、そうであったように、です。最後まで読んでくださり、カムサハムニダ(ありがとうございます)。

関連ページ
「協同的な学び(聴き合う学び)」⑪小学校のチャレンジ【愛知県の小学校】温かい仲間づくり【教室に「ケア」の心を】授業づくり【具体的な「聴き合う学び」とは】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898325/


by takaboo-54p125 | 2011-12-03 05:19 | 親・保育士・教師の研修・講習