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東山道(明治初期までの東北地方)にあった昔の国名一覧

東山道(とうさんどう)‥東北地方北関東-中部地方内陸県から近江(おうみ)を経て京の都へ至る地域全体のことを言います。
             言いかえると、飛鳥時代からの律令制における地方行政区分と言われる五畿七道(畿内七道)の1つです
             東山道は廃藩置県前に13ヶ国になりましたが、それ以前は8ヶ国でした(江戸時代の藩の数とは違います)。
             中山道(なかせんどう:江戸時代の五街道の1つ)とは、意味合いが全く異なるということも、前回わかりました。
             今回は東北地方7ヶ国の読み方がメインになります(明治新政府による置県のための国の分割なのかな‥)。

陸奥(むつのくに)」‥青森県のほぼ全域および岩手県の一部(北西部あたり‥二戸郡かな‥)に当時あった4郡とのこと。
           陸州(りくしゅう)とも呼ばれていたらしい‥です。
           陸奥湾(むつわん)が下北半島(しもきたはんとう)と津軽半島(つがるはんとう)の間にあります。
           「陸奥」「陸中」「陸前」「磐城」「岩代」が、いにしえからの「陸奥」=みちのく奥州(おうしゅう)です。

陸中(りくちゅうのくに)」‥岩手県のほぼ全域および秋田県の一部(北東部あたり‥鹿角郡かな‥)に当時あった10郡とのこと。
              陸州(りくしゅう)とも呼ばれていたらしい‥です。
              衣川柵(ころもがわのさく)跡、厨川柵(くりやがわのさく)跡など、古代豪族の政治-軍事拠点跡があります。

陸前(りくぜんのくに)」‥宮城県のほぼ全域および岩手県の一部(南東部あたり‥その頃の気仙郡かな‥)に当時あった14郡とのこと。
             陸州(りくしゅう)とも呼ばれていたらしい‥です。
             城生柵(じょうのさく)跡という、古代豪族の政治-軍事拠点跡[いわゆる城柵(じょうさく)跡]があります。
             京の都に近いほうから陸前陸中陸奥」ということなのでしょう。
             日本三景の1つ「松島(まつしま)」があります。
             
磐城(いわきのくに)」‥福島県の東部-南部(浜通りと中通りの南東部)および宮城県の一部(南端の3郡かな‥)に当時あった14郡とのこと。
            磐州(ばんしゅう)とも呼ばれていたらしく、磐越東線(ばんえつとうせん)[福島県のいわき駅~郡山駅]および
            磐越西線(‥さいせん)[福島県の郡山駅~新潟県の新津駅]という「磐城」と「越後」を結ぶ鉄道路線があります。
            奥羽三関(おううさんかん)の1つ白河関(しらかわのせき)が「下野(しもつけ)」との国境にありました。
            奥羽三関(おううさんかん)の1つ勿来関(なこそのせき)が「常陸(ひたち)」との国境にありました。

岩代(いわしろのくに)」‥福島県の西部(会津地方および中通りの北西部‥福島市周辺の郡かな‥)に当時あった9郡とのこと。
             岩州(がんしゅう)とも呼ばれていたらしい‥です。
           
羽後(うごのくに)」‥秋田県のほぼ全域および山形県の一部(北西部あたり‥飽海郡かな‥)に当時あった8郡とのこと。
           「羽後」と「羽前」を合わせて、いにしえからの「出羽(でわ)」=羽州(うしゅう)です。
            払田柵(ほったのさく)跡、金沢柵(かなざわのさく)跡など、古代豪族の政治-軍事拠点跡があります。

羽前(うぜんのくに)」‥山形県のほぼ全域に当時あった4郡とのこと。
            奥羽三関(おううさんかん)の1つ念珠関(ねずがせき)が「越後(えちご)」との国境にありました。
            城輪柵(きのわのさく)跡という古代豪族の政治-軍事拠点跡[いわゆる城柵(じょうさく)跡]があります。
            京の都に近いほうから羽前羽後」ということなのでしょう。
                      
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by takaboo-54p125 | 2021-10-09 05:02 | 昔の国名