教材「日記の授業:指導案」「おもらし・お手伝い」「聞かせたい5話」「詩・冬の夜道:指導案・発問」「発声練習:朝の会」「ごんぎつね:発問」

日記・作文の授業:学習指導案(全1時間)】


テーマ:日記・作文の中の「○いいやつと、×わるいやつ」


ねらい:五感を働かせて書く楽しさを体験することで、日記・作文は五感を働かせて書くと、自分の思いを豊かに表現できることに気づくとともに、書きたいな!という意欲を高める。


本時の展開


時間      5分
学習の流れ 

◎導入を聞く                                    

教師の支援 

・児童の作業の前に、補足にある×と○のちがいを板書して説明する。(大きな紙に書いたものを貼ってもよい)                    

補足 

×したこと(手足)

○見たこと(目)○聞いたこと(耳) ○さわった感じ(肌)○におい(鼻)○味(舌)
○話したこと(口)○思ったこと(心)○考えたこと(頭)を板書する 。


時間     10分                                         

学習の流れ 

◎2つの日記の中のⅠ文1文を、「したこと」「五感を働かせたこと」に分ける(個人で)。
したことには
×、五感を働かせたことには○をつける。    

教師の支援

 ・ワークシートを配る。

 ・作業は、1行ずつ、みんなで確認しながら、一緒にしていく。        

補足     

 ・板書の○×を確認しながら、全員がまちがわないように気をつける。

 ・特に五感については、簡潔に説明し、理解させる。


時間     15分

学習の流れ 

◎五感を働かせることを意識して、短い作文を書く。題材「箱の中身」   

教師の支援 

・担任が箱を開けながら、児童が集中できるようにパフォーマンスをしつつ、
 担任の1動作ずつ(1文ずつ)、書かせていく。              

補足     

 ・板書の○の文を示しながら、五感を働かせて書いてみることを促す。

 ・箱を開ける作業を1コマずつ児童に手伝ってもらってもよい(交代で)。
 ・段ボール箱の中にちょっと小さい箱を入れ、その中に、さらに小さい箱を入れ、それをくり返して、
  最後の一番小さな箱に下のイラストを人数分、入れておく。
  (小2なら、大胆にザリガニを入れておいて、生活につなげるのも、ありかも…)


時間     10分

学習の流れ 

◎書いた作文を、できる範囲で交流する。                   

教師の支援 

・発表したくなるように、うながすが、あんまり無理はしない。(挙手した子だけでよい)                             

補足     

 ・発表する児童の1文1文を板書の○×と、照らし合わせる。

 ・きっと○の文が多くなるはずである。

 ・全部○より×も少しあるほうが味のある文になる。

(×だけじゃなく○もある文が、豊かな文になることに気づかせたい)


時間      5分
                                         

学習の流れ 

◎箱の中のイラストを日記帳に貼る。                      

教師の支援 

・イラストを配り、日記帳の表紙の裏にのりで貼らせる。           

補足     

・次回から、日記を書く時は、このイラストをヒントにしようと話す。


【日記の中の「いいヤツと、わるいヤツ」ワークシート】

×したこと(手足)

○見たこと(目)・・・・五感

○聞いたこと(耳) ・・・五感

○さわった感じ(肌)・・五感  

○におい(鼻)・・・・・五感

○味(舌)・・・・・・・五感

○話したこと(口)

○思ったこと(心)

○考えたこと(頭)


◎いっしょに下校したA君とB君の日記を比べよう。

一行ずつ、( )の中に、○と×をつけてみよう。


「今日」              A男

( )今日、B君と帰った。

( )そして、家でおやつを食べた。

( )そして、3DSのゲームをした。

( )そして、B君に電話をした。

( )そして、B君と遊んだ。


「クレーン車」           B男

( )「何の音やろ」とA君が言った。

( )「ウィーン」という音がしていた。

( )クレーン車が、鉄を持ち上げていた。

( )ぼくは、すごい力やなと思った。

( )A君と2人で、クレーン車の話をしながら帰った。

※まだ習っていない漢字は平仮名で書くか、ふりがなをつける。
※今回の2人の日記は、A君が書いた1行目を、B君が「 」で始まる文で、くわしく書いたという設定にしました。
※機会があれば、しかし、だから、などの接続詞を入れた例文を使ってもいいかなと思います。例えば、

「遊び」              B男
( )「帰ったら、ゲームで遊ぼう」とA君が言った。
( )でも、C君が「サッカーをしよう」と言った。
( )だから、3人でサッカーをした。
( )そしたら、D君も来て4人で遊んだので、おなかがへった。
( )ぼくは、ばんごはんをいっぱい食べようと思った。


【授業記録を見たい時は】

実際にされた授業記録を読みたい場合、児童文学「兎の眼(うさぎのめ)」灰谷健次郎・作(理論社)の、8章「わるいやつ」で足立先生のクラスが、この指導案の前半部分の授業をしている場面があります。21章「ぼくは心がずんとした」で小谷先生のクラスが、この指導案の後半部分の授業をしている場面があります。オススメの本です。図書館にあるはずです。つまり、この指導案は、この本に出てくる2クラスの授業を1つに合体させた、というのが、まあ、タネ明かし、ということです。小2、小3、小4、小5、小6で、この授業をしました。中学校の先生方には、「生活の記録」を取り組むための模擬授業をしました。


【この授業の翌日に配った学級通信】

◎日記・作文のたね

日記というのは、なにか特別な、かわったことや、めずらしいことを書くのではありません。旅行に行ったことは思い出として心の中にしまっておきましょう。旅行など特別な出来事ではなくて、毎日のくらしの中に、自分ががんばったことなど、書くことがたくさんあります。目や耳や心をはたらかせれば、いっぱい見つかります。そういうできごとを日記・作文に書いて、先生に教えてください。

先生は、あなたたち1人ひとりがうれしい時には、いっしょによろこびたいし、いやなことがあって、こわかった時や困った時には、いっしょに考えてあげたいと思っています。だから、どんなことでも、どしどし書いてください。先生もいっしょうけんめい返事を書きます。

◎日記・作文の書き方

きょう(きのう)1日のことを、目をつぶって思い出しましょう。イラストのように、心が動いたことはありませんか。きっと何かあると思いますよ。イラスト以外でも、じゅぎょうのことや、読んだ本のことでもいいでしょう。さあ、日記・作文のたねが見つかったら、そのうちの1つに決めて、すぐえんぴつを持って、ノート(国語のノートや日記帳)に向かいましょう。

まず、◎月◎日を書きましょう。できれば、「題」も書いておくといいですね。そして、書き始めます。書こうとする出来事を、順に思い出して書いていきましょう。ここは、くわしく書きたいと思ったら、そうしてください。知っている漢字も使いましょう。でも、一番大切なのは、あなたの心(気持ち)も日記・作文に書くことです。あなたの日記・作文…待ってますよ。


【日記に貼るイラスト】


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【「おもらし」した友だちをフォローした子の話(教材)】


『授業中だった。

元気者の女の子が急に立ち上がり、窓際へ行き、水の入った花瓶を持って、                                     

「先生、水を替えてきます」

と言って歩き出した。

それから、自分の席の前に来た時、突然つまずいた。                                         

そして、座席に座っていた大人しい女の子のスカートに、花瓶の水を全部こぼしてしまった。

水をこぼした元気者の彼女は、その子に必死に謝った。                                      

花瓶の水をかけられた大人しい女の子は、黙って泣いていた。                                

だが、その子は水をかけられて泣いていたのではなかった。                                

その子はトイレをガマンしきれず、おしっこをもらしたので泣いていたのだ。                             

でも、みんなは知らなかった。

そのことに1人だけ気づいた後ろの席の彼女は、すぐ行動にうつした。                             

その子のスカートに、実は花瓶の水をわざとかけたのだった。                                  

おしっこをもらしたことを周りのみんなに気づかれないようにするためだ。                         

元気者の彼女は自分を悪者にしてまで、その子をかばったのである。                              

周りのみんなからは

「授業中に何やってんだよ」

などと非難の声を浴びたが、ひと言もその事実を語らなかった。                                

先生も後になってから、おしっこをもらした子から、その話を聞いたそうだ。』


【お手伝いについて考えるための教材】


  家族の役割                   神奈川県Yさん(15歳)


私の両親は、二人とも働いています。それで家では家事を家族みんなで分担しています。お父さんもお母さんも、私も妹も、みんなそれぞれ家族の中での自分の役割をもっています。


私の今の役割は、朝ごはん・夕ごはんの洗い物と、週に1回は洗濯物です。小学生の頃からずっと続いています。私はいつもいやだなあと思っていました。中学に入ってからは部活もあるし、塾もあるし、そのうえ家事までやらなくてはいけないので毎日毎日とっても大変でイヤでした。やりたくないと言いながらも、やらなくてはいけないことだと頭ではわかっていたので、余計にイライラしてしまうのです。しかも、やりたくないことを全て後まわしにしてしまうので泣きながらお皿を洗っていた覚えがあります。


ずっと前のことですが、強く印象に残った出来事があります。私の当番だった洗い物を父がやってくれていたとき、私は

「ありがとう」

と言いました。テストで良い点を取っても、賞状をもらっても、あまりほめてくれなかった父が、たったそれだけのことをすごくほめてくれたのです。私はなぜだか不思議に思って、それが強く印象に残ったのです。


この前、母に

「どうして私や妹に家事をやらせるの?」

とたずねてみました。すると母は

「忙しいから手伝ってもらいたい、仕事を覚えてもらいたい、というのもあるけど、家事をやっている人じゃないとわからないことがたくさんあるからだよ」

と言いました。ご飯を作ってもらって、洗濯も掃除も洗い物もやってもらって、それが普通だと思ってはいけないと。洗い物をやってくれた人に、洗濯をしてくれる人に、

「ありがとう」

と言いました。人がお弁当を

「まずい」

と言って残したのを見て、作るのは大変なのに、と思いました。ご飯を食べて

「おいしい」

と言えるようになりました。もしも私が何の手伝いもしていなかったならば、あたりまえのこととして、一つひとつの物事に感謝できなかったと思います。その話を聞いた時、父がほめてくれた意味がやっとわかったような気がしました。


「家族」という社会集団の中で、私たちはいろいろな役割をもっています。その役割をはたすことが、家族の力にも自分の成長にもつながっているんだなと思いました。そして、あらためて家族というものが自分にとって大切なものなんだと感じました。


(やさしさ・ふれあい:啓発資料2013,2[JAグループ滋賀]思わず心があったまる話 第8集作品より)


これは、中3か高1の女子生徒の書いた作文です。JAから定期的にわが家へも配られる啓発冊子に載っていました。

この作文を教材として扱うとしたら、子どもたちに問うてみたいことがあります。
「家のお手伝いを続けると、どんないいことがあるのかな?」

先生方なら、どんな発問をされますか?


【子どもたちに聞かせたい短い話(5つ)】


どの話に心をひかれますか?(子どもに聞かせたいなぁ)                                              

ずっと前の朝日新聞【天声人語】に「短い話をいくつか」というのが載っていました。


◎電車に乗っている小学校低学年の男の子とその父親。お年寄りが一人、乗ってきた。

座っていた父親が、すぐに席をゆずった。

「お父さんの知っている人?」

と男の子。

父親は答えた。

「人生の大先輩だよ」


◎彼女は学校でいじめにあっていた。 

周囲はみな傍観している。  

ある日、机の中に手紙があった。

「独りだと思わないで。みんな言葉にできないだけだから」。

「ファイト」

のメモも。

「わかってくれている人がいる」 

との思いが、彼女を支えた。


◎満員電車で、赤ん坊が泣き出した。

険しい視線が母親に集まる。

と、年配の女性が母親に話しかけた。

「眠いのかしらねえ」。

母親は

「うるさくてごめんなさい」

と謝る。

女性は続けた。

「何を言ってるの。一番大変なのは、あなたじゃない。お母さんが一番つらいのよね」


◎北海道の広い道。

おばあさんが渡っているうちに、信号が赤になる。

寄りそうようにしていた小学4年くらいの男の子が、片手をあげ、止まってと車に会釈した。

おばあさんが渡り終えた。

男の子は野球帽をとり、ペコンとお辞儀をした。


◎カキ、モモ、ビワ、・・・・。

歩道沿いに果樹が並び、それぞれの季節、たわわに実る!

土地の持ち主のおじいさんが、学校の行き帰りに子どもたちが自由にとれるよう、植えたのだ。

木々の下の手入れされた花々も、人々を楽しませる。


どの話も、心があったかくなる話ですね。子どもたちに聞かせたら、どの話に心をひかれてくれるでしょうか。聞いてみたいですね。

私は、その場の雰囲気を一瞬にして変えた、年配の女性の「ひと言」は、ほんまに見事やなと思いました。赤ん坊の母親に語りかけているんだけど、その母親の気持ちを、さり気なく周りの人たちに聞かせています。教室でも、トラブった子に教師がこんな「ひと言」を言えたら、きっと周りの子の気持ちも、教室の空気も温かくなるでしょうね。


【詩「冬の夜道」(高学年):指導案〔発問3つ〕】


次の詩は、私が小学校高学年の頃(S45~46年)に小学校で習った詩です。たしか教科書にのっていた記憶があります。今でも暗唱できます。味わい深い冬の詩です。家族の絆を味わえる詩でもあります。しみじみ読み味わってみてください。


 冬の夜道                  津村信夫


冬の夜道を 一人の男が帰ってゆく

はげしい仕事をする人だ

その疲れきった足どりが そっくり それを表している

月夜であった

小砂利をふんで やがて 一軒の家の前に 立ちどまった

それから ゆっくり格子戸を開けた

「お帰りなさい」

土間に灯がもれて 女の人の声がした

すると それに続いて

どこか 部屋のすみから

一つの小さな声が言った

また一つ

また一つ別の小さな声がさけんだ

「お帰りなさい」

 

冬の夜道は 月が出て ずいぶんと明るかった

それにもまして

ゆきずりの私の心には

明るい一本のろうそくが 燃えていた


かつて、小学校の高学年を担任すると、必ず「冬の夜道」を子どもたちと読み味わいました。この詩の授業を、7回はしたでしょうか。それは、子どもたちに、将来、大人になった時の自分の「家族」を豊かにイメージするきっかけにしてほしかったからです。

まず、音読をしたら、意味のわからない言葉をどうにかします。「足どり」「小砂利」「「格子戸」「土間」「灯」「ゆきずり」などを、子どもたちは言うでしょう。どうにか意味がわかったところで、音読を入れます。

最初に問いたいのは、1人の男の行動の裏側にあるものです。

「この男の人は、疲れていたから、ゆっくり開けたのかなあ?」

と聞いてみたいです。子どもたちが「はげしい仕事」「疲れきった足どり」「そっくり」「やがて」「立ちどまった」「それから ゆっくり」などから、男の人の姿・状況を思い浮かべつつ、男の人の家族への温かさにまで思いをはせてくれたらいいなあ・・と思います。ある年には、「家族に、疲れきった顔を見せると心配させるので、一度立ちどまってから、深呼吸して、ゆっくり開けた」と語る子もいました。

次に問いたいのが、男の人を迎える家族の姿です。

「この家は何人家族なのかなあ?」 

と聞いてみたいです。「女の人」「1つの小さな声」「言った」「また1つ また1つ」「別の小さな声」「さけんだ」などから、迎えたのは、3人か4人か意見が分かれるでしょう。その中で、迎えた時の家の中の様子や、男の人にかけた言葉も出てくればいいなあ・・と思います。別の年には、「小さな声が言ったのは低学年ぐらいの子で、小さな声がさけんだのは、3才ぐらいの双子で、3人の子どもがお父さんの帰りがうれしくて飛びついた」と語る子もいました。

最後に問いたいのは、ゆきずりの作者の姿です。

「ゆきずりの私には、家で誰が待っているのかなあ?」

と聞いてみたいです。「それにもまして」「ゆきずり」「私の心」「明るい」「1本のろうそく」「燃えていた」などから、思い思いに、作者も男と同じような家族がいる、作者は家族のいない1人暮らし、などを語ってくれたらいいなあ・・と思います。また別の年には、「『月の明るさ』と『ろうそくの明るさ』の違い(冷たい・温かい)から、1人ぼっちの作者だから心に灯った『ぬくもり』を、北風で消したくないほど大切にしたかった」と語る子もいました。

そして、もう1度音読しながら、この温かい家族と、心を温められた作者の情景をイメージしてくれたらいいなあ・・と思います。自分も大人になったら、こんな家族をつくりたいなという、子どもたちが描けるモデルの1つに、この詩がなってくれたらなあ・・と心から願いつつ・・。

実際には、こちらの思うようには、なかなか、子どもたちは描いてくれないものですが・・。どこと、どこで、グループ学習を取り入れたらいかは、迷うところです。今の時代の、ほとんどの子どもたちは「土間」も「格子戸」も知りませんから、1校時45分でやり終える自信も、ちょっとありません。でも、ステキな詩であることは確かです。

とにかく情景を思い浮かべてほしいので「男の人はどうして立ちどまったの?」「男の人はなぜ、ゆっくり開けたの?」「この家族を見た作者の気持ちは?」「明るい1本のろうそくって、作者が言いたかったことは何?」というような問いかけは、したくありませんでした。詩という文学作品を読み味わうとは、そういうことではないと思うからです。あくまでも情景をより豊かに思い描き、イメージすることを主にした授業を展開したいものです。そうする中で子どもたちが自ら、自然体で心情にもふれてくれるのではないでしょうか。


【朝の会(朝の歌)における発声練習】


私の場合、いつも次のような流れで発声練習指導をしていました。

まず、息を吸って、息を吐く練習です。最初は「あくび」をするイメージで、私が両手を徐々に広げていく間、子どもたちは、ゆっくりと息を吸っていきます。複式呼吸の練習です。そして、一瞬止めて、私の合図で一気に息を吐きます。ときには、一気に吐かずに、ゆっくりと長く細く息を吐くこともします。


次に、ピアノのソの音を聞かせて、たっぷり息を吸った後、私の合図で「アーーーーー」と、10~15秒ほど「ソ」の高さを維持しながら発声していきます。「ソ」の次は「ファ」「ミ」「レ」「ド」と、一音ずつ下げていきます。歌う曲によって、低い「シ」まですることもあります。


また、「ソ」に戻ります。今度は「ソ」から「ラ」「シ」「ド」「レ」「ミ」と、一音ずつ上げていきます。歌う曲によって、高い「ファ」まですることもあります。


その次は、1回たっぷりと息を吸って、「ドレミファソラシドレミーーー」と音階を上がったり、逆に下がったりする発声練習をします。


最も大切にしていたことは、子どもたちが、自分の声を「あそこまで届けよう」と意識しながら発声しようと思ってくれるようになることでした。そのために、私が両手の親指同士、人差し指同士をくっつけて、丸い円をつくり、

「この丸の中に、自分の声を届けて」

と言ったり、その丸い円をつくった両手の位置を胸の前から、斜め上の後方へ移動させながら、私が1歩ずつ後退して、子どもたちが、より遠くまで、声を届けようと意識してくれるようにしたりしました。それは、指揮の合図に集中するレッスンでもありました。

「この黒板の向こう側の部屋にいる人に、みんなの声を届けよう」

「今、運動場で体育をしている人たちに、みんなの声を届けよう」

などと、より具体的・視覚的に「あそこまで声を届けよう」とイメージしてくれるような言葉がけをする発声練習も採り入れました。


頭声的発声を、子どもたちに意識してもらうためには、

「あごをやわらかく、なるべく大きく開こう」

「口の中は、力が入らない程度に、ほどよく大きく開こう」

「口よりも、のどの奥を開いて、声を上に持っていこう」

「のどの、上あごから、鼻の方向に、声をひびかせよう」

「頭の中をからっぽにして、頭の中、全体に声をひびかせよう」

「声は、下腹から、体の真ん中の『声のくだ』を通って、一気に鼻の方へ」                                     

とか、イメージしやすいことをいろいろ言ったのですが・・ちょっと忘れました。


こういったことを、合唱の練習の最初に5~10分ほどしてみるだけで、子どもたちの集中力(ピアノの音や友だちの声を聴く集中力、指揮の合図に反応する集中力)が個々バラバラじゃなく、40人なら40人の声のかたまりになります。それが、指揮者にドドーンと向かってくるから、指揮をしながらゾクゾクッとなることもあります。


腹式呼吸ができるようになれば、やわらかな大きい声で、子どもたちも気持ちよく歌えるようになるので、子どもも斉唱より二部合唱をしたがります。一度だけ音楽会で「ゆうやけこやけ」の四部合唱(アカペラ)にもチャレンジしました(やってくれました)。当然、10分を越えるオペレッタも、平気で歌いこなせるようになります。ただし、朝の歌も、帰りの歌も、毎日歌っていた1998年頃までの話です。


無理して大きな声を出そうと怒鳴り声で歌うのは、のどを痛めるだけです。やはり、大事なのは、基礎になる発声練習をていねいにやってから、合唱の練習をすることです。「もっと大きな声で」と言うのではなく、「もっと息を吸って」「おなかに息をためて」と言うほうが、結果として、やわらかく大きな声で歌えるようになると、指導者は心得るべきでしょう。もちろん、指導者自身が、その歌を好きで、心から子どもたちと一緒に歌いたいという気持ちになっているかどうかが、そのまま指揮に表れ、子どもたちの歌声にも表れると自覚しておく必要はありますが・・・。


「ごんぎつね」ごんの兵十への思いを問いたい場面と発問


2013年6月19日(水)朝日新聞20(教育)面に「ごんの気持ち 伝わった」という記事が載っていました。びっくりしました。記事のサブタイトルは次のとおりです。

〈南吉オリジナル版テキスト作成〉

〈(前略)オリジナル原稿に光を当てようと、私立立命館小学校(京都市)の岩下修教諭が、絵入りのテキストをつくった。〉

という一文が記事の前文の後半にありました。記事の本文も一部紹介します。教科書の「ごんぎつね」が「赤い鳥」版だということは、私も知りませんでした。

〈(前略)子どもたちが「赤い鳥」版の長所に挙げるのは、「ごんが撃たれながら『うれしくなりました』という自筆原稿だと、兵十にごんの思いが伝わらない。うなずきましたの方がいい」、「難しい言葉や漢字がなく、わかりやすい」自筆原稿の方は、「気持ちが届いて『うれしくなりました』とはっきり書いてあり、私もうれしくなる」「兵十の『おや—————— 』はすごい。驚きや後悔などいろいろな気持ちがこもっている」教科書だけを読んだ授業では「罪を償うことの大切さが主題」と受けとる子が目立った。自筆原稿の文を示すと「ごんが自分と同じように孤独な兵十につながりを求め続けた思い」を感じ取る子が増えたという。(後略)〉


「赤い鳥」掲載の「ごん狐」と、自筆原稿の「権狐」の、ラストシーンも載っていました。どちらも【旧仮名遣い】のままというのが、なんかいいですよね。記事で紹介されていた、両方の原稿は、以下のとおりです。

〈「ごん狐」(「赤い鳥」に掲載された作品)〉

〈ごんは、ばたりとたほれました。兵十はかけよつて来ました。家の中を見ると土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。「おや。」と兵十は、びつくりしてごんに目を落しました。「ごん、お前だつたのか。いつも栗をくれたのは。」ごんは、ぐつたりと目をつぶつたまま、うなずきました。兵十は、火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出てゐました。〉

〈「権狐」(新美南吉の自筆原稿)〉

〈権狐は、ばったり倒れました。兵十はかけよつて来ました。所が兵十は、背戸口に、栗の実が、いつもの様に、かためて置いてあるのに目をとめました。「おや——————。」兵十は権狐に目を落しました。「権、お前だつたのか・・・・・・。いつも栗をくれたのは———。」権は、ぐつたりなつたまま、うれしくなりました。兵十は、火縄銃をばつたり落しました。まだ、青い煙が、銃口から細く出てゐました。〉


びっくり仰天の〈新聞記事〉の紹介(抜粋)は、以上です。


ごんの心情を、最も問いたい場面

この記事を読んだ時、私は石井順治先生の講演(昨年冬2013年2月15日)を思い出しました。石井先生が言いたかったことを、ノートのメモ書きを頼りに、私なりにふり返ってみます。


『ごんぎつね【三の場面】

『兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。兵十は今まで、おっ母と二人ふたりきりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」こちらの物置ものおきの後うしろから見ていたごんは、そう思いました。』


ここのところは、ごんの思いをしっかりと、子どもたちに聞くのが大切です。「どこから、そう思うの?」と、「おっ母と二人ふたりきりで」「貧しいくらし」「おっ母が死んで」「もう一人ぼっちでした」といった言葉にふれながら、「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」とつぶやくごんの本当の思い・・・それに、子どもが気づくのをいざなうのが、教師の役割ではないでしょうか。


そこで、ごんの真意を受けとめた子どもたちは、次の行(教科書の7行目)

『ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。・・・』

からは、ごんの気持ちを追求するのではなく、ごんの姿を描き合う場面になります。子どもたちが、兵十へのどんな思いを受けとめたかによって、その後の、ごんの行動の受けとめ方も大きく変わってくるでしょう。』


以上、三重県伊賀市立河合小学校:公開授業研で石井先生が講演された時に、少しふれてくださった部分の紹介です。私のいい加減なメモと、さらにあやふやな記憶を元にしておりますので、石井先生の意図とずれていたら、すみません。ただ、ほとんど物語文教材で登場人物の心情を問わなかった私が、この場面では、ごんの心情(兵十への思い)を、今、子どもたちに問いたくなりました。

せつないごんの思い・姿を、読み味わいましょう

子どもたちが、全文をていねいに読んで、個人学習で、気になる箇所に線を引いてから、この【三の場面】を読み取ると、ごんは、うなぎの償いのためだけに、ひたすら運んだわけではないことに気づいてくれる子が、少数ですが、必ずいてくれます。そういう子の考えに、うまく光をあてることができたとしたら、「償い」だけと思っていた子どもたちの視野を、グンと広げてくれる可能性が出てくるでしょう。


そもそも、何の見返りも求めない「償い」って、1,2回はできても、そうそう長続きするものではありません。それは、兵十と加助の会話を聞いたごんが

「へえ、こいつはつまらないな」「おれは引き合わないなあ」

と思うところで、子どもたちも、どうやら「償い」だけではないことに気づきます。子どもたちは

「わかってほしかった」「認めてほしかった」

と言うかも知れません。その場合、石井先生のように

「どこの文から、そう思うの?」

と問い返してみることで、

「なるほど、その文から、そう読むこともできるのか」と、クラスみんなで、自分と違う意見も認め合い、共有し合える時間にしたいものです。みんなで意見を出し合って読み味わう場合に、最も大切にしたいことのひとつですよね。


じゃあ、「償い」以外の何なのかを考えるための発問例を少し挙げてみます。

「うなぎの時のごんと、いわしの時のごん、では、どんなことが違うかな」

「兵十に次々と物を届ける、ごんの届け方には、どんな違いが出てくるかな」

「お念仏がすむまで井戸のそばでしゃがんで待って、二人のあとをついて行ったごんは、どんな話を聞きたかったのかな」

子どもたちが、ごんの求めている願いを、少しでも感じ取ってくれたら、と思って、以上の発問を、ない知恵をしぼって、ひねり出してみました。


ごんの

「つぐない=おれのせいで・・兵十のために・・してあげたい」

が、いつの間に

「つながり=兵十のために・・兵十を求めて・・認めてほしい」

に変わったのか、それとも【三の場面】から両方の思いがあったのか、教師の解釈を子どもに押しつけるわけにはいきません。ただ、【三の場面】において、石井先生が大事にしたいと言っておられた

「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」とつぶやく、孤独なごんの胸中、

先生が指摘されている「自分と同じように孤独な兵十につながりを求め続けた思い」に少しでもふれながら、子どもたちが【三の場面】を読み味わうことができたら、ごんがせっせと続ける行動の微妙な変化をも、より豊かにイメージできるのではないでしょうか。そういう意味でも、この「オリジナル版テキスト」には価値があると、私も思います。


人と人とのつながりが希薄になってきた現代社会だからこそ、兵十に伝えたい思いを不器用にしか行動できないごん、そんなごんの、思いをうまく伝えられないもどかしさ、これらに、ぜひ、子どもたちがふれてほしい(気づいてほしい)と願います。人と人が「伝え合う」ことの大切さを実感するためにもです。


なお、記事の最後には、その南吉オリジナル版テキストを、立命館小学HPのNEWS一覧からダウンロードできることも書いてありました。さっそく拝見いたしました。(以下のURLです)

http://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=95805

本文も挿絵も、実に見事なテキストで、敬意を表します。「ごんぎつね」に対して慣れっこになっていた私の心の油断を、新鮮に揺さぶってくださった石井先生には、感謝いたします。そう言えば、石井先生の年賀状には、新美南吉記念館がご自宅から近いと書いてありました。そして、貴重なオリジナル教材を発掘されて実践に生かしておられる岩下先生には、頭が下がります。こうして今、私は改めて「ごんぎつね」の奥深さを感じております。


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by takaboo-54p125 | 2017-03-25 06:18 | 教材