子どもと向き合う12月の教室(子どもが問題行動を起こしたら)

問題行動を起こした「その子」を救うのが先生です


問題行動が起こったら、その子の「失敗」ととらえ、その子が失敗から立ち直るために、その子が失敗で失った信頼を取り戻すために、その子がしたこと、言ったことを聞きます。何をしたのが失敗だったか、なぜしちゃいけなかったかに、その子が気づき、反省はしてほしい、相手がいるなら心からわびてほしい、しかし、大きな心の傷として残らぬよう、その子を支え、助けるために聞くのです。その子を追いつめるのではありません。


例えば、「きのう家へ帰る時のことを教えてね」→(やりとりがあって)→「その時、ちょっとまずかったなと思うことはないか?」
圧迫感のある対面座りより、並んで座る方がしゃべりやすいでしょうね。なかなか言えない時は、こちらの情報を少しずつ出して、事実かどうかを確認しながら、言いやすくしてあげます。ほぼ事実を言ってくれたら、
「どこが悪かったと思う?」「今、どんな気持ち?」
「先生は、君が正直に言ってくれたことがうれしいで。ありがとうな」
でも、したことは、「(私は)すごく残念で、かなしいな」と、しかります。ただし、その子の人格を、
「悪い子やな」「君はダメやな」「はずかしくないのか」と、なじったり、とがめたりするのではありません。


「この失敗をどう取り返すか、いっしょに考えような」その子がわびること(相手の子の気持ち)の気づいたら、


「どうしたい?」「1人でできるか?」「先生にも助けてほしいことあるか?」と、雪解け水のごとく、困っている子どもの心に歩みに寄り添って、あとはケース・バイ・ケースです。


子どもと担任のパイプが切れてしまったら・・(私の場合)


担任と一人の子とのパイプが切れてしまい、お手上げ状態になってしまいました。そばを通るだけで避けられ、声をかけても、無視されることが多く、「さあ」「べつに」「むかつく」というひと言が返ってきたら、まだましというレベルです。


担任は、自力では糸のような細いパイプすら作れないので、たくさんの先生方に、その子に声をかけてもらうよう頼みました。同じ学年の先生、去年担任していた先生、フリーの先生方、養護教諭の先生、過去にその子と関わった先生など、約10名にヘルプを求めたのです。いろんな場でいろんな形で、いろんな先生が、その子に声をかけてくださり、ほめてくださったおかげで、卒業の頃には、担任とも細い細い糸のようなパイプですが、避けられることもなくなり、単語だけど、会話もできるところまで、関係が回復しました。もちろん、「キラッと見つけ」を先生方に書いてもらったメモは、毎日、帰りの会で読みました。日記も、書いてくれない子の日記にも、その子のその日のがんばりを、2年間ずっと書き続けました。


今、思うと、あっけらかんと、反応なんか気にせず、声をかけたらよかったかな。
「また、さけられたなあ」「今日は元気そうやなあ」「今、先生にむかついているんか?困ったなあ」「えっ、おこってへんのか?うれしいなあ」なんてね^^。これは、2年間を周囲の先生方に支えられて乗り切ることができた結果があるから言えるのですけど。実際その年は、毎日・毎時間が必死だったというのが、正直ほんまのところです。

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by takaboo-54p125 | 2012-12-23 05:00 | 保育・教育