あったかいクラスの空気をつくる【担任のしなやかな役割4月~3月】

『担任の発想の転換が、クラスの空気・雰囲気を変えます』


担任が意識したい(できる)こと・・・10か条

1,担任が笑顔で「おはよう」と言うと、子どもも元気が出ます。
2,担任が楽しそうに歌うと、子どもも歌うのが楽しくなります。
3,担任が遊ぶのを楽しむと、子どもも遊ぶのが楽しくなります。
4,担任が「うんうん」とうなずくと、子どもも満足できます。
5,担任が気持ちに共感してやると、子どももうれしくなります。
6,担任が「困ってるの?」と聞くと、子どももしゃべります。
7,担任が「えらいねぇ」とほめると、子どももやる気が出ます。
8,担任が「大丈夫だよ」と支えると、子どもも自信を持てます。
9,担任が共に心から喜ぶと、子どもの喜びも2倍になります。
10担任がどっしりしていると、子どももなぜか安心できます。

朝から不調を訴える子もいますが、本当に体調不良なのか、心因性の不調なのか、養護教諭、前年度のその子をよく知る教職員などと相談しながら見極めましょう。機嫌がいつもよくない子に対しては、以下の「子どもと向き合う5月の教室」の中でふれていますので参考になさってください。子どものほうから「先生あそぼ」と言ってきてくれたら「▽時△分までなら遊べるよ」「○分間なら遊べるよ」と返してみましょう。

どの学級にも個別支援を要する子が複数いるので、特別支援教育とは全学年・全学級で進める教育だと心がけておられる担任が多いと思います。まず、個別支援を認め合える(できる・できないで級友を見ない寛容さのある)学級の仲間に育てることが、どの子の自尊感情も低くならない(自分をダメな子だと思わない)分岐点になりますので、温かさのあるお手本を教室で見せることが大事でしょう。この記事も、そういう意味で書いています。


「子どもと向き合う4月の教室」より
 
子どもの不安を安心に変える笑顔の働きかけを

 子どもたちの不安を取り除く「とっておきの武器」はクラス担任の笑顔と元気です。そんなクラス担任から、
君たちに出会えてうれしいよ。早く君たちに会いたいなと思っていたで
と言ってもらったら、子どもたちには、最高にうれしい初日になるでしょう。


 初日欠席の子には、出遅れてしまったという、大きな不安感・焦燥感を一刻も早く消してあげたいものです。初日に休んだ子には、少なくとも担任直筆のお手紙と電話を(初対面の子なら、足を運ぶことをためらわずに)、二日続けて休んだら、必ず足を運んで訪宅してあげたいですね。
担任の先生は、ぼく(わたし)のことを、ちゃんと心に留めていてくれるんだな
と思った子は、自分だけが取り残されたとは感じないでしょう。「欠席1日目の子には手紙を書き、電話をかける、欠席が2日続いた子には訪宅する」このことは、1年間を通して、クラス担任として大事にしたいことの一つだと思うのですが、勤務先の学校の方針に沿って動きましょう。


 ガラガラッと教室のドアを開けて、クラス担任が元気いっぱい「おはよう」と言う時は、教室中に新鮮な風が吹き抜ける瞬間です。すぐに「おはよう」と返してくれる子、つぶやくようにモゴモゴって言う子、黙っている子、反応はさまざまです。しかし、全員の心に届かせようとクラス担任が意識した「おはよう」は、きっとどの子の心にも届いているのではないでしょうか。


 毎日、ステキな朝の出会いを意識しましょう。そして、教壇の前に立って、朝のあいさつをする時は、まず一番後ろの両隅の子どもたちを見てから、一番前の両隅の子どもたちまで見ます。つまり、教室の子どもたち全員をサッと見渡してから、あいさつしましょう。お話をする時も同様に、教室という空間にいる全員の子どもを見渡してから、しゃべることで、教師の声の届き具合(どの子にもという意味)が違ってきます。子どもたちから視線をはずさないというか、常に子どもたちの顔を視野に入れながら語ります。そして、大事なところでは、一瞬の間(ま)を入れます。もちろん笑顔がいいですね。間延びしては逆効果ですが、一瞬の間は、子どもたちの聴く集中力を高めます。なお、1学期の第1週目は、担任が1年間で最も多忙でしんどい時期です(自転車のひとこぎ目のペダルが重たいのを思い出しましょう)。


先生はわたし(ぼく)に声をかけてくれるかな

 子どもたちのクラス担任への共通の願いは、担任の先生はわたし(ぼく)の気持ちを受けとめてくれるかな、受けとめてほしいな、ということではないでしょうか。わたし(ぼく)に、いつ声をかけてくれはるかな、と待っている子も多いと思います。1日中、一度も声をかけてもらえない子がいたとしたら、どんなにさびしいことでしょう。と言うのは簡単ですが、クラス担任の仕事は山ほどあります。それでも、一日も早く子ども一人ひとりとの信頼関係を築きたかったら、朝の会から帰りの会までの間のどこかで、学級の子ども全員に声かけをするぞ、という心意気で臨みたいものです。


 朝の健康観察でクラス担任が一番大切にしなければならないことは、子ども一人ひとりと目と目を合わせて「○○さん」と呼びかけることです。子どものまなざし、表情、仕草、返事、声の状態を、毎朝どの子にも目と目を合わせて健康観察するのを続けていると、
その子が心から元気に出席しているのか、
その子がイライラした心で出席しているのか、
その子が沈んだ心で仕方なく出席しているのか、
今日の気になる状況の子はこの子とあの子というふうに、一瞬で感じるようになります。そうなれば、その日、声かけを意識的にしてやらなあかん子がカウントできます。気になる子には、そっと声をかけます。それで、家で何かあったことを背負ったまま登校してきたことがわかれば、保護者への対応が必要か職員間で相談できます。朝の登校中や朝自習の時などにあった子ども同士のトラブルを引きずっていれば、話を聞いてあげて、対処することもできます。保育士・教師は忙しい仕事ですから、後手に回るより、先手必勝です。つまり、朝の健康観察こそ、積極的な生徒指導のシンプルな実践なのです。


 大事にしたいのは、担任の声の柔らかさです。1人ひとりの子どもの名前を呼ぶ時、わが子をいつくしむように優しくよびかけることです。必ず目を見てあげ呼名をしましょう。そんな担任と目を合わせられない子がいても、しからないでください。心が落ち着かない状態で登校してきた子だという印です。反応を見ながら、再度呼びかけて目を合わせてくれたら、「うれしいな」と言ってあげてもいいのです。それでも、目が合わせられない子もいます。それなら、こちらから歩み寄って、その子と同じ視線の高さで(低学年ならひざをついて)名前を呼ぶと、案外、ちらっと目を一瞬合わせてくれるものです。ここまでしてやっているのに、なんて思ってはいけません。1人ひとりの心の状態を確かめているのですから、笑顔を忘れないでください。子どもが目を合わさないことには、必ず理由があるからです。長い目で見てあげましょう。


子どもが自分の先生だと実感できる瞬間

 担任がただ黒板の前で語っているだけでは、「ぼく(わたし)の先生の話やで聞くぞ」と子どもたちが耳を傾けて聞こうとする関係には、なかなかたどりつけません。子どもらは聞いているふりをしているだけです。つまり、一緒に遊んでくれない先生って、子どもら(とりわけ小学校の下学年)には、ただの口うるさいおじさん、おばさんにしか映らない傾向は年々強くなっています。 子ども一人ひとりと、つながりのパイプ(信頼関係の土台)をつくれるかどうかは最初が肝心です。超忙しい4月の約3週間こそ、短時間でもふれ合える時間をつくりましょう。子どもらに誘われたら「5分なら一緒に遊べるよ」でもいいのです。


忙しいけど、子どもたちといっしょに遊ぼう!
 子どもらの中に飛び込んで、子どもらといっしょに遊ぶことを、ぜひともしてみましょう。自分の忙しさや疲れと相談し、自分の体力相応でよいと思います。短時間でも、とにかくいっしょに遊んでくれる教師は、子どもたちには、あっという間にステキな先生・わたしら(ぼくら)の先生になってしまうから不思議です。時間が惜しいと思わず、ちょこっとやってみてください。そんな担任の話には、子どもたちは徐々に耳を傾けるようになります。子どもらの「先生、あそぼ」に対しては「10分だけでもいいか」と遊んであげてみませんか。


忙しいけど、子どもたちと共に掃除をしよう!
 掃除の時間は遊び以上に、子どもと先生が何かをしながら言葉を交わし合えるという点で、より自然な雰囲気でコミュニケーションができる場です。
「A君、ここ、ほうきではいて」→「ありがとうな」
「Bさん、ここ、ぞうきんでふいて」→「上手やなぁ」

こうして担任もほうきではきながら、子どもらと共に机も運び、ぞうきんがけも指示します。そして、その都度、「ありがとうな」「がんばったなぁ」「助かったわぁ」「うれしいな」「よく工夫してくれたね」などを連発するのです。そうすると、はりきって掃除をする子、いっしょうけんめいする子がだんだんふえていきます。さぼりがちな子には、
「C君、この机いっしょに運んで」→「先生、助かったわぁ」
と、わざと指名して、いっしょにやって、ほめます。掃除の時間は、こういうスモールステップ(ちょっとがんばればできること)の指示を出しまくりましょう。そして、必ずほめるのです。掃除の時間を、ほめるための時間にするか、しかるための時間にするかの、分かれ道は、先生が子どもと共に掃除をするか、しないか、だと私は経験的に思うのですが、いかがでしょうか。

子どものやる気を育てる先生の言葉とは

 当番活動、係活動、給食当番、掃除など、各クラスがぼちぼち動き始めました。うまくいかないことも当然あります。となりの教室がてきぱきやっていると、自分のクラスも早く軌道に乗せたいと思うのが人情です。でも、あせりは禁物です。今は、結果を求める時期ではありません。畑仕事に例えれば、今は、水をまく時期だと、自分に言い聞かせましょう。水とは、担任が発信する『そのひと言』です。


働くことをいとわない子に、働くことが好きな子に
「だめやなぁ」「できてへんやん」「なにしてんの」「ほんまにやったんか」「こんなこともやれへんのか」「さっき言ったやろ」「どこ聞いてたんや」「去年、なにやってたんや」などの、否定的な言葉は禁句です。これらは、やっぱり言わないのが原則だと思います。
「ちょっと力をかして」→「ありがとうな」
「ちょっと助けて」→「ようやってくれたなぁ」
「ちょっと手伝って」→「うれしいわぁ」
「がんばってみぃ」→「がんばったんやなぁ」
「工夫してみぃ」→「よく考えたねぇ」

など、結果・出来映えを求めず(できて当前と思わず)、その仕事を通して、その子の心(やる気)を育てる言葉がけを日々したいですね。花の水やりが毎日欠かせないのと同じで、「スモールステップを子どもに与えて、取り組ませて、ほめる」のも、毎日続けることに意味があります。『心の水やり』と言えばいいでしょうか。


 さらに言うなら、「ごめんね」と言えるのが、ほんまもんの先生です。先生だって人間ですから、失敗もします。時間に遅れることもあります。失言もします。言い過ぎたり、決めつけてしまうこともあります。それは、たいてい忙しい時や、焦っている時や、疲れている時です。まず、そのことに、自分でハッと気づける先生でありたいものです。そして、子どもに
「先生がわるかった。ごめんな」「先生、言い過ぎた。すまない」
と、あやまれる先生でありたいと思います。先生が自分の失敗・失言を率直にわびることで、子どもたちはあやまることの大切さを学びます。先生への信頼感も深まります。先生があやまることのお手本を見せることで、素直にゴメンが言える子を育てていくのかな・・。


「子どもと向き合う5月の教室」より


保育・学習の導入だけは保育士・教師間で交流しよう

 ただでさえ忙しい職員室ですから、最低限、日々の授業の導入だけでも先生同士で交流しましょう。毎日の保育・授業の導入の善し悪し(出来・不出来)の積み重ねが、クラスづくりを左右します。子どもが食いついてくるような導入、子どもの瞳が輝くような導入を、日頃から学年や学年部の保育士・教師間で交流し、導入の『引き出し』をたくさん共有している先生集団になってほしいと思います。もちろん、あの手この手を使っても、なかなか保育・学習に集中できない子は、決して少なくありません。
「A君、こっち向いて」→「うれしいな。向いててや」
「Bさん、教科書出して。○ページ開けて」→「すばやいな」                              
「C君、ノートに書くんやで」→「鉛筆の持ち方がよいね」「書く姿勢がよいね」

このような当たり前のことが出来ていない子どもらに、
こまめに指示を出して→ほめること』(豆つぶのようなスモールステップ)のくり返しを、4月から6月まであきらめずに粘り強く続けてみてください。勝手気ままに立ち歩く子どもらとのガマン比べになりますが、3か月やり通したらクラスはきっと落ち着きます。


後回しにしないTの声がCの心に届くと、Cは動き出す

 学期始めは、子どもが担任を試す時期です。連休明けは名誉挽回のチャンスです。この時期になったら、クラス全員の顔と名前は覚えているわけですから、「Aくん、おはよう」「Bさん、おはよう」と、声をかける時には、本人の名前を呼ぶことを意識してみましょう。あいさつも、用事を頼む時も、どんな時でもです。名前を呼んでもらえるのは、うれしいものですから。


 授業中、A君が泣き出しました。またか、と授業をそのまま続けたら見逃し三振。A君にどんなひと言をかけるかが勝負です。その言葉にA君がうなずけば、クラスのみんなの心も育つタイムリーヒットになるわけです。教室に温かな空気が流れます。休み時間、ノートの○つけに忙しい担任に、Bさんが何か訴えてきました。「後でね」は見逃し三振。その場でBさんの声に耳を傾けてあげたら、Bさんは安堵します。いつも自己主張の目立つBさんに対する担任の指示も、Bさんの心にだんだん入るようになってきます。子どもには、今、担任にどうしても聞いてほしい瞬間があるのです。


 家からモヤモヤしたものを引きずって来ている子も、気持ちを切り替えて、校園での一日のスタートができる、そんな朝の出会い方を、各クラスでしてはるんやろなと思います。とは言うものの、いっぱい重いものを背負わざるを得ない状況の子ほど、新しいクラスの中で、自分の居場所をなかなか見つけられず、落ち着かないのではないでしょうか。


 ですから、担任のお手伝いを頼むことで、心と心の結び目にするのです。そんな、気になる子には、担任がどしどしお手伝いをさせましょう。目的は二つです。一つは、その子をほめるためです。その子が手伝ってくれた内容以上に、その子が手伝おうと思ってくれた心を、「あなたの気持ちがとってもうれしい」とほめるためです。担任がほめる材料を与えて、やりきらせて、ほめる、この繰り返しを積み上げることで、
「どうせ、ぼく(わたし)なんか・・・」
という投げやりな気持ちは徐々に小さくなり、ささやかな自信がちょっとずつ生まれてきます。いわゆる、その子が自尊感情を取り戻すための支援の営みです。もう1つは、その子との関係づくりです。その子の心の糸をたぐり寄せるのです。                               
この先生は、わたし(ぼく)を認めてくれてはるんや
と感じ始めてくれるまで続けましょう。あきらめなかったら少しずつ心を開いてくれます。


トラブルはその子とつながれる絶好のチャンスだ

 それでもトラブルは起こるものだと思っておきましょう。トラブルが起こったら、その子とつながれる糸口だと思いましょう。その子の言い分をウーンと聞いてあげます。
困ったねぇ」と言いながらも、安易に同調(他の子や他の先生への批判)はしません。あれこれ言い訳をするうちに、その子のさびしさ・かなしさ・くやしさをチラッと見せてくれます。それを逃さず、
「きみのくやしい気持ち、よーくわかったよ。ほんまにくやしかったんやね」                                           
「そうか、つらかったんやなぁ。腹が立ったんやなぁ」

と、その子の気持ちには共感し、代弁してあげたいものです。そういう担任のひと言があるか、ないかによって、その後の担任の指導(語りこみ)がその子の心の中まで届くかどうかが決まります。 
 
気持ちがギザギザ・トゲトゲしている子
 すぐふてくされる子、すぐ反抗する子、すぐすねる子、いわゆる指導が入りにくい子がいるとします。この子はやりにくい子ではなく、実は、人一倍声をかけてほしいさびしい子、自分に自信が持てず不安いっぱいの子、人とうまくつき合うことの苦手な子だと思ってあげてください。わざと投げやりな態度をとったり、わざと先生をおこらすことを言います。本当は、かまってほしいんです。だから、あわてず・騒がず・どっしりと!です。


 子どもに不快な不安感・緊張感を与えない先生は、まずは、何かをしながら気楽にしゃべりかけることです。いっしょに遊びながら、いっしょに給食を食べながら、いっしょに作業をしながらというのは、子どもが身構えず、安心して自分を出せます。最初は向かい合うより、横に並んでの方が安心する子もいます。これがベースです。子どもって、威圧感オーラの出てる先生には、警戒します。その土台を築きながら、いざという時、先生がどうしても伝えたいことは、必ず目と目を合わせて(目の高さも同じ位置で)、その子の心の奥に届けようと意識しながら語ります。その子の心を信じ、その子の誇りを傷つけずに、その子の目と心にしみ込むように語りかけてあげましょう。


先生は「子どもをわかってあげる」プロです

 先生は子どもに「わからせてやる」プロだというのは勘違いですよ。子どもの、その時々の気持ちを謙虚に「わかってあげる」プロでありたいですね。しかし、先生もハタと困ったら、例えば保幼や小学校低学年のやんちゃ坊主なら、ひざの上に乗っけて、小学校中学年のわんぱく坊主なら、頭をなでてやりながら、
困ったねぇ
とつぶやきます。そのうちに、トラブった、その子の本音や、訳ありの事情が見えてきたら、
「つらかったんやね」
「がまんしてたんやね」
「くやしかったんやもんなぁ。そら、ムカつくわなぁ」

と、トラブルメーカーと呼ばれる子の気持ちを教師が代弁して言ってあげましょう。周りの子どもたちにも聞こえるように大きな声で言ってあげましょう。ただし、その必要があると感じた時だけです。あいづちを打つ子も出てきますよ。その子の興奮を鎮めるためにも、周囲の子にハッとさせる(自分らの言動がどうだったか気づかせる)ためにも、教室に悪者を1人もつくらないためにも有効です。


 気持ちはわかったので、いよいよ、その子がやってしまったよくない言動をしかります。
先生は、わたし(ぼく)の気持ちだけはわかってくれはった
と実感できた子は、多少厳しくしかられても、自分の尊厳(プライド)を否定されたとは感じないので、
ぼく(わたし)のことを大事に思って、しかってくれてはる
と、先生の言葉が胸にストンと落ちるでしょう。『毅然とした態度をとる』ということは、これらを全部ひっくるめて言うのだ(子どもをまるごと受けとめることだ)と、理解していない先生が、学校・園に、もし1人でもいたら、「うーん、困ったねぇ」ですよね。


立ち直りへの支援こそ、子どもの自立への第1歩

 学校・園でも家庭でも、知識にしろ技術(スキル)にしろ、子どもが獲得した量や正確さ、レベルの高さが最も評価されがちで、「ミスの少ない人間」を育てることに力が入る傾向にあります。過程(プロセス)が大切だと言うものの、結果・成果が全てというのが今の社会です。せめて校・園では、「失敗から立ち直ることの支援」に重点を置きたいですね。


 「失敗は成功のもと」の体験を共有させることです。小学校低学年の国語の音読です。挙手したA君、硬くなり読めません。周りの子は
「早く」とせかします。先生は
手を挙げたの、えらいね。一人じゃ緊張するもんなぁ」とA君に微笑みながら
なあ、みんな」と周囲にも同意を求めました。周りの子も
「わたしも緊張するわぁ」「ぼくもや」と相づちを打ちました。温かい雰囲気になりました。これでほっと安心できたA君は、次の先生の問いに挙手して指名され、今度は大きな声で答えました。新卒3年目の先生でした(びっくり)。この先生は、A君が挙手した意欲を
えらいね」と認め、読めなかったことは
緊張するもんなぁ」と支えながら、
なあ、みんな」と周囲にも共有させ、再度A君を指名して安心・自信・勇気→自己決定(自立)をうながしたのです。


 みんなの前でうまくしゃべれない子、みんなの前で話すのが苦手な子は、「うまく言えなかったら・・・」「笑われたら・・・」と思っています。過去にけなされたり、否定された経験があるのでしょう。学期前半は、そのこわばりをほぐしてあげる時期です。間違わない子は一人もいない、間違うことは賢くなるために大切、間違うことは勉強のよい材料等々、担任から日々具体的に発信します。ボソッと単語で発言したり、モゴモゴ言っちゃう子だって、気持ち(思い)はいっぱいあるはずです。だから、それをみんなに予想させて、その子の代弁をしてもらいます。
「○○君が言いたいことの続きがうかんだ人、いるかなぁ?」
「○○さんが言いたいのは、たぶん、こういうことやと言える人、いるかなぁ?」

というふうに、ボソボソ発言・モゴモゴ発言は、つまずきとして流すのではなく、みんなの発言をつないでいく貴重な出発点として評価してあげるとよいのではないでしょうか。こういう担任の姿が毎日毎時間見られるクラスでは、安心して発言しやすい空気が教室全体に生まれてきます。さらに、
「ちぇっ」「先に言われてしもうた」
というつぶやきが減り、みんながお互いの発言を聞き合おうとするムードが教室中に広がってくるから、担任の『ひと言』って大きいですね。


「子どもと向き合う6月の教室」より


カリカリしている子は自分が責められてると感じやすい

 トラブル発生、先生の第一声のトーンは高くなります。教室の緊張感が高まり、関係ない子も、びびります。
「こら、どうしたんや」「何やってんのや」「なんでやったんや」
いきなりこう言われると、火に油、プチッと切れてしまいます。大きなトラブルを起こした当事者の子は、まだカリカリ・プンプンしている状態ですから、なおさらです。
「ぼく(わたし)だけが責められている」「どうせ・・・」
と思い込み、よけい心を閉ざしてしまいます。だから、メッセージは短く伝えます。
「どうしたん?」「何かイヤなことがあったんか?」「誰にイヤなこと言われたんや?」
その子なりの言いぶんを言葉で語ってくれ始めたら、興奮の沸騰状態は、とりあえずストップできるといったところでしょうか。あとは、個別にじっくりと聞いてあげます。


「子どもと向き合う7月の教室」より


もしも、子どもが暴発してしまった時は

 入り授業の後、教科書をビリビリ破り始めた子がいました。理科の入り授業が終わったので、担任が教室へ戻ると、A君(高学年)が理科の教科書をビリビリと破り始めていました。目はすわり、涙もにじんでいます。
何かイヤなことを言われたんか?A君が教科書を破るなんて、よっぽどや」                                                                          
教科書を破っていることを頭ごなしにしかられず、優しく声をかけてもらって、A君は破る手を止め、涙をポロポロとこぼしました。そして、泣きながら理科の先生に言われたことをしゃべりました。A君に非があり、理科の先生に注意されたことがわかりました。その頃、友達関係で過敏な状態になっていたA君には、理科の先生の言葉は、一方的に責められているとしか受けとめられなかったのです。担任は、A君には、理科の先生がA君のことを心配して注意してくださったことを話しながら、三分の一ほど破れた教科書を預かりました。理科の先生には、A君の現状を伝えていなかったことをわびて,配慮をお願いしました。翌日の朝、登校して来たA君には、セロテープでベタベタに修理した教科書を手渡すと、A君はにっこりと受け取りました。
「先生、ありがとう。もう破らへん。大事に使うわぁ」


 いきなり90点のテスト用紙を破り捨てた子がいました。算数のテスト返しの時間でした。順番に名前を呼びながらテストを返していきました。すると、B君(高学年)が突然テストをビリビリに破ってしまいました。B君の目は真っ赤です。あっという間の出来事です。B君のテストは90点でした。B君に訳を聞くと、
お母さんが100点とらな、おこらはるもん
と大きな声でわめきました。学級のみんなも聞いています。90点以下の子がほとんどです。担任は、わざとみんなの前でB君をしかりました(保護者と担任が、ほぼ同年代だったから言えたのかも)。
B君が一所懸命がんばったことに値打ちがあるんや。結果が何点でも、また次がんばったらええんや。100点しか認めへんお母さんが間違ってはる。今日の夕方、家へ行って、先生がお母さんをしかったるさかい、もう泣かんとき
担任もでっかい声で一気に言ってから、クラスのみんなに言いました。                                                                        
みんなも、おうちの人にそんなこと言われたら、先生がおうちの人をしかったるさかいな。自分が一所懸命がんばったテストや。破ったらあかんで。くやしかったら今度がんばったらええ
すると、B君も落ち着いたのか、破ったテストを拾い集めながら言いました。
「先生、お母さんを家まで、しかりに来んといて。破らへんて約束するさかい」                                                           
後日、お母さんには結果だけでなく、がんばった姿こそ認めたってほしいとお願いしました。


担任が「困った子やな」と思うと、ほめる瞬間を見逃す

 いつも連絡帳なんかぜったいに書かないC君(低学年)は、なかなかじっとしていません。面倒な学習の時は走り回ります。教室の外へも逃げます。でも、教師が追いかけてくると、うれしそうな表情で逃げる子でした。テストの時は仕方なさそうに机にべったりダラ~ンと、うつ伏せになります。わからないから、教師につきっきりで世話をやいてほしいのです。昼休みは、友達と外で元気いっぱい遊べる子でした。お母さんが忙しくて、来ることができない参観日は、さびしそうな表情を見せるE君でした。発達検査が必要な子ではないのです。クラス全体も落ち着かず、立ち歩く子が数名います。担任の先生には、C君は「困った子」に思えてしまいました。C君と担任との間に細くてもいいから何かつながりが出来てきたらよかったのですが、なかなかきっかけがつかめませんでした。教務部からフリーの教師が交替で応援に入ることも増えてきました。


 ある日のことです。帰りの会です。C君が、なんと連絡帳を書いているではありませんか。応援に入っている教務部の教師はびっくりして、思わずC君のそばへ行き、
C君、がんばって連絡帳を書いたんやね。先生うれしいわぁ
と、頭をなでてあげました。C君、とびっきりの笑顔です。応援の教師はすぐに、教卓の所で、別の子の連絡帳に保護者への伝言を書いていた担任に知らせに行きました。てっきり担任の先生もC君をほめてくださると思ったからです。担任の先生はC君のそばへ行きました。そして、声をかけました。
「C君、連絡帳書いてるの、めずらしいわね」
応援の教師はあ然として、絶句してしまいましたが、
先生、ほめたってください
とお願いしました。担任の先生は、
「かしこいね。やったら出来るやん」

としか言ってくれませんでした。C君は知らんぷりをしていました。この先生は、細い糸でもいいから、C君の心と自分の心のつながりをたぐり寄せる、絶好のチャンスを逃してしまったのです。応援に入った教師もフォローの仕方を間違えた、C君にすまないことをしたと反省しました。応援に入る教師は、とりわけ気になる「困ってる子」と担任の先生との信頼関係を、再構築するお手伝いをするのが役割だと思うのですが、この担任の先生は「困った子」のお守り役と勘違いされていることが、わかりました。

「子どもと向き合う8月の教室」より

【2学期最初の日、担任は教室で「夏休み」について、どっちを聞くのかな?】
 夏休み明け、2学期スタートの日、子どもたちに問いかける「ひと言」が、担任によって2極化しています。
これは、子ども1人ひとりにとっても、クラスづくりにとっても、先生自身にとっても、長い2学期の大きな分かれ道になる「ひと言」だと言えます。                                      

 まず、何も考えなしというか、自分の言葉が子どもの心を傷つけても気づかない先生、子ども1人ひとりの気持ちに、心を全く留めない先生は、
夏休みの楽しかった思い出を発表してもらいましょう
と、お気楽なことを言います。


 夏休みにおうちの人にどこかへ連れて行ってもらった子は大きな声で発表できます。
でも、クラス全員がそうであるとは限らないことを、この先生は、何も考えていません。
どこにも連れて行ってもらうことのなかった子にとって、この時間は苦痛であり、発表したくない時間であり、早く終わってほしい時間になります。


 いろんな家庭の事情があります。
おうちの人が忙しかったり、病気だったり、不景気の影響だったり、様々な理由で、どこにも連れて行ってもらえなかった子だって、いるかも知れないと、予測して問いかける言葉を決められるかどうかで、担任の器(度量)が決まります。
例えば、赤ちゃん(弟か妹)が生まれた子は、どこにも連れて行ってもらえない場合の方が多いかな、お手伝いをがんばったんやろな、と予測できるかどうか、ということです。


 実際に、地蔵盆の準備の時、小学生のお父さん・お母さんたちが、
「せめて1回はどこかへ連れて行かな・・、海の安い民宿へ行ったで」
「うちは割引付きのプールのある温泉に行ったわ」
と言ってはりました。
これらは、連れて行けたから言える親の言葉でもあるのです。
うちは日帰り(しかも半日)のびわ湖でしたから、黙っていました。
「うちの子も泊まりがけで行きたかったかなあ?」と思いつつ・・。


クラスの子ども全員がよい夏休みを過ごせたかなと、本気で心を寄せる先生は、
夏休みに、すごくがんばったことを、言ってほしいな」                                                
夏休みに、いっしょうけんめいやったことを、聞かせてほしいな
などと、問いかけます。


 どの子も、自分なりにがんばれたことは何かなぁと思い出しながら、友だちの発表を聞きながら、考えることができます。
それは、つらいことではありません。
苦痛な時間でもありません。
みんなから拍手をもらえる時間、2学期もがんばるぞ、という動機づけの時間になります。
同時に、このクラスの一員でよかったなということを、どの子も再確認できる時間にもなります。
つまり、2学期の学級づくりのスタートを、この時点で、もうすでに始めていることになるわけです。


 さあ、担任の先生方、かなしい子をつくらないために、前者には絶対ならないでください。
楽しい思い出は、自分の心の中にしまっておけばいいのです。
このことに気づいた先生が学校・園に1人でもおられたら、全担任にこの話をしてあげてほしいと思います。
結果として、夏休み:自慢大会にしてはいけません
もし、夏休みのことを聞くのなら、ぜひとも、後者の問いかけをクラスの子どもたちにしてあげてください、と。1人ひとりの瞳が輝く2学期にするには、スタートが肝心だと心得ましょう。


「子どもと向き合う9月の教室」より


たった一人でも取り残されない取り組みを

 運動会や体育大会など、子ども全体を観察し、子ども全体に指示を出して、評価もすることが多くなる時期です。こういう時こそ、子ども一人ひとりの状態(気持ちの安定度)を見逃さないように、全職員で全員の子どもに(気になる子の共通理解も込みで)気をくばりたいものです。練習に気が乗らない子、転んでひざをすりむいた子、集合前に友だちからイヤなことをされた(言われた)子、前日欠席(見学)だったり、前日失敗したりして不安な子、集団で動くのが苦手な子、どうせ自分はダメだと投げやりになっている子などです。そんな子に、タイミングを逃さず、どんな思いに共感して安心させてあげるのか、どんな言葉をかけて励ますのか、その一瞬の判断こそ、担任の腕の見せ所です。担任として、同学年(同学年部)の先生としての真価が問われるところだっと言えるでしょう。


 と言っても、決して難しいことではありません。全体指示のマイクを握っていない先生がアンテナをはり、子ども一人ひとりの表情をよーく見て、ハッと気づいた時、とっさにどう動くか、どう連携するか、どう声かけするか、ということだけなのです。見事に対処する学年部先生集団の姿を何度も見ましたが、それをじっと見ている学年全体の子どもたちに与えるプラス効果は測り知れません。逆の姿を見せたら、信頼を失います。


 さらに、どの先生も同じ思いで、同じこと言わはる、と子どもたちが感じてくれるように意識したいものです。 毎日の1時間1時間の練習を、子ども一人ひとりが意味のあるものだと実感できるための3つのポイントも、保育士・教師間でいつも確認し合いたいですね。

1つめは、教室を出る時に語るか、(←集合場所・時間と練習内容ではイマイチ)

2つめは、練習を始める前に何を語るか、

3つめは、練習が終わった後に何を語るか、でしょうね。

この時間は暑かったけど、がんばってよかったなと、どの子も思えるようにもっていくことの積み上げが、本番へ向かう子どもの意欲的な心を育てるのです。


 運動会以外でも、子どもたちに、
「どの先生も同じ思いで、同じこと言わはる」
と思わせることは、生徒指導上いちばん大事なことかも知れません。とりわけ、学習に必要のない物を持ってきてよいかどうかの○×は、全担任が一致結束すること
下校集合時刻を守らせることの徹底は、全担任が一人で勝手に例外をつくらないこと、これらがおろそか(見て見ぬふり)になると、担任の指示が入らないクラスが出てきます。


教室で発想の転換ができるのは、担任だけです

 教室が授業中もざわつき落ち着きません。子ども同士もギクシャクしています。生活活のルールを乱す子も増えてきました。担任が情熱を持って、精一杯がんばっているのにです。これは、砂浜や雪道でタイヤがスリップして、アクセルを踏めば踏むほどタイヤが空回りするのと似ています。タイヤのスリップが学級の状況で、アクセルが担任の指導です。ギアをバックに入れてみたり、やさしくアクセルをそっと踏んでみて、タイヤをゆっくり回すと、脱出できる場合が多いです。ここには、アクセルを踏めば前進するはずだという常識からの、発想の転換があります。子どもたちには、教室でそんな発想の転換はできません。それをバッサリ「We Can Change」とできるのは、担任しかいないでしょう。


 しかる場面や制止する場面が増えてきた時、「だめ」と言う声のトーンでがんがん指導するだけの、アクセル全開状態は、担任自身が疲労困ぱいになります。教室で担任が無理なくできる発想の転換って、どうすればよいのでしょう。それは、担任自身の姿勢を、『点検・追及から共感・支援へ』180度転換するしかありません。


発想の転換その1
 担任(自分)の笑顔が減っていませんか。朝の出会いが勝負です。朝一番の担任が笑顔だと、子どもたちもホッとします。その日、担任の笑顔が多いと、子どもたちの笑顔も増えます。『教室に笑顔が広がる作戦』を練ってみましょう。朝の会が多少延びたっていいじゃないですか。心地よい時間と空間は、教室の空気をなごませ、ピリピリしている子どもの心から、トゲをぬきやすくしてくれるからです。この担任を支えるのが職員集団です。やれるのは二つ。一つは、この教室の前は素通りせずに中を通り抜け、良い所を見つけて担任に伝えること。もう一つは、放課後、担任と一緒に教室の掃き掃除をしてあげることを、毎日いろんな先生がすること。

他には、例えば、子どもたち全員を絵本の読み聞かせに集中させたかったら、
「みんな、(絵本が)見えているかな?」
と問いかけるのではなく、
「(絵本が)見えてない子は、いないかな?」
と聞くだけで、子どもの反応がちがう(見てない子に声をかける子が出てくる)と、保育のスペシャリストがTV番組で発言されてましたが、見事な問いかけだと、私も感銘いたしました(絵本以外でも使えます)。


発想の転換その2
 子どもをほめるための声かけを、わざと増やしてみませんか。授業中も休み時間も、掃除や給食の時も、バンバンお手伝いを命じて、その都度ほめる、という徹底的な『なんでもかんでもお手伝い作戦』です。子どもがかわいく見えてきます。

うちのクラスの子が、些細なことでも良いことをしたのを見かけたら教えて
と他の先生方にもお願いして、B4の紙を八分の一に切っただけのメモ用紙を配ります。
メモは職員室の私の机上にセロテープで貼っておいて下さい

この先生方のメモも、ほめる材料になるのです。子どもには、うれしいサプライズです。


運動会・体育大会後、生活リズムを取り戻す

 運動会や体育大会が終わると、子どもたちは気がぬけます。普段の校園生活のリズム・保育・授業のリズムになかなか戻れません。1間のうちでも要注意の時期です。次の三つの方法を学校・園全体でやってみませんか。


 どの子も保育・授業の見通しを確実に持てる方法は、45分授業の流れを黒板の隅に板書するのです。例えば、小学校中学年の国語です。

①新出漢字
②漢字ドリル
③音読
④ことばの意味調べ
⑤早くできた人は読書か自由帳
というふうに、どの子も黒板を見れば、何度でも学習の流れを確認することができます。聞くことに集中するのが苦手な子にも喜ばれます。シンプルな方法ですが、学習のリズムや学習の習慣が、早く取り戻せます。もちろん漢字ドリルの何ページなのかも、音読の範囲も、意味調べをする言葉の数は何個なのかも、添え書きしておきます。


 どのクラスも担任にほめてもらえるクラスになる方法はあります。リズムが取り戻せず、担任からしかられることの増える時期です。くずれるクラスを出さないために、全職員が少しずつ助け合う(負担はわずかな)ことで実現可能な方法です。この方法を取り入れながら学校の荒れを立て直した中学校も、県下に何校もあります。それは、簡単に言えば「よかった探し」「キラッと見つけ」です。職員室の数カ所にメモ用紙を積んでおきます。登下校、朝自習、休み時間、掃除、など、自分の担任じゃないクラスの子がよいことをしたり、ステキな姿を見せたりしたのを見かけた時は、メモに書いて職員室の担任の机上にセロテープで貼っておくだけです。名前を知らない子なら、ほめながらクラス名を聞きます。担任以外の人がほめる材料を提供するわけです。担任はそれを教室でほめます。担任にも担任以外にもダブルでほめられるのですから、効果抜群です。


「子どもと向き合う10月の教室」より


担任の仕事は超忙しすぎて、クラスの一人ひとりの
   子どもの心とじっくり向き合う時間がとれない!】

 1人1分、40人なら40分で、一人ずつ個別に向き合う時間がとれる方法が一つだけあります。仕事を増やすようで心苦しいのですが、これこそ、全員の子どもとつながれる一番の近道なのです。慣れてきたら、1人30秒、40人20分でできます。帰りの会で子どもたちが「ひと言日記」を書く時間を5分間とり、担任が職員室か家でひと言ずつコメント(赤ペン)を書き、翌日の朝の会で返す、このくり返しです。1分間だけですが、どの子どもとも日記を通じて、真剣に向き合えます。


 時間がないなら、帰りの会を5~10分早く始めたらよいだけです。やっておられない先生方は、今からでも、だまされたと思って、試してみてください。子どもが思ったことを1行でも書き、担任がそれに返事をひと言だけ書きます。書かない子もOKにして、白紙の日記にもコメントを書きます。担任に余力があれば、学級通信で友だちの日記(本人の了解済みのだけ)と担任のコメントを読み合います。


 めんどうで地道な取り組みですが、継続すればするほど、全員の子どもとの信頼関係が確実に深まります。文章を書くのが下手で、日記なんて嫌がる子どもたちが、まずスタートラインです。一見つまらなそうな日記でも、その子の「心」が伝わってくる所に光を当ててやるコメント(短くほめる)をちょこっと書くことから出発します。これは「心」と「心」のキャッチボールです。「心」がないと、お互いにつまらなくて、面倒くさい労役になります。大事なのは「心」だから、よい文を求めず、説教なんか書かず、その子が書いた事実に即して、その子と対等に、その子に共感するコメントを心がけたいものです。まあ、直感です。その子のその日のステキな姿が浮かんだら、しめたものです。日記は指導じゃなく、担任がおもしろがり(心を動かすという意味で)、子どもも読んでもらえることをうれしく思う、そんな関係づくりではないでしょうか。短いラブレターなのかも知れません。


息の長い取り組みなので、無理はせず、週1回でもいいし、書かない子がいても、コメント(その日、その子の印象に残ったことを短くほめる)だけ書いてあげたら、そのうち子どもも書いてくるだろう、というぐらいの、のんびりした進め方でいいかなと思います。日記帳は、国語か作文ノートを裁断機で半分に切った大きさでしょうか。

子どもに聞かせたい、ちょっといい話(5つ)】


 何年も前の朝日新聞【天声人語】に「短い話をいくつか」というのが載っていました。

子どもたちは、どの話に心をひかれるでしょうか?


◎電車に乗っている小学校低学年の男の子とその父親(母親)。

お年寄りが一人、乗ってきた。

座っていた父親(母親)が、すぐに席をゆずった。

「お父さん(お母さん)の知っている人?」

と男の子。父親(母親)は答えた。

「人生の大先輩だよ」

◎彼女は学校でいじめにあっていた。

周囲はみな傍観している。ある日、机の中に手紙があった。

「独りだと思わないで。みんな言葉にできないだけだから」

「ファイト」のメモも。

「わかってくれている人がいる」との思いが、彼女を支えた。


◎満員電車で、赤ん坊が泣き出した。

険しい視線が母親に集まる。

と、年配の女性が母親に話しかけた。

「眠いのかしらねえ」

母親は

「うるさくてごめんなさい」

と謝る。女性は続けた。

「何を言ってるの。一番大変なのは、あなたじゃない。お母さんが一番つらいのよね」


◎北海道の広い道。おばあさんが渡っているうちに、信号が赤になる。

寄りそうようにしていた小学4年くらいの男の子が、片手をあげ、止まってと車に会釈した。

おばあさんが渡り終えた。男の子は野球帽をとり、ペコンとお辞儀をした。


◎カキ、モモ、ビワ、・・・・。歩道沿いに果樹が並び、それぞれの季節、たわわに実る!

土地の持ち主のおじいさんが、学校の行き帰りに子どもたちが自由にとれるよう、植えたのだ。

木々の下の手入れされた花々も、人々を楽しませる。


 どの話も、心があったかくなる話です。

子どもたちに聞かせたら、どの話に心をひかれたのか、聞いてみたいと思いました。

子どもたちと日々そんなやりとりを重ねると、教室の空気もじわじわと温かくなることでしょう。

                                                             

「子どもと向き合う11月の教室」より


先生の役割は子どもに「問いかける」こと。「考えて答えを出す」のは子どもです

 子どもが、いつもとちがう様子です。どうすれば?教室で友だちに、からかわれたり、ちょっかいを出されたりした時、しょんぼりしたり、泣いたり、怒りをこらえたり、八つ当たりをしたり、逆ギレしたり、子どもは普段とは違う状態になります。例えば、そんな理由で荒れている子を見た時、いきなり、
「こらっ!」「何してんのや!」「やめろ!」
と声をかける先生って、保幼より、小中の方が多いですね。


 「こらっ」というのは、目の前で荒れている行為について、「だめやろ」という答えだけを先生が勝手に決めつけてます。いつもと違う子どもの姿に「あれっ?」と感じた瞬間、先生はとっさに、                                                

「どうしたん?」何かいやなことがあったん?」

と、その子の気持ち(荒れている理由)を聞いてあげることが大切です。言いかえれば、『問いかける』のです。わけを言ってくれたら、

「よく言ってくれたね。ありがとうな」
「くやしかったのを、ぎりぎりまで、がまんしてたんやね

と、その子の気持ちを受けとめてあげたことを、その子に言葉で伝えます。そして、

「怒りの気持ちは心の中にためないで、言葉で体の外に出す(信頼できる誰かに聞いてもらう)ことが、自分自身のために大事なんだよ」

「先生が絶対守ってあげるからね

という心に響くメッセージを、その子の発達年令にぴったり合う言葉で伝えます。友だちをからかったり、意地悪をしている子を見た時も、
「こらっ」からは入りませんが、「遊んでた」という言い訳は見逃しません。指導で大事なのは、した子が、された子のつらい気持ちに気づいてくれるかどうかです。つまり、心の底から、「わるいことをしたな。すまなかったな」と思い、二度と同じ過ちをくり返さないぞと思える子に育てるための指導だからです。

どうしたん?」から入り、どう声かけをするかは、瞬間的にどう感じ取れるかに、かかっています。頭で考えて、AかBか判断してからでは、対応が一瞬(ワンテンポ)遅れます。過去の経験から判断するのではなく、目の前にいる子どもの姿が出発点と思い、子どもに寄り添い始めると、だんだん感じ取れるようになってきます。


 子どもを『監視カメラ目線』で見ていると、「こらっ」になります。ふだんから、子どもを『共感カメラ目線』で見ていると、「どうしたん?」と言いながら、瞬時に子どもの心を感じ取れる先生になれます。


「子どもと向き合う12月の教室」より


子どもの変容を願うなら、まず先生自身が変わること

 クラスに、何度言っても、学習に集中できない子、友だちにちょっかいを出す子が複数いるとします。この指導が入りにくい段階から抜け出すにはT(先生)とC(子ども)一人ひとりの関係づくりから出直すことによってのみ、改善への第一歩が踏み出せます。Tの関わり方が変わらなければ、Cは変われません。『トラブル→しかる』くり返しの悪循環から抜け出すチャンスは、Tが意図的につくるしかありません。Tの姿勢が変わらなければ、どれだけ熱心に指導しているつもりでも、Cの心はどんどん離れていきます。Cには、『びびる時もあるけど、信頼できる先生』ではなく、ただの『こわいおっさん』『口うるさいおばさん』にしか見えなくなってしまうのです。


 チャンスは、1日の中で、こんなにあるのです。朝が最大のチャンスです。
おはよう。元気か
と声をかけて教室で迎えて、頭をなでであげたりします。低学年はスキンシップも大切で、女の先生なら、抱っこしてあげたり、ひざの上に乗せてあげたりします。男の先生は、ハイタッチがいいでしょうね。
今朝も君に会えてうれしいよ
というメッセージが子どもの心に届くように、あれこれやるわけです。


 給食も、チャンスです。各班で机を向かい合わせて食べるクラスがほとんどですから、今日は1班、明日は2班、明後日は3班・・・というふうに、先生も子どもたちのそばで食べることを続けます。好きな食べ物や、きらいな食べ物など、気楽なおしゃべりをしながら食べていると、子どもとの距離がじわじわと縮まります。


 昼休みも、よいチャンスです。どれだけ忙しくても、せめて週1回は子どもの遊びの輪に入ってやってほしいなと思います。子どもたちも、それを願ってます。その願いがかなわないことがわかると、子どもたちはあきらめます。あきらめると、子どもたちは先生に期待しなくなります。期待しなくなると、子どもたちは先生の言うことも聞かなくなります。


 毎日でなくてもいいし、せめて昼休みの半分・3分の1・4分の1(年令・体力に応じて)だけでも、なんとか時間をやりくりするのは、自分と子どもたちの関係づくりのためだと思いましょう。


 プロ野球選手やサッカー日本代表選手も、初心に戻って、基本を大切にします。
先生の初心は子どもを好きになること、先生の基本は子どもと遊ぶこと(授業を成立させる土台の関係づくり)だということ、忘れたくないですね。子どもとの心の距離が一気に縮まります。


 掃除の時間も、絶好のチャンスです。さぼっている子がいたら、ビッグチャンスです。
「何してんの!今、何の時間や思てるの!」
では、モグラたたきをしているだけです。今こそ『スモールステップを与えて、やりきらせて、ほめる』材料がいっぱいです。                               
「A君、いっしょに机を運ぼ!いっせーのーで」→「ありがとな」

「Bさん、ここ、ほうきではいてくれる」→「うれしいな」

「C君、Dさん、E君、雑巾がけ頼むわ」→「きれいになったねぇ」

「F君、バケツの水かえてきて」→「先生、うれしいわぁ」

「さあ、みんなで机を運ぼう」→「みんなのおかげ、大助かりや」                                                     

という感じで、15分でほめてもらえる子は20人以上になります。こういう苦労は、花の水やり感覚です。


 保幼や低学年における連絡帳の返事書きを、チャンスにしている先生もいます。その日の、子どものステキな姿をこまめに連絡帳に書いておられました。この子どもは、きっと家でもおうちの方からほめられ、親子で先生のステキなところの話もしているのだろうなと思います。先生が子どもをかわいく思え、好きになると、子どもも先生を好きになっていきます。これを意図的にしようとするのが、保育や教育の基本中の基本ではないでしょうか。


担任からのSOS「授業が成立しません!」】

 これは、要因・状況がケース・バイ・ケースですから、原則だけ、全教職員の心がまえだけにしぼって、紹介したいと思います。今回は、小学校の中規模校で3年生以下の1学級からSOSという想定にします。5年生以上では、応援に入る教師が学級の子どもたちとの人間関係を築いてからでないと、担任も含めて教師への信頼回復への道筋がつけにくいからです。4年生がどちらなのかは微妙なところです。


授業の応援に入ってもらう担任の心得
 担任は、応援に入ってもらう目的を、教室の空気を新鮮にしようと試みる担任への支援だと受けとめます。応援は「困った子」のお守り役だと勘違いすると、教室のザワザワは消えません。担任は応援教師と共に「掛け合い漫才」をするつもりで、授業を進めます。応援教師がボケ役、担任がツッコミ役です。打ち合わせはなし、ぶっつけ本番です。ア・ウンの呼吸です。担任が発問して、応援教師を指名します。応援教師はわざと間違えます。これがボケ役の大事なところです。子どもたちを「ちがーう」と学習に集中させるためです。


 また、担任の位置からは見えない「子どものキラッと輝く姿」を発見した応援教師は、担任に合図を送ります。そくざに担任はどしどしほめます。そこで、担任の笑顔が増えてくると、子どもたちは徐々に安心感につつまれていきます。そうなると、邪魔をする子はだんだんと減っていきます。つまり、授業を柔軟かつどっしりと進めるため、応援教師の存在を生かすということです。


 ベテランの先生ほど、「We Can Change」、今までの学級づくり&授業スタイルの変革に取り組む勇気を持ち、プライドを捨てることです。私も38才の時です。1度プライドを捨てました。目に見えることでは、係活動の常識を打ち破ることから180度変えました。今の私なら「できた人?」「わかった人?」という問いかけをやめます。そして、「困っている人は言って」という言葉がけを中心に授業を進めるスタイルに転換することに、チャレンジしてみたいと思います。担任から見て「困った子」が、「その子自身が困ってやる子」なんや、と思えるようになり、その子がかわいく思えてきたら、自分自身の向き合い方が「I Can Change」できた証拠です。私も1年かけて39才の時に、そう思えることがなんとかできました。多くの先生方に支えられて。


授業の応援に入る教師の心得
 応援に入る目的は、担任の授業に集中する子を増やすためです。「困った子」を怒鳴るために入ると、永遠のもぐらたたきから抜け出せなくなります。見張り役だと勘違いすると、担任の手助けにはなりません。担任の発問に「はい」と挙手して「○○です」と間違った答えをわざと言うのもいいでしょう。子どもたちは「ちが~う」と反応し、挙手する子が増えます。こんな形で応援に入るのです。そして、普段は何もしようとしない子が、教科書を開いたり、ノートを書いたりした瞬間、担任に合図を送ります。その子を担任にほめてもらい、その子と担任の関係を再構築するためです。


 ですから、あくまでも黒子に徹しながらも、教室に明るい子が1人増えたパフォーマンスの役割を応援教師は担います。集中していない子のそばに行って、そっとスモールステップを与えて、やらせて、そっとほめます。そして担任には合図を送って、「担任がその場で笑顔と大きな声でほめる」ように促すアシスタント・ディレクター役になりきるのです。担任と子どもがいい関係になるお手伝い、それが応援なのではないでしょうか。


授業の応援に入ることができない教師たちの心得
 自分の教室へ行く時、その教室の中も、「おはよう」と、通り抜けます。ほめる材料が見つかればラッキーです。その場でほめて、後で担任にも、「A君が~していたので、ほめてやってください」とお願いします。フリーの教師は朝自習の時、その教室へ交替で行き、スモールステップ作戦をして、担任に、「Bさんが~してくれたので、ほめたってください」と伝えます。放課後は交替で、担任と一緒に教室の掃き掃除をします。授業の成立しない学級は、教室がゴミも机の配置も雑然となるものです。それを担任1人でしていると、孤独感を感じます。担任1人で背負わない学校でいてください。


 全教師で子ども全員を育てるのが学校ですから、1人で抱え込まないことです。1人で対応できずに困った時は即、上司・同僚に、「助けてください」と言いましょう。それは、自分のため=子どものためなのです。


「子どもと向き合う1月の教室」より


【授業における、ご自身の話し方に改善の余地があるなら、それは何でしょうか?】

 過日、40才過ぎの教え子から

「先生はいつも授業で演説してたなぁ。説教も長かったでぇ」

と言われてしまいました。

発問はともかく、細かい問いの連発、問いに対する子どもの発言に必ず言葉をはさむクセ、その時間の本題に迫る発言が出ると、それを引き立てることをしゃべり出すクセ・・・子どもの発言が減り、子どもの発想・疑問・発見が出にくい源は、なんと、担任の私自身でした。

今だから言えますが、あれもこれもと、よくばりすぎると、子どもに一番伝えたいことが、ぼやけます。

前時のふり返りや、授業の導入はシンプル(無駄を削る)にしたいものです。

授業者が長話することで、かえって話の聴けない子をつくってしまう・・・反省です。

【子どもが聴きやすい教師の話し方とは、どんな話し方でしょうか?】

 子どもの目を見ながら、ゆっくりと間()をとりましょう。

話すことに夢中だと、子どもがどんな思いで聴いているのかを、感じ取ることが、おろそかになります。

子どもが話を聴けているかどうかは、1人ひとりの目を見ればわかります。

子どもが自分に語りかけられていないと感じたら、聴こうとする意識が弱わります。

ですから、いろんな子の顔を見ながら話すと、子どもは自分にも話しかけられているという感覚が芽生えます。

すると、先生も子どものちょっとした反応、表情のわずかな変化に、気づけるようになります。

そして、子どもとのつながりを大切に思うことで、

子どもと先生の間に心と心の通い合い(相互作用→信頼関係)が生まれます。

先生方は、どう思われますか?


【ふだんの授業では、どこを見ながら子どもの発言を聴くとよいでしょう?】

 教師とは、正しいことを早く教えたいと思うあまり、少しでも沈黙の時間があると、あわてて何か言葉をはさみ、そのうちにその子どもから言葉が生まれる前に他の子どもに発言を求めたり、予定したことを急いで教えてしまったりするものです(私語につながる沈黙と、学びにつながる沈黙とでは、違いますよね)

教師という仕事は、次の発問、残り時間、想定した発言を言ってほしい思いなどがあるため、

発信すること(話す)より受信すること(聴く)が弱いかも知れない仕事だと自覚しておきたいものです。

プランどおりに進めるのが、必ずしもよい授業とは限りません…。


【子どもの言葉を受けとめる教師の聴き方とは、どんな聴き方がでしょうか?】

 早くわからせたい(こう考えさせたい)と、急いで子どもの発言を聴かないことでしょうか。

子どもの多様な発言を聴くことを楽しみにしましょう。

その意識が、さまざまな子どもの考えを受けとめる心の準備になります。

子どもの発言1つに、あわてて反応してしまわないようにするのが、よいのではないでしょうか。

ただ、忘れてはならないことが、話すのをガマンする先生の顔は、固い表情になりますが、子どもの言葉を聴くことを楽しむ先生の顔は、柔らかな表情になります。それが子どもにも安心感を与えます。

子どもは表情でも身ぶりでも語っています。

その子にしてみれば、自分を見て聴いていてくれるか、見てくれていないかの違いは、大きい問題です。
子どもの話す意欲、伝える喜びを感じるかどうかの分かれ目になります。

発言する子と目を合わせつつ、聴いている子どもたちの様子も視野に入れ、子ども1人ひとりから発信される「つぶやき」などを受けとめる先生の聴き方こそ、聴ける子どもを育てる土台になり、日々の授業の質は、先生の聴き方に左右されると言えるでしょう。

以上、「子どもと向き合う1月の教室」は、石井順治先生から直接教えていただいたことばかりでした。


「子どもと向き合う2月の教室」より
                                            


【とっさの対応…私などにはなかなかできませんが…

 ずっと以前に、何かの研修の時にもらったプリントが出てきました。

よほど残しておきたいと思わないかぎり、即日、ゴミ箱行きです。

ですから、残しておくほどなので、おタカラかなと思いました。

ちらっと見たとたん、紹介したくなりました。

フィクションではなく、実話です。

『 授業中だった。

元気者の女の子が急に立ち上がり、窓際へ行き、水の入った花瓶を持って、

「先生、水を替えてきます」

と言って歩き出した。そして、自分の席の前に来た時、突然つまずいた。

そして、座席に座っていた大人しい女の子のスカートに、花瓶の水を全部こぼしてしまった。

水をこぼした元気者の彼女は、その子に必死に謝った。

花瓶の水をかけられた大人しい女の子は、黙って泣いていた。

だが、その子は水をかけられて泣いていたのではなかった。

その子はトイレをガマンしきれず、おしっこをもらしたので泣いていたのだ。

でも、みんなは知らなかった。

そのことに1人だけ気づいた後ろの席の彼女は、すぐ行動にうつした。

その子のスカートに、実は花瓶の水をわざとかけたのだった。

おしっこをもらしたことを周りのみんなに気づかれないようにするためだ。

元気者の彼女は自分を悪者にしてまで、その子をかばったのである。

周りのみんなからは

「授業中に何やってんだよ」

などと非難の声を浴びたが、ひと言もその事実を語らなかった。

先生も後になってから、おしっこをもらした子から、その話を聞いたそうだ。』

 以上です。

これこそ0,1秒の瞬間的な対応ですね。

と言うより、柔軟で大胆かつ冷静な動きと言えます。

おもらし→花瓶の水→カモフラージュ、ふつうは到底思いつきません。

いわゆる「とっさの危機管理対応」のお手本です。

それを子どもがやったというところに、驚かされました。

級友のおもらしのことを、ずぅっと絶対に話さないというところがステキです。

こんな、とっさの対応は、私たち大人でも、なかなかできるものではありません。

でも、読んでいて、何かしら心がじんわりと温かくなりました。


【自分のミスを自分でフォローした車掌さん】

 阪急電鉄の梅田(JR大阪駅の地下)行き電車に乗っていた車内での出来事です。次のような話です。

『 梅田駅のひとつ手前の駅が近づいて来た時、車掌さんが車内アナウンスをしました。

「次は、うめだ~。次は、うめだ~」

車内のお客さんたちはみんな、「車掌さん、間違ってはる。梅田は、その次や」と思ったそうです。

そのまま、ひとつ手前の駅に到着しました。

車掌さんから、間違い訂正のアナウンスはなかったそうです。車掌さんは、言い間違えたことに気づいてないのでしょうか。

次がいよいよ、本当の梅田駅です。電車が出発しました。車掌さんが車内アナウンスをしました。

「次も、うめだ~。次も、うめだ~」

車内のお客さん、その瞬間、一気に大爆笑の渦につつまれたそうです。』

 さすがは大阪、ユーモアたっぷりの車掌さんもいるのですねぇ。

自分の言い間違いを自分でフォローするって、なかなかできることではありません。

その場の乗客のみなさんの様子が浮かんできます。

ラジオで紹介された実話ですその電車に乗り合わせたかったなぁと思いました。

同時に、自分もそんな気転のきいた「ひと言」が言えたらなぁとも思います。


【中学校で漢字の読み方のテストがありました】
 この話も大阪で、何かの応募で選ばれた作品です。

『 中学生の娘が笑いながら国語のテストを見せてくれました。先生のコメントが最初に目に入りました。赤ペンで「職員室中、笑い転げました。涙を流す者もいました」と。

ユニークな娘ですが、いったいなんで?テストの問題は「【憤り】にフリガナを」、正解は【いきどおり】。それを娘は【ふんづまり】と書いているではありませんか。

笑いがこみ上げてくると同時に、恥ずかしいやら、みっともないやらで、みんなで大笑い。

娘は今、保育士さん。』

 このお母さんも、先生も、娘さんのことを決してバカにして笑ったのではありません。

こらえきれずに、思わず吹き出して、笑ってしまったのでしょう。

【憤】の音読みは、たしかに【憤慨する】の【ふん】なのですから。

それを娘さん本人が笑いながら、お母さんにそのテストを見せるというのが、あぁステキな親子関係(家庭)だなぁとつくづく思いました。

人のミスを言いふらすのではなく、自分のミスを、

「エヘヘ、ドジっちゃった」
と笑い飛ばす…教室を和やかな空気にする(その場の潤滑油になる)貴重な事例でした。 


「子どもと向き合う3月の教室」より


おじぎで気持ちをとどけよう

 きれいな礼をするのが難しいのは、礼をしている自分の姿が、自分には見えないからです。                                 
礼のコツをどのような言葉で伝えると、子どもにわかりやすいでしょうか。
頭だけ下を向く子、上半身だけ礼をしても顔だけ前を向いている子、さまざまです。
いろいろ試してみました。
その結果、次の言葉が、子どもたちにイメージしてもらいやすかった気がします。

礼をする時、頭を下げるというより、腰を後ろへスッと引くと、きれいにできるよ

いっぺん試してみてください。

卒業式前日準備は、5年生を全校の先生方で育てる日

 組織的な学校は、このチャンスを逃しません。小学校なら5年生が、体育館から玄関・廊下・教室、校舎外まで分担して準備します。全校の先生方が分担して、5年生と共に前日準備をします。最初、5年生を全員集めた時に先生が何を語るか、分担場所で各先生が何を語るか、そして終わった時に分担場所の各先生がどのような言葉で5年生のがんばりをねぎらうのか、最後に5年生を集めて先生が全体評価として、どのようにねぎらうのかを大事にします。5年生が、「準備をがんばってよかったな!」明日から最高学年として「よーし、やるぞ」という気持ちになれるようなことを、どのように語るかで、明日からの5年生1人ひとりの動き(気持ち)が断然ちがってくるからです。                      


 とりわけ、最後に評価をする先生を1人ではなく、多くの先生が評価の言葉を言う習慣になっている学校ほど、全員の先生で5年生を育てる大事な日という位置づけがなされています。たくさんの先生からほめられた子どもたちのモチベーションは当然アップします。中学校だと2年生になるのでしょうか。「はい、終わった。ご苦労さん」だけでは、もったいない!がんばった苦労をねぎらわれ、心からほめられた喜びが、やってよかったという充足感を生み、子どもたちの次の年への意欲につながり、最高学年への自覚を持つ第1歩になるという教育の原則をふまえ、具体的にほめることを、忙しさに紛れて、肝心な時に忘れてはいけません。卒業式の準備も、後片付けも、入学式の準備も、後片付けも、ワンチャンスだと言えるでしょう。


 指導・説諭・反省文のくり返しは、もぐらたたきに終わります。年度始めこそ「授業改革」(クラスの人間関係づくり)を核にした「学校づくり」の再構築にとりかかる最大のチャンスなのです。学期始めもチャンスと受けとめ、学年部のチームワーク、全教職員のチームワークで、子どもたちと誠実に向き合いましょう。私も以前、高学年が荒れた年は、職場全体が最も苦しい状況でしたが、そういう時だからこそ、全校の子どもたちのために、全職員で助け合いながら、分担しつつ真正面から子どもたちに向き合いました。

卒業式にハプニングはつきものですが…

 式練習が何回かありますが、式練習で大事なのは先生方の立ち位置です。

やはり、学年の子どもから見える位置にいて、どの子の表情も見守ってあげると子どもも安心できます。
いよいよ当日です。

△ワイヤレス・マイクが本番途中で電池切れ。予備マイクも必要ですが、前日に電池交換しておきます。

△雪と低温のため、体育館入り口付近のコンクリート(床面)が凍っていたら、塩化カルシウム(公立なら市町村役場でもらえるはず)を使う方法(素手で触らない)もあります。管理職と要相談でしょう。

△前日のリハーサルではあった、卒業生のイスが1つ足りません。

当日の朝、数を最終点検するか、最初から、予備として1脚増やして並べておけばいいでしょう。

△計算どおりに並べたはずの保護者のイスが大量に足りない事態が起こったこともあります。

理由は、1人の卒業生に保護者が2人来られたからです(入学式になると、保護者+祖父母も)。

△卒業証書授与、1人目の時、証書授与と表彰状授与を勘違いした来賓が拍手したのにつられて、保護者や在校生まで拍手してしまったら、呼名をしている担任が、

「心のこもった拍手をありがとうございます。これから次々と卒業生の名前を呼びます。

卒業生の返事『はい』が拍手で聞こえなくなりますので、心の中で拍手してください。

そして、最後の卒業生の時に、名への大きな拍手をお願いします。呼名を続けます」

と、お礼とお願いを述べて、厳粛な卒業証書授与を続けましょう。

△担任が呼名する時、名前を読み間違えることも、たまにあります。

担任ですから、思いに浸ってしまうからです。

担任は思いに浸らず、呼名だけに徹しましょう。

担任の呼名は、姓と名の間を一瞬あけて読むのが、それを聴く卒業生が「はい」と返事しやすいし、保護者にも印象深い呼名となるでしょう。


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by takaboo-54p125 | 2017-04-01 06:04 | 保育・教育