2012年 04月 28日
「ボクの点が悪いせいで学校がなくなるの?」アメリカ合衆国からの貴重なアドバイス
2012年3月4日(日)朝日新聞3面に「落ちこぼれゼロ 夢の果て」という記事が載っていました。少しだけ紹介します。
『・・ブッシュ前政権が10年前につくった「落ちこぼれゼロ法」。教育から格差をなくすという理想を掲げて学校に競争と淘汰を導入したが、成果が上がらず見直しを求める声が強まっている。どこでつまづいたのか。
1月、ニューヨーク・ブルックリンの高校で開かれた教育委員会の傍聴席は、
「Disaster Decade(厄災の10年)」と大書きしたパネル・・約200人で埋め尽くされた。議題は、学力が上がらない公立学校8校の閉校。ブッシュ政権が貧困世帯の低学力対策として導入した「落ちこぼれゼロ法」による措置だ。同法は学力アップにノルマを課し、果たせない学校は退場させる。・・高校の体育の教師クリス・ゲイリーさんは、
「市はテストの数字を基に教師を責めるばかり。貧困家庭の子どもの状況は何も改善されていない」と怒る。参考人として意見発表した5人の子どもの母キム・アービィさんは、
「学校はテストのための勉強ばかり」と不満をぶつけた。
毎日同じCDを流して単語書き取りと計算ドリル。英語と数学の授業が増え、音楽、美術、体育は削られた。
「子どもは機械的な学習に飽き飽きしている」・・
市内の公立小中高校1750校のうち、テストの成績などが基準に達しない150校が閉校になった。統廃合対象になった高校の教師エリザベス・ボウイスさんは、
「教師たちは追い立てられ、疲れ切っている」と嘆く。・・
「大阪は大変なことになってるわね」。ニューヨーク市立大学のダイアン・ラビッチ教授は開口一番、そう言った。ブッシュ政権の教育調査官。大統領から「すべての子どもに基礎学力をつける」という理念を聞いたときは感激したという。
「でも現実はそうはいかなかった」。4年後から反対に転じ・・。
教授は、米国での失敗の理由を2つあげる。
1つは、学力の低い子ほど、最寄りの学校で、家の事情も知る慣れた先生に教えてもらいたがる現実を無視したこと。落第と判定された学校でも、転校を希望する保護者は数%、全国の学校を歩くと
「ボクの点が悪いせいで学校がなくなるの?」
と多くの子に聞かれた。
「学校のランクづけは下位の子の自尊心を傷つけ、やる気を失わせた」
もう1つは、ノルマを果たせない学校の改善支援がうまくいかなかったこと。教育技術を学んだ優秀な教師を送り込み、テストの点を上げる反復練習をくり返した結果、一時的に点は上がった学校もあった。だが長続きしなかった。大学入学時に科学や歴史の基礎知識が足りない子も増えた。
「テストのための教育が広がり、かえって自分で考える力を失わせてしまった」・・
格差を是正するには、予算をかけて教員をふやし、きめ細かい多様な教育をする以外にない。
「競争による学校や教員の淘汰は行き詰まる。それがアメリカの教訓です」・・
批判の高まりを受け、オバマ大統領は1月の一般教書演説で
「テストのための教育をやめよう」
「教員を責めるのはやめよう」
と宣言。教員確保や、学区ごとの福祉・教育支援に予算をつけ始めている。』
記事の抜粋は以上です。
私たちは、10年前のアメリカ合衆国:教育政策の失敗から、何を学ぶべきなのでしょうか。ブッシュ政権の教育調査官だったニューヨーク市立大学のダイアン・ラビッチ教授の言葉からも、オバマ大統領の言葉からも、そして、他の誰の言葉より、
「ボクの点が悪いせいで学校がなくなるの?」
と教育調査官のダイアン・ラビッチ教授に言ったアメリカの多くの子どもたち(自尊心を傷つけられ、やる気を奪われた子どもたち)の、きわめて重い「ひと言」からも・・・。この悲痛な「ひと言」を子どもたちに言わせたのは、教育をサービス(競争と淘汰)と捉えた大人(教育政策の推進者)です。このアメリカ合衆国の教訓から、私たちが同じ轍を踏まないために共通理解しなければならないことがあります。それは、教育は単なる地域住民へのサービスの1つではなく、親と学校と地域・教育行政の3者によって「責任を共有し合う」のが学校教育であるということです。
その「責任を共有し合う」ことを土台にし、対話・安心・信頼・意欲・学びを柱にした日本発の「協同的な学び」を、アジア各国の教育関係者が学校教育へ積極的に採り入れました(現在進行形)。その結果、国際教育到達度評価学会(IEA)が小・中学生を対象として行う国際学力:数学・理科教育動向調査(TIMSS)においても、経済協力開発機構(OECD) による国際的な生徒の学習到達度調査( PISA)においても、日本を追い抜くアジア各国の躍進ぶりには目を見張るものがあります。
TIMSSは学校で習う内容をどの程度習得しているかを見るテストで、PISAは学校で習った知識や技能の活用能力を見るテストと言われています。いずれも、その国の教育で、子どもたちが将来社会に参加し、社会の一員として自ら考え、生活していく力を育成できているかを、あくまでもテストという側面から見る調査です。つまり、そのテストの点数アップだけを目指しても、対話コミュニケーション力などの総合的な生きる力はつかないということを、今回、アメリカ合衆国からアドバイスしてもらったと、受けとめる必要があるでしょう。
10年前に始まったアメリカの苦悩は、イギリスでも1990年代になる前に、サッチャー首相が教育予算削減で試みた苦渋の歴史と重なります。その結果も、同様に格差の拡大で終わりました。今、イギリスでも、この改革は失敗だったと、マイナスの評価がなされています。かつてのアメリカやイギリスのような「ボクの点が悪いせいで学校がなくなるの?」と子どもたちに言わせた過ちを、日本で再びくり返す地方自治体がないことを心から願います。