「協同的な学び合い(聴き合う学び)」の源流のひとつ:それは滋賀県の小学校でも「種」がまかれ「花」を咲かせていたのです

この夏に大津プリンスホテルを会場として開催された「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」の授業セミナーに参加した先生が、「全国からの参加者は多いのに、地元滋賀県の参加者が少なかった」とこぼしておられました。(実践校が他府県より少ないから仕方ないのです)。それなら、滋賀県の小学校教育の歴史を、部分的にですがふり返ってみます。


昭和の頃、滋賀県の小学校の教師たちは、さまざまな教育研究サークルで、実践を自主的に交流して切磋琢磨していました。どのサークルも土曜日午後(午前は課業日)などに集まり、子どもたちのために自分の実践力を磨こうと、一所懸命な教師(先輩)たちがたくさんいました。私は、2つのサークルをかけ持ちしていて、「二兎を追う者は一兎をも得ず」でした。


その1つに、群馬県の小学校長であった斉藤喜博氏から学ぶ「教授学研究の会」の流れを汲む「国語教育を学ぶ会」がありました。


斉藤喜博氏は著書の中で、教師がドキッとする指摘をよくされていました。例えば


『教師がわかりきったことを問う。子どもたちが「ハイハイ」と挙手する。そして誰かが指名されると「あの子まちがえばよいのに」と思ってしまう。教室正面には、「みんななかよく」などと掲げながら、実際にはそれと反対の「教育」を、こういう授業によってやっている』


「国語教育を学ぶ会」では、三重県の石井順治氏が会長の時、たしか副会長は滋賀県の先生だったような気がします。(間違っていたら、すみません)


そして、当時としては、画期的な取り組みだったと思いますが、昭和60年前後に豊郷小学校が自主的な公開授業研究会(全学年)を、数回されました。まさに、そこでは、どの学年・学級でも、聞き合い、響き合う子どもたちの姿がありました。同様に、そんな子どもの発言・つぶやきを切り捨てないで、つないでいく教師たちの姿がありました。その結果として、声のものさし、ハンドサイン、聞く姿勢などの形式的なルールを必要としないで、生き生きと授業に向かう学級の姿がありました。研究会には、「国語教育を学ぶ会」の盛んな兵庫県の氷上正氏、田村省三氏、同じく盛んな三重県の石井順治氏が実践家の立場で、三重大学の佐藤学氏が研究者の立場で、助言者として参加しておられました。


そんな昭和60年前後から、「国語教育を学ぶ会」の土曜日の月例会でも、


子どもたちの疲れや悲鳴のようなヘルプ・サインを教師が受けとめるならば、授業のあり方も考え直す必要がある・・


そんな子どもたちが心も体も安心して学べるために、授業の根幹を変えることを、私たちは挑戦しなければならない・・


といったような主旨のことを、実際の授業記録を元に、論議・模索されていたような記憶があります。


そして、何度も、東京大学の稲垣忠彦氏、宮城教育大学&演出家の竹内俊晴氏、詩人の谷川俊太郎氏などを講師として招きながら、「国語教育を学ぶ会」は時代時代の子どもの姿の変容と共に、進化(深化)していったのではないでしょうか。


佐藤学氏は三重大学教育学部で学生に教えながら、小学校現場における授業で、国語でも音楽でも体育でも斉藤喜博氏が到達された領域まで自らの実践を極めて、その後、東京大学へ転任し、稲垣忠彦氏と共に授業研究をさらに深められました。                         


その稲垣忠彦氏は、学校現場の教師たちに寄り添うためであろうと私は推測しますが、滋賀大学教育学部に自らの希望で転任して来られ、滋賀県の学校現場の教師たちの授業を支援することに力を注がれました。


佐藤学氏も、後日、著書の中で、次のように述懐されています。


『私は「すぐれた授業」「すごい授業」ばかりを追い求めていた(中略)研究者としての私が追うべき責任は、授業実践の頂点に立つ教師たちの後追いではなく、日々、混乱と困惑の中で苦闘している 圧倒的多数の教師たちの実践への協力である。(中略)私は根本において間違っていた。「すごい教師」を探し求めるのではなく、日頃接している1人ひとりの教師の「花」を探り当て、その「種」に学ぶべきだったのである。』


こうして佐藤学氏は、共に手を携えてきた石井順治氏らの実践家の方々と「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」を提唱し、子どもも教師も疲労している学校現場こそを、授業改革という視点から支援してこられたと、言えるでしょう。それを同じ東京大学の秋田喜代美氏が幼小連携でも共鳴されるなど、「教え合い」から「協同的な学び合い」「聴き合う学び」への転換をしようとする学校が、全国で今、網の目のように広がっています。これは、一時的なブームというより、現在進行形の、新たな学校改革(授業改革)の潮流と言ってもいいのではないでしょうか。


そういう流れを見ると、滋賀県の教師たちが取り組んできた学校現場には、「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」の源流のひとつがあった、と言っても過言ではないと思います。それは、どんな授業改革も、1人ではなく学校ぐるみで取り組むことで、初めて成果が出るという事実を、全国の教師に見てもらったことでありました。それは、学級づくりが先にあるのではなく、授業づくりこそが学び合う仲間と、学級をつくっていくという事実を、全国の教師に見てもらったことでもありました。以上、その場に参観者として居合わせた者の、断片的な記憶です。


余談


なお(余談です)、「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」とは全く関係はありませんが、よく似た名前をつけた『・・・・スタートブック』という本は、いわゆる、手引き書・マニュアル本・ハウツー本などと呼ばれる類の本でした。偏見だといけないので、詳細に読んでもらった5名の教師で一致した見解です。


念のため、ひととおり読んでみたところ、「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」に関わってきた研究者・実践家の人数や、長年、全国の実践校で試行錯誤して積み上げてきた内容と比べて、質・量ともに比較にならないほど、うすっぺらいものでした。「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」の実践校では、「教え合い」をやめて「協同的な学び合い」「聴き合う学び」への転換することを、学校ぐるみで実情に合わせながらあれこれ創意工夫し、同僚がお互いに学び合って実践されているのが、共通した特長です。


しかし、この本では、「学び合い」と言いつつ、「教え合い」を推奨しています。また、クラスの成績が上がる、特別支援の必要な子が気にならない、教師がラク?になる等、効果?が出ることを、明言しています。小中学校の指導案が15例のっていましたが、いずれも、手立ては同じで、「みんなで相談しながら、やってみよう」となります、と書いてありました。


子どもたちの様々な課題と向き合いつつ、授業に取り組んでおられる現場の先生方の日々のご苦労が、こんなワン・パターンな手法で、解決できるとは思えません。中でも、評価規準を子どもに知らせる、全員がわかることを徹底的に求める、立ち歩いて友だちに聞くこと・教えることを奨励する、グループづくりは子どもに任せる、などが授業のコツだと書いてありますが、はなはだ疑問を感じます。かえって、担任も子どもも混乱させてしまうだけで終わる・・・と思いつつ、読みながら率直に感じたままを言います(買うんじゃなかった)。


この手引き書は役に立つとは思えませんが、全国の公立校でも、国立大学附属の7校でも、アジア各国の学校でも、積極的に取り入れている「学びの共同体(協同的な学び合い・聴き合う学び)」の入門書なのか?と、勘違いしないように、くれぐれも気をつけましょう(美辞麗句の宣伝文句には要注意!)。


今秋


さて、昨年秋、5クラスの授業を参観させてもらった彦根西高校には、今年の11月(公開授業研究会)も、授業を観せてもらいに行きたいと思っています。もし昨年と同じ日程になるなら、金曜日の午後になるのではないでしょうか。昨年は確か、全クラス授業公開の後、研究授業、授業研という流れでした。私は都合で、全クラス授業公開(5校時)だけの参加でした。


開催日が決まったようです。11月18日(金)午後です。私も、さっそくEメールで申し込むとしましょう。

関連ページ
「協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑤『教師の話し方・聴き方:ことばが届く、つながりが生まれる』(石井順治氏の基本「ケア」の心)
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898388/                              


by takaboo-54p125 | 2011-11-05 05:59 | 保育・教育