子どもが語ってくれない「思春期の本音・不安・ヘルプサイン・鎧(よろい)」ガラスの人間関係→自分の守り方+イジメを考えるテキスト教材

以前、携帯依存の記事をのせました。携帯依存、ゲーム依存、ネット依存など、人間関係への不安まっただ中にいる思春期の子どもたちは、満たされない「こころ」を埋め合わせるのに必死になっているようにも感じます。


ネットでつながろうとする小学生たち


まず、小学生ブロガーについてです。昨年11月28日(日)に「小6読者モデル姫 ブログで同年代魅了」という記事がありました。小学生向け隔月ファッション誌「ニコ☆プチ」(約13万部)という雑誌があるそうです。その読者モデル(読モ)によるファッションショーが東京で開かれた様子が載っていました。会場を埋める300人ほどの客は、ほとんどが小学生の女の子とその親だそうです。素人モデルなので、衣装も私服で、母が見守っていたと書いてありました。 「アメーバ」は大手ブログサイトです。そこでブログを書く小学生のうち、約1万2千人が日々アクセス数を競うとは、驚きです。さらに、アクセス数1位のブログには、多い時で1日10万回近いとは、衝撃です。読者も小学生です。


小6女子の読者モデル姫(神奈川)「勉強は嫌いだけど、友だちと騒ぐのは楽しい」「学校では普通だけど、モデルの時はあこがれられるし‥」


小学生の女の子たちは、こういうブログに日々アクセスしている子も少なくないようです。数万人とつながり続けるため、日々更新を欠かさず、ショーの翌日の数十人ものコメントを読むことを続けることって、きっとたいへんやろうなと思いました。


おっさんブロガーは日に2千アクセス、小6の女の子は日に10万アクセス、桁が違います。


携帯電話(メール)を手放せない中高生たち


別のウェブページのを少しだけ載せます。


『携帯メールも中学生は、多いときは1日300件ほどのメールをケータイでやりとりする。「めっちゃ少ないときでも50件」(中略)受信したらすぐに返信するよう、とても気をつかう。いつも1分以内。食事中でも5分ほどで送る。食事中はもちろん、風呂やトイレでもケータイを手放さない。「だって、メールが来たらすぐに返したいから」逆に、こちらからメールを送って返信がなかなか来ないと、「あー、こーへん。私のこと、嫌いなんや」と思ってしまう。メールが来たら、すぐに返信せずにはいられない「即レス症候群」。相手から無視をした」と思われることを恐れ、片時もケータイを手放せない子どもたちがいる。』


思春期の子が人間関係から自分を守る方法の多様化


朝日新聞で2011年1月19日(水)から「いま子どもたちは よそおう」の連載が、社会面で始まりました。今の子どもたちが多様な方法で自分を守っていることを知りました。


1月19日(水)は「だてマスク」についてでした。昔は「だてメガネ」というのはありましたが、「だてマスク」というのは初耳です。確かに花粉症対策やインフルエンザ予防で、マスクの人がいても不自然じゃない時代です。記事には中高生の声がのっていました。


高1男子(群馬)「先生に怒られている時、マスクをしていると聞き流したり反抗できる。でも外していると、こたえる」                                                                                                高3男子(東京)「高校では1日中マスクをしてる。落ち着くんです。集中できるから勉強もはかどる」 


中2女子(滋賀)「顔がコンプレックスやから。鼻から下を隠せば目の小ささがばれないかな」


高2女子(県名は?)「着けなくても生きていけますよ。ただ、顔を隠せて視線にさらされない安心感があるんですよね」


1月20日(木)は「モデル憧れ 俺も化粧した」でした。


高2男子(埼玉)「今日もメークしてますよ」友人「これくらい普通っしょ」中3の夏ファッション誌を立ち読みしてからだそうです。今は、化粧をしていないと書いてありました。記者が自信ついた?と聞くと「まあ、そうかな」と笑ったとのことです。明るく変わりたいというきっかけとして、メークがあったのでしょうか。


1月21日(金)は「秘密を守る 絆の『2娘1』(ニコイチ)」でした。雑誌「ポップティーン」が2008年から始めた人気の定番特集と書いてありました。


高2女子2人(香川)「明日はなに着る?」「これ、良くない?」「かわいい。私も着たい」「わかり合える子が、1人いればいい」けんかをしても、友だち同士で一番大切なのは「秘密を守れるかどうか」だそうです。同じデザインの服を「おそろ」と言うようです。


1月22日(土)は「姫ロリだから踏み出せた」でした。この記事はイジメで不登校になった中1の時から、同世代の子が集まる場所では、息苦しくなり、しゃがみ込んでしまう深刻な事例でした。「姫系ロリータ」スタイルと書いてありましたが、コスプレイヤー(略してレイヤー)とも、ちょっと違う気がします。この服がなかったら、閉じこもったままだった、とも書いてありましたから。


高3女子(通信制高校サポート校)「好きな服だから何を言われても気にしないし、変えない」この姿になるまでは、家から出るのが怖かったそうです。でも、少し自信がついた、と書いてありました。服には、人を変える力があると思う、とのことです。


1月25日(火)は、「盛ったデカ目やばいでしょ」というタイトルでした。まず若者言葉で「盛ったデカ目」とは、「実際よりも上手に大きく見せた目」のことだそうです。「やばいでしょ」とは、「かわいいでしょ」という意味だそうです。写真シール機の書き込み機能にも、2007年には自動で目を大きくする機能がつき、最近は、目の大きさを選べるようになっている、と書いてありました。幼い頃から、ママゴトのお化粧セットがあり、小学生でも爪をオシャレにして登校し、高校生になるまでの早い段階からお化粧にも慣れているのが、今どきの子どもたちです。


記事の後半を載せます。


高校2年生の女子(東京)です。『‥黒のアイラインを濃く入れ、、アイシャドーを塗っている。とがった針のように黒く上を向いた付けまつげ。瞳が大きく見える茶色のカラーコンタクト。「もっと大きくなりたいから」と二重(ふたえ)をくっきりとさせるアイテープをまぶたに貼っている。もともと二重(ふたえ)で大きな目なのに。今の子は小さい頃から、ファッションやメークに気をつかおうとのメッセージを込めた雑誌や化粧品メーカーの情報戦略の中で育っている‥「年令に関係なくきれいでいなければという【キレイ・イデオロギー】に支配されている時代。そんな大人の価値観をピュアに受けとめ、過剰反応しているのでは」「もっとかわいくなりたい」と(高2女子)は何度もくり返した。「だって、人生は顔だと思う。男の人とつきあえるかどうかは顔で決まる。中身なんて、いくらでも変えられるじゃないですか?」盛ったデカ目でにっこり笑った。』


男の子をゲーム漬けにしたのも、女の子を【キレイ・イデオロギー】で支配したのも、実は大人なんですよね。この子の、気になったところは、「中身は、お化粧ほど簡単には変えられない」って気づいていないことです。


1月26日(水)は、「黒髪の少女、いつかは本音を」でした。


中学生の女子(栃木?)です。『ギャル雑誌の17才のモデル、てんちむさんが、中学生時代の性やリストカットなどの体験を明かした日記本が売れている。昨年12月、宇都宮市であったサイン会。集まったファンを会場の上から見て、気づいた。明るい茶色の髪はてんちむさんぐらいで、ファンの多くは黒髪。まじめそうな外見の女子中高生ばかりだった。その子もそんな1人だった。化粧っ気のない、あどけない顔の中学生。なかよしの母親が買ってきた服を着ていて、「周りからは彼氏もできないと思われてると思う」と笑う。そんな彼女が「私も、誰にも相談できないことがある」と、本への感想を書いた。‥(リストカット)‥話すのは校内の出来事だけ。重い過去など、なかったかのように。友人と撮った写真シールには「一生友達」とか「相方」などと書かれている。でも、「みんな、うわべだけだと思う」と言い切る。てんちむさんの日記を愛読する他の中高生たちも「友達とは適当に話を合わせる」「素の自分とは違うキャラを演じる」と話していた。そう伝えると、彼女は言った。「てんちむも中学時代は誰にも本音を言えなかったっぽいじゃないですか。同じような悩みをどう乗り越えたのか、いい先輩を見つけた」彼女は最近、日記を始めた。いつか過去を笑って話せるように、と。』


重たい現実を背負わざるを得ない子もいました。


1月27日(木)は、「モテるけど 彼女は2次元」でした。


高校2年の男子、中学時代は生徒会長で運動部キャプテン。『同級生の男子は、「イケメンで成績優秀で、誰にでも分け隔てなく接する、みんなの憧れの存在」とたたえる。告白してくる女の子が後を絶たなかったが、「今はそういうこと、考えられない」と断った。「自分は2次元に嫁がいるから。とは言わなかったですけど」2次元とはアニメ、「嫁」は好きなキャラクターのこと。彼はいわゆる「アニメおたく」なのだ。‥中2の夏、兄の影響でアニメを見るようになった。‥「やばい、最高すぎる」と胸が熱くなった。「嫁」の魅力として、真っ先に純粋さを挙げる。  「聖なる生き物なんで」、性的な目線で見ることもない。自分は純愛を求めた結果、アニメにたどり着いたのだと、拳を握りしめて力説する。「2次元は裏切りませんし、3次元はドロドロしてますもんね」女の子には面と向かっては言わない、きつい本音が出た。「3次元」は現実世界を指す。3次元で彼女がいたことは、と聞くと「いません」と即答した。恋心を抱いたこともないという。なんで現実の女の子は「ドロドロ」だと思うのだろう。「よく聞きますよ」と彼が語り出したのは、身近な女子たちのことだった。友だちのことを「親友」と言っていた子が、裏では 「あいつウザい」と陰口をたたいていた。そんな姿を見ているうち、引いてしまった、と。アニメの女の子に求めた純粋さは、現実の裏返しだった。高校に入ってからは女子と話すこともしない。同級生は「話せばモテモテなはずなのに、もったいない」。確かに期待を裏切られることはあるけど、話をして分かり合えるのも3次元だけでは。そう聞いても彼は揺るがなかった。 「嫁は美しいし、一種の芸術みたい。別に話なんかできなくてもいい」』


高2の彼の部屋にある本棚には「嫁」のフィギュアが並んでいるそうです。


1月28日(金)は、「はみ出すって、勇気いるし」でした。


高校3年生男子(千葉)、高2の秋、黒髪の内側だけ緑色に染めていたと書いてありました。『「人と違うことをしたいけど、目立ちたくないんです」本当は全体を緑一色にしたかった。でも、皆に注目されると思うと、美容師に言えなかった。服装も髪形も自由な高校にあって、彼はおしゃれと評判だ。小学校に上がる頃から、買いたい服を自分で選んできた。古着もよく着る。多くが「一点モノ」で、人と重ならないところが気に入ってのことだ。ただし、着こなしはあくまでこぎれいに。試してみたいファッションでも、やや目立ちそうだとブレーキをかける。「だって時代的にも、人と違うことをやる若者っていないじゃないですか。派手なことをしない時代だから」時代、時代とたびたび言う。時代がどうあれ、やってみれば良さそうなものなのに。 「インプットされたのかな」とふり返ったのは、30代の担当男性美容師の言葉だった。「今の若い子はみんな、落ち着いてるよね」1990年代は派手な髪の色が珍しくなかったし、原宿も今より個性的な若者があふれていたのに。そう批評され、確かに周りは似た格好ばかりだ、と受けとめたと言う。「それに、そんな中で目立つ格好をするのは勇気と情熱が必要だし」自分は同級生に「奇抜なことをするキャラ」だと思われていないのに、キャラを変えてまで注目を集め、悪い評価しかなかったら、恥ずかしさだけが残る。友だちとうまくやっていくには、冒険しないで合わせておいた方がいい、と言うのだ。「息苦しいですけどね」苦笑する。「時代」という名の、大人による若者観と、同級生の中のキャラ。この二つの枠をはみ出せないことが、葛藤の背景にはあった。でも、本当は人と違う生き方をしたい。「みんな似たようなスーツのサラリーマンにはなりたくないなあ」とつぶやく。通学の電車で、ぶつかっただけで激高したり空席めがけて走ったりするサラリーマンに日々うんざりしていた。スーツという装いに感じていたのは大人たちの方の「息苦しさ」だった。春、大学生になる。今は誇れるものがないから、「勉強に打ち込んでみたい」髪は丸刈りにするつもりだ。』


1月29日(土)は、「キャラは鎧(よろい) 生き抜くため」でした。


大学生作家が自分の高校時代をふり返っていました。『高校の入学式の日のことは、はっきり覚えています。名簿の名前を見て「この子はきっとクラスのリーダーになるだろうな」と考えたり、容姿や制服の着こなしを見て「こいつは‥」と判断したり。自己紹介のあいさつも、悪い印象を与えないように、無難にこなそうとしましたね。みんな「最初が肝心」と思っていました。僕は、学校では元気で明るいキャラを演じてみました。当時から小説を読むのも書くのも好きでしたが、周りには本好きはいません。だから、そうした面を気づかれないようにしていました。活発に動くキャラの方が、学校生活を過ごすには便利だと考えていたのです。でも、今は逆に本好きな面を武器にしてキャラをつくっています。僕が通う文化構想学部の学生は作家や俳優になりたい子ばかり。読んでない本も「読んでいる」と言わなければ、というふうに、逆の作り方をしないといけないんです。子どもにとって、「素」のままの過ごすことがラクだとは思えません。素を出していったって、それが嫌われてしまったら他にすべがないじゃないですか。キャラをつくっていけば、たとえそれが否定されたとしても、「もう一つある」と思えるからラクなんです。「本当の自分はちがう」と盛んにアピールする子もいました。いつもは明るいけど、けっこう考え込むたちなんだ、って。二層あると思わせたがっていましたね。一方のキャラが傷つけられても、もう一方が残っている。そういう保険をかけていた気がします。学校生活を楽しく過ごせるなら、キャラをつくっても全然かまわないと思います。子どもが自分を装っていることに気づき、親や大人が不本意に思うこともあるでしょう。しかし、ギリギリのバランスで成立しているのが子どもの世界。大人は首を突っ込まずに見守ってほしい、と考えている子が多いはずです。』


なるほど、キャラは、鎧(よろい)なのですか。人間関係を構築する「すべ」を知らない子どもたちは、いつも人間関係に気づかい、自分をよそおうことで、自分のこころとからだを守ろうと必死なんだということが、すごく伝わってきました。シリーズをとおして、草食系男子などという表現のことも、なんとなくですけど少しだけ理解できた部分もあります。保険をかけてつき合うということは‥。保険をかけられないピュアな子は‥。         


以上です。この新聞連載『いま子どもたちは よそおう』に「約240通の感想が寄せられた」 という記事が載っていました。記事に載っていた中高生の声を紹介します。


「姫系ロリータ」について


高3女子(関東)「つらいときにロリータに救いを求めたところが一緒。自分のことだと思って読みました。・・戦闘服です。自分が守られている安心感と、他人との距離を保つための大事な道具。マスクで顔を隠すのも同じだと思います」


寄せられた感想には「よろい」「防弾チョッキ」「完全武装」という表現もあったそうです。


「だてマスク」「デカ目メーク」「双子コーディネート」について


中学時代に経験した高2女子(東京)「自分、私の友だちを見ている感覚になりました。母は不思議がっていましたけど。」中学時代は人に合わせるキャラを意識していたが今は、「意見を言って嫌う友だちなら別にいいや」と思い始めた、と書いてありました。


高2女子(静岡)「今を生きる若者として、仲間ができた気がした。」だてマスクをしている彼氏が本当は大声で笑う人だと知ってから、自分も本当の自分を出せるようになり、「みんな同じように悩んでいるんだ」と安心したそうです。


高3男子(愛知)「自分もキャラを演じる1人ではあるけど」・・「孤立を避けようとして孤独になっていた。今、本当の人間のつきあい方ってこんななんだな、とすごくうれしいんです」最近、友人との間の心の壁が溶けてきたようだ、と書いてありました。


多くはマスクや服で自分を覆って生きる同世代からの反響だった、と書いてありました。


多くの中高生たちは、大人の予想以上に、人とのコミュニケーションを悩んでいるのですね。そんな思春期の若者たちに、私たち大人がしてあげられること。愛知県の高3男子の言葉にヒントがありそうです。その「始めの1歩」は、共感的に接してあげることなのではないでしょうか。


1人ひとりの置かれている状況は、千差万別です。人間関係に対する予防をする子から、不安のどん底から1歩を踏み出す子まで、様々です。それも、私たちには全く考えもつかない方法ばかりです。こうして自分を守りたい子どもたちがいるという現実を、知っておきたいと思いました。いずれも、大人の「常識」から大きくはずれた手段です。頭ごなしの初期対応は御法度だと、再確認しなければいけません。大人から見て「非常識」に思える言動でも、やっぱり、最初のひと言は、「どうしたん?何かあったん?」から入りたいですね。その子の気持ちが、凝縮されている言動かも知れないからです。子どもたちのアレッと思える言動には、必ず、わけがあるはずです。


ココロの絵本シリーズの中にこんな詩がありました


     明日    
                  中学3年生・作        
   階段を上る。
   ドアを開ける。
   制服をハンガーにかける。
   電気を消す。
   布団に入る。
   フウッとため息をつく。


   今日が終わった。
   私は今日何をしたんだろう。
   思い出せない。


   毎日、毎日、何かにおわれている。
   明日は何が起こるのだろう。
   不安でたまらなくなる。
   それでも 朝は来る。


   この気持ちが
   私の心から消えるのはいつだろう。
     【ココロの絵本8『イラつくムカつく』
     日本作文の会・子ども委員会編(大月書店)より】


この詩のような言いしれぬ不安感を抱いている子どもたちは何割ぐらいいるのだろうと、ふと考えてしまいました。受験や就職難、時代の先行きの不透明感だけでなく、不登校、中途退学、いじめ、虐待、若者の引きこもり、不審者や不審電話、親と教師双方による訴訟等、子どもたちの置かれている状況には、心を痛めるものがあります。


そんな今の子どもたちに共通して言えることは、人間関係を豊かに構築していけるコミュニケーションの力の弱さです。その土台は親子関係にありそうですが、それは別のウェブページに載せてあります。人と関わる適度な距離感がつかめなかったり、言葉で自分の思いを伝えられなかったりするために、友だちづき合いそのものに神経をすり減らし、疲れてしまう子が少なくありません。子どもの「人権感覚」を育てるための土台(人と交わる力)自体が揺らいでいることに危機感を感じます。


私たちは、「友だち関係に過剰に気づかう子」「友だちとの軋轢を避けて関わろうとしない子」が増えてきた現状を受けとめることから、保育・教育の出発点にしなければなりません。人と人とのつながりを断ち切ることがないように、子どもたちの不安が、安心と自信に変わるための支援に、ひと工夫もふた工夫も必要です。この教室にいることでその子がホッとでき、まるごと受けとめてもらってその子が安心できるような「心地よさ感覚」が、子どもの内側に満たされていった時、その子の中に埋もれていた体験が温められ、「自尊感情」が高まります。


そして、伝えたい、つながりたい、出来るようになりたい、伸びたいという意欲を自分の中に行き渡らせ、自立への課題に向かって、自ら動き出すのではないでしょうか。どの学校・園でも「人権感覚」と表裏一体の、そんな「心地よさ感覚」が充満する場にしていかなければ、と思わずにはいられません。


その取り組みこそ、「学びの共同体」の実践そのものではないかという思いが、彦根西高校の各クラスの授業を参観して以来、私の心の中では日増しに強く大きくなっています。



「いじめ」を授業の中で考え、気づくためのテキスト教材(小学校・中学校)


『教育フォーラム「いじめ」への取り組み』(明治図書)の紹介
第1巻『教育にとって「いじめ」とは何か』
第2巻『「いじめ」に学校はどう取り組むか』
第3巻『「いじめ」と教師の意識変革の課題』
第4巻『「いじめ」指導のテキスト教材の開発』
坂本昇一聖徳大学教授・編(当時:文部省「いじめ対策緊急会議」主査)


かつて、市内の小中学校生徒指導主任会の研修で、大阪府高槻市の小学校教諭だった園田雅春先生を招いて話をお聞きする機会がありました。その時、園田先生が話された印象的な実践例の載っているのが、第4巻でした。すぐに買って、職場で紹介したのを覚えています。あいまいな記憶ですが、園田先生は、今はたしか大阪教育大学教授で附属小校長をなさっているような気がします。1996年刊行の本ですが、第4巻の小学校「あの3週間」、中学校「何度までなら許されるか」などは、今でも充分に使える教材だと思います。


さて、その 第4巻『「いじめ」指導のテキスト教材の開発』は、今も手元にあります。
目次から、その概要を紹介したいと思います。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの次が「テキスト教材の開発」です。


Ⅳ小学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発


1小学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発
①教師は何をなすべきか ②「いじめ」の授業の分類                                        
③「いじめ」の授業教材例④「いじめ」の授業:新授業案           


2絵本『わたしのいもうと』を滑走路に
①グルグルと循環する「いじめ」②《つられ現象》が正義をつぶす                                                  
③教材と事実を結びつける授業 ④正義の組織化が緊急課題        


3いじめのテキスト「あの3週間」
①はじめに②いじめ指導テキスト「あの3週間」③授業の構想④授業記録


Ⅴ中学校「いじめ」指導のテキスト教材の開発


1身近な事例をテキストにしての道徳の授業
①帰りの会での出来事
◎授業資料「何度までなら許されるのか」


②クオリティー・サークルによるいじめ問題の解決
◎授業資料「アドバイスをください」


2『私たちは、自分と同じように相手を大切にしながら、自主性をもって生きなければ』
①本テキストA~Cの満たすべき条件とねらい
②テキストA:「人間関係を深めるグループ・エンカウンターの方法」を基にして                                                      
③テキストB:「アメリカの小学校の児童規則(私の願い)」を基にして                                                           
④テキストC:「いじめられている君へ」を基にして


目次ⅣとⅤの紹介は、以上です。本書を直接読まれることをオススメします。


私には小学校「あの3週間」、中学校「何度までなら許されるか」が、授業をイメージしやすい教材だと言えます。もちろん、このような教材も、タイムリーな活用が大切でしょう。


小学校「あの3週間」はおおよそ次のような話でした。
『級友を無視しようと言い始めた「私」が、しばらくたつと、立場が逆になり、3週間、クラスの女子から無視される輪が広がり、母にも先生にも言えず、頭痛など身体症状も出始め、隣のクラスの幼なじみに打ち明けたところ、幼なじみの説得により2人で先生に話した。』
というプリントを、担任が範読した後の主発問。


問い1:このケースをどう思いますか。


問い2:「私」が先生やお母さんに黙っていたのは、なぜでしょう。


問い3:反省しなければいけないのは「私」ですか。誰でしょう。


問い4:あなたなら、この「私」のために何をしてあげられるか、書きましょう。


中学校「何度までなら許されるか」はおおよそ次のような話でした。                                                          
『帰りの会で、先生が進路希望票を配布し、提出期限も説明した。A子さんが質問した。
「先生、この紙は、いつ持って来たらいいのですか」
教室は笑い声につつまれた。ふだんからA子さんは、話を聞き漏らすことが多いからだ。                                                  
男子が口々に言い始めた。
B「こら、何、言うてるねん。ちゃんと説明聞けやぁ」
C「ほんまや。どこに耳つけてるねん」                     
D「寝ぼけてんのかぁ。いっつも、同じ失敗してるやんけ」                                         
E「こんなアホには、つける薬なんか、あらへんでぇ」
教室には、また笑い声が響いた。A子さんは、笑って?ごまかした。』                                         
という問いプリントを、担任が範読した後の主発問。
問い1:B・C・D・Eの4人の発言で、誰の言葉までなら許されると思いますか。


問い2:もし自分がB・C・D・Eの順で言われたら、イヤなのは誰の言葉からですか。                                           
(問い1・問い2で、B・C・D・Eから選んで挙手させ、問い1・問い2で、挙手数の違いと理由に気づかせる。問い1と問い2の挙手数は一致せず、問い1には甘く、問い2にはシビアな結果が出るであろうと予測される)                                                                        
問い3:言われた人の耐える力にも大きな差があることがわかりましたか。あなたなら、A子さんに何と言ってあげたいですか。4人には何と言ってあげたいですか。それぞれ書いてみましょう。


どちらの事例の、お話も、発問も、多少ですけどアレンジして、変えてあります。ただ、いじめをなくすためには、まず、教室(授業)の空気(雰囲気)を変えることが、出発点ではないでしょうか。


関連ページ


子どもの心身の気になる症状は周囲とのパイプづまり(身体症状に応じた5段階の対処法)親にできること

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898278/



by takaboo-54p125 | 2011-01-25 05:32 | 保育・教育