eoblogサービス終了でexblogに引っ越しました。今までのブログ・デザインを越えるイメージが浮かばず、その代わりに琵琶湖の風景写真を一番上の記事にしてます。見落としてほしくない保育・教育情報、今どきの育児・子育て支援情報の記事がメインの、閲覧専用ブログです。最初の写真:宮ヶ浜水泳場の遊泳区域ブイの外側に、小さく見える船舶進入防止用ブイは2016年まで(2017年から船舶進入防止用看板に変更かな)。

宮ヶ浜水泳場(近江八幡市)→遠浅でファミリー向き

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近江舞子水泳場(南浜・中浜・北浜)(大津市)→すぐ深くなる(要注意)
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マキノサニービーチ(高木浜・知内浜)(高島市)→すぐ深くなる(要注意)
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以上、掲載した水泳場:宮ヶ浜・近江舞子・マキノサニービーチの各風景写真は、2016シーズン終了前後(8月下旬~9月上旬)に撮影したものです。2017秋の台風18号・21号で湖岸の松が多数根こそぎ倒れましたが、2018シーズンまでにどこまで復旧しているかは、各自でお確かめください。なお、びわ湖の各水泳場の特徴・水質・風景など、詳しいことは下記ページにまとめてありますので、もし、よかったらご覧ください。


びわ湖・宮ヶ浜水泳場(近江八幡市)景色よし!遠浅よし!水質よし!8水泳場の水質調査結果2008~2018(8水泳場の風景写真2016追加)

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898124/



# by takaboo-54p125 | 2017-12-30 06:00 | お出かけ・旅

みなさんには、どうか日常の、人と人との直接的なコミュニケーションを大事にしていただきたいと、申し上げます。身近で、いつでも相談できる人=心から頼れる人(できれば複数)との、日々のつき合いを大切にすることは、きっと、困った時に、自らの安心(信頼)の拠り所になるはずです。また、親にだけは自分の気持ちをわかってほしいと、いつも願っているのが子どもです。そうして自分の気持ちをわかってもらえたと実感した子どもは、親の言葉にも心から耳を傾けるようになります(傾聴も相互作用です)。お忙しいとは思いますが、わが子の切ない思いを受けとめる懐の深さを、お子さんに見せてあげてほしいと思いますが、いかがでしょうか。忙しさ・気恥ずかしさを理由に、そこを省略しちゃっていませんか?さらに、いつも「お手軽」なものに頼りっぱなしの親の姿を、わが子に見せていることにハッと気づいた時は、ちょこっと軌道修正してみましょう(公立図書館にはたぶん置いてある絵本『おこだでませんように』でも読んで深呼吸してから、自分のできる範囲で)。


そういった親の生きざまを、お子さんは毎日すべて見ながら感じつつ、結果として親のすることを真似して成長=これが子どもの育つ道筋(子どもは親の言うとおりにはせず、親のするとおりにするの)です。どうか、ゲームのこともスマホのことも学校・園のことも、決してチェック・問い詰めではなく、お子さんとは目と目を合わせ温かい共感的な対話をしてあげてほしいと、せつに願います。そして、親として伝えたいことは明快に私メッセージ」で言ってあげることを、提案いたします。わが子に対し指示・命令オンリーや、「ながら聞き」の連発はNGでしょうね(思いを聴いてくれない親に対して、あきらめた子どもは本音を打ち明けなくなりますから)。


また、「お手軽なものに、親子の愛着形成へのプラス効果はなく、やむを得ず急場をしのぐためのものです。例えば、「スマホ育児アプリ」というツールに日々頼りきってしまうことが習慣になると、赤ちゃんが人(親)より物(スマホ)にばかり興味関心を持ってしまったら逆効果→親子の絆=愛着形成ができにくくなる→人と目を合わさない子、人の話が聴けない子、人から学べない子になりやすいかも・・・・と、心得ておきたいものです。


日々実行するのはとても大変ですが、親のアイコンタクト・抱っこ・笑顔・声かけこそ、乳幼児の「安心」をはぐくむ土台であることも事実です。それらを親1~2人だけでこなすのは、相当しんどくて、きゅうくつな現代社会です。ですから、ママが1人で孤軍奮闘する「ワンオペ育児」にならぬよう、「育メン」パパや、ジイジ・バアバの出番でもあります。加えて、子育て支援センター・助産師・保健師・医師・ママ友・子育て支援NPO法人・子育て支援ボランティアなど、乳幼児に関われる周囲の身近な(信頼できる)大人みんなの力を、めいっぱい借りつつ、あくまでも「親子の相互作用」で、「愛着形成=親子の絆づくり」をぼちぼち(ミニプチ・ステップで)めざしてほしいと、講演や研修会でお話ししたり、相談を受けたりする中で、私は常々思うのですが、いかがでしょうか。


2016年2月6日の記事で紹介した東海大仰星高ラグビー部監督さんの言葉


今の子は携帯電話などを使ったコミュニケーションに親しんでいる。しかしそれだけで、お互いを知った気にならないようにしたい。顔を合わせる環境を大事に‥」を、私たちも、ふだんの生活の中で大事にしていきたいものです。それが科学的な根拠に裏付けられたものであることについては、以下の記事で紹介しております。


『「学力」の経済学』(中室牧子・著)を読んで納得した、育児・子育て~幼児教育・学校教育で重要な2つの柱

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898569/

6年間の記事を約半数にしぼり(保育・教育と育児・子育て支援をメインに)、exblogへ引っ越して半年が過ぎました。この1年間、一部の記事を加筆修正してスライドさせたので、約7年間の記事です(そろそろ打ち止めかな)。そんな中、例えば、次のような記事等を読んで、連絡をくださる方々もおられ、感謝しております。


「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育てのポイント1~10】『心育て・親育ち』のミニプチ・ステップ

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898092/

子どもと信頼関係をつくる、子どもとの「信頼関係」を取り戻す【子どもの心に届く担任の言葉①~⑤】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898595/


# by takaboo-54p125 | 2017-08-19 05:37 | 育児・子育て

【1才以降の幼児の心を育てるために】


さて、1才までは、赤ちゃんのすることを全て受け入れていき、危険のないように先生が配慮していくことが大切になりますが、1才からは、子どもに『ダメ』を入れていくことが必要になります。それは、幼い子どもが、せいぜい移動しても1メートルほどが関の山という状況から、より広い広い世界へと踏み込んでいくことがおきるからです。


つまり、先生にとって触れられたりすると困るモノがある所へ、幼い子が踏み込んでくる状況が、しばしば起きるということです。たとえば、隣の部屋に何とも言えぬきらきら光るグラスを見つける。「あれはナニ?」という好奇心に突き動かされて、そこに近づき、低いテーブルにつかまり立ちします。ガラスでできたグラスは、幼子にとって十分危ないのです。それに触ろうとしている子どもを先生が発見します。


先生は「ダメよ」と赤ちゃんに『ダメ』を出します。やさしい先生から今までにない、とがったギザギザしたもの(表情・声)を感じた子どもは、一瞬手を止め、先生の目を見つめます。「そうね。さわっちゃいけないよ」1才児に、その意味は伝わらなくとも『さとす』先生の姿があります。


子どもは、口をへの字に曲げ「ウエーン」と泣き始めます。その時、1才児は、かつて全てが自分の思い通りになった時の心地よさとは違う不快感を感じていますが、先生に「よしよし」と抱っこをされて慰められたり、「もう、さわってないね。えらいね」と、先生からほめてもらうことの喜びを感じます。


こうして、先生に『ダメ』をされて、自分のしたいことができない不快感を、先生の言うとおりにして先生に受け入れられた喜びが中和していき、最後には満足感に包まれます。こうして、先生の『ダメ』を受け入れていく体験をしていく中で、『ダメ』を受け入れること、先生の言うことを聞くことが、なんとなくイヤなことじゃないなぁ・・・という感性が育っていきます。0~3才児には、感性を育てることが最も重要です。「三つ子の魂、百まで」と言った、昔の人の知恵には、感心させられます。


こういった体験をくり返すうちに、今までは、『自分のことを受け入れてもらえる=自分のしたいことを受け入れてもらう』ということだけが喜びだったのが、自分がやりたいことでも、先生の『ダメ』を聞き入れていくのも悪くはないなぁ、つまり、受け入れていくことの喜びを感じるようになる、このことが、人を受け入れるという土台づくりのスタートになるのでしょう。


しかし、1才以降の好奇心は、ますますそのエネルギーを増していきます。それは、自分の思いどおりにしたい、という意欲を形づくることでもありますから、全くダメということになってはいけませんが、特に、ここから先、2才から3才にかけては、「自分の思いどおりにしたい子ども」対「やってはいけないことは、何が何でもダメ、という大人(親や先生)」との格闘になるのが現実です。


良いこと、悪いことが分かるはずもない子どもはしたい放題します。それを、先生は、子どもの欲求を受け入れることをしながらも、知恵をしぼって、言うことも聞き入れさせていきます。ある時は、ダメなものはダメと押し切り、ある時は、部分的に許して後はダメとし、ある時は、条件つきでよしと受け入れ、ある時は、交換条件。そうすることで、結果的には、先生の言うことを聞き入れる姿を引き出して『ほめる』『認める』ことをしていくのです。


えらいね。先生の言ってること聞いてくれるの?先生うれしいな
そう心から言われて、うれしくならない子どもはいません。こうして先生の言うことを聞き入れるのもイヤなことじゃないなぁ、そうすると先生も喜んでくれるなぁ、それはうれしいことだなぁ、という感じ方が育っていきます。つまり、人の言うことを受け入れていくことが苦じゃない、という感じ方をつくっていきます。これが成立しないと、イヤなことから逃げる傾向になります。


先生から「ちょっと、ここに座ってね」と言われ、その通りにするかどうかは、このささいな「・・苦じゃない」ということにかかってきます。このことは、そうしないと怒られるからこわいので聞き入れる、ということとは本質的にちがいます。きっとそうすれば相手はすごく喜んでくれるだろう、という張り切った意識でもありません。「うん、それくらい、いいよ」という気軽で気楽な感性は、ヒトというものが好きという無意識の感覚(信頼の感覚)がなければ成り立たちません。


このことが成立する3才あたりに「愛着の感性とは?」という問いに答えられ得る、ひとつの形を見ることができます。それは、


◎人に自分のことを受け入れてもらう喜びが感じられる


◎人のことを受け入れることを喜びにできる


ということが成立している姿です。これをベースに年令とともに、人間関係の知恵をつけていくことで、さらに成熟していきます。この自我形成・価値観形成が弱いと、意欲が湧かない傾向になります。


先生が子どもにぶつかり、『ダメ』を入れていくことは、先生の言うとおりになる子どもをつくることが目的ではありません。大人からほめられたり、認められたりすることがうれしいと感じる感性を持つということが、人を受け入れていくという姿につながるのです。大人の言葉を受け入れない姿は、自分勝手をしていくという姿でしかありません。


自分のしたいようにさせてほしい・・そのことを認め受け入れてほしい・・というのは、言い換えれば『甘え』と言えます。2才前後の、自分のしたいようにしたい、というのは、大人が考える『自由意志』とはちがいます。2~3才の段階の『甘え』とは、自分勝手にしたいということにすぎないと心得ておきましょう。しかし、この自分勝手は大脳新皮質の知恵を育てます。だから、子どもをほめることを目的に『ダメ』を入れていくことは、子どもの自由意志や意欲を、決して、つみとるものではないということです。


1~2才の子が、先生が「やめて」と言っても、やめない時は?】


その行動は、子どもが先生の反応を単純に楽しんでいると思いましょう。(悪気はありません)しかるのではなく、次のことをしてください。


あ~、いた~い!(たいへ~ん!)あ~!あ~!あ~!」とおおげさに、子どもをびっくりさせることが効果的です。子どもは、先生の様子に驚いて、何事が起こったのかのか、という不安な気持ちになり、その行動を一瞬だけやめます。そうしたら、先生は、すかさず、


やめてくれたね。えらいね
と、抱っこをしながら、不安が消えるように、ほめてあげます。大切なことは、子どもに「したらだめよ」と、頭でわからせようとせず、先生の「びっくりパフォーマンス」で驚かせて、やめた瞬間、抱っこしながらほめることによって、心で「ぬくもり」を感じさせることです。それができたら、


先生、うれしいよ」と、向き合い抱っこ(密着抱っこ)をして、ほめること、これを毎日、チャンスがあれば逃さず、くり返ししてあげましょう。


なんだか先生に抱っこされて「えらいね」「うれしいな」と愛されることが心地よいと感じる感受性をはぐくむためです。先生にそうされたい、という感受性を育てたい時期だからです。あきらめずに根気強く繰り返す必要がありますが、そういう絆を深めることが徐々に可能になれば、子どもも行動の方向転換を先生に言われたら、サッとできるようになっていくことでしょう。


これらは、1才から2才までの間における、ガマン比べ(根比べ)だと、言いかえることもできるでしょう。先生の笑顔、やさしい声かけ、抱っこなどが、子どもの感受性を豊かに育てるための、大事な「心の水やり」だと思いましょう。保護者にも、おうちで、そうしてもらえるように、「力をかしてください」とお願いすることも、先生の大切な「子育て支援」になります。


とりわけ2、3才にかけて、しないように心がけたいこと


・納得すれば、しないはずだと、2才児に理屈で納得させようとする(理屈)
・言うことを聞かない時は、たたくのがしつけ、いつもボカッ(暴力)
・うるさい子の相手はしないにかぎると、ほうっておく(無視)
・子どもだから仕方がないと、いつも受け入れてしまう(受容のみ)
・常に先生の言うとおりになるよう、怒って恐怖を感じさせる(暴言)


こういったことが、後々の問題になります。不登校、授業中の立ち歩き~教室から出て行く、意欲の喪失、不良行為、薬物依存、自傷行為、暴力行為・・この発達段階での、このような対応が「人のことを好きになりたいのに、好きになることに不快感を感じてしまう」という感性をつくりあげてしまうのです。これは、子どもを愛せないという親子関係の中でも同様なことがおこります。


【3才以降の幼児の心を育てるために】


こうして、3才を過ぎたあたりから4才にかけて、先生の言うことを以前よりずっとよく聞き入れてくれるようになります。先生の言うことを聞き入れていくということは、
「先生の言うことをするようになる」ということでもあります。
これをこうしてごらん
これは○○って言うんだよ
折るというのはこうするんだよ
そうしてほしい時は、こう言うんだよ
などなど、先生が子どもに知恵をつけさせていくことが可能になったということです。つまり、教えてくれる人から教わることができるようになった=学習が可能になった(小学校入学準備OK)ということでもあります。


また、3才になると、「どうして?」「なぜ?」と質問を先生にぶつけていくことで、先生が特別に教えようとしなくても、子どもが先生から引き出していくという形になってきます。そして、先生やその他の大人から「これは良いこと」「これは悪いこと」というようなことも、体験を元にどんどん知恵として身につけていきます。これが、4~5才にかけての善悪判断を形づくる土台になります。


やってよいことと悪いことが分かるようになるということは、どういったことが価値のあることか?という価値観をつくっていくことにつながります。そのひとつの特徴的なあらわれとしては、4~5才にかけて「勝ち負けにこだわる姿」があります。「勝つことはうれしいことだ」という中で、勝つためにがんばるという体験をして「がんばることの価値」を身につけていきます。勝つためにがまんをする、勝つために練習をするという体験から「がまんの価値」「努力の価値」を身につけていくのです。


そして、「自分てナニ?」という自我の形成が重なって、「自分はどうあるべきか?」ということが目覚めてきます。たとえば、さかあがりをしている友達の姿を見ます。すると、「自分もさかあがりができるべきだ」(成長欲求)という姿を思い描きます。が、現実的にそれができないと知った時に、自分もさかあがりができるようになりたい、という『意欲』を持ちます。そして、その目的を達成するために、イヤな練習でもがんばる姿になるのです。


しかし、さかあがりを自分だけの力でできるようになるのは、なかなか難しいことです。そこで、先生が支えていきます。鉄棒を持って蹴り上げた足がどこまで上に届いたか・・「ここまで届いた。さっきよりこれだけ上に足が届いたよ」さかあがりができるまでの道のりを、細かく砕いて、小さい目標(スモールステップ)にして、1つひとつクリアするごとにほめて認めて、できたことの喜び=成就感をいっぱい感じさせてあげます。この成就感という喜びを感じれば感じるほど、次への意欲につながっていきます。この自我形成・価値観形成が弱いと、意欲がない傾向になります。先生は、できていないところを指摘するより、『今、子どもができているところを喜び』、その喜びの気持ちを、子どもにイメージしやすい言葉で伝えましょう。


小学校での問題(保幼で問題視されることが少ない場合でも)は、この0~3才にかけてしっかり『愛着の感性』が育ち、イヤなことでも大人に言われれば自分ですることができ、さらに善悪判断、価値観形成がなされる4才の段階に到達しているかどうかにかかっています。


さて、問題があればどうするか?それは、その子の実際の『愛着の感性』の成長度を見極めて、その発達年令の愛着形成に必要なことを大人(親・先生)がしていくということが必要になります。


以上、静岡県磐田市にある磐城学園「こども発達支援ホームいわしろ」の井上園長先生と連動して、『乳幼児期の愛着形成』について、その子を観る(一緒に遊ぶ)ことに基づいた的確な説明をしてくださる数少ない指導者、浜松市にある「あすなろ幼稚園」の坂本園長先生の文章から抜粋しました。


【抱っこをいやがる、0~2才までの子どもは】


赤ちゃんがお母さんと全く目と目を合わせてくれない時、目を合わせても、ぜんぜんニコッとしない笑顔がまったくない時、おなかもへってないのに、オムツもかえてあげたのに、全く泣きやまない時、抱っこをすると、よけいはげしく泣く時、お母さん方も、先生方も、心配ですよね。そういう場合、次のHPを紹介しています。


こども発達支援ホーム いわしろ


http://iwasiro.server-shared.com/


「子ども発達支援ホームいわしろ」が、わかりやすい育児のポイントを公開しておられます。私も、困った時は、このHPをよく見ました。育児相談のメールをくださった県外の方に「子ども発達支援ホームいわしろ」のことをオススメしたところ、予約して行かれ、「行ってよかった」というメールをいただきました。いやがる子への抱っこをどうするか、お手本を見せてもらえます。そうすると、子育ての見通しが持てるようになり、育児で落ち込むこと(あせり、不安、イライラなど)を防げるとも言えます。


【「赤ちゃん返り」をプラス!ととらえる】


「子ども発達支援ホームいわしろ」HPにおいて井上園長先生は、「赤ちゃん返りは画期的な成長」「赤ちゃん返りは心の扉を開ける」と言っておられます。そして、まず、赤ちゃんが育つ道すじには、親との「相互作用」が欠かせないと述べておられます。その道すじを示す、タイトル+αだけ、それも抜粋しながら順番に紹介します。


産声「オギャー」と泣いて、親に呼吸援助抱っこをされて泣きやむ「相互作用」


新生児期、親が抱っこした時の、アイコンタクトを通して起こる「相互作用」


1~2ヶ月の、欲求の泣きに、親が応えることで起こる「相互作用」


3~4ヶ月の、微笑み行動、はしゃぎ反応に、親が応えることで起こる「相互作用」


5~6ヶ月頃の、人見知りで、親とのふれあいを求め、親が応えることで起こる「相互作用」


7~8ヶ月頃の、喃語(なんご)に、親が応えることで起こる「相互作用」


9~10ヶ月頃の、手遊び歌の時期、親との「グーパー」などを介して起こる「相互作用」


10~12ヶ月頃の、指さし行動に、親が応えることで起こる「相互作用」


1才代の探索行動、
2才代の模倣行動、
3才代のごっこ遊び、いずれも親や人との「相互作用」によって成長


「相互作用」は親子の心のキャッチボール


お手伝い作業は「相互作用」を深めるチャンス(1才代でも)


「赤ちゃん返り」は、子どもの方から「ボール」を投げかけてくるような「相互作用」


「赤ちゃん返り」は後退ではなく、画期的な成長として、「相互作用」を求めてくる


「赤ちゃん返り」は、親子で何かをすることで「相互作用」を深め、心の扉を開ける


以上、タイトル+αだけ紹介しました。それぞれの説明までは紹介しません。HPにくわしい説明・事例がのっています。


先生方は保護者に対して、『「赤ちゃん返り」は、子どもが親に関わりを具体的に求めてくるわけですから、親はそれに喜んで応えてあげればよいのです。決して、ダメなこと、困ったこと、面倒なことだと思わないでください。ラッキー!チャンス!やり直せる!と思いましょう。』と支援の言葉がけをしてあげましょう。「赤ちゃん返り」によって可能になる、親子の「相互作用」は、育児・子育て・療育・保育など、赤ちゃんが育つ道すじ、人間関係を構築する(人と豊かにコミュニケーションできる)、すべての基本だと、私も思うからです。


【「抱きぐせ」をどうとらえるか】


松田道雄ドクターが著書「育児の百科」(岩波書店)の中で、「抱きぐせ」について書いておられ、なるほどと思ったので、紹介します。


『赤ちゃんが泣くのには、いろいろの理由がある。空腹で泣くのが一番多い。排泄物でぬれて気持ちわるくなったため泣くと思われる場合もある。腸の中にガスがたまって、不快を感じて泣くと思われる場合もある。乳を飲ませて、まだそれほど時間がたっていないのに泣いたら、母親は赤ちゃんのオムツがよごれていないかどうかを調べる。それもきれいだとわかった時、泣いている赤ちゃんをどうするかで、母親は迷う。だが迷うことはない。空腹でもなく、オムツがぬれているのでもないのに泣く子は、抱いてほしがっているのだ。泣くのをそのままにしておくと、「泣きぐせ」がついてしまう。そうなると3ヶ月をすぎても、よく泣く。


泣くたびに抱くことにすると、抱きぐせがついて、下に寝なくなりはしないかという心配がある。お年寄りは、よく、だきぐせをつけると、あとで困るよと忠告する。アパートで親子3人ぐらしをする時、赤ちゃんを抱いてばかりいなくてはならないようになったら、家の仕事ができなくなる。そう思うと、泣いている赤ちゃんを抱き上げずに、そのままにしておく。たしかに、4~5分泣いて、泣きやむ子もある。


また、ちょっと抱き上げてやると、すぐ泣きやみ、2~3分抱いていると、そのまま眠って、下におろしても、もう泣かないということもある。抱き上げると腸の中のガスの位置が変わって、気持ちよくなったのかも知れぬ。また、泣いたのを抱き上げて戸外をひとまわりしていたら、気持ちよさそうになり、今度は寝かせてもきげんよく、泣かぬということもある。


抱き上げるということで、赤ちゃんが気持ちよくなり、生活が平和になるのなら、泣かなくても1日のうちに何度か抱いてやりたい。また、抱かれて、からだをしゃんとさせることが、この時期の赤ちゃんの運動の一種である。だきぐせは悪であるという思想で、授乳の時以外は、赤ちゃんを絶対に抱いてやらないというのは、まちがいだ。泣くことは赤ちゃんの唯一のコミュニケーションの手段だ。これが無視されるようになると、赤ちゃんは合図としてでなく、怒りの泣きとして泣くようになる。


抱かれるというのは、赤ちゃんにとって気持ちのいいことなのだから、赤ちゃんは抱かれるとよろこぶ。しかし、どの赤ちゃんも、抱かれてばかりいたがるものではない。抱いたから、必ず抱きぐせがつくというものではない。しかし、中には、どうしても抱かれていたい赤ちゃんがいる。下に置くと、火がついたように泣く。抱き上げても、すぐには泣きやまない。ゆすってあちこち歩いて、やっと泣きやむ。少しおさまったと思って下に置くと、また泣き出す。


それは、生まれつきよく泣く子だ。こんな子を、抱きぐせをつけまいと思って、抱かないで泣かせておくと、ヘルニアになることもある。あまり泣いて近所から抗議が出て、抱くということになる。よく泣く子と、あまり泣かぬ子とが、生まれつきあるのだ。感受性の強い子は、他の子どもが感じない程度のしげきを不快と感じるのだろう。また、表現欲のはげしい子は、自分の不快を大声で泣くことで示したいのだろう。泣かぬ子はいくら抱いても、抱きぐせはつかないし、泣く子は、抱かざるをえない。


しかし、抱かないと泣きやまぬ赤ちゃんは、育児上の失敗でそうなったのではない。抱きぐせをおそれて、赤ちゃんを外気にあてることを忘れてはならぬ。よく実家へ連れて行ってから抱きぐせがついたとこぼす団地の母親がある。それは赤ちゃんが外気浴をすることの楽しさを発見し、楽しい人生を要求し始めたのだ。団地のアパートで寝てばかりいるのは、母親には好都合だろうが、赤ちゃんには、不都合なのだ。』


以上です。松田ドクターは、


泣くのを母親に無視されて抱いてもらえないと、赤ちゃんは抱いてほしいという合図ではなく、怒りとして泣く」と書いています。怒りとして泣くのを、さらに無視されて、抱いてもらえないと、赤ちゃんは最後には、泣くのをあきらめます。こうなったら、赤ちゃんは母親とのコミュニケーションをとろうとしなくなります。そうなると赤ちゃんは、人から学ぶことそのものができなくなってしまいます。心の成長が偏ってしまうという、たいへんな状態になってしまうのです。ヤバイ、大ピンチです。だから、「抱きぐせ」はつけたっていいのです。赤ちゃんの目を見て語りかけながら、いっぱいいっぱい抱っこしてあげてください。


【赤ちゃんと目と目を合わせて、語りかけよう】


このことを「アイ・コンタクトをとろう」とも言います。
まずは目と目を合わせることが、子育てをしやすくするためのベースです。
子どもの心とつきあうためには、必ず目と目を合わせて語りかけます。
赤ちゃんをあやす時に、目を見つめてにっこりとほほえみながら
おーよしよしよし
と言ってあげると、赤ちゃんもうれしそうに見つめ返すイメージです。
親子で目と目を合わせた時、わが子の笑顔が顔全体に広がるのが目標です。
これは、無条件の安心に包み込まれた状態だと言えます。
目と目を合わせることは、不安なことではなくて安心なんだよ、
という体験の積み重ねを毎日させてあげます。
これは親が意識的にするのです。  
目と目を合わせるのが苦手な子が増えてきてるから、なおさらです。
この子たちは、目と目を合わせることが不安な状態にいるわけですから、
不安を取り除いてあげるのが、親の役割といったところでしょうか。
節目ごとに
あなたがいてくれるだけで、うれしいよ
です。
でも、なかなか目と目を合わせてくれない赤ちゃんには、
イライラせずに、授乳の時にわざと目を見て
おなかがへっていたんやね
おいしいか?そうか、おいしいか、よかった」 
いいねぇ。いっぱい飲むんだよ
などと、意味が赤ちゃんにわからなくてもいいから、
やさしく語りかけてあげたい言葉を、
赤ちゃんにゆっくりとしゃべりかけながら、
授乳するように心がけましょう。
そのくり返しの中で、赤ちゃんの心の中に、
お母さんの声が『安心の声』として、少しずつひびくようになってきます。
ちらっとでも、お母さんの目を見てくれたら、
うれしいな。ママを見てくれたね
とよろこびの声を赤ちゃんにかけてあげましょう。
目と目を合わせてくれない赤ちゃんに、授乳する時のタブーは、
携帯電話の着信音】と【ウォークマン】です。
携帯は、マナーモードにしておく方がいいです。
着信音が、お母さんの語りかけの、じゃまをするからです。
ウォークマンもはずしてくださいね。
ママの言葉を赤ちゃんに届ける、じゃま』になるからです。
赤ちゃんが、目を合わせてくれなかったり、
ニコッと笑ってくれないと、お母さんはつらいですよね。
自分がイライラして、赤ちゃんに八つ当たりしそうになったら、
町内(市内)の子育て支援センター(保健センター)に
ヘルプの電話をかけましょう。
自分1人で悩んではいけませんよ。
今の時代の赤ちゃんは、昔の赤ちゃんより手間がかかるのですから。
若い人たちの育て方がわるいわけではないのです。
子どもを育てたベテランのおばあちゃんでも、
なかなかうまくいかないのが、今の赤ちゃんのたいへんさです。
しかし、手間を根気よくかければ、
親子が共に喜べる日は、きっとやってきます。
うちの赤ちゃんには、通じないのかなと、
あきらめそうになることもあると思います。
でもね、自分の赤ちゃんも、目を合わせて、ニコッと笑うDNAは、
持って生まれてきているはずだと、信じてあげてくださいね。


以上のような「赤ちゃん返りはチャンス」「抱きぐせOK」「アイコンタクトが大事」などに関するアドバイスを、若いお母さんたちに、ぜひとも園の先生方から伝えてくださることを、願ってやみません。


【保護者の信頼を得る子育て相談「始めの4歩」】


保護者は泣いたり、怒ったり、苦情やグチを言ったりしながら、同時に、
自分の育児(現在進行形)の苦労をわかってほしい
自分の育児が基本的にどうなのかを(全否定しないで)認めてほしい
という、言葉の裏側にあるヘルプも出しておられるのではないか、ということです。
それは、私の育児の苦労と努力に共感してほしいという願いが込められているのです。ということは、保育園・幼稚園で、保護者から相談を受けた時の、保育士・教師・養護教諭が対応する「最初のひと言」も、即返答したくても、してはダメだと、ふだんから自覚していたいものですね。即返答では、信頼関係を築けません。


まず、
①保護者が相談してくださったことにお礼を述べ、(信頼度ゼロなら来られません)
②保護者のご苦労をねぎらい、(心をこめて)
③保護者の子育てのよい点を具体的にほめて、(お世辞ではダメ)
④保護者の気持ちに共感しながら、(言葉と表情の両方で)
相談に応じていくのが、保護者の心と、手と手をつなぐ育児相談(子育て相談)になるのではないでしょうか。スポンジみたいにいったん吸収してから、応えるという感覚で相手をすることで、保護者自身も子育ての苦労が報われた、相談してよかった、自分の子育てにもいいとこはあったんや、という前向きな気持ちになり、プラスαのアドバイスをくれた先生への信頼感も、きっと増すことでしょう。私も、相談を受ける時は、直前に、子育て相談「始めの4歩」、1つめは・・・2つめは・・・3つめは・・・4つめは・・・と復唱するように心がけています。もちろん順不同です。


【「こだまでしょうか」&「ささえあったら、人になる」】


ACジャパンの新聞広告には、旧の公共広告機構だった頃から、ハッとさせられる内容が、よくあります。以前にも一度紹介しましたが、私が印象深いのは、次の2つです。子どもを大事に思う気持ちを、ちゃんと伝えるって、こういうことなのですね。


「あなたが大切だ」


いのちは 大切だ
いのちを 大切に
そんなこと
何千回何万回 言われるより
『あなたが 大切だ』
誰かが そう言ってくれたら
それだけで 生きていける

   (明日のために 今始めよう  AC公共広告機構)


「抱きしめるという会話」


子どもの頃に
抱きしめられた記憶は、
ひとのこころの、奥のほうの、
大切な場所にずっと残っていく。


そうして、その記憶は、
優しさや思いやりの大切さを教えてくれたり、
ひとりぼっちじゃないんだって思わせてくれたり、
そこから先は行っちゃいけないよって止めてくれたり、
死んじゃいたいくらい切ないときに支えてくれたりする。


子どもをもっと抱きしめてあげてください。
ちっちゃなこころは、いつも手をのばしています。

    (明日のために 今始めよう  AC公共広告機構)


ACジャパンのテレビCMでも、同様に、印象的なメッセージがありました。金子みすゞの詩だと、初めて知りました。どんな気持ちを伝え合うかによって、空気もぎくしゃくしたり、やわらいだりすることを教えてくれる詩ですね。金子みすゞは、相手に温かい気持ちを伝えて、2人の間の空気をなごませるのは、誰でもできるよって、言っているのでしょうか。


「こだまでしょうか」


「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。


「ばか」っていうと
「ばか」っていう。


「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。


そうして、あとで
さみしくなって、


「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。


こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。


 「金子みすゞ童謡全集」より(ACジャパン)


やさしく話しかければ、
やさしく相手もこたえてくれる。


ところで、昨年から時々、テレビで見かけるCMにも、印象的な短いコマーシャル・ソングがあります。あの歌声は、私たちの世代には聞き覚えのある、なつかしい声です。もしかして、歌っているのは、ムッシュかまやつ(かまやつひろし)さんでしょうか。短いシンプルな歌なのですが、なぜか心ひかれる歌で、私は気に入ってます。


「ささえあったら、人になる」


ながいぼうに、みじかいぼう。
ささえあったら、人になる。
ささえることで、人をしり、
ささえられて、人となる。


ながいぼうに、みじかいぼう。
ささえあったら、人になる。
ささえるから、人なんだ。
ささえられるから、人なんだ。


           (ACジャパン)


教室で担任や仲間へ「教えて」と言える子どもに育てることの大切さを、このCMソングを聞いて、改めてかみしめました。自立するということは、社会に出てから、困った時は人に依存しながらも、うまく人間関係をつくり、頼ったり頼られたりして生きていくということなのかなあと、つくづく思います。


担任が意識したい(できる)こと・・・10か条


1,担任が笑顔で「おはよう」と言うと、子どもも元気が出ます。
2,担任が楽しそうに歌うと、子どもも歌うのが楽しくなります。
3,担任が遊ぶのを楽しむと、子どもも遊ぶのが楽しくなります。
4,担任が「うんうん」とうなずくと、子どもも満足できます。
5,担任が気持ちに共感してやると、子どももうれしくなります。
6,担任が「困ってるの?」と聞くと、子どももしゃべります。
7,担任が「えらいねぇ」とほめると、子どももやる気が出ます。
8,担任が「大丈夫だよ」と支えると、子どもも自信を持てます。
9,担任が共に心から喜ぶと、子どもの喜びも2倍になります。
10担任がどっしりしていると、子どももなぜか安心できます。


関連ページ(記事)


「愛着形成」①親子ではぐくむ絆づくり【ママを受け入れられる子になる愛着の感性の育て方】+ママの思いを代弁する詩・0~3才児の育児

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898093/



幼小連携①保育園・幼稚園がめざす「理念」を、保護者も納得してから入園してもらうことの意味【園と家庭が手を結べるため】

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# by takaboo-54p125 | 2017-08-05 05:58 | 保育・教育

SNSと言えば、LINE、Twitter、Facebook、instagram等々たくさんあり、ユーザーの年代によって、さまざまな使い分けをなさっているようです。例えば、LINEの特徴はグループ内のトークですから、トークのスピードについていけない子が、どんなグループでも必ず出てきます。そうすると、けっこうシビアなトークになり、気づかないうちに、特定の子を傷つける内容になっちゃいます(何気ないトークでも約30分も続けると、かなりの確率でギクシャクしてくる、とも聞きました)。そうして、結果としてLINEイジメになってしまうケースが少なくありません。というような、それぞれのリスクも知って利用されることをオススメします。Twitterについては、後で述べます。Facebookは一度始めましたが、やめました。instagramはしたことがありません。


私はガラケーを重宝しています(スマホと比べた結果)

私の周囲でも、スマホを持つ人が増えています。しかし、ガラケー派の人も意外と少なくないことを知りました。スマホからガラケーに戻した人も少なからずいます。私自身は、ガラケーと呼ばれるケータイを重宝して使ってます。お若い人にはスマホが必需品かも知れませんが、自分の年齢を考えると、スマホに切り替えるつもりはありません。時代の流れについて行けない者の言い訳(開き直り)だと思われても、人は人です。


第一の理由は、ガラケーとスマホの消費電力の違いです。私がそもそもケータイを使う頻度が低いからですけど、1回充電すれば、よく使っても3~4日、長い場合はほぼ1週間ほど持ちます。非常時(停電等)の連絡や災害時の安否確認のことを考えると、やはり消費電力の大きいスマホを持ちたいとは思わないのです(サイズもガラケーのほうが小さくポケットに入れやすいし、カバーも要らず、長持ちします)。


第二の理由は、使用目的です。私が主に使うのは、スケジュール管理・メール・通話の3つです。ケータイでネットに接続して調べる習慣のない私は、やはりスマホの必要性を感じません(20世紀型アナログ人間の発想なのでしょうけれど)。そんな私から見ると、今どきの人は、すぐスマホで調べようとする傾向を感じます(自分の頭で考えてみて、周囲の人とも話し合って相談する経験を積んでほしい旨は、機会があれば伝えているのですが)。学校現場などでは、子どもや同僚とのコミュニケーションが最大の支えになります。百人百様ですから、対応マニュアルを押し通すと、子どもと教師の間にずれが生じ、わかり合えません(溝が深まります)。人の「気づき」や「学び」は、身近な人間関係づくりの中でこそ成立することを、実際に体験する中で、じかに感じ取ってほしいなとつくづく思います。


第三の理由は、「歩きスマホ」などで人様に迷惑をかけたくないし、長時間使用で「スマホ首」や「スマホあご」などになって、体に不調をきたすようにもなりたくないからです。昨年から「スマホ首」による肩こりや体調不良がニュースや新聞でも話題になっています。それで悩んでいる人のために、さまざまなストレッチ体操も紹介されているようです。ちなみにパソコンは仕事柄、タブレットよりノートが使いやすく、LINEやSNSの仲間に入れてもらえなくても困らないし、オンラインゲームにも全く興味関心のない旧人類?のオッサンです。ガラケーだとスマホの半額以下の月額料金ですし・・。


以上、3つの理由で私はガラケーを今後も愛用するつもりです。まあ、自分のできる範囲で節電(微々たるもの)をする意識だけでも、忘れないようにしようと思うのです。昨夏は、30℃以上でパソコンがピンチになるとエアコンのお世話になり、29℃に設定するだけでも、ずいぶん涼しく感じました。公民館・お寺・学校なども、せめて28℃を守ってほしいと思いました。というのは、身近な公共施設で、人前でも堂々と23℃に設定することを要求する60代の人を見て、省エネを実行する気が全くない人がいる現実に驚いたからです。「3,11」以来、余計に思います。ただ、熊本地震ではSNSが被災者支援の役に立ったと聞き、スマホのことも見直しました。


また話がそれますが、長年使ってきた冷蔵庫やエアコンも寿命がきたので、一昨年、思い切って省エネ型の冷蔵庫とエアコンに買い替えました。他の家電も寿命が来たら、順番に省エネ型へ切り替えていく予定です(予算の範囲内ですが)。照明器具も替えると高価ですし、単価そのものが高いので、ほんの少しずつしかできませんが、LED電球にも替えていけたらいいな、と思っております。話を戻して、今のガラケーがある日、突然、こわれる日が来るまで大事に使うつもりです。いつも、そういうやり方(こわれるまで使う)ですから、厳密には通常の機種変更とは言えないかも(ガラケーが店頭から消えませんように・・パカパカケータイとも言うそうです)。


Twitterの公開ツイート(初期設定)と非公開ツイートの違い


余計なお世話ですが、SNSのTwitterは初期設定が公開ツイートなので、そのまま登録すると、世の中の誰でも閲覧できる=これがTwitterです(仲間うちのLINEとは別物)。本名で個人情報(所属名など)までプロフィールに載せたら危険です。就活先はチェックして、個人情報の管理ができない人と判断します。さらに、個人(顔)写真を載せるなど、問題外と判断されますよ。ツイート・リツイート内容は、誰に読まれても恥ずかしくない内容になってますか?ですから、個人を特定されにくいハンドルネーム&プロフィールにする人や、非公開ツイート(鍵マーク)にする人が多いのでしょう。それでも個人が特定されないとは限りません。SNSで、非常識な発信をして最後に困るのは自分だ、と自覚しましょう(以上、Twitterヘルプセンターを参照)。

保護者の同意があれば、子どもの顔写真を公的なSNSに載せてもよいのか

一度投稿した個人写真は、公開後に削除や非公開にしても、ネット上では何らかの形で残ります(たとえ投稿者が消したつもりでも)。個人情報をせっせと集めている側にすれば、それだけ、のどから手が出るほどほしい顔写真だと言えます。ですから、Twitterでも、Facebookでも、子どもの顔写真を載せるのは、極めて危険です。例えば、イベント等における子どもの写真を市区町村等のSNS広報へ載せるため、保護者の同意を求めてきても、公的機関だからと言って信用し、安易に同意してはいけません(保護者の同意を得るということは、いざとい時の法的な責任逃れ目的かも・・と疑いましょう)。まことに失礼ながら、今の公的機関には、SNSに掲載した個人写真を守れるIT技術はありません。担当者がその事実の認識すら出来てない(気づいてない)ケースも多いです。わが子の個人情報を守れるのは、中途半端なIT知識しかない公的機関(市区町村役場等)のSNS広報担当者ではなく、保護者の方々ご自身だと自覚しましょう。同時に、公的機関の関係者各位にも自戒を求めます。

関連記事
中高生が身につけてほしいスマホLINEの【マナー10項目】Twitterの[公開ツイート]と[非公開ツイート](Twitterは被害に遭いやすいSNS)
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898591/


# by takaboo-54p125 | 2017-07-22 05:00 | くらし

以前、新聞に、育児・子育ての専門家でいらっしゃる方々(臨床経験豊富な実践家)の見解が載っていました。その中では、


「大多数の赤ちゃんは、生まれてまもなく親に抱きとめられ、母親の胎内で感じていたであろう安心感がそのまま引き継がれる」


という、「赤ちゃんと母子関係をどう観るか」について書いてありました。この見方は、確かに昭和の頃の赤ちゃんには、ぴったりあてはまります。私も同意見です。


ところが、平成以降、大多数の赤ちゃんは、母親の胎内で感じるはずの「安心感(母親の心臓の鼓動、母親の話し声=母親が発する音)」を日々聞いて育つのを、じゃまされたままで、オギャーと生まれてくるようになったと、私たちは認めざるをえません。そんな赤ちゃんを取り巻く状況が今、年々さらに加速されています。5年ちょっと前の、以下の記事も抜粋しながらふり返ってみましょう。


今の子どもたちの『ハンディキャップ』【母も子も守るための提案2つ】
http://sg2takaboo.exblog.jp/24898178/


『まず、胎児の耳に最も響く母胎に密着した音を、私は「母胎密着音」と呼びたいと思います。お母さんの心音、お母さんの声などに加えて、お母さんが身につけるようになった物で、お母さんの声が赤ちゃんの耳に届くのをじゃまする電子音です。


つまり、携帯電話の着メロ着うた着信音と、音楽プレーヤー(ウォークマン、iPodなど)のイヤホン・ヘッドホンの音楽を「母胎密着音」だと考えます。(中略)


 赤ちゃんが泣きました。 オッパイをあげたりオシメを替えても、全く泣きやみません。「よしよし」と抱っこをして、あやすと、泣きやむどころか、背中をそらして抱っこを拒絶するような激しい泣き方をします。 そして母親がオロオロしているうちに、赤ちゃんは泣き疲れて眠ってしまい、母親もホッとします。 心を育てる育児は一歩も前進しません。


 また、泣いていない時に、母親が顔をのぞきこんでも赤ちゃんはニコッともしません。 赤ちゃんが泣きやんでくれたり、目と目を合わせて笑ってくれるのが、母親の喜びなのにそれがありません。 これでは母親もだんだんイライラしてきます。 心が通い合いません。


 そのうちに、育児に疲れ、そんなわが子が憎たらしくなってきて、しまいには愛せなくなってしまいます。(中略)


 赤ちゃんが泣いたら「よしよし」と抱っこで安心して、ニコーッと笑顔になる関係を再構築する作業(それこそ地道な何百回何千回のくり返し)に、公的な育児支援の力を注ぐことこそが、積極的な虐待予防ではないでしょうか。(以下略)』


こうして今、不安(母親の声や心音を赤ちゃんが聞いて育つことの、じゃまをする電子音だらけ:スマホ着信音・音楽プレーヤーのイヤホン、クルマの振動音などの母胎環境)を感じたまま生まれてくるのが、大多数の赤ちゃんということになります。ですから、くり返しになりますが、お母さんが抱っこしても、赤ちゃんは不安なままですし、お母さんが「よしよし」とあやしても、赤ちゃんは不安を解消できません。どの音が安心音かわからない赤ちゃんは混乱し、泣き疲れて眠るまでパニック‥。


これが朝から晩まで毎日くり返されるわけですから、さすがのお母さんも育児に疲れ果てます。赤ちゃんが泣いても、赤ちゃんに向き合うことがストレスになり、しんどくて、ぐずる赤ちゃんをかまうより、ついついスマホをさわってしまうのです。また、子育てアプリに頼ってしまうのです。空腹・眠気・不快じゃないのに赤ちゃんが泣きやまない理由が、「心の拠り所の見つからない赤ちゃんが不安だから泣き続けているんだ」ということに、気づいているお母さんは、ほとんどいないと思われます(ママもパパも、祖父母さんも、疲労度100%かも)。


ですから、そんな、いっぱいいっぱいのお母さんを、私たちは責めてはいけません。今の育児は昔より「手間」がかかることを理解しお母さんの個々の悩みに共感的に応えつつお母さんの努力をほめながら具体的な「手間」を1つひとつ教えそっと温かく支えてあげる「助っ人」=支援者が求められています。以下の記事やウェブページが、今どきの育児・子育て(「手間」を協働する)支援を進める一助になれば、幸いです。


「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育てのポイント1~10】『心育て・親育ち』のミニプチ・ステップ

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898092/



# by takaboo-54p125 | 2017-07-08 06:34 | 育児・子育て

中高生が身につけてほしいスマホLINEの【マナー10項目】


スマホのLINEとは、「日常会話」に近いやりとりですから、マナーを守ることが、そのまま自分も相手も守ることになります。LINEのマナーを知ってルールを知っていると、LINEが便利なツール(道具)になり、LINEのマナーを知らないと、ストレスの原因(ストレッサー)になります。LINEはグループ内トークですから、トークのスピードについていけない子が、どんなグループでも必ず出てきます。そうすると、けっこうシビアなトークになり、気づかないうちに、特定の子を傷つける内容になっちゃいます(何気ないトークでも約30分も続けると、かなりの確率でギクシャクしてくる、とも聞きました)。そうして、結果としてLINEイジメになってしまうケースが少なくないことも知っておいてほしいと思います。なお、instagramについては、顔写真や居場所など個人情報の流出を心配するしかない、勉強不足の私ですm_ _m。


次の10項目がすべてではありませんが、「最低限のマナー」だと思いますので、LINEをしている中高生のみなさんも、見守る保護者の方々も、指導する先生方も参考にしていただければ幸いです。以下は、そこそこくわしい学生たちから教えてもらいました。


1つめは、LINEは「短文のやりとり」ですから、メールみたい長文ではないので「お手軽」かも知れません。


ということは、「会話をしている感覚」に近い状況になります。ですが、相手は「目の前にいない」のですから、目の前にいない「相手の気持ち」を「思いやることを忘れない」ようにしましょう。便利(LINEみたいな使い勝手)になればなるだけ、落とし穴(人間関係をこわすリスク)の数も増えますから(主語を省略すると、誤解を生みやすい)。


例えば、集まる交通手段を聞く時に、省略して「なんで来るの?」とたずねると、「どうしてあなたが来るの来てほしくないのに」という意味に誤解されて受け取られるかも。


2つめは、目の前にいない相手は今、何か用事をしているかも知れません。そんな場合、LINEで「時間つぶしの相手をさせられる」のは、誰だってイヤなものです。


ですから、ダラダラと「長時間やり続けない」ほうが、お互いにとってよい関係でいられるかも。LINEのために仲がぎくしゃくするケースは少なくないですよ。


3つめは、「未読」と「既読」に「こだわらない」ことは大事なポイントになります。ということは、大切な話や急いでいる話なら、LINEより違う手段(特に大事な話は、電話でも誤解が伝わるLINEなら、なおさらです必ず出会った時に直接話すこと)を使うべきかな。


相手は忙しいかも知れないので、たとえ「未読」でも、相手に「既読」を「せかさない」ことです。すぐに返信がある・・なんて勝手に期待しちゃうと、自分自身の心が落ち着きません。せっかくのコミュニケーション・ツールが、「ストレッサー」になっちゃいます。


4つめは、「既読」なのに返事が来ない時は、「あなたのメッセージはちゃんと読んだからね」というサインだと受けとめておくのがよいかも。


既読」の相手に、しつこく「返信を要求」しないことです。要求されると、相手が困る場合(すぐには返信できない状況)もあると思いましょう。相手もイライラしちゃって、気まずくなることだってありますよ。


5つめは、グループトークをする時は、グループ「全員が会話に入れるトーク」を心がけましょう。


一部のメンバーだけで盛り上がる内容なら、全員ではトークを楽しめないので、別のトークルームに移動してするべきです。せっかくのグループが、くずれる「きっかけ」をつくった「張本人」(「誰のせい?あなたのせい!」)になりたくないですよね。


6つめは、グループトークをしているのに、個人的なトークをしないこともマナーです。


1対1トークをしたい」なら、「複数人トーク」(トークの画面から、画面右上のボタンでメンバーを選択)に切り替えればいいでしょう。グループトーク中に1対1トークをしていると、グループのみんなが、しらけてしまいます。


7つめは、友人に「グループ参加(招待)を強制しない」ようにしましょう。


あなたのことが嫌いという理由ではなくて、たくさんの人からのメッセージが来るのを、しんどいと感じる人(苦手な人)もいるからです。LINEが「楽しみ」から「義務」になってしまうことで、「LINE疲れ」になっている人も少なくありません(それを言えずにガマンして黙っている人も必ずいます)。


8つめは、トーク内容を、グループ以外の人に見せたり、話したりするのは、マナー違反です。


トーク内容(誰がこう言っていた)をばらすのは、あなた自身が、みんなからの「信用を失ってしまう行為」だと自覚しましょう。


9つめは、スタンプは「ごく親しい友人同士だけで使うアイテム」だと思いましょう。「喜怒哀楽の感情表現を超簡単に伝えるアイテム」だからです。


スタンプは自分の考えや気持ちを誤解されないよう「相手へていねいに説明するためのアイテム」ではないんだ!と意識しましょう。つまり、誰に対してもスタンプをお気楽に使うと、誤解されてトラブルの原因になりやすいとも言えます。また、スタンプの「連打は、相手の迷惑」になると覚えておいてください。金銭的にもプリペイドカードで「有料スタンプ」を買うのは、「ほどほど」にしましょう。これに、お金の貸し借りがからんでくると。友だちをなくす元になります。


10個めは、LINEを使って、仲間はずれをしたり、イジメをしたり、絶対にしないことです。トーク時間が長く続くと、知らないうちにイジメに巻き込まれると覚えておきましょう。


しかし、短文やスタンプばかりで「やりとり」する習慣がつくと、人づきあい(理解し合うこと)を豊かに学ぶべき中高生の時期なのに、言葉足らずな会話しか身につきません。そうなると、相手を傷つけていることにも、気づかなくなります。人にイヤなことをしたら、必ず自分もされます。いつか必ず誰かにばらされるからです。絶交しちゃった友人が、あなたの名前をばらすのは止められません。それは、一度送信した内容は、自分で「消すことができない」からでもあります。


LINE以外・・匿名で書き込みやコメントをしているつもりでも、誰が書き込みをしたのかなんて、プロにはばれてしまいます。過去に書き込みなどで身に覚えのある若者は、就活で「ジ・エンド」(企業が調査会社に依頼して発覚)かも・・・いう時代です。また、小中学生の頃、3DS・PSvita・PS4・Switchなどのゲーム機インターネット機能や、スマホの対戦ゲームで、個人情報を「情報屋」に盗まれた可能性の大きい人は、数年たって成人する前後から、家族が特殊詐欺のターゲットにされやすい(子ども時代の個人情報が売買される→十代後半~二十代の若者の実家:祖父母が詐欺被害にあいやすい)ことも、頭の片隅に置いておくより、家族には正直に話しておきましょう(近い将来、自分・家族や大切な人を特殊詐欺・ストーカー等の被害から守るために)。


以上、10項目でした。他にも、マナーはあると思います。


それよりも、中高生のみなさんが、LINE以上に大事にしてほしいのは、「目の前にいる人と人とのコミュニケーション」でしょうか。


「これ、どうするの?」「ごめんね」「ここ、どう読むの?」「ありがとう」「わからないから教えて」「いいよ」「気にしないで」「大丈夫?」「どうしたの?」「どうしたい?」


などの会話(最初のひと声)に、エイヤー!と勇気を出してチャレンジしてみましょう。そうして、相手に命令するのでもなく、相手に合わせるのでもなく、対等に聴き合い、伝え合える友人と出会うことによって、周囲の人との間に感じる「見えない壁」も徐々に消えていくと思います。


そうすると、これが「人づきあい」なんや!と安心できる時がきますよ。同時に、自分自身の内側にも、人との柔軟な「距離感をつかむ力」や「つながり力」がUPしてくることでしょう。


それを側面から支えてくれる詩(親の役割を教えてくれる詩)もあります。紹介させてください。


『ピンチの時のお願い』  小林育子・作


「つらい時は泣けよ」って


力強くいって下さい


無理やりいいとこさがして


ほめて下さい


「あした宇治金時食べよう」


とか


ちょっと先の


未来の話をして下さい


隣に


しみじみと話をする


かしこいおばあさんを一人


座らせて下さい


なんだってかんだって


ありのまんまそのまんま


うけてたつ


強い奴になりたいのです


勝手ながらお願いします


この詩は、詩集「一編の詩があなたを強く抱きしめる時がある」水内喜久雄・編(PHP研究所)に50編載っている詩の1つです。私も手元に1冊置いてありますが、本書を直接読まれることをオススメします。


なお、この頃「LINE MUSIC」のCMを見ますが、詳しい人の話では、利用するなら「音質を高・中・低の低にする、できればWi-Fiで接続する、データ通信量をこまめにチェックする」ことが大切だそうです。理由は通信量が半端じゃないからです。例えば、docomoスマホの送受信できるデータ量は月々、Sパックで2GB、Mパックで5GB、Lパックで8GBです。「LINE MUSIC」高音質で違う曲を8時間聴くと1GB超の通信量になります。それが、低は高の5分の1で済むし、それもWi-Fiだと節約できます。それでも通信量のこまめなチェックは、自分で自分を守るために必須です。


スマホの所持率(2014年)は、リクルート進学総研やデジタルアーツなど大手企業の調査によると、中学生で50%を越え、高校生で80%を越えたと言われています。小学生で30%台とも言われています。子どもにスマホを買い与えていなくても、親のスマホで子どもがオンライン・ゲームをする(ゲーム機やスマホに「子守り」させている)・・そんな親子の姿を見かけることが珍しくなくなったと思いませんか。


こうなると、2015年になった今日、上記10項目(スマホLINEのマナー)については、小学校高学年でも指導しておく必要がある時代に突入したのでしょうか。子どものスマホ所持率以上に、親のスマホを日常的にさわっている子の割合をアンケートするなど、各小学校でご検討ください。子どもがゲーム機のインターネット機能やスマホLINEに「無防備」のまま、お気楽に使っているのは怖い・・だからこそ、気づいた時がスタートです。


中学・高校では要指導事項だと言えます。現実には「スマホ・デビュー」=「LINEデビュー」になるでしょう。親子で話し合える関係をつくる(こわさないで維持する)ことが、学校での指導が生かされる土台になります。ですから、同時進行で保護者のみなさんにも同様の啓発をしていきたいものです。


さらに、高校生や大学生・専門学校生になると、「Twitterデビュー」「instagramデビュー」する若者が多いようです。できれば、Twitterヘルプセンターなどを読みましょう。


Twitterの、非公開ツイート設定を知っていますか?


高校生や大学生がSNSをするならば、気をつけてほしいことがあります。例えば、ツイッターの場合、本名で登録する人は少数派、ハンドルネーム(プロフィールも最小限)で登録する人が多数派です(個人情報の流出を防ぐため)。


最初に登録する時、初期設定は「公開ツイート(誰でも閲覧できる)」なので、「非公開ツイート(あなたの承認した人だけがフォロワーとして閲覧できる)」の設定もできます(LINE感覚でお気軽にTwitterデビューしたら、大変なことになっても、全て自己責任です)。操作の手順は、Twitterヘルプセンターに載っています(注意点も、自分を守るために全部読みましょう)。


たとえハンドルネームでも、一度ツイート・リツイートした内容は消えない(名前を勝手に公開される危険大)と覚悟しましょう。


個人写真を不用意に載せちゃうと、その写真があちこちに転載されることも少なくありません。


自分のため(就活で不採用にならないため、人に迷惑をかけないため)にも、うっぷん(うさ)晴らし(誹謗中傷・暴言・悪口・陰口)の公開ツイートだけは絶対にしないことです。


Twitterは、トラブルや犯罪被害に遭いやすいSNSかも


総務省が発表したH27年度情報通信白書によれば、10~20代のSNS利用者のうち、何らかのトラブルの経験がある青少年が26%もいたことがわかりました(泣き寝入りした人を加えたら、その割合はもっと多いはずです)。その内容は、


自分の発言が誤解された7,4%、


冗談のつもりが人を傷つけてしまった4,7%、


ネット上でけんかになった4,4%、


自分の個人情報や写真が他人に公開(暴露)された4,2%、


匿名だったのに他人によって自分の名前を公開(特定)された2,7%、


なりすまし・炎上・アカウント乗っ取りが各1,4~1,6%でした。


さらに、H28年度上半期において、青少年が犯罪被害に遭うきっかけとなったSNSの、第1位はTwitterであったことも知っておいてください。


関連ページ


子どもの「ネット被害(加害)」を防ぐ【小学生:親子の「学び直し」10項目&ゲーム機10カ条の憲法(案)】【中高生:スマホLINEのマナー10項目&TwitterとLINEは別物】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898596/



子どものおしゃれ【キッズコスメ~100均コスメ:お化粧の低年齢化】【ハイヒールの低年齢化】【読者モデル小中学生】(お母さん方へのイエローカード)

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898296/



# by takaboo-54p125 | 2017-06-24 05:31 | 保育・教育

スマホを乳幼児にさわらせるのは○か×か△か


歯医者さんの待合室で何気なく雑誌を読むと、とても気になる記事がありました。それは、小児科や精神科のドクターたちが「近頃の赤ちゃんの泣き方がおかしい」と感じていることから、ジャーナリストの方が警鐘を鳴らす記事でした。その後、図書館で再度、同記事を読み返しました。一読されるのをオススメしたい内容でした。


記事の概要を紹介させてください。


書き出し(太字)は『最近、尋常ではない泣き方をする赤ちゃんを、電車の中などで見たことがある人もいるのではないか。小児科医に聞くと、"金属音"のような泣き声を出す乳幼児が増え、それは親のスマホの使い方と関連性が高いという。・・』でした。記事に登場するドクターは全員実名ですが、ここでは伏せておきます。


長野県の小児科医の、乳幼児を心配する声が載っていました。


「金属的な叫び声のような泣き方をする子、泣き始めるとパニックになっておさまらない子が、数十人に一人の割合でいます。・・(中略)・・女の子の方が多いのですが、男の子もいます」


「待合室でスマートフォンを使うお母さん、お父さんが増えました。お母さんが赤ちゃんを抱っこバンドで前抱っこしている時、赤ちゃんは一心にお母さんの顔を見つめているのに、お母さんは顔をそむけたまま無表情でスマホを・・(後略)」


東京都の小児科医の、乳幼児を心配する声も載っていました。


「最近、パニックを起こして自己抑制できない子どもたちが多いですね。特に予防接種では過剰に反応し、泣きわめく、騒ぐ、蹴る。・・(後略)」


「(前略)・・子どもたちは親とアイコンタクトを通して信頼関係を築いて育つのに・・(中略)・・スマホを使っている親は、子どもと向き合わずに簡単にスマホを子どもに渡しているのです」


日本小児科医会常任理事(医師)の、育児や発達に関する見解が載っていました。


「(前略)・・赤ちゃんは、生後36カ月(3才)頃までに急速に脳の言語中枢や自己抑制の中枢が発達します。その期間に、泣いて欲求を訴えたり、親や保育者と言葉のキャッチボールをしながら言葉を覚え、自己抑制も覚えていきます。ところが、スマホが親子の間に入り込むと、言語や自己抑制の発達に、悪影響が及ぶと考えられます・・(後略)」


静岡県の小児科医の、育児や発達に関する見解も載っていました。


「(前略)・・眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)は、出生の少し前から発達し始めて、生後3年足らずで発達を期待できなくなります。その間、眼窩前頭皮質は親や保育者からの愛着と信頼、そして、教えられた我慢で育ちます。ところが・・(後略)」


大阪府の精神科医の、乳幼児を心配する声も載っていました。


「(前略)・・赤ちゃんには、笑ったら笑い返す、泣いたら『どうしたの?』と抱っこして反応することが基本なのです。それが今では、抱っこをしながらでも、赤ちゃんの顔よりも、スマホの画面をつい見てしまいます」


ネット依存治療部門がある、神奈川県の国立病院機構・久里浜医療センター長(精神科医)が、「依存症の低年齢化」を指摘されている声も載っていました。


「(前略)ITメディアの依存症・・(中略)・・特にスマホは、ゲームや動画、インターネット、SNSなど依存しやすいアプリがたくさんインストールできるので、治療が本当に困難です」


日本小児科医会の、キャンペーン「スマホに子守りをさせないで」も紹介されていたので、日本小児科医会のHPを閲覧すると、以下の提言○×が書いてありました。


 赤ちゃんと目と目を合わせ、語りかけることで赤ちゃんの安心感と親子の愛着が育まれます」(どうせ赤ちゃんにはわからない!と決めつけないほうがよい)


× ムズがる赤ちゃんに、子育てアプリの画面で応えることは、赤ちゃんの育ちをゆがめる可能性があります」(親を求める赤ちゃんを、アプリでごまかさないほうがよい)


あちこちの小児科医や精神科医(臨床経験の豊富な専門医)の、今の乳幼児を心配する声を聞いて、育児・子育てに警鐘を鳴らす説得力のある記事でした。1990年前後に小児科医が「サイレント・ベビー」と呼び始めてから四半世紀以上が経ち、その子たちがちょうど親世代(=スマホ世代)になる時期と重なる昨今・・なるほど、私も同感です。閲覧者のみなさま、親世代への「あったかい啓発」


家庭で、わが子が泣いた時や親の顔を見ている時は、スマホをちょこっと中断し、わが子の目を見ながら受け答えしてあげてほしいと思うのですが、いかがでしょうか?。


わが子に「パパ・ママは、ボク・ワタシよりスマホに夢中なの?」と思わせる親には、出来ればならないでほしいと思うのですが、いかがでしょうか?。


わが子が親よりスマホを大事にする子に育ってしまわないよう、スマホにさわらせるのは、こういう時だけにしようと決めておくといいと思うのですが、いかがでしょうか?


など、保護者を責めずに伝えてあげてください。「三つ子の魂、百まで」なのですから。ただ、公共交通機関を利用している時に、わが子が泣いてしまった場合の「お守り」代わりがスマホであることも現実でしょう。大切なのは、困ったらスマホに頼る時があってもいいけど、頼りっぱなしにならないようにすることでしょうか。


ところで、2016年1月22~23日に、ニュースや新聞で報道されているのが、「子どもの近視」についてです。文部科学省が発表したH26年度のデータでは、小学生の10人に3人、幼稚園児の4人に1人が視力1,0未満でした(H20年以降の7年間続いています)。さらに、小学生の場合は5人に1人が視力0,7未満です。その原因として、保護者のスマホを幼児期から長時間さわらせたり、3DSなどのゲーム機やパソコンの長時間使用が考えられると、眼科医も指摘しています。乳児・幼児にもスマホをさわらせている保護者のみなさんは、幼いお子さんの視力低下に影響を与えていることに気づいておられるのでしょうか。


「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」


とりあえず、国内のことだけにしぼって、少々気になる(心配な)ことを挙げてみます。


たしか2015年末、関西電力から「節電のお願い」のEメールが私のパソコンへ、メールが私のケータイへ来ました。それはよくわかります。しかし、一方で各テーマパーク・観光地・ショッピングモール・ホテル・デパート・公園から大通り・住宅街まで、イルミネーションのオンパレードです。節電要請が必要な状況の日本になっているのに、電飾だらけの世の中って、なんか矛盾してへんのかなぁと感じるのは、私だけなのでしょうか。


さて、電車に乗ると、ずっとスマホとにらめっこしている人の多いことには、毎回びっくりします。無料オンラインゲーム「モンスト」「パズドラ」などの会社の売り上げが月100億円を超えたりする理由を垣間見た気がします。たまに、読書している人を見かけるとホッとします。私がもし、東京・山手線や大阪・環状線に乗っていたら、いざという時(地震など)の対策として、外の景色(特に目印となる建物など)をよく見ておいて、どの駅からでも徒歩で帰宅したり勤務先へ向かえる、おおよその経路をイメージしておきたいです(地下鉄ではさらに、もうひと工夫いるでしょうが)。


身近な人に聞けば済む内容でも、即スマホで検索する人が少なくありません。先日1月7日(木)の朝日新聞2面には、「正規サイト見ただけで感染 ウイルス入り広告が誘導」という記事が載っていました。トレンドマイクロ社が推奨する対策で私にも出来ることは、Windowsもウイルスバスターも、常に最新の状態にバージョンアップすることぐらいです。とりあえずデスクトップ上に、広告のないGoogleのショートカットを出してみましたが・・。


2016年1月6日(水)の朝日新聞2面、「ネットの呪縛 恋愛は面倒」という記事では、『(前略)・・かつて恋愛は2人だけで世界が完結する楽しいものだったのに、今は数多くの人同士がSNSでつながって衆人環視下に置かれ、面倒なもの・・(後略)』と、親子の「恋人はいらない 親ラブ族」化現象を憂慮する有識者(「おひとりさま」「草食系男子」などの新語を世に出した方)の声が載っていました。何でもかんでもSNSの時代です。せめて恋愛とSNSだけは切り離さなくっちゃ。恋愛とSNSを連動させるのは、お互いに精神的負荷がかかりすぎてNG(危険)だと思いませんか。たしかに年頃の娘さんと親(知人)が2人仲よくお出かけする「親ラブ族」化の姿を、私も見かけました(挨拶はしたけど、20代のお子さん・・大丈夫でしょうか?)。


また、親子(小学生)連れなのに会話がゼロ、両親が2人ともスマホをさわっていて、子どもも3DSやPSPなどの携帯ゲーム機をさわっている・・ただ親子が同じ時間と空間を共にしているだけ・・何のために一緒にいるのかな、見ていると少し空しくなりました(前段落の「親ラブ族」も含めて、人様の家庭のことながら、日本の将来が心配です)。わが家のスマホ対策としては、docomoに毎月50円手数料を払う契約(手続きは簡単)をし、紙ベースの月額請求書を送ってもらってます。その請求の内訳を息子達にも見てもらう(たまに食事が一緒になる時)だけで、各自がそれなりに自覚してくれているようです。


2016年も、いろんな年賀状を頂戴しました。ありがとうございます。ここ数年、気になるのが、ご家族の写真を載せる年賀状の中に、危険だなぁと思うケースが見受けられることです。お子さんのかわいい写真(超アップ)を載せたい親心もわかりますが、私なら、わが子をネット・トラブルの危険にさらすかも知れないのが怖くて出来ません。理由はその年賀状を受け取った人が、自宅の居間に何気なく置いておく場合もあるからです。そこへ偶然その家族の友人が来訪し、年賀状の写真が目に入り「かわいい」と、スマホでカシャッ、悪気はないけどSNSにアップ(非常識or無知な人も)、これって超やばくないですか。この可能性が0%とは、私には到底思えません。お子さんをネット・トラブルから守るため、自重されることを願います。


以上、今、パッと浮かんだ具体的場面6つのうち、5つもスマホ関連です。どうか皆さん、スマホも上手に活用しながらスマホ依存にならないで!(SNS依存になると、脳の思考も○か×かというパターンになり、人づきあいもシャットダウン・リセットという感覚になっちゃうから)と願いつつ、何かと、格言「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」の意味を、かみしめたい時代になってきていると、つくづく思います。そんな時には、ザ・ブルーハーツの名曲「情熱のバラ」で歌われている歌詞「なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せ、なるべくいっぱい集めよう」を口ずさむようにしています(便利さに安住しそうになる自らを戒める言葉として)。だらだら書きましたが、結論は、あくまでもスマホは人が上手に活用するツールであって、人がスマホに支配されちゃいけないのではないかという意味で、今のところ△かなぁと思います。


意欲(やり抜く力)と自制心を育てることの意味


2015年秋、久しぶりに出会った学生時代の友人(逸材)から薦められていた本を、この冬に、ようやく読むことができました。教育経済学者の中室牧子・慶應義塾大学総合政策学部准教授の著書『「学力」の経済学』です。就学前保育教育や学校教育に携わる方は、自らの視野を広げるという観点からも、直接読まれることをぜひオススメします。


なんせ、初版2015年6月18日から5ヶ月未満に第12刷発行(増刷)という、傑出した教育経済学書(アメリカにおける科学的な検証により、教育にいつ投資すべきかを明らかにした内容をまとめた経済書=すぐれた教育実践家個人の経験や勘ではなく、科学的な実験~追跡調査に基づいた教育書)なのです。とっくに、文部科学省もベネッセ教育総合研究所も注目している・・とも聞きました(ベネッセの発信にも期待)。


さて、肝心の本書『「学力」の経済学』(中室牧子・著)の目次を見ますと、


第1章 他人の“成功体験”はわが子にも活かせるのか?


第2章 子どもを“ご褒美”で釣ってはいけないのか?


第3章 “勉強”はそんなに大切なのか?


第4章 “少人数学級”には効果があるのか?


第5章 “いい先生”とはどんな先生なのか?


という構成になっています。凡才の私ですので何度も読み返しながら、その中から「なるほど!」と共感・納得したところを中心に、ふれてみたいと思います。


その1つ目ですが、本書18ページの中ほどに、


『この法律(落ちこぼれ防止法)の中で、実に111回も用いられている象徴的な言葉があります。それが「科学的な根拠に基づく」というフレーズです。この法律によって米国の教育政策は大きく舵を切ることを余儀なくされました。(中略)科学的根拠に基づく教育政策とは、「どういう教育が成功する子どもを育てるのか」ということを科学的に明らかにしようとする試みです。』


と書いてあります。アメリカの経済学者や心理学者による、実験~追跡調査など、さまざまな科学的根拠を示した事実(学ぶべきところ)に関する中室先生の解説は、後ほど紹介しますが、そういう科学的根拠に基づく教育政策や教育論議が、日本では不十分だったのをご指摘くださったことに感謝します(反省です)。ただ、アメリカの「落ちこぼれ防止法」自体は失敗に終わり、アメリカでは新たな模索が始まっています。その概要については、以下の記事で紹介していますので、よかったら、ご覧ください。


2つ目は、本書32~39ページに、


『ご褒美が子どもの出席や学力にどのような因果関係を持つかについて、精力的に研究を行っているのが、ジョン・ベイツ・クラーク賞の受賞者でもある、ハーバード大学のフライヤー教授です。(中略)学力テストの結果がよくなったのは、インプットにご褒美を与えられた子どもたちだったのです。(中略)ここから得られる極めて重要な教訓は、ご褒美は、「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきだということです。』


と書いてあることです。「なるほど!」と思いました。フライヤー教授の検証に基づくご意見には、私も賛同いたします。


3つ目は、本書49~51ページに、


『コロンビア大学のミューラー教授らは、ある公立学校の生徒を対象にして「ほめ方」に関する実験を行いました。(中略)子どもをほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げるのが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られる知見です。』


と書いてあることです。このように、わかりやすくまとめてくださった中室先生には感謝します。本書を薦めてくれた私の友人の言葉を借りれば、


『能力をほめても子どもは伸びない、努力をほめると子どもは伸びる。


生活の中で、手伝いや自分で自分のことをする場面などで、


「早くできるように、がんばったね」


「重くても、よくガマンして運んだね」


「イヤなことなのに、しんぼう強く全部やり通せたね」


「ママの言うことを聞いて、最後まですることができるのは、すごいことだね」


「自分のことを全部するって、なかなかできないことなんだよ。よくやったね」


こんな、ほめ方をすることでしょうか・・・』


これらが、アメリカでは科学的な根拠に基づいて、既に明らかにされていたのです。


4つ目は、本書73~77ページに書いてある、


『教育にはいつ投資すべきか』で、『1992年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のベッカー教授が提唱(以下略)』と、具体的に紹介されていることと、


78~82ページに書いてある、


『幼児教育の重要性』で、『シカゴ大学のヘックマン教授(2000年ノーベル経済学賞)らの研究業績(以下略)』を紹介されていることです。私は、ここで初めて「ペリー幼稚園プログラム」を知りました。その内容は、ぜひ本書をお読みください。


今の日本に必要なのは、ただ待機児童を解消するだけでなく、投資すべき就学前保育教育とは具体的に何かを明らかにし(アメリカでは既に明らかにされていますが)、それに見合った子育て支援施策を行うことでしょう。それを解く鍵は「ペリー幼稚園プログラム」の中にあることを、中室先生は86~89ページで指摘されています。


話はそれますが、前述の保育園の待機児童を解消するには定員増のための保育士確保も必須でしょう。ところが、保育士全般(若手~中堅)で、クラス担任になることを望まない傾向が見られます(人件費削減のしわ寄せとして、担任の仕事量が多すぎるから)。それだけの職責に比例した待遇改善もせず、担任の仕事量負担も軽減しないまま、エラい人が公約に掲げる待機児童解消は「絵に描いた餅」と言わざるを得ません。そうならないためにも、中室先生のご指摘は、幼稚園教育はもちろん、保育園・認定こども園における保育内容を吟味するためにも、採択に値すると思いました。


さらに5つ目ですが、本書90~94ページに、


『重要な非認知能力:「自制心」』と、『重要な非認知能力:「やり抜く力」』が、『人生を成功に導くうえで重要だと考えられている』と記し、「自制心」と「やり抜く力」を育てるのが幼児教育で重要であることの、科学的な根拠を示されました。


文字や数などを理解したり操作したりするIQなどの認知能力に対して、非認知能力には、自分を信じてやり抜こうとする自己肯定感、やる気があって意欲的に取り組む力、少々イヤでもやり抜くねばり強さ・忍耐力、集団生活のルールを守りながら人と協力できる協調性・社会性・コミュニケーション能力、怒りや欲望を自らコントロールできる自制心、考えたり工夫することがイヤじゃない創造力などがあります。


自制心」を育てることについては、本書90ページで、


『「マシュマロ実験」と呼ばれる有名な研究があります。コロンビア大学の心理学者であるミシェル教授は(以下略)』というふうに、4歳児の「マシュマロ実験」~四半世紀を越える(大人になってからの)追跡調査という科学的根拠に基づいて、幼児教育で「自制心」を育てることが重要であると、教育現場へ提案されています。


やり抜く力」を育てることについては、本書94ページで、


『スタンフォード大学の心理学者であるドゥエック教授は、この力を伸ばすためには「心の持ちよう」が大切であると主張しています。ドゥエック教授らの研究によれば、「しなやかな心」を持つ、つまり「自分のもともとの能力は生まれつきのものではなくて、努力によって後天的に伸ばすことができる」ということを信じる子どもは、「やり抜く力」が強いことがわかっています。(以下略)』というふうに、「やり抜く力」の元を育てることが重要であると、親や教師へ提案されています。


6つ目は、本書103ページに、


『米国で実施された実験として有名なのは、「史上もっとも重要な調査」との呼び声が高いスタープロジェクトでしょう。(中略)日本では、「少人数学級」というと、35人学級を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、米国では少人数学級というと、20人以下のことを指すのが普通です。』


と書いてあります。このページの図21「学力と学級規模の関係」を見ると、35人学級と40人学級では学力に大きな違いはありませんが(←これを財務省が示したのなら、都合のよいデータだけ使うのはズルくないですか。文部科学省は、こっちのデータも示して反論し予算獲得につなげてほしいものです→)、学級規模が30人、25人、20人、15人と減るにつれて、学力は格段に向上していました。


7つ目は、本書114~126ページに、限られた教育予算の中で数十億円も使う「全国学力・学習状況調査」の意味合いや、順位の公表に関する見解が書いてあることです。『「学力テスト」に一喜一憂してはいけない』など、私も読みながら、「なるほど!」と共感しました(これは一読の価値があります)。


8つ目は、本書146~147ページに、


『ハーバード大学のチェティ教授らの研究グループ(中略)。ある子どもを、他の子どもや集団と比較するのではなく、過去のその子自身と比較して昨日より今日、今日より明日と伸ばしてやれる先生こそが、「いい先生」なのです。(以下略)』と書いてあることです。私も同感ですが、私の単なる直感と違って、中室先生は常に「科学的根拠」に基づいて事実を明らかになさっていますので、ただただ頭が下がります。ここまで読んで1つ気づきました。免許のいる多くの職業(医師免許など)がある中で、なぜ教員だけ免許状更新講習をH21年から導入したのか、科学的には疑問かつ不可解だということです。


少々脱線してすみません。以上、本書における「科学的根拠に基づいた」事実のまとめも、この本を紹介してくれた友人の言葉を借りてみましょう。彼の言葉は、全部で◎6つあります。


子どもが幼稚園で質の高い教育を受けるかどうかは、将来、社会的に成功するかどうかを左右する。


質の高い教育とは、子どものIQなどの認知能力ではなく、子どもの非認知能力が育っていく教育プログラムのこと。


非認知能力とは、社会性、忍耐力、自制心、意欲、創造性などがあるが、その中でも「意欲(やり抜く力)」と「自制心」が大切。


◎意欲は、ほめ方によって育ち「その子の能力」をほめる(「頭がいいね」等)と意欲が下がり、「苦労したこと、がんばった姿」をほめると意欲が育つ。


◎自制心は1才~3才までに親から共感的な眼差し(自発性を大切にした対応)でみてもらったり対応してもらうことで育つ。


学校の成績や社会的な成功を左右するのは、IQ(認知力)よりも「やり抜く力」「自制心」(非認知能力)の影響の方が、大きい。


このように、大人になって以降の人生の歩み方まで、3才までの育児・子育てが左右することが、アメリカでは経済学者や心理学者の研究グループの、長期にわたる検証によって明らかにされていました。研究グループだからこそ成し遂げられた成果です。それでは最後に、中室先生が著書の58・60ページに、ズバリ書いておられるひと言2つで、締めくくりたいと思います。


『「勉強しなさい」はエネルギーの無駄遣い』


『お手軽なものに効果はない』


関連ページ(記事)


「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育てのポイント1~10】『心育て・親育ち』のミニプチ・ステップ

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898092/



# by takaboo-54p125 | 2017-05-14 05:17 | 育児・子育て

教師が力ずくで押さえつけたり、強引にねじ伏せたりすると、イジメは教師の見えない所で、見つかりにくいように、言い逃れができるように、巧妙になっていきます。なめられたら増長するという理由から、威圧的な態度の担任で、一時的におさまったかに見えても、次の年に必ず反動がきます。


ですから、まず、先生たちは絶対に守ってくれるんだ、という存在感を取り戻し、学校の信頼感を回復するためにも、次の①②③④を、全教師で取り組んでみてはどうでしょうか。最初は相当しんどいと思いますが、きっと、全校の子どもたちの心に届く時は来ます。そんな小中高が全国に少なからずあるからです。小規模校でも、大規模校でも。それを校内研=校区研で取り組めたらなあ、と思います。


①子どもたちと向き合う時、安心感を伝える基本線


私たち教師は、よく次のような言い方を、ついつい子どもたちにしてしまいます。                                                     
「しっかりしなさい」「ちゃんとしなさい」などです。どちらも、子どもには、イメージしにくい言葉なのです。年令が小さいほど、どうしていいかわからない、あいまいな言葉だと言えます。ですから、大声で、「しっかりして」「ちゃんとして」「うるさい」「まだか」「はやく」「おそい」などと、どなるより『できて当然のこと』でも(今の時代には、↓これらが必要)


みんな、すわろうね・・・おっ、早くすわれたね」             
教科書の何ページを開けてね・・うん、開けたね」            
シーッ!お話するのをやめようね・・静かになったね」       
A君のお話を聞いてあげよ‥聞いてもらえるとうれしいよね」       
Bさんの意見、聞いてあげよ‥Bさんの気持ちわかるよね」      
先生のお話を聞いてね・・聞いてくれてありがとうね」           
みんな2列に並んでね‥すごく早く並べた。気持ちいいな」(いずれも笑顔で)                                                
と、その場面に応じて、子どもに、こうしてほしいという具体的な言い方で、子どもたちがイメージしやすいように伝えてあげましょう。もちろん、子どもたちが受けとめてくれたら、必ず子どもの目を見て具体的にほめることも忘れてはいけませんよね。(継続すると、しかる〔注意する〕回数が徐々に減りますよ)                                                          
そして、何よりも、教師が笑顔でいると教室に「安心できる空気」「心地よい雰囲気」が広がっていきます。それは即、子どもたちの心に伝わります。(楽しい空気は人から人へ伝染するのです)


また、「ダメ!」「やめい!」「あかん!」「何してんの!」「さっき言ったやろ!」などと言ってしまう、否定的な指示語も、緊急時以外は、やさしく、しっとりと、                                                     
どうしたの?」「何があったの?」「この頃、どうや・・?」
こういう時は、△△すると、うまくいくよ
そういう時は、先に△△してみようね」というふうに、心配の中身、ダメの中身を、具体的に伝えるほうが、元気のない子も、失敗した子も、素直に受け入れやすい言葉がけです。


授業中、できるだけ減らしたい教師の言葉(大声、どなり声、命令する声)
「こらっ!」「静かに!」「わかった人?」「できた人?」「他にない?」「発表して」


授業中、できるだけ増やしたい教師の言葉(やわらかい声、大きくない声、ゆったりした声)


困っていることはないか?」「まだ書き終わってない人、言って」(できた人?と聞くより、苦手な子どもも安心できます)                           


先生にも聴かせてほしいな」「先生も聴きたいなあ」(わかった人?と聞くより、自信のない子どもが発言しやすい聞き方です)                                                             
クラスのみんなに聴いてほしいこと、ないかぁ?」(発表して!と言うより、発言を迷っている子どもも言いたくなる聞き方です)                                                        
グループで話し合って、気づいたこと、聴かせて」(班のまとめより、個人の気づき=学びを聴いてみましょう)                                                            
わからない所は、隣の人、前後の人に聞いてごらん」(困ったら遠慮せず「教えて」と言える教室・子どもに育てたいので)                                       
わかりにくかったら、周りの人と相談してね」(聞かれたら気軽に教えてあげる教室の空気もつくりたいので)                                                                        
A君の意見は、みんなが考えつかなかったものやね」(たとえ的外れな発言でも決して切り捨てないことです)                           


Bさんの言いたいのは、たぶんこうだと言える人、いるかな?」(子どもが発言につまって、言えなくなってしまった時、切り捨てて、他にない?と聞かずに)                                     
C君の言いたいことの続きがうかんだ人、いるかな?」(子どもが上手に言えず、モゴモゴ発言・単語発言をした時、切り捨てて、他にない?と聞かずに)


② 子どもたちの表情が輝いている学校の共通点


教師主導の一斉授業から見えてきた姿聞く耳を持たない教師)】  


×教え込もうとする気持ちが強く、子どもの声を大切にしない姿。                                                          
×自分の意図する子どもの発言にばかり、すぐに飛びつく教師の姿。                                                           
×指導案どおりに進めようと、子どもの疑問やつぶやきを切り捨てる教師の姿。


教師が子どもの話を聞けるようになると、教師の話を聞ける子どもが育つ


各教室で、各担任が、これまでの習慣「ハンドサイン」「聞く態度・聞く姿勢の指導」「声の大きさ1,2,3」という形式的な指導をやめて、「聴き合う学び」を導入するにつれて、子どもたちも安心して学ぶ姿へ変容していく学校を見せてもらいました。


学校ぐるみで、全教師が意識的に取り組んでおられました            


◎子どもを「こらっ」と怒鳴って統制しない。(どの教師の声も柔らかさを)                                                         
◎「わかった人?」「できた人?」を言わず「困っていることはない?」                                                            
◎子どもにも「わからへん」「ここ、どうするの?」と周囲に聞く習慣を。                                                
◎グループ学習を取り入れ、お互いに聴き合う活動を大切に。(最大4人男女混合班)                                                    
◎教室に「聴き合う空気感」を生み出す、教師が促す言葉がけを。                                                  
◎担任全員が年1回は授業公開をし、学んだことを1人1発言以上。                                                   
◎教師は「無理、ダメ、できない」というマイナス思考発言を連発しない。                                               
◎授業中は、子ども同士の「つながり」「交わり」「戻し」の役割に徹する。                                              
◎机間支援ではヘルプシーキング(支援行動)をする。(ひざも汚れるはずです。机間巡視は戦前の言葉です)                                                                       
◎どのクラスも、朝読書を取り入れている。(もちろん中学校でも高校でも)
◎話し合う机の配置はコの字型にする。(発言する子の表情をお互いに見られるように) 


聴くこと「日常の中で子ども・教師が意識したいこと」を大事に     


◎まず、教師が1人ひとりの子どもの声に、いつも耳をすます。                                                           
◎ていねいに聴く(急がない。次々と指名しない。意見に飛びつかない)                                                                    
◎どの子の、どんな発言も、大切に受けとめる。
◎小さなつぶやき、予想外の発言にも耳を傾ける大切さに気づく。                                                
◎子どもの「まちがい」や「わからない」ということを出発点にする。                                                              
◎多様な意見から、大事な「つながり」を見つけ出す。                                                                    
◎互いの意見の共通点・相違点から、「気づき」を発見しようとする。                                                          
◎意欲を持続させようとする工夫をする。(4人で相談 ペアでも 音読を多く)                                                    
◎いつでも誰かが話を聴いてくれるという、教室の空気感をつくる。                                           
◎教師自身がテンションを上げすぎず、静かに聴くお手本を見せる。                                                  
◎話し合いだけが学び合いではなく、教え合いは学び合いではない。                                                           
◎生活の全てが、「聴き合う学び」であるという認識に立った支援・指導を心がける。


聴くこと「授業の中で特に教師が気をつけること」を大事に     


◎話し合う場面で教師も子どもと同じ目線で聴けるよう、いすに座る。                                            
◎板書・不必要なリボイスで子ども同士のつながりを切ることあり。                                             
◎用意した意見を言い合う時間より、聴き合いながら話し合う時間を。                                             
◎「学ぶ」謙虚な気持ちで、教師自身も個人を尊重することを忘れない。                                                      
◎自分で発言する喜びよりも、聴く喜びを感じさせ、自然な対話活動が生まれるように、友だちに向かって静かにゆっくり話すようにさせる。


子どもの学びをさまたげてしまう教師の言葉


(過敏な子は耳をふさぎ落ち着いて座っていられなくなり、挙手した子から「ちぇっ」「先に言われてしまった」と言われる、そんな「ハイハイ発言」を増やしてしまう教師の言葉です。それは、子ども同士の発言をつながないから、言いっぱなしになってしまい、聴き合うことができにくくなり、結果として伝え合う関係づくりができなくなります。こうして、いじめの起きやすい温床が生まれることにつながるのです)                           


×「他にない?」(直前の発言を切り捨て、羅列の意見発表会にしてしまう)                                                        
×「なぜ」「どうして」(物語文教材では理屈っぽくなり、本文を読み味わえなくなる)                                                        
×「わかった人?」(こう言われると、子どもは「わからない」と言えなくなる)                                                         
×「さん、はい」(一斉にそろえることを指示→個々のリズムを大切にしよう)                                                              
×「発表してください」(聴くことが忘れられる→聴き合おうと意識させたい)


以上は、他県の小学校でいただいた資料を元にしていますが、保幼や中高養でも、充分活用できる内容ですし、応用して採り入れている学校・園も少なくありません。                                
かつて、私は恥ずかしながら、すぐ「他にない?」「わかった人」「できた人」「発表して」と言っていました。(反省です)。まず【子どもの声に耳を傾ける】姿勢でいたいと、つくづく我が身を省みております。【教師に聴いてもらえる心地よさ】を体感した子どもは、きっと教師の話も聴いてくれることでしょう。


忘れてはならないのは、授業づくりを核にした学校づくりに成功している所は、必ず最初は、いじめ問題や人間関係のトラブルを解決するため、授業づくりを通して、子どもが互いにケアし合い学び合える温かい集団に育てていくという共通目標の元で、協同的な学びの取り組みを始めておられます。そして、聴くことを大事にしながら「荒れ」「くずれ」「いじめ」を克服した結果、後から「学力向上」もついて来た、という学校がほとんどなのです。職員室でも、研究会でも、子どもの固有名詞が自然に飛び交います。当然、報告連絡相談をする空気にあふれた教師集団になっているのです。もちろん、教師の個性が発揮された授業が展開される学校にもなります。


逆に、学校に組織力(報告連絡相談をする空気感)がない場合、子どもの要求で余計な物を持参OKすることが、物わかりのいい担任だと自分勝手な判断をする教師や、引き継ぎ・申し合わせを無視した自己流で、担任以外の指導が入らない学級王国づくりをしてしまう教師が出現してしまいます。いずれも教師の個性を発揮することを完ぺきに勘違いし、周囲のクラス・学年は大混乱になります。


こうして、私なりに得心したことをふり返ってみると、組織力のある学校の先生方がチャレンジされていることは、小手先の授業のノウハウやマニュアルではなく、子どもたちの声に耳をすましながら、「子どもたちとの信頼関係を授業の中で構築しよう」とされているのではないか、ということでした。                                                              
聴き合う関係づくり」によってこそ実現する「対話し合えるコミュニケーション力の育成」であるとも言えます。そして、教師と子どもの間に生まれた信頼関係は、授業(教室)の空気として、「子ども同士の信頼関係」をも、引き出していくのだ、ということがひしひしと伝わってきました。


③ 気になる子こそ「頼り」にして、自尊感情を高めたい


☆子ども一人ひとりの自尊感情・自己肯定感・自己評価を高めるかかわり方を、毎日大切にしたいものです。
あなたがこの教室にいてくれてうれしいよ
きみが今日、来てくれたことがうれしいで
をベースにして、日々、子どもが自分は大事な存在だと思ってもらっているんだと感じられるようなメッセージを語りかけることを、毎日くり返します。


☆スモールステップを与えて、ほめることを意識的に取り組んでみましょう。                                
「○○を手伝って」「○○をしてごらん」「○○をやってみようよ」→やりきらせる→「助かったわぁ」「よくやったね」の積み重ねによって、子どもの中に、自信と意欲が芽生えてきます。


☆その子が本来持っている力を出したくなるような工夫をしましょう。
・朝の出会いを大切に。笑顔ですてきな「Aさんおはよう」を。                                                   
・子どもと共に掃除・昼食・遊びをしながら、気軽な世間話を。                                 
・教師の失敗談・ズッコケ経験話を明るく語ってあげよう。                                     
・子どもと共に野菜や花を育てる活動を、毎日少しずつ楽しもう。


・気になる子にこそ、何かを頼んで、必ず「B君ありがとう」を、その都度言おう。                                                    
・帰りの会、日記の返事、連絡帳、電話、退勤時のちょこっと訪宅などで、その日、その子のキラリと光る姿を、本人や保護者へ、具体的に伝える労力を惜しまない。「足を運べば誠意が伝わる。電話で済ませば誤解が伝わる


④ 「聴き合う力」と「伝え合う力」を育てるためには


静岡県浜松市の「あすなろ幼稚園」の坂本園長先生が、幼児期に培っておきたい力として、「コミュニケーション能力が育つ」ことについて、次のように述べておられます。
『子どもを本当に好きになれる先生になりたいと、日々子どもから学ぼうとする体験を積んでいる先生ならば、子どもへの言葉がけの質がちがいます。そうすると、園の子どもは、先生から本当の「やさしさ」を感じます。「自分をちゃんと受け入れてくれる!」そんな安心感があるからこそ、「友だちをちゃんと受け入れられる」という高いコミュニケーション能力が、育っていきます。                                           
☆先生に信じてもらえるからこそ、自分を信じることができる。                                                       
☆先生に好きになってもらえるからこそ、自分を好きになれる。                                                       
☆自分を大切にすることができるからこそ、友だちを大切にすることができる。
                                               

このテーマで、常に子どもの姿を話し合い、園の先生方に実践してもらっています。』と。これは、学校でも同じであるはずです。


☆子どもたちの「ひとみ」が輝くような、活動の導入をひと工夫しましょう。                                                      
今日はね、こんなことをやるよ」と表情豊かに語りかけます。                                                              
A君、教科書とノート開けてね」→「早いやん」                                              
Bさん、こっち見てね」→「うれしいな」と、普通できそうなことでも、ほめ言葉をかけながらです。(石の上にも3ヶ月です)                                                                      
考えさせたい所は、意識的に間(ま)をとります。(時間も気になりますが、笑顔で待てるのも教育です)


☆子ども一人ひとりの、その時その時の気持ちを、まず受けとめることから、かかわることを、基本としましょう。
「○○がくやしかったんやね」「○○がつらかったんやね」                                    
と教師が代わりに言ってくれ、自分の気持ちをわかってもらえたと感じた時、子どもは、そんな教師の語りかけには、耳をかたむけるようになります。思いを聞いてくれない先生の話を、子どもが聞くはずありません。


☆自分も人も大切にするための最小限のルールは、そのつど、伝えましょう。                       
ここまではOK」「これ以上はダメ」という、ぶれない一貫した姿勢を、その子には、                                                           
きみが大切だから言うよ」「自分を大事にしてほしいから言うよ」                                       
A君一人に言っているんじゃない。きみたち全員に言っているんだよ」                                               
と、周囲のみんなにも、言いそえながら伝えて、自分は関係ない、他人事という空気をなくし、教室の仲間意識を高めます。


☆何故この子はこんな言動をするのだろう、何がこの子をそうさせるのだろうということを語り合い、今のこの子をどう観るのかを保育士・教師集団で共有しながら関わりましょう。子どもの課題を、担任一人で抱え込んで悩まないことです。もっと同僚(同じ職場の仲間)を頼りにする勇気を持ちましょう。


☆「失敗は成功の元」を、クラスみんなに共有させましょう。                                       
失敗(手をあげて、指名されたのに、言えなかった)しても、
えらいね
とほめ、
緊張するもんなぁ
と、その子の気持ちに共感し、
なぁ、みんな
とクラスのみんなにも声をかけ、同意を求めます。


もはや、時代遅れの化石となってしまった、不信を生むだけの古い生徒指導(校則・規律重視、共感・自主性軽視)の例をいくつか挙げてみます。                                                                            ×「生徒に生徒を見張らせる生活点検(生徒の人間関係をズタズタに)


×点検の点数化による班・クラス評価(連帯責任?江戸時代じゃないのに五人組?)


×指導という名の威圧的支配(圧力をかけ続けられた子どもの2極化)


×子どもを怒鳴って統制する授業の導入(高飛車で上から目線だと、学びを拒否する子を増やす)


×生徒にベル着させても自分は平気で遅れてくる教師(教師自らが謙虚さのお手本を)


×校則を改正する気のない教師集団(生徒と共に学校づくりをしてほしい)


×問答無用の抜き打ち検査(そこには生徒と教師の信頼は生まれない)」


などを、キッパリと捨て去っている学校は荒れてなく、各教室の子どもたちの表情にも、温かい安心感が広がっていました。


こういう古い生徒指導にしがみついていると、教室が、学校が、子どもたちにとって、ストレスを受けまくる場になってしまいます。そういう現実に、みなさんの学校では、何人の同僚が気づいていますか?ご自身が気づいておられないなら、子どもたちの表情から何か感じませんか?あれっと思ったら、まず、


どうしたんや?」「困っていることはないんか?」と言葉をかけ、子どもの声に耳を傾けてみることをオススメします。私たち教師の、子どもの人権をいとおしむ人間力(体をはって子どもを守る気概)が問われています。そこでは、正しいことを伝える、教師からの一方通行では、信頼関係はつくれないと言えるでしょう。さあ、ギスギスした空気を温かな安心できる空気に変えるための、勇気ある「始めの1歩」を踏み出すために、職場で仲間を最低3人集めて、協同実践・共同提案してみてはどうでしょうか。(ほんまは、全教師が一致結束して始めることが大事なのですが)


例えば、子どもたちを絵本の読み聞かせに集中させたかったら、


「みんな、(絵本が)見えるか?」と聞くのではなく、


「(絵本が)見えてへん子は、いないかなぁ?」と聞くだけで、子どもの反応がちがう(みんなが絵本のほうを見てくれる)と、保育のスペシャリストの方がテレビ番組で言っておられましたが、子どもに何を問いかけるか、という点で、私も同感です。


まずは、次の2つの☆について、自分をふり返ってみませんか。教師の基本に戻る「ふり返り:2項目」という意味で・・。


子どもを『ほめる』ということは、子どもを評価するということではありません。子どものがんばり、成長を見つけて、教師の喜びを伝えていくということです。


子どもを『しかる』ということは、子どもに腹を立てるということではありません。子どもが、自分も他人も大切にできるように、1つずつ、教えていくということです。


以上、「荒れ」「くずれ」「いじめ」をなくすためのベースは、学校ぐるみ(全クラス)で授業そのものに発想の転換をはかることしかなく、その事例を集めてみました。問題行動への個別対応だけでは、「荒れ」「くずれ」「いじめ」が起こりやすい教室の空気・ムードを変えることは、なかなかできないからです。


出発点は、子どもの声・つぶやきに耳をすまし、耳を傾け、最後まで聴くことを、全教師がさぼらず、やりきることではないでしょうか!それに共感したり、ふむふむと言ったり、「困ったねえ」と言いつつ、「よく言ってくれたね。うれしかった。先生は絶対に応援するし・・」などと返しながら、次の日にも、その翌日にも、声かけを惜しまないことです。


その分、研究紀要の原稿をわざわざつくるのを廃止したり、研究授業の指導案は、あっても略案にしたりするなど、学校全体で、間接的な仕事の負担軽減を工夫して、子どもに直接関われる時間を確保しておられる学校が増えつつあります。そういう学校の先生方が子どもを観る視線は温かく、対応はしなやかでした。いずれも、①②③④を心がけながら、協同的な聴き合う学びの授業にチャレンジされている学校で起こっている事実です。「いじめ」や「不登校」が起こりやすい「荒れ」「くずれ」がなくなり、子どもたちの表情に「安心感」「学ぶ意欲」が、子ども同士に「おだやかな信頼関係」が満ちあふれていました。私は、それを、愛知県・三重県・滋賀県の小中高6校で、目の当たりにし、目からウロコだったのです。


説教・指導・反省文のくり返しと、もぐらたたきに終始していたら、イジメをなくすことはできません。そういう意味では、学期始めこそ、「授業改革」(クラスの人間関係づくり:まず、子どもと教師。そして、子どもと子ども)を核にした「学校づくり」の再構築(困っているクラスには、担任以外の教師たちもどんどん授業者として教室に入る方法をとっている小学校もあります)にとりかかる最大のチャンスではないでしょうか(学期途中でも、気づいた時がスタートだと思うのですが、いかがでしょう)。 


以上、他の記事と、いっぱい重複していますが、学級崩壊やいじめ問題を防ぎ、不登校を減らすために、これらを取り入れている先生方が、確かな手応えを感じておられる具体策の紹介でした。



次のイラストは、子どもたちの日記帳(おもて表紙の裏側)に貼らせたイラストです。子どもたちは、何を書こうか・・と困った時は、このイラストをじーっと見て、思い出したように書き始めました。そんな「きっかけ」になるイラストでした。石井順治先生に教えてもらったイラストに手を加えたものです。オススメです。どうぞ、このアイデア、ご活用ください。

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関連ページ


キレない子どもに育てる【スモール・ステップ】キレない親になれる【セカンド・ステップ】【体罰の境界線】【自分も相手も責めない5つの伝え方】

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「協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑤『教師の話し方・聴き方:ことばが届く、つながりが生まれる』

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898388/




# by takaboo-54p125 | 2017-04-30 05:25 | 保育・教育

この記事は、どちらかと言うと、小中学校をイメージした内容が多いので、保育園・幼稚園の先生方には、次の2記事のほうがフィットするのではないかと思います。


幼児の心を育てる「信頼関係づくり」の保育を保育園も幼稚園も進めましょう

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898594/


幼小連携:保育園・幼稚園がめざす「理念」を、保護者も納得してから入園してもらうことの意味【園と家庭が手を結べるため】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898389/



担任が意識したい(できる)こと・・・10か条


1,担任が笑顔で「おはよう」と言うと、子どもも元気が出ます。
2,担任が楽しそうに歌うと、子どもも歌うのが楽しくなります。
3,担任が遊ぶのを楽しむと、子どもも遊ぶのが楽しくなります。
4,担任が「うんうん」とうなずくと、子どもも満足できます。
5,担任が気持ちに共感してやると、子どももうれしくなります。
6,担任が「困ってるの?」と聞くと、子どももしゃべります。
7,担任が「えらいねぇ」とほめると、子どももやる気が出ます。
8,担任が「大丈夫だよ」と支えると、子どもも自信を持てます。
9,担任が共に心から喜ぶと、子どもの喜びも2倍になります。
10担任がどっしりしていると、子どももなぜか安心できます。


①子どもの心に伝わる教師の言葉(子どもと向き合う時、はずせない基本線)


私たち保育士・教師は、よく次のような言い方を、ついつい、子どもたちにしてしまいます。
「しっかりしなさい」「ちゃんとしなさい」
などです。子どもたちには、イメージしにくい言葉なのです。年令が小さいほど、どうしていいかわからない、あいまいな言葉だと言えます。ですから、大声で、「しっかりして」「ちゃんとして」「うるさい」「まだか」「はやく」「おそい」などと怒鳴るより、『できて当然のこと』でも(今の時代の子どもたちにはどうしても、これらが必要なのでしょう↓)、


みんな、すわろうね~おっ、早くすわれたね」(以下、いずれも笑顔で)                                                       
教科書の何ページを開けてね~うん、みんなが開けたね」                                                             
シーッ!お話するのをやめようね~静かになったね」                             
A君のお話を聞いてあげよ~聞いてもらえるとうれしいね」                     
Bさんの意見、聞いてあげよ~Bさんの気持ちわかってきたね」                              
先生のお話を聞いてね~聞いてくれてありがとうね」                                                      
みんな2列に並んでね~すごく早く並べたねぇ。気持ちいいな」                                                             
と、その場面に応じて、子どもにしてほしい具体的な言い方で、子どもたちがイメージしやすいように伝えてあげましょう。もちろん、子どもたちが受けとめてくれたら、必ず目を見て具体的にほめることも忘れてはいけませんよね(継続すると、しかる〔注意する〕回数が徐々に減ります)。                                                          
保育者・教師が笑顔でいるとクラス・教室に「楽しい空気」「心地よい雰囲気」を広げます。それは即、子どもに伝わります(学び合う楽しさは伝染するということです)。


また、「ダメ!」「やめい!」「あかん!」「何してんの!」「さっき言ったやろ!」などと言ってしまう、否定的な指示語も、緊急を要する時以外は、やさしく、しっとりと、                                                             
どうしたの?」「何かあったの?」→(やりとり)→「どうしたい?」
こういう時は、Aをすると、うまくいくと思うよ。どう思う?」
そういう時は、先にBかCをしてみるといいと思うよ。どう思う?」というふうに、ダメの中身を、具体的に伝えるほうが、子どもも素直に受け入れやすい言葉がけです(可能なら、複数提案して自己決定を促します)。


▲授業中、できるだけ減らしたい教師の言葉(大声、どなり声、命令する声)
「こらっ!」「静かに!」「わかった人?」「できた人?」「他にない?」「発表して」 


◎授業中、できるだけ増やしたい教師の言葉(柔らかな、大きくない、ゆっくりした声)           


困っていることはないか?」(できた人?と聞くより、子どもはうれしいし、安心できます)                                                         
先生にも聴かせてほしいな」(わかった人?と聞くより、子どもが発言しやすい聞き方です)                                             
みんなに聴いてほしいこと、ないか?」(発表して!と言うより、子どもも言いたくなる聞き方です)                                                        
グループで話し合って、気づいたこと、聴かせて」(班のまとめより、個人の気づきを聴きます)                                                            
わからない所は、隣の人に聞いてごらん」(困ったら遠慮せず「教えて」と言える教室・子どもに育てたいので)                                       
わかりにくかったら、周りの人と相談して」(聞かれたら気軽に教えてあげる教室の空気もつくりたいので)                                                                        
「C君の意見は、みんなが考えつかなかったものやね」(たとえ的外れな発言でも)                              
「D君の言いたいことの続きがうかんだ人、いるかな?」(モゴモゴ発言の時に、[他にない?]と切り捨てない)
「Eさんの言いたいのは、たぶんこうだと言える人、いるかな?」(小声のボソボソ発言や、発言につまった時に、[他にない?]と切り捨てない) 


② 子どもたちの表情が生き生きしている学校・園(保幼小中高養)の共通点


教師の負担軽減を、学校ぐるみで工夫・実現されていました         


全教職員が集まる会議を減らす(全体会議を月1回にする工夫)                                             
研究紀要の冊子を作らない(原稿を書く労力を授業づくりへ)                                            
園内研・校内研で指導案(細案)を配らない(本時の略案程度)


【教師主導の一斉授業から見えてきた教師の姿(聞く耳を持たない教師の姿)】      


×教え込もうとする気持ちが強く、子どもの声を大切にしていない教師の姿。                                                  
×自分の意図する子どもの発言にばかり、すぐに飛びつく教師の姿。                                                                
×指導案どおりに進めようと、子どもの疑問やつぶやきを切り捨てる教師の姿。


教師が子どもの話を聞けるようになると、教師の話を聞ける子どもが育ちます


各教室で、各担任が、これまでの習慣「ハンドサイン」「聞く態度・聞く姿勢」「声の大きさ1,2,3」という形式的な指導をやめて、「聴き合う学び」を導入するにつれて、子どもたちも安心して学ぶ姿へ変容してきました。その根底に流れているのは、「聴く教師の元で、聴く子どもは育つ」ということです。


学校ぐるみで、全教師が意識的に取り組んでおられました                


教室の机の配置(話し合う時)はコの字型にする(発言する子の表情を見られるように)                                                     
子どもを「こらっ」と怒鳴って統制しない(どの教師の声も柔らかさを)                                                         
「わかった人?」「できた人?」を言わず「困っていることはない?」                                                            
子どもにも「わからへん」「ここ、どうするの?」と周囲の子に聞く習慣を                                                
グループ学習を取り入れ、聴き合う活動を大切に(最大4人男女混合班)                                                    
教室に「聴き合う空気感」を生み出すため、教師が促す言葉がけを続けよう                                                  
全員が年1回は授業公開をし、各自が学んだことを1人1発言以上                                                   
どの教師も「無理、ダメ、できない」というマイナス思考発言を連発しない                                               
授業中は、子どもと子どもの「つながり」「交わり」「戻し」の役割に徹しよう                                              
どのクラスも、朝読書を取り入れている(もちろん中学校・高校でも)
机間支援では支援行動をする(ひざも汚れるはず。あちこちの小中高の公開授業研の授業を観ていると、机間巡視は戦前の言葉、机間指導は昭和の頃の言葉に聞こえてきます)                                                                       


聴くこと「日頃から子ども・教師が意識したいこと」を大事に              


まず、教師が1人ひとりの子どもの声に、いつも耳をすます                                                           
ていねいに聴く(急がない。矢継ぎ早に指名しない。意見に飛びつかない)                                                                 
どの子のどんな発言も大切に受けとめる

小さなつぶやき、予想外の発言にもしっかり耳を傾ける習慣を                                                
子どもの「まちがい」や「わからない」ということを出発点に                                                              
多様な意見から、大事な「つながり」を見つけ出す                                                                    
互いの意見の共通点・相違点から、何らかの「気づき」を発見しよう                                                               
意欲を持続させようとする工夫をする(4人で相談 ペアでも 音読を多く)                                                      
いつでも誰かが話を聴いてくれるという、教室の雰囲気をつくる                                           
教師自身が大声を上げすぎず、静かに聴くお手本を見せる                                                  
話し合いだけが「聴き合う学び」ではなく、「教え合い」は「聴き合う学び」ではない                                                           
生活の全てが、「聴き合う学び」であるという認識に立った支援・指導を


聴くこと「授業の中で特に教師が意識すること」を大事に             


話し合う場面で教師も子どもと同じ目線で話が聴けるよう、いすに座ろう                                            
板書・不必要なリボイスで、子ども同士のつながりを切ることあり(要注意)                                             
用意した意見を言い合う時間より、聴き合いながら話し合う時間を増やそう                                             
「学ぶ」謙虚な気持ちで、教師自身も1人ひとりを尊重することを忘れないようにしよう                                                     
自分で発言する喜びより、聴く喜びを感じさせ、自然な対話が生まれるためにも、友だちに向かって静かにゆっくり話すようにさせたい


子どもの学びをさまたげてしまう教師の言葉


過敏な子は耳をふさぎ落ち着いて座っていられなくなり、挙手した子から「ちぇっ」「先に言われてしまった」と言われる、そんな「ハイハイ発言」を増やしてしまう教師の言葉を次に挙げてみます。その言葉は、子ども同士の発言をつながないから、言いっぱなしになってしまい、聴き合うことができにくくなり、結果として伝え合う関係づくりができなくなります。こうして、いじめの起きやすい温床が生まれることにつながるのです。                        


×「他にない?」(直前の発言を切り捨て、羅列的な意見発表会になってしまう)                                                                
×「なぜ」「どうして」(物語文では理屈っぽくなり、本文を読み味わえない)                                                        
×「わかった人?」「できた人?」(こう言われると、子どもは「わからない」「できてない」と言えなくなる)                                                        
×「さん、はい」(一斉にそろえることより、個々のリズムを大切にしよう)                                                              
×「発表してください」(聴くことが忘れられる→聴き合おうと意識させたい)


以上は、他県の小学校でいただいた資料を元にしていますが、保幼や中高養でも、充分活用できる内容ですし、応用して採り入れている学校・園もあります。                                                          
かつて、私は恥ずかしながら、すぐ「他にない?」「わかった人」「できた人」「発表して」と言っていました(反省です)。


困っていることはないか?」「先生にも聴かせてほしいな」「みんなに聴いてほしいことあるか?」「グループで話し合って気づいたことを聴かせて」を基本にしつつ、まず【子どもの声に耳を傾ける】姿勢でいたいと、つくづく我が身を省みております。【保育者・教師に聴いてもらえる心地よさ】を体感した子どもは、きっと保育者・教師の話も聴いてくれることでしょう。


市内の全小中学校で授業改革に取り組まれた、茨城県の中学校の校長先生は当時、こう述べておられます。


『できる子が教えて、できない子だけが底上げされるのでは困ると言う人がいます。でも、それは違うと自信を持って言えます。実は(グループ内で聞かれて)教えている生徒たちの伸びのほうが大きいのです。できる生徒たちにとっても高い課題をやることで学力が伸びますし、もう1つは人に教えることで、自分の知識が整理されたり、定着したり、伝える時に論理性が伸びたり、あらゆる力が伸びるのです。』と。また、


『できない子どもは教えてという言葉が言えずに押し黙ってしまいます。だから授業中にすごく苦しい思いをしているんですよ。でも生徒同士が互いに学べるような環境をつくってあげれば、教えてと言えるようになります。教えてもらうのを待っている子どもは、社会に出ても指示を待つ人間になってしまいます。しかし、教えてと言える子どもならば、社会に出てから誰かに依存しながらも、人とうまく人間関係をつくり、自立して生きていく力を持った人間に育っていくでしょう。』とも。


忘れてはならないのは、最初から「学力向上」だけをねらって取り組むと、必ず失敗に終わるということです。授業づくりを核にした学校づくりに成功している所は、必ず最初は、いじめ問題や人間関係のトラブルを解決するため、授業づくりを通して、子どもが互いにケアし合い学び合える温かい集団に育てていくという共通目標の元で、協同的な学びの取り組みを始めておられます。そして、聴くことを大事にしながら「荒れ」や「くずれ」を克服した結果、後から「学力向上」もついて来た、という学校がほとんどなのです。職員室でも、研究会でも、子どもの固有名詞が自然に飛び交います。当然、報告連絡相談をする空気にあふれた教師集団になっているのです。教師の個性が発揮された授業が展開される学校になります。


逆に、学校に組織力(報告連絡相談をする空気)がない場合、子どもの要求で余計な物を持参OKすることが、物わかりのいい担任だと自分勝手な判断をする教師や、引き継ぎ・申し合わせを無視した自己流で、担任以外の指導が入らない学級王国づくりをしてしまう教師が出現してしまいます。いずれも教師の個性を発揮することを完ぺきに勘違いし、周囲のクラス・学年は大混乱になります。


こうして、私なりに得心したことをふり返ってみると、組織力のある学校・園の先生方がチャレンジされていることは、小手先の保育・授業のノウハウやマニュアルではなく、子どもたちの声に耳をすましながら、「子どもたちとの信頼関係を保育・授業の中で構築しよう」とされているのではないか、ということでした。                                                              
聴き合う関係づくり」によってこそ実現する「対話し合えるコミュニケーション力の育成」であるとも言えます。そして、保育者・教師と子どもの間に生まれた信頼関係は、保育・授業(教室)の空気として、「子ども同士の信頼関係」をも、引き出していくのだ、ということがひしひしと伝わってきました。


③ クラスの子どもを「頼り」にすることで、子どもの自尊感情は高まります


日本理化学工業と言えば、チョークを作っている工場で、知的障害者を積極的に雇用している会社ですが、大山泰弘会長の著書には次のようなことが書いてあります。
「人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされること、の四つです。働くことによって愛以外の3つの幸せが得られます」と。
これがクラスなら、「担任に愛されること」「担任にほめられること」「担任の役に立つこと」「担任から必要とされること」が子どもたちの幸せです。担任+友だちなら、最高の幸せです。どうか、クラスの子どもたち1人ひとりを、今まで以上に、『頼り』にしてやりたいものです。とりわけ、気になる子どもや、目立たぬ子どもには、より意識的に、です。


子ども一人ひとりの自尊感情・自己肯定感・自己評価を高めるかかわり方を大切にしましょう。
あなたがこの教室にいてくれてうれしいよ
きみが今日、来てくれたことがうれしいで
をベースにして、日々、子どもが自分は大事な存在だと思ってもらっているんだと感じられるようなメッセージを語ることを、毎日くり返します。


スモール・ステップ(私は「ミニプチ・ステップ」と呼んでいます)を与えて、ほめることを意識的に取り組みましょう。                                
「Aを手伝って」「Bをするといいと思うけど、どう?」→子どもがやろうとする(ほんの少しでも意欲・努力・苦労の跡を決して見逃さず)→「助かったわぁ」「よくがんばったね」「ありがとう」など                                         
の積み重ねによって、子どもは「どうせ、ボク(私)なんか・・・」と思わなくなり、笑顔が増え、自分を好きになります。すると、子どもの心の中に、だんだん自信と意欲が芽生えてきます。


その子が本来持っている力(かくれて見えないけど、きっと内側にあるはずの力)を、出したくなるような工夫をしましょう。
朝の出会いを大切に。笑顔ですてきな「おはよう」を。                                                   
子どもと共に掃除・昼食・遊びをしながら、気軽な世間話を。                                 
教師の失敗談・ズッコケ経験話を明るく語ってあげよう。                                     
いっしょに野菜や花を育てる活動を、毎日少しずつ楽しもう。


気になる子にこそ、何かを頼んで少しでもやろうとしてくれたら、担任の感謝の気持ち「ありがとう」をその都度言おう。                                                               
帰りの会、日記の返事、連絡帳、電話、退勤時のちょこっと訪宅などで、その日、その子のキラリと光る姿を、本人や保護者へ、具体的に伝える労力を惜しまない(信頼の糸をつむぐ)。足を運べば誠意が伝わる。電話で済ませば誤解が伝わる


④ 子どものコミュニケーション能力が育つために、どうしても必要な教師の関わり方


静岡県浜松市の「あすなろ幼稚園」の坂本園長先生が、幼児期に培っておきたい力として「コミュニケーション能力が育つ」ことについて、次のように述べておられます。
『子どもを本当に好きになれる先生になりたいと、日々子どもから学ぼうとする体験を積んでいる先生ならば、子どもへの言葉がけの質がちがいます。そうすると、園の子どもは、先生から本当の「やさしさ」を感じます。「自分をちゃんと受け入れてくれる!」そんな安心感があるからこそ、「友だちをちゃんと受け入れられる」という高いコミュニケーション能力が、育っていきます。                                           
○先生に信じてもらえるからこそ、自分を信じることができる。                                                      
○先生に好きになってもらえるからこそ、自分を好きになることができる。                                                 
○自分を大切にすることができるからこそ、友だちを大切にすることができる。
                                              

このテーマで、常に子どもの姿を話し合い、園の先生方に実践してもらっています。』と。これは学校でも、子どもと先生の人間関係づくりの出発点として、同じではないでしょうか。


近年亡くなられた数学者の森毅(つよし)さんの印象的な、かみしめたい「ひと言」です([ ]は私の補足)。
学びは人間関係の中に成立します。」
正しさは伝わりません。[学ぶ]楽しさはうつります。」


子どもたちの「ひとみ」が輝くような活動の導入について、ひと工夫しましょう。                                                       
今日はね、こんなことをやるよ」と表情豊かに語りかけます。                                                              
「A君、教科書とノート開けてね」→「早いやん」                                              
「Bさん、こっち見てね」→「うれしいな」と、できそうなことでも、ほめ言葉をかけながらです(石の上にも3ヶ月)。                                                                                     
考えさせたい所は、意識的に間(ま)をとります。あせらないで、子どもが考えるのを笑顔で待つのも大事です。


子ども一人ひとりの、その時その時の気持ちを、まず受けとめることから関わることを、基本としましょう。
○○がくやしかったんやね」「○○がつらかったんやね」                                    
と保育者・教師が代わりに言ってくれ、自分の気持ちをわかってもらえたと感じた時、子どもは、そんな保育者・教師の語りかけには、耳をかたむけるようになります。自分の気持ちを聞いてくれない先生の話を、子どもが聞くはずありません(聴くお手本になることが出発点です)。


自分も人も大切にするための最小限のルールは、そのつど、具体的に伝えましょう。                       
ここまではOK」「これ以上はダメ」という姿勢を、その子には、                                                            
「Cきみが大切だから言うよ」「あなたが自分を大事にしてほしいから言うよ」                                       
「C君1人に言っているんじゃない。きみたち全員に言っているんだよ。自分のことだと思って聞いて」                                                     
と、周囲のみんなにも言いそえながら伝えて、自分は関係ない(他人事)という空気をなくし、教室の仲間意識を高めます。


何故この子はこんな言動をするのだろう、何がこの子をそうさせるのだろうということを語り合い、今のこの子をどう観るのかを教師集団で共有しながら関わりましょう。
子どもの課題を、担任一人で抱え込んで悩まないことです。
もっと同僚(職場の仲間)を頼りにする勇気を持ちましょう。


「失敗は成功の元」を、クラスみんなに共有させましょう。                                       
失敗(手をあげて、指名されたのに、言えなかった)しても、
えらいねとほめ、
緊張するもんなぁと、その子の気持ちに共感し、
なぁ、みんなとクラスのみんなにも声をかけます。


⑤ 授業づくりに「聴き合う学び」を採り入れると、結果として不登校も減ります


積極的な生徒指導(聴くことを大事にし、日々「ケアの心」を怠らない児童生徒支援)を、授業中にも採り入れましょう。


もはや、時代遅れの化石となった、不信を生むだけの古い生徒指導(校則・規律重視、共感・自主性軽視)


×生徒に生徒を見張らせる生活点検        (生徒の人間関係をズタズタに)


×点検の点数化による班・クラス評価       (連帯責任?江戸時代じゃないのに五人組?)


×指導という名の威圧的支配           (圧力をかけ続けられた子どもの2極化)


×子どもを怒鳴って統制する授業の導入      (高飛車で上から目線だと、学びを拒否する子を増やす)


×生徒にベル着させても自分は平気で遅れてくる教師(教師自らが謙虚さのお手本を)


×校則を改正する気のない教師集団        (生徒と共に学校づくりをしてほしい)


×問答無用の抜き打ち検査            (そこには生徒と教師の信頼は生まれない)


などは、キッパリと捨て去っている学校(全校教師集団)になると言いかえることもできます。


この古い生徒指導にしがみついていると、教室が、学校が、子どもたちにとって、ストレスを受けまくる場になってしまいます。そういう現実に、みなさんの学校では、何人の同僚が気づいていますか?ご自身が気づいておられないなら、子どもたちの表情から何か感じませんか?あれっと思ったら、まず、「どうしたんや?」「困っていることはないんか?」と言葉をかけ、子どもの声に耳を傾けてみることをオススメします。私たち教師の、子どもの人権をいとおしむ人間力が問われています。私もそう自ら戒めながら、学生に向き合っているつもりです。(実際にできているか、自信はありませんが)正しいことを伝える一方通行では、信頼関係はつくれないということだけは言えるでしょう。さあ、ギスギスした空気を温かな空気に変えるための、勇気ある「始めの1歩」を踏み出すために、職場で仲間を3人集めて、協同実践してみてはどうでしょうか。


例えば、子どもたちを絵本の読み聞かせに集中させたかったら、「みんな、(絵本が)見えるか?」と聞くのではなく、「(絵本が)見えてない子は、いないかな?」と聞くだけで、子どもの反応がちがう(みんなが絵本のほうを見てくれる)と、保育のスペシャリストの方がテレビ番組で言っておられましたが、子どもに何を問いかけるか、という点で、私も同感です。


県内の各学校の実践から


A、荒れを克服するため、全教師が、担当する授業の「始まりのチャイム」を、教室の中で聞くことを実践されている中学校もあります。始まりのチャイムで、さっと座る生徒が増えます。


B、「どの先生も、同じことを、同じ気持ちで言わはる


と子どもたちに思わせるために、日頃から「報告・連絡・相談」を絶やさないようにして、教師が組織的に連動して動く小学校・中学校もあります。それを子どもはちゃんと見ています。


C、担任していないクラスの子のキラッと輝く姿を見つけた教師が、メモに書いて職員室の担任の机上に置いておく「キラッと見つけ」の取り組みを、全教師が「学校ぐるみ」でしている小学校・中学校もあります。トイレ掃除など、その場で担任以外の教師からほめられた子どもが、後から教室で担任からもほめてもらえる、そんなステキな取り組みです。


D、「授業中は、どの教師が教室に入ってきてもよい」=授業中の教室に他の先生も来ることが、子どもたちにも当たり前になっている、という小学校・中学校・高校もあります。学級王国ではなく、全教師で全校の子どもを育てる雰囲気が生まれます。


E、班作り・給食で「好きな者同士のない」小学校、お楽しみ会の「おやつ持参のない」小学校、「色ペン・シャーペン」も会議で検討する小学校もあります(教師の対応がバラバラだと荒れます)。


面倒ですが、ABCDEをしていると、教師間の垣根(へんなプライド)が低くなります。なお、会議でABCDEを提案する時は、事前に最少で3人の仲間(提案1・賛成2)が必要になります。


そして、教室に「聴き合う空気」が浸透するにつれ、増えていく子どもの姿(聞く&答える)


「ここ、どうするの?」「これ、何と読むの?」「これ、どういう意味?」「ここ、わからへん」「ここ、教えて」など、こういう発言が飛び交う教室(学年・学校)をめざしましょう。


まずは、次の2つのについて、自分をふり返ってみませんか。保育士・保育者・教師・授業者・担任等の基本に戻る「ふり返り:2項目」という意味で・・。


子どもを『ほめる』ということは、子どもを評価することではありません。子どものがんばり(努力・苦労・工夫)・成長を見つけて伝え、教師自身のその喜びを伝えていくということです。               


子どもを『しかる』ということは、子どもに腹を立てる(怒りをぶつけ怒鳴る)ことではありません。子どもが、自分も他人も大切にできるように、1つずつ具体的に教えていくということです。


以上、[荒れ-くずれ-いじめ]をなくすためのベースは、学校ぐるみ(全学級)で授業そのものに発想の転換をはかることしかなく、その具体策を集めました。個別対応だけでは、[荒れ-くずれ-いじめ]が起こりやすい教室の空気を変えることは、なかなかできないからです(引き継ぎでは、[状況]より[対応]を引き継ぎましょう)。


関連ページ(記事)


協同的な学び合い(聴き合う学び)」⑤『教師の話し方・聴き方:ことばが届く、つながりが生まれる』(石井順治氏の基本「ケア」の心)

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「パパママ育児①」今すぐ始められる【子育てのポイント1~10】『心育て・親育ち』のミニプチ・ステップ)

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# by takaboo-54p125 | 2017-04-08 05:34 | 保育・教育

『担任の発想の転換がクラスの雰囲気を変えます』


担任が意識したい(できる)こと・・・10か条


1,担任が笑顔で「おはよう」と言うと、子どもも元気が出ます。
2,担任が楽しそうに歌うと、子どもも歌うのが楽しくなります。
3,担任が遊ぶのを楽しむと、子どもも遊ぶのが楽しくなります。
4,担任が「うんうん」とうなずくと、子どもも満足できます。
5,担任が気持ちに共感してやると、子どももうれしくなります。
6,担任が「困ってるの?」と聞くと、子どももしゃべります。
7,担任が「えらいねぇ」とほめると、子どももやる気が出ます。
8,担任が「大丈夫だよ」と支えると、子どもも自信を持てます。
9,担任が共に心から喜ぶと、子どもの喜びも2倍になります。
10担任がどっしりしていると、子どももなぜか安心できます。


「子どもと向き合う4月の教室」より
 
子どもの不安を安心に変える笑顔の働きかけを


子どもたちの不安を取り除く「とっておきの武器」はクラス担任の笑顔と元気です。そんなクラス担任から、
君たちに出会えてうれしいよ。早く君たちに会いたいなと思っていたで
と言ってもらったら、子どもたちには、最高にうれしい初日になるでしょう。


初日欠席の子には、出遅れてしまったという、大きな不安感・焦燥感を一刻も早く消してあげたいものです。初日に休んだ子には、少なくとも担任直筆のお手紙と電話を(初対面の子なら、足を運ぶことをためらわずに)、二日続けて休んだら、必ず足を運んで訪宅してあげたいですね。
担任の先生は、ぼく(わたし)のことを、ちゃんと心に留めていてくれるんだな
と思った子は、自分だけが取り残されたとは感じないでしょう。「欠席1日目の子には手紙を書き、電話をかける、欠席が2日続いた子には訪宅する」このことは、1年間を通して、クラス担任として大事にしたいことの一つではないでしょうか。


ガラガラッと教室のドアを開けて、クラス担任が元気いっぱい「おはよう」と言う時は、教室中に新鮮な風が吹き抜ける瞬間です。すぐに「おはよう」と返してくれる子、つぶやくようにモゴモゴって言う子、黙っている子、反応はさまざまです。しかし、全員の心に届かせようとクラス担任が意識した「おはよう」は、きっとどの子の心にも届いているのではないでしょうか。


毎日、ステキな朝の出会いを意識しましょう。そして、教壇の前に立って、朝のあいさつをする時は、まず一番後ろの両隅の子どもたちを見てから、一番前の両隅の子どもたちまで見ます。つまり、教室の子どもたち全員をサッと見渡してから、あいさつしましょう。お話をする時も同様に、教室という空間にいる全員の子どもを見渡してから、しゃべることで、教師の声の届き具合(どの子にもという意味)が違ってきます。子どもたちから視線をはずさないというか、常に子どもたちの顔を視野に入れながら語ります。そして、大事なところでは、一瞬の間(ま)を入れます。もちろん笑顔がいいですね。間延びしては逆効果ですが、一瞬の間は、子どもたちの聴く集中力を高めます。


先生はぼく(わたし)に声をかけてくれるかな


子どもたちのクラス担任への共通の願いは、担任の先生はぼく(わたし)の気持ちを受けとめてくれるかな、受けとめてほしいな、ということではないでしょうか。ぼく(わたし)に、いつ声をかけてくれはるかな、と待っている子も多いと思います。1日中、一度も声をかけてもらえない子がいたとしたら、どんなにさびしいことでしょう。と言うのは簡単ですが、クラス担任の仕事は山ほどあります。それでも、一日も早く子ども一人ひとりとの信頼関係を築きたかったら、朝の会から帰りの会までの間のどこかで、学級の子ども全員に声かけをするぞ、という心意気で臨みたいものです。


朝の健康観察でクラス担任が一番大切にしなければならないことは、子ども一人ひとりと目と目を合わせて「○○さん」と呼びかけることです。子どものまなざし、表情、仕草、返事、声の状態を、毎朝どの子にも目と目を合わせて健康観察するのを続けていると、
その子が心から元気に出席しているのか、
その子がイライラした心で出席しているのか、
その子が沈んだ心で仕方なく出席しているのか、
今日の気になる状況の子はこの子とあの子というふうに、一瞬で感じるようになります。そうなれば、その日、声かけを意識的にしてやらなあかん子がカウントできます。気になる子には、そっと声をかけます。それで、家で何かあったことを背負ったまま登校してきたことがわかれば、保護者への対応が必要か職員間で相談できます。朝の登校中や朝自習の時などにあった子ども同士のトラブルを引きずっていれば、話を聞いてあげて、対処することもできます。保育士・教師は忙しい仕事ですから、後手に回るより、先手必勝です。つまり、朝の健康観察こそ、積極的な生徒指導のシンプルな実践なのです。


大事にしたいのは、担任の声の柔らかさです。1人ひとりの子どもの名前を呼ぶ時、わが子をいつくしむように優しくよびかけることです。必ず目を見てあげ呼名をしましょう。そんな担任と目を合わせられない子がいても、しからないでください。心が落ち着かない状態で登校してきた子だという印です。反応を見ながら、再度呼びかけて目を合わせてくれたら、「うれしいな」と言ってあげてもいいのです。それでも、目が合わせられない子もいます。それなら、こちらから歩み寄って、その子と同じ視線の高さで(低学年ならひざをついて)名前を呼ぶと、案外、ちらっと目を一瞬合わせてくれるものです。ここまでしてやっているのに、なんて思ってはいけません。1人ひとりの心の状態を確かめているのですから、笑顔を忘れないでください。子どもが目を合わさないことには、必ず理由があるからです。長い目で見てあげましょう。


子どもが自分の先生だと実感できる瞬間


担任がただ黒板の前で語っているだけでは、「ぼく(わたし)の先生の話やで聞くぞ」と子どもたちが耳を傾けて聞こうとする関係には、なかなかたどりつけません。子どもらは聞いているふりをしているだけ(下手をしたらざわついているだけ)です。つまり、一緒に遊んでくれない先生って、子どもら(とりわけ小学校の下学年)には、ただの口うるさいおじさん、おばさんにしか映らない傾向は年々強くなっています。 子ども一人ひとりと、つながりのパイプ(信頼関係の土台)をつくれるかどうかは最初が肝心です。超忙しい4月の約3週間こそ、短時間でもふれ合える時間をつくりましょう。保育士の先生は、子どもと遊ぶのが教師より上手なので、感心します。


忙しいけど、子どもたちといっしょに遊ぼう!
子どもらの中に飛び込んで、子どもらといっしょに遊ぶことを、ぜひともしてみましょう。自分の忙しさや疲れと相談しながら、自分の体力相応でよいと思います。5分でも、10分でも、とにかくいっしょに遊んでくれはる保育士・教師は、子どもたちには、あっという間にステキな先生・ぼくら(わたしら)の先生になってしまうから不思議です。時間が惜しいと思わず、ちょこっとやってみてください。そんな担任の話には、子どもたちは徐々に耳を傾けるようになります。


忙しいけど、子どもたちと共に掃除をしよう!
掃除の時間は遊び以上に、子どもと先生が何かをしながら言葉を交わし合えるという点で、より自然な雰囲気でコミュニケーションができる場です。
「A君、ここ、ほうきではいて」→「ありがとうな」
「Bさん、ここ、ぞうきんでふいて」→「上手やなぁ」

こうして担任もほうきではきながら、子どもらと共に机も運び、ぞうきんがけも指示します。そして、その都度、「ありがとうな」「がんばったなぁ」「助かったわぁ」「うれしいな」「よく工夫してくれたね」などを連発するのです。そうすると、はりきって掃除をする子、いっしょうけんめいする子がだんだんふえていきます。さぼりがちな子には、
「C君、この机いっしょに運んで」→「先生、助かったわぁ」
と、わざと指名して、いっしょにやって、ほめます。掃除の時間は、こういうスモールステップ(ちょっとがんばればできること)の指示を出しまくりましょう。そして、必ずほめるのです。掃除の時間を、ほめるための時間にするか、しかるための時間にするかの、分かれ道は、先生が子どもと共に掃除をするか、しないか、だと私は思うのですが・・。


子どものやる気を育てる先生の言葉とは


当番活動、係活動、給食当番、掃除など、各クラスがぼちぼち動き始めました。うまくいかないことも当然あります。となりの教室がてきぱきやっていると、自分のクラスも早く軌道に乗せたいと思うのが人情です。でも、あせりは禁物です。今は、結果を求める時期ではありません。畑仕事に例えれば、今は、水をまく時期だと、自分に言い聞かせましょう。水とは、担任が発信する『そのひと言』です。


働くことをいとわない子に、働くことが好きな子に
「だめやなぁ」「できてへんやん」「なにしてんの」「ほんまにやったんか」「こんなこともやれへんのか」「さっき言ったやろ」「どこ聞いてたんや」「去年、なにやってたんや」などの、否定的な言葉は禁句です。これらは、やっぱり言わないのが原則だと思います。
「ちょっと力をかして」→「ありがとうな」
「ちょっと助けて」→「ようやってくれたなぁ」
「ちょっと手伝って」→「うれしいわぁ」
「がんばってみぃ」→「がんばったんやなぁ」
「工夫してみぃ」→「よく考えたねぇ」

など、結果・出来映えを求めず(できて当たり前と思わず)、その仕事を通して、その子の心(やる気)を育てる言葉がけを日々したいですね。花の水やりが毎日欠かせないのと同じで、「スモールステップを子どもに与えて、取り組ませて、ほめる」のも、毎日続けることに意味があります。『心の水やり』と言ったらいいでしょうか。


さらに言うなら、「ごめんね」と言えるのが、ほんまもんの先生です。先生だって人間ですから、失敗もします。時間に遅れることもあります。失言もします。言い過ぎたり、決めつけてしまうこともあります。それは、たいてい忙しい時や、焦っている時や、疲れている時です。まず、そのことに、自分でハッと気づける先生でありたいものです。そして、子どもに
「先生がわるかった。ごめんな」
「先生、言い過ぎた。すまない」

と、あやまれる先生でありたいと思います。先生が自分の失敗・失言を率直にわびることで、子どもたちはあやまることの大切さを学びます。先生への信頼感も深まります。先生があやまることのお手本を見せることで、素直にゴメンが言える子を育てていくのかな・・。


「子どもと向き合う5月の教室」より


保育・学習の導入だけは保育士・教師間で交流しよう


ただでさえ忙しい職員室ですから、最低限、日々の授業の導入だけでも先生同士で交流しましょう。毎日の保育・授業の導入の善し悪し(出来・不出来)の積み重ねが、クラスづくりを左右します。子どもが食いついてくるような導入、子どもの瞳が輝くような導入を、日頃から学年や学年部の保育士・教師間で交流し、導入の『引き出し』をたくさん共有している先生集団になってほしいと思います。もちろん、あの手この手を使っても、なかなか保育・学習に集中できない子は、決して少なくありません。
「A君、こっち向いて」→「うれしいな。向いててや」
「Bさん、教科書出して。○ページ開けて」→「すばやいな」                              
「C君、ノートに書くんやで」→「ていねいに書いたね」

このような当たり前のことが出来ていない子どもらに、
こまめに指示を出して→ほめること』(豆つぶのようなスモールステップ)のくり返しを、4月から6月まであきらめずに粘り強く続けてみてください。勝手気ままに立ち歩く子どもらとのガマン比べになりますが、3か月やり通したらクラスはきっと落ち着きます。


後回しにしないTの声がCの心に届くと、Cは動き出す


学期始めは、子どもが担任を試す時期です。連休明けは名誉挽回のチャンスです。この時期になったら、クラス全員の顔と名前は覚えているわけですから、「Aくん、おはよう」「Bさん、おはよう」と、声をかける時には、本人の名前を呼ぶことを意識してみましょう。あいさつも、用事を頼む時も、どんな時でもです。名前を呼んでもらえるのは、うれしいものですから。


授業中、A君が泣き出しました。またか、と授業をそのまま続けたら見逃し三振。A君にどんなひと言をかけるかが勝負です。その言葉にA君がうなずけば、クラスのみんなの心も育つタイムリーヒットになるわけです。教室に温かな空気が流れます。休み時間、ノートの○つけに忙しい担任に、Bさんが何か訴えてきました。「後でね」は見逃し三振。その場でBさんの声に耳を傾けてあげたら、Bさんは安堵します。いつも自己主張の目立つBさんに対する担任の指示も、Bさんの心にだんだん入るようになってきます。子どもには、今、担任にどうしても聞いてほしい瞬間があるのです。


家からモヤモヤしたものを引きずって来ている子も、気持ちを切り替えて、校園での一日のスタートができる、そんな朝の出会い方を、各クラスでしてはるんやろなと思います。とは言うものの、いっぱい重いものを背負わざるを得ない状況の子ほど、新しいクラスの中で、自分の居場所をなかなか見つけられず、落ち着かないのではないでしょうか。


ですから、担任のお手伝いを頼むことで、心と心の結び目にするのです。そんな、気になる子には、担任がどしどしお手伝いをさせましょう。目的は二つです。一つは、その子をほめるためです。その子が手伝ってくれた内容以上に、その子が手伝おうと思ってくれた心を、「あなたの気持ちがとってもうれしい」とほめるためです。担任がほめる材料を与えて、やりきらせて、ほめる、この繰り返しを積み上げることで、
「どうせ、ぼく(わたし)なんか・・・」
という投げやりな気持ちは徐々に小さくなり、ささやかな自信がちょっとずつ生まれてきます。いわゆる、その子が自尊感情を取り戻すための支援の営みです。もう1つは、その子との関係づくりです。その子の心の糸をたぐり寄せるのです。                               
この先生は、ぼく(わたし)を認めてくれてはるんや
と感じ始めてくれるまで続けましょう。あきらめなかったら少しずつ心を開いてくれます。


トラブルはその子とつながれる絶好のチャンスだ


それでもトラブルは起こるものだと思っておきましょう。トラブルが起こったら、その子とつながれる糸口だと思いましょう。その子の言い分をウーンと聞いてあげます。
困ったねぇ」と言いながらも、安易に同調(他の子や他の先生への批判)はしません。あれこれ言い訳をするうちに、その子のさびしさ・かなしさ・くやしさをチラッと見せてくれます。それを逃さず、
「きみのくやしい気持ち、よーくわかったよ。ほんまにくやしかったんやね」                                           
「そうか、つらかったんやなぁ。腹が立ったんやなぁ」

と、その子の気持ちには共感し、代弁してあげたいものです。そういう担任のひと言があるか、ないかによって、その後の担任の指導(語りこみ)がその子の心の中まで届くかどうかが決まります。 
 
気持ちがギザギザ・トゲトゲしている子、すぐふてくされる子、すぐ反抗する子、すぐすねる子、いわゆる指導が入りにくい子がいるとします。この子はやりにくい子ではなく、実は、人一倍声をかけてほしいさびしい子、自分に自信が持てず不安いっぱいの子、人とうまくつき合うことの苦手な子だと思ってあげてください。わざと投げやりな態度をとったり、わざと先生をおこらすことを言います。本当は、かまってほしいんです。だから、あわてず・騒がず・どっしりと!です。


子どもに不快な不安感・緊張感を与えない先生は、まずは、何かをしながら気楽にしゃべりかけることです。いっしょに遊びながら、いっしょに給食を食べながら、いっしょに作業をしながらというのは、子どもが身構えず、安心して自分を出せます。最初は向かい合うより、横に並んでの方が安心する子もいます。これがベースです。子どもって、威圧感オーラの出てる先生には、警戒します。その土台を築きながら、いざという時、先生がどうしても伝えたいことは、必ず目と目を合わせて(目の高さも同じ位置で)、その子の心の奥に届けようと意識しながら語ります。その子の心を信じ、その子の誇りを傷つけずに、その子の目と心にしみ込むように語りかけてあげましょう。


先生は「子どもをわかってあげる」プロです


先生は子どもに「わからせてやる」プロだというのは勘違いですよ。子どもの、その時々の気持ちを謙虚に「わかってあげる」プロでありたいですね。しかし、ケースによって、先生もハタと困ったら、例えば保幼や小学校低学年のやんちゃ坊主なら、ひざの上に乗っけて、小学校中学年のわんぱく坊主なら、頭をなでてやりながら、
困ったねぇ
とつぶやきます。そのうちに、トラブった、その子の本音や、訳ありの事情が見えてきたら、
「つらかったんやね」
「がまんしてたんやね」
「くやしかったんやもんなぁ。そら、ムカつくわなぁ」

と、トラブルメーカーと呼ばれる子の気持ちを教師が代弁して言ってあげましょう。周りの子どもたちにも聞こえるように大きな声で言ってあげましょう。ただし、その必要があると感じた時だけです。あいづちを打つ子も出てきますよ。その子の興奮を鎮めるためにも、周囲の子にハッとさせる(自分らの言動がどうだったか気づかせる)ためにも、教室に悪者を1人もつくらないためにも有効です。


気持ちはわかったので、いよいよ、その子がやってしまったよくない言動をしかります。
先生は、ぼく(わたし)の気持ちだけはわかってくれはった
と実感できた子は、多少厳しくしかられても、自分の尊厳(プライド)を否定されたとは感じないので、
ぼく(わたし)のことを大事に思って、しかってくれてはる
と、先生の言葉が胸にストンと落ちるでしょう。『毅然とした態度をとる』ということは、これらを全部ひっくるめて言うのだ(子どもをまるごと受けとめることだ)と、理解していない先生が、学校・園に、もし1人でもいたら、「うーん、困ったねぇ」かな。


立ち直りへの支援こそ、子どもの自立への第1歩


学校・園でも家庭でも、知識にしろ技術(スキル)にしろ、子どもが獲得した量や正確さ、レベルの高さが最も評価されがちで、「ミスの少ない人間」を育てることに力が入る傾向にあります。過程(プロセス)が大切だと言うものの、結果・成果が全てというのが今の社会です。せめて校・園では、「失敗から立ち直ることの支援」に重点を置きたいですね。


「失敗は成功のもと」の体験を共有させることです。小学校低学年の国語の音読です。挙手したA君、硬くなり読めません。周りの子は
「早く」とせかします。先生は
手を挙げたの、えらいね。一人じゃ緊張するもんなぁ」とA君に微笑みながら
なあ、みんな」と周囲にも同意を求めました。周りの子も
「わたしも緊張するわぁ」「ぼくもや」と相づちを打ちました。温かい雰囲気になりました。これでほっと安心できたA君は、次の先生の問いに挙手して指名され、今度は大きな声で答えました。新卒3年目の先生でした(びっくり)。この先生は、A君が挙手した意欲を
えらいね」と認め、読めなかったことは
緊張するもんなぁ」と支えながら、
なあ、みんな」と周囲にも共有させて、再度A君を指名して自立をうながしたのです。


みんなの前でうまくしゃべれない子、みんなの前で話すのが苦手な子は、「うまく言えなかったら・・・」「笑われたら・・・」と思っています。過去にけなされたり、否定された経験があるのでしょう。学期前半は、そのこわばりをほぐしてあげる時期です。間違わない子は一人もいない、間違うことは賢くなるために大切、間違うことは勉強のよい材料等々、担任から日々具体的に発信します。ボソッと単語で発言したり、モゴモゴ言っちゃう子だって、気持ち(思い)はいっぱいあるはずです。だから、それをみんなに予想させて、その子の代弁をしてもらいます。
「○○君が言いたいことの続きがうかんだ人、いるかなぁ?」
「○○さんが言いたいのは、たぶん、こういうことやと言える人、いるかなぁ?」

というふうに、ボソボソ発言・モゴモゴ発言は、つまずきとして流すのではなく、みんなの発言をつないでいく貴重な出発点として評価してあげるとよいのではないでしょうか。こういう担任の姿が毎日毎時間見られるクラスでは、安心して発言しやすい空気が教室全体に生まれてきます。さらに、
「ちぇっ」「先に言われてしもうた」というつぶやきが減り、みんながお互いの発言を聞き合おうとするムードが教室中に広がってくるから、担任の『ひと言』って大きいですね。


「子どもと向き合う6月の教室」より


カリカリしている子は自分が責められてると感じやすい


トラブル発生、先生の第一声のトーンは高くなります。教室の緊張感が高まり、関係ない子も、びびります。
「こら、どうしたんや」「何やってんのや」「なんでやったんや」
いきなりこう言われると、火に油、プチッと切れてしまいます。大きなトラブルを起こした当事者の子は、まだカリカリ・プンプンしている状態ですから、なおさらです。
「ぼく(わたし)だけが責められている」「どうせ・・・」
と思い込み、よけい心を閉ざしてしまいます。だから、メッセージは短く伝えます。
「どうしたん?」「何かイヤなことがあったんか?」「誰にイヤなこと言われたんや?」
その子なりの言いぶんを言葉で語ってくれ始めたら、興奮の沸騰状態は、とりあえずストップできるといったところでしょうか。あとは、個別にじっくりと聞いてあげます。


「子どもと向き合う7月の教室」より


もしも、子どもが暴発してしまった時は


入り授業の後、教科書をビリビリ破り始めた子がいました。理科の入り授業が終わったので、担任が教室へ戻ると、A君(高学年)が理科の教科書をビリビリと破り始めていました。目はすわっていますが、涙もにじんでいます。
何かイヤなことを言われたんか?A君が教科書を破るなんて、よっぽどや」                                                                          
教科書を破っていることを頭ごなしにしかられず、優しく声をかけてもらって、A君は破る手を止め、涙をポロポロとこぼしました。そして、泣きながら理科の先生に言われたことをしゃべりました。A君に非があり、理科の先生に注意されたことがわかりました。その頃、友達関係で過敏な状態になっていたA君には、理科の先生の言葉は、一方的に責められているとしか受けとめられなかったのです。担任は、A君には、理科の先生がA君のことを心配して注意してくださったことを話しながら、三分の一ほど破れた教科書を預かりました。理科の先生には、A君の現状を伝えていなかったことをわびて,配慮をお願いしました。翌日の朝、登校して来たA君には、セロテープでベタベタに修理した教科書を手渡すと、A君はにっこりと受け取りました。
「先生、ありがとう。もう破らへん。大事に使うわぁ」


いきなり90点のテスト用紙を破り捨てた子がいました。算数のテスト返しの時間でした。順番に名前を呼びながらテストを返していきました。すると、B君(高学年)が突然テストをビリビリに破ってしまいました。B君の目は真っ赤です。あっという間の出来事です。B君のテストは90点でした。B君に訳を聞くと、
お母さんが100点とらな、おこらはるもん
と大きな声でわめきました。学級のみんなも聞いています。90点以下の子がほとんどです。担任は、わざとみんなの前でB君をしかりました。
B君が一所懸命がんばったことに値打ちがあるんや。結果が何点でも、また次がんばったらええんや。100点しか認めへんお母さんが間違ってはる。今日の夕方、家へ行って、先生がお母さんをしかったるさかい、もう泣かんとき
担任もでっかい声で一気に言ってから、クラスのみんなに言いました。                                                                        
みんなも、親にそんなこと言われたら、先生が親をしかったるさかいな。自分が一所 懸命がんばったテストや。破ったらあかんで。くやしかったら今度がんばったらええ
すると、B君も落ち着いたのか、破ったテストを拾い集めながら言いました。
「先生、お母さんを家まで、しかりに来んといて。破らへんて約束するさかい」                                                           
後日、お母さんには結果だけでなく努力した過程を認めたってほしいとお願いしました。


担任が「困った子やな」と思うと、ほめる瞬間を見逃す


いつも連絡帳なんかぜったいに書かないC君(低学年)は、なかなかじっとしていません。面倒な学習の時は走り回ります。教室の外へも逃げます。でも、教師が追いかけてくると、うれしそうな表情で逃げる子でした。テストの時は仕方なさそうに机にべったりダラ~ンと、うつ伏せになります。わからないから、教師につきっきりで世話をやいてほしいのです。昼休みは、友達と外で元気いっぱい遊べる子でした。お母さんが忙しくて、来ることができない参観日は、さびしそうな表情を見せるE君でした。発達検査が必要な子ではないのです。クラス全体も落ち着かず、立ち歩く子が数名います。担任の先生には、C君は「困った子」に思えてしまいました。C君と担任との間に細くてもいいから何かつながりが出来てきたらよかったのですが、なかなかきっかけがつかめませんでした。教務部からフリーの教師が交替で応援に入ることも増えてきました。


ある日のことです。帰りの会です。C君が、なんと連絡帳を書いているではありませんか。応援に入っている教務部の教師はびっくりして、思わずC君のそばへ行き、
C君、がんばって連絡帳を書いたんやね。先生うれしいわぁ
と、頭をなでてあげました。C君、とびっきりの笑顔です。応援の教師はすぐに、教卓の所で、別の子の連絡帳に保護者への伝言を書いていた担任に知らせに行きました。てっきり担任の先生もC君をほめてくださると思ったからです。担任の先生はC君のそばへ行きました。そして、声をかけました。
「C君、連絡帳書いてるの、めずらしいわね」
応援の教師はあ然として、絶句してしまいましたが、
先生、ほめたってください
とお願いしました。担任の先生は、
「かしこいね。やったら出来るやん」
としか言ってくれませんでした。C君は知らんぷりをしていました。この先生は、細い糸でもいいから、C君の心と自分の心のつながりをたぐり寄せる、絶好のチャンスを逃してしまったのです。応援に入った教師もフォローの仕方を間違えた、C君にすまないことをしたと反省しました。応援に入る教師は、とりわけ気になる「困ってる子」と担任の先生との信頼関係を、再構築するお手伝いをするのが役割だと思うのですが、この担任の先生は「困った子」のお守り役と勘違いされていることが、わかりました。


「子どもと向き合う9月の教室」より


たった一人でも取り残されない取り組みを


運動会や体育大会など、子ども全体を観察し、子ども全体に指示を出して、評価もすることが多くなる時期です。こういう時こそ、子ども一人ひとりの状態(気持ちの安定度)を見逃さないように、全職員で全員の子どもに(気になる子の共通理解も込みで)気をくばりたいものです。練習に気が乗らない子、転んでひざをすりむいた子、集合前に友だちからイヤなことをされた(言われた)子、前日欠席(見学)だったり、前日失敗したりして不安な子、集団で動くのが苦手な子、どうせ自分はダメだと投げやりになっている子などです。そんな子に、タイミングを逃さず、どんな思いに共感して安心させてあげるのか、どんな言葉をかけて励ますのか、その一瞬の判断こそ、担任の腕の見せ所です。担任として、同学年(同学年部)の先生としての真価が問われるところだっと言えるでしょう。


と言っても、決して難しいことではありません。全体指示のマイクを握っていない先生がアンテナをはり、子ども一人ひとりの表情をよーく見て、ハッと気づいた時、とっさにどう動くか、どう連携するか、どう声かけするか、ということだけなのです。見事に対処する学年部先生集団の姿を何度も見たことがありますが、それをじっと見ている学年全体の子どもたちに与えるプラス効果は測り知れません。逆の姿を見せたら、信頼を失います。


さらに、どの先生も同じ思いで、同じこと言わはる、と子どもたちが感じてくれるように意識したいものです。 毎日の1時間1時間の練習を、子ども一人ひとりが意味のあるものだと実感できるための3つのポイントも、保育士・教師間でいつも確認し合いたいですね。


1つめは、教室を出る時に語るか、(←集合場所・時間と練習内容ではイマイチ)


2つめは、練習を始める前に何を語るか、


3つめは、練習が終わった後に何を語るか、でしょうね。


この時間は暑かったけど、がんばってよかったなと、どの子も思えるようにもっていくことの積み上げが、本番へ向かう子どもの意欲的な心を育てるのです。


運動会以外でも、子どもたちに、
「どの先生も同じ思いで、同じこと言わはる」
と思わせることは、生徒指導上いちばん大事なことかも知れません。とりわけ、学習に必要のない物を持ってきてよいかどうかの○×は、全担任が一致結束すること
下校集合時刻を守らせることの徹底は、全担任が一人で勝手に例外をつくらないこと、これらがおろそか(見て見ぬふり)になると、担任の指示が入らないクラスが出てきます。


教室で発想の転換ができるのは、担任だけです


教室が授業中もざわつき落ち着きません。子ども同士もギクシャクしています。生活活のルールを乱す子も増えてきました。担任が情熱を持って、精一杯がんばっているのにです。これは、砂浜や雪道でタイヤがスリップして、アクセルを踏めば踏むほどタイヤが空回りするのと似ています。タイヤのスリップが学級の状況で、アクセルが担任の指導です。ギアをバックに入れてみたり、やさしくアクセルをそっと踏んでみて、タイヤをゆっくり回すと、脱出できる場合が多いです。ここには、アクセルを踏めば前進するはずだという常識からの、発想の転換があります。子どもたちには、教室でそんな発想の転換はできません。それをバッサリ「We Can Change」とできるのは、担任しかいないでしょう。


しかる場面や制止する場面が増えてきた時、「だめ」と言う声のトーンでがんがん指導するだけの、アクセル全開状態は、担任自身が疲労困ぱいになります。教室で担任が無理なくできる発想の転換って、どうすればよいのでしょう。それは、担任自身の姿勢を、『点検・追及から共感・支援へ』180度転換するしかありません。


発想の転換その1】担任(自分)の笑顔が減っていませんか。朝の出会いが勝負です。朝一番の担任が笑顔だと、子どもたちもホッとします。その日、担任の笑顔が多いと、子どもたちの笑顔も増えます。『教室に笑顔が広がる作戦』を練ってみましょう。朝の会が多少延びたっていいじゃないですか。心地よい時間と空間は、教室の空気をなごませ、ピリピリしている子どもの心から、トゲをぬきやすくしてくれるからです。この担任を支えるのが職員集団です。やれるのは二つ。一つは、この教室の前は素通りせずに中を通り抜け、良い所を見つけて担任に伝えること。もう一つは、放課後、担任と一緒に教室の掃き掃除をしてあげることを、毎日いろんな先生がすること。


発想の転換その2】子どもをほめるための声かけを、わざと増やしてみませんか。授業中も休み時間も、掃除や給食の時も、バンバンお手伝いを命じて、その都度ほめる、という徹底的な『なんでもかんでもお手伝い作戦』です。子どもがかわいく見えてきます。
うちのクラスの子が、些細なことでも良いことをしたのを見かけたら教えて
と他の先生方にもお願いして、B4の紙を八分の一に切っただけのメモ用紙を配ります。
メモは職員室の私の机上にセロテープで貼っておいて下さい


この先生方のメモも、ほめる材料になるのです。子どもには、うれしいサプライズです。


運動会・体育大会後、生活リズムを取り戻す


運動会や体育大会が終わると、子どもたちは気がぬけます。普段の校園生活のリズム・保育・授業のリズムになかなか戻れません。1間のうちでも要注意の時期です。とりあえず、次の三つの方法を校園全体でやってみませんか。


どの子も保育・授業の見通しを確実に持てる方法は、45分授業の流れを黒板の隅に板書するのです。例えば、小学校中学年の国語です。


①新出漢字
②漢字ドリル
③音読
④ことばの意味調べ
⑤早くできた人は読書か自由帳
というふうに、どの子も黒板を見れば、何度でも学習の流れを確認することができます。聞くことに集中するのが苦手な子にも喜ばれます。シンプルな方法ですが、学習のリズムや学習の習慣が、早く取り戻せます。もちろん漢字ドリルの何ページなのかも、音読の範囲も、意味調べをする言葉の数は何個なのかも、添え書きしておきます。


どのクラスも担任にほめてもらえるクラスになる方法はあります。リズムが取り戻せず、担任からしかられることの増える時期です。くずれるクラスを出さないために、全職員が少しずつ助け合う(負担はわずかな)ことで実現可能な方法です。この方法を取り入れながら学校の荒れを立て直した中学校も、県下に何校もあります。それは、簡単に言えば「よかった探し」「キラッと見つけ」です。職員室の数カ所にメモ用紙を積んでおきます。登下校、朝自習、休み時間、掃除、など、自分の担任じゃないクラスの子がよいことをしたり、ステキな姿を見せたりしたのを見かけた時は、メモに書いて職員室の担任の机上にセロテープで貼っておくだけです。名前を知らない子なら、ほめながらクラス名を聞きます。担任以外の人がほめる材料を提供するわけです。担任はそれを教室でほめます。担任にも担任以外にもダブルでほめられるのですから、効果抜群です。


「子どもと向き合う10月の教室」より


担任の仕事は超忙しすぎて、クラスの一人ひとりの
   子どもの心とじっくり向き合う時間がとれない!】


1人1分、40人なら40分で、一人ずつ個別に向き合う時間がとれる方法が一つだけあります。仕事を増やすようで心苦しいのですが、これこそ、全員の子どもとつながれる一番の近道なのです。慣れてきたら、1人30秒、40人20分でできます。帰りの会で子どもたちが「ひと言日記」を書く時間を5分間とり、担任が職員室か家でひと言ずつコメント(赤ペン)を書き、翌日の朝の会で返す、このくり返しです。1分間だけですが、どの子どもとも日記を通じて、真剣に向き合えます。


時間がないなら、帰りの会を5~10分早く始めたらよいだけです。やっておられない先生方は、今からでも、だまされたと思って、試してみてください。子どもが思ったことを1行でも書き、担任がそれに返事をひと言だけ書きます。書かない子もOKにして、白紙の日記にもコメントを書きます。担任に余力があれば、学級通信で友だちの日記(本人の了解済みのだけ)と担任のコメントを読み合います。


めんどうで地道な取り組みですが、継続すればするほど、全員の子どもとの信頼関係が確実に深まります。文章を書くのが下手で、日記なんて嫌がる子どもたちが、まずスタートラインです。一見つまらなそうな日記でも、その子の「心」が伝わってくる所に光を当ててやるコメント(短くほめる)をちょこっと書くことから出発します。これは「心」と「心」のキャッチボールです。「心」がないと、お互いにつまらなくて、面倒くさい労役になります。大事なのは「心」だから、よい文を求めず、説教なんか書かず、その子が書いた事実に即して、その子と対等に、その子に共感するコメントを心がけたいものです。まあ、直感です。その子のその日のステキな姿が浮かんだら、しめたものです。日記は指導じゃなく、担任がおもしろがり(心を動かすという意味で)、子どもも読んでもらえることをうれしく思う、そんな関係づくりではないでしょうか。短いラブレターなのかも知れません。


息の長い取り組みなので、無理はせず、週1回でもいいし、書かない子がいても、コメント(その日、その子の印象に残ったことを短くほめる)だけ書いてあげたら、そのうち子どもも書いてくるだろう、というぐらいの、のんびりした進め方でいいかなと思います。日記帳は、国語か作文ノートを裁断機で半分に切った大きさで充分でしょう。                                                                 
「うれしかった・楽しかった」「がんばった・はりきった」「びっくりした・感心した」「じっとよく見た・じっとよく聞いた」「うんと考えた・とても困った」「くやしかった・はらがたった」「はずかしかった・つらかった」「かなしかった・さびしかった」というテーマ一覧表を印刷して、表紙の裏に貼らせます。この記事の一番下で紹介しているのが、イラスト入り「何を書くか」のヒント、イチ押しです。


「子どもと向き合う11月の教室」より


先生の役割は、子どもに「問いかける」ことです。
「考えて答えを出す」のは先生ではなく、子どもです


子どもが、いつもとちがう様子です。どうすれば?教室で友だちに、からかわれたり、ちょっかいを出されたりした時、しょんぼりしたり、泣いたり、怒りをこらえたり、八つ当たりをしたり、逆ギレしたり、子どもは普段とは違う状態になります。例えば、そんな理由で荒れている子を見た時、いきなり、
「こらっ!」「何してんのや!」「やめろ!」
と声をかける先生って、保幼より、小中の方が多いですね。


「こらっ」というのは、目の前で荒れている行為について、「だめやろ」という答えだけを先生が勝手に決めつけてます。いつもと違う子どもの姿に「あれっ?」と感じた瞬間、先生はとっさに、                                                


「どうしたん?」何かいやなことがあったん?」


と、その子の気持ち(荒れている理由)を聞いてあげることが大切です。言いかえれば、『問いかける』のです。わけを言ってくれたら、


「よく言ってくれたね。ありがとうな」
「くやしかったのを、ぎりぎりまで、がまんしてたんやね

と、その子の気持ちを受けとめてあげたことを、その子に言葉で伝えます。そして、


「怒りの気持ちは心の中にためないで、言葉で体の外に出す(信頼できる誰かに聞いてもらう)ことが、自分自身のために大事なんだよ」


「先生が絶対守ってあげるからね


という心に響くメッセージを、その子の発達年令にぴったり合う言葉で伝えます。友だちをからかったり、意地悪をしている子を見た時も、
「こらっ」からは入りません。指導で大事なのは、した子が、された子のつらい気持ちに気づいてくれるかどうかです。つまり、心の底から、「わるいことをしたな。すまなかったな」と思い、二度と同じ過ちをくり返さないぞと思える子に育てるための指導だからです。


どうしたん?」から入り、どう声かけをするかは、瞬間的にどう感じ取れるかに、かかっています。頭で考えて、AかBか判断してからでは、対応が一瞬(ワンテンポ)遅れます。過去の経験から判断するのではなく、目の前にいる子どもの姿が出発点と思い、子どもに寄り添い始めると、だんだん感じ取れるようになってきます。


子どもを『監視カメラ目線』で見ていると、「こらっ」になります。ふだんから、子どもを『共感カメラ目線』で見ていると、「どうしたん?」と言いながら、瞬時に子どもの心を感じ取れる先生になれます。


「子どもと向き合う12月の教室」より


子どもの変容を願うなら、まず先生自身が変わること


クラスに、何度言っても、学習に集中できない子、友だちにちょっかいを出す子が複数いるとします。この指導が入りにくい段階から抜け出すにはT(先生)とC(子ども)一人ひとりの関係づくりから出直すことによってのみ、改善への第一歩が踏み出せます。Tの関わり方が変わらなければ、Cは変われません。『トラブル→しかる』くり返しの悪循環から抜け出すチャンスは、Tが意図的につくるしかありません。Tの姿勢が変わらなければ、どれだけ熱心に指導しているつもりでも、Cの心はどんどん離れていきます。Cには、『びびる時もあるけど、信頼できる先生』ではなく、ただの『こわいおっさん』『口うるさいおばさん』にしか見えなくなってしまうのです。


チャンスは、1日の中で、こんなにあるのです。朝が最大のチャンスです。
おはよう。元気か
と声をかけて教室で迎えて、頭をなでであげたりします。低学年はスキンシップも大切で、女の先生なら、抱っこしてあげたり、ひざの上に乗せてあげたりします。男の先生は、ハイタッチがいいでしょうね。
今朝も君に会えてうれしいよ
というメッセージが子どもの心に届くように、あれこれやるわけです。


給食も、チャンスです。各班で机を向かい合わせて食べるクラスがほとんどですから、今日は1班、明日は2班、明後日は3班・・・というふうに、先生も子どもたちのそばで食べることを続けます。好きな食べ物や、きらいな食べ物など、気楽なおしゃべりをしながら食べていると、子どもとの距離がじわじわとお互いに縮まります。


昼休みも、よいチャンスです。どれだけ忙しくても、せめて週1回は子どもの遊びの輪に入ってやってほしいなと思います。子どもたちも、それを願ってます。その願いがかなわないことがわかると、子どもたちはあきらめます。あきらめると、子どもたちは先生に期待しなくなります。期待しなくなると、子どもたちは先生の言うことも聞かなくなります。


毎日でなくてもいいし、せめて昼休みの半分・3分の1・4分の1(年令・体力に応じて)だけでも、なんとか時間をやりくりするのは、自分と子どもたちの関係づくりのためだと思いましょう。


プロ・スポーツでも、野球のイチロー選手やサッカー日本代表選手も、初心に戻って、基本を大切にします。先生の初心は子どもを好きになること、先生の基本は子どもと遊ぶこと(授業を成立させる土台の関係づくり)だということ、忘れたくないですね。子どもとの心の距離が一気に縮まります。


掃除の時間も、絶好のチャンスです。さぼっている子がいたら、ビッグチャンスです。
「何してんの!今、何の時間や思てるの!」
では、モグラたたきをしているだけです。今こそ『スモールステップを与えて、やりきらせて、ほめる』材料がいっぱいです。                               
「A君、いっしょに机を運ぼ!いっせーのーで」→「ありがとな」


「Bさん、ここ、ほうきではいてくれる」→「うれしいな」


「C君、Dさん、E君、雑巾がけ頼むわ」→「きれいやねぇ」


「F君、バケツの水かえてきて」→「先生、うれしいわぁ」


「さあ、みんなで机を運ぼう」→「みんなのおかげ、大助かりや」                                                     


という感じで、たった15分でほめてもらえる子は20人以上になります。こういう苦労は、花の水やり感覚です。


保幼や低学年における連絡帳の返事書きを、チャンスにしている先生もいます。その日の、子どものステキな姿をこまめに連絡帳に書いておられました。この子どもは、きっと家でもおうちの方からほめられ、親子で先生のステキなところの話もしているのだろうなと思います。先生が子どもをかわいく思え、好きになると、子どもも先生を好きになっていきます。これを意図的にしようとするのが、保育や教育の基本中の基本ではないでしょうか。


担任からのSOS「授業が成立しません!」】


これは、要因・状況がケース・バイ・ケースですから、原則だけ、全教職員の心がまえだけにしぼって、紹介したいと思います。今回は、小学校の中規模校で3年生以下の1学級からSOSという想定にします。5年生以上では、応援に入る教師が学級の子どもたちとの人間関係を築いてからでないと、担任も含めて教師への信頼回復への道筋がつけにくいからです。4年生がどちらなのかは微妙なところです。


授業の応援に入ってもらう担任の心得
担任は、応援に入ってもらう目的を、教室の空気を新鮮にしようと試みる担任への支援だと受けとめます。応援は「困った子」のお守り役だと勘違いすると、教室のザワザワは消えません。担任は応援教師と共に「掛け合い漫才」をするつもりで、授業を進めます。応援教師がボケ役、担任がツッコミ役です。打ち合わせはなし、ぶっつけ本番です。ア・ウンの呼吸です。担任が発問して、応援教師を指名します。応援教師はわざと間違えます。これがボケ役の大事なところです。子どもたちを「ちがーう」と学習に集中させるためです。


また、担任の位置からは見えない「子どものキラッと輝く姿」を発見した応援教師は、担任に合図を送ります。そくざに担任はどしどしほめます。そこで、担任の笑顔が増えてくると、子どもたちは徐々に安心感につつまれていきます。そうなると、邪魔をする子はだんだんと減っていきます。つまり、授業を柔軟かつどっしりと進めるため、応援教師の存在を生かすということです。


ベテランの先生ほど、「We Can Change」、今までの学級づくり&授業スタイルの変革に取り組む勇気を持ち、プライドを捨てることです。私も38才の時です。1度プライドを捨てました。目に見えることでは、係活動の常識を打ち破ることから180度変えました。今の私なら「できた人?」「わかった人?」という問いかけをやめます。そして、「困っている人は言って」という言葉がけを中心に授業を進めるスタイルに転換することに、チャレンジしてみたいと思います。担任から見て「困った子」が、「その子自身が困ってやる子」なんや、と思えるようになり、その子がかわいく思えてきたら、自分自身の向き合い方が「I Can Change」できた証拠です。私も1年かけて39才の時に、そう思えることがなんとかできました。多くの先生方に支えられて。


授業の応援に入る教師の心得
応援に入る目的は、担任の授業に集中する子を増やすためです。「困った子」を怒鳴るために入ると、永遠のもぐらたたきから抜け出せなくなります。見張り役だと勘違いすると、担任の手助けにはなりません。担任の発問に「はい」と挙手して「○○です」と間違った答えをわざと言うのもいいでしょう。子どもたちは「ちが~う」と反応し、挙手する子が増えます。こんな形で応援に入るのです。そして、普段は何もしようとしない子が、教科書を開いたり、ノートを書いたりした瞬間、担任に合図を送ります。その子を担任にほめてもらい、その子と担任の関係を再構築するためです。


ですから、あくまでも黒子に徹しながらも、教室に明るい子が1人増えたパフォーマンスの役割を応援教師は担います。集中していない子のそばに行って、そっとスモールステップを与えて、やらせて、そっとほめます。そして担任には合図を送って、「担任がその場で笑顔と大きな声でほめる」ように促すアシスタント・ディレクター役になりきるのです。担任と子どもがいい関係になるお手伝い、それが応援なのではないでしょうか。


授業の応援に入ることができない教師たちの心得
自分の教室へ行く時、その教室の中も、「おはよう」と、通り抜けます。ほめる材料が見つかればラッキーです。その場でほめて、後で担任にも、「A君が~していたので、ほめてやってください」とお願いします。フリーの教師は朝自習の時、その教室へ交替で行き、スモールステップ作戦をして、担任に、「Bさんが~してくれたので、ほめたってください」と伝えます。放課後は交替で、担任と一緒に教室の掃き掃除をします。授業の成立しない学級は、教室がゴミも机の配置も雑然となるものです。それを担任1人でしていると、孤独感を感じます。担任1人で背負わない学校でいてください。


全教師で子ども全員を育てるのが学校ですから、1人で抱え込まないことです。自分1人では対応できずに困った時は即、上司・同僚に、「助けてください」と言いましょう。それは、あなたのため=子どもたちのためなのです。


「子どもと向き合う1月の教室」より


緊急事態!群れてやりたい放題(指導が入らない)】


もう限界を超えました。一刻の猶予もありません。いじめ多発警報も発令状態です。大規模校以外は、短期間に他学年・全校に影響が出てくるので、中規模校の小学校を想定してみます。即、対策会議を開きます。ここまでは、すべての学校がします。組織力のある学校は、ここからが違います。


管理職を中心に動きのとれる教師すべて(教務主任、教務助任生徒指導、少人数加配教員、養護教諭など)総動員です。(他学年の担任まで加わった例もありますが)やりたい放題集団の子一人ひとりの個別(虐待など家庭の状況も含む)の課題と、その集団の中の力学関係の構図(やりたい放題集団と言っても、ガラスの人間関係です)を正確に把握します。その上で、教師とその子らとの相性も考慮して、どの教師がどの子に関わるかという担当を決めます。その子と信頼関係を構築して指導を入れていく担当です。


例えば、
A君にはB教頭、C君にはD教務主任、E君にはF教務助任、G君にはH少人数加配、Iさん(女子)にはJ養護教諭という感じです。J養護教諭は保健室を離れられないので、手紙の交換をJさんと続けます。K校長は、L担任がギリギリの所で踏ん張っている教室で、学級全体の支援をします。A君には保護者との連携(手をつなぐ)も必要なので、B教頭が家庭訪問もします。関わる教師は、子どもとの信頼関係を築くために、教科ごとで分担して入ります。当然、他学級・他学年の、通常の出授業・入り授業はすべて一時停止します。毎日、情報を交換・共有しながら、集団指導体制をとるわけです。どの教師も、子どもにスモールステップを与えて、やりきらせて、ほめることもします。


ここで、組織力のある学校と、組織力のない学校の差がはっきりと出ます。それは、通常の出授業・入り授業の一時停止に対する他学年の教師の反応です。組織力のある学校では、大変な時は、全教職員が少しずつ融通し合うことが通例になっているので、どの担任も空き時間がなくなることは、自分のできる協力の形だと受けとめます。全教職員も、その学級の子らのよい所を見かけたら、メモを担任の机上に置きます。


ところが、組織力のない学校では、入り授業の一時停止によって、自分の空き時間がなくなることに対して、他の学年の主任から注文がつきます。誰か代わりに入り授業をしてほしいと言います。学校が緊急事態なのに、自己中心的な主張を、当然の権利のごとく要求します。そういう学年に限って、たいてい教師集団はバラバラでした。それは、全校集団下校の時に、いつも全校の足を引っ張るという形で、よーくわかります。中学校では、どの教師も空き時間の方が大変だということを、同じ教師なのに、小学校の教師は知らないのでしょうか。組織力というのは、校長、教頭、教務、加配、各学年主任などの結束力で決まると自戒するほうがいいでしょう。


組織力◎の小学校は、どの学級も集団下校時刻を守れる
小学校では、不審者対応で、自由下校がなくなって何年もたちます。対応に学校間格差が出てきました。学校規模によって、学年下校にしている小学校と、複数学年下校にしている小学校とに分かれます。集合から出発までの時間が短くて済む学校には、共通することがあります。こういう小学校は、教室出発時刻を統一していること(早くても遅くてもいけない)、学校出発時刻にどの学級も遅れないように全担任が意識できていること、帰りの準備に手間取る学級は最終校時を早めに切り上げ、間に合うようにしていること、時間を守るということが、学校全体に浸透していること(担任が子どもより早く動く)、以上のことができているだけなのです。


原則として、すべての担任も、すべての学級も、このルールを守ろうと意識しているのです。たいしたものです。これこそ、教職員の意識レベルの高い、組織力のある小学校です。当然、危機管理能力も、学年づくりも、学級づくりも、困った時のヘルプの動きも迅速です。下校時刻を統一して守りきらせる、これをやりきる教師集団は、必ず柔軟で協力体制のある学校組織になっています。ぜひ、下校時刻を守る工夫を試みてみましょう。


組織力◎の中学校は、どの部活も完全下校時刻を守れる
中学校では、部活があります。学校規模に関係なく、部活終了時刻と完全下校時刻を生徒に守りきらせる教師集団の中学校は、生徒指導も組織的です。たった一つの部活でも、終了時刻を守らない部があれば、同僚から即、指摘を受けます。練習時間をオーバーする部活はありません。そして、全教師が一丸となって下校指導を一斉に進めています。時間がルーズになっている中学校では、たった一人の、ちょっとぐらいという顧問の意識の低さが、生徒たちに時間を守らなくてもよいという悪い見本になっています。顧問が終了時刻を守れなくて、どうして生徒に
「時間を守れ」と言えるでしょうか。生徒たちが、そんな口先だけの教師の言葉など聞くはずもありません。信用も失います。そして、生徒が崩れ始めます。生徒の信頼を得るには、教師が率先して学校生活のルールを守る手本を示すことです。


県内の中学校の中には、授業の始まりのチャイムは、どの教師も、今から授業をする教室の中で聞く。                                   
完全下校時刻を守らなかった部活は翌日の練習にペナルティーを課す。
下校指導には原則として全顧問が出る。
どの部活にも毎日、学校長か教頭か教務主任など、ローテーションで、見回る(どの部の生徒も必ずほめるため)。
以上のことを実践している中学校もあります。積極的な生徒指導としてです。自分の学校で、できそうな、もしくは、やらなければならない、積極的な生徒指導について、もし1つでもこれ!と思ってくださるのがあれば、ぜひ論議して、取り組んでみてください。つぶれてしまう教師を一人も出さないためでもあるからです。


給食「好きな者同士」は仲間はずれを助長する


ズバリ、担任の指導が入りにくくなってくると、子どもたちは「好きな者同士」で机を寄せ合う形の食べ方を要求してきます。そして、一部の子どもたちの声に押しきられて、月に1回だったのが週に1回と増やすことを担任がしぶしぶOKしてしまったら、必ずと言ってよいほど、教室の空気は好ましくない雰囲気が助長されていきます。上学年になるほど、起こりやすい現象とも言えます。もし、隣のクラスが週1回をやっていたら、担任はOKせざるを得なくなります。


こうなってからでは、管理職や教務が学年主任に指示を出すのも、時すでに遅し、という状況です。そうなる前に、学校に1クラスでも指導が入りにくいクラスがあるなら、少なくても学年部単位以上で、できれば職員会議で、給食の「好きな者同士」という形をとらない方向の論議が必要だと思います。自分のクラスさえよかったらよいという発想は、大人の教師なら捨てましょう。逆に言えば、大人になりきれていない教師は、その発想を捨てられないでしょう。ですから、「好きな者同士」をしてもよいのは、一人ぼっちになる子が本校には1人もいないと確信できる時だけだということを、抵抗する先生には問いかけてみてはどうですか。


指導が入りにくくなればなるほど、きっと担任の先生は「好きな者同士」という形をとりたくないはずです。それを1人で悩んでおられるかも知れないと思ってあげてください。クラスが安定しないと、この形は、ポツンと1人になる子が必ず出ます。かなしい子をつくってしまいます。それを防ぐのは、担任1人の指導では無理です。「全クラス、好きな者同士はしないんだよ」という教師集団の結束が、困っている担任の先生を応援することになると、私は思います。


給食を毎日しあわせな気分で食べる権利は、一部の子だけではなく、クラス全員の子に保障するのが大原則です。「どの先生も同じ思いで、同じことを言わはる」ということができるか、できないかなんて、たかが給食でそんなおおげさな、と軽く見ないほうがいいでしょう。給食は生活班が机を寄せ合って、そこに担任の先生もローテーションで一緒に食べるという形をくずさないことが、すごく大切なクラスもあるからです。そういうクラスが多いはずです。


実際、子どもが「好きな者同士」を要求し始めたら、不満の初期かなと受けとめて、係活動の発想を「すっごく楽しいオリジナル係活動にチェーンジ」(ウェブページでも紹介)に切り替えた取り組みをしたと、複数の小学校の先生からも聞きました。こういうのを柔軟な学級づくりと言うのでしょうね。


よけいな差し出口ですが、すごく困っているクラスには、給食(準備も含めて)を食べる教師を複数体制にしておられる小学校がほとんどだと聞きましたけど、先生方の学校ではどうなさっていますか。


「子どもと向き合う2月の教室」より                                            


修学旅行の「お小遣い0円」提案をした6年教師集団
4クラスの子どもたちの反応は
・・・】


5月下旬実施予定の修学旅行でしたので、春休みに検討してチャレンジしてみました。各担任が各クラスで朝の会、一斉に発表しました。
「先生たちは修学旅行を学習の場と考え、修学旅行のお小遣いは0円にしたいと思う」
「えーっ」「そんなん」「おかしいわぁ」
子どもたちからは、ブーイングの嵐です。そこで、各担任は言いました。
「きみらの気持ちはわかった。修学旅行実行委員会の子らがみんなの意見をまとめてや」
「まとめたら、小遣い持って行ってもええんか」
「先生らが納得できる理由を出してくれたらちゃんと考える。時間は3日間あげるさかい」
子どもたちの目つきが真剣になりました。実は、修学旅行実行委員会の子どもたちは、どのクラスも、お小遣いを率先してオーバーしそうなメンバーがそろっていたのです。先生たちは「チャンスだ」と思いました。さっそく修学旅行実行委員の子らは、朝の自習など先生たちのいない時間をねらって、クラス全員で相談を始めました。修学旅行には小遣いが必要な理由についてです。


そして、3日後、いよいよ第○回修学旅行実行委員会です。
「一生の思い出になるものを買いたい」
「修学旅行やで、家族にお土産を買いたいし、おばあちゃんにも絶対買ってきてあげたい」
「お姉ちゃんの時は、お土産を買ってきてくれはった」
「弟にお土産を買うてやりたいし、弟も楽しみにしてる」
なかなかよい意見を持ち寄ってくれました。先生は言いました。
「きみらの気持ちは充分わかった。家族思いで、やさしいやん。でもな、違反する子は?」
修学旅行実行委員の子らは、口をそろえて言いました。
「先生、ぼくらが自分のクラスで違反はせえへんぞって言うで、信じてえなぁ」
「よっしゃ、きみらを信じるでぇ。任せたで」


修学旅行実行委員の子らは自分のクラスで演説をしました。
「ぼくらも守るさかい、みんなも全員が決めた金額を守って修学旅行に行こうな」
金額についても、同様の手順で、子どもと先生で合意して決めました。当然、前年の金額を参考にして、翌年の子らのことも考えて決めました。結果としては前年どおりでした。


そして、修学旅行当日です。修学旅行実行委員の子らは胸を張って言いきりました。                                                                                          
「ぼくらが小遣いを守ってるんやで、全員守ってるで、先生、心配いらんで」
子どもらの目は、決してウソをついてない、きれいな目をしていました。そして、どの実行委員の子の顔も、ちょっぴり、誇らしげでした。


「子どもと向き合う3月の教室」より


卒業式前日準備は、5年生を全校の先生方で育てる日


組織的な学校は、このチャンスを逃しません。小学校なら5年生が、体育館から玄関・廊下・教室、校舎外まで分担して準備します。全校の先生方が分担して、5年生と共に前日準備をします。最初、5年生を全員集めた時に先生が何を語るか、分担場所で各先生が何を語るか、そして終わった時に分担場所の各先生がどのような言葉で5年生のがんばりをねぎらうのか、最後に5年生を集めて先生が全体評価として、どのようにねぎらうのかを大事にします。5年生が、「準備をがんばってよかったな!」明日から最高学年として「よーし、やるぞ」という気持ちになれるようなことを、どのように語るかで、明日からの5年生1人ひとりの動き(気持ち)が断然ちがってくるからです。                      


とりわけ、最後に評価をする先生を1人ではなく、多くの先生が評価の言葉を言う習慣になっている学校ほど、全員の先生で5年生を育てる大事な日という位置づけがなされています。たくさんの先生からほめられた子どもたちのモチベーションは当然アップします。中学校だと2年生になるのでしょうか。「はい、終わった。ご苦労さん」だけでは、もったいない!がんばった苦労をねぎらわれ、心からほめられた喜びが、やってよかったという充足感を生み、子どもたちの次の年への意欲につながり、最高学年への自覚を持つ第1歩になるという教育の原則をふまえ、具体的にほめることを、忙しさに紛れて、肝心な時に忘れてはいけません。卒業式の準備も、後片付けも、入学式の準備も、後片付けも、ワンチャンスだと言えるでしょう。


指導・説諭・反省文のくり返しと、もぐらたたきに終始していたら、イジメをなくすことはできません。そういう意味では、学期始めこそ、「授業改革」(クラスの人間関係づくり)を核にした「学校づくり」の再構築にとりかかる最大のチャンスなのです。学期始めもワンチャンスと受けとめ、学年部のチームワーク、全教職員のチームワークで、子どもたちと誠実に向き合いましょう。私も以前、5年担任の時に6年生が荒れた年は、職場全体が最も苦しい状況でしたが、そういう時だからこそ、全校の子どもたちのために、全職員で助け合いながら真正面から子どもたちに向き合いました。


子どもと向き合う4月~3月の教室」というサブタイトルは、こういう職員室だよりを月々に発行していたので、ブログ記事にする時にも使っただけです。ですから、どれをどの時期に活用しても、クラスの状況に応じて採り入れるのが望ましいでしょう。例えば、卒業式の部分も、運動会・体育大会・文化祭などの準備・後片付けに応用していただけたら、と思いますが、いかがでしょうか。

次のイラストは、子どもたちの日記帳(おもて表紙の裏側)に貼らせたイラストです。子どもたちは、何を書こうか・・と困った時は、このイラストをじーっと見て、思い出したように書き始めました。そんな「きっかけ」になるイラストでした。石井順治先生に教えてもらったイラストに手を加えたものです。オススメです。どうぞ、このアイデア、ご活用ください。

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イジメをなくす教室の雰囲気づくり【安心感あふれる教室に変える手立て①②③④】

http://sg2takaboo.exblog.jp/24898386/





# by takaboo-54p125 | 2017-04-01 06:04 | 保育・教育